Blood&Guilty   作:メラニン

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えー、気付いた方もいらっしゃると思いますが、この章では全体的に各話の量を少なめにしております。早めに本編に入るためと、ご了承ください。


では、どうぞ!


異邦の歌姫編III

 

8月8日、とある村の質素な木造の家屋。普段は5人の少年少女しか居ないこの家の朝だが、この日は6人に増えていた。朝食が終わり、ここで2番目の年長者である少女が食器を下げ、洗い物をしていた。この村は都市部から離れてはいるが、しっかりと水道は引いている為、川で食器を洗う事をしなくてもよかった。それでも、水道代は子供たちにとって決して安いとは言えない為、食器を濯ぐ時か飲料水としてしか使用はしなかった。一応、浴室もあるが、そちらで使う水は井戸の水を一度沸騰させて、殺菌したものを冷ましてから使用していた。

 

 

「へぇ、いのりは異国から来たのねぇ。その……日本?ってどんな国?」

 

 

燻んだ金髪の少女、エリーネがいのりへと質問を飛ばす。朝食の終わった後、いのりの話を聞きたいと、言い出したのがキッカケで、いのりは素直に自分より年下の子供たちに話をしてあげていた。

 

 

「豊かな国…だと思うわ。衣食住で困る事は、あまり無いから」

 

 

「いしょく…じゅう?」

 

 

「ジャノ、先生にこの前教わっただろ?着るものと、食べ物と、住むところの事だよ」

 

 

首を傾げた最年少である少年に、ニット帽を被ったモーリスという少年が捕捉する。

 

 

「あ、そ、そうだったっけ?」

 

 

「先生?」

 

 

「うん。僕らに勉強とかいろいろ教えてくれるオジさんだよ。昔は戦う人だって言ってた」

 

 

「ジャノ、それを言うなら軍人だよ」

 

 

「うっ……もう!モーリス!一回一回横から言わないでよ!」

 

 

ジャノはモーリスの諌言に不平を漏らす。そこまで話して、1番最年長な少年が立ち上がり、声を掛けた。

 

 

「話はそこまで。ほら、皆。そろそろ先生のところに行こう。じゃないと、またジャガイモを積んだ袋を持たされるよ」

 

 

「「「それはイヤーー!!」」」

 

 

モーリス、エリーネ、ジャノの3人は跳び上がって準備の為、自室へと入っていった。その様子を、洗い物を終えたマルカが微笑みながら見守る。そして未だにテーブルに残るジョナサンといのりと同様にテーブルに座った。

 

 

「ね、いのりさん。これから私たち仕事に行くんだけど、いのりさんも来ない?」

 

 

「仕事?」

 

 

「うん。畑仕事なんだけど、いつも先生の畑を手伝う代わりに、食べ物を貰って、あと勉強も教えてくれるの。それに、1人で留守番だとツマラナイだろうし」

 

 

「……分かった。けど……」

 

 

いのりは自分の服を改めて見直す。膝上ほどまでの丈しかない、ドレス姿のためコレでは畑仕事には向かないだろう。それを察してか、マルカが提案する。

 

 

「あ、そっか。その服装じゃ……分かったわ!じゃあ、私のを貸してあげる!ちょっと、小さいかもしれないけど、そこは我慢して。じゃあ、ちょっと待ってて。今見繕ってくるから!」

 

 

マルカはそう言うと、パタパタと自室へと駆け込んだ。残されたいのりとジョナサンであったが、唐突にいのりが口を開く。

 

 

「そんなに警戒しなくていいわ。何もしないから。ジョナ…サン?」

 

 

「………呼び辛ければ、ヨナでいい。村の皆もそう呼んでる」

 

 

「じゃあヨナ、ヨナは何でそんなに警戒するの?」

 

 

「いのりは遺跡で寝てた。あの遺跡はまだ誰も入り口すら見つけられて無かった筈なのに、最初からそこに居た」

 

 

なるほどと、いのりは納得する。確かに今まで未踏であった筈の遺跡で自分の様な格好の人物が寝ていたら、不自然から来る警戒心は避けられない。他の子供たちは恐らく、このヨナという少年が居る為に、それが若干麻痺しているのだろう。だからこそ、年長者であるヨナが子供達を守る為にはその警戒心は必要なものだ。

 

 

「……分かった。けど、本当に私は何もするつもりはない。難しいかもしれないけど、それだけは信じて」

 

 

まだ、警戒心は解いてはいないが、言葉の上だけでも敵意無しと言った為か、ヨナは取り敢えずは首肯した。

 

 

「いのりさん、いいわよ!」

 

 

部屋からマルカの声が聞こえ、いのりは立ち上がり部屋へと入っていく。残されたヨナは椅子に寄っ掛かると、天井を仰ぎ見た。確かに、首肯はしたものの、当然警戒する事を忘れてはいない。忘れてはならないのだ、子供たちを守る為にも。ヨナはただ腰の後ろに差してある拳銃に触れ、溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エッカートせんせー!」

 

 

子供たちの居る家から歩いて、数分の所に目的の場所はあった。小さな家の側には広大な畑が広がっており、そこで既に鍬を持って畑を耕す男性の姿があった。金髪に屈強そうな肉体の白人男性だ。なるほど、元軍人というのは本当なのだろう。いのりは戦いに身を置いた者特有の雰囲気の様なものを感じ取っていた。

 

 

そして、エッカートと呼ばれた男性は駆け寄ってくる子供たちを確認すると、一度手を止め顔を上げる。

 

 

「おーう、来たか、ガキども――おぉぉ!?ひ、1人美少女が増えてる!?」

 

 

エッカートはいのりを確認するや否や、目を見開き見入る。因みにいのりがマルカから借りた服というのは、下は短パンなのだが、いかんせんサイズが小さいので、多少ホットパンツに近い形になっている。上のTシャツも丈が短い為、ヘソ出しファッションの様になっている。つまり、総じて露出度が高い。

 

 

エッカートの視線もそれが原因だろう。その視線に気圧されてか、いのりは半歩下がり、いのりの前にはマルカとエリーネが立ちはだかる。そして、エリーネの方がエッカートへと怒りを飛ばす。

 

 

 

「先生!また、イヤらしい目をしてる!村長に言い付けるよ!?」

 

 

「うげっ、そりゃ勘弁だ」

 

 

「………一応、紹介しておきます。今ウチに居る、いのりさんです」

 

 

「そうか!初めまして、俺はエッカート。気軽にエコーと呼んでくれ」

 

 

親指を立て、今日一番いい笑顔を浮かべた様に感じるエコーをマルカとエリーネはジト目で見る。その視線にエコーは降参とばかりに手を挙げ、少し真面目になる。

 

 

「あー分かった、分かった。口説いたりしないから、そんな目で見ないでくれ。で、いのり、さん?まぁ、呼び捨てでいいか。いのりは何でソイツらの家で厄介になってるんだ?」

 

 

「遺跡で倒れてるトコロを拾われたわ。ここへは手伝いのために」

 

 

「遺跡?……………ヨ〜ナ〜坊〜〜?」

 

 

口元がヒクヒクと動き、明らかに怒った様子のエコーからヨナは必死に顔を逸らす。発端である、いのりは自分が何かやってしまったのかと、視線をマルカへと向ける。マルカは苦笑いしつつ、その疑問に答える。

 

 

「えーーと………実はね、遺跡の探索は危ないから、エカート先生からは禁止されてるんだ。なのに、ジョナサンとモーリスは聞かないから……」

 

 

「痛っ!」

「だっ!」

 

 

勝手を働いた少年2人はエコーからの鉄拳制裁を喰らい、ジンジンと痛む頭部を押さえる。ヨナは平気であったが、モーリスの方は目尻から若干涙が出そうになるのを必死に堪える。

 

 

「だぁかぁらっ!いい加減、遺跡堀りはやめろってんだ!」

 

 

「けど、エコーにばっか頼ってられない!」

 

 

「んな事、ガキが気にすんじゃねえ!だから代わりに畑の手伝い頼んでんだろが」

 

 

「けど、これでまとまったお金が入れば、村だって豊かにな――だっ!?」

 

 

反論するヨナの頭頂部に再びエコーの鉄拳が降る。

 

 

「ったく、どうせまた、外の連中が変な事を言ってきたんだろ!?」

 

 

「別に、変じゃない!遺跡の中にある物が欲しいって言ってただけだ!入り口を見つけただけでも――だっ!?」

 

 

本日3発目となるエコーの鉄拳制裁をヨナは受ける。言い合う2人を尻目に何時もの光景なのか、子供たちは納屋へと入り、手慣れた様子で次々道具を出してくる。

 

 

「………いいの?放っておいて」

 

 

「うーーん、何時もの事だから。エッカート先生は元軍人で、何かの功績で凄い金額の報酬を貰ったんだって。その後はフリーでイロイロと働いてたみたいなんだけど、ある時急にこの村に援助して住み始めたの。貧しい私達にも仕事をくれて、助かってるんだけど、ジョナサンだけはお世話になりっ放しが嫌みたい。最近はモーリスも同じみたいで、何か儲け話があるとジョナサンに付いて行く様になっちゃったんだ。けど、エッカート先生はそれが心配みたいなの」

 

 

なるほどと、いのりは頷く。確かに自分だけが何かを享受するのみというのは、罪悪感ではないが、悪い気はする。だから、子供たちはせめてエコーの畑仕事を手伝うのだろう。だが、ヨナだけはそれで不足と考えた。それに感化されてか、モーリスも同様に首を突っ込み始めた。エコーはそれが心配なのだろう。いずれは子供たち全員が危険を冒すのではないか、と。

 

 

「エコーの言う事も分かるわ」

 

 

「うん、私も先生の言おうとしてる事は分かるの。だから、せめて私とエリーネ、ジャノだけはそんな風にならない様にしようって言ってるの」

 

 

「けど、遺跡の調査って誰がそんな事を依頼してきたの?」

 

 

「えーーと、確かヨーロッパの方の学者さんって言ってたよ?」

 

 

「そう……」

 

 

「おーーい、マルカといのりさんも手伝ってよー!」

 

 

既に畑に出ていたエリーネが大声で呼んでいる。いのりとマルカは顔を見合わせると、フッと笑った後、道具を持って畑へと向かった――

 

 

「だから、僕だってもう子供じゃないんだ!」

 

 

「バカヤロー!んな事言ってる内はまだまだガキんちょだ!」

 

 

未だに言い合いを続ける2人の大声を聞きながら………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝からの畑仕事も一段落し、昼間は休憩となった。日中は気温が高いため、熱中症を起こさない様にする為だ。その間はエコーの家で授業を行うらしい。畑仕事の再開は夕方だ。昼食も終わり、子供たちは外で遊び、いのりはエコーと話をしていた。

 

 

「エコーは何でこんな事をしているの?」

 

 

「……唐突だなぁ。何でそんな事を聞くんだ?」

 

 

「ただ興味が出たから」

 

 

「興味ねぇ。ま、君みたいな可愛い子に興味を持ってもらえるのは嬉しいけどな」

 

 

そう言うと、エコーはテーブルに置かれた水を一口飲むと、語り始めた。

 

 

「ま、()()()()()()と思うけど、戦争ってのは人を変えるもんな訳よ。俺も昔はギラギラした新米軍人だったわけだ。だが、戦場に行った時、あそこで遊んでるガキ共と変わんないくらいの子たちを殺しちまってなぁ〜……」

 

 

エコーは懐かしむ様に、外で遊ぶ子供たちを見る。だが、その目には後悔とも怒りとも取れる感情が宿っていた。

 

 

「……贖罪のため?」

 

 

「まぁ、突き詰めればそんなとこだ。じゃあ次は俺が質問な。いのりは何で遺跡なんかで眠ってたんだ?」

 

 

「……分からない」

 

 

「分からない?あれか?記憶喪失ってやつか?」

 

 

エコーの問いに、いのりは首を横に振る。

 

 

「記憶はある。でも、何であそこに居たのかは分からない。私は東京に居たはずなんだけど……」

 

 

「東京…日本の首都か。何でそんな所から?」

 

 

「それが分からないの」

 

 

いのりは肩を竦め、下を向く。エコーはやっちまったと自責の念に囚われた。

 

 

「ま、まぁ、分かんない事はしょうがないよな!そうだ、いのり!俺の授業を受けていけよ。意外と子供には好評だぞ?……ヨナ以外にはだがな」

 

 

「ヨナ以外?ヨナは勉強が苦手なの?」

 

 

「あー、多分そうなんだろうな。特に数学やら理科が特に苦手らしい。語学だけは意欲的なんだがなぁ……」

 

 

「ふふふ」

 

 

いのりは自分に対して警戒心を剥き出しにする今朝のヨナを思い出し、それと今の話を比較して、つい笑みが零れる。

 

 

「お、マシな表情になったな。どうだ、もしこの村が気に入ったんなら、暫くここに居るってのは?」

 

 

エコーは少し身を乗り出し、いのりに迫るが、いのりは即答する。

 

 

「それは出来ない。日本には大切な人が居るから…」

 

 

いのりの言葉にエコーは露骨に項垂れる。

 

 

「そ、そっか……その大切な奴ってのは、その………恋人とかか?」

 

 

「恋人………」

 

 

いのりは、その言葉を噛み締める様に復唱し、少しの間黙り込むが、首をフルフルと横に振る。

 

 

「恋人では無かった……と思う。でも………そう。私にとっては、とても大切って言える人よ」

 

 

そう言ういのりの顔は、まるで花が咲いた様に綺麗な表情だった。エコーもつい魅入ってしまうほどに。エコーは溜息を一度、吐くと参ったと言わんばかりに天井を仰ぐ。

 

 

「はーーあ、ったく……いのりに、そうまで言われる奴が羨ましいぜ。まぁだが、いのりの目的は分かった。日本に渡るんなら、手助けくらいはしてやれる」

 

 

「本当?」

 

 

「ああ。だが、少し待ってくれ。金下ろしたりするのに、街の方行かねえといけねえからな。今はちょうど、畑からは手を離せない状態だから、そうだな……………2日待ってくれるか?8月10日になれば、多分街に行ける。そん時一緒に連れて行ってやるよ」

 

 

「ありがとう、エコー」

 

 

「ま、美人の話は断らな――痛え!!」

 

 

格好を付けようとしたエコーの脳天に、外からボールが飛んできて直撃した。投げたのはエリーネだった。

 

 

「先生!いのりさんを口説くの禁止!」

 

 

「口説いてねえ!いのりと世間話してただけだ!」

 

 

「嘘っ!だって、先生カッコつけてたもん!」

 

 

「それは、大人としてだな――」

 

 

ギャーギャーと言い合う仲の良い、生徒と教師をいのりは暖かい目で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まさかのエッカート登場。コイツについても後日、紹介します。


この続きは今夜か、明日に投稿する予定です。


ではでは!

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