では、どうぞ!
アイランド・サウスのマンション703号室。桜満集の朝は早い。と言うのも、朝は隣の部屋の『監視』があるので、登校に必要な準備などを先に済ませなければならないのだ。それと同時に弁当も作るので、尚の事というわけだ。さながら、彼の生活は主夫の様である。
が、今現在その生活リズムは絶賛崩壊中であった。弁当に関しては、いつも昨晩の内に炊飯の予約をしてあるので、最悪おにぎりだけで良しとしよう。だが、『監視』だけはサボる訳にはいかない。それが彼の仕事なのだから。しかし、彼の今のままの状態ではそれは出来ない。
集は混乱する頭を整理しながら考える。まず、昨日はいのりとのやや長めの買い物を終え、帰ってきた。その後2人は夕食を取り、順番に入浴した後、学校の宿題等々を終わらせ少し雑談をしてから就寝した。ここまでは普通である。何も問題はない。ならば何故今、いのりが集の傍で寝ているのだろうか?
そう、彼の今の状態とは、いのりが傍で寝ていることだ。もっと正確な言い方をするならば、いのりに抱き着かれたまま横になっている状態だ。
彼らの寝室は当然別々である。昨夜も各々の寝室へと入り、眠りに就いた筈だ。そもそも何故こういった状況になっていたのにも関わらず集は起きなかったのだろうか?恐らく、昨日の長い買い物で疲労したのが原因だろう。集はそう推測して一旦落ち着く。
やはり、まったくもって分からなかった。とにかく、この状態はマズイ。彼らの家には様々な機能を搭載した、医療用サポートケアオートマトンが居るのだから。どうにも、あの『ひゅーねる』というオートマトンは『いのり用』という事もあってなのか、第一優先順位が、いのりという事になっているらしいのだ。さらに、那月が不純異性交遊に及ばない様にと、深森に制限を掛けさせた事によって、集へ厳しく取り締まりを始めたのだ。当然、コレには深森が物凄く渋ったのだが……
そんな訳で集は不必要に、いのりと密着などしようものなら、『ひゅーねる』からの手痛い制裁を受ける様になっていた。とにかく、制裁など受けたくない彼は必死に、いのりを起こそうとする。相変わらず彼女は朝に弱いままである。
「い、いのり!いのり、お願いだから起きて!」
「………ん……」
もがく集に対して、いのりは少し寝苦しそうにすると、集をさらに抱き寄せる様にして密着する。いのりの息遣いが直に聞こえ、先程よりもキツく右腕でがっちりホールドされてしまった。左手は集の服をシッカリと掴んでおり尚のこと離れられない。集の足掻きは完全に裏目に出た。しかもさらに、いのりの無意識な攻撃は続く。
「い、いいいいのりさんっ!?ちょっ――!!」
「……ぅ…ん…………しゅう…」
集が頭を動かせば、カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しかったのか、器用に集の顔と枕の隙間に顔を沈める。要は集の顔を日除けにしているのだ。だが、当の集にとっては、頰ずりされた上に、耳に息が掛かっている状態である。ある意味生殺し状態だ。
しかも先程から述べている様に、キツく密着している為、集にとっては尚のことマズイ。男性の朝特有の生理現象に拍車をかける形になっており、非常にマズイ。絶賛彼の中では、獣な本能と、紳士な理性が闘争中である。
が、そんな不毛な争いに終止符を打つ様に、ギィと扉が僅かに開く音がした。視線だけそちらへと向けると、赤い目が二つこちらをジッと見ているではないか。集の顔はサーっと青く変わる。
その後、703号室には集の悲鳴が響きわたり、いのりもそれにより起きる事ができたのであった。
◇
「い、いたたた……」
「ご、ごめんなさい、集…」
集はベランダで日課の『監視』を行いながら、いのりに
あの後、ひゅーねるが取った行動は、まず集の部屋へと侵入し、その右腕部のアームで思い切り集の頬を捻り上げたのだ。当然コレには集も声を上げるが、それだけでは終わらなかった。空いた左腕部分のアームで機械特有の高速ピストンによる連続殴打を始めた。深森が言ったように、ひゅーねるには肩叩き機能が搭載されている。それを、肩ではなく集の頭に叩き込んだのだ。
現在、ひゅーねるの目は通常の物に戻っており、いのりに軽く諌められた後、反省したように洗濯物を畳んでいる。頭頂部に付属している耳の様なユニットが萎れた様に垂れ下がっている事から、ひゅーねるも反省している事が伺える。
「それにしても、何で僕のベッドで寝てたの?」
「………倫に相談したら、夜這いしろって言われて」
集の中で、築島倫がブラックリストに記載された瞬間だった。かの『罪の王』が初めてブラックリストに一個人を登録した歴史的瞬間である。何をしてくれたんだ、と思わずにはいられない。
「それに……気持…の…認もしたかった………から」
「え?な、何?」
「……なんでもない」
いのりは表情を変えぬままソッポを向く。だが、少し耳が赤くなっている事から、彼女自身気持ちの確認はできたのだろう。そういった意味では、いのりの行動は収穫だったのかもしれない。それから暫く『監視』を続けて、何故か古城だけが扉から出て行く音を確認し、集は急いでカバンを持つ。事情を集から聞いている、いのりも同様だ。だが、2人が出て行こうとしたことろで、インターホンが鳴った。扉を開けると、監視対象である古城が立っているではないか。急な来訪に一瞬思考が停止する集だったが、集のそんな様子を確認するより早く、古城が頭を勢いよく下げた。
「頼む!桜満!!協力してくれ!!」
「…………は?」
友人であり、監視対象である彼の急な頼みに、集は疑問の声を漏らした。
◇
私立彩海学園の中等部の屋上は通常の学校と同様である。屋上庭園があるのは高等部の方だけなのだ。現在は授業も終わった放課後であり、部活動の無い生徒たちは帰宅している。そして、その中等部の屋上の入り口付近の扉の前には、奇妙な集団がいた。中等部の女子中学生が1人、そして何故かそこに居る高等部の学生が3人である。
唯一の中等部の生徒である、彼女が呆れた様に声を出す。
「まったく、暁先輩って相当なシスコ――心配性ですよね。特に凪沙ちゃんに対して。少し引きます」
「………ねぇ、古城?僕昨日何て言ったっけ?」
「う……わ、分かってる。分かってるけど、我慢できなかったんだ。だから、姫柊も桜満も楪もそんな目で見ないでくれ」
そう、昨日暁凪沙が受け取った手紙がどうしても気になり、古城はついに行動を起こしてしまったのだ。再三にわたり、集に釘を刺されたにも関わらず、行動を起こすあたり彼もよっぽどである。
これには、流石のいのりも、少し冷たい視線を向けていた。とにもかくにも、古城がした頼み事というのは、凪沙の身辺調査に協力して欲しいとの事だったのだ。さながら、探偵の浮気調査のように彼女の後を付け今に至る。
そして、古城は扉越しに何とか話を聞こうと側耳を立てる。扉にピッタリ密着して側耳を立てる古城に対して、他3名は距離を置いており、あまり会話は聞こえない。時折、凪沙の「くすぐったい」といった声や「ひゃっ」といった感じの声は聞こえたのだが、それ以外はあまり聞こえなかった。
だが、古城にはそのやり取りの一部始終が聞こえていた。ここぞとばかりに、吸血鬼の身体機能をフル活用して、神経を研ぎ澄ます。その表情は真剣そのものなのだが、やっている事は盗聴である。どうにも、格好がつかない。そして、遂にシビレを切らしたのだろう。集が止めるよりも早く、古城は屋上の扉を蹴破り突入する。
「古城、待っ――」
「テメェエエエ!誰に手ェ出してるか分かってんだろうなぁああ!!?」
完璧にセリフが不良のソレである。その怒声に屋上にいた2人もビクリと身を竦ませ、そちらを確認する。そして、ワラワラと古城の後に続いて雪菜、集、いのりが屋上へと踏み出してくる。
「え、え!?古城君?それに、雪菜ちゃんに、集さん、いのりさん!?え?」
そこに居たのは、仔猫用のペット用品を抱える男子生徒と、仔猫に戯れつかれている凪沙であった。
◇
「ドモ、暁先輩っスよね。自分はサッカー部の高清水って言います」
いかにも体育会系な高清水と名乗る男子生徒は、古城に挨拶する。古城はバスケの元代表選手に選ばれた事もあって、何気に校内では有名人である。
「暁さんに頼まれて、仔猫の里親探しを手伝わせてもらってました。じゃあ、自分は部活があるんで失礼します」
「お、おう」
軽い事情説明があった後、男子生徒は屋上を出て行った。が、その瞬間に古城はゾワリと背中に悪寒を感じて振り返る。案の定、そこには明らかにお怒りの凪沙がいた。
「こーじょーうーくーん?」
「い、いや、仕方ないだろ!?だって、お前昨日手紙を……」
「手紙?ああ、コレ?」
凪沙はそう言うとポケットから折り畳まれた封筒を出す。今回の騒動が起こった原因である手紙だ。それを凪沙が開けて中身を取り出すと、そこにはビッシリと名前と電話番号が書かれた名簿が出てきた。
「なんだ、それ?名簿か?」
「そうだよ。仔猫を引き取ってくれる人を探すって事で、高清水君に協力してもらってたの。………そ・れ・を!何で、ラブレターなんかと勘違いするかなぁ?」
「い、いや、そりゃ、その……」
「それに!もしそうだったとして、何で古城君が出てくる訳!?」
「う……」
「はぁ……それに、私しばらくは彼氏作るつもりなんて無いから、2度と首を突っ込まないでよ?」
古城はその凪沙の言葉に安心したように顔を輝かせる。
「そ、そうか!そうだよな!ま、まだ凪沙に好きな男なんて――」
「…………」
古城の言葉に対して凪沙はソッポを向く。それがどういった意味なのか、古城には分からなかったが、その仕草は見慣れたものだった。それは凪沙が嘘を吐くときに必ずやる仕草だった。その行動に古城のテンションはまさに、天から地に落ちる気分だった。
「………まさか、居るのか?」
「か、関係ないでしょ、古城君には!妹の事にイチイチ首を突っ込んでこないで!」
古城は色素が抜けたように白くなる。古城が使い物にならなくなったところで、集が凪沙へと話し掛ける。
「ま、まぁまぁ、凪沙さん許してあげてよ。確かに古城の今回の行動は……その、少し引くけど、何も悪意があってやったわけじゃ無いんだし」
「そ、それは、分かってるんだけど……」
「それより、その子の里親を探すのに、そんな人数必要?」
集はそう言って凪沙の手に握られた名簿へと目を落とす。どうやら、ざっと見でも50人分ほどの名簿だ。仔猫1匹の里親を探すにしては多過ぎるくらいだ。
「あぁ、ううん、違うの、集さん。実はこの子だけじゃなくて、他の子も居るの。えっと、夏音ちゃんが面倒を見てる子達なんだけど」
「夏音?」
「はい、私…でした」
背後からの声に全員が振り返る。そこには、細い白銀の髪を風に靡かせ、翡翠色の瞳をした少女が立っていた。
ようやく夏音を登場させられた・・・
けど、まだ六話か・・・
まぁ、再び時間が空いたら更新してこう。
では、また次回!