Blood&Guilty   作:メラニン

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ようやっと、あのキャラたちを出せる・・・

ホント長かった!!

・・・まぁ、そのせいで思いのほか長くなっちゃたんですけどね。




では、どうぞ!


罪王の左腕編IV

 

白を基調とした室内で、白衣姿の研究者たちが忙しく動き回っている。男女比は8:2ほどであり、男性のほうが圧倒的に多い。と言っても、この研究室に居る研究者は総勢10名と少しほどなどで、人口密度で言えば寂しいくらいだろう。

 

 

「主任、データ上がりましたよ」

 

 

年若そうな男性研究者がA4用紙数枚にまとめられたデータを、主任と呼んだ研究員に手渡す。それを見て、彼女はメガネの奥から鋭い目を光らせ見聞していく。セミロングのブラウンヘアで、整った顔立ちをした女性だ。

 

 

「………やっぱり、マウスだと無理か」

 

 

「というか、マウス云々の話ではないと思いますが……」

 

 

男性研究員の言葉に、主任の女性は少し厳し目の視線を向ける。その行動に男性は「しまった」と焦り、急いで取り繕う。

 

 

「あ、じ、自分が言いたいのは、そもそも宿主となる生物種の――」

 

 

「いいわ。ごめんなさい、このところ寝てなかったから…」

 

 

「………あの、今夜お食事でもどうですか?気分転換にもなりますし」

 

 

男性の言葉に、彼女は少し押し黙る。少し逡巡した後、視線を上げる。

 

 

「折角のお誘いだけど、ごめんなさい。今は行く気になれないわ」

 

 

「あ、あぁ、そうですか。い、いえ、気にしないで下さい。じゃあ、自分は戻りますね」

 

 

男性はそう言って、自分のデスクに戻って行く。それを確認した彼女は溜息を吐いて、物憂げに外をボンヤリ眺める。現在の彼女は明らかにオーバーワーク気味である。このままでは、いずれ倒れてしまってもおかしくない。そこで、研究員達はあの手この手で休ませようとしているのだが、先ほどの男性然りうまくいっていない。

 

 

さすがに見兼ねた、この研究室において数少ない女性研究員の1人が主任へと話しかける。彼女は主任とも歳が近く、普段も仲が良い。また、女の子と男の子の子供もおり、彼女が説得できなければ、もう誰も説得などできないだろう。

 

 

「ねぇ、貴女最近、自分の顔鏡で見てる?今、酷い顔してるわよ?」

 

 

「………知ってるわ。けど、何かしてないと気がおかしくなりそうなのよ」

 

 

「もうオカシクなってるわよ。私には貴女の辛さは分からない。でもね、少なくともどういう感情を持ってるか理解はできる。国連からも戻ってきたばかりなんだから、もう少しペースを落としなさい。今のままだと、あまりに効率が悪過ぎるわ」

 

 

「……………」

 

 

その言葉に主任である女性は沈黙してしまう。彼女にはある目的がある。それは彼女にとって最上位の目的であり、ある意味では現在の彼女の生きる原動力となっているものだ。休んでなどいられないのだ。

 

 

「……はぁ、今のままだと潰れるって言ってるの。別に研究を辞めろなんて言わないわ。貴女の関わった件に関しては、全部を知ってる訳じゃないけど、それでも特殊過ぎるケースだった事は知ってる。その件が片付いた後もあちこち引っ張りだこだったでしょ?そろそろ一回休まないと過労死するわよ?そしたら、誰が貴女の息子を助けるの?」

 

 

主任の女性はその言葉に悔しそうに唇を噛む。彼女も分かってはいるのだ。このままやっても、解決などしないことは。それでも、行動せずにはいられない。それが曲がりなりにも『母』としての役割だと、そう考えているからだ。だが、彼女の言っていることも耳の痛い話である。

 

 

「………分かったわ。少し休暇をもらうわね。その間のサンプル管理は任せてもいいかしら?」

 

 

「えぇ、そうしなさい。幸いここには、貴女の味方をする連中ばかり居るんだから」

 

 

主任は苦笑いを浮かべると、荷物をまとめて研究室を後にする。一週間ほど休暇を取るための書類を簡単に作成し、事務方に届ける。その際、事務所の人間に「やっとか…」と安堵した様な表情をされたのは、気のせいではないだろう。

 

 

兎にも角にも、これで彼女はかなり久しぶりの休暇を取ることとなった。幸い、今日は晴天であり、建物を出れば心地のいい風が吹き抜けていた。研究室で付けたままであったメガネを外して、大きく伸びをした後、一気に脱力する。

 

 

「さて、思い切って一週間も取っちゃったけど、何しようかしら?」

 

 

彼女は少し困った様に、ついボヤいてしまった。スマホを取り出してみれば、日付は4月も終わりという27日である。今日の日付すら今知った彼女は、本当に自分がずっと研究しかやってなかったのだと、溜息が出てしまう。しかし、そうでなければ彼女は平静でいられなかっただろう。

 

 

そして、ふとメールが何件も来ていることに気が付く。差出人は彼女の息子の友人達であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京都内某所にて、彼らは待ち合わせていた。ようやく再開を始めたカフェの1つであり、物流などの関係から値段は割高だが、それでも十分に需要があった。

 

 

「あ、来た来た!こっちです!」

 

 

そう言って、店舗内の一角から少年が手を振っていた。今日は客足がほぼゼロであり、彼女に呼びかけた客以外はいない。そのテーブルには計5人の少年少女が着席しており、彼女の到着を心待ちにしていたようだ。その内の1人である、車椅子に乗り赤味の強い茶髪をポニーテールにまとめた少女が、隣の席を勧めてきた。

 

 

「お久しぶりです、春夏さん。どうぞ」

 

 

「ありがとう。本当に久しぶりね。何回か連絡をくれてたみたいなんだけど、出られなくてごめんなさいね」

 

 

春夏と呼ばれた女性は、勧められたまま着席すると、少し会わぬ間に再び成長した彼らをザッと見る。この場に居るのは、彼女――桜満春夏の息子、つまり桜満集の友人達である。車椅子の少女が篠宮綾瀬。その隣に座って居るネコ耳のカチューシャを付けた少女が、ツグミ。

 

 

テーブルを挟んで向かい側に座る最初に春夏に呼びかけた少年が、魂館颯太。その隣に座る少しキツ目の眼光を持つ寒川谷尋。さらにその隣に座るメガネをかけて、ショートに髪を切り揃えている少女が、草間花音である。

 

 

「急にお呼びしてすみません、春夏さん」

 

 

「いいのよ、谷尋君。私もちょうど今日から一週間休暇を取ったから」

 

 

「失礼します。お飲物は如何いたしますか?」

 

 

「え、あぁ、そうね。私はアイスコ――え!?」

 

 

背後から話しかけてきたウェイターを視界に納め、春夏は仰天した様に声を上げてしまう。それもそうだ。そこには、しばらく音信不通となっていたメガネで色白の長身の男が立っていたのだから。ただ、髪色だけは黒くしており、恐らく変装という事だろう。

 

 

「し、四分儀、さん?」

 

 

「えぇ、お久しぶりです、桜満博士」

 

 

以前の様にメガネのブリッジを上げる仕草も変わりない様で、最後に会った時と変わったことがなかった。と言っても、綾瀬達の様に成長中の学生とは勝手が違うのだから当たり前なのだろうが。

 

 

さて、春夏が驚いたのには理由があった。と言うのも、綾瀬、ツグミ、四分儀が所属していた『葬儀社』というのは、超国家間で構成されたGHQから日本の自治回復を目指すレジスタンス組織なのだが、破壊活動などを行なっていたのは事実であり、最終的にはダアトの起こした事件を解決したことで帳消し……とはならなかったのである。

 

 

故に関係者である春夏を始め、綾瀬、ツグミなどの主だって行動していた人物達は揃って国連へ出向していたわけだ。しかし、彼らの扱いには国連の重鎮達も頭を抱えていた。

 

 

葬儀社という組織を産む原因はそもそもGHQによる実効支配であった。つまり、彼らを罰することで国連の非加盟国からの反感を買う可能性があり、そして過激な国家などは、それを口実に反攻を起こしかねない。もしくは、葬儀社の生き残りを旗頭に正当性を謳う可能性もあった。

 

 

また、戦いに参加していた一部の兵士達や、一部の機関などから、彼らの処遇についての意見などを言ってきており、一部では署名活動などが起こりかけるなど、事態が徐々に大きくなってきていたのだ。因みにこの兵士達というのは、集を始めとした葬儀社のメンバーに命を助けられた者達であった。

 

 

 

 

さて、そんな経緯もあり、いよいよ国連の上層部はいよいよ頭が痛くなってしまった。事実を揉み消すにも、事態は大きくなってしまい、もし無理矢理にでもそんな事をすれば、国連の存在意義が疑われてしまう。彼らは今では『英雄』的な立ち位置となっていたのである。

 

 

 

そこで声を上げたのが四分儀であった。元々、ダアトとの戦いが終わった後のことを彼は考えていたようで、この事態も想定内であった。詰まるところ、国連側は件の事件を解決したという面子を保ちたいわけだ。しかし、破壊活動を行なっていた若者ばかりの集団に救われたとあっては、面子など保てるわけがない。

 

 

そこで、あくまで解決したのは国連軍が主体であり、葬儀社は物資支援や救護活動などを主だって行なった事にしたのだ。そして、問題の破壊活動に関しては、葬儀社という組織を偽装した傭兵が行なっていた事にしたのだ。

 

 

その傭兵というのは、四分儀が戦場を渡り歩いていた時の部下などで構成されており、『表向き』彼らが罪を被ったわけだ。彼らは捕縛され、裁かれた――と、いう事になっている。元々、日陰で生きる者達であったため、『表向き』存在を抹消されようが、むしろ好都合というわけだ。

 

 

そして、四分儀は彼らと共に紛争などが跋扈する戦場へと戻っていった――はずであった。

 

 

「えぇ、私も戻ってくるつもりなど、毛ほどもありませんでした。今も私は東南アジアに居ることになっていますよ」

 

 

「………偽装してまで、入国したという事は表沙汰にできない、という事ですね?それに、この子達を集めているという事は――」

 

 

「さすがです、桜満博士。………ここは少し冷える。VIP席がちょうど空いているそうなので、そちらへ移動しましょう」

 

 

四分儀はカフェの店員に二言三言言い渡すと、店員は一行を店の地下へと案内する。そこは一般席と隔絶された空間であり、外からは見る事はできず音漏れの心配もない。こういった設備がある原因は、ここの店主となっている人物が、元葬儀社という理由がある。

 

 

「さて、では着席していただいても?」

 

 

「それは良いんだけどさぁ……しぶっち、そのズラずっと着けてるつもり?私、違和感で鳥肌ものなんだけど」

 

 

「ふむ……まぁ、いいでしょう」

 

 

四分儀は要望通りに鬘を取って、それを後ろにある予備用の椅子に放り投げる。どうやら、彼自身お気に召してはいなかったようである。

 

 

「さて、桜満博士。あなたはここ一月ほどの研究はヴォイドゲノムの作成に準ずる内容をテーマにしていましたね?」

 

 

「……えぇ。と言っても、私が目指したのはそれが生み出すエネルギーや、現象についてね。アポカリプスウイルスが世界中から消失した今、完璧なヴォイドゲノムを作る事はできないわ。だから、塩基配列だけ作成して、それをマウス胚に導入するのを試してるわ。他にもウイルスでも試したりもしているけれど、結果は芳しくないけどね」

 

 

春夏の言葉に、四分儀以外の5人の表情は優れない。というのも、彼らにとって人生を狂わせたようなものを研究しているというのだ。それは警戒するに値する情報であった。

 

 

「春夏さん、その研究は平気なんですか?その…こういう事言うのは気が引けるんですが、パンデミックやバイオハザードの危険性とかは…」

 

 

「ちょ、谷尋!」

 

 

花音の注意を谷尋は、軽く流して春夏に鋭い視線を向ける。

 

 

「その心配はもっともね。けど、安心して。キャンサー化すら起こっていないし、そもそも遺伝子導入されたマウス胚は発生自体しないのよ」

 

 

「……ふむ、やはりここまで来ると、一種の意思のようなものを感じてなりませんね」

 

 

それはどこか言い得て妙な言い回しであった。しかし、四分儀の言葉はどこか納得できてしまう。何がしかの巨大な意思があり、それが様々な事象に干渉する。

 

 

この世界は『淘汰』を免れた世界である。そして、それ以降そう言った事は起きていない。つまり、その巨大な意思が、人類の存続を認めたということなのだろうか?だが、そうなると疑問が浮かんでしまう。綾瀬が手を挙げ、その疑問を提起する。

 

 

「はい、質問。仮にその意思っていうのがあったとして、そんな事が起こってるって事は、ダアトがまだ存在しているって事?」

 

 

「………半分正解、とだけ」

 

 

四分儀の予想だにしない返答に一行はザワつく。それは当然の反応と言っていいだろう。

 

 

「しぶっち、半分っていうのは?」

 

 

「えぇ、まずそこを説明しましょう。ダアトは確かに存在しています。しかし、既に形骸化している状態なのです。ユウと名乗った、あの様な存在は確認できず、狂信的なシンパが多少存在する程度ですね。なので、ダアトは存在している。しかし、既に以前の様に『人類の意思を決定する』などと、下らない事はできないはずです。秘密裏に各国で粛清が行なわれましたから」

 

 

「そういうことね。じゃあ、さっきの意思云々って言うのは?」

 

 

「…………ただの勘です」

 

 

その答えに、四分儀以外の人物はドッと力が抜ける。

 

 

「しかし、案外バカにできないかもしれませんよ。これを見てください」

 

 

そう言って四分儀はタブレット端末を取り出して、画面をスクロールする。目的のものは、世界地図であった。しかし、ただの世界地図ではない。各地のゲノムレゾナンスの数値がグラフとして表記されている。特に日本の東京都付近が一番数値がズバ抜けて高い。それ以外はそこを同心円状に広がっている様な状態だ。

 

 

「……これは、集といのりちゃんが消えた日の数値ね?」

 

 

「さすがです。覚えてましたか。これはあの日、上空に『(ゲート)』が開いたときの数値です」

 

 

彼らが集や、いのりの死を疑う原因は四分儀の言う『(ゲート)』というものにあった。あの日、最終決戦が行われたであろう場所からは光が遥か上空まで立ち上っていた。そして、それはある高さのところで消失していたのだ。光はまるで『(ゲート)』に吸い込まれているかのようになっており、たまたま上空に向けてシャッターを切った兵士の写真にも、黒々とした『(ゲート)』が覗いていた。

 

 

様々な議論が交わされたが、最終的に空間自体に何かしら影響があったのではないか?アポカリプスウイルスはその向こうの空間に消えたのではないか?という説が有力となった。

 

 

光が吸い込まれているのだから、ブラックホールでは?という声もあったが、もし仮にこの大きさのブラックホールが出現したら、今頃地球自体が存在していないだろう。

 

 

「そして、次の日一挙にこの数値は落ち込みます」

 

 

そう言って、翌日に観測されたデータを表示する。確かに、数値はその通りである。

 

 

「この後も経時的に数値は下降して、正常値まで戻ります。しかし、実はこの数値が変動している間、特に数値の高い場所では物体が歪んで見えたりしたりするそうです。実際、あの日以降数日は、そう言った変化があったと都市伝説程度には噂されていました」

 

 

「えぇ、そうよ。そしてその数値の変動を能動的に行えないかを、試しているのが今行なえないかっていうのが、私の研究の目標ね。アレには恐らくアポカリプスウイルス、もしくはそれに準ずる何かのエネルギーが必要なんだと思う。だから――」

 

 

「えぇ。要はマウス版で、人工的にヴォイドゲノムを保持したマウスを作出して、力場を作ろうとしているのでしょう?」

 

 

「そうね、その通りよ」

 

 

四分儀と春夏の間でドンドン話が進んでいくが、ついて行けていないのが約一名存在していた。

 

 

「あの……いまいち話が俺には分かんねんすけど、つまりどういう事っスか?」

 

 

魂館颯太はそう言って、片手を挙げていた。彼には話が分からなかった様である。それについて、谷尋をはじめとした他の面子には溜息を吐かれてしまう。

 

 

「な、なんだよ!じゃあ、谷尋は分かったっていうのかよ!?」

 

 

「あぁ、取り敢えずな。噛み砕いて言うと、春夏さんはヴォイドゲノムもどきを使って、何とか集を連れ出せないかって考えてる。けど、軒並みうまくいっていない。そこには何か原因があるだろうっていうのが、四分儀さんの推測だ。で、その原因ってのを『意思』って言ってるだけだ」

 

 

「あ、あー、なるほど。…………あの、もう1つ質問イイっすか、春夏さん」

 

 

「えぇ、構わないわよ」

 

 

颯太は一度グッと息を呑んでから、口を開く。なぜなら、それだけ重大な事であり、そして彼の中で絶対にハッキリさせておきたいからだ。

 

 

「集は……集といのりちゃんは…………生きてるんですか?」

 

 

「っ、颯太!!」

 

 

颯太の言葉に、谷尋は声を荒げる。だが、颯太も退く様子はない。

 

 

「ごめん!!でも、知っておきたい!!けど、このまま何も覚悟しないで話が進んだら、絶対に後悔すると思うから!」

 

 

颯太がこう言うのは、ある種の怯えからであった。もし仮に、集を呼び戻せたとしても、それが死体であったら、彼はきっと絶望するだろう。それは、他の4人にも言える事であった。誰しも、喜びの後に絶望を突き付けられれば、下手をすれば立ち直れないだろう。

 

 

「でも、ここでそんな事を――」

 

 

「あぁ、いいのよ」

 

 

綾瀬が颯太に反論を言おうとして、春夏に止められた。

 

 

「ありがとう、綾瀬ちゃん。けど、颯太くんの言おうとしている事は分かるから」

 

 

「………春夏さん」

 

 

当然、春夏の表情は優れない。だが、颯太の言う事は、彼女も覚悟していた事であった。

 

 

「私も覚悟はしていたわ。仮に『(ゲート)』がまた空いたとして、集が生きていなかったら、って。…………でもね、私は確かに集と血は繋がっていないけど、それでもあの子の『母親』でありたいと思うのよ。確かに生きていてくれてたら、それだけで私は嬉しい。けど確かに、そんなのは奇跡だと思う。それでも、どんな形であっても、あんな訳のわからない場所に集を1人にしておきたいとは思わない。もちろん、いのりちゃんも、ね」

 

 

春夏の表情は先ほどと変わらず、優れない。しかし、よく見ればその瞳に宿る意思だけはハッキリしていた。強い意思が彼女の目から、言葉から伝わってくる様である。春夏はそこで、一旦区切って少し困った様な笑みを浮かべる。

 

 

「『母親』ってね、困ったものなのよ。程度の差はあるんでしょうけど、自分の子をどうしても愛さずにはいられない。それこそ、盲目的にって言ってもいいくらいに。そういう面倒くさい生き物なのよ、『母親』って。あなたたちも、いつか人の親になれば分かるわ」

 

 

相変わらず、春夏は困った様に笑う。しかし、自らの子供のために奔走する姿は、正しく『母親』なのだろう。親の居ない、綾瀬、ツグミ、谷尋は息が詰まる様だった。

 

 

「………なるほど。覚悟は確認できました。他の方々は?」

 

 

四分儀がそう言うと、一同をグルリと見回す。全員がコクリと頷き、どうやら既に意思は固まっている様であった。

 

 

「本当にいいのですか?こう言ってはなんですが、綾瀬、ツグミ。あなた方に関しては『武力』として戦力にカウントするつもりですが」

 

 

「あら?私じゃ戦力にならないって言いたいのかしら?」

 

 

「しぶっち、ケンカ売ってる?私とアヤ姉が戦力外になるって思ってる?」

 

 

「………………よろしい。私が密入国した甲斐があるというものです」

 

 

四分儀はそう言うと、VIP席の端に置かれている予備の椅子を退け、その後ろにあったドアの鍵を開ける。STAFF ONLYと書かれているが、お構いなしである。ドアを開けると、一見すれば倉庫となっているのだが、その奥へ一行を案内する。そして、倉庫の奥の棚を横にスライドさせれば、さらに鍵付きのドアが現れる。

 

 

それをまた別の鍵で開け、出てきたのは通路とその先にある、下へと続くエレベーターであった。早速全員がそれに乗り込む。ここまで来て、先ほどまでの秘密扉などで呆気に取られていた颯太が声を上げる。

 

 

「………凄えな、これ。なんか秘密基地みたい」

 

 

「秘密基地とは言い得て妙ですね。ここは『葬儀社』の設備をそのまま転用したものです」

 

 

「………私、こんな場所は知らないんだけど」

 

 

「それはそうでしょう、綾瀬。なにせここは『葬儀社』でも、私以外知る者が居ない場所でしたから。だから言ったでしょう?『言い得て妙』だと」

 

 

「………しぶっち、私たちにも内緒でこんな場所持ってたの?教えといてくれれば、あの時もいろいろ楽だったかもしれないのに」

 

 

どうやら、葬儀社のメンバーでも知っているものが居なかった様だ。そういった意味も含めて、『秘密基地』という事なのだろう。この用意周到な参謀は一体あとどれだけ隠し球を持っているか想像もできない。

 

 

「仕方がなかったのですよ。参謀とは、いつもありとあらゆる状況を想定しなければなりません。この施設も、いざという時に備えてのものでした。と言っても、今日この日まで陽の目を見る事はありませんでしたが」

 

 

そんな話をしている内に、目的の階に到着する。開いた扉の前で待っていたのは、だだっ広い空間だ。何かのドックの様で、何やら重機や機材、それらの操作端末まである。そして、綾瀬やツグミには懐かしい顔がそこにあった。

 

 

「よう、久しぶりだな」

 

 

「アルゴ!?」

 

 

そう、そこに居たのは四分儀同様、件の一件以来連絡がほとんど取れなかった、月島アルゴであった。彼はバーテンの格好をして待ち構えていた。

 

 

「な、なんでここに?」

 

 

「あぁ?聞いてねえのか?そもそもこの店経営してんのは、俺だぜ?この格好見りゃ分かんだろ?」

 

 

そう言って、得意げにアルゴは自らの姿を披露する。が……

 

 

「いや、ごめん。私、それコスプレだと思った」

 

 

「私も……」

 

 

「おい!」

 

 

綾瀬、ツグミの容赦ない指摘に、アルゴは割と本気で傷付いた様で、内心号泣しそうであった。彼なりに今の姿は自信があったのだろう。

 

 

「はぁ………アルゴ。ふざけていないで、さっさと動いてください」

 

 

「………分ぁーてるよ。ったく、結構似合ってると思ったんだがなぁ…」

 

 

そう言うと、アルゴは操作パネルに触れて、ドックを動かし始める。慣れた手つきで、液晶画面を操作すると、奥から白い巨体が運ばれて来た。それを見て、綾瀬は息を呑む。

 

 

「これ…シュタイナー!?」

 

 

彼らの前に現れたのは、エンドレイヴという『ゲノムレゾナンス伝送技術』によってほぼタイムラグ無しで操作が可能な、巨大な人型ロボットであった。集が消えた事件の後、国連によって接収されたはずの機体である。

 

 

しかし、彼らの知るシュタイナーとは若干異なり、腕部や脚部の一部が肥大化しており、よく見れば内蔵式の砲門が覗いている。さらに、バックパックが追加され、そこに可変式と思しき砲身が二基装備されている。頭部パーツも改造がなされており、以前の形のまま横幅を細くした感じだろうか?両耳のあたりにあたる部分には一角のブレードアンテナが取り付いている。

 

 

他にも、近接戦闘用と思しきナイフパーツなどが装備され、脚部の外部ユニットとしてスラスターも増設されていた。肩部の目立つ巨大なスラスターは健在である様だが、その横部分にはアンカーの様なパーツが追加されていた。

 

 

またカラーリングは相変わらず白を基調としているが、赤と黒の塗装も混じっている。他にも細々とした改修が所々に見られていた。これらの改修により、実際にこの機体を駆っていた、綾瀬などにしか原型がシュタイナーと分からないだろう。他の人間の目からは、新型に見えても頷ける。

 

 

「えぇ、偽装と戦力の向上を兼ねて、それなりに改修していますが」

 

 

「『それなりに』ねぇ……」

 

 

「えぇ、『それなり』です」

 

 

四分儀は何の問題もないとでも言いたげである。しかし、これだけの改修を行なっているのだ。一体どこにその財源や資材、人員を確保しているのか、不明である。

 

 

「にしても、よく持ってこれたわね、しぶっち。この子、国連に持ってかれちゃって、廃棄されたんじゃなかった?」

 

 

「国連も一枚岩ではないのですよ。私から言わせれば、結局のところ各国を継ぎ接ぎにした組織です。少し波紋を立てれば、エサと見て食い付いてきますよ。まぁ、もっとも今回食いつかせたのは毒餌ですがね」

 

 

この策謀家によって、おそらく被害にあった人達が居るのだろうが、しかし四分儀がわざわざ『毒餌』などを食わせる人物であるのだと、綾瀬らは一応それ以上は考えない様にしたようだ。

 

 

久し振りに目の当たりにした、戦いのための兵器を前に、谷尋は背中を嫌な汗が伝っていた。

 

 

「………四分儀さん、こんなものを持ち出さなければいけない理由を聞かせてもらえますか?」

 

 

「理由、ですか。…………桜満集、ならびに楪いのりを取り戻すため、で如何です?」

 

 

 

 




ギリ1万字は超えませんでした(ホッ・・・)

さて、四分儀が主体となっていろいろ動きます!

どうなるかは、お楽しみにという事でw

ではでは!

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