Blood&Guilty   作:メラニン

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・・・アスタルテのルビ振り大変。
この子めっちゃ手間がかかる・・・





聖者の右腕編Ⅷ

 

やや薄暗い室内。明かりは最低限の照明と、PCのディスプレイから漏れ出す光だけだ。カタカタとキーボードを叩く音だけが鳴り止まず、室内に招かれたこの部屋の主の友人は、少し退屈そうにタブレットでデータの統計処理を行っていた。そして、先ほどからキーボードを叩いているのがこの部屋の主である藍羽浅葱だ。現在は20:00少し前。本来であれば集は夕食を摂るか、もしくは家に居る時間なのだが、今日に限っては違っていた。

 

 

「藍羽さん、終わったよ」

 

 

「ん、サンキュー、桜満君。じゃあ今まとめたデータこっちに共有してくれる?」

 

 

「りょーかい」

 

 

集は言われた通り浅葱のPCへ、まとめた統計データを送った。なぜ本来第四真相である暁古城の監視が仕事の彼がこんな所に居るのかというと、クラスメートの藍羽浅葱の買い物に付き合い、その足でバイト先まで連行されたからだ。矢瀬に報告を行ったが、『そのままの状況を維持。古城の監視はコッチで引き継ぐ』とのことで、今に至る。確かにロタリンギアの殲教師であるルードルフ・オイスタッハの潜伏先の捜索のためなのだが、少し選択を間違えたようにも集には思えてならなかった。

 

 

「じゃ、次のを送るから、よろしく」

 

 

「え、まだあるの!?」

 

 

「当然。わざわざ公社のデータバンクにハッキングしてまで取り寄せた情報の対価なんだから当たり前でしょ?」

 

 

「あ、あんまりだ……はぁ、藍羽さん、余計なお世話かもしれないけど、こういうのも古城に頼んじゃえば?」

 

 

「な、何でそこで古城の名前が出てくんのよ!?そ、それにアイツはこんな作業できないわよ!」

 

 

「いや、そこは藍羽さんが教えてあげたりすれば何とか………それに、強敵になりそうな人物も転校してきたんだし」

 

 

「う、うるさいっ!」

 

 

浅葱が顔を真っ赤にしながら反論し、集はそれに対して溜息を吐く。すると、タブレットの画面右上にデフォルメされたネコの様な人形のアバターが表示された。

 

 

『すまねえな、兄ちゃん。お嬢の我儘に付き合わせちまって』

 

 

「うわっ!?」

 

 

集はタブレットを取り落としそうになるが、慌ててキャッチして改めて画面を見る。

 

 

『っと、いきなりコレは失礼だったか?けけっ』

 

 

画面の中のアバターはやけに人間臭い笑い方と話し方をすると、今度は浅葱のPCのディスプレイに大画面で現れる。

 

 

「ちょっと、モグワイ。あんたそんな事してる暇あんの?」

 

 

『まぁ、そう言うなや、お嬢。アンタに頼まれてたネット上のセキュリティの復旧は言われた通り済ませてきたぜ?………んじゃ、改めて初めましてだな。俺はモグワイ。見ての通り、しがないAIさ。よろしくな、けけっ』

 

 

「AIって言う割には随分人間っぽいっていうか……まぁ、いいか。僕は桜満集。藍羽さんのクラスメートをやってる。よろしく、モグワイ」

 

 

『おう、よろしくな、桜満の兄ちゃん』

 

 

「ちょっと、2人で仲良くしてないで手伝いなさいよ」

 

 

『ったく、AI使いの荒い嬢ちゃんだぜ。そんなんじゃ、意中の相手にも逃げられちまうぜ?』

 

 

「うっさい!ウイルス送り込むわよ!?」

 

 

『おー、コエーコエー。じゃあ、ウイルス流し込まれる前に作業やっちまいますか』

 

 

「始めからそうしときなさいよ」

 

 

文句を言う浅葱から退散する様にモグワイからディスプレイ上からは消えた。

 

 

「そう言えば、藍羽さんってデータバンクにアクセス出来るんだっけ?」

 

 

何気ない集の一言に浅葱は眉を顰める。そして、半身だけ振り返りながら集へと返答する。

 

 

「もしかして、まだ調べて欲しい事でもある訳?出来ればさっきのタイミングで言って欲しかったんだけど」

 

 

「う、ゴメン……」

 

 

「まぁいいけど。桜満君には作業手伝って貰ったりもしたしね。で、何を調べればいいわけ?」

 

 

「人を調べて欲しいんだ」

 

 

「人?誰?」

 

 

「『楪いのり』って名前の女の子なんだけど」

 

 

集自身これを浅葱に依頼するのには若干の戸惑いがあった。決して矢瀬を信頼していない訳ではない。だが、この世界に飛ばされてから1ヶ月が経過しているのだ。仮にほぼ同時期に飛ばされたとして、それからずっと彼女は1人の状態だろう。そう考えると、いい加減ジッとしている事は集には出来なかった。別に行動を起こさなかった訳ではないのだ。単純に行動を起こそうにも集にはそれが出来ない理由があった。

 

 

それは、集が世界にとって異邦人である事が関係していた。公社から偽とはいえ、身分が与えられたが、その身分は人工島内でのみ通用するものになっており、島外へ出る事が出来ないのだ。では、情報を集めるにしても、集自身最低限のPCの操作が出来るのみであり、浅葱の様なハッキングないしはクラッキングによる情報収集は出来ない。

 

 

だからこそ、今の状況はチャンスだと思ったのだ。

 

 

「んー、取り敢えず調べてはみるけど、コッチの作業後でいい?」

 

 

「うん、それで問題ないよ」

 

 

そう言って集と浅葱は作業へと戻っていった。再び部屋にはキーボードを叩く音と、時々聞こえる2人のやり取りと人間臭い人工AIの憎まれ口が聞こえるだけになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

集から連絡を貰って、古城と雪菜は直ぐに行動を起こした。家から急いで連絡で知った場所へと向かった。時刻はおよそ18:00頃といったところだろう。そして、2人は連絡のあったスヘルデ製薬という会社の研究所跡の前に立っていた。扉には錆び付いた鎖と南京錠による厳重な封がされており、ガチャガチャと古城が弄るが、ビクともしない。

 

 

「うーーん、此処じゃなかったのか?だが、ここ以外となると――」

 

 

「退いて下さい、先輩」

 

 

「ひ、姫柊!?」

 

 

振り返った古城は仰天して雪菜を見る。その手にはギターケースから抜き出した銀の槍が握られていた。獅子王機関の秘奥兵器である『七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)』だ。

 

 

「雪霞狼!」

 

 

雪菜は自分の持つ槍の銘を呼び、その刃を南京錠と鎖に突き刺す。すると、砕ける様な音とともに扉を封じていた頑丈そうなそれらは霧散していった。雪菜は槍をヒュンと回して立てると、古城に向き直る。

 

 

「簡単な幻術です。この程度を見抜けないようでは第四真相失格ですよ、先輩?」

 

 

「はは……悪かったな」

 

 

古城と雪菜は重い扉を開け、中へと侵入していく。暗い廊下は埃を被っており、一歩踏み込む度に堆積した埃が舞い上がる。古城はポケットから出した携帯電話のライトを点け、足下を照らす。すると、既に2人分の奥へと向かう足跡がクッキリ残っていた。それに、何回もここを出入りした証だろうか、外へと向かう足跡も確認する事ができた。

 

 

「ビンゴ、だな」

 

 

「はい。ですが、気を付けて下さい、先輩。昨日の戦いで向こうは此方の力量は把握している筈です。それに、先輩はただでさえ眷獣をコントロール出来ないんですから、暴走だけはしないで下さいね?」

 

 

「へいへい、分かってるって。戦いになったら回避を最優先にしつつ援護、だろ?」

 

 

「分かっているなら結構です。絶対に前に出ないで下さいね?それと、何があってもいい様に覚悟だけはしておいて下さい」

 

 

雪菜の忠告を受けつつ、明かりの点いている一室に辿り着く。中の様子をザッと確認し、例の2人が居ないことを確認した後、室内に入る。そして、中に入ったその瞬間、古城と雪菜は息を呑む。

 

 

小さい運動場が入りそうな程に広大な室内に、天井までの高さはおよそ10m弱。そして培養液で満たされたシリンダーが何百本も所狭しと並んでいるのだ。そして、その中には異形な生物の体が収納されている。それは、トカゲの様であったり、何かの哺乳動物の形態を持った物もある。他にも、複数の生物をツギハギにしたキメラの様な異形の姿を持った物も。誰の目から見ても、ここで違法な実験が行われていたのは確実だろう。その光景に、古城は吐き気を感じると同時に憤りを感じていた。

 

 

「こんなのが人工生命体(ホムンクルス)だと……!!」

 

 

「先輩…」

 

 

少なくとも自然界には存在しないそれらを見て、古城はつい怒りの声を漏らす。そして、ヒタヒタと歩く音が聞こえ、古城と雪菜は振り返る。そこに居たのは一糸纏わぬ姿で、その透き通る様な白い肌を外気に直接晒したアスタルテと呼ばれていた人工生命体(ホムンクルス)だった。調整を受けていたらしい彼女は全身から水滴を垂らし、それが余計に艶めいた雰囲気を出している。その姿を古城はジッと見ていたが、雪菜が気付く。

 

 

「あっ!先輩は見ちゃダメです!」

 

 

「え、あ……」

 

 

「見・な・い・で・く・だ・さ・い!!」

 

 

「は、はいっ!」

 

 

雪菜の鬼気迫る物言いに古城は急いで回れ右して、ジッと見ていた視線をアスタルテから逸らす。

 

 

「まったく、本当にいやらしい」

 

 

「い、今のは不可抗力だろ!」

 

 

「だから、見ちゃダメです!」

 

 

「ぐ……」

 

 

古城は何も言い返せぬまま、そのままの体勢で後ろを向く。アスタルテの方は手術用の衣服の様な薄い布切れ一枚を羽織るが、それでも濡れた肌に密着して、果たして意味があるのかすら怪しい。

 

 

「………警告します(ウォーニン)。今すぐここを退去して下さい」

 

 

「「え?」」

 

 

予想外のアスタルテの言葉に古城と雪菜は疑問の声を上げる。

 

 

「間もなく、この島は沈みます。ですから、ここを出た後、島の外へ逃げて下さい。できるだけ遠くへ……」

 

 

「ちょっと待て!島が沈む?………一体どういう事だ!?」

 

 

「"この島は龍脈の交叉する南海に浮かぶ儚き仮初めの大地。要を失えば滅びるのみ"」

 

 

「な、何を言って……」

 

 

「そのままの意味ですよ、第四真相」

 

 

アスタルテの言葉に狼狽える古城は、暗がりから現れて言葉を掛けてきた人物を視界に捉えて、取り敢えず平静を取り戻す。

 

 

「要………狙いは『要石』ですね?」

 

 

「ほぉ、流石は獅子王機関の剣巫です。気付きましたか」

 

 

「要石?」

 

 

唯一話に付いていけない古城に雪菜は少し呆れつつも説明を入れる。

 

 

「この島は幾つかの人工島から出来ています。そして、それらを繋ぎ止め波風に耐えるための中央に置かれている石の事です。しかし、何でそんな物を?」

 

 

雪菜の言葉に今現れた殲教師であるルードルフ・オイスタッハは一瞬怒気を放つが、それも次の瞬間には元に戻る。

 

 

「『そんな物』ですか………所詮道具である貴女に言う必要はありません」

 

 

「………っ!」

 

 

オイスタッハの言葉に雪菜は痛いところを突かれたように下唇を噛む。

 

 

「まぁ、しかし貴女には役に立っていただきました。一応その礼は言っておきましょう。ありがとうございました」

 

 

「………どういう事ですか?」

 

 

「『神格振動波駆動術式』――即ち魔力無効化の力を持つ『七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)』との戦闘データのお陰で、この子は新たな力を得る事ができた、という訳ですよ」

 

 

「ま、まさか……!」

 

 

「ええ、そうです。この子にもその力を持たせる事が出来た。これでようやく我らの宿願を達成できる!不朽の至宝を我らの手に!」

 

 

オイスタッハは両手を広げ天井を仰ぐ。宿願が叶う事への喜びから来る行動なのだろうが、それが古城を余計にイラつかせた。

 

 

「………おい、オッさん。その子は新たな力を得たって言ったな?」

 

 

「ええ、そうですとも。いくら第四真相である貴方であっても渡り合える様な力をこの子は――」

 

 

「間違えんなよ。正確にはその子の中にいる眷獣がだろうが!」

 

 

「……え!?」

 

 

古城は牙を剥き怒りを露わにする。さらに、瞳も真っ赤に輝き、吸血鬼特有の物に変わる。

 

 

「ほう、気付きましたか。そうですとも、この子には孵化前の眷獣を寄生させ、行使させています。まぁ、成功例はこの子一体のみでしたが。よく分かりましたね?」

 

 

オイスタッハの悪びれようともしない物言いに古城は余計に腸が煮えくりかえり、ギリっと奥歯を強く噛み締める。

 

 

「……アンタなんだろ?ここにあるシリンダーの中身を全てやったのは!!」

 

 

「なっ……こ、こんな数を!?」

 

 

そう、入ってきた時から古城は違和感を感じていた。シリンダーの中のそれらは自然界に存在しないにしても、不自然すぎる。決して普通では考えられない方法でそうなったのは明白だ。そう、普通ではない方法で………

 

 

「それに、アンタ言ったよな?孵化前の眷獣って。これだけの数の眷獣を手に入れる為に一体どれだけの魔族を犠牲にしやがった!!?」

 

 

「ふん、所詮魔族など殺しても湧いてくる物です。吸血鬼など特に、ね」

 

 

「……テメエ!これだけの生命をっ!」

 

 

「何を怒るのです?あなた方が普段使っている薬物の臨床試験にだって人工生命体(ホムンクルス)を利用しているではありませんか。人工生命体(ホムンクルス)など、所詮は道具に過ぎませんよ。このアスタルテも魔族を喰わせて生き延びさせていますが、あと2週間保てばいい方でしょう。人工生命体(ホムンクルス)など、使い捨てにされるのが世の常ではないですか」

 

 

「あ、貴方はっ……!一体その子の事を何だと思っているんですか!?」

 

 

オイスタッハの発言には流石の雪菜も怒りを感じざるを得なかった。それ故に槍を矛先を彼に向け、敵意を示す。だが、オイスタッハはそれすらも嘲笑う。

 

 

「はははは!滑稽なものですね!それは、同じ道具としての同情ですか?」

 

 

「な、何を……」

 

 

「獅子王機関の剣巫としての貴女に問いましょう。貴女は一体何の為にこの場に居るのです?」

 

 

「そ、それは、貴方達を止める為に……」

 

 

「魔導テロを止める為に……確かに立派な心掛けです。そして、それはさも正義である様に感じて心地が良いでしょう。だからこそ大して考える事をせずとも、任務をこなせる。だが、そこに貴方の意思はあるのですか?その貴女が縋る正義を与えたのは一体誰なのですか?」

 

 

「……おい、オッさん」

 

 

「獅子王機関、でしょう?素質のある子供を買い、戦いの術を叩き込み戦場へと送り込み、使い捨てる!まるで、道具のようではありませんか!その何処に意思がある!!所詮は貴女もこのアスタルテと同じ道具として育てられたのですよ!その事に今まで目を逸らしていた!そうなのでしょう!?」

 

 

オイスタッハが言い切った瞬間に彼の頬を雷撃が掠める。その元を辿ると放心する雪菜の前に出てきて、手を翳し全身から稲妻を迸らせる古城の姿があった。

 

 

「……おい、オッさん。もう黙れよ。アンタこそ、自分の信じた宗教の宿願とやらを盾に自分に都合の良い正義を語ってるだけだろうが!それこそただ宿願とやらに踊らされてる道具じゃねえのかっ!?アンタは正義なんかじゃねえ!ただの人殺しだ!そのアンタと、姫柊を同列に扱うんじゃねえ!その子もだっ!!」

 

 

「ふん、所詮は魔族。分かって頂こうなどと思ってはいませんよ」

 

 

オイスタッハはゆっくりと肩に乗せていた戦斧の刃を下ろし、構えようとする。それを見て、古城は後ろにいる雪菜に向けて話しかける。

 

 

「姫柊、よく聞け。お前は道具なんかじゃねえ。たとえ任務だとしても、ここに立っているのは、誰が何と言おうとお前自身の意思だ。俺がそう言ってやる!だから、今は前を向け!」

 

 

「先輩………はいっ!」

 

 

雪菜は改めて槍を構え直し、瞳にも凛とした意思が戻る。それを見てオイスタッハも殺気を隠す事をしなくなった。

 

 

「いいでしょう。ここからは、ただただ殺し合いと行きましょう。やりなさい、アスタルテ!」

 

 

命令受諾(アクセプト)命令を執行せよ(エクスキュート)、『薔薇の指先(ロドダクテュロス)』」

 

 

オイスタッハの命令に従い、アスタルテは眷獣を具現化する。今度は腕のみではなく、頭のない4~5mほどの巨大な白い巨人の様なフォルムだ。その腹部と胸部付近に半透明な膜状になっている部分があり、アスタルテはその中に収まる形になっている。そして、巨人の拳が振り下ろされる。

 

 

「お前も、何時までも従ってんじゃねえぇ!」

 

 

古城は巨人の拳に真っ向から、魔力を纏った拳をぶつける。だが、それは誤った選択だった。

 

 

「ぐああぁぁぁっ!!」

 

 

「先輩!」

 

 

アスタルテが得た新たな術式は雪菜の持つ雪霞狼と同じ物だ。即ち、魔力の無力化。当然それは真祖の魔力であっても例外ではない。古城は結局力負けをし、右腕は肘から下が吹き飛んだ。傷口からは白い骨が見え隠れし、おびただしい量の出血が起こる。

 

 

「アスタルテ!跡形もなく吹き飛ばしなさい!」

 

 

命令受諾(アクセプト)命令を執行せよ(エクスキュート)、『薔薇の指先(ロドダクテュロス)』」

 

 

追撃として、古城に巨人の白い腕が伸びる。それを、雪菜が雪霞狼で横へと受け流す。もう片方の迫る拳には真正面から、雪霞狼を突き立てる。だが、槍と拳の接地面から2つの振動波が引き起こされる。

 

 

「こ、これは、共振!?……やはり、本当に雪霞狼と同じ刻印された術式を!ですがっ!」

 

 

共振を引き起こしていた拳を少し槍をずらす事で力を逸らして、先ほどの腕同様に受け流す。さらに、今度は雪菜の方から踏み込み、アスタルテの居る巨人の胸部付近に槍を突き立てるが、先ほど同様に共振を起こし、貫く事は出来ない。

 

 

「やはり、全身に術式を……!」

 

 

それを確認し、雪菜は大きくバックステップを踏んで距離を取る。そして、それを見て再び白い巨人の眷獣は腕を伸ばしてくる。それに対して、雪菜はなるべく正面から受けない様にし、力を逸らして受け流す。真正面から当たれば、古城同様に吹き飛ばされかねないからだ。だが、その攻防の中にオイスタッハが雪菜の懐に飛び込んだ。

 

 

「しまっ……」

 

 

「むん!」

 

 

「きゃあっ!」

 

 

雪菜は槍の持ち手部分で攻撃を受けるが、今度は吹き飛ばされて、地面に転がってしまう。雪菜は法衣の下に見えた鎧にルーンが走っているのを目撃した。昨日戦った物とは別物だったのだ。

 

 

「自身の強化をしてないとでも思いましたか?昨夜の一件では一部壊されてしまいましたからね。私自身の鎧にも手を加え直したのですよ。…………では、そろそろ決着といきましょう」

 

 

オイスタッハの凶刃が迫り、雪菜は雪霞狼を拾い防御の姿勢を取ろうとする。

 

 

「えっ!?」

 

 

だが、あろう事か雪霞狼は雪菜の手から滑り落ちてしまったのだ。先ほどのオイスタッハの一撃による後遺症なのだろう。腕の痺れが取れず、指が軽く痙攣したのが原因で雪霞狼が床へと落ちたのだ。

 

 

「せめて、人の手である私の手で死になさいっ!」

 

 

「くっ……」

 

 

雪菜は迫る刃を前に目を閉じてしまう。それは、雪菜が未だに剣巫であっても未熟故だろう。

 

 

だが、数秒後に訪れる筈の死は雪菜には訪れなかった。雪菜は目を閉じたままで瞬時に思考する。

 

 

まだ、生きている。痛みもない。

 

 

だが、頬に付着した生暖かい液体に触れ、雪菜は背筋が凍る。そして、恐る恐る目を開ける。

 

 

雪菜は願う。自分の思考した予測が虚実である事を。

 

 

だが、その願いは叶わない。彼女の目の前には、物言わぬ骸に成り果てた少年の姿があったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

肩から深く切られ、上半身が胸部から上下に斜めで2等分されており、砕けた骨と臓物と血はあたり一帯に散乱していた。断面の部分は一部砕けた肋骨が見え、床には彼の臓物が四散した。

 

 

そして、彼女は目の前の半身を胸に抱き、呆然とする。

 

 

「………行きますよ、アスタルテ。我らの宿願、今こそ果たす時です」

 

 

命令受諾(アクセプト)

 

 

そして、凶刃を振るった男と、眷獣を収めた少女は部屋から立ち去る。ただ、少女だけが部屋から出る間際に振り返り、表情を変えた。無表情である筈の彼女の表情が悲しげな物に変わる。だが、少女は男に呼ばれ小走りに去って行く。

 

 

取り残された雪菜と古城だった物は、その場に取り残された。

 

 

雪菜は後悔した。覚悟が出来ていなかったのは自分の方だったと。あの時、避ける事すら出来なかった。その行動が今の状況を作り出した。

 

 

半身を抱いたまま、雪菜のその瞳からは涙が流れ出していた。

 

 

「せ……んぱい?………先ぱ………………ぃや…………いや…ああああああぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 

 

 

廃墟に少女の悲鳴が響いた。だが、悲鳴は反響するだけで、それに応えてくれる者は居ない。廃墟に居るのは彼女1人のみになった。

 

 

 

 

 

 

 

 







ってなわけで、古城死亡。気になる幕引きですいません。

さて、若干殲教師のオッサンを外道にしています。まぁ、でも確か原作の方でも『成功例は一体だけ』とか言ってましたから、こういう事なんでしょうねぇ・・・
うーーん、命が軽くなってますね。以後気を付けます。


さて、では次回は集sideの話からスタートです。


ではでは。

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