なので、少し色々と手を加えたものを投稿します。
ではどうぞ!
8月10日。エコーがいのりに約束をした日だ。丁度、昨日で畑仕事は一段落しており、今日は街へと出掛ける予定になっている。この2日間、いのりはエコーの畑仕事を子供たちと手伝っており、その仕事振りも様になってきた。そして、街へと出掛ける前、まだ日も昇らぬ朝早い時間に、最後に畑に水やりをしていた。と言っても、実質エコーが一人でやっているのだが。
その理由は、いのりが日本へ行くという事を子供たちが知り、当然子供たちは寂しがった。それでエコーが気を利かせ、少しでも子供たちが、いのりとの思い出を作れる様にという事で、いのりの元に子供たちが集まっていた。そのため、エコーが一人で畑仕事をしているというわけだ。
「いのりさん、本当に行っちゃうの?」
エリーネがシュンとした調子でいのりへと質問する。この3日程で、いのりと子供たちはかなり打ち解けていた。子供たちだけでなく、村の住人たちほぼ全てから慕われる様になっていた。それは、村の少し大きな集まりで歌を披露した事が大きかったのかもしれない。その証拠に最初は警戒心を剥き出しにしていたヨナも、いのりが何もして来ない上に、歌を聴いた日から既に警戒はしていなかった。ヨナも、いのりの歌に何かを感じたからなのだろう。だからこそ、子供たちと一緒にさせても大丈夫と、安心したのか、夜になるとコッソリ抜け出しては遺跡の探索に出掛けてはいた様だが……
「ゴメンなさい、エリーネ。日本には大切な人たちが居るから……」
「エリーネ、いのりさんを困らせたらダメだよ」
「で、でも、マルカァ〜〜……」
グズつくエリーネの頭にマルカはポンと手を置いて落ち着かせる。
「大丈夫よ。ずっとお別れって訳じゃないんだし。今度は私たちが日本に行こう。その為にももっともっと先生からは勉強を教えてもらわないと」
「………うん」
渋々といった様子だが、エリーネは納得した様だ。そして、そこに割り込む様にして、ジャノが話題に加わる。
「そうだ!ねぇ、いのり姉ちゃん。いのり姉ちゃんが言ってた、大切な人の話を聞かせてよ!」
その言葉にショゲていた様子のエリーネと、慰めていたマルカの耳が動いた。彼女らも年相応の少女なのだろう。この手の話に飢えているのだ。だからこそ、立ち直って真っ先に話を聞こうと、身を乗り出す。
「「その話、私も聞きたい!」」
「ちょ、マルカ、エリーネ!今は僕が聞いてたのに!」
「ほぉ、その話は俺も是非とも聞きたいなぁ」
いつの間にか、水やりを終えていたエコーがヨナの隣に立っていた。ヨナは見上げる様にしながら、エコーに声をかける。
「エコー、水やりはもういいの?」
「あー、平気だ平気。なんならヨナ坊、確認して来るか?」
「………いい」
という事で、聞く体勢のできていたヨナ、エコー、マルカ、モーリス、エリーネ、ジャノだったが、当のいのり本人は少しまごついていた。さらに、やや気恥ずかしそうに顔を伏せている。そして、6人は気付いていないが、いのりは自身の顔が少し熱っぽくなるのを感じていた。
「どうしたの、いのりさん?」
「そ、その………集の事を話すのは……うまく説明できない……」
「あーはいはい、ご馳走さん。ガキんちょ共、この話は無しだ」
「「「「「えー」」」」」
「文句があるなら、勉強して日本に行け。自分の目で見てこい。ついでに、俺の代わりにその集って奴を殴ってこい、コンチクショー」
「「「「「何で!?」」」」」
「大人になりゃ分かる。とにかく、その大切な人って奴の話は終わりな」
無理矢理に話を終わらせたエコーには子供たちからブーイングの嵐が浴びせられる。話題の中心であったいのりは、何故か助かったと思わざるを得なかった。いのり自身、こんな事は初めてだったのだ。そして、子供たちのブーイングの嵐が未だに吹き荒れる中、いのりはスクッと立ち上がる。
「エコー、そろそろ行きましょう?」
「ん?ああ、そうだな。じゃあ、車を――」
「えーー」
いのりが、もう行くという言葉に最年少であるジャノだけが不満の声を上げる。
「ゴメンなさい、ジャノ。けど、早く帰らないと、心配されちゃうかもしれない。だから……」
ジャノは明らかに落ち込んだ様子だったが、ふと何かを思い付いた様に顔を上げた。
「じゃあ、また歌を歌ってよ!」
「もう、ジャノ!」
マルカが食い下がるジャノを諫めようとするが、ジャノはそれでも引かない。
「お願い!これで最後にするから!」
真剣に頼むジャノにいのりはフッと笑みをもらす。
「じゃあ、最後に一曲だけ」
その言葉に子供たちは歓喜する。いそいそと、いのりの周囲に陣取って聞き逃さない様にと耳に神経を集中させる。エコーはエコーで子供たちの後ろに立って、携帯電話の録画機能で撮影の準備までしている。さながら、路上ライブの様な体だが歌うのは、いのりだけというソロライブだ。その上アカペラである。だが、いのりにとって、そんな事は些事だ。
今は、自分の前に居るたった6人のみの観客のために歌う。それが、彼女なりの彼らとの絆の示し方なのかもしれない。そして、いのりは歌い出す。
――♪
「咲いた野の花よ ああ どうか教えておくれ――」
いのりの歌声は未だに眠る村中に響き渡る。住人たちは歌詞の意味など分からない。だが、それでも住人達を虜にするのは、その澄んだ歌声だけで十分だった。いのりが歌ったのは、4分程の曲だ。その4分の間に、エコーの畑の周りには人集りができていた。そこには老若男女問わず、ほぼ村中の人間が集まっていた。自分の畑の作業から直接来た者もいるのか、鍬を背負ったままの人物も確認できる。
そして、曲も最後に差し掛かり、朝日が昇り始めた。観客はその鮮烈な陽光に目を細める。そして朝日をバックにした、いのりの姿に観客たちは目を奪われた。
例えば、オーケストラなどで賞賛を送る際、演奏が終了してまず訪れるのは一瞬の沈黙である。そして、その後盛大な拍手が起こり、惜しげのない賛辞が贈られる。だが、いのりが居るのはオーケストラが演奏する様な立派な舞台などではなく、田舎の畑だ。スポットライトなどと洒落たものも無い。ましてや、オーケストラの様な大人数ではなく、ソロである。
それでも、それは起こった。いのりの歌に感動した彼らは、いのりの歌声と姿に魅入った上で、一瞬沈黙する。そして、誰かが拍手をする音が響く。初めは1人分だけの拍手だが、それが一気に巨大になり、観客達は興奮した様に口々に賛辞の言葉を贈る。
初めから居た7人はここに来てようやく、周囲に村人達が集まっている事に気付いた。それだけ歌う方も、聴く方も集中していたのだろう。
いのりは一瞬気恥ずかしそうに、顔を伏せるがそれでも、微笑んだ表情で村人達へ言葉を伝える。
「……みんな、ありがとう!また……また、ここに戻ってくるから!」
その言葉に、村人達のボルテージは最高潮に達し、村人達の方からも感謝の言葉を掛けられる。
「ありがとうはコッチだーー!」
「絶対にまた来るんだよー!」
「いのり姉ちゃん、またねー!」
「最高の歌をありがとおぉぉ!」
いのりは胸の辺りが暖かくなるのを感じる。たった、3日しか居なかった村ではあったが、それでも彼女の歌は、確かにいのり自身と彼らを結びつけた。それを思えばこそ、いのりは何かが心に灯ったような、そんな感覚を覚えたのだ。
そんな暖かな村の一角を、朝日だけが優しく照らしていた。
◇
「…………少佐、先日の波長と一致しました。また、『女王』の若干の活性化が確認されたそうです」
「ご苦労。これで間違いないな。何としても、彼女を確保する」
村の外では、邪悪な思惑が進行していた。
お気づきの方もいらっしゃると思いますが、いのりは自分が異世界に来たんだと、分かっていませんw
片田舎じゃ、そんな情報無いでしょうし、この村は人間オンリーの村なので。
次回で、この章は最後です(予定)
ではでは!