Blood&Guilty   作:メラニン

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どうも!メラニンです。

本日7月21日って、実はここで投稿を始めさせて頂いてから、丸一年なんですよね。
本当はそれに併せて一気に更新とかやりたかったんですが、諸事情により無理なことに・・・
申し訳ないです。


とにもかくにも、これからも宜しくお願い致します。

ではどうぞ!


罪の王冠編Ⅱ

暁家の一室。その部屋で寝息を立てて居るのは、この家の家事全般をこなす少女である、暁凪沙だ。彼女の朝は早い。彼女は絃神島(いとがみじま)に存在する私立西海学園(さいかいがくえん)のチアリーディング部に所属しているため、朝練のある日は尚更だ。まだボンヤリする意識を覚醒させるために洗面台へ行き、顔を洗う。何時もなら何ら問題ない日常における風景だが、今日は違った。洗面台には先客が居たのだ。

当然彼女の兄である暁古城は未だに自室で惰眠を貪っている。つまり、洗面台の鏡と向き合っていたのは、昨夜彼女を不良達から救った少年、桜満(おうま)(しゅう)であった。

 

 

「わわっ!しゅ、集さん、ゴメンなさい!」

 

 

凪沙は急いで洗面所の扉を閉めた。それもそうだろう。集は上半身裸の状態で鏡の前に立っていたのだから。男性の裸など、兄や父親以外のモノなどそうそう見ないが為に、免疫のあまり無い彼女には、歳の近い異性の裸は若干刺激が強かったようだ。

扉の外で、うるさく拍動を繰り返す心臓のあたりを手で抑えながら、顔を赤くしていると、スグに扉が開いた。

 

 

「ゴメンね、凪沙さん。先に使っちゃって。僕はもう平気だから、使っていいよ」

 

 

「は、ははははい!ありがたく、使わせてもらいます!」

 

 

上ずった声で返事をしたため、集に笑われ一層顔を赤くして、集と入れ替わるように洗面所に逃げ込む。入ってスグに壁にもたれ掛かってズルズルへたり込んだ。

 

 

「うぅ〜〜、恥ずかしい………失敗したなぁ……」

 

 

それから暫く洗面所は開かずの間となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凪沙と入れ違いで洗面所から出てきた集は、これからの事について考えると事にした。昨夜はもう時間も時間だったので仕方がなかったが、集自身はココが何処だかハッキリと認識しきれていないのだ。地名は昨夜分かったのだが、知らない地名であるが故に、どの辺りにあるのかなんて分かるはずがない。地名や周囲の言語からして日本である事は分かるのだが、日本の何処なのか?何処の都道府県に所属している島なのか?島ならば、本州までどのくらいの距離なのか?それに、昨夜出てきた聞いたことの無いワードの数々。魔族、人狼、吸血鬼、魔族特区etc………

 

 

しかし、何よりも集にとって最大の懸念事項は、いのりの存在だ。

 

 

(ゆずりは)いのり

 

 

彼女のお陰で、集は立ち上がる事ができた。変わる事ができた。何よりも、そんなのが建前だと言い切れるくらい集は彼女の事を好きになっていた。いや、『好きになった』という言葉が陳腐に感じるほど、彼は彼女に好意を抱いた。

この島へ飛ばされる前の、あの白い世界で友である涯と、姉である真名。あの2人も、いのりを救えと言った。しかし、救うと言っても本人の居場所がまず分からない。そもそも確かにあの時、揺らぐ銀色の柱は越えてコッチ側には来たが、会えるかどうかすら怪しい。となると、とにかく何でもいいから情報が必要になる。しかし、今の集には情報を得る術など己の身一つしかないし、当面の問題として衣食住の問題が横たわっている。今は暁家に厄介になっているとはいえ、ずっとこのままでいい訳がない。取り敢えず拠点を確保しなくてはならない。早い話、仲間と連絡が取れれば、何とかなるだろうが……

後で電話を貸してもらおうと集は決めて、一晩世話になった部屋の主を起こしに行く事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、古城君、集さん。行ってきまーす!あ、お皿は流しに入れてお水に浸けておいてよ。あと、戸締り忘れないでね。エアコンと電気もツケッパはダメだよ?あと――」

 

 

「あー、分かった!分かったから、もう行けって!朝練遅刻するぞ!?」

 

 

「むぅ、本当に分かってるの、古城君?まぁいいや。今度こそ行ってきまーす」

 

 

ドタバタと慌ただしく家を出る凪沙を見送った後に、古城が切り出した。

 

 

「さてと、俺も一応今日は出掛けるんだが、一緒に来ないか?」

 

 

「え、えっと、良いんですか?確か今日って友達と勉強って……」

 

 

「ああ、むしろ大勢いた方が色々と知恵が集まっていいだろ。それとも、何か用事でもあるか?」

 

 

「い、いや、無いよ。あ、そうだった。ちょっと電話を借りてもいいかな?」

 

 

「電話?ああ、いいぞ別に」

 

 

「ありがとう。早速借りるよ」

 

 

集は立ち上がり、備え付けられている電話の受話器を取って番号を入力する。まずは彼自身の自宅。

 

 

『お掛けになった電話番号は現在使用されて――』

 

 

そこまで聞いて集は電話を切った。それからも集は覚えている限りの番号を入力していく。彼の母である桜満(おうま)春夏(はるか)や、親友の魂館(たまだて)颯太(そうた)寒川(さむかわ)谷尋(やひろ)、クラスメイトの草間(くさま)花音(かのん)。他にも集の所属した組織である『葬儀社(そうぎしゃ)』メンバーの篠宮(しのみや)綾瀬(あやせ)、ツグミ、月島アルゴ。他にも覚えている限りの番号を必死に打ち込むがそのどれもが、既に使われていない番号か、赤の他人に繋がるかのどちらかだった。結果として、集が得ることができた情報は自分が孤立無援である事。そして、脳裏に浮かんだ『ありえない』結果。その結果に集自身は落胆した。

 

 

(もしかして、僕は……)

 

 

「えーっと、大丈夫か?何だか大変みたいだが……」

 

 

「あ………へ、平気です。すみません、時間を取らせてしまって。行きましょうか」

 

 

「お、おう」

 

 

古城は若干の気まずさを感じながらも、集の言葉に頷いて家を出る。確かに集の事も気にはなるが、今は自分自身の補修の準備をどうするかを考える方に重きを置くことにした。そして、古城はこれからやらなくてはならない問題集、ノート全てを詰め込んだカバンの重さに辟易しつつも、その重い足を前へ進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって、アイランド・サウスに存在するファミレス。時刻は昼過ぎほど。本来であれば何処にでも存在するファミレスであるが、絃神島のファミレスは本土と違う点がある。一言で言ってしまえば、値段が高いのだ。ファミレスに限らず、絃神島は物価が総じて高い。その原因は人工島であるが故に、基本的には一次産業にはあまり向かない事にある。つまり、食料自給率が著しく低い訳だ。

そんな高いファミレスで朝の時間帯からずっと、次から次へと注文を繰り返している女子高生がいた。ファミレスから徒歩5分ほどの場所にある西海学園の制服を着て、ブロンドに染めた髪を後ろで結い上げている。顔立ちは整っており、モデルをやっててもおかしく無いスタイルで、美人と言っても差し支えないだろう。しかし、現在彼女が頼んでいる量には他の客からも奇異の視線で見られている。

その彼女の前にはノートの上に頭を突っ伏した少年が座っていた。色素の薄い髪に白のパーカー、中には同じく西海学園の制服を着用している。その隣には、白いパーカー少年の物だという私服を着た茶髪掛かった髪の少年。その少年の向かい側には、髪を茶色で染めて頭をツンツンに逆立てて、ヘッドホンを首に掛けている少年が忙しくペンを動かしていた。

 

 

「あ、矢瀬さん、そこは違いますよ。一見複雑そうに見えますけど、こうやってくくると………ほら、見た事ある式の形に似てないですか?あとはここを置き換えれば、多分分かりやすいんじゃないですか」

 

 

「おお、なるほど!って事は、後は通常のやり方に従って解けばいいのか。いやぁ、教える側も二人いると(はかど)るぜ。古城、こんな助っ人一体どこで捕まえたんだよ?」

 

 

「あー………昨日の夜、凪沙が不良に絡まれてたみたいでな。それを助けてくれたのが切っ掛けで、凪沙の奴がお礼するって言って強制連行されてた」

 

 

「「あー……」」

 

 

古城の向かい側に座る二人が納得した様に頷く。今しがた集に教えて貰っていたツンツン髪の少年は矢瀬(やぜ)基樹(もとき)。その隣で古城の方を教えているのが藍羽(あいば)浅葱(あさぎ)だ。会って早々に自己紹介をして、歳が近い事もあってか、本人たちの気質の為か、とにかくそのお陰でスグに打ち解けた。

 

 

「まぁ、そりゃ災難だったなぁ。って事は凪沙ちゃんのお喋り攻撃を受けたって訳だ。アレはキッツイからなぁ」

 

 

「ってか、気になったんだけど、何で凪沙ちゃんがそんな夜遅くに出歩いてたのよ?」

 

 

「え!?え、えーっと、な、なんでだろうなぁ?」

 

 

彼女は視線を逸らしながら、はぐらかそうとする古城をジトっと見ると、ははーんと何かを悟った様に言葉を紡いだ。

 

 

「差し当たり、アンタが凪沙ちゃんの取っておいたアイスでも食べちゃったんでしょ?」

 

 

「うっ……」

 

 

「はぁ……やっぱり。古城、アンタ尚のこと桜満君に感謝しときなさいよ?」

 

 

「ああ、そうだな。本当に感謝しとけよ、古城。まぁ、俺の方も本当に感謝なんだけど……」

 

 

矢瀬は遠い目をして、窓の外の町並みを眺めながら呟く。下手をすれば、町の一つや二つは吹き飛んでもおかしくない事態になりかけたのだから。

 

 

「あ、ああ、分かってるよ。それよりも、浅葱。ここが分からんのだが?」

 

 

「ん、どれ?…………ってコレ、さっきやったヤツとほぼ同じじゃない!!アンタ、私の話ちゃんと聞いてた!?」

 

 

「き、聞いてはいたんだが……」

 

 

「はぁ………信じられない」

 

 

浅葱は頭を抱え溜息を吐きつつも、古城に教える。それは、元々浅葱が面倒見がいいというのもあるだろうが、彼女自身が胸の内に秘めている想いの方が主な原因かもしれない。

 

 

「いい?今度は一回で覚えてよ?ここはまず、共通因数をくくり出して、係数を下げてから――」

 

 

『次のニュースです。本日未明、絃神島で麻薬を売買していた男2人を逮捕しました。男2人は「サルト」と呼ばれる麻薬を所持しており、販売目的で所持していたとの供述を受けた事から、特区警備隊(アイランド・ガード)は余罪が無いか調べています。また、この2人自身も「サルト」の使用者であり――』

 

 

ファミレス内に設置されたテレビから流れるニュースに浅葱が耳を傾ける。

 

 

「最近この島で出回ってる麻薬か………なんか、噂だと裏で流してるのは魔族って噂になってるのよね」

 

 

「へぇ、よくそんな噂知ってたな、浅葱」

 

 

「ま、バイトの職種柄、そういう情報が回ってくる事もあるのよ。あ、ほら古城、またそこ間違えてる」

 

 

「げっ」

 

 

浅葱に指摘され、古城は呻き声を漏らしながら、指摘のあった箇所を訂正する。

 

 

「………あの、一つ聞きたいんですけど、魔族って何ですか?」

 

 

集の質問に3人の視線が集まる。それもそうだろう。この絃神島は魔族特区。少し歩けば魔族登録証と呼ばれる腕輪をした魔族を見る事も少なくない。まぁ、登録証をしていない例外もいる訳だが……

それでも、絃神島に居てそんな事を知らない人間はオカシイと認識される訳だ。

 

 

「えっと………桜満君って何処かのボンボンの箱入り息子?」

 

 

「おい、浅葱。その言い方は無いだろ。けど、島外から来たにしても魔族の事を知らないってのは、変だよな……」

 

 

集はしまったと思いつつも、何とか誤魔化そうと頭をフル回転させる。

 

 

「えっと、実はずっとある実験施設で育ったので、そういう情報に疎いんです」

 

 

「なるほどな。じゃあ、右腕がそうなってんのは、その施設とやらが原因なのか?」

 

 

「ま、まぁ、そういう事になります……」

 

 

集は心苦しくなりつつも、古城が勘違いしてくれたからか、浅葱もそれ以上追求して来なかった事に安堵した。しかし、3人は気付かなかったが、矢瀬のみが表情を少し曇らせていた。

 

 

「右腕……?んー、まぁいいわ。魔族っていうのは要は人狼だとか吸血鬼、ゴーストなどなど、そういう人間とは異なった存在の総称よ。例えば、この島だと………ほら、あそこ歩いてる人。あの人の右手首の腕輪が見えるでしょ?あんな風に魔族登録証って呼ばれてる腕輪をしてる人達は魔族よ」

 

 

集は余計混乱した。何故なら、今浅葱が例として指した人物はイメージしていた魔族の姿ではなく、人間の姿だったからだ。

 

 

「え、あの人が魔族って……どこから見ても人間にしか……」

 

 

「ま、そこは普段人型の形態を取ってるかららしいわ」

 

 

「そもそも、元から人間と同じ形態の魔族も居るからな。吸血鬼とか」

 

 

矢瀬が含んだ笑いを浮かべながら気軽そうに言うが、古城の方は頭を突っ伏して溜息を吐いた。と、そこで急に古城の形態が着信を知らせる。画面を見ると、彼の妹である暁凪沙の番号からだった。

 

 

「もしもし?何だよ、凪沙。部活は終わったのか?一応俺今勉強--え、ちょ、ちょっと、待て!急に帰って来るって、あの人がか!?え、ついでに、診てもらうって………あー、確かに適任だろうけど……いや、けどなぁ………うっ、わ、分かった!分かったから、そんなに電話口で大声を出すな!はぁ……えっと、ちょっと待っとけ。今聞くから…………えー、桜満は今日もウチに来ないか?なんか凪沙が歓迎会をやりたいとか言ってるんだが……」

 

 

「え、そんな、悪いで――」

 

 

集が言いかけた事を通話口越しとはいえ、凪沙の地獄耳は聞き逃さなかった。その言いかけた集の言葉を遮るようにして、大音量で古城の携帯から凪沙の声が響く。耳をまだ当てていた古城にとっては思わぬ不意打ちという形になり、苦い顔をした。

 

 

『もう!集さん!変な遠慮なんかしないでよ!絶対に来てよ!?もう人数分プラスαの分の料理の準備始めちゃってるんだから!古城君、絶対に集さん連れて来てよ!?連れて来なかったらご飯抜きにしちゃうんだかね!!あとそれから、買いだしもよろしく!足りなくなり始めちゃった食材とか調味料とかね。そっちはメールで送るから、確認してよね。あ、そうだ!もしかして、そこに浅葱ちゃん達も居る?じゃ、浅葱ちゃん達もおいでよ!いっぱい作るから!じゃ、お料理作って待ってるから!』

 

 

一方的に話した後に凪沙は電話を切ったらしく、古城の携帯からはツーツー、という機械音が鳴るだけだ。矢継ぎ早に言われた事だったので、集の頭の中には情報が錯綜していたが、取り敢えず拾えた情報としては、自分の歓迎会をする事、その準備は既に始めてしまっている事。ついでに集が行かなければ、一晩世話になった部屋の主に食料制裁が加えられる事だ。

マジでか、と呟く古城はファミレスの天井を仰ぐ。とにかく、集を連れて行かなければ今晩彼は食料危機に陥る。外食という選択肢は無理だろう。外食に使える金銭など浅葱が注文をしまくった所為で、あるにはあるが凪沙の言った買い物があるため、元より少ない軍資金を無駄にするわけにはいかないのである。しかも、彼にとっては少し苦手とする人物も家に居ると言うのだ。ここまで運の無い日は無いだろうと古城はやり場の無い感情を抱く。

 

 

「えーっと………悪いんだが、そういう訳だからまたウチに来てくれ」

 

 

「あ、あはは………りょ、了解です」

 

 

集の了解を得たところで、古城の携帯が再び鳴る。億劫そうに古城は画面を開くと、先ほど凪沙が言っていた買い出しの内容が書かれたメールが一件届いていた。

 

 

「えっと………レタス、人参、鶏モモ肉、玉ネギ、牛乳、味醂、砂糖、卵………ってまだある!?多すぎだろ!!一体どんだけ買い出しに行ってなかったんだ!?」

 

 

古城は画面に表示された食品の多さに驚きの声を上げて、それを面白そうに見ていた矢瀬は、さらに何かを思いついた様にニヤニヤしながら浅葱に視線を送る。

 

 

「そうかぁ、大変だなぁ、古城。一人じゃその買い物大変だろう?誰かが手伝ってやれば、大いに助かるよなぁ?」

 

 

「ん?まぁ、そうだな。じゃあ、矢瀬と浅葱、あと悪いんだが、桜満も手伝ってくれないか?」

 

 

「いいですよ。じゃあ――」

 

 

「いやー!悪いな、古城!実は俺まだ終わって無いとこがあるんだよ!だから、もう少し助っ人ととして借りさせてくれ!」

 

 

「いや、んなもん家で――」

 

 

「なっ!いいよなっ!?」

 

 

「え、えと、僕は全然良いですけど……それに、一応道は覚えてるんで、一人でも行けますし」

 

 

「そこは、後で俺も行くから問題無い!な、古城!頼む!」

 

 

矢瀬は手を合わせて、古城に頼み込む。古城は困った様な顔をしたが、集本人が大丈夫だと言っているし、矢瀬は以前家に来た事もあり、知っているだろうという事でそれ以上追求しなかった。

 

 

「まぁ、しょうがねえか。じゃあ、必ず桜満をウチまで送ってくれよ?でねえと、俺が被害を受けるんだからな?じゃ、行くか、浅葱」

 

 

「ふえ!?え!?ど、どこに!?」

 

 

「どこって……買い物だよ、買い物。凪沙に頼まれたモン揃えねえと、また何言われるかわかったモンじゃねえからな」

 

 

「え、あ……そ、そうよね!ちょ、ちょっと待ってて!一回化粧室行ってくるから!」

 

 

パタパタと浅葱は急いで化粧室に飛び込んでしまった。浅葱は古城の口振りからして、誰が来るのか予想が出来てしまったのだ。となると、少しでも身綺麗に見える様にしなければという、使命感の様なものに駆られた訳だ。浅葱に限らず、おそらくほぼ全ての女性はこういった時は、そうするであろうが………

そこで、矢瀬が好機とばかりに、古城に声を掛ける。

 

 

「じゃ、古城。浅葱をしっかりエスコートしてやれよ?」

 

 

「はぁ?別にそんな必要ねえだろ。ただの買い物だぞ?」

 

 

「はぁ…………とにかく!買い物一つにしたって、女の子には気を遣えって事だ。それに、ここで浅葱の機嫌を損ねてみろ。浅葱に頼んであるレポートが消失する可能性があるだろ?」

 

 

「う………た、確かに」

 

 

「ま、男の見せ所ってやつだ。荷物を率先して持ってやったり、車道側歩いてやったり、話を盛り上げるのだって大事だぞ?頼むぜ?俺だってアイツのレポート見せてもらう予定なんだからな」

 

 

「………矢瀬、そんなに言うならお前が行ってくれよ」

 

 

「はぁ………んな事したら、余計に浅葱の機嫌を損ねるだけだっての」

 

 

「ん?何で余計に浅葱の機嫌が悪くなるんだ?」

 

 

「「はぁ………」」

 

 

古城の鈍感さに溜息を吐く人物がもう一人増えた。当然ながら集だ。彼も今のやり取りと、朝からの浅葱の行動を見ていて、気付いてしまったのだ。となると、集も矢瀬の援護射撃をせざるを得ない。

 

 

「とにかく僕は平気だから、行ってあげて下さい」

 

 

「はぁ………分かったよ。じゃあ、あまり遅くなるなよ。……っと、浅葱も来たみたいだな。矢瀬ここの金置いて――」

 

 

「だぁーー!んなモン俺が立て替えとくから、さっさと行けって!」

 

 

「へいへーい」

 

 

古城は気怠そうに返事をして、入り口付近で立っている浅葱の元に向かう。集と矢瀬は客席に残り、そんな2人を見送る。古城が何かを指摘したのか、浅葱の顔が赤くなったと思った後に、ツーンとした態度で古城より先に出て行ってしまった。そんな浅葱を古城が追いかける。おそらく、古城本人には自覚は無いだろうが、浅葱を一応褒めるような事を言って、それの照れ隠しであんな態度をして出て行ったのだろうと、矢瀬は呆れつつ幼馴染に心の中でエールを送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの2人って、いつもああなんですか?」

 

 

「ああ、そうなんだよ。浅葱が素直じゃない上に、意地張ってるモンだからいつまで経ってもって感じなんだよ」

 

 

「………周囲の人間は皆気付きそうなくらい分かりやすいんですけどね」

 

 

「だろ!?そこなんだよ。古城はその辺普通じゃない訳だ。って訳だから、いつまで経っても進展しないんだよな」

 

 

「ふーん。なるほど…………じゃ、僕らも行きましょうか?」

 

 

そう言って集は立ち上がり掛けるが、矢瀬がそれを制した。

 

 

「あー、ちょい待ち。確かに、あの2人の買い物風景見るのは楽しいんだろうが、俺は実は初めから今日アンタに用があって来たんだよ」

 

 

「………僕に?」

 

 

そう言って集は再び座り込んで、矢瀬を見る。と、その時ファミレスの窓から少し離れたビル数カ所が光る様に見えた。集の目が一瞬赤くなり、全体的な身体能力が上がる。それにより、強化された視力でボンヤリとだが見えたモノがあった。できれば見えたくなかったそれは、明らかに集を狙っていた。おそらく、自分が何かをした場合数秒後には狙撃するその武器を集は確認して、改めて目の前の少年を見据える。しかし、集は内心これはチャンスだと、歓喜している部分もあった。もしかしたら………

 

 

「へぇ、驚いた。この距離で気付いたのか。バレないように気を遣って貰ってたんだけどな」

 

 

「まぁ、少しは訓練させられましたから」

 

 

「ま、古城や凪沙ちゃんを、あまり待たせたく無いし単刀直入に俺から質問するから答えてくれ。まず、お前さっき目が赤くなっただろう?吸血鬼か?」

 

 

「いえ、僕は正真正銘人間です。確かに普通では無いですけど」

 

 

「普通じゃないってのは?」

 

 

集は少し黙った後に周囲を見渡して、人気が少ない事を確認してから右腕に巻いていた包帯を取る。そして、露わになったのは薄い紫色をした結晶状の腕だ。

 

 

「………へぇ、こりゃ驚いた。なるほどな。さっき古城が言っていた『診てもらう』って言うのは、そういう事か。見た目だけじゃ良く分からんし………確かに俺が調べるよか適任だわな。じゃあ、そっちは後でハッキリさせるとして、次の質問だ。昨日お前は急にこの絃神島に現れた。一体どこから来たんだ?」

 

 

その質問に、集は苦笑いしながら答える。

 

 

「多分違う世界から。って言ったら信じますか?」

 

 

「…………マジ?」

 

 

「まぁ、多分そうです。僕だってそうじゃないって何度も思い直しましたよ。けど、僕の居た世界には魔族なんて居なかったから事実だと思いますよ。まぁ、まだ魔族って実物を見た事が無いですけど」

 

 

今度は矢瀬が苦笑いを漏らす番だった。

 

 

「あー………実は近くに居たりはしたんだが………まぁ、いい。けど、それなら古城の家から知らない電話番号で立て続けに電話が掛かった原因が分かった。ま、取り敢えず信じてみるさ」

 

 

「え、本当ですか?」

 

 

「まぁ、ぶっちゃけると俺が扱いきれる範疇をちょい超えてる。その辺の異世界云々ってのは俺の専門外だしな。ってなると、今の事を一応専門家に相談してから判断するさ。あ、ただ暫くは監視対象にさせてもらうぜ?」

 

 

「まぁ、それはしょうがないですよね………じゃあ、次は僕からの質問です。僕と同じ様なタイミングで他に僕みたいな存在って居ませんでした?」

 

 

そう、集がチャンスだと思ったのは一般人ではない、この矢瀬基樹という少年なら知ってるかもしれないと思ったのだ。断片的な情報でもいい。いのりの情報を。

 

 

「お前みたいなって……他にも居るって事か?」

 

 

「えっと、多分」

 

 

「はぁ…………分かった。情報を集めてみよう。取り敢えず、お前はこの島で事件を起こす気は無いんだな?」

 

 

「ええ、ありません。起こすのなら、とっくに起こしてると思いますよ」

 

 

「ま、確かに。そこは古城や凪沙ちゃんが無事だったんだから信じるべきなのかもな。まぁ、いいさ。俺の方も他に案件抱えてるし、今日はこんくらいにしとく。じゃ、行くか。そろそろ行かないと凪沙ちゃんにドヤされちまう」

 

 

「ははは……確かに」

 

 

そうして、2人の少年はファミレスを後にした。その道中で、集はこの世界についての情報を矢瀬に叩き込まれた。知っておかなければ、これから先この島では苦労するからだ。その話の中で結局出た結論というのは、取り敢えず集は監視対象になること。そして、いのりの情報は矢瀬が所属している組織の力で情報を集めるという事だった。集自身でいのりを探すにしても、世界中を回って探すのは非効率だし、余計に遅れる可能性の方が高い。そうなると、一つ所に留まって情報を集めた方がよほど確実というわけだ。

これは監視を行う矢瀬側としてもありがたい事だった。監視対象にアッチコッチ動き回られたらたまったものでは無い。情報を集めてさえおけば、この少年はこの島に少なくとも情報が集まり切るまでは留めておける。矢瀬の方もこの桜満集の情報が少ないので、次の行動の指針が示しにくいのが正直なところなので、詰まる所硬直状態になってしまった訳だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、集と矢瀬はアイランド・サウスの住宅街にある暁家のマンションに辿り着いた。7階にある一室のドアを開ける。

 

 

「ナァーイストゥミィートゥー!!」

 

 

「「おわぁっ!?」」

 

 

ドアを開けるなり、変な仮面を付けた白衣姿の女性が飛び出してきた。その奇行に集と矢瀬は驚きの声を上げた。

 

 

「ふんふ~~♪大成功~~♪」

 

 

あっけに取られている集と矢瀬を傍目に、女性の方は自分のドッキリが成功して上機嫌そうに仮面を取る。そして出てきたのは、眠たそうな目をした童顔の女性だった。髪の色は古城と同じく、見た目の歳は20代と言っても疑われ無いだろう。

 

 

「おおい、くだらない事してんなよ。それよりも、コッチ手伝ってくれ。運ぶ量が結構あるんだから」

 

 

「えぇ~~、古城君は男の子なんだから、それくらいは全部一人でやろうよぉ」

 

 

「ほら、古城。そこ退いて。大皿が行くから。凪沙ちゃん、ドレッシングってある?」

 

 

「うん、あるよー。えっと……はい。古城君持ってってー」

 

 

「はぁ……矢瀬、来たんなら手伝ってくれよ」

 

 

「んふ~~、矢瀬君お久~~。ウチの古城君のご指名よぉ?」

 

 

「いえいえ、俺は敢えて手伝わないでおきますよ。活躍の場を盗ったら悪いッスから」

 

 

矢瀬はニヤつきながら浅葱の方に視線を向ける。当の本人は古城と言い合いをしながらも、テキパキと歓迎会の準備を進めている。

 

 

「えぇっとぉ、君が桜満集君?凪沙から話は聞いてるわ。あの子を助けてくれてありがと。私は(あかつき)深森(みもり)。ヨロシクね」

 

 

「はい、よろしくお願いします。桜満集です。えっと……古城君達のお姉さん、ですか?」

 

 

「あらぁ~~、嬉しいわぁ。そう見えるぅ?」

 

 

古城がゲンナリした様子で廊下から顔だけ出して会話に参加して来た。

 

 

「勘弁してくれ。それは俺と凪沙の母親だ」

 

 

「え、えぇぇぇ!?母あぁぁぁ!?」

 

 

「はぁい、母でーす」

 

 

集が勘違いするのも無理はないだろう。彼女の見た目は実年齢より若過ぎるのだ。実際の年齢は30代中頃なのだが、先ほど述べた様に童顔である事などもあり、そんな年齢に見えないのだ。

 

 

「あ、集さんおかえりなさい!あと矢瀬っち久しぶり!ほらほら、上がっちゃって!張り切ってたくさん作ったから、一杯食べてよね!あ、深森ちゃん、洗濯物あるなら先に洗濯機に放り込んじゃって。浅葱ちゃん、摘まみ食い禁止ー!」

 

 

「う、バレた!?」

 

 

「はぁ、お前本当によく食うなぁ。ファミレスであんだけ食ったのに」

 

 

「ち、違うのよ!ファミレスはファミレスで、凪沙ちゃんの料理は凪沙ちゃんの料理で別腹なのよ!」

 

 

「どんな体の構造だよ!?」

 

 

賑やかな空気の中、戸惑う集を無視して彼の歓迎会が始まった。

 

 

 




はい、久々一発目はこんな感じで、日常風。けど、矢瀬の監視対象に。
矢瀬は仕事が増えますが、頑張ってもらいましょう。

そして、原作より早めに登場の母親。


さて、次回は何で集が本土まで飛んでいけないのかが、分かります。
(本来であれば、『エアスケーター』っていう便利ヴォイドで集は飛行が可能です)


ではでは、これにて。

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