【習作】キヨシ投獄回避ルート   作:PBR

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本日、真神那由多さんが表紙の二十二巻、平本アキラ先生の画集『GAMPUKU―眼福―』発売です!


第20話 キヨシの挑戦状

 ずっと休んでいた花と再会した二日後、キヨシは“放課後は空けておけ”というメールを花から貰ったことで怯えながら校門前に立っていた。

 彼女はやられたことをやり返すと言っていた。余計な報復はせず、ただやられたことだけをやり返す点は非常に優しいし、キヨシとしても故意ではなかったのでありがたいとすら感じたくらいである。

 けれど、いくら相手が美少女であったとしても、変態でもなければおしっこを掛けられて喜べる訳がない。

 それならば病院送りになってもいいから殴られた方がマシまである。殴られれば痛いがそれだけだ。後遺症が残る危険を無視すればいずれ治る。

 一方で、おしっこをかけられれば人はどうなるだろうか?

 痛みは無い。目や傷に入れば染みるかもしれないが、それでも痛みが原因で死んだり病院送りになることはだろう。

 だが、肉体へのダメージが皆無であったとしても、かけられれば人として大切なものを失う。プライドなどという軽いものではない。もっと己の根源的な、人が人として生きていく上で必要な尊厳のようなものが失われる気がしてならない。

 加えて、野生の世界ではおしっこをかけるというのは自分の縄張りを主張する行為だ。ここは自分の縄張り、言い換えれば自分の所有物、そんなことを花が考えているかは分からないが、キヨシは掛けられた時点で花と生きていく事を余儀なくなれるのではという恐怖を抱いていた。

 自分が好きな相手は千代だと、花にかけさせろと迫られても全力で抵抗する。そう心に決めて待っていれば、少々ムスッとした表情をした花が歩いてやってきた。

 

「今日はちゃんと来てるのね」

「え、ええ、今日は偶然にも用事がなかったので」

「いつもないくせに」

 

 以前、キヨシは花を恐れて放課後や休日は予定があるように装って街に行き、用事があって今日は街にいるんですよと逃げていた。

 無論、それは花にもしっかりとばれていて、次に逃げたら殺すとまで言われてようやく諦めたというオチがある。

 その事もあって花から見たキヨシは花壇の手入れをしていない限りは暇人という印象なのだが、一応、己の名誉のためにキヨシも毎日が暇人という訳ではないと主張したかった。

 口にすれば殴られるか意見を無視されるだけなので言ったりはしないが。

 

「それであの、今日は一体なんの用ですか?」

「用がなきゃ呼んじゃいけないの?」

 

 予定を空けておけとしか聞いていないキヨシが尋ねれば、花は身長差からほんの僅かに見上げる形で言葉を返してくる。

 花が見上げるということは、キヨシから見れば相手は上目遣いということであり、その容姿も合わさってグッとくるものがある。

 もしも、いい感じの仲の女子に言われれば、思わず自分に会いたかったのかと勘違いするところだが、残念なことに花は面倒くさそうな雰囲気を纏っており勘違いの余地はなかった。

 

「今日はただ遊ぶだけよ。裏生徒会の仕事って気を配ったりも必要で意外と疲れるから、たまに思いっきり身体を動かしてストレス発散しようって話。会長と副会長を誘うにも全員が学校を空ける訳にはいかないからあんたを呼んだの」

 

 生徒らの尊敬を集めている裏生徒会はやはり苦労も多いらしく、花は凝った肩を回す仕草をしながら呼んだ理由を話す。

 囚人らを相手に暴力を振るって身体は動かせていそうなものだが、気持ち悪い男子らの相手をするのはまた別のストレスがあるに違いないので、健全な方法でストレスを発散したいという気持ちは理解出来る。

 全員が学校を空けられず、かといって人を誘おうにも一般の生徒だと相手がかしこまってしまうので、そういった対象から外れる自分に白羽の矢が立ったことを理解したキヨシは、思いっきり身体を動かすならと行き先を一つ提案した。

 

「は、はぁ、そうですか。じゃあ、駅前のグラスポでも行きます? あそこならゲーセンとかカラオケもあるんで一つに飽きても遊べますし」

 

 グラスポとは駅前にある大型スポーツレジャー施設のことで、正式な名前はグランドスポージアムだが、客からはグラスポの略称で親しまれている。

 施設には定番のボウリングにバッティングセンター、フットサルにバスケ、ビリヤードにカラオケやゲームセンターも入っているので中で軽食も取れることもあって人気は高い。

 無料の会員証で値引きされることもあり、若者が遊ぶにはうってつけだが、花は何やら考え込んでいて答えが返ってくるまで二分を要した。

 

「……ま、いいわ。そこで」

「あ、はい。じゃあ、行きましょうか」

 

 相手の反応に少々引っかかるものはあるが、最終的には了承されたのだ。他にアイデアがある訳でもないキヨシは相手に移動しようと告げると、距離が離れすぎないよう注意しながら駅前を目指した。

 

◇◇◇

 

 グラスポに到着した二人は何をしようかと相談した結果、定番のボウリングで行こうと三ゲーム+ドリンクバーで申し込み、ボウリングシューズを借りてから移動した。

 目的のフロアに止まったエレベーターを降り、自分たちのレーンに行く前にジュースを入れて行ってしまおうとキヨシはコーラを、花はメロンソーダをグラスに注ぎ、席のドリンクホルダーに置いたところで、自分たちの名前が既に入っているのを確認したキヨシがなんとなしに口を開いた。

 

「なんか、二人の名前が並んでる画面みるとデートっぽいですよね」

 

 画面には選手1にキヨシ、選手2に花の名前が表示されており、まるで他のレーンのカップルのように自分と女子の名前だけが書いている画面など初めてみたキヨシにとっては、これは中々に新鮮な光景だなと感慨深いものがあった。

 けれど、口は災いのもと。ハハハと笑ってキヨシが花の方を向けば、相手は心の底から嫌そうな顔をしてから、怒りを我慢した低い声でボール置き場を指さした。

 

「くだらねぇこと言ってねぇでボール取ってこいよ」

「は、はい。すみません」

 

 彼女が怒りを我慢したのは単純にここが公共の場であったからだ。お嬢様学校として有名な八光学園の制服を着ている以上、彼女たちは学校の看板を背負って歩いているも同然。

 となれば、男子と二人でいるだけでも危険だというのに、さらに騒ぎを起こして学校にクレームが行けば目も当てられない。

 金髪+ジャージ穿きの女子生徒と同じ学校の制服を着た男子生徒など、すぐに二人であると特定されてしまうので、問題を起こさず周囲からも注目されないよう怒りを抑えた花はまさに出来る女と言えた。

 そんなスタートから問題を起こしかけつつ、キヨシは12ポンド、花は9ポンドのボールを選んで靴も履き替えて準備は完了。

 投げる順番は受付の時点でジャンケンで決めていたので、後はキヨシが投げればゲーム開始なのだが、ゲームを始める前にとジュースを飲んでいたキヨシは一つ花に提案した。

 

「花さん、ただスコアを競うのもつまらないので一ゲームごとに勝負しませんか? 勝った方が相手に一つ命令するってやつです」

「は? 負けたら鼻からジュース飲めとか?」

 

 ふと思い付いただけだが、花はストローを鼻に挿して苦しそうにコーラを飲むキヨシを想像し、これは中々に面白いかもしれないと口元を吊り上げる。

 彼女もかなりの負けず嫌いで有名なので、相手に何か言うことを聞かせられるルールであれば余計にテンションも上がった。

 その反応から命令という罰ゲーム導入をOKと受け取ったキヨシは、ならばと先にいくつかルールを決めましょうと話を続ける。

 

「命令は先に決めるタイプで行きましょう。あ、退学しろとかそういうのは無しです。あくまで遊びなので他の人に迷惑がかかるのも禁止ですよ」

「じゃあ、今日のお金全部奢りってのは?」

「うわ、いきなりそれ言った人初めてですよ。別にいいですけど」

 

 命令ルールを提案したキヨシだったが、彼はこのルールを中学生の頃から導入し友人らと競い合ってきた。

 帰りにコンビニの肉まんを奢るという可愛いものから、次の学校の日に好きな人に告白するというエグいものまで様々あったが、一ゲーム目から今日遊ぶのにかかるお金を全て奢れという命令をされたのは初めてだった。

 ボウリングが終わっても時間が余れば施設内の他のもので遊ぶ可能性はある。ボウリングの精算時にUFOキャッチャーのタダ券が貰えるので、ゲームセンターにはほぼ確実に行くこともあり、グラスポだけで総額でいくら掛かるか分からない。

 帰りにさらに外食までしようという話になれば目も当てられないので、キヨシはこれは絶対に勝たなければと三ゲーム全て取るための作戦を練った。

 そして、考えること三十秒、あまり長考すれば相手に変な疑いを持たれると思ったが故の早さだが、すぐに立てられる中ではベストだと思われる作戦の第一手を打ちに行く。

 

「じゃあ、俺が一ゲーム目に勝ったら花さんは学校に帰るまでジャージを脱いでください」

「はぁっ!?」

 

 キヨシの放った言葉に花は目を大きく見開いて驚いた。それも当然だろう、まさか罰ゲームに着ている服を脱げと言われるなど考えてもみなかったのだから。

 相手の反応に大きな動揺を見たキヨシは、精神的な優位はまず掴んだと内心で笑みを浮かべ、しかし、表情では平静を装って畳み掛けに行く。

 

「なんですか? 他の女子は制服で普通にやってますよ。ジャージを穿いてるのは花さんくらいです。脱いでも他の女子と同条件、この命令になんら犯罪性はないと思いますが?」

「テメェ、クソキヨシ……っ」

 

 そう、服を脱げという種類の命令ではあるが、ジャージを脱いだところで花はスカートも穿いているのだ。ガードは弱くなるだろうが下着が丸見えになる訳ではない。

 二人のいるフロアの他のレーンでは実際に他校の女子生徒が制服のままゲームを楽しんでおり、キヨシの命令に犯罪性がないことはそれで立証出来る。

 おかしいのはジャージを穿いている方であり、脱いでも他の生徒と同じになるだけだと理解して貰ったところでキヨシは最後の挑発を行なった。

 

「花さん、これはあくまで俺が勝った場合に花さんが受ける罰ゲームです。勝てば良いだけの話じゃないですか。勿論、負けを恐れて勝負を降りてもいいですけどね」

 

 誰が聞いてもわざと煽っていると分かるほどの安い挑発。けれど、安い挑発だと無視したところで、たかが遊びの罰ゲームが恐くて逃げたという事実は変わらず、キヨシにだけは負けられないと思っている花に逃げる道は残されていなかった。

 全て相手の思惑通りになっていると思うと癪だが、確かに勝てば良いだけの話だ。フンと鼻を鳴らして鋭い視線でキヨシを見た花は、足を組み直してメロンソーダをグイっと呷ると勝負を受ける旨を伝える。

 

「わかった。あんたの安い挑発に乗ってやる。だけど、二ゲーム目は覚悟しとけよ」

「ええ、分かりました。まぁ、一ゲーム目の命令を撤回しろ、なんてことになるかもしれませんがね」

 

 ゲーム毎に命令するルールであるため、勝てば一つ前のゲームの命令を撤回させるという事も出来る。

 勿論、その場合は他の命令も一緒にするなどという複合的なタイプには出来ないし、三ゲーム目に勝って前二つの命令を撤回しろという事は出来ない。

 一つの命令で打ち消せるのは一つの命令まで、それをちゃんと花にも説明しつつ、各々が勝負前にガチのストレッチをしている最中にキヨシが重要なことを忘れていたと一つ付け加えた。

 

「ああ、ついでにもう一つ。真剣勝負なので勝つために妨害はありです。ただし、相手に直接触れたりボールやシューズ、ドリンクに細工をするのはダメです。投げる瞬間に音を立てて集中を乱すとかそんな感じでお願いします」

「えー……あんたの中学校どんなエグいルールで遊んでんのよ。いいけどさぁ」

 

 勝つために手段を選ばない。そんな事をしてまで勝利を得ようとする中学生を想像し、花は他の学校の生徒は嫌なガキだったんだなと微妙な気持ちになった。

 けれど、一応そういう事なら花にも恩恵はあるので、妨害時の禁止事項を破れば勝敗に関係なく罰ゲームということも確認してストレッチを終えた。

 準備を終えた両者は背後に炎のエフェクトが見えそうなほどの気合いを纏って見つめ合う。

 片や空手のインターハイベスト4の運動神経抜群美少女、片やその下衆さにおいて並ぶ者なしのナチュラルボーン下衆男。

 勝てば天国負ければ地獄。放課後の遊びに誘った方にしてみれば本当はハニートラップが目的だったのだが、自然なデートなど神は認めず二人は戦う運命しかないのだろう。

 絶対に負けられない戦いの火蓋は今まさに切られようとしていた。

 

 

 




二十二巻の着せ替えカバー付きヤンマガサードは8月6日に発売です。

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