Blood&Guilty   作:メラニン

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さてさて、今回は久々?登場の主人公ですね。


と言っても、登場するのは彼だけですがね。


では、どうぞ!


罪王の左腕編III

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

――赤い。

 

 

――世界が『赤い』。

 

 

 

 

そう思えるほど、世界はその色で満たされていた。原因は分かりきっている。太陽の代わりに昇る月が赤く染まっているのだ。その赤の輝きは鋭く水面を突き刺し、他の存在を許さんばかりに、空に瞬くはずである他の天体の光を貪欲に食らっていた。

 

 

この世界で許されるのはその色の光だけなのだろう。そしてそれが作り出す色濃い影のみである。

 

 

地面が在るはずなのだが、それは全て水の下に沈んでいる。一歩踏み出せば、ザバザバと水音を立てて抵抗を示す。水の抵抗と、体温が奪われることで、一歩踏み出すごとに体力は奪われてゆく。

 

 

そして、周囲には廃墟と思しきものが無造作に水面から突出している。それらは基礎から倒壊したと思われるものから、何かに抉られたように消失したもの、巨大な刃で切断されたようなものまで、様々である。1つ共通しているのは無事な建造物など無いというところだろう。

 

 

そんな中を重い足取りで歩き続ける存在がいた。その周囲だけは、若干他と様子が違っていた。赤の侵食に抵抗するように薄い膜のような力場で守護されていた。

 

 

その中心にあるのは、薄紫の結晶である。長軸が50cmほどの不規則な形である。それなりの重量があるはずなのだが、それを抱えている存在は大事そうに離そうとしない。

 

 

「……少しずつ、減ってるな。………なんとかそれまでに…」

 

 

結晶を抱えた少年――桜満集は、表情を歪めていた。彼が持っているのは、監獄結界で一度は脱獄を果たした仙都木阿夜の魔力が結晶化したものだ。ココ・ヘクマティアルに飛ばされる直前に、足元に転がっていたものだ。どうやら、一緒に飛ばされたようであった。

 

 

集はこの世界に飛ばされ、右も左も分からず彷徨うことになった。だが、一瞬でこの空間は『ダメ』だと悟った。これは彼の直感だが、明らかに周囲の様子がおかしな世界だ。警戒するのは当然である。そして、それから守護するように足下に転がっていた結晶から件の力場が発生したのだ。

 

 

意図しない事態であったが、それはどうやら僥倖であったようで、その中にいる間は忌避感のようなものが抑えられた。だが、結晶は少しずつ微量であるが減っていく。集は危機感に駆られ、それを抱えたまま移動することにしたのである。

 

 

だが、徒歩で移動すればするほど体力は奪われていく。この世界でもヴォイドは使用できるようで、綾瀬のヴォイド『エアスケーター』や、草間花音の『レーダー機能付きのメガネ』で索敵と探索を行ったのだが、何1つ発見できず体力を浪費していた。

 

 

そして、現在は細かい見逃しが無いように、廃墟中を歩き回っているのだ。

 

 

「……ここに飛ばされて…一体どのくらい………」

 

 

だが、探索するほどに集の胸中には絶望がジワリジワリと広がっていく。何よりも、上空の限界高度まで上昇してもみたが、ひたすら赤い水平線が続くだけであった。その記憶が脳裏に蘇る。

 

 

それでも心が折れぬよう、必死に廃墟という廃墟を探索しているのだ。途中、彼自身の体内時計に従い3回ほど睡眠も繰り返した。つまり、およそ3日ほど経過しているのだろう。歩き続けたことで、足は疲労で感覚がおかしくなり、空腹も酷い。水分は『冷蔵庫』を出し、空気を凍結。融解する際には『ストーブ』を使用し、空気中に含まれている水蒸気を水に変えることで何とかしのいでいた。

 

 

だが、それにも限界はある。

 

 

「はぁ…はぁ………何とか、絃神島に…いのりの元に…………」

 

 

いのりは、集が近くに居なければ結晶化を起こす危険があると、深森は言っていた。彼の中では既に3日が経過している。自らがそばに居なければ、暴走することで、いのりは真っ先に抹殺対象になるのは容易に想像できる。今は同行していた古城や雪菜を信じるほかなく、いのりの元へ急がなければならないという焦りと、ほぼ休みなく歩いていることの疲労から、精神への負荷が蓄積している。

 

 

古城や雪菜が何とかしてくれている、深森が暴走を止める手立てを用意していない訳がない。と、自分に言い聞かせつつ、集はまた一歩足を動かす。

 

 

「く…そ………………重いな…」

 

 

手元にある結晶を苛立たしげに、一度殴りつける。彼を守護する大切なものであるが、ついつい八つ当たりの対象にしてしまう。

 

 

「はぁ…頭がおかしくなりそうだ…」

 

 

集は一度歩を止め、近くにある廃墟の中へと入り、適当な瓦礫の上に腰掛ける。そしてポケットの中に手を突っ込んで、スマホを取り出して起動する。当然、圏外であるが、アプリの起動は問題ない。そして、液晶画面を操作して、本来であれば絵を描くためのアプリを起動する。

 

 

その内の1つのファイルを選択して開くと、既に黒く線が何本も引かれ、様々な情報が書き込まれている。よく見ると細々と数字や文字などの情報も入っている。

 

 

「………そろそろ、新しいファイルにしないとダメかな」

 

 

集がやっているのはマッピングである。一度通った場所をグルグルと回らないように、少しずつ付けているのだ。だが、充電もそろそろ心許ない。残りはおよそ3割ほどである。いくら絃神島の最新式とはいえ、万能ではない。無駄に電池を消費しないよう、必要最低限しか電源を付けて来なかったが、それもあと何回かすれば限界が来るだろう。

 

 

「…どこかに、紙でもあればいいけど……」

 

 

集はそんなことをボヤく。だがそれは望みが薄い。集が今いる一帯は、一度焼けたらしく、廃墟内のあちこちが焦げているのだ。そんな中で都合よく紙など手に入るはずがない。廃墟は揃ってもぬけの殻なのだ。物資どころか、生物も、死骸も何もない。

 

 

「………最悪、水平線まで飛ぶしかない、か………けど望みは薄いな……」

 

 

集は立ち上がり、ザッと廃墟の中を見て回る。しかし、これと言って目ぼしいものもない。これで、廃墟の中を簡単に探索するのも100回に達するかもしれないだろう。彼自身、50を超えてからは数えていないのだ。探索を終えた集は、廃墟を出て入り口を『すべてを断ち切るハサミ』で斬りつけて、印を残す。これで少なくとも二度手間は免れる。

 

 

そして、再び歩き始めるのである。

 

 

――歩く。

 

――歩く。

 

 

――歩く。

 

 

――歩く

 

 

――歩く。

 

 

――歩く。

 

 

――歩く。

 

 

…………………

 

 

自らの感覚が狂いそうなほど、集はただ歩を進めていく。抱える結晶の重さからか、姿勢は前屈みに曲がり、表情も昏い。

 

 

足取りは重く、時折呻き声のように、声を絞り出している。

 

 

その姿はどこか狂信的であった。

 

 

ただただ異常な様子である。普段の彼からは想像がつかない。

 

 

「ぁ……ぅ………」

 

 

いつしか、行なっていたマッピングも忘れ、彼はただ歩くだけになっていた。

 

 

足がずっと水に浸かっていることと、歩き続けた事で、足の感覚は既にない。ただ機械的に動かすだけである。右足の次は左足、その次は右足、左足、右足、左足……と、ただ機械のように行動するだけになっている。

 

 

手に持っている結晶も、時折落としては拾いを繰り返していた。その時だけは、機械的な足が止まり今度は手が動く。

 

 

クレーンゲームのアームのように拾い、そして抱えてそのまま歩く。

 

 

――歩く。

 

 

――歩く。

 

 

――歩く。

 

 

――歩く。

 

 

――歩く。

 

 

――歩く。

 

 

――歩く。

 

 

…………………

 

 

集はついに思考することを止めた。

 

 

どれほど歩いただろうか。この世界に来てから、正確な時間も分からない。終わりの見えない放浪に、遂に思考が停止したのだ。

 

 

初めの内は手持ちのヴォイドであらゆる事を試行してきた。

 

 

だが、どれもこれも解決策は出て来ず、体力を浪費する。

 

 

彼の身体は今、思考するエネルギーすら、身体を動かすための機械的動作につぎ込んでいるのだ。

 

 

意識はあるが、思考はない。それは、機械と何ら変わらないであろう。

 

 

この世界には物音すらない。風など吹くはずもなく、集が動かなければ水面だって動かない。

 

 

耳に届く音は自らの足が出す、水を押し退ける音だけだ。

 

 

環境の変化など起こるはずがない。

 

 

相変わらず月が赤く、廃墟は黒い。

 

 

唐突に、『なぜ、僕は歩いている?』という疑問が湧くが、『あぁ、そうだ。いのりの元へ行かないと』という風に、自己完結してしまう。

 

 

それ以降は再び、彼の思考が波立つ事はない。

 

 

結晶を抱え、足を交互に動かすだけ。

 

 

ただ、その動作だけを彼はひたすら繰り返した。

 

 

赤い水面と黒い廃墟を、彼はただ歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザボン…

 

 

手元で音がした。集は視線を落とし、手を見る。そこに、抱えていたはずの結晶はない。水の中に落ちてしまったのだ。結晶もだいぶ減り、元の大きさの三分の二ほどまで縮小していた。

 

 

だが、集がそれに気付くこともない。彼は思考などしていない。

 

 

いつの間にか服もボロボロになっている。既に遥か前に感じるようになった、監獄結界での戦闘の影響と、何度か廃墟にぶつかったことによるダメージのためだ。

 

 

集は落とした結晶を拾おうと、水面の中へ手を入れ、結晶を持ち上げようとする。だが、力を入れようとした途端、フッと力が抜けた。

 

 

そのままゆっくりと、赤い水面が迫る。

 

 

ザパン!

 

 

という音をどこか遠くに感じながら、集は目を閉じた。

 

 

自らの身体が水面と衝突した音でさえ、彼は知覚できない様な状態であった。

 

 

そして、赤い水面が彼の身体を呑み込んでいく。ゆっくりと、彼の身体を沈めていく。

 

 

そして、完璧に身体が呑み込まれると、水面にしばらく波紋が広がった。

 

 

しかし、それも数秒ほどであった。

 

 

後に残されたものは何もない。

 

 

 

 

 

――この赤い世界は、再び静寂だけが支配した。

 

 

 

 

 




完!










・・・・・・いや、冗談です。すみません。


先が気になる読者諸兄の方々には申し訳ないですが、今日の本編の更新はここまでです。『本編の』

続きは明日か明後日には上げます!ではでは!

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