【習作】キヨシ投獄回避ルート   作:PBR

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第15話 AKIBA'S TRIP

 

「497……498……499……500っ」

 

 相撲観戦デート当日の早朝、日課である筋トレに励んでいたキヨシは、スクワットを終えると近くのアウトドアチェアにかけていたタオルで汗を拭う。

 入念な柔軟運動、ランニング20キロ、腹筋・背筋・腕立て伏せ・スクワットを500回ずつ。晴れの日は植物の水やりのついでにこのメニューを朝の五時半に起きて行い、雨の日は普通に惰眠をむさぼるのが高校に入ってからのキヨシの生活サイクルだった。

 通信教育で学んだジークンドーの練習は夜に行っており、最近はいつか復帰するであろう花の攻撃を如何に防ぐかを念頭に置いて鍛錬を積んでいる。

 おかげで元々引き締まっていた肉体はさらに鍛え上げられ、格闘技術も防御に関してだけは花や副会長に匹敵するレベルまで高まっていた。

 攻撃に関してはまだまだ未熟だが、それもちゃんとした組み手形式でやれば伸びていくだろう。

 モテたいと思って始めたはずの筋トレや格闘技が、強くなっていく実感を得るうちに本当の趣味になりつつあることをキヨシはまだ知らない。

 とはいえ、現在のキヨシにとって筋トレはあくまで日課の域を出ない。筋トレや水やりに使った道具を片付けながら寮に戻る途中、キヨシは本日のシミュレートを頭の中で行う。

 

(十三時に両国体育館前に集合だから、少なくとも一時間前には現地についておきたい。お昼は千代ちゃんがお弁当を作ってくれるから、今日の朝は少なめにしてお腹を減らしておこう。ガクトに頼まれたぬいぐるみはどうでもいいけど、先にカメラ買っていくからそのときでいいか)

 

 キヨシはちゃんとシンゴから聞いた話を覚えていた。だが、彼の中では優先順位が低いようで、正直買い忘れても謝ればいいかと考えていた。

 フィギュアのためにクソまで漏らしたガクトと、その覚悟を聞いていた他の男子がキヨシの考えを聞けば怒るだろう。

 けれど、彼は今日の相撲デートが楽しみでしょうがなく、後で買おうと思っていたカメラを先に買う事にするくらい千代との思い出作りに本気だった。

 

(今日のためにファッション雑誌を色々と読んだけど、やっぱりガイアが囁いてる系のやつがいいのかな?)

 

 FXで小遣い稼ぎをしているので服を買う余裕はある。そして、どうせなら格好良いと言われたいので、キヨシは伊達ワル系やらが載ったファッション誌を見て、少し抑えめだが似た服を買っておいた。

 Tシャツの丈が短くて腹筋が思いきり出ているのだが、鍛えまくったことでシックスパックがくっきりと出ている彼は見事に着こなしている。

 だが、今日はあくまでスポーツ観戦。もっと高校生らしい爽やか系の服の方がいいのではと考えを改める。

 

(千代ちゃんはきっと清純系でくるだろう。なら、俺もそれに合わせて好青年っぽい爽やかな服装の方がよくないか? 伊達ワルは夜まで遊ぶ日に着るとして、今日は春らしいコーデにしておこう)

 

 二人の服装の雰囲気が似ていれば、周囲からはお似合いカップルのように見られる可能性もある。

 色々と考えた末にその可能性に期待した少年は、シャワーを浴びて朝食を食べたら着替えて出掛けようと寮への階段を上がって行った。

 

◇◇◇

 

 シャワーを浴びてシトラスの香りのする制汗スプレーをかけてきたキヨシは、少し早いと思ったが十時前には学校を出て電車に乗っていた。

 両国の前に秋葉で下りて、千代を撮るためのデジカメとガクトが欲しがっているというウンピョウのフィギュアを買うのだ。

 秋葉までは後もう少し。窓から外を眺めていると秋葉の町並みが見えてきて、一部の通りにやたらと人が集まっている事に気付く。

 

(あれ、なんかイベントやってるのか? 道とか店も知らないから、人が多いと探すの面倒なんだけど)

 

 デジカメは大きな電気屋で買うので問題ない。事前にどの機種がいいかはリサーチ済みで、後は実際の店舗に行って価格交渉を行うだけだ。

 キヨシが買おうとしているデジカメはコンデジなのでそれほど高価ではないが、元々五万くらいする機種なので、店頭価格で四万円ほどまで下がっているそれをどうにか二万円まで下げさせるのが目標である。

 故に、何かのイベントがやっていようと少年には関係ないどころか、店に辿り着くのに邪魔な可能性すらあった。

 一体何のイベントか気になったキヨシは、窓からなんとか見えないか目を凝らす。そこから見えたのぼりには、『四年に一度、三国志フィギュア祭』の文字が書かれていた。

 

(三国志か。そういや、ガクトが好きだったような気もするな)

 

 監獄にいる彼は知らないかもしれないが、知っていればもしかしたら来たがったかもしれない。

 けれど、残念ながらキヨシは相手と連絡を取れないので、出獄してからもこんなイベントがあったよと教えたりはしないでおこうと思った。

 

《秋葉原、秋葉原。お忘れ物がないようご注意ください》

 

 電車が駅についたことでキヨシは席から立ち上がる。ここで鞄を忘れるようなヘマをすれば台無しだが、彼はそんなミスを犯したりせずしっかりと荷物を持って電車を降りた。

 人の流れの沿うようにホームを進み、階段を下りているところで少し前を知っている後ろが歩いている事に気付く。

 特徴的な二つのお団子頭は、表生徒会書記である横山みつ子で間違いない。

 こんなところまで何の用事だろうかと考えたところで、この街は所謂そういった趣味の方向けの本を売っている店があることをキヨシは思い出し、きっと遠征に来たのだろうと予想した。

 彼女は自分がBL好きだと周囲にばれないようにしていたので、ここでは見なかった事にしてあげるのが武士の情けだろうと話しかけるのをやめようとした。

 しかし、

 

(あ、あれはっ!?)

 

 キヨシは彼女の後姿を見ている途中であるポイントで視線が固定される。

 可愛らしい花柄のあしらわれたワンピースという、彼女の雰囲気によく合った服装でファッションセンスがあることが伺える。

 だが、そのスカートのすそがパンツの中に一部入っていて、後ろ側が思いっきりパンツ丸見え状態だった。

 これは流石にマズイ。周囲の男たちが下衆な視線を送っている事に本人は気付いていない。男子から指摘されるのは恥ずかしいかもしれないが、ここで知り合いとして指摘しないなど出来ない。

 キヨシは歩くペースを上げて追い付き、声をかけながら彼女の肩に手を置いた。

 

「みつ子さん!」

「え? あ、キヨシ君。こんなところですごい偶然だね」

「はい、確かに。ですがそれよりも、スカートが下着に挟まっていて、後ろ側がフルオープンになってます」

「へ? きゃ、きゃあっ!?」

 

 指摘されたみつ子は顔を真っ赤にしてスカートを引っ張りだし、既に遅いが持っていた鞄でお尻を隠した。

 お茶っ葉無しのお茶を貰ったときも思ったが、かなり天然なのだろうとキヨシは彼女の属性を再確認する。

 スカートが直されたことで下着が見えなくなった周囲の男は、キヨシに対して余計なことをしやがってという恨みの視線を送ってるが、決め顔戦闘モードで睨めばすぐに相手は視線を逸らし去っていった。

 そして、周囲から人も減ってキヨシとみつ子も改札に向かって進みだすと、まだ少し恥ずかしそうなみつ子の方から話しかけてきた。

 

「え、えっと、キヨシ君はどうしてここに?」

 

 先ほどのことにはノータッチ。つまり、彼女は忘れてくれと言外に告げているのだろう。

 薄黄色のレースのパンツのことは忘れますと、しっかりと意思をくみ取ったキヨシは相手の質問に素直に返す。

 

「デジカメが欲しくて買いに来たんです。実際の店舗に行って価格交渉とかもしたいのでここへ来ました。みつ子さんは本を買いに来たんですね?」

「うっ……まぁ、その、はい。でも、最初から分かってますって感じにいうのはやめて頂けるとありがたいです」

 

 確かにその通りだがもう少しオブラートに包んで欲しい。みつ子にとっては切実な願いなのだが、キヨシはあまり真面目に聞いていないのか軽く謝って言葉を続ける。

 

「すみません。けど、みつ子さんの趣味だとこっちより乙女ロードの方が店も多いんじゃないですか?」

「く、詳しいね。でも、今日はここで三国志フィギュア祭りがあるの。そのとき一緒に三国志グッズとかも合わせて売り出すから、こっちの方が欲しい物も手に入るんだ」

「へぇ、みつ子さんも三国志が好きなんですね。俺の友達にも三国志好きのガクトってやつがいるんですよ。会えばきっと話が合うと思います」

 

 彼女の趣味は色々なジャンルに亘ると思っていたが、意外なことに三国志好きが深まり腐海に沈んだらしく、今日はイベントの開催を知ってここへとやっていたという。

 鉄道模型のイベントなどでも、模型以外に鉄道写真集やプレートのレプリカを販売していたりするので、彼女がフィギュアに興味無くても同時に売られる関連商品目当てにここを訪れたことは理解出来た。

 その事に感心しながらキヨシが同じ趣味であるガクトのことも紹介すると、彼女も学園に五人しかいない男子の事は知っていたようで、自分の知っている情報の人物であるかをキヨシに確認してくる。

 

「ガクト君って、情報室でその、アレしたっていう彼?」

「ええ、その彼で合ってます。これは裏生徒会には秘密なんですが、あれって実は脱獄のための準備だったらしいんですよ。排泄音を録音して不在を誤魔化すっていう」

 

 キヨシは表生徒会と裏生徒会の間にちょっとした溝があることを知っている。表会長であるケイトの反応を見ていればすぐに分かるが、対立しているからこそ、表生徒会側の人間であるみつ子はばらさないだろうと信頼してあの日の真実を話した。

 それを聞いたみつ子は表情を引き攣らせて苦笑いし、しかし、どうしてそこまでして脱獄したがったのかを疑問に思って聞き返す。

 

「す、すごく身体はってるね。けど、どうして脱獄なんてしようとしたの? あと少しで刑期終わりだよね?」

「それが、今日ここで販売されるウンピョウのフィギュアを買いたかったらしいんです。シンゴが伝言して来たんですが、ガクトがウンピョウのフィギュアとヘギソバを買うために脱獄しようとしてるって」

「今日ここで発売されるウンピョウのフィギュアとヘギソバ?」

 

 聞いたときはキヨシ自身も何の話だと思ったが、それはみつ子も同じらしく眉を寄せて怪訝な表情をしている。

 とはいえ、シンゴから聞いたのはそれだけなので、詳しく訊かれてもキヨシは答えられないのだが、途中から顎に手を当てて何やら考え込んでいたみつ子が顔を上げると口を開いた。

 

「ねえ、それってもしかして、関羽雲長&赤兎馬フィギュアの間違いじゃない?」

 

 “関羽雲長&赤兎馬”と“ウンピョウ&ヘギソバ”は似ていると言えば似ている。男子の中で三国志に詳しそうなのはガクトだけなので、今日の秋葉で発売されることを考慮すると、伝言係が間違えて伝えたのではと彼女は推測した。

 ガクトがもし彼女がシンゴのミスを指摘し訂正してくれたと聞けば、彼女を一生女神として称えただろう。

 だがしかし、みつ子の起死回生の一手を隣を歩く男はへらへらと笑って粉砕した。

 

「いや、確かにシンゴはそう言ってたんで間違ってないですよ。調べたらアニマルフィギュア専門店でウンピョウフィギュアが今日入荷って書いてたんで、多分それだと思います」

 

 いくら商品名を言われたところで、秋葉に詳しくない人間では売っている場所など分からない。

 よって、キヨシは事前にちゃんと下調べをしたのだが、ガクトにとっては運悪くウンピョウのフィギュアを今日発売する店が存在してしまった。

 下調べをしてしっかりと品を確認した以上、キヨシにすればそれが正解であり、指摘した方も実在するなら間違いではないのだなと思ってしまう。

 みつ子はまだ疑わしげだが、改札に切符を入れて通りながら感心したように呟く。

 

「あ、あるんだ。ウンピョウのフィギュア」

「ええ、写真みたら精巧に出来てて可愛かったですよ。まぁ、間違っててもシンゴのミスですし気にしません」

 

 シレッととんでもない事をいうキヨシの表情はいつも通り。そのせいで話を聞いていたみつ子は、自分の隣にいる少年と他の男子は本当に仲がいいのか分からなくなる。

 仲のいい友達なら自分の確認不足だったと言って、間違った友達と一緒になってガクトに謝るはず。だというのに、キヨシは最初から自分の責任ではないと罪を放棄していた。

 確かに間違えていれば伝言係のミスでキヨシに落ち度はない。それでも、ここまではっきりと0:10で伝言係の責任と言い切れるキヨシの精神構造がみつ子には理解出来ない。

 薄々感じていたがナチュラルクズ系の人間なのだろうかと思いつつ、みつ子は先輩として彼に一つアドバイスをしておくことにした。

 

「一応、間違ってたときのために教えておくけど、今日発売の関羽雲長&赤兎馬フィギュアは限定品で今回を逃すと次は四年後になるの。オークションとかだと数倍まで値段が上がってしまうから、不安だったら買っておいた方がいいよ。必要なかったら後で買った値段以上で売る事も出来るし」

「そうなんですか? みつ子さんって腐向け以外にも詳しいんですね」

「……うん。まぁ、三国志はそのままでも好きだから。でも、キヨシ君って結構ズバッと斬り込んでくるタイプなんだね」

 

 この子怖い。みつ子はどこか遠い目をしながら、キヨシが予想通りナチュラルクズ系の少年だとハッキリ理解した。

 家庭環境か男子一人の生活か何が彼を歪めたのかは分からない。それでも、この男は野放しにしていると他の生徒にまで被害が及ぶ可能性がある。

 生徒の安全な学校生活を守る立場の人間として、みつ子は出来る限りキヨシの話し相手になってやろうと心に決め、表生徒会ではケイトしかキヨシの連絡先を知らなかった事で、何かあれば連絡してと自分も携帯の連絡先を教えてから別れるのだった。

 

◇◇◇

 

 キヨシがみつ子と別れてから少し経った頃、陸上の地区大会で荷物番をしていたガクトはシンゴと一緒に昼ご飯を食べて時間を待っていた。

 これを食べたらミッションスタート。今日は何故だか副会長の当たりが強いのでばれれば殺される可能性もある。

 しかし、副会長が恐いからといって関羽雲長&赤兎馬フィギュアを諦めれば、高校三年と次回フィギュア祭りまでの四年、足して七年間を無駄にすることになる。

 人としての尊厳を捨て、クソ漏らしという文字通りの汚名まで付けられた以上、犠牲を払っただけのものは手に入れないと割に合わない。

 食事を終えしっかりと手を合わせて「ご馳走様でした」と呟いたガクトは、隣にいるシンゴが視線だけで行くのかと尋ねてきた事で頷いて返し、予定通りの言葉を口にした。

 

「シンゴ殿、少々腹が痛いのでトイレに行ってくるでゴザル」

「おう。また漏らしたら大変だからさっさと行ってこい。気ぃつけてな」

「ははっ、大丈夫でゴザルよ。ではしばらく頼むでゴザル」

 

 気を付けろという言葉は元々の考えていた台本にはなかった言葉だ。たった一言だが、それが嬉しくてガクトは泣きそうになりながら席を立つ。

 覗きで捕まってからの監獄生活は散々だったが、キヨシに助けられて首の皮一枚で繋がり、さらに裏切りでしかない脱獄に皆が協力してくれた事で、ガクトはこれまで得た事のない真の友を得られた気がした。

 だが、今はそんな感傷に浸っている場合ではない。シンゴに手を振ってトイレに向かうと、すぐに裏の窓から出て排水溝を通ってゴミ置き場を目指した。

 すべては秋葉原で待つ関羽雲長&赤兎馬フィギュアのために。

 


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