【習作】キヨシ投獄回避ルート   作:PBR

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第16話 ガクト脱獄、5分間の誤算

 

 心臓が五月蠅く鼓動し、千切れんばかりに振っている手足が痛んでも、それらを無視して電車に乗るまでガクトは走り続けた。

 全力疾走することで予定よりも一本早い電車に乗ることが出来、これなら帰りももしかした早い電車に乗れるかもしれないとガクトはいつになく本気だった。

 当初の計画よりも順調にきているが、副会長の見回り時間等の計画はあくまで希望的観測の入った予想でしかなく、帰れるのなら早いに越したことはないのだ。

 電車に乗っているときに見えたフィギュア祭りののぼりに心が湧き、出来る事なら同好の士と語り合いたい気持ちもあるが、それで遅れれば仲間の協力が無駄になる。

 駅を出たガクトが歩行者天国の先にある開催地を目指して必死に走ろうとしたとき、

 

「こんにちは、今日はフィギュア祭りへいらしたんですか?」

 

 運悪くテレビのリポーターに捕まってしまう。急いでいるのに勘弁してくれと思うが、相手に悪気がないのは分かっているせいでガクトはパパッと答えて解放して貰う事を選んだ。

 

「そ、そうでゴザル」

「やっぱり! 今日のお目当てはなんですか?」

「祭り限定の関羽雲長&赤兎馬フィギュアでゴザルよ」

「へえ、では好きな武将は関羽ですか?」

 

 こんな質問に何の意味があるのか。そう思ってもガクトは最後まで答えて、一本早い電車で得たせっかくの猶予をゼロにしてしまう。

 

「お話ありがとうございました。それでは楽しんできてください」

「は、はいでゴザル」

 

 インタビューで五分以上ロスした。その事を心の中で痛く思いつつも、おじぎをしてリポーターと別れるなり、ガクトは再び息を切らしながら全力疾走を開始する。

 行きの分はロスで帳消しになってしまったが、急げば帰りに一本早い電車で帰れるかもしれないのだ。

 遅れている訳ではないのだから悲観する事は無い。まだいける、そう思いながら目的の店が近付いて来ると、店のエプロンをつけた店員が手をメガホン代わりにして宣伝していた。

 

「フィギュア祭り限定赤兎馬付きはラスト一個、ラスト一個です! 次回の販売は四年後となります。お求めのお客様はどうかお急ぎを!」

「買うでゴザルー!!」

 

 店までまだ十メートルはあるというのにガクトは叫んだ。

 なんという奇跡。リポーターに捕まったときは災難だと思ったが、ラスト一個というギリギリで間に合う事が出来た。

 店員もガクトの声が聞こえて笑顔で頷き、本人がやってきて息を切らせていると『魏呉蜀』の地図ステッカーを見せてくる。

 

「ご購入ありがとうございます!! 最後の一個ということで特製ステッカーをお付けしときますね。こちら包装はされますか?」

「け、結構でゴザル。時間がないので急ぎで頼むゴザル」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 本当は丁寧に包装して貰いたいが時間がない。袋だけでいいと言えば店員はフィギュアの箱とステッカーを白い袋に入れる。

 その間にガクトはレジに表示された金額を出しておき、商品を渡して来た店員は会計が丁度であることを確認して受け取った。

 

「お会計丁度いただきます。ありがとうございました!」

 

 目的の物は買えた。後は全速力で帰るだけ。行きも必死に走って苦しいはずのガクトは、しかし、満面の笑みで袋を抱えつつ駅を目指す。

 

(買えた。買えたでゴザル! 皆の衆、ありがとうでゴザルー!!)

 

 覗きが見つかり投獄され、休日返上で働かされると分かったときには絶望したが、こうしてどうにかフィギュアを買う事が出来た。

 真の友を得て、フィギュアまで手に入れたガクトの足取りはどこか軽やかだった。

 

◇◇◇

 

 みつ子と別れてデジカメを買ったキヨシは、電車で両国まで移動して千代と合流し、相撲観戦をしながら彼女お手製弁当を食べていた。

 形のいい塩むすび、当日までお楽しみと言っていた卵焼き、ミートボールにタコさんウインナー、唐揚げとポテトサラダとひじきまである“ザ・弁当”というラインナップ。

 生姜醤油で味付けされた唐揚げは冷めても美味しく、卵焼きは優しい甘さで実にグッド。塩むすびも均等に味がついており、しっかりと結んであるので食べてもボロボロにならない。

 人生初めてのデートがこんなに幸せでいいのかと、キヨシはおにぎりを口いっぱいに頬張りながら感動していた。

 

「これ、本当にマジで美味いよ。千代ちゃんって料理上手なんだね」

「フフッ、気に入ってもらえて良かった。あ、キヨシ君ったら顔にご飯粒つけてる。それ可愛いから写真撮ってもいい?」

 

 かなりがっついて食べていたからだろう。キヨシの鼻の頭と頬にご飯粒がついていた。

 それを見た千代は身体を寄せて自分も写るようにしながら携帯で写真を撮った。上手く撮れて嬉しいのか彼女は写真を見せてくる。

 

「ほら、よく撮れてる。これキヨシ君にも送ってあげるね」

「あ、ありがとう。ちょっと恥ずかしいけどいい思い出になるよ」

「うん。学生相撲も見に来れて、こんな風に友達とお弁当も食べられて私もすっごく楽しい。キヨシ君、一緒に来てくれてありがとう!」

 

 輝くような最高の笑顔。キヨシにはそれがとても眩しく見えて、幸せすぎて今日死ぬんじゃないかと少し怖くなった。

 しかし、千代が早速送ってくれた写真を見れば、これは自分に運が向いて来ているだけだと謎の自信を持った。

 仲間たちが覗きで監獄送りになってから自分も色々と辛い思いをした。これはそれに耐えてきたご褒美なのだと思う事にして、キヨシは大量にあったおかずとおにぎりを全て平らげ、心と体の両方で相撲デートを満喫するのだった。

 

◇◇◇

 

 キヨシが相撲デートに行き、ガクトがフィギュアを手に入れて帰る少し前、部屋に籠もっていた花はテレビのニュースを見ながら縫物をしていた。

 以前はベッドの上で毛布に包まれていたが、最近は回復してきてカーテンを開けて部屋の中で自由に過ごせるようになった。

 時間が経って傷が癒えてきたこともあるが、動けるようになった一番の理由は、キヨシから送られてきた信じがたいメールの内容だろう。

 自分を気遣うメールかと思って携帯を見た花は、男子たちが自分とキヨシが付き合っていると勘違いしていると聞いて血管が切れそうになった。

 何をどう間違えればそうなるのか。一瞬、自分のことを好きなキヨシが勝手にそんな噂を流しているのかと花は疑ったが、よく考えればアイスを食べているときやドーナツを食べているところを見られている。

 監獄男子四人は実に単純なやつらなので、男女が二人でオヤツを食べていればカップルに見えたのだろう。

 そうして、キヨシと全く同じ流れで状況を正確に把握した彼女は、部屋から出られる様になれば男子をシメることに決め、それまでは部屋の中でもストレスを発散出来るように全長四十センチのキヨシ君人形を作っていた。

 

(あれ、アイツの前髪ってどっち分けだったかな……)

 

 どちらかと言えば左分けだが、花は大学ノートにデフォルメした似顔絵を描いて、違和感の薄い方を確認してから前髪を縫い始める。

 このキヨシ君人形は主に足置きやクッションとして利用され、ムカつく事があると綿が出る寸前まで殴られたりする可哀想な運命が約束された存在である。

 何故キヨシをモデルにしたかというと殴って一番気持ちいいから。料理が得意な彼女は裁縫もそれなりに出来て女子力が高い。

 他の者に見せたら可愛いと言われるであろう出来で、花も作っているうちに結構愛着が湧いているのだが、使用目的はあくまでストレス発散だ。

 

《リポーターの結野です。今日は秋葉原で開催されている三国志フィギュア祭りにやってきています。こちらは大変な賑わいで、都内だけでなく地方からもフィギュア目的で多数の人が集まっています。早速きているお客さんに話を聞いてみたいと思います》

 

 BGM代わりにつけているテレビからニュースの声が聞こえてくる。秋葉という近い場所でイベントがやっていると聞いても、花は三国志に欠片も興味がないので視線は人形に向けたまま丁寧に針と糸を通して行く。

 髪の毛を縫い終えれば制服の細かい部分を仕上げ、ウチの男子制服も結構格好良いじゃないかと心の中で褒めたとき、テレビから何やら覚えのある声が聞こえてきた。

 

《祭り限定の関羽雲長&赤兎馬フィギュアでゴザルよ》

「……は? なんでコイツがテレビに映ってんの?」

 

 顔をあげて視線を向ければ、そこには女性リポーターにマイクを向けられた眼鏡の囚人がいた。

 映像は生中継と表示されているので、映っている以上今まさにガクトは秋葉原にいてインタビューを受けている事になる。

 花は携帯を素早く取ってムービー撮影機能を起動し、それをテレビに向けながら思考を続ける。

 

(会長は休日を許可してない。アイツらに今日は陸上の地区大会を手伝わせるって言ってた。なのにあいつがテレビに映ってるってことは、いま脱獄して秋葉に行ってるってことになる)

 

 監獄送りになってから少しは反省しているかと思えば、フィギュアを買うために与えられた仕事を放棄して秋葉原に行っていた。

 花はここ数日の予定を会長と副会長からメールで教えられていただけだが、部屋にいて偶然テレビを点けていなければ気付かなかった可能性が高い。

 仕事で出ている二人がテレビの前にいることはほぼないので、花は戦線離脱していながら二人の役に立てたことが嬉しかった。

 それと同時に自分たちをこけにしてくれた男子への怒りが湧きあがる。単独犯かそれとも他の男子も協力しているのか、その辺りについては分からないが、撮影したデータファイルを添付すると花は会長である万里にメールを送った。

 

「このクソキヨシ。テメェの仲間はどんだけ人を馬鹿にしてんだっつーの!」

 

 完成したばかりのキヨシ君人形の顔面に拳がめり込む。感覚はリンクしていないはずだが、このとき離れた場所にいるキヨシは謎の悪寒を感じていた。

 

◇◇◇

 

 学生相撲を見終わって帰って来たキヨシたちは、駅から学校に向かって歩いていた。

 学校まではもうすぐなので、キヨシは携帯を取り出してある人物にもうすぐ学校に着きますと連絡を入れる。

 キヨシが携帯を操作しているのを見ていた千代は、誰に連絡したのか少しだけ気になったのか尋ねてきた。

 

「誰かにメール? 用事あるなら座ってちゃんと連絡した方がいいよ?」

「大丈夫だよ。ケイトさんから一応帰る前に連絡してって言われてただけだから」

 

 言いながらキヨシはケイトからの返信メールを千代に見せる。そこには「了解しました。気を付けて帰って来てね」と学園の女子では珍しい優しい言葉が書かれている。

 女子たちも別にキヨシを嫌っている訳ではないが、絶大な支持を誇る裏生徒会が男子との接触を禁じているため、彼女たちは言う通りに彼をいないものとして扱っているのだ。

 表生徒会はそんな中でほぼ唯一裏生徒会の権力が及ばぬ存在であるため、外出中の生徒の安全確認という名目でキヨシと連絡を取る事も可能となっている。

 もっとも、裏生徒会も個人のメールや電話のやり取りまで厳しく取り締まっていないので、生徒が隠れて他所の男子と付き合っていて連絡を取っていても、目の前で彼氏と電話でイチャつくなどしてばれないかぎりは何も言われたりはしない。

 千代もそんな隠れて男子と連絡を取っている一人として、キヨシと仲が良さそうな相手がいて嬉しそうな笑顔を見せる。

 

「心配してくれるなんてケイトさん優しいね。お姉ちゃんたちが厳しいから大変だと思うけど、困ったら助けてくれそうでちょっと安心かな」

「万里さんたちが厳しいのはしょうがないよ。女子校っていう温室育ちで男子が怖いって子もいるだろうし、そんな中で覗き未遂をしちゃったらどうしてもね」

「それはそうだけど、何もしてないときから話したりするの禁止っていうのは酷いと思うの。お姉ちゃんにどうしてって聞いても、クズからアナタたちを守るためよってしか答えてくれなくて」

 

 今の男子の境遇はガクトたちの行動が原因なので、友人としてキヨシもそれを甘んじて受け入れている。

 しかし、千代は自分の姉がそんなルールを作ったのは事件より前だったと不満げだ。

 事件後ならば対応の厳格化として理解出来るが、最初から男子を悪として決めつけ入学当初から女子にだけ貼り紙で接触禁止を広めておくなど、男子に失礼であり公平ではないと小さな怒りを覚えた。

 その事をキヨシに言えば、自分たちのために彼女が怒ってくれていると理解し、嬉しそうに笑いながら照れて頭を掻く。

 

「千代ちゃんがそう言ってくれるだけで嬉しいよ。アイツらももうすぐ出獄だから、出獄祝いに何かするときは是非来てよ。千代ちゃんみたいに心配してくれる人がいるって知ったらアイツらも喜ぶし」

「わぁ、いいの? 他の男子とはまだ話したことないから楽しみだなぁ」

「それなら今からグラウンドの方でもいく? 今日は大会運営の手伝いだし。ちょっと挨拶するくらいは出来ると思うんだ」

 

 彼女は裏生徒会の決めた規則に納得しておらず、男子に変な偏見を持っていない希少な女子の一人であるため、他の男子を紹介して貰えると聞いて嬉しそうにしている。

 眩しい彼女の笑顔をみて気分が良くなったキヨシは、それなら早速顔合わせだけでもしておかないかと彼女を陸上部の大会が行われているグラウンドへと誘った。

 今日は他校の女子も来ているので、私服の千代がこっそり話しかけても大丈夫なはず。何より彼女は裏生徒会長の実の妹なので、姉やその部下たちが彼女を罰することはあり得ないとキヨシは読んだ。

 すると、

 

「うん、いく! あ、お姉ちゃんか芽衣子ちゃんがいても様子を見に来たって言えば大丈夫だと思うから、キヨシ君は何も心配しなくていいからね」

 

 千代はキヨシに何も気にしなくていいと言ってから、自分の意志で彼らに会いに行きたいと告げてきた。

 きっと何か言われたときにキヨシが千代を庇うと思ったのだろう。実際、何かあれば千代に被害が行かぬように庇うつもりだが、彼女が逆に気を遣ってきた事でキヨシはそれに頷いて「じゃあ行こうか」と返す。

 学校に到着して校門から入り、二人は並んで地区大会の行われているグラウンドを目指す。まだ到着していないというのに応援の声やスタートのピストルの音が聞こえ、千代が「盛り上がっているね」と笑いかけてきた。

 それにキヨシが笑顔で相槌を打って校舎の角を曲がれば、トラックを走る女子や走り高跳びをしている女子のいるグラウンドの傍らに、何故だか集まっている男子たちと花を除く裏生徒会の人間がいた。

 携帯を持っている万里と副会長の足元でガクトが四つん這いになって俯いており、これはただ事ではないとキヨシたちは駆け寄る。

 

「すみません、何かあったんですか?」

「ただこの男が玩具欲しさに脱獄しただけです。それより――――何故、アナタが千代といるんですか?」

 

 絶対零度、背筋がゾクリとするほど冷たい瞳で万里がキヨシを捉える。先ほどまでのデートで浮かれた気分など吹っ飛び、キヨシは必死に何か答えねばと言葉を探す。

 だが、キヨシが口を開くよりも速く、額に血管を浮き上がらせた副会長がキヨシの胸倉を掴もうとしてきた。

 

「貴様、会長の妹さんをっ!!」

「うわっ!?」

 

 対花のトレーニングの成果か、伸ばされた手を咄嗟に弾いて後ろに下がる。

 相手はその動きに驚いたようだが、驚いている間に千代が二人の間に割って入った。

 

「待って芽衣子ちゃん! キヨシ君とは一緒に学生相撲を観に行ってただけなの。誘ったのも私からだよ」

 

 悪いのはキヨシではない。だから責めるのなら自分にしろ。強い意志を見せて千代がそう口にすれば、副会長は怯みどうすべきかと視線だけで万里に判断を求めた。

 すると、少し距離のあいた場所にいた万里が千代の前までやってきて、愁いを帯びた瞳で妹を見やってから再び冷たい表情になりキヨシを睨む。

 

「千代、こんな男を庇う必要はないわ。このクズ、大切な妹を誑かそうだなんて即刻監獄行きだわ」

「ま、待ってください。今日の相撲観戦はちゃんと許可を取ってます」

「そうだよ、お姉ちゃん。ほら、これ見て」

 

 千代が間に入ってくれたことで思考する余裕を取り戻したキヨシが反論すれば、千代は持っていた鞄の中からファイルに入った一枚の書類を取り出してみせた。

 その書類は先日キヨシが表生徒会と理事長に判を貰いに行ったものである。書かれている内容は、学業の一環として“日本の伝統武道に触れる”ことを目的とした学生相撲観戦の許可を求めるというものだ。

 複数ある参加希望者欄には千代とキヨシの直筆の署名があり、その内容を認めるという生徒会長と理事長の署名と認印がしっかりと押されている。

 

「これは……誰がこんなものを」

「作ったのはキヨシ君よ。そして、その書類には生徒会長であるこの私が判を押したわ」

 

 学校行事について把握していた万里が、学生相撲観戦という自分の知らない行事に目を見開き、震える手で書類を持ちながら言葉を漏らしたとき、キヨシたちの背後から声が聞こえある人物が現れた。

 緩い縦ロールというヘアスタイルをした女子、表生徒会長の竹ノ宮ケイトだ。彼女の後ろには竹刀を持ったリサが控えているが、彼女らのことを知らないキヨシ以外の男子たちをおいて、向かい合った両組織の長は張り詰めた空気の中言葉を交わす。

 

「ケイト……。勝手にこんなものに許可を出して、千代がこのクズに何かされたらどうするの!」

「勝手にとは随分な言い様ね。部室等の差はあれど生徒会と裏生徒会は対等よ。それに許可を出したのは理事長も同じ。日本の伝統武道である相撲を観戦するのに不純さなんて欠片もないし。二人はオヤツや夕食を食べずに真っ直ぐ帰って来たわ。信用していた通りにね」

 

 その書類には確かに万里の父親である理事長の認印も押されている。さらに、時間を考えると二人が試合観戦後に真っ直ぐ帰って来たことは確実。忌々しい事にここではケイトの言い分の方が正しかった事で万里は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 対して涼しい表情をしていたケイトは、不敵に口元を吊り上げ言葉を続けた。

 

「万里、アナタが何を言おうと二人の相撲観戦は学校が認めた正式な行事よ。学生という身近な存在を通じて日本の伝統武道に触れる、というね。何か言いたいことがあるなら裏生徒会長として正式に申し立てするといいわ」

 

 既に学校が認めている以上、ここで何を言っても状況は覆らない。不満があるのなら組織の長として筋を通せ。

 淡々と告げる彼女の笑みが厭味ったらしく見えて、万里は悔しそうに書類を握る手に力を籠めた。

 

「くっ……千代、相撲観戦はもう終わったのでしょう。なら、規則通りに学内ではその男子から離れておきなさい。副会長、脱獄した男子は反省房へ、他の男子たちは監獄に入れておきなさい。キヨシに関しては放置で結構です」

「はっ、了解しました。仕事はもういい、貴様らは監獄に戻れ。さっさと立てクソメガネ、いつまで地べたに這い蹲っている!」

 

 悔しいがケイトの言っている事は正しい。グッと堪えて怒りを飲み込むと、万里は副会長に言葉を残し千代の手を引いて校舎の方へと去っていく。

 その後ろ姿を最後まで見送らず速やかに命令を完遂しようと動き出した副会長は、シンゴたちに戻るように言い、いつまでも地面で四つん這いになっているガクトを鞭で打った。

 叩かれたガクトはようやく起き上がったが、その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。

 

「うぅ……小生の、小生の関羽様がぁ……」

 

 ヨタヨタと歩くガクトをアンドレが支え、男子らは副会長と共に監獄へ戻っていく。

 しかし、彼らが去った後には玩具の箱らしきものが一つ残っており、近付いたキヨシはそれを拾い上げた。

 

「これは……呂布奉先&赤兎馬フィギュア?」

 

 落ちていたのは三国志フィギュア祭り限定の“呂布奉先&赤兎馬フィギュア”。これもこれで貴重なアイテムだが、実はフィギュアを買いに行ったガクトはフィギュア祭り限定と赤兎馬付きという単語だけで判断し、店員が別の物を持っていると気付かずに買ってきてしまったのだ。

 ちゃんと確認していればそっちではなく関羽の方だと言って正しい物を買えただろう。けれど、急いでいたガクトはラスト一個という言葉で焦りも加わり確認を怠った。

 そして、花からのムービー付きメールで脱獄について知った万里が副会長に持ち物を検めさせた際、パッケージを見たガクトも自分のミスに気付いて落ち込んでいたという訳だった。

 到着していなかった事で、そういった一連のことを知らないキヨシは不思議に思いつつも、忘れていったなら部屋に置いておいてやろうとフィギュアを持っていく事に決める。

 フィギュアを拾い、千代も行ってしまったことでキヨシが寮に帰ろうとすれば、まだ残っていたケイトが話しかけてきた。

 

「キヨシ君、相撲デートは楽しかった?」

「え、あの、はい。誘われたけど実はあんまり興味無かったんですが、生で真剣な試合を見ると学生でも迫力があって面白かったです」

 

 最初は千代とのデートのために興味があるふりをしたが、実際に見てみるとアマチュアである学生の試合でも迫力があって楽しめた。

 これまで学生相撲は観戦したことがなかった千代も大興奮で、デートとスポーツ観戦の両方を満喫できたキヨシも大満足だったと許可をくれたケイトに感謝する。

 

「フフッ、それは良かったわね。私たちも万里たちの悔しそうな表情が見られたから、お互いに良い思いが出来て許可した甲斐があったわ」

 

 二つの組織は対立関係にある。万里たちの方は表生徒会を無意識に見下しているようだが、ケイト達にすれば裏生徒会など存在している理由も不明で、自分たちこそが本物の生徒会だと思っていた。

 部室の待遇など色々と不満な点もあり、そういった意味でこれまで辛酸を舐めさせられてきたが、キヨシが保険として用意していた書類によって、相手を正面から負かすことが出来た。

 

「中々頭が回るようだな。会長がどうしてオマエを高く評価していたか不思議だったが、先ほどのことで納得できた。やつらの顔を見たら久しぶりに胸がスッとしたぞ」

 

 普段はきつそうな表情をしているリサも嬉しいのか、どことなくいつもより優しい表情で笑いかけ、元からスッとしている胸がスッとしたと高度なギャグを飛ばしてくる。

 勿論、そんな事を口にすれば竹刀で打たれるので、キヨシは心の中に留めておくが、見たい物が見られて満足だとケイトが校舎に帰ろうとする直前にリサは再びキヨシに話しかけてきた。

 

「ウチは部室はボロだがあれで仕事も多い。まぁ、ほとんどは雑用みたいなものだが、それだけに数が多くてな。以前会長も言っていたがオマエなら即戦力として期待できる分歓迎する。興味があれば体験入部という形でもいいから来るといい」

「えっと、まぁ、どんな仕事をしているか少しだけ見学しに行ってみます」

「ああ、最初はそれでいい。一応、連絡先を教えておく。見学に来るなら私や会長に連絡してからこい。それじゃあな」

 

 互いの連絡先を交換すると話はそれだけだとリサはケイトの後を追って校舎に戻った。

 後ろ姿を見ていたキヨシもここではすることがないので、大会に出ている女子のユニフォーム姿を横目で見ながら、今日は色々と楽しい一日だったと寮に帰って行った。

 

 

 


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