連投!
さて、前回は集が帰んなくてはいけない話でした。で、今回はそれに対する各々の反応・・・とかです。
では、どうぞ!
アメリカ軍とJSDFが居座る24区。その隣の区域である23区のとあるマンションの一室、そこが篠宮綾瀬とツグミが暮らす部屋である。ツグミが稼いだ資金を元手に買い上げた自宅である。少女2人が暮らすにしては飾り気が少ない様な部屋ではあるが、それでも所々にある小物や家具は女の子らしい、と言えばらしいものが揃っている。
その内の一室、綾瀬の部屋では本人が帰宅早々、自力で車椅子から滑り降りる様にしてベッドにダイブして布団に顔を埋めていた。現在、彼女の胸中では言葉にし難い感情がグルグルと渦巻いていた。原因は先日救出した少年にあった。
少年の生還自体は喜ばしい事である。だが、あろうことか少年は再び姿を消すと言うではないか。
彼女は昔の仲間を多く喪った。テロリストの汚名を被ってでもこの国を支配していた理不尽と戦った。その過程で数多くの戦友が散っていった。その戦友の中に、今回救出した少年も居たのだ。
嬉しかった、純粋に少年の生還が。
だが――
「……………どうしろって言うのよ」
一人きりの部屋で返ってくる言葉などあろうはずも無く、続けて綾瀬は溜息を吐く。そんな風に1人沈んでいると、ドアをノックする音が聞こえる。この家で綾瀬以外の人間など1人しか居ない。綾瀬はベッドから上体を起こしてドアを見る。
「入って大丈夫よ、ツグミ」
「………アヤ姉、平気?」
「平気って何が?」
「何がって…」
ツグミは言い淀む。これから言う事は藪蛇以外の何物でもないと分かっているからである。だが聞いておかない訳にもいかない。
「集の前でだいぶ我慢してたでしょ?集がその……また向こうに『帰る』って言った時」
「…………」
ツグミの質問に綾瀬は閉口してしまう。ツグミの言った通り、集が『帰る』と言った瞬間に、綾瀬の胸中はどうしようもない程の寂寥感で満たされてしまった。
『集の世界はここでしょ!』
と声を大にして、集へ詰め寄りかけた。だが、ほぼ同時に理解してしまった。集が『帰る』と言った行き先は、『向こう』という一言。おそらくその言葉は、『いのりの元へ』という意味だったのだろう。いのりは集が居なければ、辺り一面を結晶――キャンサーで覆ってしまうという。いのりの居る場所は集の側で無ければならない。しかしそれは逆も言えるのだ。
集の居る場所、心の在り処もきっと――
「………アヤ姉、明日も集とはちゃんと会った方がいいと思うよ?」
「………」
「このまま、何も言わずに集が『帰った』ら、多分ずっとアヤ姉は次に進めないと思うから………じゃあ、それだけ!今日は私が食事当番代わってあげるから、一回分貸しだからね?」
綾瀬は短く、ありがとうと言うと、ツグミが部屋を出たのを確認して、ボスンと再びベッドに横になる。
「次に進めない、か…………」
ツグミの言った事を復唱して、綾瀬は目を閉じた。
◇
「………本気か、集?」
集が目覚めた翌日、集が帰還するまで3日という期間の内の1日。その早朝、部屋に朝食を運んできたアルゴに、集は短く要件を伝えたのである。それを聞いたアルゴは集を訝しげに見やるが、集は微動だにしない。
「はぁ……まぁ、言うとは思ってたがよ。簡単に変装くらいはしろよ?案内は俺がするからよ」
「うん、ありがとう、アルゴ」
「気にすんな。短い帰郷してる期間の間じゃなきゃできねえしな。それにその、なんだ…………今の谷尋や綾瀬、それに春夏さんにはもうちょい時間が要るだろうしな」
「そう、だね。………アルゴはいいの?」
「生憎と俺は根暗を卒業したんだよ。じゃなきゃ、店なんかやってられっか」
「ん?そう言えば僕の案内をしてくれるのは有難いんだけど、ここの店はいいの?」
「あぁ、心配すんな。ここの従業員は元葬儀社の連中が多いし、俺が居なくても回るように叩き込んでるからよ」
「まぁ、ならいいけど」
集は少し苦笑いしつつ、アルゴの厚意を素直に受け取っておく。アルゴは、集に一声掛けるとそのまま退室していった。
それを確認して、集は慣れない左手で朝食を口に運んでいく。メニューはベーコンエッグに、サラダとバケット、それに少し大き目の器に満たされている赤いスープである。どうやら、スープの正体はミネストローネらしく、湯気と共にトマト特有の少し酸っぱい匂いが鼻腔を満たす。
一口、ミネストローネを口にすると、思わず唸ってしまう。
「あ、美味しい。………まったく、器用だなアルゴは」
よく手間暇を掛けて作られたものだと、何となく分かってしまう。でなければこの味は出せないだろう。それだけ、アルゴも集の帰還を喜んでくれているのだろう、という事にしておく。当然、口に出せばアルゴの要らぬ反感でも買いそうなので、直接は口にするつもりは無いようだが。
「………今日も晴れてくれて良かった」
集は僅かに空いたカーテンの隙間から透き通る様に晴れた空を見る。『こちら』の空が少し煤けて見えるのは、『長く居すぎたからだろうな』と、1人ごちるのであった。
◇
アルゴの店がある23区から少し離れた場所、そこが集の目的地である。2つ、3つほど区をアルゴが運転する白の軽自動車で跨いで到着したのは東京都内にしては珍しく自然が比較的多く存在する場所である。
1回目のロストクリスマス以降、GHQが入ってきた事により、東京都内の地名は一度ほとんど撤廃されており、ここもその憂き目にあった一つである。故に明確な固有名詞でここが呼ばれることは殆どなく、未だにナンバリングや記号を組み合わせた名称で呼ばれる事が多い。いや、むしろココだけは意図的に呼んでいないのかもしれない。
なぜならば、この場所は多くの人にとって、否応無く昔の傷痕を抉るからである。
「……相変わらず人っ子1人居やしねえ」
「まぁ、一応平日だしね。それに仕方ないと思うよ」
「仕方ない、ねぇ」
「……母さんもここには来ようとはしなかっただろうし」
「………まぁ、そうだな」
「ところで、ここの何処にあるの?」
「あぁ、少しばかり歩くがそんな離れちゃ居ねえよ」
「僕が言うのも何だけど、僕を助ける時に蹴散らしたって言う国連――今はアメリカ軍だっけ、は平気なの?」
「問題ないな。四分儀の奴がJSDFとのコネも使って抑え込んでるって話だ。他のテロリスト連中も四分儀の私設部隊に排除されてる筈だしな」
「………相変わらず、鮮やかな手際なことで」
「まったくだぜ………っと、そろそろ行こうぜ。あんま外で一箇所に長居すんのは良くねえだろうしな」
アルゴはガランとした駐車場にポツンと存在する軽自動車から降りる。その格好は簡素なシャツにジーンズといったものだ。また頭には、なだらかな前傾に、短いひさしのハンチング帽を被り、サングラスを掛けている。少し見方を変えるとやや不良、と言うよりはギャングと言った方が良いだろうか?
集も似た様な格好で、ハンチング帽の代わりにツバの長いキャップ帽、黒縁の眼鏡を簡易的な変装という事で着用している。当然、眼鏡の度は入っていない。また、右腕にはダミーの義手を装着し、人工皮膚で覆ったものにギブスを巻いて、首から提げた包帯に掛けている。まるで右腕を骨折した様にしか見えず、これでパッと見は集の特徴である右腕の欠損を隠せるだろう。
「ここが?」
「あぁ。谷尋や綾瀬達から聞いて、俺も何度か来た事がある。あぁ、そうだ忘れるところだった。集、仏花は俺が持つ。お前は線香を頼む」
「分かった」
集は言われたまま、アルゴに線香の入った箱を渡される。そしてアルゴの先導で目的の場所まで進んでいく。木々の間に設置された階段を登り、途中置かれている桶に水を入れ、柄杓も借りていく。
似た様な石柱の林を進み、ようやくその場所へと辿りつく。集は荷物を近くの石の上に置いて、石柱の正面に立つ。『校条家ノ墓』と刻まれた墓石の前に。
「………久しぶり、祭」
◇
集が墓所を訪れている頃、綾瀬もまたアルゴの経営する喫茶店である『Coffee’n』を訪れていた。時刻は午前11時の少し前である。勉学の方は仮病を用いて、ズル休みである。と言っても、彼女は地頭は良いので遅れを取り戻すのは訳ないのだ。その上、ツグミのサポートもある。たった数日は問題がない。
ツグミに車椅子を押され、喫茶店内に入ると疎らだが客がおり、その中には以前入店した時も居たと思しき顔もある。常連客だろうか?もしそうだとするのならば、開店してから然程時間が経っていないにも関わらず常連客を得れるだけの商才がアルゴにあったという事だ。もしかしたら、向いていたのだろうと、綾瀬は自身の中でそう結論づける。
「いらっしゃいませ。お二人でしょうか?」
「えぇ。少し会いたい人も居るから、奥に入れてもらえる?」
「はい、畏まりました」
かつての戦友にこういった対応をされると、ややむず痒い。それはどうやらツグミも同じ様で、表情は崩さないまでも、車椅子の取っ手を握る手が少し落ち着かない。
兎にも角にも、店員は了承してここ数日使い続けているルートで店の上階へと上がる。目的のフロアに着くと、丁度目の前には四分儀が重たそうな書類の束を手にして立っていた。
「あれ、しぶっち?そんな紙の束持って何処いくの?」
「おはようございます、綾瀬、ツグミ。と言っても時間的には、少し遅い気もしますが。…………ふむ、丁度良いですね。ツグミ、手伝ってください。これから地下でアーヴィンの調整や、その他の調整をします。行きますよ」
「え、あ、ちょ!しぶっち!?」
四分儀はツグミの肩を持って、半ば強引に連行しようとする。そこでエレベーターへ乗ろうとする際、思い出した様に綾瀬の方へと振り返る。
「綾瀬。集は今外出中です」
「え!?だって、アメリカが――」
「あぁ、そっちは安心してください。私の方で色々と手を回してありますし、アルゴも付けています。それに私の部隊からも数名。それよりも、奥にいる桜満博士を頼みます。それでは」
四分儀は綾瀬へ会釈すると、エレベーターを閉じてしまう。
綾瀬は四分儀達の乗ったエレベーターを少し眺めていたが、四分儀の言った通り奥の部屋へと向かう。そこは現在四分儀の執務室の様になっており、整理されているとはいえ、書類の山は隠しきれていない。そんな中、話にあった桜満春夏が椅子に深く座っていた。
その表情は暗く、視線は彼女の目の前にある数枚の散らかっている紙切れに注がれていた。
「春夏、さん?」
ハッとした様に春夏は綾瀬の方を見る。その目元はやや赤く腫れており、おそらく泣いていたのだろうという事が容易に推察できる。
「あ、ご、ごめんなさい、綾瀬ちゃん。ちょっと情けないところ見せちゃったわね」
フルフルと綾瀬は首を振る。
「いえ、情けなくなんかないと思います。私が言うと生意気に聞こえるかもしれませんけど、それだけ春夏さんが集を心配しているって事だと思いますし、それにその…………これからの集の行動を考えると…」
「………えぇ、そうね。ほんっと、あのバカ息子は。コッチに心配をかけて、その上また姿を消すって言うんだから………けど、それがあの子の優しさなんでしょうね」
「それってどういう…」
綾瀬は春夏が差し出してきた紙切れを受け取って目を通す。それは昨夜アルゴを憤慨させ、先ほどまで春夏がずっと見続けていたものだ。
「………そんな。だって、今の世界を救ったのは――」
「けど、発端を作ったのも、あの子だって言いたいんでしょうね、今の世界は。本当はあんなものを研究していた私や玄周さん、兄さん、糸を引いていたダアトの筈なのに」
「違います!だって春夏さんは……っ」
「ありがとう、綾瀬ちゃん。けど、ヴォイドゲノムを作ったのは私。玄周さん、兄さんが研究して、私が形にしてしまった。そもそもの『原罪』は私たち大人にあった筈なのに、皺寄せはあなた達子供に多く寄ってしまった。これは紛れも無い事実よ。けど、今私にどうにかする力はない」
「……」
「………さっきね、この書類を見た時四分儀さんに教えてもらったのよ。集はすでにこの事を知っている、って。昨日遅くに本人に確認を取ったらしいわ」
「………っ!」
「そうしたら、何て言ったと思う?『母さん達の事がその書類に書かれてなくて良かった』ですって」
「っ、あのバカ!」
「本当にね。けど、ある程度あの子も予測してたんだと思うわ。四分儀さんがこの話をした時もそんなに驚いた様子は無かったって言ってたから」
綾瀬は自分の与り知らぬところでそこまで話が進んでいたことに非常に腹を立てていた。アメリカ軍を蹴散らして集を救出したのは自分たちだ。である筈なのに、いつの間にか集が帰らざるを得ない様な話が浮上したり、それを本人が了承していたりと、ドンドンと話が進んでいくのが気に食わなかった。
しかも集自身の方が、今はよっぽど危険な状況である筈なのにこちらを心配するなど、自らの命を軽んじているのではないのかと、尚のこと無性に腹立たしかった。
溜飲は下がらない。だが、綾瀬は堪える。集に文句の一つでも言いたいであろう目の前の女性は、感情を露わにすることなく耐えている。抱えている不満を直接集にぶつければ多少は気も晴れるだろうが、それをしていない。であるのに、自分だけが吐露してしまうのは、少し躊躇われたのだ。
「………春夏さん。集は?」
「祭ちゃんのお墓参りに行ってるわ。夕方には帰ってくるはずよ」
「……………春夏さんって、明日って時間ありますか?」
「えぇ、あるけど……」
「分かりました。じゃあ、時間を空けておいて下さい。私はツグミ達にも話しておきたいので、これで」
綾瀬はそう言うと、春夏の居る部屋を後にする。残った春夏はもう一度書類へと目を落とすのであった。
春夏と綾瀬の様子を描くのが一番苦労します・・・
さて、集が訪れた場所は墓所でした。ここの話は実は最初の方から着想はしていた内容です。あと幾つかあるんですが、はてさて一体いつになるやら・・・
いや、早く描ければいいんですけどね?
さて、若干重っ苦しい話が続きますが、それもあと数話ってところですね。
できればもうちょいお付き合いください!
ではでは、また次回!