…ほんとこの辺の話はデリケートで書きにくいんです…
とりあえずそこら辺の話は置いといて、どうぞ!
23区から幾分か離れた場所。そこはロストクリスマスや一連の事件で命を落とした者達の墓地があった。元々墓所ではあったのだが、さらにロストクリスマス、またそれに続き引き起こった第二次ロストクリスマス、ダアトと世界の決戦の犠牲者などがここに眠っている。身元の分からない人間などもまとめて葬られているというわけだ。所謂集合墓地、ということである。
この様に火葬されているとはいえ、遺骨が集められているのは、アポカリプスウイルスが世界から消失したとはいえ、何が起こるかわからない故に、一箇所に集められている。と言っても、最早異変が起こる兆候もなく、遺族側の希望によって移動する者も多い。
残ったのは引き取り手のいない死者や、元からこの地を家の墓所と決めている者くらいだろう。
桜満集の目的とする墓は後者である。墓石には古さを感じつつも、しっかりと手入れをされているのだろう、綺麗な状態に保たれていた。墓石には『校条』の名が刻まれており、その周囲を掃除していく。墓石を拭き、落ちている枯葉などを拾い、地面に生えている雑草を抜く。
雑草を引き抜きながら、集は同行者である月島アルゴへと言葉をかける。
「そう言えば、他の人はどうしてるか分かる?」
「他の人、って言うと?」
アルゴは少し面食らった様な感覚を味わいながらも、止まってしまった手を再び動かし始める。
「そうだな………供奉院さん、とか」
その言葉にアルゴは尚のこと驚いた様な表情に変わる。それもそのはずである。供奉院亞里沙--『あらゆるものを弾く盾』の保持者であり、そして解放作戦であったエクソダス後に集を裏切り、そしてダアトに付いた、天王洲第一高校の先輩である。
だが、彼女の裏切りの背景には集も思い当たる部分があり、心に引っ掛かっていた部分だったのである。彼女のヴォイドである『盾』を使うたびにその事が気掛かりであったのだ。
アルゴは語っても良いものかと少し逡巡するが、集の目には以前の様な危うさは感じられないと判断し口を開く。
「まぁ、そうだな、どっから言ったもんか…………あー、まずクホウイングループの事を話さなきゃいけねえか」
「うん」
「まず、単刀直入に言って、潰れた」
「………随分明け透けに言うね」
「まぁ、事実だからな」
集の言葉にアルゴは肩を竦めてみせるが、大して気にもならないといった調子で言葉を続ける。
「あくまで表向きって事だがな。あんだけデカイ組織だったんだ。抱え込んでた社員やら財源やらが相当だったらしくてな。まぁ、どこの組織も似た様な事にはなってたんだが……まぁ、それでも被害で言えばクホウインが一番酷かった。そりゃそうだよな、トップである爺は死んじまって、跡継ぎ候補であった筈の孫娘はダアトだったんだから」
「じゃあ、グループの人達は………」
「まぁ、宙ぶらりん状態が暫く続いてたらしい。とは言え大企業の抱えてた人材だ。優秀だったのが多いらしくて、他に行ったらしいけどな」
「供奉院さんも?」
「いや。さすがにドップリ涯に心酔してた奴を拾おうとする奴なんか居ねえよ。火中の栗を拾うみたいなもんだしな」
「じゃあ今は?」
「簡単さ。日本に居られねえってんなら余所に行きゃいい。幸い涯に協力してたのは、洗脳にも近い状態だった、って言い訳が通ったらしくてな。ダアトの生き残った連中は全員そんな感じで新しい道を歩んでるぜ。もちろん、全員が洗脳されてたっていう言葉を信じてない奴らなんかからのバッシングはある。だからそういうのが届かない場所で生きてるさ。読み書き計算、それにちょっと頭があれば発展途上国なんかに行きゃ、食うには困らねえしな」
「…………そっか」
「あぁ。だから余計な事は抱え込むなよ。あの一連の事件はダアトのせいって事にしとけ。そんなんじゃ、抱えこめなくなって潰れちまうぞ?」
「………けど、あの時の僕は――」
「だから、考えるな。ダアトのせいって結論にしとけ。確かにあの時のお前はおかしかった。無理に冷酷になろうとして、ヒデエ事したのだって知ってる。だがな、あん時お前が動かなけりゃ、遅かれ早かれGHQに皆殺しにされてたさ。聞いたぞ、綾瀬やツグミを壇上で助けたんだろ?自分も葬儀社だって言って」
「それは……あの時はそうしないと、多分止まらなかっただろうし」
「それで2人は救われたんだ。いちいち、取り零したモンに気を取られんなよ、集。今自分に何が出来て、何が出来なくて、何が大切かを考えろ。お前だって『人間』なんだ。ミスだってするだろうし、感情だってあるんだ。『神』じゃねえんだ。出来ねえ事の方が多い。出来ねえ事にまで手を出したら、大切なものの方を取り零すぞ?」
アルゴの言葉に集は口を噤む。何も言い返せなかったのだ。確かにアルゴの言う通り、出来ない事を数えれば鬱陶しくなるほどだ。完璧などではないのだ。集自身『人間』なのだから。
「……『人間』か」
「あぁ、『人間』だ」
集はついついフッと笑ってしまう。それは自らがまだ『人間』という枠組みにまだ入っている事が嬉しかったからなのか、それとも別の理由からなのか。とにかく、彼は嬉しかったのだろう。漏れ出した笑みはそれが原因だとそう思う事にしたのだ。
その後はお互い語ることもなく、ただ黙々と手を動かしていた。
入念に30分程であろうか。その頃には墓石の周りや墓石自体も綺麗にし、サッパリしたようだ。現在、『右腕』が消失している集に変わり、アルゴが線香に火を点け、先端が赤くなったところで火を消して集へと手渡す。
それを集は左手で受け取り、墓石の前の香炉へ入れるとそのまま左掌を顔の前に立てて目を瞑る。本来は両の掌を合わせるのだが、生憎と今の彼は片腕である。それ故、片手での黙祷である。
「………ただいま。帰ってきたよ、祭」
ポツリと独白するように集が呟くと、その背後でアルゴも手を合わせる。
そうして少しの沈黙が流れた後であった。砂利を踏む音が聞こえ、集とアルゴの2人は同時にそちらへと振り返る。同時にアルゴは懐へと手を忍ばせ、その中にある無骨な金属へ触れる。
そして2人の振り返った先――そこには喪服姿の男性が立っていた。全身黒の喪服に、ビジネスバックを提げて、眼鏡を掛けた男性だ。年の頃は40そこそこと言ったところだろう。集の母親である春夏よりは年上に思われるが、所々黒髪に白髪が混じっている。
そして、男性は口を開く。
「………桜満集くん、だね?」
「誰だ!」
アルゴは警戒し、今にも懐に忍ばせた武器を取り出しそうになるが、集はそれを制止して前に出る。一方の男性は、そこまで警戒されると思っていなかったのか、アルゴの対応に驚いているようである。
「……失礼ですが、あなたは?」
いたって落ち着いた様子で集は男性に問い掛ける。男性は少し沈黙した後、視線を墓石の方へと向ける。
「……私は校条空吾と言います。祭の父親です」
「………っ!」
集は自ずと、左手を強く握った。
◇
天王洲第一高校はアポカリプスウイルスが発端となり引き起こされた事件の際、学生や一般住民の避難所として機能し、また件の男子高校生が在学していた事などから、本校の校舎は閉鎖されていた。
故にそこから5kmほど離れた今は使われていない中学校の校舎を分校として借り受け、天王洲第一高校の生徒はそこで普段学校生活を送っていた。と言っても、生徒数自体はさほど多くなく、その理由としては単純に死亡してしまった生徒も居たという点と、また亡くなった生徒を思い出してしまう生徒も居ることから、転校する生徒も多かったのである。
現在分校の生徒数は各学年100名程度であり、やや物悲しさもあるが、彼らはそれらを乗り越えここに居るのだろう。
「ねぇねぇ、聞いた!?一昨日の光の話」
「ん?あぁ、24区のだろ?まさかまたアポカリプスウイルスとかじゃねえよなぁ」
「分かんない。なんか閉鎖区のゲートが壊されてるって、SNSに上がってたよ」
「どれ?」
「ほら!」
「うわぁ〜…………」
「そう言えば、最近警察とかの人忙しそうにしてない?」
「んーー」
彼らの話題は専ら『24区の光』であった。と言ってもそれは仕方がないだろう。彼らは一応は当事者であったのだ。そういった話題があれば否応無く反応してしまう。そして、教室内の雰囲気に耐えられないのか、谷尋、颯太、花音はいつの間にやら教室から消えていた。
彼らは現在校舎の裏手にある部室棟へ避難して居た。避難先は『現代文化研究会』と札を掲げた部屋であり、当初は颯太が『現代映像文化研究会』のままにしようとしていたのだが、谷尋が外聞もあるからという事で名前を変えて部室を確保したのだ。
そんな一室で彼らは各自弁当を開いて昼食を共にしていた。当然話題は集のことである。
「なぁ、谷尋。集とはどうする?」
「………どうするって言ってもな。謝るべき、だろうな」
谷尋は箸を止めて颯太へ返答する。颯太は少し意外そうに目を大きくして、谷尋を見る。
「何だよ、その目は?」
「いや、なーんか意外っていうか……」
その言葉に谷尋は軽く颯太を小突いて、不機嫌そうに口を曲げる。
「1日考えてみたんだよ。どうすんのが良いのかってな。けど、答えなんか出なかった。集はどうあっても向こう側に帰るだろうし、それを望んでる。今考えてみたら、あいつの意思に横槍を入れるのは違う気がするんだよ」
「そりゃ、まぁ……」
「それに、決めた事がある」
「「決めた事?」」
谷尋の言葉に颯太と花音の言葉が重なる。
「あぁ。だから、集が帰るのは別に俺はもう反対しないよ。まぁ、あとは春夏さんがどう思うかだけどな」
「……まぁ、そうよね。母親にとっては辛い選択だと思うし」
「あぁ、そうだな…」
谷尋はそれだけ言うと、これ以上は語る気がないとでも言いたげに再び箸を進める。花音もそれに習おうとするが、ピタリとその動きが途中で止まる。
「魂館くん?どうしたの?」
花音が動きを止めた要因は、颯太がじっと谷尋を見ていたからであった。そしその花音の問いに颯太は持っていた箸を弄びながら、視線を自らの手へと落とす。
「いや………やっぱ谷尋はすげえわ」
ポツリと漏らした言葉に谷尋はニヤリと笑みを浮かべる。
「そうだろ?もっと尊敬してくれたっていいぞ?」
「いや、尊敬はしない。むしろクラス連中に変わって怨嗟を送ってやる!」
「何でだよ?」
「その弁当だよ!!クタバレ!リア充がぁーーー!!!」
颯太はそれだけ言うと残っていた自らの弁当をカキコミ、勢いそのままに部屋を飛び出していく。その間際「悔しくなんかねえんだぞ、バカヤロー!!」と若干涙を浮かべつつ叫んだのは、よほど遠くまで聞こえたのか、昼休みをノンビリ過ごしていた他の生徒を驚かせる結果となった。その中には、ここが本来使われていない中学校校舎であるが、当然他の校舎には中学生がおり、颯太は彼らから奇怪な先輩を見る目を向けられていた。
扉が閉まった後、谷尋再びノンビリと箸を進める。
「どうしたんだ、あいつ?」
「……谷尋、意地悪で言ってるでしょ?」
「ん?まぁ、いじり甲斐があるからな、颯太は。………明日も頼んでいいか?」
その言葉に花音はクスリと小さく笑う。
「はいはい、分かってますよー」
◇
「それで、ご用件は?」
「あ、あぁ、そうだったね」
集、アルゴの前に現れた男性――校条空吾を名乗る男性は、シドロモドロしつつ答える。質問したアルゴも自らが怯えさせたのだろうと苦々しく口を噤む。現在彼らが居るのは祭の墓がある近くのベンチである。
側には自動販売機があり、各自それぞれが購入したもので喉を潤していた。
「………はぁ。集、任せる。俺は少し離れたところで待ってる。あんま長話はすんなよ」
アルゴはそう言うと、一息に缶コーヒーを飲み干し、側のゴミ箱へ放り投げるとそのまま宣言通り2人から離れた。と言っても見張りをするには十分な距離であることに変わりはない。だが強いて言うならば、声が拾えない事が問題である。一応、四分儀に確認もしたところ本物であるらしいので、問題は無いはずなのだが…
アルゴの気遣いもあり、今度は集が祭の父親を名乗る男性に声をかける。
「あの………失礼ですが、あなたは本当に?」
「え、あ、あぁ、そうだったね。ちゃんと自己紹介をしよう。改めて、私は校条空吾。校条祭の父親です。君のことは実は遠くからだったけど、見た事があるんだよ、桜満集くん。何せ娘の気になっている男だっていう話だったからね。マークくらいはするさ」
「そ、そうですか…」
何となしに気まずさを感じてしまい、集は顔を逸らしてしまう。そんな集の様子に、彼ーー空吾は笑ってしまう。
「はは、本当に年相応のようだね。安心したよ。どうやら娘が好きになった男は悪人ではないようだ」
集の心はジクリと痛む。
「………空吾、さんは、今日何でここへ?」
「墓参りに、ね。一昨日24区の方で光が昇ったっていう噂があってね。まぁ、それでもしかしたらと思った次第さ。それに、虫の知らせと言うのかな。何となく久し振りに今日行こうという気になったんだよ」
「そう、ですか…」
集は顔を伏せる。だが、その様子に空吾は構う事なく言葉を続ける。
「…………娘の事は、君のせいじゃない」
「っ!!」
「はは、やっぱり気にしていたのかい?」
集は驚愕と、そして怯えの様なものが混じった表情で困惑した。
そう、怖いのだ、集は。
祭を死なせてしまった原因は様々な要因が絡んだ結果だ。颯太の行動、集の誤り、GHQ、アポカリプスウイルスの存在。他にも原因はあるだろう。だが、祭は集の目の前で死んだのだ。そして、恐らくその事を空吾は知っている。誰かが教えたのだろう。もしくは噂程度には流れていたのかもしれない。
故に怖いのだ。目の前の『父親』という存在が、どういう言葉を浴びせてくるのかが。
だが、空吾は少し困った様な顔となる。
「存外、君は臆病な様だね。話を聞いた限り、皆を導いていたという話だったのに」
「……違います。確かに僕は最初のうちは、皆のためにできる事をってやってました。けど――」
「途中からそれが支配に変わってしまったのを気にしてるのかい?」
集は無言で頷く。空吾は、さらに困ったという様に額に手を当てる。
「そうか。…………だが、その原因は祭が死んだからだろう?」
「………」
集は何も答えられない。沈黙を是と受け取った空吾は再び口を開く。
「君はよくやった、と私は思うよ」
「………」
「祭も君もまだ16か17歳の子供だった。そんな君たちが他の者を守ろうと奮戦したのはよく知っている。なのに私達はあの壁の外で君らの無事を祈る事しか出来なかった。真に悪いのは私達、大人であったとそう思うよ」
「僕、は…」
未だ俯く集の視界に、ズイッと白い紙の束が割り込んできた。横を見れば空吾の手にそれは握られていた。集は手渡されたそれに目を落とす。
「………それは祭の日記だ。コピー、だけどね」
「……っ」
「娘の日記を勝手に見る、というのは中々に罪悪感があったのだが、どうしても見ずにはいられなくてね。原本でないのは我慢して欲しい。妻が手放したがらないんだ」
「いえ……当然のこと、だと思います、から」
「…………その日記はね、去年の最初から書かれている。………当然、終わりは祭の死んだ日の前日だ」
集は震える手でクシャクシャになった紙を捲る。紙は所々ボロボロで、恐らく濡れて乾いたからだろう、と予想する。濡れたのであろう原因は容易に想像がつく。それを敢えて気にしないように、集は慎重に読み進める。
最初の内は何気ない日常の一幕だ。そして、日記が変化し始めたのは4月から5月に掛けてだ。集はそこから先を読んでいく。
『今日、楪いのりって子が転入してきた。なんでも本物っぽい。って言うか、集が浮かれてるのがなんか頭にくる(怒)』
『いのりさんと、集が隠れてコソコソ何かやってる気がする。あの2人って………まさか、ね……』
『最近、集が変。学校にも来ないし、この前は軽くだけど突き飛ばされた。何があったんだろう……』
『昨日は集と一緒に、葬儀社の人達を助けに行った。け、けど、あれって本当に起こったこと、なんだよね?うーん、実感が湧かない。集があんな風に戦うなんて、まだ夢でも見てる気分。というか!!集が、その………迫ってきたのは、ドキドキした。…………失敗したかなぁー。けど、あのまま流されちゃうっていうのもなんか……』
『すっごく怖い。広い範囲を壁が囲まれちゃった。これじゃ帰れないし……お父さんもお母さんも心配してるだろうなぁ……』
『集が少し無理してる気がする。元々人の前に出るの苦手だって言ってたもんなぁ……人を引っ張るのなんて集には大変そう。身体を壊さなければいいんだけど……』
日記はそこでプツリと切れている。日付がそこで止まり、空白が続く。あぁ、この日がそうなのか、と集は日記を閉じる。
「祭は君の身を案じていた様だ。ヴォイド、と言ったかな?人の心を表したものなのだそうだね?祭のそれは包帯だと聞いた。………後日ではあったが、あの子の力に救われたっていう人達から感謝されて、ね。皆に言われたよ。『あなたの娘さんに救われた、感謝しても仕切れない』『どんな怪我でも治してくれた、あんないい子は他に居ない』と、皆………口々に…感……は……ぐ…ぅっ、…礼……を…っ」
空吾は溢れそうになる涙を堪えるように、空を仰ぎながら目頭を抑えるようにする。ただ、閉じた瞼の間から涙は止まることなく、涙は頬を伝って流れていく。少しすると、目頭を抑えたまま下を向いてしまう。表情は見えないが落ちた涙は地面にシミを作り、時折「すまない…すまない……」と聞こえてくる言葉は酷く集の胸を締め付けるようだ。
しばらくすると、大きく息を吐いて、数度深呼吸する。何度か鼻をすすり、何とか嗚咽を押さえ込んだようだ。
「………す、すまないね。情けないところを見せてしまった」
「いえ………」
集は困惑しつつもそう返し、空吾はポケットから取り出したハンカチで目元を拭っている。随分年季の入った物であり、大事に使われている様だ。それだけで、空吾の持つそれが一体どういったものなのか想像はつく。
「どこまで話したか……あぁ、あの子の力の事だったか。あの子の力を聞いて私も妻も嬉しかったよ。あの子の根底が人を傷付ける物ではなかったと。……優しい子だったんだと、嬉しかったよ…」
「……祭のあの力は優しい祭らしい力だったと思います。僕も…………彼女に…っ、……最後に、救われた1人ですから」
「……そうか」
「……はい」
暫く沈黙が流れる。少しすると、空吾が再び口を開く。
「時間を取らせてすまなかったね。そろそろ行こうと思うよ」
「そう、ですか……お話しできて良かったです、空吾さん」
集は左手を差し出す。空吾は少し逡巡すると、グッと集の手を握り返してくる。
「最後に1つだけ………君を恨んでる者も居るだろう」
「………っ!!」
「それは仕方のない事だ。誰も彼もが大事な人を喪った。その悲しみから逃げたいがために、それを何かにブツけたがる。君はその対象となることを殊の外恐れているね?」
集は何も答えず少し俯くだけである。だが、空吾はそんな集に御構い無しといった調子でグッと握る手に力を入れる。
「だけど、少なくともここに君を恨んでなんか居ない者も居るのだと、知っておいて欲しい。妻も私も君を恨んでなんかいない」
「……っ、はい」
「あ、あぁ、あとそうだった。君は『やさしい王様』という絵本を知っているかい?」
「?え、えぇ、知ってます…」
「そうか………一度読み直してみると良い。祭はきっと君にそうなってくれる事を望んだのだと思うよ。娘のようにその通りになって欲しくはないが、それでも目指すだけなら自由だからね。……最後にもう一度だけ言っておくよ。私も、妻も君を恨んでいない。たとえ君があの時、『冷酷な王様』だったとしても、過去は過去だ。後悔を残したままでは、先にある未来を取り逃がしてしまう。いいね?」
「………はい、よく考えてみます」
空吾は満足そうに頷くと背を向けてその場を去る。どこか寂しげなその背中から目を逸らすことができず、集は見えなくなるまで見送るのだった。
ってことで、久々の更新でした!
祭の父親として登場させた空吾ですが、オリキャラです。「あれ?祭に親って居るっけ?」っていうのが分からず、見返したり調べたりしたんですが、よう分らんかったので苦肉の策ですw
さて、更新が遅れた原因は今回の話と、この次の話と、もう何話か後に出す話が原因です。
いや、ホントに「子供を亡くした親ってどんななんだろう?」「そもそも親って…?」という疑問に割と真剣に悩みました。
不謹慎ですがそういった境遇の方の話を去年の暮くらいに聞くことができまして…なんと言いますか……見ていられない、っていう印象が強かったです。
さて、暗いお話でしたが、こんな感じの話がもうちょいあります。ではでは