Blood&Guilty   作:メラニン

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さて、今回は実質的に、この章の最終話なのでやや長いです。


βiosとDeperture blessingをご用意していただけると、より楽しめるかと・・・


それと、集が今までヴォイドで人を殺してこなかった理由を書いています。



ではでは、どうぞ!


戦王の使者編XIX

アイランド・イーストの人工増設島(サブフロート)では目下テロリストが古代兵器を用いて暴れていた。そんな報道を横目にMAR医療部門の主任研究員である暁深森は、研究所の私物化したゲストハウスのリビングルームにて、モソモソとソファの上で寝返りを打っていた。

 

 

「ふんふ~♪さすがに、人工増設島(サブフロート)の様子が分かるとこまでは報道陣も入れないかぁ」

 

 

深森はソファのすぐ側のクーラーボックスをゴソゴソと弄ると、アイスキャンディーを一本取り出しくわえ始める。そして次の瞬間、テレビ画面が揺れた。おそらくカメラマンがカメラを、動かしてしまったのだろう。その原因は人工増設島(サブフロート)から見えた、一筋の青白い光が原因だ。いや、銀色といった方がいいのかもしれない。そんな不思議な色合いの光だ。

 

 

とにかく、その光へスポットを当てようとカメラマンがカメラを急に動かしたのだろう。テレビからは焦った様子の若い女性アナウンサーの声が響く。最近、テレビでよく出る様になった新人のアナウンサーだ。男性ファンも多くいるらしいのだが、そんな事を深森が知るはずも無かった。基本的にそんなどうでもいい事に頭を使いたく無いのだ。

 

 

『い、今、テロリストが暴れているという、アイランド・イースト方面から謎の光が見えました!!今のは、テロリスト側の攻撃なのでしょうか!?――え、ちょ、な、何すんのよ!?』

 

 

『ここから先にも、避難勧告が出た。今すぐ下がれ』

 

 

『ちょ、ちょっと、そんな横暴な………な、なら、せめて何が起こっているかの情報を――』

 

 

『……それは、通信に入って来ない。少なくとも今はまだテロリストと特区警備隊(アイランド・ガード)が交戦中だ』

 

 

『そ、そうじゃなくて、詳しい状況を――』

 

 

わーわー、と画面の中で慌てふためく記者や、逃げる様にして走っていく人間たちを見ながら、深森は上機嫌そうにガリっとアイスの先端を齧る。

 

 

「やれやれねぇ。どうして、マスコミは無駄と分かってても食い付くのかしら?せっかく、特区警備隊(アイランド・ガード)のお兄さんが忠告してるのに。アホらし。……ねぇ、そう思わない?」

 

 

深森はリビングルームの入り口の外に向かって話しかけた。普段このゲストハウスには彼女以外殆ど入らず、そこに彼女以外の人物が居るのは非常に珍しい事だ。では、そんな珍客が一体誰なのかと問われれば、それは彼女の娘である暁凪沙だった。

 

 

だが、その様子は普段とはどこか違っていた。何時もの快活な少女ではなく、氷の様な冷たい雰囲気を纏った別の存在へと変化していた。服装や外見は大して変わりはない。だが、雰囲気だけが違うのだ。

 

 

そして、その存在は室内へと侵入すると、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

 

「ふん、どうでもいい。分かっている事を聞くな。………それよりも、忠告に来た」

 

 

「あら、ご丁寧なこと。で、その子に学校をサボらせて、ここまで来たわけ?」

 

 

「勘違いするな。あの学校には既に人は居らん。強制的に各人の家へと帰された。まぁ、その帰路で少し代わってもらっているというだけさ」

 

 

「まー、ならいいかしら。で?忠告ってのは、集クンの事かしら?」

 

 

「そうさな、その少年の事だ。――坊やとその少年を精々戦わせぬ事だ。坊やでは相性が悪過ぎる」

 

 

「………どうして、そう思うのかしら?」

 

 

深森の問いかけに、彼女は視線をテレビへと向ける。画面の中では、一旦画面がスタジオに戻されており、先ほどの光の映像が繰り返し流され、ニュースキャスター達がそれについて、てんやわんやと的外れな推理を立てている。その光景は呆れを通り越し、同情すら浮かんでくる。

 

 

「『王の能力』というらしいな、あの少年の力は」

 

 

「どこで知ったのかしら?」

 

 

「あの少年が来たばかりの頃の早朝、部屋で話しているのを盗み聞いてな。その後も何回か、な。安心しろ、此奴の意識がない時だ」

 

 

「……そう。で、ご感想は?」

 

 

「人間とは因果なものを作る」

 

 

彼女は少し呆れた様に嘆息する。そして、そのまま言葉を紡ぐ。

 

 

「あの少年を『ジョーカー』などと呼んでいるらしいが、随分とカムフラージュしたものだな。札としては『キング』だろうに。王たる者の力を、ねじ込む様な形で植え付けるなど、考えた奴は正気の沙汰ではなかろうよ」

 

 

「あら、そう?私は面白いと思うわよ?」

 

 

「己の絆ある者の心を武器にする事がか?やれやれ、人間とは罪深いものだ。そして、その頂点が彼奴(あやつ)なんだろうよ。さながら、『罪の王』といったところか」

 

 

「で、今回の一件で『クイーン』も目が醒めたって所かしら。貴女が忠告したいのはソレ?」

 

 

「そうだ。かの王が(つがい)と共になれば正しく、『ジョーカー』だろうよ。二対一組にて、『ジョーカー』。………危険性は分かるだろう?」

 

 

「まぁ、詳しく診ては無いから何とも言えないかしら?でも、貴女の忠告、無駄に終わると思うわよ?」

 

 

「………なぜそう思う?」

 

 

「だって、古城君と集クンは友達だもの」

 

 

あっけらかんと言う深森に、彼女は深い溜息を吐く。長く存在している彼女ではあるが、こういった種類の人間は初めてかもしれない。彼女はもう一度嘆息すると、深森を見る。

 

 

「まぁいい。いざとなれば、坊やも少しは必死になるだろうしな。それに宿主である此奴(こやつ)の事もある。…………忠告はしたぞ?」

 

 

彼女はそう言うと、崩れ落ちた。深森は急いで駆け寄り、その身体を抱きとめ、各種パラメータを確認する。深森の接触感応能力(サイコメトリー)としての能力である。異常が無い事が分かったところで、息を吐くと眠る凪沙を自分が寝転がっていたソファへと運んだ。

 

 

凪沙は穏やかに静かな寝息を立てて、目を閉じている。そんな凪沙の頭を優しく撫でながら深森は静かに呟く。

 

 

「ふふ、貴女も大変な人を好きになっちゃったわね。きっと大変だと思うけど応援してるわよ、凪沙………ま、牙城君が知ったら如何なるか分かんないけど………」

 

 

ゲストハウスには、親娘2人だけが残された。まるで其処だけは、今この島で起きている事件と何ら関係無い様に、穏やかな空間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったか、桜満!」

 

 

一面が結晶の草原と化した人工増設島(サブフロート)では、突如として巨大な光の柱が立ち昇っていた。周囲にはそれの残滓が飛び交い、弾けては消えを繰り返し、さながら花火の様でもあった。そして、煌々と輝きを放つそれらに、近くに居た存在は全てが目を奪われていた。

 

 

そして、光が晴れるとそこには、身の丈以上もありそうな『剣』を持った少年が、淡い桜髪の少女を腕に抱いたまま立っていた。少女はゆっくりと目を開け、周囲を確認する。その目は、先ほど古城たちが戦っていた様な意志の無い昏い目ではなく、ハッキリとその意志というものが感じられる瞳であった。

 

 

「………ただいま、古城」

 

 

少女を抱いた少年――集が口を開き、古城が駆け寄る。獅子王機関の2人も同様だ。そして、その後ろから小柄な教師である南宮那月も歩み寄る。

 

 

だが、その様子を見て、件のテロリストであるガルドシュは声を荒げる。

 

 

「……馬鹿な…馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁあああ!!どうやって、歌姫(ディーヴァ)に仕掛けた呪術回路を!?どうやったと言うのだあぁぁ!!」

 

 

ガルドシュの言葉に、いのりは手を頭に巻いてあるヘッドバンドへ持って行き、それに軽く触れると瞬く間に結晶化を起こし、パキンという音と共に崩れ去った。

 

 

「呪術も魔力――異能が絡んでる。……だから、それごと結晶化できた」

 

 

いのりはポツポツと言葉をその口から発するが、体力が落ちているのか、限界といった様子だ。そんないのりを見て、集はいのりを降ろそうとするが、いのりは首を横に振り、それを拒絶した。

 

 

「集……一緒に」

 

 

いのりは集の持つ、自らのヴォイドである『剣』に手を添える。集もいのりを降ろす事をやめ、『剣』を構える。

 

 

「………分かった」

 

 

そう、まだ終わってはいないのだ。統率を失ったとはいえ、ナラクヴェーラは未だ健在だ。何とか那月の『戒めの鎖(レージング)』や、獅子王機関の秘奥兵器を用いて雪菜と紗矢華が交戦しているとはいえ、その数は尋常では無い。その上、ガルドシュも一切諦めていない。

 

 

そして、何よりこの一件に深く関わっているのは、この少年少女である。であるならば、幕引きは自分たちでやるという意志が有るのだろう。

 

 

「さて、良いところで悪いが、まだ後始末が残っている。協力してもらうぞ?」

 

 

「はい、南宮先生………いくよ、いのり」

 

 

コクリと、いのりは首肯し、振り落とされたりしない様に、シッカリと集の服を掴む。そして、集が一歩を踏み出す。その足場には、この世界では見た事も無い様な幾何学模様の方陣が浮かび上がる。次の瞬間、戦場を一筋の銀閃が走った。

 

 

集が行ったのは『剣』を前方に構え、そのまま突進するだけという何ともシンプルな攻撃パターンである。しかし、それ故に強力な攻撃を生み出す。

 

 

前方の虚空を『剣』が銀の光を上げながら斬り裂き、次々とナラクヴェーラを斬り伏せていく。この一撃で、一気に6機のナラクヴェーラが真っ二つに切断された。また、それだけでは収まらない。突進を停止した後、周囲を『剣』で大きく薙ぎ払う様にして、横一閃にしたのだ。

 

 

それにより発生した斬撃と、銀の光が周囲のナラクヴェーラを切断していく。これでさらに5機である。この一瞬の攻防――否、一方的な攻撃で一挙にナラクヴェーラを10機以上削ってしまった。これには、敵のガルドシュだけでなく、味方の古城、雪菜、紗矢華も、空いた口が塞がらなかった。

 

 

あれだけ一機落とすのに苦戦した古代兵器が今の一瞬で複数真っ二つにされたのだ。これの規模には流石に驚くのが普通だろう。

 

 

ただ、那月のみが、「ほう」と感嘆の声を上げた。

 

 

「………な、何なのだ、それは!そんな物をまだ隠し持っていたのか!?一体貴様のその力は何なのだ!?」

 

 

圧倒的な『力』を前にガルドシュは狼狽する。まさか、奥の手を潰されるとは思ってもいなかった、というのも有るかもしれないが、何よりもナラクヴェーラの集団を単身でここまで破壊されるとは、夢にも思わなかったのだろう。ガルドシュにとっては完全に予想外であった。

 

 

そして、集はガルドシュに向けて首を横に振り、ガルドシュの言葉を否定する。

 

 

「……これは『力』なんかじゃない。コレは僕の………いや、僕といのりの『罪』だ。だけど、僕らはソレを甘んじて受けようと思う。1人なら潰されるかもしれない。でも、2人でなら、耐えられる。……2人でなら、戦える………僕は『罪の王』……これからもこの『罪』は背負い続ける」

 

 

「……集」

 

 

集のその言葉にはどこか、力が宿っていた。それは、何かしらの彼にとっての決意表明なのだろう。だが、そんなものをガルドシュが解する筈がなかった。

 

 

「何を…何を訳の分からない事を!!……そうだ!戻ってこい、歌姫(ディーヴァ)!貴様が居れば、この状況も――」

 

 

ガルドシュは錯乱した様に、いのりへ手を伸ばすが、敢え無くその望みは打ち砕かれる。

 

 

「私は歌姫(ディーヴァ)なんかじゃない。私は……楪いのり。私は、集と同じ世界を生きる」

 

 

実質的に、これでガルドシュの勝ちの目は絶たれた。それでも、彼も軍人である。それ故に、最後まで戦わなければという行動がインプットされているのかもしれない。彼に残された選択肢は1つだった。

 

 

「おのれ……おのれ、『ジョーカー』!!……いや、桜満集ぅううう!!!」

 

 

ガルドシュに残されているのは、その手に持つナイフだけだ。それ一本で、集といのりへと突貫する。いのりは再び『剣』へと手を添え、集と目線を合わせる。どちらとも無く、頷き合うと、集は再び一歩を踏み出す。

 

 

一歩を踏み出す毎に、彼らの周囲には銀の光が筋となって走る。そして、ガルドシュと集は互いに雄叫びをあげる様にして突っ込んだ。

 

 

「おぉおおおお!!」

「はあぁあああ!!」

 

 

そして、2つの存在はすれ違う。

 

 

先に動いたのはガルドシュだ。突進した時の低姿勢を解除して、背筋を伸ばし首だけ振り返る。集もいのりを抱えたまま、体ごと振り返る。そして、ガルドシュが問いかける。

 

 

「………なぜ、殺さない?」

 

 

その問いに、集は少し困った様な笑みを浮かべると、自分の握っている『剣』を見る。彼女の『心』とも言える『剣』を。

 

 

「……いのりの『心』で人は殺さない。……それに、貴方の『罪』を裁くのは僕じゃない。ただ、それだけです」

 

 

ガルドシュは嘲笑する様に、声を上げた。一通り笑い終えると、その鋭い眼光を自分と戦った少年と少女へと向ける。よもや、こんな2人に……と、ガルドシュは内心、どこか清々しいものを感じていた。彼はナイフを握っていた右腕を見ると、手の甲から肩の付け根付近にまで、赤い線が走っていた。だが、それも大した傷ではない。精々、ナイフが持てなくなる程度のものだ。この腕では武器を持つ事などままならないだろう。

 

 

「まったく………これで『罪の王』とは笑わせる………貴様には、甘ったれな王ーーの方がお似合いだ………フ…ン………」

 

 

 

ガルドシュはそこでバタリと倒れた。ガルドシュを斬ったのは、銀の光の帯の方であって、『剣』本体はガルドシュの首裏に峰打を叩き込んだだけだったのだ。

 

 

 

 

 

そして、集はいのりを降ろすと『剣』を突き立て、膝を付く。左脇腹を押さえ、顔色が青くなっていく。今まで何とか『王の能力』による身体強化と、紗矢華による鍼治療で騙し騙しやっていたが、どうやら限界の様だ。

 

 

集の元に、いのりが駆け寄り、他の仲間たちも同様だ。

 

 

「集!!………ごめんなさい……この傷…私が…」

 

 

「………大丈夫だよ、いのり。……少し痛んだだけだから………それよりも」

 

 

集はそう言って、周囲を見渡す。周囲には統率を失ったナラクヴェーラ達が(ひし)めいており、先ほど叩き斬った機体も『元素変換』による自己修復を開始していた。いくら何処かしら破損していると言っても、その辺りは流石は神代の古代兵器だろう。

 

 

そして統率を失った彼らはこのままだと、無差別な破壊を撒き散らすだろう。と言っても、集達もボロボロである。言わずもがな、集は腹部に小さいとはいえ風穴が空いているし、古城は古城で眷獣の連続使用により、魔力はほぼ枯渇仕切っている。獅子王機関の2人、雪菜と紗矢華もナラクヴェーラを何体も相手にしたのだ。服はボロボロな上に、髪には戦いによって巻き上がった粉塵がまとわり付いている。

 

 

唯一、那月だけが余力を残しているが、ナラクヴェーラに対する根本的な対処法を持っている訳ではない。いや、持っているには持っているのだが、その方法では絃神島自体に莫大な影響を与えかねない。それでも、自らの生徒を守れるならばと考えたところで、いのりが疲労した体に鞭打って、集を支えながら立ち上がった。

 

 

「………1つ方法があるわ。集が空港に助けに来てくれた時と…同じ方法で、あの子たちを停止できる」

 

 

古城たちは、空港?と疑問符を浮かべているが、集は分かったと首肯した。いのりが言った空港の時というのは、茎道修一郎が起こそうとしたパンデミックの時である。あの時、結晶化していく人々を救ったのは、いのりの歌であった。その時と同じようにナラクヴェーラの身体構造の一部と化している結晶からアクセスし停止させるのだ。

 

 

だが、それには問題が1つある。それを行うにあたり、一定時間無防備になる事だ。それについて、集が古城たちへ提案する。

 

 

「分かったよ、いのり。………古城、姫柊さん、煌坂さん、南宮先生、もう少しだけ力を貸して下さい」

 

 

「ここまで来て、何言ってるんだ、桜満。解決策があるんだろ?だったら、協力するのは当たり前だ」

 

 

「暁先輩に同じく、ですね。桜満先輩、楪いのりさん、きっとこの状況を止められるのは、あなた達だけです。だからお願いします」

 

 

「まったく、仕方ないわね。雪菜がやるって言ってるんだし、私も協力したげるわよ」

 

 

「……さて、話はそこまでだ、教え子ども。向こうも痺れを切らしてきた様だぞ?」

 

 

那月の言う通り、彼らを取り囲むナラクヴェーラは今にも襲いかからんと、攻撃態勢へと移行していた。だが、古城達が黙って攻撃をされるだけなはずが無い。攻撃をしてくるより早く、古城は動いた。手を翳し、衝撃波を放ったのだ。眷獣の能力のみを一瞬発動させるだけならば、少量の魔力で済むので、上手く使い回せば、残りの魔力で相手の撹乱くらいはできる。

 

 

「そら、コッチだ!!」

 

 

古城のみが雷撃と衝撃波を放ちながら、集たちから離れた。自ら囮役を買って出たのだ。その甲斐あってか、ナラクヴェーラの多くの注意は其方へと移る。いくら、攻撃を学習し対策を立てたと言っても、古城の攻撃は命中する度に、ナラクヴェーラを吹き飛ばす。そんな厄介な存在を古代兵器が見逃すはずがないのだ。

 

 

「………貴様も行くのか、姫柊雪菜?」

 

 

「はい、私は先輩の監視役ですから」

 

 

「雪菜が行くなら私も――」

 

 

「いえ、戦力のバランス的に見ても、紗矢華さんは桜満先輩たちの直衛に回ってください。では、行ってきます」

 

 

雪菜はそう言って、古城を追って駆けていく。………激しく沈んだ紗矢華を残して。そして、項垂れていた彼女はユラリと再起動した。その目は暗い影を落としている――というよりは、ヤンでいると言った方が良いかもしれない。

 

 

「ふ…ふふ……ふふふふ……あ、あんた達さえ、居なければ良かったのにいぃぃ!!」

 

 

もうヤケクソといった様相で、紗矢華は天へ向けて霊矢による鳴鏑矢を射出した。それも、何発も……

 

 

ここまで来ると、完全にトバッチりのナラクヴェーラの方に同情をし得ないかもしれないが、それはそれだろう。しかし、殆ど八つ当たりの様な攻撃とはいえ、流石は獅子王機関から舞威姫を名乗ることを許された攻魔師である。彼女が生み出す呪詛はナラクヴェーラを行動不能にしていく。

 

 

範囲外にいるナラクヴェーラは流石に遠距離から攻撃を放つが、悉く那月によって、彼ら自慢の『火を吹く槍』は太平洋上へと空間転移させられる。防御は何とかなってはいるが、やはり決定的な決め手がないのが現状だ。

 

 

紗矢華による呪詛も時間が経てば元に戻るし、古城や雪菜によって破壊されても『元素変換』で元へと戻る。いや、正確に言えば、結晶へと変換し補填しているのだ。つまり、損害箇所を増やすほど、ナラクヴェーラの防御力は上がっていくのだ。これでは埒が明かない。

 

 

「ち……まだか、桜満集!?」

 

 

我慢の限界とばかりに、那月は集といのりの方へ視線を向ける。2人は先ほど居た場所から移動している最中だった。いのりの歌がなるべく遠くまで響かせる為には、少しでも高い場所へと移動する必要があるのだ。

 

 

彼らが選んだのは、瓦礫の山の上だった。と言っても先ほど、いのりによる結晶化で、一面を薄紫色の結晶で覆われているのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頂上へと2人は到達し、集は『剣』を突き立てる。

 

 

そして、その瞬間に結晶がパキパキと音を立てて動き始める。地面にあった結晶は隆起し、周囲を壁の様に覆っていく。集達の立つ場所はさらに高くなり、その周囲にも小さくではあるが、結晶の塔が何本も隆起していく。

 

 

それは、さながらステージの様だった。これから、彼女が歌う為だけのステージ。それが完成したのだ。

 

 

集は突き立てた『剣』に寄っ掛かる。そして、いのりも同様に集へと体を預ける様にする。

 

 

彼女も体力的に限界が近いのだ。だが、それでも、コレは2人で終わらせるべき事だ。ただ、その一心で、集もいのりも意識を現実に縫い止め立っているのだ。

 

 

いのりは大きく息を吸う。少し小高いステージだからだろうか?こんな戦場であっても、硝煙や物の焦げる様な匂いだけでなく、潮の香りが漂ってくる。蒼海を臨み、潮風に髪を靡かせながら、彼女は横を見る。

 

 

そこには、彼女にとって大事な存在がいる。どんな時であっても、今まで自分を救いに来てくれた少年が立っている。今この時、彼女の隣に間違いなく、彼は立っているのだ。それをしっかり確認する様に、いのりは少年の手と自分の手を絡める。

 

 

急な行動に一瞬彼は驚くが、それでも前を向く。それは、彼女も同様だ。

 

 

そして、彼女は歌い出す。今、この戦場を終わらせるための歌を。古代兵器にとっての鎮魂歌を。

 

 

 

――♪

 

 

 

「もうあなたから愛されることもーー」

 

 

 

 

 

彼女が歌い始め、彼らの周囲には銀の光の帯が立ち昇る。

 

 

彼女の歌は人工増設島(サブフロート)だけでなく、風に乗って絃神島中へと広がっていく。

 

 

いのりと集の周りには、銀の光が立ち昇り、そしてその周囲を囲うように、リングを形成していく。

 

 

 

 

 

――♪

 

 

 

 

 

 

古城は電撃と衝撃波を、雪菜はその手に持つ槍を以って、戦場を駆ける。それを援護するように、紗矢華の霊弓の呪詛が、那月の『戒めの鎖(レージング)』が戦場へと降り注ぐ。

 

 

だが、歌が進むにつれ、ナラクヴェーラ達は機能が鈍り始める。戦闘をしていた者達も、急な変化に驚きつつも、その攻め手を緩め始める。

 

 

そして、耳を澄ませる。その歌声を聴くために。

 

 

 

 

――♪

 

 

「眠るの――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、太平洋上に浮かぶ小さな人工島には、優しい歌声が響き渡った。

 

 

 

 

 




・・・・・・


ってなわけでした!!


紆余曲折ありましたが、ようやく遂に、いのりを救い出せました!


いやぁ、長かった。


首を長くして待っていただいていた、読者の皆様には本当に感謝です!





ただ、まだ本作は終わりではありません。


いのりと集の日常も描きたいですしね♪


ではでは、また次回!


※歌詞部分訂正しました。お報せくださった皆様誠にありがとうございました!(こ、このくらいだったら平気......かな?)

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