Blood&Guilty   作:メラニン

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今回の更新が年内最後の更新となります。

気が付けばもう2016年終わっていくんですね・・・

そして、今回の話は結構賛否両論あると思います。簡単に言うと、あのキャラが、かませ犬的ポジに・・・(ホントごめんよ!)


では、どうぞ!


蒼き魔女の迷宮編IX

 

 

監獄結界、聖堂内。

 

 

暁古城や桜満集は状況を飲み込めきれずにいた。優麻の守護者であった蒼き騎士は、あろうことか優麻を裏切り、その背に自らの剣を突き立てた。そして優麻自身をゲートとし、それを那月に繋げたのである。そうする事で、那月に一撃を入れることに成功したというわけだ。

 

 

強大な力を有し、比肩できうる者が殆どいない那月であっても、突如襲った意識外の不意打ちには対抗できなかった。

 

 

そして凶行をおこなった騎士は、蒼い甲胄を黒に染め、通路の側へと後退した。そしてその通路から1人の女が現れた。

 

 

纏うは十二単、腰よりも下へ伸びる黒の長髪に、燃えるような赤い目――火眼を持つ美しい女性だ。そして何よりその顔は、古城の見知った者とよく似ていた。

 

 

なるほど、那月が優麻を『人工生命体(ホムンクルス)もどき』やら、『単為発生』やらと推測できたのはこれが原因だろう。その女性の顔は、優麻の顔そのものであったのだ。

 

 

 

 

 

だが、古城は余計に訳が分からなかった。恐らく彼女が今回の黒幕であろう仙都木阿夜という女性なのだと、容易に想像できる。アレが優麻の母親なのだ、と。しかし、ならば何故。なぜ、彼女は今通路から倒れるようにしている?それを黒の騎士に支えられようとしている?なぜ、血を流しているのだ?

 

 

 

「母…様……?」

 

 

優麻も突然のことで目を疑ってしまう。自らの守護者は阿夜から貸し与えられたものだ。だから、阿夜が出てきた事で支配権を阿夜が取り戻したのだろう。だが、今の状況には頭がついていかない。

 

 

「が……ぁ…………な…」

 

 

阿夜は右胸部を何かで貫かれた様で、華美な十二単は彼女の血で汚れていた。傷口から見て、恐らく銃弾が撃ち込まれたのだろう。そして、その傷口にある物を、集だけは目敏く見逃すことは無かった。

 

 

阿夜は黒騎士に一刻も早く、通路から離れる様指示したのだろう。通路から聖堂内に入り、集や古城達とは別の場所へ移動し聖堂の壁にもたれ、自らの歩んできた通路を睨む。そして、その奥からはカツカツと、女性のヒール独特の高い音が響く。

 

 

そして、現れた。硝煙を上げる銃を、阿夜に向けたまま通路の暗がりから月光で明るくなった聖堂内に侵入してくる。

 

 

「Hye,アヤ、久しぶりね。10年振りの再会、嬉しいわ。フフーフ♪」

 

 

いつもの薄ら笑いを浮かべ彼女は現れた――月と同じプラチナブロンドの長髪を持つ武器商人、ココ・ヘクマティアルが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイランド・ノース倉庫街の一角では、強大な魔力2つが激突していた。だがそれも一度のみの激突で終わり、今は静寂に包まれ夜の色が濃い。そんな中、白のワンボックスカーに寄り掛かり、白衣姿の女性がアイスキャンデーをチロチロと舐めている。

 

 

そうしていると、倉庫街の角から黒の衣装を身に付けた少女が現れる。それを一瞥すると、食していたアイスキャンデーをガリと噛み砕いて、食べ切ってしまう。

 

 

一方の少女の方は、そんな彼女を興味なさそうに見ながら、ワンボックスカーの前まで歩を進める。その手には何も持たれていない。

 

 

「………ふふ。どうやら、取り敢えずあの子を送ってはくれたみたいね。間に合うかは五分五分だろうけど助かったわ」

 

 

「相変わらず、オモチャ弄りが好きなようだな」

 

 

「ちょ、ひっどーい!あの子に水上走行機能付けるのすっごい大変だったのよー?いかにして、ホバー機能を付けつつ、既存のバランスを取るか夜なべして考えたのよ!?しかも、緊急用として――」

 

 

とても30代と思えない怒り方をする彼女に、少女は1つ溜息を吐いてしまう。と、気を抜いたためかグラリと少女の身体が揺れる。

 

 

「……大丈夫?」

 

 

「……問題ない。少し変わりすぎていただけだ。だが…もう………戻……」

 

 

遂に少女は意識を落とし、身体が前のめりに倒れこむ。それを白衣の女性は急いで駆け寄って支える。

 

 

「ふふ、お疲れさま。………本当はこんな事させたくないんだけどね。それにしても――むむ」

 

 

女性は少女の意識がないのをいい事に、未だ発展途上の胸部を触りまくる。それに対して、少女は眠りながら小さく呻き声を上げている。いや、うなされていると言った方が正しいのかもしれない。

 

 

「うふふふふふ、ママ嬉しいわぁー。娘がこんなに成長してくれて。とと、鼻血鼻血…」

 

 

タラリと垂れる自らの血液に、彼女は白衣の中から取り出したティッシュで鼻を押さえる。こんな光景を彼女のもう1人の子供が見たら、『娘の胸で何を興奮してんだ、バカ親め…』くらいの事を言いかねない。まぁ、その通りなのだろうが。

 

 

「ふふ、頑張りなさいね、凪沙。いのち短し恋せよ少女、よ」

 

 

彼女は一度、凪沙の頭を撫でると、ワンボックスカーの後部座席に横たえる。そして、自らは運転席に乗り込み、ハンドルを握るが何かが気になるのか、フロントガラス越しに北方面を見る。薄く霧が掛かっているとはいえ、よくよく目を凝らせば、それは見えてくる。それに対して話しかける様に、女性は口を開く。

 

 

「……ま、あんま恨まないでね、桜満君、いのりちゃん。ふんふー♪」

 

 

それだけ言うと、彼女はアクセルを踏み込んで車を発進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は戻り、監獄結界内。突如として現れたココに、一同は驚きを隠せないでいる。

 

 

「な、何で、あんたがここに…?」

 

 

「Hello、暁少年。って、今は夜だったわね。いやー、時差ボケは辛いわー」

 

 

相変わらず緊張感のない女だと、古城は溜息を吐く。だが、打たれた阿夜はまるで仇でも見る様な目つきでココを睨んでいた。

 

 

「ちょっと、阿夜。旧友相手にその目は無いんじゃない?さすがの私でも傷つくわ」

 

 

「……いけしゃあしゃあと…!貴様…貴様が……」

 

 

「はいはい、分かってる分かってる。けど、私も過去を清算するつもりで来たのよ?だから、何とか殺気収めてよ」

 

 

「……どの口が…!また那月を…利――」

 

 

もう1発、ココの銃が火を噴く。それは阿夜の足元に当たる。威嚇射撃のつもりなのだろう。

 

 

「何とでもどーぞ。さて、そろそろ邪魔っちゃ邪魔だから、奥に戻ってちょうだい。全部終わったら昔話でもしましょーよ」

 

 

「………思い通りになると、思うな…ぁ!」

 

 

阿夜が何処からか魔道書を取り出す。恐らく脱獄用にでも取っておいた物なのだろう。ページを開き、那月に何かするつもりである。だが――

 

 

「――バカね」

 

 

「が、ぁ!?」

 

 

「な、なん……」

 

 

急に起こった事に、古城は驚愕し、集やいのり、雪菜の目は険しくなる。それは、彼らがよく見知ったものだからだ。薄紫色の結晶――まさしく、いのりが使う結晶そのものが、阿夜の傷口で増殖し、阿夜を突き刺したのだ。

 

 

「ああぁあぁぁ!!」

 

 

阿夜はまるで神経に熱い鉄を流し込まれたかのような痛みを味わっていた。魔力を通す回路を結晶が侵蝕しているのが原因だろう。右胸部から巨大化した結晶は、あっという間に阿夜の右腕を飲み込まんと侵蝕していく。

 

 

「が…ぁ…………ま、また……………貴様……に、など!」

 

 

それでも、阿夜は魔道書で何かを実行しようとする。ココはそれを憐れむような視線を向ける。

 

 

「……やめときなよ、アヤ。それ以上やると、魔女としての力どころか、生命も失くすよ」

 

 

「ぅ……ああぁあぁぁぁ!」

 

 

遂に右腕が飲み込まれそうになったところで、阿夜の目的は達せられる。いのりが支えていた那月が掻き消されるように、消えたのだ。那月を支えていた、いのりは目を大きくして驚く。

 

 

「………最後の抵抗かい、アヤ?自分の力を無駄にしてまで?」

 

 

「…………………思い…通り…になど……………」

 

 

そこまで言うと、阿夜は急に現れた鎖に雁字搦めにされ、その場から消えた。恐らくは転移させられたのだろう。残ったのは、阿夜が消えると同時に落ちた結晶と、黒騎士だけである。

 

 

それを見て、ココは1つ息を吐くと、結晶の側に歩んでいく。

 

 

「まったく……相変わらず、私は嫌われてたわねぇ。私はこーんな好きなのに。さて、君も戻りたまえ。若い娘が主人の方がいいだろう?フフーフ♪」

 

 

ココは黒騎士を持っていた銃でコツと叩くと、黒騎士は再び蒼い甲冑へと戻った。そしてココの言葉を理解したのか、優麻の方を向くとそのまま消えた。優麻を再び契約の相手としたのだろう。

 

 

そして、ココは古城や集の居る方へ向き直る。集は警戒し、再び『すべてを断ち切るハサミ』、『あらゆるものを弾く盾』を発現させ、いのりの前に立つ。雪菜も己の武器である雪霞狼を構える。古城は満足に動かない身体を動かし、優麻を抱きかかえる。

 

 

一定の距離を保てるよう、玉座の中心付近へココが歩くたび、集たちは円を描くように移動し、遂には先ほど阿夜が消えた場所まで来ていた。阿夜の右腕を喰らおうとしていた結晶の塊がゴツリと集の足に当たる。

 

 

「やれやれ、子供に警戒されるって中々にショックよねぇ〜」

 

 

ココは相変わらずという調子なのだが、それでも警戒を怠るのは愚者のする事だ。彼女はなぜか、いのりと同じ結晶を扱っていた。故にその危険度はよくわかっている。まず、異能を結晶化する時点で、存在自体が異能の塊のような古城は戦力に入れることはできない。先ほどの阿夜同様、結晶化の憂き目に遭う確率が高いし、何より結晶化した部分が治るとは考え辛い。

 

 

そういう意味では雪菜の持つ機槍も危うい可能性がある。その能力は、魔力無効化という術式を刻まれた『異能』の槍。下手を打てば、雪霞狼も結晶化されてしまう危険性がある。

 

 

故に集は盾の形状をいつでも変化させ、広範囲を守備できるよう備える。

 

 

「ココさん、貴女が何故いのりの力を?いや、銃弾を?」

 

 

「あぁ、コレ?さすがにこの島の人工増設島(サブ・フロート)買うわけにはいかないでしょ?だから、『金魚鉢』を買ったのよ。あそこに残ってた結晶を使わせてもらったって訳」

 

 

「………あん時のか」

 

 

古城は『金魚鉢』と呼ばれる場所で起こった戦闘を思い出していた。メイガス・クラフトの『模造天使(エンジェル・フォウ)』による苛烈な攻撃を、いのりは(ことごと)く無効化していた。その際副産物として、大量に結晶化を起こしていた事を思い出す。

 

 

「そうそう。あそこ私の所有地になってるから、問題ないでしょ?ま、でもここまで加工するのにも、だいぶ手こずってたわね、私の所の共犯者。苦労の甲斐あって、試作品は出来てたんだけど、データが不足してたから、さっきのは丁度良かったわ」

 

 

「………できれば、即刻その銃弾を使うのは辞めて欲しいのですが」

 

 

集がハサミをココへと向ける。だが、集のその威嚇行為もココには通じないようで、ココ本人は涼しい顏である。

 

 

「んー、無理ね。私の計画にこれは必要不可欠だし。それにナツキも。ま、今はアヤにどっかに飛ばされちゃったみたいだけど。まぁ、そんなに離れた所に飛ばされちゃいないだろうし、すぐ見つかるでしょ」

 

 

「…計画?」

 

 

「そ。この『V・バレット』はその計画の1つよ」

 

 

「『V・バレット』?」

 

 

「不便でしょ、名前がないと。まぁ、母体の計画話したら、私の共犯者が勝手に付けた名前だけど」

 

 

と、剣呑な雰囲気の中、今度は古城が口を開く。と言っても、まだ身体は痛むらしく、動くたびに顔を顰めているが。

 

 

「おいおい、ココさん。勝手に人様の能力取んなよ。元は、楪の結晶だろ?まぁ、その辺詳しいことは良く分かんねえけど、一先ず俺の幼馴染を病院に連れて行きてえんだが」

 

 

古城なりに出方を見る腹積もりだったのだろう。だが、それは悪手だったようだ。古城がそう言うなり、別々の通路から銃口が向けられた。ココのハンドガンと違い、どれもこれも突撃銃(アサルトライフル)であり、威力は言うまでも無いだろう。もし、それらの銃にもココの使用した銃弾が装填されていれば、非常にマズイ。

 

 

「………逃すつもりは無えってか?」

 

 

「まーね。そうねぇ、こん中だったら…………姫柊ちゃんだけは出てもいいかな?魔族とかじゃ無いし。で、どう?姫柊ちゃん」

 

 

「愚問ですね。私は先輩の監視役です。魔道災害にも匹敵する先輩をフリーにするなんて論外です」

 

 

「……姫柊、それは微妙にひどくないか?」

 

 

「…………」

 

 

雪菜は古城の指摘に苦い顔をする。古城の気にしている事を言ってしまったという自覚でもあるのだろう。

 

 

「んーー、魔道災害、ねぇ……」

 

 

ココは雪菜の言っていた言葉を一部復唱する。また、集達には未だ四方から銃口を向けられている。上手い事暗がりから狙っており、顔までは視認することが出来ない。これが、幾多もの戦場をココと渡ってきた、彼女自慢の私兵なのだろう。

 

 

「ねぇ、桜満君。君のいた世界――異世界に魔法はあったかい?」

 

 

ココの指摘に集は背筋に冷たい感覚が走る。

 

 

「あぁ、今更何で知ってるんだ、とかのツッコミはいいからさ。ナツキの友達なら知ってても不思議ないでしょ?」

 

 

集は逡巡する。ここでどう切り返すのが正しいか選ぶなど、集にはまだ荷が勝ちすぎている。下手を打てば自分たちのいた世界に危険が及んでもおかしくない。

 

 

「……無かったです」

 

 

「うん、知ってる。だけど、その腕は魔法に近いよね?よく言うでしょ?『発展し過ぎた科学は魔法と区別が付かなくなる』って。まぁ、その例の1つだと思うわけ」

 

 

「……それが何か?」

 

 

「当然、向こうに居たのは人間だけでしょ?つまり、魔族とか居なかったでしょ?」

 

 

「……えぇ」

 

 

集はイマイチ見えてこない話に焦りを覚える。分からない未知の事ほど不気味で怖いものはない。それくらいならば、集だって知っている。いや、『知らない事』自体の恐ろしさを、集はよく知っているはずである。

 

 

「そう、けどコッチの世界には居る。おかしいと思わない?」

 

 

「………ココさん、アンタ何言ってんだ?」

 

 

「分からないかい、魔族の王である吸血鬼――そしてその頂点たる真祖の君でも」

 

 

「悪いな。大層な肩書きだろうが、俺自身はただの高校生なもんで」

 

 

「まぁ、だからこそ、暁少年には気の毒だと思うよ。『人間』として生きられていれば、巻き込まれることも無かったのにってね」

 

 

「何を…」

 

 

「姿形が同じなのに、中身はまったく別物。まったく別の種族、別の生物。2つの種族は違いすぎている。だから諍いが起こる。同じ人間でも起きるのに、種族が違えば尚更よね」

 

 

古城の頭はイマイチ付いていけていない。だが、見習いとはいえ攻魔師である雪菜、魔族に拉致に近い目に合わされ、また行動を共にしていた、いのり。そして那月や人工管理島公社から、この世界の事を叩き込まれていた集は、ココの言わんとしている事が分かりかけていた。

 

 

「日本はいい国よね、食べ物は美味しいし、水も綺麗だし、魔族と人間がお手て繋いで歩いてる。他の魔族特区もね。じゃあ、その外は?」

 

 

そこまできて古城はハッとする。ココの言わんとしている事――考えていることに予想が立ったのだ。

 

 

「知らないでしょう?酷いもんよ。特に吸血鬼なんかが介入した戦場は。まぁ、それは戦争起こしてる時点で両方悪いんだけど。だけど、戦場の近辺とかまで被害が行ったらどう思う?」

 

 

「それは…」

 

 

「まぁ、可哀想とか、そんなでしょ。戦争が終わっても、その周辺は荒れに荒れるわよ?それこそ、魔族が介入した戦場の近辺は軒並み全滅するわ。真っ先に殺されるのは、人間。ま、向こうからしたら、『狩り』でもしてるつもりなんじゃない?人間だってスポーツとして『狩り』する人居るしね」

 

 

集は苦い顔でそれを聞く。確かに映像でだけなら、情報でだけならこの世界で起こった『裏』の事情も知っている。だが、彼女は武器商人。文字通り死を招く兵器を売る『死の商人』。故に、戦場という暴力と、火、罵声、血、銃弾、鉄、死が踊り狂う場所を『識っている』。

 

 

「2つの強大な力を持った存在が、1つの場所には居られないでしょ?この世界はね、今は単純なイス取りゲームなのよ。『種の存続』っていうチップを賭けた、ね」

 

 

「………で、その銃弾で殺すのか?魔族全員を?」

 

 

「ま、それは無理よね。この世界の魔族って多いし。だから協力者がもっと必要なのよ。特にそこの異世界2人組がこっちに付いてくれたら言うこと無しなんだけどね。どう?」

 

 

ココがそう聞くが、集もいのりも首を縦に降ることは無かった。ココはそれが最初から分かっていたのか、まぁそうよね、と小さくごちると、口角を吊り上げる。その貌は、今までココが見せてこなかった表情だろう。

 

 

「……ってなると、桜満君は本当に邪魔になっちゃうのよねー」

 

 

「…僕が?」

 

 

「うん、そう。君ソレ操れるでしょ?」

 

 

ココは集の足下に転がる結晶塊を指差す。今まで使ってこなかったが、確かに集は結晶をある程度操れる。しかしそれは、ナラクヴェーラを鎮めるときに遠くまで、いのりの歌が響くように使った一回きりだ。

 

 

「実は、君といのりちゃんの血を手に入れる事が出来てさ。それで実験してみたら、桜満君の方に反応してたんだよね。やっぱり『王』だからでしょ、ってアイツは言ってたけど」

 

 

確かに、それが事実だとするとココの計画に集は邪魔にしかならない。先ほど、阿夜の結晶化も止めようと思えば止めることはできた。それほどまでには、集は結晶を操れる。そうなると、魔族に対して特攻を持った『V・バレット』は何の意味も持たなくなる。

 

 

「…じゃあ、僕を消すと?」

 

 

「うん、そうなるわね」

 

 

ココがそう言った瞬間、集の前に何かが転がった。黒く錆びた様な金属片だ。そしてそれを中心に、黒々とした闇が広がった。

 

 

「な――」

 

 

集は盾を最大展開し、それを防ごうとする。だが、『ソレ』は供奉院亞里沙のヴォイド、『あらゆるものを弾く盾』を以ってしても弾けない。それもそうだ。今集の前に広がる闇は、集をただ呑み込もうとしているのだ。最大展開した盾よりも闇はコンマ数秒で肥大化し、盾ごと――否、その所有者である集ごと呑み込もうとする。

 

 

ほんの刹那の時間に起きた、闇の侵蝕。それに反応できたのは、いのりだけであった。目の前にいる集の背へと手を必死に伸ばす。

 

 

「しゅ――」

 

 

いのりの手が伸びる瞬間、集の取った行動は、信じられないものだった。いのりの手が届く刹那、逆に一歩を踏み出したのだ。これが何かは分からない。だが自らの危機に、いのりは必ず反応する。このままでは、いのりを巻き込んでしまうと、判断したのだろう。

 

 

一歩を踏み出しながら、集はふと笑う。今日はあれだけ、いのりから、一緒だという(むね)の内容の言葉を掛けられていたというのに、今結局は彼女を守るための行動を取ってしまう自分がいる。それが彼には嬉しかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、集は――桜満集という存在は闇に呑まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………

 

 

…………………

 

 

………………………………………

 

 

暁古城は、呆然としていた。

 

 

何が起きたのか、ハッキリと認めたくは無かったからなのかもしれない。

 

 

「………さすがは『聖殲(せいせん)』の遺産の欠片ね。まぁ、高く付いた上、使い捨てだったけど、目的は達せたわね」

 

 

あの闇を放った黒い欠片は最早どこにも無かった。順当に考えれば、あれだけの力を見せたのだ。その反動で壊れたのだろう。

 

 

古城はその態勢のまま、いのりはヘタリ込み、ただ何もない空虚な空間を見つめている。いち早く動いたのは、唯一の戦力となってしまった雪菜である。

 

 

「………ココ・ヘクマティアル。桜満先輩を、どこへ?」

 

 

「『聖殲』って分かるかしら?まぁ、取り敢えず大昔に起きた大きな大きな戦争とでも思ってくれればいいわ。その時のオーバーテクノロジーの遺産の欠片。それが今使ったものよ」

 

 

「……桜満先輩をどこにやったかと聞いているんです!!」

 

 

雪菜の声には明らかに怒気が含まれていた。たまに揶揄われたりする事はあっても、よく面倒を見てくれた人物の1人なのだ。そして、彼女にとって、隣人であり、また友人の想い人でもある。いつの間にか近しくなっていた少年を、何の前触れもなく消されたのだ。彼女も当たり前のように怒りを覚える。

 

 

「『異境(ノド)』っていう言葉に聞き覚えは?」

 

 

「……『聖殲』…『異境(ノド)』……まさか…!…………何てことを!!」

 

 

「噂程度には知ってたのかしら?今となっては『死んだ世界』、それが『異境』よ。当然、『死んだ世界』――世界が死んでるんだから、生き物もそっちに引っ張られる。ま、私は見た事ないから分かんないけど」

 

 

つまり、ココが言った『異境』――そこに『生』は無いという事だろう。そこへ引きずり込まれた者は例外なく『死』の侵蝕を受ける。

 

 

「……桜満は死んだ、のか?」

 

 

「………さぁ?」

 

 

優麻を抱えたままの古城が一歩を踏み出す。

 

 

「先ぱ――っ!?」

 

 

古城が足を踏み締めるたびに、小さいとはいえ黄金の電撃が走る。雪菜は一瞬、その潜在的な魔力にたじろいたのだ。

 

 

「…なぁ、どうなんだよ?」

 

 

「………」

 

 

古城がココへと、さらに追求する。そしてさらに一歩を踏み出す。だが、ココは傍観を決め込み、沈黙を貫くだけである。

 

 

「――答えろ、ココ・ヘクマティアル!!!」

 

 

遂に堰を切ったように、古城の魔力が溢れ出した。怒りに呼応した眷獣が、主の怒りに呼応して顕現したのだろう。黄金の獅子が古城の背より現れ、その副産物である雷撃は聖堂の壁や、床を削り取る。

 

 

だが、その瞬間ココが軽く右手を挙げた。そしてそれを合図に通路から狙っている彼女の私兵達から明らかな殺意が漏れるのを、雪菜の鋭敏な感覚は察知した。しかしそれと同時に、彼女の腕に何かが触れた。よく見れば触れたというのではなく、掴まれている。

 

 

 

「ゆ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ココは空っぽになった聖堂内の中央、那月の玉座があった場所に腰を下ろしていた。玉座は既に存在せず、あるのは瓦礫だけだ。

 

 

通路の一角から医療用の眼帯を付けた黒髪の女性と、茶髪の白人男性が現れる。

 

 

「おや、早かったね、バルメ、アール」

 

 

「えぇ、もちろんですとも、ココ。まぁ多分私たちのところは元々囚人が少なかったんでしょうけど」

 

 

「で、どうだった?」

 

 

「1つだけこじ開けられてたぜ、お嬢。この監獄が弱まったところに付け込まれたな」

 

 

「………まぁ、実験のサンプルになってもらおうかな。場所はすぐに分かるんだし。あとは他の報告待ちね」

 

 

ココは面白そうにクスクス笑う。そうしていると、彼女の私兵達と思しき人物達が現れ始めた。総勢8人の男女で、ココを合わせれば9人である。ココは一同をグルリと見回し、少し寂しそうな表情を一瞬浮かべるが、次の瞬間にはパンパンと自らの頬を叩いて気分を入れ替えたようだ。

 

 

そして、高々と携帯端末を掲げる。

 

 

「さて、行こうか、兵士諸君!――アングルボザ、発動!」

 

 

 

 

 

 





年内最後の更新が、後退く感じの終わり方で申し訳ないです。次回更新は来年です。


で、ようやく出せた計画名。あまり知られていないワードかもしれませんね。多分、ググればココの計画が分かるかもしれません。(多分)


さてさて、今年も本作を読んで下さりありがとうございました。来年も本作をお楽しみいただければと思います!


ではでは、本年もありがとうございました。来年もよろしくお願い致します!


よいお年を!!!

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