Blood&Guilty   作:メラニン

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間違えましたね・・・


どうも、申し訳ないです


罪の王冠編Ⅶ

7月も終わり、現在は8月上旬。常夏の絃神島ではますます暑さが増してくる様に感じられる日に、暁古城は自宅マンションで荷物の運搬により汗を流していた。熱中症にかからない様に、口うるさい妹から水分補給をする様に逐一言われる度に、水分を補給したため若干水腹状態になっていた。なぜこんな事をしているのか。それは暁家の隣に引越して来た少年が原因だった。

 

 

「ゴメンね、古城に凪沙さん。手伝ってもらちゃって」

 

 

「遠慮しないでよ、集さん。これからはご近所さんなんだし、困った事があったら何でも言っちゃって!」

 

 

「おーい、桜満。こっちの冷蔵庫はどこに置くよ?」

 

 

「あ、それはコッチのスペースに」

 

 

「だとよ、古城。ほら、123でいくぞ?1、2、3!」

 

 

応援に駆け付けた矢瀬も古城を手伝い、冷蔵庫の運搬をしていた。

 

 

 

 

アイランド・ノースの一件から数日が経過し、事情聴取という名目で集は特区警備隊(アイランド・ガード)の宿舎で衣食住を世話になった。その後、矢瀬が来て改めて古城の『監視』、『協力』、『制御』を依頼したのだ。そこで集はこの世界のパワーバランスを司っている存在を聞かされた。3体存在するという、吸血鬼の上位存在である真祖についてだ。そしてもう一つ。

一切の血族同胞を持たず、12体の眷獣を従える唯一孤高にして最強の存在――第四真相の存在について聞かされたのだ。そしてその正体は自分が行動を共にしていた暁古城だと、そう教えられた。しかし、それであの時の魔力の暴走に集も得心がいき、依頼された3つについて了承したのだった。

 

 

そして、それらの目的を果たすために人工島管理公社から偽の身分を与えられた。この絃神島に来る前は某実験施設の被験者で、施設が放棄された場所に残され、治療と経過を見るためにこの島にやって来た存在。それが桜満集の絃神島へ来た経緯という事になったのだ。本当の集の経緯を知っているのは先日の一件で行動を共にした暁古城と、協力する事になった矢瀬基樹、攻魔官である南宮那月。そして人工島管理公社の上役数名のみとなった。

さらに、偽とはいえ身分が認められた集には様々な権利が認められる事になった。それの手始めとして拠点となる住宅、監視対象の隣部屋が与えられ、毎月給料も作られた口座に振り込まれる事になった。また、必要に応じて公社からのバックアップも受けられるという至れり尽くせりの条件で迎えられた。だが、これだけ破格の条件に見合うだけの危険がこの仕事にはあるのだと集も否応なく気付かされた。

 

 

そんな事がありつつ、ようやく聴取が終わり早速手配された部屋に行ったところ、到着するとほぼ同時に必要最低限の家電や家具類が届いた。それらを整理していたところ、暁兄弟と遭遇し手伝ってもらう事になった。そして、今に至る。

 

 

「お邪魔しまーす。ふぅー、あっついわねー、ホント。凪沙ちゃん、お買い物の内容ってこれでいい?」

 

 

「ありがとう、浅葱ちゃん。コッチが終わったら確認するね」

 

 

男勢が汗を流しているなか、買い物袋を両手に持った浅葱が入ってきた。凪沙が掃除の手を止めて買い物袋を受け取る。浅葱の方はようやく空いた手で顔をパタパタ扇いで何とか涼を取ろうとする。と言っても、掃除もやっているせいで窓を全開にしているため、気温はあまり外と変わらないのだが。

 

 

「ふーん、結構片付いたじゃない。あ、凪沙ちゃん、掃除だったら私も手伝うわよ」

 

 

「本当?じゃあ、私お蕎麦の準備してくるね。集さん、キッチン借りてもいい?」

 

 

「うん、問題ないよ。あ、けどお皿とかあったかな?」

 

 

「無いやつは私たちの家から持って来るよ」

 

 

そう言うと、凪沙は早速キッチンで手際よく準備を始める。

 

 

「さて、と。あとは段ボール幾つか開けりゃいいだけだな。それと掃除か。じゃあ、古城は掃除に回ってくれ。俺と集とで段ボールの中身はやっとくからよ」

 

 

「何でお前が仕切ってんだよ。まぁ、いいけど。おーい浅葱、まだ仕事残ってるかー?」

 

 

「当たり前でしょ!ほら、古城はコレとコレ持って玄関ね。私は廊下やるから」

 

 

浅葱は自分のところに来た増援に指示を飛ばして自身も作業を始める。口調は少しキツめだったが、表情は少し微笑んでいた事に、集と矢瀬は気付いていた。

 

 

「ったく、古城も古城だが、浅葱も浅葱だよなぁ。あんなんじゃ、くっ付くまで10年掛かりかねないぞ?」

 

 

「まぁ、人それぞれのペースっていうのがあるだろうし、あまり焦らせると返って上手くいかなくなるんじゃ……」

 

 

集と矢瀬は目の前にある段ボールの中身を整理しながら先日の事件について話し始める。

 

 

「ま、それも一理あるんだが………そういや、お前が言ってたUSBメモリだが、やっぱり見付かんなかったそうだ。お前らの助けた東條本人も気絶して以降は知らないって言ってるみたいだしな」

 

 

「そっか。あの犯人が執心してたからよっぽど重要なデータが入ってたんだと思ったんだけど……」

 

 

「多分そうなんだろうな。お前から聞いた情報と照らし合わせてもそう考えるのが妥当だ。問題はデータの中身だ。データが『サルト』の流通情報なら、また同じ様な事が起こるかもしれない。それ以外なら別の事が。厄介なのは後者の方だな。この前捕まったやつは情報を吐かないし。無理矢理吐かせようとしたら舌を噛み切ろうとしやがったからな。別な事件を起こされるにしても、対策を立てられないのは痛手だぜ……」

 

 

集は段ボールから包装された食器類を出して整理しつつ、矢瀬の報告を聞いていた。

 

 

「って事は、さっき基樹が言った後者である確率が高いね。そこまでして話したく無い内容って事は、話せば確実に自分の身に被害が及ぶって分かっているからだろうし」

 

 

集の指摘に矢瀬も同意し、頭をガシガシ掻いて億劫そうな表情に変わる。

 

 

「はぁーー、厄介だなぁ。それが原因でまた古城が第四真相として暴走したら面倒だな」

 

 

「確かに……それにしても、古城が世界最強の吸血鬼だっていう第四真相なんだって、まだ信じられないよ」

 

 

集は視線を古城のいる玄関先に移し、矢瀬もそれに倣って、視線を動かす。丁度浅葱も玄関近くの掃除をしており、機嫌が良さそうだ。だが、古城が俯いたまま雑巾で拭き掃除をしながら前に進んだため、古城の頭が偶然、たまたまスッポリと浅葱のスカートの中に入ってしまった。一瞬古城も浅葱もピタッと停止するが、事態を把握した浅葱はリンゴの様に顔を真っ赤にして、次の瞬間には女性特有の甲高い悲鳴と共に、これでもかという程正確無比なローキックを繰り出し、爪先が古城の鳩尾に深々と突き刺さる。

 

 

「きゃあぁぁぁ!!!」

 

 

「ぐぼおぉぉぉ!!?」

 

 

「な、なになになに!?浅葱ちゃん、どうしたの!?」

 

 

キッチンで蕎麦の薬味を準備していた凪沙が廊下にヒョッコリ出てきて現場に遭遇する。そして、浅葱の方は古城の頭が触れていたであろう、スカートの後ろ部分を手で押さえて、古城から距離を取る。

 

 

「こ!こ、ここここ古城!!何すんのよっ!?変態!!」

 

 

「あ…浅葱……お前、あんな……強烈…な………キック見舞って…それか?」

 

 

「う、うるさいっ!古城がスカートの中覗き込むからでしょう!?」

 

 

「え、古城君……」

 

 

「覗いてねえぇぇぇ!!ゲホゲホッ……ぐ、本当にクリーンヒットさせやがって…………下向いて掃除してたから、仕方無えだろ!」

 

 

「だ、だからって、スカートの中見たことには変わりないじゃない!」

 

 

「見てねえ!!んなゼロ距離で見えるわけあるか!」

 

 

「そんな近くで見たって事じゃない!」

 

 

「だから見えてねえって!」

 

 

「………古城君はお蕎麦無しね」

 

 

「な、何でだよ!?」

 

 

「変態な古城君はお蕎麦じゃなくて、薬味だけ食べて反省しなさいっ!」

 

 

「だから、俺は変態じゃねえぇぇ!!」

 

 

地味に効きそうな食料制裁を妹から受ける少年。それが暁古城であり、世界最強の吸血鬼である第四真相なのだ。これだけ見るととても、そうは思えないというのが集の感想なのだ。この様子を見るとついつい忘れてしまいがちになるが、つい先日もこの島を本人の意思では無いとはいえ、沈ませかけたのは彼である。その危険人物の『監視者』であり、『協力者』、『制御する者』となったのだと、集は認識を改めた。

 

 

「頼む、凪沙!薬味のみは本当に勘弁してくれ!浅葱も悪かった!」

 

 

………当の本人は同級生と妹にこれでもかと頭を下げているが、これでも第四真相なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからも賑わいつつ片付けと掃除を続け、ようやく全てが終わったのは14:00を少し過ぎた頃だった。

 

 

「はぁ~~~………つ、疲れた」

 

 

「はぁーい、お疲れ様ー。はい、もう引っ越し蕎麦出来てるよ。食べよう?」

 

 

「凪沙ちゃんに賛成ぃ〜〜……これは流石に疲れたわ。お腹も空いたし」

 

 

「ああ、本当だな。おい、矢瀬も桜満も起きろよ」

 

 

「う、うるせ、体力バカめ……もう動けん」

 

 

「ぼ、僕も少し休ませて。今食べると吐きそう……」

 

 

矢瀬と集はリビングの床に仰向けになって天井と睨めっこ状態だった。古城は流石は元バスケ部というだけあって、体力も二人より多かったため汗は掻いていても、へばってはいなかった。

 

 

「まったく、まだ若いのに引越し作業程度でへばるとは情けない。これならまだ特区警備隊(アイランド・ガード)の方がマシだぞ?」

 

 

「「「な、那月ちゃん!?」」」

 

 

「教師を"ちゃん"付けで呼ぶなっ!まったく………おい、そこで仰向けになっているアンノウン。これを書いて明後日までに提出しろ。各種手続き書類だ」

 

 

「………何で僕の顔の上に?」

 

 

突如現れた黒いゴスロリ服に身を包んだ彼女は少し厚めの封筒を集の顔の上に置いた。

 

 

「いやいや、ちょっと待った。何でここに居るんだよ!?」

 

 

「扉が開けっ放しだったからな。勝手に入って来れたぞ?」

 

 

「いや、そうじゃ無くて!」

 

 

「うるさい奴だな、お前は。私はそこで仰向けになっている奴にここに住む上での必要な書類などを届けに来ただけだ。特区警備隊(アイランド・ガード)にも用があるからもう行く、安心しろ」

 

 

「そ、そうなのか」

 

 

「えー、南宮先生もう行っちゃうの?一応お蕎麦あるんだけど」

 

 

「ふむ、では少し包んでくれ。出先で頂くとしよう」

 

 

「はーい。じゃ、ちょっと待っててね」

 

 

凪沙の提案を那月は受け入れ、蕎麦を持って帰るつもりになったようだった。凪沙の方は嬉々としてキッチンに戻り、手頃な容器を探し始める。と、そこで那月は思い出した様に古城の方へ振り返った。若干邪悪な笑みを浮かべて……

 

 

「ときに、暁古城。私の出した課題は終わったのか?」

 

 

「えっ!?えーと、まだ3分の1くらい……」

 

 

「ほう、まったくやっていないという訳ではなかったか。夏休み明けを楽しみにしているぞ?」

 

 

「お、おう。た、楽しみにしててくれ」

 

 

「はい!お蕎麦タッパーに入れて来たよ!」

 

 

「ああ、すまんな、暁凪沙。では、私はもう行く。邪魔をしたな」

 

 

古城が冷や汗を流すなか、凪沙が蕎麦を包んで持って来たことで、課題の話はそこで打ち止めになった。那月はそのまま部屋を出て行った。

 

 

「にしても、那月ちゃん。いきなり現れたなぁ」

 

 

「はは、たしかに。けど、こういう書類だったら郵送でも良かったのに」

 

 

矢瀬の言った事に、集は同意しながら、自分の顔の上に乗った書類を退けた後、片手に持ってパタパタと弄ぶ。

 

 

「なんやかんやこの前あんた達だけ置いてきたのが心配で一応様子見に来たんじゃない?私と凪沙ちゃんだけだったからね、送ってもらったのは」

 

 

「うーーん………那月ちゃんがそんな心配するか?」

 

 

「「「……………」」」

 

 

古城の指摘に3人が沈黙した。確かに教師ではあるが、逐一生徒の様子を気にするほど神経質な教師でも無いだろうと、会って数日の集も薄々感じ取っていた。

 

 

「皆、お蕎麦盛り付けたよ。って、何してるの?」

 

 

「いや、何でもねえよ、凪沙。じゃあ、とっとと飯にしようぜ」

 

 

呼びに来た凪沙に古城が対応し、そして古城の提案に全員が従い、席に着いてよく冷えたざる蕎麦を囲んだ。

 

 

――ここは絃神島。この日本近海の太平洋上に浮かぶ小さな人工島で『罪の王冠』を戴く少年と、『焔光の夜伯』となった少年の物語が開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁーー、流石にこんな病室に1人は寂しいな……」

 

 

やけに広い病室にはベッドが一つだけあった。そのベッドの上で横になっているのはメガネを掛けて、精悍な顔つきの20代から30代くらいの男だ。腕に包帯が幾重にも巻かれ、相当な深手であったことを連想させる。先日の『サルト』撲滅作戦で不覚にも腕をやられた彼はある病室で療養中という訳だ。普通、特区警備隊の負傷者は宿舎近くに建てられた医療機関で治療するのだが彼は違った。絃神島の民間病院に収容されていた。表向きは獣人から病原菌等を貰っていないかどうかの検査なのだが、東條秋彦(とうじょう あきひこ)本人もそれはあくまで表向きの理由だという事に気付いていた。

 

 

「はぁ………ホント、せめて可愛い白衣の天使でも来て手厚い看護してくれ無いかなぁ。出来れば巨乳でプロポーション抜群とかだと尚良いんだが……」

 

 

「ほぉ、生憎だったな。白衣の天使ではなく、黒衣の魔女が来てやったぞ?ありがたく思え」

 

 

「み、南宮攻魔官!?」

 

 

彼の希望は虚しく崩れ去った。現れたのは抜群のプロポーションを持った白衣の天使ではなく、下手をすれば小学生にも間違われない体型の全身が黒のコーディネートの魔女だった。

 

 

「お前の言う巨乳でプロポーション抜群で無くて悪かったなぁ?さぞ、がっかりしただろう、ん?」

 

 

「い、いえいえ!上司直々にお見舞いに来てもらえるなんて有難いです!それに、大丈夫ですよ、南宮攻魔官!俺は巨乳で無く無乳みたいな幼児体型いぃぃあいだだだだだだっ!!ちょ、そこっ!怪我!そこを日傘で……!」

 

 

東條は上司の地雷を見事に踏みぬき、制裁を受ける。端的に言ってしまえば、怪我をしている腕に日傘を突き立てて、傷口が開かない程度の力加減で、痛みが最大になる様にグリグリ押しているのだ。

 

 

「ぐ………こ、攻魔官は魔女じゃなく、悪魔ですか?」

 

 

「ふん、陰口とはいえ上司に対して不適切な発言を連発したんだ。減俸されないだけでも有難く思え」

 

 

「あー……はっはっは……」

 

 

ここで那月が言った不適切な発言とは、東條が集や古城と行動を共にしていた時に口にした事だ。魔術でマーキングされていた事を後から知った彼は顔を蒼くしていたが、罰がこのくらいで助かったと思う事にした。

 

 

「さて、ではとっとと本題に移るとしよう」

 

 

先程のふざけた様子とは一変し、那月の表情は凛とした佇まいになる。東條もそれを察して上体を起こして真面目な表情になる。

 

 

「USBメモリの件、ですね?」

 

 

「ああ、そうだ。この話をする為にもお前を民間の病院に収容したのだからな。あっちの特区警備隊(アイランド・ガード)の医療施設の方だと何時盗聴されるか分かったものではない。さて……では、コイツに掛けたパスワードを教えてもらおう」

 

 

そう言うと那月は取り出したUSBメモリを東條の目の前に見せる。

 

 

「パスワードは"729-chan.saikoh"で――あだだっ!」

 

 

キメ顔でキランと眼鏡を光らせながら、パスワードを言い切った東條は本日2度目の日傘による攻撃を受ける。今度は連続で頭目掛けて振り下ろされた。

 

 

「さ、最悪、敵の手にまた渡ってしまっても一矢報いようって思った結果なんですってば!だから、攻撃を止めて下さいよ、攻魔官!」

 

 

それでも那月による攻撃は続き、ようやく止んだ時には東條の頭にタンコブが出来ていた。

 

 

「痛たた………怪我人にさらに怪我させる上司って」

 

 

「やかましい。だったら、もう少しその残念な頭を何とかしろ」

 

 

「うわ、ひっでえ。これでも、防衛大では常に上位の成績だったのに」

 

 

「あくまで過去だろうが。まったく………それは良いとしてだ。他にも何か言う事があるんじゃないか、東條?」

 

 

「………今回の情報の一部を、匿名で自衛隊宛にばら撒いてみたが、少し反応した連中が居たみたいだ。さっき確認してみた」

 

 

「ふふ、流石は元はSR班に居ただけはある。その前は中央システム管理隊、他には北部方面隊の電子隊だったか?情報戦にも精通するお前を引き抜いた私の選択は間違っていなかったようだな」

 

 

「そんなに褒めても何も出ませんよ、たはは」

 

 

朗らかに笑う東條を那月は少し複雑そうな表情で見ていた。東條自身、今まで様々な組織に所属してきたが、その大元の組織は自衛隊だ。その自衛隊宛に罠を張ったのだ。つまり、古巣を攻撃している事に他ならない。いや、那月からすれば()()()()()()()事に他ならないのだ。だからこそ、不安になるのだ。いつか、東條が裏切るのでは?もしくは板挟み状態になった結果壊れるのでは、と。そんな那月の表情を察してか、東條は笑うのを止めて真っ直ぐに那月を見た。

 

 

「そんな顔をすんなよ、那月ちゃん。俺は今は特区警備隊(アイランド・ガード)なんだ。古巣の方に今更未練なんか無えよ」

 

 

「………そうか。では、これからも頼りにさせて貰うとしよう。だが――ふんっ!」

 

 

「あだっ!?」

 

 

今度は閉じた扇子による額への一撃だった。その一撃は東條の額のど真ん中を正確に打ち抜き、打たれた場所を手で抑える。

 

 

「上司を"ちゃん"付けで呼ぶな、馬鹿者。………では、私はもう行く。その怪我、早く治せよ」

 

 

「ええ。あ」

 

 

那月が去ろうとして、東條が返事をした時だった。東條が何かを思い付いた様に声を上げた。その声に去ろうとした那月もついつい足を止める。

 

 

「む、何かまだ言う事があるのか?」

 

 

「いやぁ、さっき怪我を早く治せって言いましたよね?那月ちゃんが隣で寝てくれたら早く治りそうなんですけどねぇ?」

 

 

東條は、来い来いと言わんばかりに両手を広げる。那月はさっき己の言った事に後悔した。この男をつけ上がらせてしまった、と。そこで、これも部下の調教――もとい躾の為だと思い、攻撃を繰り出そうとする。

 

日傘を刀代わりに見立てて、持っている右手を大きく顔の隣まで引いて、空いた左手の人差し指と親指の間に日傘の先端を持ってくる。そして、腰を低く構え、ピタッと止まる。見覚えのあるフォームと今自分が取っている体勢を考えて、東條は血の気が引いていく。

 

 

「な、那月ちゃん?」

 

 

「これも部下の調ky――躾だ。恨むなよ、東條………行くぞ!」

 

 

「ちょ、待――牙突・幼女式いぃぃ!!?」

 

 

 

数十秒後、騒ぎを聞きつけた看護師が病室で暴れる那月を取り押さえ、宥めるのに10分前後掛かったそうだ。

 

 

 

 

 





この話を投稿する際、一回間違えてしまいました。大変お騒がせしました。



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