という事で、終わりの方で若干のフライングをしております。
では、どうぞ!
彩海学園から少し離れたハンバーガーショップに険悪……とまではいかないまでも、決して穏やかとも言えない妙な雰囲気のテーブルがあった。男子高校生2名と女子中学生1名という組み合わせだ。その並々ならない空気を察してか、そのテーブルの周りだけ客がほぼ居なかった。しかし、集達にとってそれは有難い事だった。
それぞれが思い思いの注文をして軽い食事をしている。ハンバーガーは注文せずに、それぞれ様々な味のフレーバーをかけたフライドポテトを摘んでいた。現在時刻は17時になる少し前。そんな時間にハンバーガーなど食べてしまえば夕食を食べられず、古城は凪沙にドヤされるだろう。だからこそ、この注文である。
「一応、自己紹介しておきます。私は姫柊雪菜。知っていると思いますが、獅子王機関に所属する
「じゃあ、僕も一応。僕は桜満集。古城とはクラスメイトだ。よろしくね、姫柊さん」
「………これ、俺もする流れか?」
頬杖を突きながら律儀に自己紹介をする2人を見ながら古城はボソっと言うが、2人共に聞こえてたらしく、その眼差しは当然という意思が十分伝わるものだった。『目は口ほどに物を言う』という諺は本当なんだなと古城は感心しつつ、2人に倣い一応の自己紹介を済ませる。
「えっと、暁古城だ。えー………他に何か言うことあるか?」
「あるんじゃないですか、暁先輩?」
未だに若干トゲのある雰囲気の雪菜の物言いだが、古城はそれとなく対応する。
「あー………昨日は悪かったな。パンツ見ちまって」
「なっ!?」
「え、パン……え?」
雪菜の方は昨日の出来事を思い出してか顔を赤くし、詳しい詳細を知らない集は話から一旦置いていかれる。
「わ、忘れてください、それはっ!そうじゃなくて、暁先輩が第四真祖だという事です!」
「あー、まぁそれについては、あまり触れたくねえっていうか」
「単刀直入に聞きますよ、暁先輩は何が目的でこの島に居るんですか?」
「は?目的?」
「はい、妹さんに話を聞きました。話を聞く限り、先輩は真祖だという事を家族に隠してますよね?あ、そうだ。安心して下さい。正体はばらしてませんから」
「……そりゃ、どーも」
雪菜の言葉に古城は触れられたく無い部分に触れられたからか、不機嫌そうにブクブクとドリンクの入ったカップに空気をストローで送り込み遊び始めた。
「家族にも魔族だという事を隠して、わざわざ魔族特区に潜伏しているのは何かの目論見があるからではないんですか?例えば、登録魔族を自分の支配下に置いて戦争を起こすだとか。もしくは、自分の欲求を満たすために、支配下に置いた者たちを1人また1人と惨殺するだとか。はたまた、魔族特区に結集した技術を使って国家転覆を狙ってるだとか………なんて恐ろしい!」
「………………………っぷ、ははははははは!こ、古城が国家転覆って……」
雪菜の古城が企んでいると思った陰謀シリーズを聞いて、集は笑うのを堪えていたが、3つ目で限界を迎えた。別段楽観視しているわけでは無いのだ。だが古城がその様な行動に走る事はまず無い、と知っているかららこその余裕の様な物から来ている安心ゆえに集は笑った。
「お、桜満先輩!?そんなに笑わなくても!」
「ご、ゴメンね、姫柊さん………ふぅ、けどそういった事は起こらないと思うけどなぁ」
「随分楽観的なんですね。それは、先日起きた暴走を止めたという事から来る自信ですか?」
「別にそうじゃないよ。ただ、古城がそういう行動に走る事は無いって確信しているから。ってその事は知ってたんだ」
「………では、暁先輩から桜満先輩に質問対象を変えます。桜満先輩の方は一体何が目的なんですか?」
「うーん、古城と同じで目的って言われてもなぁ………僕は成り行きでこの島へ来ちゃっただけだから、目的なんか無いんだけど?」
あっけらかんと言う自分より年上の高校生たちの言う事に雪菜は開いた口が塞がらないかと思った。それもそうだろう。片方は世界のバランスを左右しかね無い真祖であり、それも歴史の転換点に毎回現れたという第四真祖だ。そしてもう片方はその第四真祖の暴走を止めてしまう様な人間だ。
そういった情報を元に雪菜自身覚悟を決めてここへ来たというのに、目の前の2人はどこか抜けてる様な感じがして、落ち着かないのだ。いや、伝説にもなりそうな存在と、そんな存在とつるんでいる人間だ。もしかしたら、謀られているのでは?とも思ったが、先ほどの通りの様子なので考えるのが、雪菜は馬鹿らしくなって来てしまったのだ。
「はぁ、もういいです。とにかく、暁先輩の事は昨日言った様に『監視』させてもらいますから」
「待て待て待て、何でそうなる!?今ので俺は何も企んじゃいないって分かっただろ!?」
「ええ、それは悔しいですがなんとなく。けど、それとこれとは話が別です。いいですか、暁先輩?そもそも先輩は第四真祖がどれほど巨大な存在か失念しているんです」
「……別にそんな事は無えと思うけど」
「あります!そもそも、先輩の今の扱いは戦争やテロ、自然災害と同等なんですよ?」
「はぁ!?」
「あー……それは確かに」
雪菜の指摘に古城は仰天し、集は納得する。
「おい、待て。桜満、何で納得してんだよ!?」
「それは、先月の暴走した時にその力の規模は目の前で見てるし………それに、暴走による建物や監視カメラ、公道、標識、信号などの公共物etc.の損害の金額を知ったら……」
「待った。損害の……金額?」
「えっと、古城は知らないと思うけど……ほら、僕はいろいろと学ばなきゃいけないだろ?だから、よくネットを開いたりするからそういう情報も入って来やすいんだけど、あの時破壊された物の被害総額がそれなりに、自然災害を受けた時の被害総額に匹敵しかねないというか……」
古城は自分が暴走し破壊したアイランド・ノースを思い浮かべる。あの時は意識朦朧としてたために、あまり覚えていないのだが、確かにあれだけ暴走させたのだ。周囲が無事な筈がないと改めて思った。そして、恐る恐るその金額を聞く。
「えっと……因みに被害総額っていくらくらい……?」
「………取り敢えず30億」
「ま、マジで?」
「その前の眷獣との戦闘で倒壊した建物とかも入れると、50億を余裕で超えるって」
「50お――なぁ、それって俺に請求来たりとか……」
「………分からない」
古城は集のその言葉で撃沈した。因みに先月の事件が原因で古城に請求が来る事はない。なぜなら、『サルト』を売買していたあの吸血鬼に罪が全て被ったからだ。しかし、これは中々に汚い手故に、彼らが知ることはない。
「はぁ………その金額で済んで良かった方です。とにかく、何で暴走したかお聞きしても?」
雪菜の質問に集は素直に答えた。途中、古城にも事実確認もしつつ話をした。
「なるほど、相手の最後に一撃にやられたんですね………けど、何で暁先輩は眷獣を制御できないんですか?」
「………そりゃ、あいつらは俺を主人と認めて無いからだろうな。ってか、今年の春先まで普通の人間だった俺が、神話に出てくる様な化け物をコントロールできるわけ無えだろ」
「春先まで人間……えぇ!?ちょ、ちょっと待って下さい!先輩は人間だったんですか?」
「………お前今スゲエ失礼なこと言ったからな?」
「す、すいません……で、でもあり得ません!真祖というのは、今は亡き神が与えた不死の呪いを持つ最も旧い吸血鬼を指すんですよ!?それが、元人間でそれもなったばかりって……」
「だから、俺だって望んでこうなったわけじゃ無えよ。この厄介なモンは全部あの馬鹿から押し付けられたんだよ!」
「あの馬鹿って誰ですか?」
「先代の第四真祖だよ」
それを聞いて雪菜は耳を疑った。世界最強と謳われる第四真祖が何故力を継承したのか?そして、なぜそれが必要だったのか?
「あ、あり得ません!先輩はただの人間だったんですよね!?だったら、何であの方と面識が!?何で先輩が選ばれたんですか!?」
「えっと、それは……………がっ、あ!?」
語ろうとした古城だったが、古城は急に腕をテーブルの上に突いて、苦しみ始める。頭が痛むからなのか、結構な力で頭を片方の手で押さえている。
「せ、先輩!?」
「古城!?」
急な豹変に残りの2人も焦る。だが、それからものの数十秒経つと、話せる状態まで回復した。
「すまん、話したいのは山々なんだが、話そうとしたり、思い出そうとすると毎回こうなるんだ。だから、悪いんだが分からねえんだ。俺自身記憶が曖昧でな」
古城が回復したことに安堵しつつも、集は別のことを考えていた。矢瀬の方から古城がいつ頃吸血鬼になったかなどは聞いていたが、どの様にして今の状態になったのかは聞いていなかったのだ。それは、やはりまだ自分が信頼され切っていないと暗に示す結果であり、集自身いのりの情報を得る弊害になるとも考えた。取り敢えず、この話は今度矢瀬から聞くと心に決めて、今度は集から雪菜に質問をした。
「そう言えば、姫柊さんの目的は?それを聞くのが僕と古城の今日の目的でもあったから、教えてもらえると助かるんだけど」
「先ほども言った様に暁先輩の監視役です。そして、もし危険と判断したらその抹殺と言われています」
「………随分、物騒だな」
「そして、桜満先輩。あなたには注意する様に言われていますので、必要に応じて暁先輩同様の対処を取らせてもらいます」
「それは、僕も抹殺対象になるかもって事?」
「はい」
迷いなく真っ直ぐ言ってくる彼女に少し感心しつつ、集は了解した。そして、あまり遅くなると凪沙が心配するだろうという考えから、取り敢えずそれぞれの話は終わり、後は帰宅となった。
◇
「……なぁ、姫柊。マンションの前に引っ越し業者のトラックが止まってるんだが?」
「あ、はい。多分私の荷物です。事前に今くらいの時間に来てもらうように電話しておいたので」
そう言うと姫柊はトラックに駆け寄って業者の人物と二言三言話すと、トラックの中からもう1人出てきて、荷物を運び出す。そして、それに付いて行くと、行き着いた先は暁家の隣である705号室だった。業者に手伝ってもらい、雪菜は荷物を運び入れた。そして、その事実に高校生2人組が共用廊下でポカンとしていると、エレベーターで大量の食品が入っているであろう袋を持って上がってきた人物がいた。暁凪沙だ。
「あ、古城君と集さん、おかえり。どうしたの?隣部屋の前で?」
「……今日越してきた隣人に驚いていたところだ」
「あ、って事は雪菜ちゃんの荷物来たんだ。今雪菜ちゃん、そこに居るの?」
まるで、凪沙のもう既に事情は全て知っているという物言いに集も古城も驚く。
「ちょっと、待った凪沙。お前もしかして知ってたのか?」
「雪菜ちゃんが隣に引っ越してくる事?うん、知ってたよ。今日のお昼休みに一緒にご飯食べてたら、今日から引っ越しに来る、って言ってたよ。ここに来る前まではホテルに泊まってたんだって」
「って事は、もしかしてその大量の食料品は……」
「うん、雪菜ちゃんの歓迎会!あ、あと、集さんのお帰りなさい会も、一緒にやっちゃおうと思って!だから、後で集さんの事呼びに行こうと思ってたんだけど、丁度良かったよぉ。ほら、古城君、そこどいたどいた」
勝手に話を進める凪沙に古城は道を譲り、凪沙は自宅へと入る。それを確認して、古城は集と目を合わせた。
「………なぁ、桜満。これからどうすりゃいいと思う?」
「………古城次第、かな?」
「丸投げって事かよ……」
古城が溜息を漏らしたところで扉が開き、業者が頭を下げて挨拶した。
「では、これでお荷物は全てですね。ありがとうございましたー」
「はい、ありがとうございました」
雪菜がそれに応対すると、業者の方はエレベーターに乗って帰って行った。そして、廊下に立っている男子高校生2名を視界に捉えると、向き直って頭を下げた。
「では、先輩方。これからは、隣人としてよろしくお願いします」
「お、おう」
「はは……よろしく」
「あ、雪菜ちゃん、丁度外に居た!ねぇねぇ、これから雪菜ちゃんの歓迎会をやろうと思うんだけど、ウチに来ない!?」
「え、けど、悪いですし……」
「もう、遠慮しないでよ、雪菜ちゃん!集さんもだったけど、遠慮し過ぎだよ!それに、もう4人分の準備を始めちゃったんだから来てよ!それに、集さんもだからね?」
いつの間にやら家から出て来ていた凪沙は雪菜を見付けるなり猛烈に歓迎し、雪菜の方はたじたじである。その様子に集も古城も苦笑いしつつ、雪菜は704号室に迎え入れられた。そして、賑やかな歓迎会が始まった。
◇
「ぷはー、食べたねぇ。もうお腹一杯だよぉ」
歓迎会終了後、凪沙は満腹になった状態でソファに寝そべって、片付けを古城に任せていた。そして、雪菜はテーブルの上に出された食後の緑茶をちびちび飲みながら一息ついていた。
「ホントにな。さすがに俺ももう食えねえ」
「ご馳走様でした。何だかすいません、ご馳走になってしまって」
「もういいって、雪菜ちゃん。………あれ、集さんは?」
「ん?なんか、用事を思い出したとかで、今さっき家に帰ったぞ?」
「えー!?いつの間に!?もー、帰るなら一言くらい言って欲しかった!」
「いや、後でもう一回来るぞ?あいつに宿題教えてもらう予定だし」
「…………私あとで集さんに、ちゃんとお礼言っとこう。ウチの愚兄がいつもスイマセン。そして、ありがとうございますって」
「……悪かったな」
凪沙の物言いに、古城は不機嫌そうに洗い物の手を動かした。そこで、古城が思い出した様に、雪菜の方を見て質問をした。
「そうだ、姫柊の荷物って小さい段ボール2つ分しか無かったよな?大丈夫なのか?」
「大丈夫、とは?」
古城が懸念したのは、雪菜の必要な日用品についてだった。明らかに荷物が少なかった彼女は必要な日用品――例えば布団だとか、洗剤類などなど、必要そうな物があの中に入っているとは思えないのだ。
「いや、日用品関係とか。布団だとか、洗面台用品とかあるだろ?もしかして、まだ買いに行って無いんじゃないか?」
「確かにまだ行ってないですけど、心配無用です。最悪今日は床で寝て、明日買いに行きます」
その言葉を言った者を放っておかない人物がいた。当然、世話好きな凪沙である。
「雪菜ちゃん!女の子が床で寝るなんて言っちゃダメだよ!あ、そうだ!古城君、集さんって後でコッチ来るんだよね?」
「ああ、その筈だが」
「じゃあ、丁度いいからお泊まり会しよう!」
「「はい?」」
凪沙の提案に古城と雪菜は同じタイミングで疑問符を浮かべた。
「だって、雪菜ちゃん今日はお布団無いんでしょ?それで、風邪引いちゃったら嫌だし。それだったら、集さんがこの島に来たばっかりの時みたいに、皆でお泊まり会しようよ!旅行みたいできっと楽しいよ!ね、雪菜ちゃん!あ、もしかして古城君が居るから不安?大丈夫だよ、何かしたら古城君にはベランダで寝てもらうから」
「おい!」
「え、えっと、確かにそれもあるんですけど……」
「あるのかよ!?」
凪沙の反論を言う隙すら与えない勢いに押されて、雪菜は言い淀む。だが、よく考えてみれば監視し易いと思い直した。
「じゃ、じゃあ、お邪魔じゃないなら、お言葉に甘えようかと……」
「うん!じゃあ、そうと決まれば早速お布団とか準備しちゃうね!」
凪沙は嬉しそうに自室へ小走りに入って行った。そして、古城の方は洗い物を終え、キッチンから出て来て、雪菜の座っているテーブルの真向かいに座る。
「なんか、悪いな。凪沙のワガママに付き合わせちまって」
「いえ、こういった機会も中々無かったですから、勉強になります」
「確か、高神の杜だっけか?姫柊はそこの寮で生活してたんだよな?」
「はい。ルームメイトは居ましたけど、友達とこういう風に一緒に泊まるというのは、ありませんでした。だから、新鮮といいますか………あ、それに、ここに泊まれば先輩の監視もし易いですから」
「………なぁ、その監視ってどのくらいマジなんだ?」
「どのくらい、と言われましても………夕方に言った通りですよ?監視はずっとやりますし、危険と判断したら任務通りにします」
「………姫柊って、おっかねえな、ホント」
「せ、先輩が無自覚なのがいけないんです!ただでさえ危険な力を持っている上に、変態なんですから!」
「ちょっと待て!何で俺が変態扱いなんだ!?」
「自分の胸に聞いて下さい!」
「う、うーーーん………もしかしてアレか?姫柊のパン――」
「お、思い出させないで下さい!」
「いや、アレは不可抗力だったんだし、仕方ねえだろ」
「だ、だから、思い出させないで下さい!」
一体いつまで続くのか分からないような不毛な言い争いを2人はこの後も凪沙が戻って来るまで延々と続けるのだった。
◇
「さて、と。報告をさっさと済ませちゃおう」
暁家での雪菜歓迎会が終わった後、集は家事を済ませて来ると言って、暁家を後にしていた。そして自室から携帯電話で、ある人物に電話を掛ける。呼び出し音が鳴った後にその人物が電話口の向こうで対応する。
『集、か?どうしたんだよ、こんな時間に』
そう、電話の相手は集と同じく協力して監視の役割を持っている矢瀬だ。
「いつも通りだよ」
『ああ、定時報告か。で、どうだったよ?』
「やっぱり、こちらの予測通り監視として寄越されたみたいだよ。最悪抹殺も視野に入れてるらしい」
『………獅子王機関にしちゃ、随分素直な対応だな。その姫柊ちゃん本人は知らなくても、獅子王機関の方は別の思惑がありそうだな』
「まぁ、とにかく古城に今すぐあの銀の槍が突き刺さる事はないみたいだよ」
『……………分かった。それだけ聞けりゃ十分だ。集は今まで通り古城の監視を継続してくれ。あと姫柊ちゃんの対応も同じだ。それと追加で、新しい依頼だ』
矢瀬の急な提言に集は一瞬身構える。一体新しい任務とは一体なんなのか。
「まぁ、可能なら受けるけど」
『ああ、悪いな。で、追加の依頼ってのは、可能な範囲内での凪沙ちゃんのガードだ』
「凪沙さんを?別に構わないけど……背景は古城の暴走対策?」
『……ま、多分そんなとこだろうさ。上の方で色々と議論された結果らしいんだが、その内容は詳しく知らねえから、多分としか言えねえな。っと、そうだった。捜索の方は未だ進展なしだ』
「………うん、分かった。引き続きお願いするよ。じゃあ、これで。この後古城に勉強を教える約束があるからさ」
『おう』
そうして、集は携帯を切った。そして、電気の点いてない自室で1人項垂れた。地球上でたった1人を見付けることなど、普通なら諦めてもおかしくはない。だが、諦める訳にはいかないのだ。
「……そろそろ古城に勉強を教えに行かなきゃな」
集は誰も居ない部屋で一人そう呟いて、自宅を後にした。
◇
人工管理島公社のオフィス。既に殆どの社員が帰り、明かりもほとんどない。そこに沈痛な面持ちで電話を掛ける少年がいた。そして、電話が切れると壁にもたれ掛かりながら、大きく息を吐く。そして、次は何かに苛立ってか、表情が一転してやや険しくなる。普段の軽快な表情とは大違いだろう。
「………っ!」
矢瀬は苛立ちをぶつける様に、腕を上げて壁を殴る。そして、そこへ近付く人物が1人だけ居た。異母兄弟である
「随分と苛立ってるな基樹――いや、今は仕事中だし
「ふざけてんのか、兄貴?」
矢瀬は歩み寄ってきた自分の兄をキッと睨みつける。それに対して兄である矢瀬幾磨本人は態度を変える事もなく続ける。
「まぁ、そう言うな。もし彼に情報を教えてしまったら、飛び出して行きかねん。せっかく第四真祖の意識を刈り取ってくれる『ジョーカー』を手に入れたんだ。それを確定していない情報で失うのは愚策だろう?」
「何が確定していないだ。特徴としては一致もしているし、現地の人間は確かに彼女の事を『イノリ』と――」
「大人になれ、基樹。お前の本来の任務は何だ?それをよく考えろ。アレは任務を円滑に進めるためのデバイスでしかない。下手な感情移入はするな」
兄の物言いに憤りを覚えつつも、矢瀬は首肯した。それを確認した矢瀬幾磨は踵を返して、オフィスを出て行った。そして、残された矢瀬基樹はドンッと壁を叩き、オフィス内に設置されているパソコンのディスプレイを見た。
「…………くそっ!!」
その画面には少女が写っていた。公社の人間が某国の人間の携帯電話をハッキングし、録画されていた物をコピーした物だ。その動画の中では淡い桜色をした様な髪色の少女が歌っていた。現地の子供たちであろう存在に囲まれて静かな旋律を歌い上げていた
――♪
『咲いた野の花よ ああ どうか教えておくれ』
矢瀬の兄貴早くも登場。はい、実は公社側は既に情報を持ってます。なぜ開示しないかは上で語った通りですね。できれば、長い時間集を留めておきたいわけですな。
そして、最後の方にちょろっとだけ登場。以前予告した通り本格参戦はこの次の章ですね。
ではでは、さらば!