Blood&Guilty   作:メラニン

75 / 91

使って六年目のノートPCがついに悲鳴を上げ始めた今日この頃です・・・

変換が遅いです、固まります、『W』のキーがなぜか取れ掛かっています。あ、さっき該当する場所打ったら取れました。どうしよ・・・


さてさて、今回は前回から然程間を置かずの更新です。今まで散々お待たせしてきましたし、なるべく早め早めにと・・・


で、今回のお話はようやく戦闘回ですね。(ちょっとだけ)

では、どうぞ!


蒼き魔女の迷宮編VI

 

 

絃神島キーストーンゲートからほど近い、アイランド・サウスのビルの屋上には2つの人影があった。1人は逆立てた髪にヘッドフォン、もう1人は四角いフレームメガネを掛け、黒の(いか)ついバックパックを背負っている。

 

 

ヘッドフォンを掛けた少年が今まで閉じていた目を開く。

 

 

「ようやく移動し始めたか。ってか、今回はどーも情報が遅れてんなぁ」

 

 

「仕方ないんじゃないっスか、御曹司?電子の女帝殿はプログラムの補修、書き換えで完徹。『戦車乗り』1人じゃ、追い切れない部分もありますよ」

 

 

「いやいや、『戦車乗り』だって腕前じゃ浅葱に退けを取らねえぜ?……まぁ、妨害されてるって考えんのが普通か?」

 

 

「絃神島きってのハッカーと張り合える奴なんか、そうそう居ねえと思いますがね」

 

 

「いや、張り合えてはないんだろうな。だから、こうして情報が降りてくる。問題はスピードだ」

 

 

「……つまり、完璧に妨害されて無くても、時間はロスしてるって事ですかねぇ?」

 

 

「だろうよ。それに今はアンタんとこの特区警備隊も混乱してんだろ?」

 

 

「まぁ、そこ突かれちゃ痛いんですがね。…………南宮攻魔官の行方は(よう)として知れず、現在も捜査中。特区警備隊(アイランド・ガード)は大幅な戦力ダウンですよ」

 

 

「本土から手配した攻魔官は?」

 

 

「南宮攻魔官ほどの人材がポンと来るとでも?本土じゃどうだったか知りませんが、ここじゃ二流もイイとこの奴を寄越してきましたよ」

 

 

「ま、那月ちゃんの穴を埋められるような奴なんかそうは居ねえしなぁ。何とか手持ちのカードで乗り切るしかねえ訳か」

 

 

「ってか、あの王女様の要望、通した方が早いのでは?」

 

 

「…………それやると、後が面倒なんだよ。つっても、もう既に通してあるけどな。一国の王女様と国家攻魔官の捜査依頼の連名じゃあ、通さないわけにもいかねえからな」

 

 

「まぁ、それか――」

 

 

男性の方が、双眼鏡を覗き込みながら口を開く。そのレンズには人混みの中、桜髪の少女を抱きかかえ、キーストーンゲートへ走る少年を捉えていた。

 

 

「『ジョーカー』に任せちまうってのは?」

 

 

その言葉に、少年は少し表情を変えて、億劫そうなものになる。その胸中に抱くのは一体何なのかを、知る術は無いだろう。

 

 

「…………ちっ」

 

 

その言葉を残し少年は気流に乗り、ビルからビルへと飛んでいく。取り残された男性はオペレーターから入ってくる無線の連絡に耳を傾ける。

 

 

「はっはっは、意地悪過ぎたか?っと、はい。………そうか、確保できたか。分かった、俺もそっちに向かう。最悪結界は破られるが仕方ない。問題はその先だしな」

 

 

無線を切り、彼はキーストーンゲートとは反対方向の、遥か遠方の海原へと視線を移す。紅くなり始めた空と、夕焼けでオレンジに染まる海のコントラストが美しい。だが、彼の目は別のものを見ていた。

 

 

「さて、この行動がどう転ぶか」

 

 

彼は屋上横に設置された非常用階段に足をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜満集は走っていた。

 

 

ほんの数分前、キーストーンゲートの屋上から魔力を感知した一行は、喫茶店を後にした。アスタルテに夏音の護衛を任せ、また近くで那月不在のため警邏(けいら)に出ていた笹崎岬に偶然行き合ったため、念のため彼女にも夏音を任せることにした。雪菜たちのクラス担任である彼女は、『仙姑』の異名を持つほどの実力者である。これで夏音の身柄は安全だろう。

 

 

だが、問題はその後起こった。優麻の手掛かりがない彼らは、魔力の放出が起こったらしいキーストーンゲートへと走っていた、集、古城、いのり、雪菜は混雑する大通りを避け、建物の合間を縫って進んでいた。

 

 

その途中、十字路を曲がったところで、前を走っていた古城、雪菜が突如として消えたのだ。そして、次の瞬間には昨夜同様、周囲に薄紫の結晶が発生したのだ。雪菜が言っていたランダムの空間魔術だろう。それに反応してしまったのだ。

 

 

人のあまり居ない場所を選んでいたとはいえ、人目が全くない訳ではない。集は正体を隠すために、いのりにフードを目深に被せ、自らはラ・フォリアが悪ふざけで寄越した狼男の被り物装着した。

 

 

そして、人目を避けるため走っているという訳である。傍目から見れば、狼男が赤ずきんを抱えて巣へと攫っていく様子に見えることから、後日ネット上に拡散され多少の話題を呼ぶのだが、それはまた別の話である。

 

 

「集!もう、平気!」

 

 

裏路地に入ったところで、集は足を止める。狼男の被り物のお陰でバレていないだろうが、『王の能力』による身体能力の強化をフル活用しており、目が赤く煌々と色付いていたのだ。そのままであれば、未登録魔族の吸血鬼などと誤解による勘違いで一騒動あったかもしれない。それが起こらなかっただけ、ラ・フォリアの寄越した物には感謝しておくべきだろうか。

 

 

「…ふぅ!………それにしても、あれが姫柊さんが言ってた空間魔術か。いつ起こるか分からないっていうのは、厄介だね」

 

 

「……集、古城達は平気みたい。今はアイランド・イーストに飛ばされたって」

 

 

「アイランド・イーストって…ここから反対側まで飛ばされたのか……」

 

 

『おっ、ようやく繋がったか』

 

 

いのりの携帯端末に、ツギハギのヌイグルミの様なアバターが表示される。聞き覚えのある合成音声に、集は眉を顰める。

 

 

「モグワイ?」

 

 

『いやぁ、今は例の空間魔術の所為で、座標の特定が難しくってなぁ。連絡が遅れたのは謝るぜ』

 

 

「まぁ、僕らも結構移動してたからね…」

 

 

『おう、大変だったっぽいな。まぁ、暁古城達の方は安心してくれ。嬢ちゃん特製の、アプリを送り付けといたからよ。ケケッ』

 

 

こういう笑い方をしたという事は、恐らく何か余計なことをしたなと、集は当たりを付けるが、今はそれどころではないだろう。

 

 

と、現在目指しているキーストーンゲート方面から、爆音が響いた。そちらを見やれば、ヘリであったものだろう残骸が轟々と炎を上げながら墜落していた。そして、キーストーンゲートの屋上には何かの生物の触手の様なものがウゾウゾと蠢いている。

 

 

だが、かなり大きい。ヘリの方に伸びていた一本だけでも、10mほどの長さかもしれない。

 

 

「あれは…!?」

 

 

『ありゃ……特区警備隊(アイランド・ガード)の連中、先走りやがったな』

 

 

「……那月が居ないのが原因?」

 

 

『ご名答だ、いのり嬢ちゃん。曲がりなりにも、あのロリっ娘先生のカリスマは本物だったんだろうさ。東條も自分の隊と他数隊を抑えんのが精一杯らしくてな。それに、今は何でだか独自で動いてるからな』

 

 

「……自分の隊って……東條さん、出世したんだ」

 

 

『いや、そこかよ…』

 

 

人工知能に突っ込まれるという珍しい事例に遭遇したが、今はそれを気にしている場合ではないだろう。集は一度咳払いをして、話を本題に戻す。

 

 

「で、モグワイが連絡してきた理由は?」

 

 

『あぁ、あんたらが困ってるだろうと思ってな。ちょいと仕掛けをさせてもらったのさ』

 

 

「「仕掛け?」」

 

 

集もいのりも疑問符を浮かべているが一方のモグワイは、そろそろだな、と呟き集達に空を見るよう促す。2人が空を見上げると、夕焼けで赤くなり始めた筈の絃神島上空に、いくつもの巨大な飛行船やらバルーンが昇っているではないか。

 

 

「……あれに隠れて飛べって事?」

 

 

『そういう事だな。今この島で起きてる空間異常に、いのり嬢ちゃんは問答無用で反応しちまうんだろ?ってわけで後あそこまでバレ無いようにするには、空ってことった。元はパレードに使う用や、宣伝のために昔使って倉庫で埃被ってたのを引っ張り出してきたんだよ。幸い今は波朧院フェスタ期間中だ。少しくらい派手にしたって問題ないだろうさ。ケケッ』

 

 

集は一体このためだけに、どれだけの費用と労力が掛かっているのか思考するが、藪蛇と思い聞くのはやめておく。

 

 

『まぁ、って訳だから空中デートでもしながら事態の収集に当たってくれや。じゃあな』

 

 

余計な事を、と集は頭を抱える。昨夜の一件のほとぼりが冷めてきた頃だというのに、あのAIはトコトン人を困らせるらしい。側に控えていた、いのりも若干気恥ずかしそうにしている。だが、今は事態の解決に当たるのが先である。

 

 

先ほどのキーストーンゲートの騒ぎは、周囲の人間からは波朧院フェスタの催しの一環だと思っている様だが、アレがいつ一般人に矛先が向くか分からないのだ。

 

 

「はぁ……仕方ない」

 

 

「え…!?」

 

 

いのりの了承を取る間も無く、集は再びいのりを両腕で抱えて、『エアスケーター』を具現する。数瞬、いのりは思考が鈍っていた様だが、集の言っていた言葉を自らの中で反芻し、ふと機嫌が悪くなる。

 

 

「……今の状況は、集にとって仕方のない事?」

 

 

「え!?……あ」

 

 

集は自分の先ほどの述べた言葉に対してハッと気がつく。ニュアンスによっては、本人次第で違う意味に取られてもおかしくないのだ。そして、いのりは別の意味のニュアンスで受け取ったらしく、珍しくプクッと頬を膨らませてご機嫌斜めの様だ。

 

 

「べ、別に、いのりと飛ぶのが仕方ないって訳じゃないんだよ!?今回、解決に当たれるのが、僕だけっていうのが……」

 

 

いのりは、さらに機嫌が悪くなった様で、さらに視線が鋭くなる。慌てふためく集を見て、いのりは少しやり過ぎたと反省し、集の言葉を訂正する。

 

 

「集…『私達』」

 

 

「へ?」

 

 

「解決するのは、『私達』」

 

 

「……あ」

 

 

いのりは集の頬を人差し指と親指で摘んで、ぐいと引き伸ばす。それも、それなりの力を込めて。一方それをやられている集は、いのりを抱きかかえている為に防御ができず、されるがままである。

 

 

「いふぁふぁふぁふぁふぁ!いふぁい!いふぁいほ、いほり!」

 

 

いのりからすれば、自らを除け者にしようとしているという不安も少しはあったのだろう。それゆえの集へと制裁を与えたのだ。今更彼らは離れられない。それは、いのりの抱えている体質もそうだが、互いの気持ちとしても、という意味でもだ。だから、集が『僕だけ』と言った事に、いのりは不安や怒りを覚えた。

 

 

と、しばらく集へと制裁を与えていたのだが、パッと、いのりは手を離して集の頬肉を解放する。思いの外、力を入れ過ぎたのか集の頬は赤く変色していた。さすがにやり過ぎたと思ったらしく、そこを集の代わりに撫でて、そっと自らの唇を当てる。

 

 

「……え!」

 

 

「…………」

 

 

いのりの顔は昨夜同様に真っ赤になっており、集の顔を直視できないでいた。

 

 

集の方も突然のことで、何を言うべきか分からないでいたが、このまま沈黙を続けるというのは悪手であると判断した。

 

 

「い、行こうか…」

 

 

いのりは相変わらず、ダンマリを決め込んでいる。ただ一回、コクリと小さく首肯するだけである。集はそれだけを確認し、飛行船とバルーンで色とりどりとなった空へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイランド・イーストへと飛ばされた古城と雪菜は、浅葱の相棒である高性能AIモグワイから空間転移を予測するアプリを供与された。もっとも、古城達は勝手に送り付けられただけで、モグワイが送ったものだと知らずにいるのだが。

 

 

兎にも角にも、そのアプリに従い、逆に空間転移を利用して目的地であるキーストーンゲート屋上へと移動している。

 

 

「それにしても、こうアッチコッチ飛ばされてちゃ目が回るな」

 

 

古城は器用に走りながら悪態を吐く。そして現在は何回目かの転移を行い、アイランド・ノースの廃ビルと思しき一直線の廊下を疾走していた。

 

 

「……もっともな意見ですけど、しっかりして下さい。今はいち早く先輩の身体――もとい優麻さんの元へ辿り着かなければいけないんですから」

 

 

「あぁ……分かってる。っと、次左折だ!」

 

 

「はい!」

 

 

古城の言に従い、雪菜は左折する。すると、再び本日何度目かの感覚が襲ってくる。空間転移が起こる際の独特な感覚。その感覚に顔を顰めていると、頬に鋭い風が当たる。明らかに室内の空気ではなく、また横からはキツ目の陽射しが突き刺さる。

 

 

薄く目を開けると、目の前には近くなった空が映り込む。

 

 

「………見付けたぜ、優麻!」

 

 

古城は目の前にいる相手に、まるで鏡写しの様な感覚に囚われる。現在古城が対峙しているのは、己のものであった筈の身体である。そう、ここはキーストーンゲートの屋上。元凶たる魔道書(グリモワール)が存在している場所だ。

 

 

「…………君はいつだって、大事な時に現れてくれるよね、古城?」

 

 

優麻は古城の身体とはいえ、若干憂鬱そうな顔で振り向く。側には、派手な格好の女性が2人佇んでいる。彼女達は、古城と雪菜が現れた瞬間に攻撃を仕掛けようとしたが、優麻に手で制されていた。

 

 

「お前が何を考えてるかは分かんねえが、返してもらうぜ。俺の身体!」

 

 

「っ!先輩!」

 

 

「うおっ!?」

 

 

雪菜が何かに気が付き、古城の腕をぐいと引き寄せる。その瞬間、古城のいた場所には火柱が上がったではないか。古城本来の身体ならばいざ知らず、優麻の身体とあれば傷付ける訳にはいかない。

 

 

「今の攻撃――ヴァトラーか!?」

 

 

「ハハハ!やァ、古城!少し見ない間に随分可愛らしい姿になったじゃないカ!」

 

 

現れたのは、白スーツの青年である。普段の碧眼は紅く染まり、口元には長く伸びた犬歯が覗いている。古城は彼の登場にゾッとする。強力な相手が現れたというのが1つと、もう1つは彼が古城に執心しているという事が分かっているからである。現在、古城の身体は女性のそれだ。これに対してヴァトラーが何を思うか、古城にとっては想像するのも恐ろしいほどだ。

 

 

「さて、と……いい感じに役者も揃ってきたネ。そうだろ?そこで隠れてないで、出てきたらどうだい?」

 

 

ヴァトラーは宙に浮かぶバルーンに視線を送る。すると、バルーンの影から何かが上方へと飛び出した。それは、弧を描く様にしてヴァトラー達の上を通り越し、古城と雪菜の前に立つ。

 

 

「……これは、些か外交上問題があると思われますが、アルデアル公?」

 

 

現れたのは、モグワイの指示に従いバルーンや飛行船伝いにここまで来た集と、いのりであった。

 

 

さらに登場早々の集の言葉遣いは、対外向けのそれであった。できれば穏便に事を済ませたいし、一度は交戦した事があるためにヴァトラーの戦闘能力は嫌と言うほど知っているのだ。だからこそ、外交というカードを切る。相手は腐っても、一国の公主。外交面の問題を持ち出せば、多少は抑えられると踏んだのだ。無用な戦闘は避けるために。ただでさえ、今回は戦力が少ないのだから。

 

 

「ハハ、なに問題はないサ。僕は魔女と攻魔師がいる場に偶然立ち会っただけで、さっきの攻撃もお互いが衝突しない為の配慮さ」

 

 

「……なるほど」

 

 

一方集といのりの登場に、メイヤー姉妹は色めき立つ。今は優麻が抑えているが、この後どうなるか分かったものではない。なぜなら、彼女らの目はまるで仇を見るかの様に、憎しみが宿っているのだから。

 

 

「っ!『罪の王』……!!」

 

 

黒のローブを身に纏うエマ・メイヤーが怨嗟の声を吐き捨てる。そして、先ほどヘリを堕としたと思われる触手の内の2本がそれぞれ集と、いのりの元へと伸びていく。それを集は、『すべてを断ち切るハサミ』で、いのりは手の甲からほんの少し伸ばした結晶剣で薙ぎ払う。

 

 

集に斬られた方は、先端部分が宙を舞いキーストーンゲートの屋上へと無残に打ち捨てられた。そして、いのりの方へ向かった一本は先端から結晶化の憂き目に遭い、危険と判断したのか途中で自切し、根元までの結晶化は回避したようだ。

 

 

「くぅっ!なんと、穢らわしく忌々しい!……その力は我ら魔術を修める者への冒涜よ!」

 

 

紅い魔女が吼えたてる。こちらも、姉のエマ・メイヤー同様に怨嗟の声を上げる。

 

 

「……?集、私あの人達を怒らせた?」

 

 

「あー、えっと…………まぁ、僕の力も、いのりの力も魔術をどうにかしちゃうから、かな?」

 

 

集の言葉に、いのりは一応の納得は示す。集の指摘通り、彼女らはあらゆる魔術を秘めた魔道書の収集、保護、研究を行っている。それが魔女にとって無価値どころか、異能を結晶に変えてしまうという魔女にとってマイナスの力を保持する者であれば、敵意を剥き出しにしてもおかしくはない。

 

 

「それが分かっているのならば、今ここで――」

 

 

姉であるエマ・メイヤーがさらに攻撃を加えようとした瞬間であった。彼女は首筋にヒヤリとした冷気を感知し、攻撃を止めたのだ。彼女の首元には長剣が向けられていた。それを持つのは、顔無しの蒼い甲胄に身を包んだ騎士である。

 

 

「そこまでにしてもらおう、メイヤー姉妹。貴方がたが相手にするのは別にある」

 

 

「………ちっ、人形風――」

 

 

オクタヴィア・メイヤーが悪態を吐こうとすれば、今度はそちらへと剣先が突き付けられる。これが彼女の『守護者』なのだろう。そして、その存在は彼女がただの人間でない事を示唆している。

 

 

「優麻、やっぱお前は魔女、だったんだな?」

 

 

「………そうだよ、古城。今まで隠してたのは悪かったよ。けど、知られる訳にはいかなかった。今日、この時、監獄結界を破るその時までは」

 

 

「監獄結界!?けど、ありゃ都市伝説みたいな――」

 

 

「違うよ、古城。都市伝説なんかじゃない。多くの魔道犯罪者――中でも特に凶悪な存在が閉じ込められているのが監獄結界だよ。そして、僕の母親もそこにいる」

 

 

その言葉に古城は息を呑む。優麻からは身内の事は今まで深く聞いたことなど無かった。故に、何か抱えており、それに触れるべきではないと無意識にストッパーを掛けていた。だから、今この場で知らされて、古城が彼女に同情の念を持ってしまっても仕方のない事だろう。だが――

 

 

「悪いけど、仙都木(とこよぎ)さん。あの結界を破られる訳にはいかない」

 

 

集はハサミの刃先を優麻へ向ける。その目には一切の迷いはなく、少しでも妙な気を起こせば叩き斬るぞ、と雄弁に語っていた。

 

 

「やっぱり、君は少し僕ら――いや、『君達』は古城達と少し違うね。異界よりの王よ」

 

 

「………仙都木さん。古城の幼馴染だって言うなら退いてくれ」

 

 

「友人の幼馴染を斬るのは、さすがの君でも気が引けるかい?」

 

 

「正直に答えれば『Yes』とだけ」

 

 

「けど、斬る事に何ら躊躇(ためら)いはない。違う?」

 

 

「お、桜満!?」

 

 

優麻の問いに、集は無言で答える。即ち是である、という事だろう。これは()()()()優しさである。それを見事、優麻は看破してみせる。未だに見抜けていない古城は驚いているだけだが。

 

 

「君は、随分と行動に迷いがないね。優先順位がハッキリし過ぎているのかな?そして、僕はその上位に居ないんだろうね。僕よりも上位に居るのは……いのりちゃん………それと君に近しい人かな?古城や、凪沙ちゃん、姫柊さんとかかな?」

 

 

「……分かっているのなら――」

 

 

「けど、出来ない相談なんだ。僕の母親、仙都木阿夜(とこよぎ あや)の解放こそが僕の産み出された意味だからね」

 

 

「仙都木阿夜――LCOの『総記』、通称『書記の魔女』、ですか。……十年ほど前の魔導犯罪者だったので、失念していました。仙都木……まさか、本名でこの島に来るなんて……」

 

 

「まぁ、そこは色々と……けど、さすが姫柊さんだね。師子王機関の剣巫っていうのは伊達じゃないみたいだ」

 

 

一連の問答の中で、優麻のその目には悲哀とも取れる念が宿っていた。そして、彼女が途中で述べた言葉――『産み出された意味』という言葉が彼らの心に重く残る。それに過敏に反応したのは、いのりであった。

 

 

「優麻は、それが望み?」

 

 

「そうだよ。それこそが、ボクの産み出された意味だって言っただろ?」

 

 

「……?それは、貴女の周りにいた人の望み。貴女を産み出した人達の望み。『優麻自身』の望みは、本当にソレ?」

 

 

「……っ」

 

 

いのりの質問に、優麻は言葉を詰まらせる。いのりは本能にも近い感覚で、優麻と自らが近しい存在だと勘付いたのだろう。人の手によって『造られた』存在だという事に。自分たちが、人の(はら)から生まれたのではなく、冷たい試験管から生まれた存在だという事に。そして、他人に与えられた目的を、自らの生きている『意味』だと勘違いしているのだという事に、気付いたのだろう。

 

 

「ちっ、口を閉じろ!異邦人!『蒼の魔女』、お早く!」

 

 

エマ・メイヤーが優麻を急かす様にする。優麻はただ小さく分かっている、と言うと手元にあった魔道書が突如、紫炎を上げて燃え出した。

 

 

「あぁ…!『No.539』が!?」

 

 

紅い魔女が悲痛な声を上げる。彼女らは魔道書の保護も担っている。貴重な魔道書の喪失は堪え難い事なのだろう。一方の優麻は落ち着いた調子で手に付いた燃えカスを払う。彼女にとって魔道書などどうでも良いのだ。重要なのは目的。彼女にとって魔道書など、それに至るための『道具』でさえあればいい。

 

 

「………流石に第四真祖の魔力量には耐え切れなかったか。しかし目的は達した」

 

 

「何を――っ」

 

 

そして、再び強大な魔力の放出が起こる。それは、今日何度も味わったものの比較ではない。もっと大きな何かが現れる、そんな感覚のものだ。

 

 

そして、それは姿を現した。

 

 

アイランド・ノース側、その沿岸部。そこに現れたのは小島だった。周囲を岩壁で囲まれ、その頂上には荘厳な聖堂を戴いている。小島の半径は200mほど。その周囲は薄っすら霧がかっているが、近くに居る人間ならば、一般人でも視認でき得るだろう。

 

 

「古城――っと、そうか。その身体じゃ見れないよね。けど、そっちの姫柊さんや、桜満君、いのりちゃんなら見えるんじゃないかな?アレが」

 

 

「…………アレが監獄結界、ですか。南宮先生が管理者をしているという話のはずですが」

 

 

「やっぱ姫柊さんは知ってたか。さすがだね」

 

 

こちらも噂程度で語られてきた事である。国家攻魔官であり、彩海学園英語教諭である南宮那月のもう1つの顏。それが監獄結界の門番としての姿である。それを理解してか、古城がギリと歯を噛みしめる。

 

 

「じゃあ、那月ちゃんが昨日から居ねえっていうのは…」

 

 

「そうだね。僕が干渉を開始したからだろうね。どこにあるのかも分からないアレを、コッチに引っ張りだすには霊脈(レイ・ライン)に匹敵する魔力と、高度な空間魔術が必要だった。前者が古城、君の身体を借りている理由さ。そして、後者に関しては今しがた燃え尽きた魔導書とボクで充分だった。まぁ、厳密に言えば、最初にやってたのはメイヤー姉妹だけど。さて――」

 

 

優麻はそう言うと、古城達に背を向けて人1人が通れるほどの小さな空間の歪みを作る。ゲートと呼ばれる空間魔術の代表的なものだ。

 

 

「じゃあね、古城。用が済んだら、身体はそっちに送るよ」

 

 

「おい待て、優麻!!」

 

 

古城が一歩踏み出せば、メイヤー姉妹の『守護者』が妨害しようと蠢く。それに対して、雪菜が自らが持つ機槍で斬り刻む。だが、斬っても斬ってもメイヤー姉妹の足元から無限に湧いてくるのだ。全くもってキリがないのである。

 

 

その間にも優麻はゲートの中へ消えていく。

 

 

「ハハ、これで面白くなる。悪いね、集。君らに動かれると全部破綻しそうだからサ」

 

 

「……それが此方の目的ですから。ま、行かれてしまいましたけど」

 

 

集と、いのりはその場で警戒を解かぬまま立ち尽くしている。先ほど優麻の方へ踏み込めば、間違いなくヴァトラーは集といのりへ向け眷獣を放っていただろう。それを警戒し、動くに動けなかったのだ。みすみす逃してしまった事は失態であるが、相手が真祖に最も近い男となれば、仕方のない事なのかもしれない。

 

 

「ま、時間稼ぎも済んだし、僕の役割はここまでカナ。じゃあね、古城、そして集。また会おう」

 

 

ヴァトラーは不敵に笑いながら一足飛びに、キーストーンゲート屋上から姿を消す。残されたのは、無尽蔵に現れる『守護者』と、その主人である魔女の姉妹。そして、学生が4人である。

 

 

「『蒼の魔女』は行きましたか。それに、コウモリも。やれやれ、漸くあの人形にこき使われず済みますね、姉様」

 

 

「そうね、オクタヴィア。この島に来てからというもの、碌な目に合わないわ」

 

 

「えぇ、ですから――」

 

 

「「私たちの八つ当たり相手になってくださいな!」」

 

 

その言葉に従い、『守護者』は再び触手を伸ばす。集、いのり、雪菜はそれぞれに対応し、古城をガードするように捌き切る。そして、やはり魔女達にとって、いのりの能力が最も忌々しい様であった。いのりは異能を術式などに関係なく、結晶化してしまう。

 

 

異能を至高のものとする、魔女からすれば正に忌々しい存在以外の何者でもないだろう。しかし――

 

 

「……さぁ、いつまで耐えられるのかしら!」

 

 

メイヤー姉妹は物量作戦に出たようである。いのりに結晶化された部分は、『守護者』に自切させ、結晶剣に触れられる前に捕まえてしまおうという算段らしい。当然、それをさせまいと集がサポートする。だが、徐々にキーストーンゲート屋上を押し潰すかと言わんばかりの量へと『守護者』の触手は増えていく。

 

 

そう、防ぐ術はあっても、今の彼らには決定打が無いのだ。こう攻められてばかりでは、集がいのりの『剣』を取り出す暇もない。

 

 

いのりの『剣』を取り出すには目を合わせた状態が必要であるし、数秒ほど時間が掛かる。防ぐ手を緩めることが出来ない今はその数秒すら惜しい。

 

 

「――まったく、見てられないわ」

 

 

新たな声が彼らの耳に響く。全員が聞き覚えのある声に、気を取られていると彼らの横を光の矢が横切る。

 

 

呪詛を孕んだその魔矢が『守護者』に直撃する。次の瞬間、青白い炎が『守護者』全体を包み込んだ。焦るようにしてメイヤー姉妹は『守護者』を展開していた魔法陣を閉じる。

 

 

「よ、よくも私たちの『守護者』を…!」

 

 

メイヤー姉妹が()め付けるその先、そこに矢を放った張本人が立っていた。長身に髪を後ろの高い位置に纏めたポニーテールが特徴的な少女である。さらに後方からは、パチパチと拍手が聞こえるではないか。

 

 

「ふふふ、大義でした、紗矢華。少し観察していた甲斐がありましたね」

 

 

紗矢華の後ろから現れたのは、白銀の長髪を湛えた少女だ。その者らの登場に、雪菜は驚きを隠せずにいる。

 

 

「雪菜、無事!?」

 

 

「さ、紗矢華さん!?それに、ラ・フォリアまで!」

 

 

「久方振りですね、雪菜。直接見には行けそうにないですが、演奏楽しみにしてますよ?」

 

 

「あ、は、はぁ…」

 

 

雪菜は間の抜けた返事を返すだけである。古城からこの2人もランダムで発生する空間異常に巻き込まれたと聞いてはいたのだが、それならば尚のこと、どの様にここへ辿り着いたのか、見当がつかないのだ。

 

 

「あら?私達の登場が意外ですか?」

 

 

「は、はい。私や先輩達も巻き込まれた空間異常に、一体どう対処してここまで来たのかと…」

 

 

「その答えは簡単ですよ。ある人物に協力してもらいました」

 

 

「ある人物、ですか?」

 

 

ラ・フォリアの言う『ある人物』が、億劫そうに階段を登り、屋上に顔を出す。痩せこけ気味の体躯に、掛けた眼鏡の奥には厳しい目が鎮座している人物だ。屋上に吹くビル風に煽られる白衣を鬱陶しそうにしているのが、億劫そうにしている原因だろうか。

 

 

「久しいな、第四真祖。それに『ジョーカー』」

 

 

「叶瀬賢生!?い、今は服役して――」

 

 

「非常事態でしたので、一時的に貸し出してもらいました」

 

 

「か、貸し出しって……」

 

 

ラ・フォリアがいつもの調子でニコニコと返すが、裏では特区警備隊(アイランド・ガード)や管理公社の上役数名の苦労があったのは言うまでも無いだろう。

 

 

「ところで、さっき暁古城がゲート開いてどっか行ったけど、何アイツ?新しい眷獣の使役でもしてるの?」

 

 

「「「あー……」」」

 

 

状況を知っているわけではない紗矢華、ラ・フォリアを前に、3人がついつい声を漏らす。

 

 

「って、さっきから気になってたけど、そっちの見たことない女がもしかして霊媒!?あんの変態真祖がぁ〜〜……」

 

 

紗矢華が怒りで拳を震わせる一方、勝手に罵倒されている古城ーー優麻の身体と接続している彼が、気まずそうに頬を掻く。

 

 

「あのぅ、紗矢華さん。その………今はコッチの人が先輩です」

 

 

「…………へ?」

 

 

「よ、よぉ、煌坂にラ・フォリア…」

 

 

急に初対面の人物から、名乗ってもいないはずの苗字を言われ、紗矢華の頭の中の思考が一瞬停止する。そこから、フリーズ状態から解凍し、再び彼女の脳が思考を開始する。そして、彼女が取り敢えず思い浮かんだ言葉は1つしかないだろう。

 

 

「…………な、なんじゃそりゃぁぁぁ!!」

 

 

キーストーンゲートの屋上に少女の甲高い声だけが木霊した。

 

 

 

 




はい、展開がやや早目ですね。まぁ、この章――というか、一連の事件って二章にわたってますし。


さてさて、ようやく監獄結界登場です。次回も戦闘回ですね。ではでは!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。