Blood&Guilty   作:メラニン

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本っ当に!お久しぶりです。しばらく更新遅れ取った筆者です。


意外と忙しい生活にも慣れ始めたので、また投稿を再開します!

いや、ほんと待っていただいていた読者の皆様には申し訳ない!


では、どうぞ!


罪王の左腕編IX

 

 

 

集は困っていた。原因は現在進行形で、頬を抓るという危害を(こうむ)っているからである。

 

 

「いふぁふぁふぁふぁ!!」

 

 

ぐいーと頬肉を抓られ、思い切り引き伸ばさんとしているのは親友である寒川谷尋だ。彼を始めとした友人達――颯太、花音も学校が終わった後に、集が目覚めたという報せを受けて急いで駆け付けたのだ。そして、谷尋が顔を合わせて開口一番に『集、先に謝っておく。我慢しろよ?』そう言って、現在の暴力行為に及んだというわけである。

 

 

「まぁまぁ、谷尋。その辺で許してやれよ。集の頬肉が千切れちゃうよ?」

 

 

その様子を面白そうに見ていた颯太が、谷尋を止めに入る。ようやく解放された集は、抓られていた頬を摩りながら、自分より長身の谷尋を見上げる。と言っても、ベッドの上で上体を起こしているだけなので座っているメンツ以外全員を見上げる形であるのだが。目線が同じ高さで合っているのは、車椅子の綾瀬と、椅子に座っている春夏くらいだろう。

 

 

「まぁ、言いたいことは色々あるんだが、ひとまずは今のでチャラにしてやる」

 

 

「……ごめん、谷尋」

 

 

集は谷尋に――と言うより、部屋の中に居る全員へ向けて頭を下げる。少し空気がシンミリとなったところで、颯太が谷尋を押し退けて集の前に立つ。

 

 

「はいはい、ごめんよ。……よぉ、集。久し振りだな」

 

 

「そうだね、颯太。聞いたよ、皆復学してるんだって?」

 

 

「おう!………つっても、現在進行形で受験生だから大変だけどな。こんなご時世だってのに、きっちり試験だけはあるんだぜ?試験問題作り以外にも、やる事はあるだろうに」

 

 

「あー、ははは………」

 

 

「もう!そんな事言ってたら落ちるわよ!?桜満君からも言ってあげて!」

 

 

颯太の背後から花音が小言を飛ばしている。それに対し、颯太は苦い顔をして谷尋と花音の方へ振り返る。

 

 

「まったく、お堅いなぁ、委員長は。なぁ、聞いてくれよ、集。この前もさぁ――」

 

 

 

 

 

 

 

そんな風に彼らの会話は弾む。まるで今まで会えなかった時間を埋めるように。

 

 

颯太が話を振って、それに対して谷尋や花音が呆れ、綾瀬やツグミが冷めた目線や厳し目の言葉を飛ばす。それに対して集が笑い、春夏がそれらを見守っている。

 

 

一通り話したところで、あっという間に時間が経過しており陽も傾き始めていた。そこへ新たな来客が訪れる。ドアがノックされ、返事を返すと白髪に切れ長の目をした男が入ってくる。メガネのブリッジを上げて、彼は集を見据える。

 

 

「お久し振りです、集」

 

 

「えぇ、久し振りです、四分儀さん。それにアルゴも」

 

 

集が声を掛けると、四分儀の後ろからバーテン姿のアルゴが入ってきた。頭に手を当てて、少し顔を顰めている。

 

 

「何だ?俺はついでか?」

 

 

「そんな事はないよ。入ってきた順に声を掛けただけだし」

 

 

「ま、そりゃそっか。起きたみたいで良かったぜ、集」

 

 

挨拶もほどほどに、四分儀は「では早速」とでも言わんばかりに、集の前に出て正面に立つ。アルゴはその側に移動する。

 

 

「集、あの時――涯との決戦の後、あなた方のいたと思われる場所からは光が上空まで立ち昇っていました。………話せる範囲で構いません。一体何があり、そして今までどうしていたのか、お聞きしてもいいですか?」

 

 

四分儀の言葉に全員の視線が集へ向かう。今までの会話の中で、誰しもが聞こうと思っていたが聞けずにいた事だ。その反応からして全員が気にしていた事なのだろうと、容易に想像できる。ただ、それを聞いてしまうのは少し躊躇われた。

 

 

仲間であった涯との決着を、結果的にとはいえ集1人に押し付ける形になってしまったのだ。そして何よりも彼らにとって最大の障害があった。『(ゲート)』から帰還してきたのは、集『だけ』である事。それが示すのは、彼らにとって直視したくはない事実である可能性があるのだ。

 

 

「……………そうですね。多分、皆も気になっていた事だろうと思うし。じゃあ、まずはあの時――涯と戦ったところから」

 

 

そして集は話し始める。あの時、24区の最終決戦の場となった最上階で、何があったのかを。

 

 

いのりを贄とした真名の顕現、涯との決着、涯の為そうとしていた事、そしていのりと共にこの世界から一度は消えた事について。

 

 

「…………そう。彼は真名の事を」

 

 

「なるほど………涯がああいった行動を取ったのはそういう意図でしたか。ふむ…」

 

 

春夏は自らが救えなかった『娘』である真名を、涯はその因果から解放しようとしていた事を知り、複雑そうに下を向く。他のメンバーも大凡同じ反応である。四分儀だけは何かを思案するように顎に手をやって考える様な姿勢を取るが、表情はどこか悔しげである。

 

 

涯が重要な部分は話していなかったという事はそこまで信用されていなかったという事に対してなのか、それとも涯の考えを察せなかった事に対してなのか、はたまたそれ以外かは本人のみぞ知るというところだろう。

 

 

しばらくの間沈黙が流れる。それを打ち破ったのは、綾瀬だった。彼女は集に先を促す様に話しかける。

 

 

「それで……涯を倒した後、集と…………………いのりは…」

 

 

「「「「…っ」」」」

 

 

ようやく出てきたその名前に全員が息を呑む。今の今まで、誰しもが口には出さずにいた名である。

 

 

「うん。一度は消えた。死んだ――訳じゃないと思うんだけど、うーーん………………なんと言うか表現が難しいというか…」

 

 

「表現が難しい、って?」

 

 

「えっと、そのままの風景を話すと、僕もいのりも真っ白な世界に居たんだ。あの世、って言うのとは少し違うと思うんだけど、そんな感じで何もない様な真っ白な空間に居た。僕も、いのりも。だけど、いのりが『向こう』に消えそうになって――」

 

 

「失礼。集、『向こう』というのは?」

 

 

「よく分からないんですけど、多分死後の世界、とでも言えばいいのか………とにかく、そのまま『向こう』に行ったら、いのりが消えそうな気がして必死で追いかけたんです。そしたら、消えた筈の涯と真名……姉さんが『右腕』から出てきて、僕を手助けしてくれたんです」

 

 

そう言って集は、『右腕』のあった部分を摩る。

 

 

「………集。あなたのヴォイドは……」

 

 

「えぇ、そこから先を話すには、『あちらの世界』で何があったのかを、話さないといけません。あっちで何があって、そして今の僕の状況も」

 

 

そう言って集は右腕のあった場所を押さえていた左手を退かす。

 

 

ふと、窓から室内へと風が入ってくる。その風に煽られて、集の服の右袖が翻る。彼はそれを押さえるように、もう一度『右腕』があった場所へ手を置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い室内で、四分儀は溜まりに溜まった書類の山と対面していた。24区で起こした行動に掛かった各経費や、隠蔽工作のための書類などである。それらを前に彼は一つ溜息を吐くが、原因はその書類の山ではない。彼にとってこの程度の紙束など然したる問題ではないのである。では、なぜそんな彼が溜息を吐いているのか?

 

 

それは夕方に集が話した内容が要因である。それを思い返し、四分儀は溜息を吐いてしまう。そこへ扉をノックする音が響く。軽く返事を返すと、アルゴが金属トレーにコーヒーを乗せて入室する。どうやら差し入れの様である。

 

 

「アルゴ、ですか」

 

 

「ったく、また小難しい顔してんぞ?まぁ、そうなんのは同感だがな。あんな話聞かされりゃな………」

 

 

「えぇ、まったくです。やれやれ、この国へ来ると毎度毎度忙しくて敵いません」

 

 

「ははっ、ロストクリスマスの起こる前は、働き過ぎの国なんて言われることもあったらしいからな。この国が復興してきてる証拠だろうよ」

 

 

「効率が悪いだけ、とも取れると思いますが?」

 

 

「そんなの、昔の連中に言えよ。今の俺が知ったこっちゃねぇ」

 

 

そう言って、アルゴはデスクにコーヒーを置くと、部屋に立てかけてあるパイプ椅子を広げて四分儀の正面に座る。

 

 

「………で、どう見るよ?」

 

 

「どう、とは?」

 

 

「しらばっくれるなよ。何か解決策が有るんじゃねえのか、参謀?」

 

 

「中々に意地の悪い質問をしてきますね、アルゴ。残念ながら、こればかりは解決策はありませんよ。それはあなたも良く分かっているでしょう?あの時、私よりもあの場の近くに居たあなたなら」

 

 

「……ちっ」

 

 

アルゴは苛立たしげに舌打ちをする。そんなアルゴに瞑目して、四分儀はコーヒーに口を付ける。

 

 

「我々は只人(ただひと)でしかない。あの時――24区での最後の戦いの時もそうでした。我々は只の『人』でしかなかった。多少、頭が良かろうとスポーツが出来ようと、それは只人の範疇でしかない。結局、只人である我々は人類という枠組みを抜け出すことは出来ません。アルゴ、アリ一匹一匹の違いがあなたに分かりますか?」

 

 

「…イヤなことを言うな、四分儀」

 

 

「………スミマセン。私も只人であるこの身が憎いのですよ。どちらにせよ、今回の問題は我々には荷が勝ちすぎています。結局のところは当人の選択を受け入れるしかありませんよ。只人である我々には」

 

 

「八つ当たりか?」

 

 

「そちらもでしょう?」

 

 

「ちっ…」

 

 

ピリピリとした雰囲気が流れる。アルゴは居心地の悪さにイライラと膝を揺らし、貧乏ゆすりを始めてしまう。それもこれも集のせいだと、腹立たしげに心の底で悪態を付く。

 

 

と言うのも、集が彼らに話した内容は少々衝撃的だったのだ。

 

 

こことは異なるという別世界。そこには『魔術』というものが息付いていて、人類とは別種族である『魔族』が居るという。と言っても、人とそう変わらない容姿を持っているものが大半という話ではあるのだが、それでも一般人からすれば脅威であるということ。

 

 

ただ、文化や文明はさほど此方の世界と変わらず、集は学生として生きていたという話だった。それも、件のいのりと共に。

 

 

いのり生存の話にその場は湧いたが、それも少しすれば冷めてしまった。どうやら、いのりは集と離れた場合、暴走の危険を孕んでいるらしく、現在もあちらの世界でその危険と隣り合わせだそうだ。今は平気なのかと問えば、詳しくは話さなかったが、どうやら平気ではあるらしい。

 

 

それをどう知ったのか、という疑問を集へと投げ掛けるが、何となく分かると話を逸らしていた。

 

 

しかし、問題はそこから先であった。

 

 

あちらの世界から、こちらの世界へ集が戻れた原因は突発的な事象であったらしく、何度も行き来ができる様な事ではないらしい。

 

 

もし、あちらの世界に戻ってしまえば、2度とこちらの世界への帰還は望めないとの事。しかし、集は戻るつもりでいる。いのりを残してきてしまったから、と。これに対して、各々複雑な反応を示した。

 

 

集の帰還、生存を喜んでいた彼らは、突如冷や水を浴びせられた気分だっただろう。

 

 

親友である谷尋、颯太は一瞬集へと詰め寄ろうとするが、グッと動きが止まった。ここで集を止めるということは、いのりを見殺しにする事と等しい。それに、無理矢理にでも止めて、いのりを喪う事になれば、集は谷尋と颯太を許さないかもしれない。その考えが、彼らを押し留めた。

 

 

集と、いのり。どちらを取るか。集を止めれば、彼はこの世界で生きていく事となる。しかし、そこにいのりは居ない。集を行かせれば今後2度と集にも、いのりにも会うことは叶わないだろう。彼らは何も言うことが出来なかった。そして、谷尋は花音と颯太を伴って店を後にしたのだ。

 

 

一方、綾瀬の方は静かであった。淡々と集の言葉を聞いていたのである。そして、谷尋達が出て行った後も少し話すと、『また明日』とツグミに車椅子を押され、帰宅した。

 

 

 

 

そして、一番思いつめてしまったのは春夏である。集からの話を聞いた後、一番遅く集の居る部屋を出たのだが、貸し与えられている別フロアの部屋に戻ると、そのまま部屋から出てこないらしい。せめて夕食をと、アルゴが階下へと呼ぼうとしたのだが、部屋の中から小さく咽び泣く様な声が聞こえ、何も言えなかったのだそうだ。

 

 

と、反応は様々であるが、総じて集から話された内容は各人の心に重くのし掛かったのである。

 

 

 

 

 

「あーくそっ………こんなん、どうすりゃ――」

 

 

「集の望む通りにするのが一番なのでしょう」

 

 

「なっ…!」

 

 

急な四分儀の言葉に、アルゴは椅子からガタリと音を立てて立ち上がる。そして、数瞬固まったままでいたが、目付きを鋭くすると、怒気の籠もった声で四分儀に詰め寄る。

 

 

「そりゃ、ねーだろ!!せっかく――」

 

 

「集が今の世界で平穏無事に生きていけると、本当にそう思いますか?」

 

 

「……どう言うことだよ、そりゃ?」

 

 

四分儀は一つ嘆息すると、書類の山から数枚用紙を取り出す。そこには様々な言語でビッシリと何かが書かれていた。アルゴは見たことのない言語もあるが、いくつか見知ったものを手に取っていく。

 

 

「英語、って事はコッチはアメリカか?コッチは中国か?ロシアに、コッチは……………インド、か?他にも…何だこいつは?」

 

 

「各国に潜ませている工作員などからリークさせた情報です。まぁ、少し骨が折れましたが」

 

 

四分儀は眉間の凝りでも解すかの様に指で揉むと、一枚の別の用紙を出してくる。

 

 

「ん?コッチは日本語か?………………………………おい、四分儀。何だよ、こいつは?」

 

 

アルゴは紙を握る手に力が入り、用紙をクシャクシャにしてしまう。そして、用紙から顔を上げて口にした言葉は明らかに怒りで声が震えていた。

 

 

そして、バン!と机を叩くと、四分儀にシワが強く残る用紙を突きつける。

 

 

「本気か!?あいつら……あいつら!集に…!いのりに!………2人に救われておいて、やる事がコレかよ!!恩知らずにも程があるだろ!!!」

 

 

アルゴの怒声を、四分儀は瞑目して受ける。

 

 

アルゴの怒りを買った用紙の正体は、ザックリ言って仕舞えば集を確保し次第、国際法に照らし然るべき裁きを受けさせるというものであった。

 

 

四分儀は沈痛な面持ちのまま閉じていた目を開けると、静かに口を開く。

 

 

「その怒りはもっともです。しかし、集と涯は世界に力を示してしまった。その力に大多数の人々は恐怖の感情を抱いた筈です。確かに力を扱う者次第で、その力は善にも悪にもなり得ます。集と涯の対比はまさにそれでしょう。

 

 

……ですが力は力です。強大であればあるほど、それを振るう者自身の存在は他人から見れば霞んでしまう。使用者の存在が力の存在に食われてしまう。しかも間の悪い事に、つい先日も集自身ではないでしょうが『(ゲート)』という形で力が発露してしまった。たとえ集が現在、ヴォイドを使えないとしても、その認識は変えられないでしょう」

 

 

「そんなもん――」

 

 

「変えられると?変えている間に、集は迅速に裁きを受けるでしょうね。各国のマッドサイエンティスト共は、集を研究したくて仕方がないみたいですから。死人に口無し、というやつです」

 

 

「なら、熱りが冷めるまで匿――」

 

 

「仮に私の私設部隊で匿うのも得策とは言えないでしょう。無論、ここも。幸いにもこの近辺は復興が遅れています。故に何とか匿えていますが、バレるのも時間の問題でしょう」

 

 

「………っ」

 

 

「故に集はこことは別の世界で生きるべきと考えます」

 

 

「………っ!見損なったぞ、四分儀!!」

 

 

アルゴは力任せに扉を閉め、部屋を後にする。残された四分儀は、散らかった書類を一纏めにして揃えると、椅子の背もたれに体重を預けて、天井を見やる。

 

 

「………さて、このことに関しては集にも確認を取らなければいけませんね。それと集の言っていた、3日という期間。なぜ、明確に彼がその期間を知っているのでしょうね。…………まさかとは思いますが…」

 

 

その日、四分儀のいる部屋の明かりが消える事は無かったという。

 

 

 

 




・・・・・・


連載再開がなんかくらーい感じで申し訳ないです。分かりにくかったかもしれませんが、集のヴォイド――消えてます。


さて、この章なんですがお気づきの方もいらっしゃると思いますが、一つの転換点と言いますか、ケジメ?と言いますか・・・

まぁ集にとっては避けては通れないであろう話になっています。『いのり、まだかよ』って意見もあるかと思いますが、もうしばらく待っていただけると幸いと言いますか・・・



ではでは、今回はここまでで!


また次回!

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