Blood&Guilty   作:メラニン

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遅ればせながら、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。(言うタイミングが二十日くらい遅れてますが・・・)


さて、今回から新章スタート!ですが、ちょいと不穏な空気が漂ってますね・・・


では、どうぞ!


罪王の左腕
罪王の左腕編I


 

 

10月30日、20:34。

 

 

日本の南洋上に浮かぶ人工島、絃神島。コンクリートと、鉄と、合成樹脂と、魔術で設計された人工島。この世界の特異点がこの島には集まっていた。結集していた特異点の数は3。

 

 

――この世界で確認されている、4人の真祖。その4番目である第四真祖。

 

 

――異世界からの来訪者である、罪の王。

 

 

――罪の王の伴侶たる、妃。

 

 

しかし、この日この時を以って、内1つの存在が世界から消失した。

 

 

消失したのは、罪の王。

 

 

『心』を武器に変え、従える王。

 

 

他者の『心』を武器へと変えるその力は業深き、罪の力。

 

 

かの王は、ただの人間に消された。

 

 

友である第四真祖は怒り、伴侶たる妃は佇む。

 

 

今この島の片隅は、この島の中心部とは真逆の静けさが支配していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイランド・ノース倉庫街に、煌坂紗矢華は降り立った。式神で大急ぎで飛ばして来たのだ。髪はその時の風圧で若干乱れたらしく、一度手櫛で軽く整える。

 

 

次に倉庫街を抜けて、海岸沿いに出る。暗い海が広がっており、覗き込めばその黒さに吸い込まれてしまいそうな程である。紗矢華は丁度、遠方から進んでくるゴムボートに見知った顔が居ることに気付いた。

 

 

 

彼女の霊視は、剣巫のものと得意とする部分が異なっている。近接戦闘を主体とする剣巫は数秒先の未来を『視る』。一方、呪詛や暗殺を主体とする舞威姫はより遠方を『視る』事に特化している。

 

 

その為、アイランド・ノース近海に出現した荘厳な小島のほぼ全容を紗矢華は、現在の位置から確認できたのである。そしていち早く、その小島から出るゴムボートを確認したのだ。ゴムボートは簡易タイプのもので、さほど大人数が乗れるものではない。精々5人も乗れればいいところだろう。

 

 

そして、その先頭に乗っているのが、紗矢華にとって大事な妹分であると分かると顔を明るくする。どうやら進行方向は紗矢華の居る場所から少し離れているらしく、紗矢華は数十mほど走って、ゴムボートの正面に回る。

 

 

すると、あちらも気付いたのか、何やら後方へと指示して紗矢華の居る方へと進路を調整したようだ。

 

 

「雪菜、無事!?」

 

 

「紗矢華さん!はい、私は無事です。ですが……」

 

 

言い淀む雪菜に紗矢華が疑問を浮かべると、雪菜の側には気を失っている、いのりが居た。そして、エンジン部分を見れば、昔話に出て来る吸血鬼が着ていそうな、黒のコート姿の少年がいた。腕には、キーストーンゲートで見た少女が抱えられている。どうやら眠っているようだが、血の気が引いたように顔色が悪い。暗闇に目を凝らせば、服が少し変色していた。僅かに匂ってくる鉄の混じったような独特な臭気から、それが血であることを紗矢華は知る。

 

 

だが、1人足りない事に彼女は気付く。

 

 

「楪いのり?……気絶してるみたいだけど。桜満集はどうしたの?」

 

 

紗矢華の問いに、雪菜と古城は俯いてしまう。言わずとも気付いたのだろう。しかし集が居なければ、人工増設島のように辺り一帯を結晶化する筈である。それが起こらない事に、紗矢華は疑問を感じる。

 

 

「……取り敢えず、だいたいの状況は分かったわ。とにかく一旦それから降りなさい。それと、暁古城。その子見せて。応急処置するから。その顔色のまま放っとくのはマズイわ」

 

 

「………あぁ、頼む、煌坂」

 

 

「その間に何があったのか、説明してくれる?」

 

 

古城は優麻を一旦紗矢華に預けると、自らの上着を脱いで地面に広げる。応急処置をするにも、一回寝かせねばならない。地面に直接というのは衛生上もよろしくない。紗矢華は優麻をうつ伏せに寝かせて、状態を確認する。

 

 

「この子………魔女ね。守護者とのパスを一回剥がされてる?………ヒドイわね、回路ごと一度ゴッソリ傷付けられてる」

 

 

「治るのか?」

 

 

「舐めないでくれる?これでも、国家攻魔官よ。そこらのヤブ医者なんかより腕は確かよ。………けど、手持ちの薬品が心許ないわね。もう少し――」

 

 

紗矢華がそう呟くと、横から薬瓶が差し出される。それにシリンジと注射針もだ。そちらを見れば、白の全体的に丸っこいフォルムの筐体が、機械のアームで器用に差し出していた。

 

 

「………この子って確か」

 

 

「はい、『ひゅーねるMk.28』です。今はアップグレードされたとかで、『Mk.28+』だそうですが…」

 

 

紗矢華は、ひゅーねるから一式受け取ると、作業と同時進行で口を動かす。

 

 

「楪いのりと、桜満集の体調管理してるオートマタよね?何でここに」

 

 

「それが……」

 

 

雪菜がそこから説明を始める。集が消され、追い詰められた彼らであったが、優麻が咄嗟に全員へ手を伸ばし、何とか空間転移でその場から離脱したそうだ。優麻自身の体力、魔力が阿夜の守護者強奪により、ゴッソリ削られていた事から、転移できた距離は僅かであり、監獄結界からは出られたが、外縁部の小島に出たそうだ。

 

 

問題はそこからであった。(くだん)の話にあった通り、いのりが苦しみ出したと思ったら、突如として彼女を中心に結晶化が始まってしまったのである。その勢いは凄まじく、周囲を飲み込まんと広がろうとした。古城は眷獣を召喚し、黄金の稲妻と、不可視の高周波で応戦した。

 

 

魔力由来の攻撃は、いのりの結晶に飲み込まれるが、魔力をぶつけ続けている間、こちらへの進行を妨害くらいはできたようであった。だが、古城も手負いの身だ。さほど長くは保たない。だが急に、結晶化の勢いが死んだのだ。

 

 

肥大化した結晶を超えると、そこ居たのが『ひゅーねる』だったらしい。何やら、薬を打ち込まれた様で、結晶化は鎮まり意識も失った様であった。

 

 

とにかくココ達に、いのりを渡すわけにいかず、そのまま監獄結界を後にしたという事だ。その際、ひゅーねるの腹部の収納部分が開いたと思ったら、詰め込まれていたと思しきゴムボートが出てきて、急速に膨らんだそれで逃走したとの事。

 

 

「………滅茶苦茶ね、このオートマタ」

 

 

「あぁ、それは俺もそう思う」

 

 

古城は何とか平静を保っているが、無理をしているのは紗矢華の目からも明らかであった。友人を消されたとあっては、それも仕方のない事だろう。雪菜も、その強い責任感から押し潰されてしまいそうである。

 

 

「…終わったわ。取り敢えず簡単な応急処置だけどね。けど、ちゃんとした医療機関に診せた方がいいわね。それも、魔女について分かる人に。欲を言えば魔導医師が居ればいいんだけど」

 

 

「………魔導医師、か」

 

 

古城は立ち上がると、キョロキョロと辺りを見回す。さすがは波朧院フェスタ期間中という事だろうか。辺りには何に使うのか分からない様なものがチラホラ散乱しており、その中の1つに古城の目が止まる。

 

 

「煌坂、国家攻魔官のライセンスって、免許証も兼ねてたりするか?」

 

 

「………よく知ってたわね」

 

 

「前に那月ちゃんがそんな事言ってた様な気がしてな。まぁ、できるんなら話は早え。アレ使えないか?」

 

 

「え、あ、アレ?」

 

 

古城はコクリと首肯する。古城が指差したのは砲門は付いていないが、頑丈そうな装甲、重厚なキャタピラが付いた、ミニタンクであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キーストーンゲートの最寄駅はかなり混雑していた。人がごった返し、改札を通って仕舞えば動くことさえ困難なほどに。波朧院フェスタ期間中と言う事で、島内の人口は一時爆発的に増加する。絃神島の住人の大半は技術者や、研究者であり、またそれらの人間が楽しむ娯楽施設や、流通に従事する作業員などが大多数を占める。

 

 

その家族も当然島内におり、絃神島から出る分には、2、3の手続きで済むのだが、入る際にはその何倍もの手続きが必要となる。故に、基本的には一般人が魔族特区へ立ち入るのは敬遠される事が常である。

 

 

だが今は波朧院フェスタという特殊な期間中である。普段中々この島を訪れることができない親族も大挙して押し寄せる。

 

 

そんな中、一向に進まない人混みを鬱陶しそうに眺めるのは公社のバイト終わりである藍羽浅葱だ。毎年の事とはいえ、よくもまぁ、これだけ集まるものだと感心してしまう。

 

 

「はぁ………起きたらもう夜とか、勘弁して欲しいわ」

 

 

そう、バイト終わりと言っても、実務自体はとうの昔に終わっており、疲れて仮眠を取っていたら、ガッツリ寝てしまったというわけだ。貴重な祭り期間の内の、1日を睡眠に当ててしまった結果になった。

 

 

アラームを掛けていた筈なのだが、ほぼ無意識で止めていたらしく、意味を成さなかったようだ。

 

 

『いやぁ、すげえ爆睡振りだったぜ?俺の呼びかけにも無反応だったくらいだからなぁ』

 

 

「だとしても、もうちょいあるでしょっ!?折角の休日が丸々潰れたのよ!?どこの誰だか知らないけど、この期間中に空間異常で迷惑かけるなんて一体どういう神経してんのよ!」

 

 

『まぁ、俺に当たられてもなぁ…』

 

 

「うっさい!これが当たらずにいられるか!」

 

 

浅葱はついつい大声でスマホに怒鳴りつけてしまう。天下の往来でそんな荒ぶった様子であれば、自ずと注目を集めてしまう。それでも彼女は叫ばずにはいられなかったのだろう。だが、こんな往来で大声を出して注目を集めた事を彼女は後になって後悔する。

 

 

なぜなら、彼女の側には小さな4、5歳ほどの少女が小さな悲鳴を上げたからだ。

 

 

「ひぅ…」

 

 

「え?」

 

 

浅葱はいつの間にか、自分の横にピッタリとくっ付いていた少女と目が合う。明らかに、浅葱の怒鳴り声で萎縮させてしまったのだろう。周囲からは微妙に批難の目が向けられており、浅葱は慌てふためいて少女の前に屈みこむ。

 

 

「ご、ごめんね、急に大声出しちゃって。ビックリした……わよね?」

 

 

「…………」

 

 

少女は若干気まずそうに俯いて、無言のままである。未だに萎縮しており、その小さな手で服の裾を掴んでいる。派手過ぎず、だが地味過ぎずといった西洋人形が身に付けていそうなドレスを着た黒髪で長髪の幼女である。波朧院フェスタ期間中であるが故、小さな女の子は各家庭でこういったドレス類を着せられている事が多い。そう言えば、浅葱も昔は着せられていた様な記憶があったようで、それを思い出し数瞬懐かしそうに幼女を見る。

 

 

恐らくこの子もそうなのだろうと、当たりを付ける。

 

 

「んー………ねぇ、あなたもしかして、お母さんと逸れちゃったの?」

 

 

この人混みである。毎年、何人もの子供が親と逸れ、迷子センターはフル稼働する。そこの名簿や検索システムを組んだ事があるので、浅葱はどの時期に忙しくなるかという事を熟知していた。取り分け、波朧院フェスタは一時島内の人の数が跳ね上がるので、迷子件数も多くなる。

 

 

だから、浅葱は目の前の幼女にそう聞いたが、それは違った様でフルフルと首を横に振っている。それが本当ならば、元より1人で出歩いているという事だろうか?しかし、魔族特区であるこの島で年端もいかないこんな小さな子供を1人で出歩かせるのは考え難い。

 

 

「えっとじゃあ………おウチはどこ?大体の場所が分かれば、送って行ってあげられるんだけど…」

 

 

「おウチ………う…ぅ………」

 

 

「え、え!?ちょ、ご、ごめんね!だから泣かないで!ね?」

 

 

浅葱は目に涙を溜め始めた幼女の目元をハンカチで、優しく拭う。一方、幼女の方は、浅葱のされるがままジッとしている。

 

 

「ほら、綺麗になった!折角可愛らしい格好してるんだから、泣いたらダメよ?」

 

 

「……うん」

 

 

「ん、いい子いい子」

 

 

浅葱が頭に手を置いて撫でると、満足そうにそれを受け入れている。

 

 

「(んー…………やっぱ迷子、よね?)」

 

 

浅葱は幼女の頭を撫でつつ心の中でそうぼやく。このままこの子供を置いてけぼりにするには、中々に罪悪感がある。かと言って、彼女も徹夜明けで疲れが溜まり、一刻も早くシャワーで汗を流して、自室のベッドに飛び込みたい気分なのだ。しかし……

 

 

「はぁ、ホント何たって私はこう…………」

 

 

「……?」

 

 

浅葱が小声で呟くと、幼女は不思議そうに首を傾げて覗き込んでくる。それを浅葱はもう一度頭を撫でてやり、スクと立ち上がる。

 

 

「仕方ない。私が送ってあげるわ。一緒に行きましょ」

 

 

浅葱が手を繋ぐよう、手を差し出せば幼女は顔を明るく輝かせて、ぎゅうと両手で掴んでくる。浅葱は可愛いものに弱い自分に対して、苦い顔を浮かべつつも手を握り返す。そして、なぜだか周囲の視線が生暖かい。まるで、何か貴重な生物を見る目に近い。

 

 

そんな視線を横目に、浅葱は多少の疑問を覚えつつも改めて、幼子の小さな手を握り返す。

 

 

「ん、じゃあ行きましょうか。人が一杯なんだから、手を離しちゃダメよ?」

 

 

「はい、ママ!」

 

 

 

「……………え゛」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

MAR医療部門のゲストハウスは職員用に解放されている。職員IDをセキュリティに翳せば、誰でも入る事ができる。と言っても絃神島はその立地上、島面積が小さいため、たとえば島の端から端まで移動するにしても、公共機関を使い1時間も掛からず移動できてしまう。最短ルートを自家用車などで進めばもっと速いかもしれない。

 

 

故に通勤時間が短く、最悪終電を逃しても歩きで帰宅が可能なのだ。さらに、MARの研究員や技術者はここから然程離れていない場所に(きょ)を構えているのが殆どだ。仮に来客があっても、本社で対応するのが常であるのだし、大抵取引先の相手方も、島内の人間ならば歩いて帰れる距離だし、島外の人間ならばサービスのいい中心部のキーストーンゲートのビジネスホテルに泊まっている。なので一層このゲストハウスの利用者は皆無である。

 

 

が、1人だけここを使いたがる風変わり者がいる。30代前半なのだが、それを疑いたくなるような童顔でダボったい白衣を着流した女性だ。実際、彼女の年齢については、初対面の相手は大抵間違える。彼女の子供たちの姉であると勘違いされる方が平常運転だろう。

 

 

さて、その日も何らおかしな事は無かった。彼女は研究に勤しみ、朝早くに訪れた娘の来訪を歓迎し、少し波朧院フェスタを周った後、しっかり者である彼女の娘が――

 

 

「深森ちゃん、はしゃぎ過ぎ。ランチ食べに行くだけだよ?」

 

 

と、愛くるしい黒猫の仮装で釘を刺してきた。この期間中、仮装をして店を訪れると値引きや、ドリンク無料などのサービスをしてくれる店が多く、彼女らもその恩恵にあやかって、少しお高めのランチに舌鼓していた。

 

 

そして、それ以降一旦彼女らの行方はこの島の記録(ログ)から消える。夜の(とばり)も落ち闇が広がって少し経った頃、彼女らはここに帰宅した。

 

 

 

どうやら娘の方は途中寝てしまったらしく、母親である彼女に車内で肩を揺すられて、ノソノソと出てきた。それからゲストハウスに帰宅し、落ち着いた頃に急な来訪者があった。

 

 

1人は彼女の家族であり、そして2人は隣人である。だが、内1人は気を失っており、平均身長よりやや高めの少女に背負われていた。

 

 

彼らを迎えた際、娘の方は隣人が気を失い背負われていることに焦ったが、母親である彼女に指示されて病室も兼ねている一室で看病をする事となった。一方、彼女の息子に抱きかかえられた魔女――仙都木優麻はMARの集中治療室に搬送された。そして、残ったメンバーで集合し、ゲストハウスのリビングには若干重苦しい空気が流れていた。

 

 

「………なぁ、コイツを作ったのはアンタだよな?」

 

 

彼女の息子――暁古城が足下にいる白の筐体を指差して問い詰める。リビングのテーブルを挟んで、対面に座る母親――暁深森に若干厳しめの視線を送る。彼の両隣には、両手に華とでも言わんばかりの美貌の少女たちが腰を下ろしている。

 

 

「えぇ、そうよ?そのひゅーねるがどうかした?」

 

 

「………楪の身体の事だ」

 

 

「あら?あらあらあら〜〜?」

 

 

深森はニマニマと笑みを浮かべて古城に視線を送る。

 

 

「古城君、両隣の子じゃ不満なのぉ〜?いのりちゃんは桜満君にゾッコンよね?辞めといた方がいいわよぉ?」

 

 

バブチッ!と古城は自らのコメカミ辺りの血管がブチ切れる様な錯覚をした。この非常事態だというのに、彼女からは緊張感の欠片も感じられないのだ。だが、それを責める気は古城にはない。彼女はどういった事が起こっているのか知っている筈がないのだから。

 

 

 

「そういう事じゃねえよ!以前、アンタが病室で言ってた事だ!桜満が楪から離れちまったら、あちこち結晶化しちまうって話だ!」

 

 

「え、何?もしかして起こったの?結晶化?桜満君は?」

 

 

「…っ!桜満は――!……………………は、逸れて、な……」

 

 

古城はテーブルを叩いて立ち上がろうとしたが、自らの袖を隣に座る監視役――姫柊雪菜に掴まれてそれを断念する。古城は1つ大きな息を吐いて、落ち着くと、雪菜に小さく大丈夫だと言って離してもらう。

 

 

「桜満は………急にその…消えた」

 

 

「……消えた?」

 

 

「なんつーかその…………那月ちゃんの空間魔術に近い?やつでどっかに飛ばされたらしい。飛ばした本人は『異境(ノド)』って言ってた。それと、『聖殲』とも。確か親父がそんな事やってるって言ってなかったか?」

 

 

「あぁ〜、なるほど。牙城君にそれを聞きたいわけね」

 

 

「それと、コイツの事もな」

 

 

忘れるな、という目を古城は深森に向ける。普段はボケッとしている彼だが、こういったときの勘は存外鋭いものがある。

 

 

「はいはい、分かったわよ。まず、牙城君の件だけど、牙城君に関しては連絡できない、っていうのが現状よ。今もどっかの遺跡発掘してる筈だしね」

 

 

「………今更だけど、よくあんなのと結婚したよな。出先で女口説く様な奴と」

 

 

「………因みに、古城君?今の女口説くっていうのは、いつの話?」

 

 

ユラリユラリと深森の後ろに何かいるのかという錯覚に襲われる。メガネの奥の瞳には少し暗い影が差している。そんな深森に対して、古城の両隣の少女たちは一瞬気圧されるが、古城は何の問題はないと言わんばかりだ。

 

 

「確か、俺が5歳くらいの時か?アフリカ…だったか?の方から帰って来て、酔っ払ってる時に現地でハーレムだって築けるぜ!みたいな事言ってたぞ?そっから現地で口説いた女の自慢話してたよ。そん時は確か、アンタが凪沙連れて病院行ってた時だったか?」

 

 

「…………ほぉ〜〜〜、良いこと聞いたわぁ〜。そう言えば、この前本土から大量に医薬品仕入れたのよねぇ〜〜」

 

 

雪菜、そして古城を挟んで座る――煌坂紗矢華もゾワっと寒気が走った。一体その大量に仕入れた薬品で何をするつもりなのだろうか?彼女は臨床魔導医師である。古今東西、『直し方』を知っている者は必然、『壊し方』もよく心得ている事が多い。壊れないギリギリのところを見分けるのが常人より上手いのだ。

 

 

彼女のことだ。死なないギリギリの範囲で、浮気性のある夫を苛め抜くのだろう。彼女の夫が戻って来ないのは、実はこれが原因じゃないのかと疑ってしまう。と言っても、彼が他所で粗相をして、古城に新しい兄弟ができたなどという話は聞かない。そういう意味では、ある意味誠実なのかもしれない。

 

 

「あぁ、まぁ適度にシメてやればいいんじゃないか?本人は時効って事で忘れてると思うけどな。まぁ、けどそれはいい。じゃあ、コイツについてだな」

 

 

「んー?ひゅーねる?んー、この前アップデートしたけど、問題は無いはずよ?それに、アップデート機能として、OSの更新以外に、水上走行付けたりして、より便利になった筈よ?何よりも目玉は、下収納部分に搭載した簡易型緊急ゴムボートよね。この子が居れば、海のど真ん中で遭難しても安心よ」

 

 

一体どういうケースを想定していたのか聞きたいところだが、それは今はどうでもいいのだ。今は、ひゅーねるが、どうやって暴走する、いのりを止めたのかが問題なのだ。

 

 

ひゅーねるは、いのりに何かしらの薬剤を投与したらしい。古城は集に、いのりの暴走を止めるために、自らの体内にあるアポカリプスウイルスを与えなければならないという風な事は聞いていた。何の気なしにどうやって与えるのかと聞いてしまい、雪菜に肘鉄を食らった事は記憶に新しい。

 

 

そう、暴走を止めるには集の存在が必要不可欠ということになる。が、今は集が居ないにも関わらず、いのりの状態は小康状態である。そして、自身が吸血鬼になってしまっている特性上、気になるワードをココは言っていた。

 

 

『君といのりちゃんの血を手に入れる事が出来てさ』

 

 

と、彼女はそう言っていた。それは可笑しな話だ。誰か一個人の血液を手に入れるとなると、中々に難しい。それはこの島が魔族特区である事が関係している。血液とは、様々なサンプルたり得る液体であり、そして魔術的な観点からしても、魔導触媒や霊媒としても、大きな意味を持つ。

 

 

それを魔族特区内で手に入れる為には、それを管理している者と伝手でも無ければ手に入らない。そして、集といのりの血液を深森は採取した事がある筈だ。なぜなら彼女は彼らの主治医という事になっているし、そしてひゅーねるに、定期的に微量だが血液サンプルを取るようインプットした人物でもある。

 

 

ひゅーねるが採取したサンプルは定期メンテナンス時に処分されるという筈だが、それが為されていなかったという事だろう。

 

 

「………あんま言いたくは無いんだが、桜満と楪の血液、売ったりしたか?」

 

 

古城は聞かずにはいられなかった。自らの母親の仕事を疑うなど、普段の古城ならばしない事だ。深森は少し驚いたような顔をして 古城に視線を向けなおす。

 

 

「いいえ。患者のサンプルを売るなんてしないわよ。けど、確かに何かあった時ように彼らの血液から特殊な鎮静剤は作ったわ」

 

 

「特殊な…?」

 

 

「えぇ、そうよ。だって何かあったら、いのりちゃん真っ先に隔離か抹殺対象でしょう?」

 

 

「「「あ」」」

 

 

ここに来て古城、雪菜、紗矢華の3人はウッカリしてた事に気付かされた。獅子王機関は古城だけでなく、集も、そしていのりも監視対象としていたのを。古城の監視で忘れがちになっていたが、雪菜に本来与えられた任務は『暁古城と、桜満集の監視』である。当然、集と関係深い、いのりも準対象には入る。

 

 

そして、獅子王機関の監視の役割の中には抹殺も入っているのだ。深森としては、特区警備隊(アイランド・ガード)とか人工島管理公社辺りに目を付けられるぞと言いたかったのだが、雪菜達からすれば、いのりも場合によっては抹殺も考えなければならないのだ。それが、まして世界の破滅を(もたら)しかねない相手ならば尚更だ。

 

 

「………まぁ、けどこうなる予感はしてたのよねー。ちょっと前に、発電プラントに異常があったでしょ?」

 

 

「ん?あ、あぁ、そういやあったな」

 

 

古城はそのせいで市民プールへと行くことになった一連の出来事を思い出していた。集が当てたチケットで友人たちや後輩と行くことになった一件である。途中、紗矢華とラ・フォリアが合流し、疲れた事を覚えている。

 

 

「あの時、コッチの機器も落ちちゃってね〜。で、その隙に侵入者を許しちゃったらしいのよ」

 

 

「……まさか」

 

 

「まぁ、隠しとけって言われてるから、言っちゃダメよ、古城君?」

 

 

「お、おう…」

 

 

なるほどと、古城は得心がいった。それは雪菜や紗矢華も同じである。いのりの結晶化の危険性は、それを使った武器を持つココなら分かっている筈だし、何より那月から聞いていそうだ。その彼女が、暴走のトリガーとなる行動を取った。すなわち、集を消失させた事である。狡猾な彼女がそんな凡ミスをするとは思えなかった。彼女はおそらく持っているのだろう、その鎮静剤を。だから、たとえ暴走が起きても止められるという腹積もりだった。

 

 

しかし、なら何故転移で逃げたとはいえ、即刻鎮静剤を打ちに来なかったのか。あの時、優麻が行なった転移では監獄結界の外縁部までしか逃げられなかった。その敷地内で戦闘を行なっていたのに、入り口から出てすら来なかった。古城の脳裏に、嫌な考えが浮かぶ。

 

 

「………なぁ、母さん。アンタ、ココさんに技術提供したか?」

 

 

「せ、先輩!?」

 

 

「ちょ!暁古城!?」

 

 

古城が母を疑っていることに、雪菜も紗矢華も驚愕する。だが、彼女らもその考えは何となしに持っていた。しかし、それを古城の前で言うのは憚られた。なぜなら彼女らは基本的に心優しい少女達だ。わざわざ息子である古城の前で言うことではない、とそう判断していた。

 

 

しかし、古城自身が指摘をしてしまった。その事に、雪菜と紗矢華は苦い顔になる。

 

 

「んー?ココちゃんに?まぁ、取引相手の1人ではあるけど、技術を売った事なんか無いわよ?」

 

 

「それは本当か?」

 

 

「あ、私を疑うなんて、古城君ひっどーい!お母さんは悲しいです…ヨヨヨ………」

 

 

古城は安堵と溜息が混じった息を1つ吐く。という事は、ココの言っていた共犯者は別にいるのだろう。今のところ思い当たる節がなく、その共犯者の件は一旦保留となった。

 

 

「……じゃあ、何であんなとこに、ひゅーねるが居たんだよ?」

 

 

「え?そりゃ、ココちゃんに頼まれたから」

 

 

「「「は!!?」」」

 

 

「いや、なんか『いのりが暴走するかもだから、ひゅーねる寄越しといて。場所はアイランド・ノースよ。ヨロシクー♪』って連絡が夕方くらいに来たから、ひゅーねる急いで取りに行ったってわけ」

 

 

「………それで協力者じゃねえって言うのは中々にグレーゾーンじゃねえのか?」

 

 

「む、失敬な。私は自分の患者に異常が起きるかもって情報をもらったから、対処に当たっただけよ?」

 

 

古城は顔に片手を当てて長く息を吐く。そして、そんな時であった。バタバタと凪沙が走って、いのりの覚醒を報せにきたのは。

 

 

 

 

 

 





さてさて、2017年一発目はこんな感じでした。

タイトルにある通り一旦オリジナルの章として挟みます。ちゃんと観測者たちの宴もやりますよ?

ただ、やっとかないといけないお話と言いますか・・・



さて、ちょいと補足です。話にあった通り、ココの『共犯者』は深森ではありません。まぁ、ココと組む奴なんか・・・というか組める奴なんか一人くらいでしょう、多分。

では、また次回!

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