年内でこの章終わりそうです。頑張ろう!
そして、阿夜が登場!(ようやく)
けど、ちょろっとだけ。尺の関係上入りきらず・・・
さてさて、予定ではあと1話でこの章完結です!そして新章へ!(多分、来年。本当に申し訳ない!お待たせして済みません!!!)ちょろっとだけ言っとくと、次話でついにあの人物が動きます。集が大変な目に遭います。いのりも。
さて、ではどうぞ!
中世の趣きが感じられる様な古式の薄暗い聖堂内で、古城は目を覚ました。頭に何処かで覚えのある感覚を感じ、ボンヤリとしていた視界も焦点が合ってくる。
「姫…柊…?」
「お目覚めですか、先輩?」
古城は仰向けに横たわり、そして目の前に雪菜の顔がある事で、ようやく状況を理解する。どうやら膝枕をされている様で、通りで覚えのある感覚だと古城は感慨深そうにする。だが、意識がハッキリし始めた事で、彼を急な痛みが襲う。
「痛っ……ん?…俺は…………戻れた、のか?」
突如として全身を襲う痛みに顔を顰めるが、約1日振りの自らの肉体の感覚だと自覚する。未だ痛む全身に鞭打って、首を左右に動かし周囲の状況を確認する。
そのすぐ横には優麻が集の着ていた上着を枕に横たえられており、規則正しいリズムで呼吸を刻んでいた。そして反対側では、いのりに膝枕をされている状態の担任教師が眠っていた。改めて見ると、普段自分たちが目にしている姿より幼く、本当に自分たちよりも歳上なのかと疑いたくなる。
「桜満先輩が、先輩と優麻さんの間にあった空間接続を断ち切ってくれたんです。と言っても、回復する先輩ならいざ知らず、優麻さんの方の神経を傷付けるとマズイからという理由で、先輩の方の神経を少し斬ってしまったと言っていましたが」
「………少しでコレか。もうこんな事が無いようにして欲しいもんだ」
「それは悪かったね、古城」
聖堂から幾本か伸びる通路の内の一本から、集が現れた。上着を優麻の枕として提供しているため、中身の血糊ペイントが目立つシャツ1枚となっており、外に出れば一騒動起こりかねない格好である。
「桜満、いったい今ま――つっ」
古城は起き上がろうとして、全身を走る針で刺されたような痛みに再び頭を落とす。
「ダメです、先輩。いくら真祖の回復力があると言っても、神経を斬られたんですから大人しくしておいて下さい」
「……すまん」
「いえ、これも監視役として必要な事ですから」
そう言って雪菜は古城の頭を押さえつけて動けないようにしてしまう。古城としては重いだろうと遠慮しているのだが、一度言い出したら聞かないこの後輩に意見するのも今は億劫のため、そのまま身を任せる。
「で?桜満は今までどこ言ってたんだよ?」
「出口を探してたんだよ。古城は最悪自分で回復するだろうけど、仙都木さんはそうもいかないだろ?念のため早く医者に見せた方がいいと思って」
「まぁ、確かにな」
優麻の身体と接続されていたからこそ分かるが、無茶な魔力行使によるフィードバックで、優麻の身体もそれなりには傷付いている筈だ。目立った外傷は無いにしろ、それでも体内――特に神経だとかその周りはどうなっているか、分かったものではない。
「………その心配はないかな」
「優麻!?」
声の主は先ほどまで気を失っていた優麻であった。優麻の方は後遺症が残らないように、集が細心の注意を払ったのが幸いしたのか、起き上がっても問題はなさそうである。
「安心してよ、桜満君、いのりちゃん。今のボクに戦う力は殆ど残ってないよ。魔力に余裕はあっても、体力が持ちそうにないからね。って言うか、メイヤー姉妹じゃないけど、君らの力は反則だよ。異能を扱うボクら魔女や魔族の天敵だよね、その力」
優麻は自らが上体を起こした際に、集といのりが警戒したのを勘付いたのだ。と言っても、彼女の言う通り体力はほぼ底を突いており、反撃の意思はないという事だろう。
「桜満、頼む」
「………分かったよ。ごめん、仙都木さん。ただ、こういう性分でさ」
「ま、それが普通だと思うよ。古城が異常なだけさ」
古城はその言葉に、ムッと顔を顰めるが何か反論を並べるのも億劫であり閉口してしまう。
「まぁ、でもどうしたものか………本当に出口が見つからないんだよね。監獄って言うくらいだから、囚人を逃さないための当然の構造なんだろうけど」
「いや、多分それだけが原因じゃないよ」
集が出口が見つからない原因を構造の問題と断じたが、優麻はそれに反論してみせる。
「どう言う事だよ、優麻?」
「ここは彼女の夢なのさ。夢の中の存在が現実に出てくるなんて、あり得ない話だろう?だから、彼女を――『空隙の魔女』である南宮那月の目を覚まさせない事には、出ることができないと思うよ」
その言葉に雪菜がなるほど、と頷いている。だが、魔術に疎い古城、集、いのりには訳の分からない話である。そこで、雪菜が説明を加える。そもそもこの監獄結界自体が、那月の『夢』そのものであり、そして自分たちはその中に囚われているのだと。だから、那月の夢が醒めなければ、ずっとここに閉じ込められるという事だ。
「なるほどな。けど、無茶苦茶だな、ホント。ってなると、那月ちゃん起こさない事には、俺たち全員このまま――あたぁっ!?」
古城は横から襲った衝撃に、驚愕する。衝撃の伝わってきた方向を見れば、地面には恐らく先の戦闘で破壊されたであろう天井の残骸がゴロリと転がっていた。通常の人間が拳大の岩石を頭に受ければ、頭の1つ2つカチ割れても不思議はないが、そこは真祖特有の頑強さがある。
そして、おそらくそれをやったであろう人物が腕を組み、いつの間にやら立ち上がっていた。
「いい加減教師の名前に『ちゃん』を付けるのをやめろ、馬鹿者め」
古城が患部を未だ痛む手で摩りながら、見上げるようにして那月の顔を伺う。そこに居るのは、いつもの様にどこか偉そうな担任教師であった。
「つつ………できれば、俺も一応負傷者なんで、優しくして欲しいところなんスけど…」
「ほぉ、では優しく未だ神経がズタズタの貴様を突いてやろう。ほれ、ここか?それともここか?ほれほれ」
「あいだだだだだだだっ!!」
「那月、機嫌悪い?――うっ」
先ほどまで古城を面白そうに突いていた那月なのだが、今度はいのりへと、その矛先が向く。古城を突いていた扇子で、いのりの額をペシと打ち付ける。
「お前の方はさらに酷いぞ、楪いのり。教師を呼び捨てなどと」
「…………那月、いつもより小さいから、余計――うっ」
「だから、呼び捨てにするな、馬鹿者!」
二撃目が炸裂し、いのりも閉口する。軽いとはいえ、そう何度も頭をポンポン叩かれるのは、気持ちのいい事ではないのだ。
と、そこで生徒弄りも一段落と言わんばかりに、那月は周囲をグルリと見回す。闘いの衝撃で抉れた壁、大きく欠けた天井、玉座に至っては原型すら留めていない。
「はぁ………まったく、派手に壊してくれたものだな。本当なら請求書の1つ2つ送り付けたいくらいだぞ」
この教師ならば本当にやり兼ねないと、一同にゾッと悪寒が走る。この様な古い建築物の修繕費というのは否応なく費用が掛かる。それも、専用の職人の技術が必要とする場合が多く、学生からすれば天文学的費用となる。
そのことを、集、いのり、雪菜、優麻は知識で、古城は父親の仕事の関係上知っていたのだ。
「まぁ、今回は魔道書による干渉を許した私も、迂闊だった。故に今回は請求しないでおくから安心しろ」
「………はぁ〜〜、危うく借金地獄になるかと思ったぜ」
「いえ、先輩は下手をすれば、過去行った破壊の請求が……」
「お、思い出させるなよ…」
古城は今まで自分の起こした破壊の痕跡を思い、冷や汗を流す。集との一件や、ロタリンギアの殲教師との一件、ナラクヴェーラとの
それを思い、古城は本気で青くなる。その様子を優麻がクスクスと笑う。
「お、おい、優麻……」
「ふふっ、ごめんごめん、古城。ホント昔からそういうトラブル体質は変わらないなと思って」
「………好きで巻き込まれてる訳じゃねーんだけどな」
「うん、そうだね………けど、それでボクは救われた……」
「ん?何て?」
「べっつにー?まーた、古城はそうやって、女の子を泣かすんだろうなぁーって思っただけ」
「はぁ!?そんな事した事ねーぞ!?」
「と、言ってますが、桜満君?」
「そこで、僕!?………えーと……ひぃ、ふぅ…………………ご、5、6人、くらい、かな?」
「フゥ〜〜ン………」
「な、何だよ?」
「いやぁ、別にぃ?古城に対して、たまに殺意が沸くなぁ、って思っただけ」
「何でだよ!?」
ぎゃあぎゃあ喚き倒す生徒達プラス1名に、那月は溜息を漏らす。そして、同時に急な目眩にフラついて、後方へと後ずさる。それを、いのりが受け止め、那月の顔を覗き込む。
「……平気?」
「あぁ、問題ない。………そっちのヒヨっ子に、受け続けた干渉で少し疲れただけだ」
「ヒヨっ子って……」
「確か、阿夜の娘と言っていたな?10年前、あいつに娘など居なかった筈だ。それでその体躯……さしずめ、LCOに創り出された
「……流石は魔族に恐れられる、『空隙の魔女』。ボクの正体を1発で当てられるとは思ってなかったけど」
「ゆ、優麻…?」
狼狽える古城に、優麻は自虐的に笑む。人は自らと異なる存在に、大なり小なり警戒を示さずには居られない。それは、人の子供であってもそうだろう。集団の中で異質な存在は爪弾きにされるものである。同じ種族でこそそうなのだ。
それが、下手をすれば人とは異なる種族と見なされかれない魔女であり、またその出生に至っても、人には受け入れ難いものであれば、なおの事警戒されるか、明確な拒絶の意思を持たれるだろう。遂には優麻自身、俯いてしまう。
出生を知られ、そして監獄を破ろうとしたのだ。脱獄幇助として、このまま監獄結界に投獄だってされ兼ねない。詰まるところ、優麻自身に前進も後退も既に出来ないのである。
「………そうだよ、古城。『空隙の魔女』の指摘通り、ボクは試験管から産まれたバケモ――だっ!?」
突如として、自らの額に当たった衝撃に、優麻は困惑する。かなり強い力で弾かれており、それこそ、その力は人外のそれであろう。と言っても、それでも手加減はされていたのか、彼女の額に風穴が空くような事はなく、赤くなる程度で済んでいる。………かなり色濃く赤くなってはいるのだが。
「!?、!?」
「バカか、お前は。…………あいたたた………」
優麻の目の前にあったのは伸びきった古城の中指。おそらく、デコピンを喰らったのだろう。それも真祖の身体能力で。当の本人は未だ神経が切れている状態で、動いたものである為に、腕と手を抑えて悶えているのが何とも締まらない。
「……先輩、バカなんですか?」
「うっせ。俺もバカだが、俺の幼馴染の方がよっぽどバカだ!」
「……それは……類は友を呼ぶという奴なのでは?」
「あー、もう何だっていいっつーの。とにかく、優麻!お前はバカだ!」
未だに優麻は赤くなった患部を抑えて、薄っすら涙を瞳に溜めている。
「いいか?んな事言ったら、俺は人外中の人外、バケモノ中のバケモノだぞ!?いつ凪沙にバレるんじゃねえかと、何時も心配でしょうがねえよ。だけどな、こんな俺だって分かってても、一緒にいてくれてる奴が居る」
古城はそう言い、雪菜、集、いのり、那月と、順に顔を見ていく。今この場にいるのは、古城の言うバケモノの部分――『第四真祖』について知っている者達であり、それでもなお古城と共に居るものだ。
「桜満は目の前で、俺の魔力が暴走しちまったのを止めてくれた。姫柊は任務だ監視役だって言いつつ、何やかんや付いてくれてる。楪はまぁ、ギターの指導は厳しいが、俺の力を知ってても他と変わらず接してくれてる」
改めて言われ、たった今名前を列挙された3人は気恥ずかしそうにしている。雪菜などは特に、顔をやや赤くし他2名よりも照れているようだ。よくよく思い出してみれば、雪菜は自分のことについてハッキリ古城の口から言われたのは初めての事である。なので、余計にむず痒さと照れがあるのだろう。
「で、まぁ、他にも煌坂とかラ・フォリアとか、叶瀬とか、アスタルテとかも俺を気味悪がったりしないしな。那月ちゃんなんか、しょっちゅう体罰振るってくるし――いだだだだ!すんません!気を付けます!気を付けるんで、人体にそんな風に扇子はめり込まな――あだだだだだ!!!」
那月は再び自らの名前に余計なものを付けた古城が気に食わなかったのだろう。随分と深めに扇子を古城に突き立てそのまま押し込むようにグリグリと押し付ける。
「と、とにかく!こんな俺にだって、周りにはコレだけ仲間がいる。俺はそこにお前も勘定に入れてるつもりだぜ、優麻?」
「……っ!」
優麻は溢れそうになる涙をグッと堪える。
他者との強固な繋がりとは、在るだけで価値のあるものだ。優麻からすれば、そういった強固な繋がりは暁兄妹とのそれなのだろう。今回の一件で古城にそれは解消されてしまうと感じていた。だが、この男は拒絶するどころか、何事も無かったように、未だに自らを肯定してくれている。
それが、彼女にとってどれだけ大きなものか。それを失わずにいれる事が、どれだけ救いになるか。
「なぁ、優麻。またやり直そうぜ。今度はお互いに隠し事は無しでよ。そうしたら、また昔みたいにバカやってよ。そんな風にもう一度やり直そうぜ。俺もお前もさ」
「…………まったく、ホント古城はそういうとこが、朴念仁って言われる原因なんだよ」
「な…!?」
「「あーーー………」」
古城を監視してきた2名、集と雪菜は同意とも呆れとも取れる声を漏らす。古城としては、無自覚なため甚だ遺憾ではあるのだが、それでもその様子を見て優麻が笑っているので、それも良しとする。
「………………ところで、さっき一連の上がった名前って、桜満君以外は全員女の子だよね?」
「お、おう…」
ユラリと、優麻が首を動かし古城に問いかける。その仕草はどこか迫力があり、今しがた自らをバケモノだとか、第四真祖だとか言ってのけた古城であっても、気圧される程である。
「ふぅ〜ん………ねぇ、桜満君?」
「………はい」
「さっき、5、6人って言ってたよね?」
「………はい」
「もしかしなくても、予備軍とかも居るのかなぁ?」
「………こ、後輩とか、凪沙さんの友達とか、あと多分他にも居ると言えば居るような、居ないと言えば居ないような……」
「待て待て待て、一体何の話だ!?予備軍ってなんだ!?あと、何で凪沙の名前が出てくる!?」
「ごめん、古城。ここで嘘吐くと後が怖いというか……」
「まったく、お前らは……」
相変わらず騒がしい生徒達にやれやれと、那月は頭に手をやる。だが、これが彼女にとって日常なのだ。だがソレはソレ、コレはコレである。
「いい雰囲気になっているのを壊すようで悪いが、そろそろいいか、阿夜の娘?確か仙都木優麻と言ったな」
「はい、『空隙の魔女』。今回私がしたのは、凶悪犯が収監されている監獄結界の破壊。これは極刑も適用されかねない犯罪である事は重々承知しています」
「お、おい、優麻!?」
「いいんだ、古城。それに然るべき罰は受ける必要がある。罪には罰を。ボクは心までは堕ちたくない。それに、契約の関係上、ボクは然程生きられないだろうし」
優麻の最後の言葉に、古城は驚き言葉を失くす。一方、魔族や魔術などに詳しい雪菜は苦虫を噛み潰した様に、表情を曇らせる。また、これを予期できていた集と、いのりも同様の表情である。集と、いのりはアスタルテが言及していた『魔女』について思い出していた。
悪魔と契約し、強大な魔力を得る者。それが魔女という存在である。しかし、契約には確実に対価が求められる。戦闘中に優麻が漏らしていた『自由』というワード、雪菜の推論も合わさって、その結論に至る。
「優麻、契約の対価は――やっぱり命?」
「な…」
「正解だよ、いのりちゃん。もっとも契約自体はボク自身がした訳じゃないけどね」
「なら――」
「それでも、それで得た力を振るったのは事実だ。だから、どちらにせよ結果は変わらないなら、ボクは契約で死ぬくらいなら、裁かれて死にたい」
古城は出掛けた言葉をグッと堪える。優麻の目がそれをさせなかった。
「はぁ………まったく、年端のいかん小娘が生きるだ死ぬだなどと、そんな事を口にする事自体20年早いぞ、ガキども」
全員が、自分たちよりも遥かに歳下に見える彼女の発言に苦言を漏したいところであったが、今はそれを辞めておく。
「今回の主犯はLCOのバカどもだ。たった10年しか生きていないガキなぞ知らん。結局は結界自体は破られてはいない訳だしな」
「那月ちゃん……じゃあ、優麻は――」
「まぁ、参考人として取り調べは受けるだろうが、そこは『第四真祖の幼馴染』という肩書きが考慮されるだろう」
その言葉に、優麻は驚きを隠せないでいた。それもそうだろう、なにせ一度は死を覚悟したのだ。そして何より、自らを使い捨ての命だとどこかで割り切っていた。それが助かる道を示され、ましてや自らの唯一の物だと言える、『幼馴染』という関係も失わないで済むのだ。
「よかったなぁ、優麻!」
「え、え…………ボクは……」
未だ困惑する優麻に古城は自分のことの様に、喜んでみせる。これは第四真祖になっているとはいえ、古城の根底はやはり、『人』であるという事なのだろう。一方、集は那月の横に移動して耳打ちする。
「いいんですか、南宮先生の独断でさっきみたいなの決めちゃって」
「問題ない。どうせ、公社の連中も同じ様な裁定を下すだろうさ。わざわざ真祖の不興を買う様な真似はしたくはないだろう?」
「まぁ、そうですけど」
「だろう?さて、そろそろお前達――を」
那月の言葉が途中で途切れる。瞬間、その場には静寂が訪れる。先ほどまで騒いでいた古城の声も、呆れる様な那月の声も響かない。聖堂の中はシンと静まり返ってしまう。そして、まず先に沈黙を破ったのは2人の少年の声だった。
「優麻!」
「南宮先生!」
同時に響いた声で、古城も集も互いの視線を交わす。それぞれが目にしたのは凄惨たる光景だ。
古城の方にもたれ掛かる優麻の背中は血に濡れており、その原因はあり得ない事に、彼女の『守護者』であった。守護する筈の主人の背に、長剣を突き刺しているのだ。傷口を伝い、鮮血が彼女の背を流れる。
一方、那月は心臓より数cm右――つまり胸部の中心である胸骨を貫き、彼女の体内から長剣が突き出ていた。当然、那月を後ろから支える、いのりは武器の類を一切所持していない。そして那月の傷と、口からも血が流れ落ちる。
「が…は…………ぁ…」
「優麻!?おい、優麻!!」
「はぁっ!!」
未だに長剣を突き立てる騎士を雪菜は雪霞狼で、弾き飛ばそうとするが、騎士はそれを上体を大きく仰け反らせて躱す。そして、それと同時に剣を引き抜き、背は向けぬまま聖堂から伸びる通路の一本へと後退する。
「ぐ……してやられた、な。…………まさか、自らの…娘を使……」
「那月、喋らないで!」
「………呼び捨てに…する、な。バカモノ…め………」
ダラリと、那月の腕が垂れる。だが、まだ辛うじて息はあるようで、小さく肋骨が上下している。それでも重症である事に相違はない。
そして、元凶たる蒼い騎士の甲冑は、黒く変色していた。
「ようやく……か。されど、一矢である事に相違ない。――なぁ、那月よ?」
暗い通路から、声が響いた。そして、どこか遠くで火薬の弾ける音がした。
◇
「こんなものでしょうか?………雪菜たちの戦いを少し観察しておいて、正解でしたね」
「何を言ってるんです、王女殿下!あの時、私がすぐにでも飛び出せば、戦況は――」
「変わったかもしれませんね。しかし、変わらなかった可能性もあります。しばらく彼らがメイヤー姉妹の攻撃を受けてくれたからこそ、私たちは容易に彼女たちを捕縛できたのだと思いますよ?」
「それは………そうですけど」
キーストーンゲート屋上、強目のビル風が2人の少女の長髪を揺らしている。その側には、拘束された魔女姉妹の姿があった。古城たちがこの場を去った後、紗矢華とラ・フォリアの両名はさほど苦戦せずに、この魔女たちを拘束できていた。それは、集、いのり、雪菜が戦闘をしていた事が大きい。
と言っても、雪菜第一の紗矢華からすればその作戦は耐え難く、相手がラ・フォリアでなければ飛び出していただろう。一方のラ・フォリアは紗矢華の扱いを心得ているかの如く、手玉に取っている節がある。
「王女殿下、ご無事で」
非常階段を登り、軽鎧と白コートを組み合わせたような格好の人物たちが次々現れる。彼らこそアルディギア王国が誇る聖環騎士団である。擬似聖剣――ヴェルンド・システムと呼称される、剣の霊格を上げ聖剣へと変貌させるそれは、先日彼らの別働隊を壊滅に追いやった『模造天使』が相手では相性が最悪であるが、対魔族、対魔女、対魔術師となれば無類の強さを発揮する。
「えぇ、私は無事です。そちらの戦果は?」
「はっ!潜伏していたLCOの構成員、ならび国際指名手配クラスの魔道犯罪者二十数名の捕縛に成功しました!それに及び、彼らが保持していた魔道書数冊を押収!現在は僅かな残存戦力の追撃を行なっております!」
「こちらの被害は?」
「数名が負傷しましたが、全て軽傷です!また、王妹殿下は『仙姑』の保護下にあり、傷1つ負っておりません!ただ念のため、王妹殿下の周囲500m以内に六個中隊規模の人員を配備しております!」
紗矢華はその報告を聞いて呆れかえる。いくら王族とはいえ、やり過ぎな警備である。聖環騎士団と言えば、一個小隊で一般的な軍隊の数個中隊を相手取れる戦力なのだ。それを気前よく六個中隊も配備するとは、この島で戦争でも起こすのかと言いたくなってしまう。
どうやら叶瀬夏音という少女は、アルディギア王国からよほど厚遇されているようだ。紗矢華はそう言えば、アルディギアの現国王は王女であるラ・フォリアを目に入れても痛くないほど可愛がっていると、有名である事を思い出す。
であるならば、年齢的にはラ・フォリアの妹、そして家系図的には腹違いとはいえ、自身の妹である夏音は尚のこと可愛いのだろう。これは自身の気になっている、かの少年は下手すれば一国と本当に戦争を起こすのかもしれないと、再び呆れてしまう。
「そうですか、報告ご苦労様です。夏音の保護、LCOの構成員、そして何より魔道書数冊とあれば、収穫としては上々でしょう。騎士団を動かした費用対効果としては十分過ぎるほどですね」
ちゃっかり今回押収した魔道書を国家の勘定に入れるあたり、やはりこの護衛対象は一国の王女なのだと、嫌でも再認識させられてしまう。それにより紗矢華は改めて腰が引けそうになる。
「………王女、せめて魔道書ナンバーはこちらの方にも後程、申告して頂いて宜しいでしょうか?」
「そうですね。仮にもここは日本の魔族特区ですもの。そのくらいはさせて頂きます」
と、そこで監獄結界方面で強大な魔力放出が行われたのを、2人は察知した。紗矢華もラ・フォリアも優れた巫女の資質を持つ霊媒であり、このくらいは朝飯前というわけだ。そして、放出された魔力は2つ。それもぶつかり合ったようである。
屋上で座り込んでいる賢生は監獄結界の中へと、古城、集、いのり、雪菜を転移させた。今回の事件の発端である『蒼の魔女』と呼ばれていた存在も恐らくは監獄結界であろう。隔絶されている監獄結界の中からここまで届く魔力放出など検知される筈がない。
であれば、魔力放出が起こったのは監獄結界の外という事となる。どうやら、未だに預かり知らぬところで戦闘は続いているらしい。
「念のため聞きますが、あちらの方に現在騎士団の人員は居ますか?」
「いえ、居ない筈です。そもそも我々聖環騎士団も、LCOも、監獄結界の存在場所など認知の外ゆえ、ここキーストーンゲート周辺が必然的に戦闘区域となっておりましたので」
「と言うことは……」
「はい。恐らくは別勢力がまだ存在する、という事かと。――王女」
「分かっています」
騎士団の男性が、ラ・フォリアに呼び掛け、ラ・フォリアもそれに応じる。騎士団の役割は王族の保護が第一である。先ほどは空間転移の影響で合流出来なかった故に、ラ・フォリアが勝手に、『自衛のために』戦闘を行なっていた。だが騎士団からすれば、この島の異変などどうでも良いのだ。それこそ、彼らの優先順位はハッキリしている。
王族を――それも時期王位継承第1位である王女に戦闘させるなど言語道断というわけである。
「………紗矢華、私は現状この島の状況を鑑み、即刻ここを発ちます。空間異常も無くなった今、護衛は騎士団が引き受けます。なので、ここで貴女の護衛の任を解きます。いいですね?」
「………感謝します、王女殿下!」
「ただ1つだけ………注意して下さい。嫌な………そう、とても嫌な予感がします」
その時だけ、ラ・フォリアの表情が翳った。普段笑みを湛えている彼女がこんな表情で寄越す注意勧告なのだ。ただ事ではないのだろう。そして、それは紗矢華が感じているものと等質、もしくは似通ったものなのかもしれない。
「……ご忠告感謝いたします。それでは!」
紗矢華は振り返ると、キーストーンゲートからその身を投げ出す。建物を渡っていくつもりなのだろう。当然距離が厳しいところは式神を利用し、器用に渡っていく。
「…雪菜、暁古城。………それにバカップルも、無事でいなさいよ」
式神に乗った彼女は、既に夜となった街の空を駆けた。
一万字超えちまったぜ。読みにくかった方本当にごめんなさい。今回それなりに急いで執筆したので誤字脱字がそれなりかもです。
気になる点等々御座いましたら、いくらでも感想・ご指摘等よろしくです!
ではでは、アドゥー!