ひぐらしのなく刻に ~巡りくる日常(とき)~ 作:十宮恵士郎
前編・後編だけでは伝えきれなかった想い、かつて某掲示板でこの作品を愛してくださった方々への感謝をこめて、外伝と解答編をお送りします。
解答編は、前編・後編にほんの少しちりばめてあった謎の解答を示し、そこからどのような物語が展開していくのかを、簡潔な形で表すストーリーです。
「裏設定のお披露目」という表現の仕方が一番的確かもしれません。
もし前編・後編を気に入っていただけたのなら、この解答編でさらにその裏側とアフターストーリーを楽しむことができるかと思います。
なおこの編は、前編・後編・外伝を踏まえた上で成り立つストーリーとなっておりますので
解答編を読まれたい方は、先に以上の三編を読んだ方が良いかと思います。
準備はよろしいですか?
……それでは、どうぞお楽しみください。
恐怖から逃れようとして
仲間を求めました。
恐怖から逃れるための
仲間はたくさん集まりました。
でも気づいていなかったのです。
恐怖こそが仲間を殺す毒だということに。
恐怖に呑まれてしまったわたしは
あの日バットを振り上げて――
xxxx xxxxxxx
「くすくすくす。見終わったのね? 走馬灯。」
乾いた銃声とともに、その男の子は吹き飛び、胸から血をばら撒きながら仰向けに倒れた。
―― 一瞬の出来事だった。
目の前に起きた衝撃的な出来事に、その場にいる仲間たちは、誰一人その出来事に、冷静に向き合うことができない。
闇の中から襲い来る、ねずみ色の作業服姿の男たち。
その圧倒的な攻勢に、1人、また1人と、ねじ伏せられていく。
嘲笑と共に大事な仲間を葬った、憎い仇に言葉を投げかけることさえできないまま――
――だから。
代わりに“私”は――ここにいる
黒装束。黒い帽子。黒いマント。
ヒーロー番組に出てくる悪の幹部のような、ふざけた格好をしたその女性を。
――いずれ“私”の父になるはずの人を、虫けらのように殺した女を。
「鷹野より本部へ。制圧したわ。私の言ったものを準備させて。それから、死体がたくさん出るから処分の手配を。死体袋が五つと血を流すのに水がいるわね。持ってこさせて。」
タカノ――そう名乗った女性は、手に持つ銃を父さんの仲間の1人、魅音さんの後頭部に突きつける。
気が動転している魅音さんは、抵抗どころではなかった。
銃口が無慈悲に火を吹き、魅音さんの頭を吹き飛ばす。
思わず息を呑む――けれど、それだけでは終わらなかった。
次の標的は詩音さんだった。タカノに何かまくし立てるが、結果は変わらない。銃声、そして、沈黙。
さらに――
『や……やめて!!!』
タカノは竜宮レナに――“私”の母に狙いを定める。
生来の気丈さゆえか、友人2人の最期を見て覚悟が決まったのか――母はあくまで冷静に、タカノと対峙する。そして、言葉を投げかける。
「だって、オヤシロさまは“居る”んだもの。」
その言葉に何を想ったか、一瞬タカノの動きが止まるが、それでも彼女は引き金を引く。
銃声と沈黙。
物言わぬ死体となった母を前にして、タカノは癇に障る笑い声を上げる。
心が、抉られたように痛い。
涙が目からあふれてくる。
だが、同時に――
『く……ぐ……う……!!』
――怒りが、頂点に達していた。
今すぐにでも、タカノに飛びかかりたい。――けれど、それはできない。
なぜなら――これは多分、夢。
理由もわからないまま連れてこられた、夢の中の世界。
まるで浮遊霊にでもなったみたいに、地面から離れてふわふわ浮いて、見ているだけの自分には、何もできない――。
『どうしたんだい? そんなに怖い顔をして。』
そんな“私”に、声をかけるひとがいた。
――背後から。
背後なので、その姿を見ることはできない。
けれどそれは確かに――大人の女性の声だった。
『憎いんだね。……報いを受けさせてやりたいんだね。』
『……え?』
『その女に……タカノ・ミヨに。』
背後からかかる声と、それに応える“私”。
そんなやり取りを尻目に、タカノは今度は沙都子さんを片付けて、梨花さんに何やら話しかける。
その様子を震えながら見つめる“私”に、言い聞かせるように――
――女性は、やさしく、語りかける。
『いずれ会えるよ、彼女には――
覚えておくといい。その女こそ君の殺すべき相手。
――君の、敵だ。』
「――――!!」
その一言で、目が覚めた。
いつの間にか……自分でも気づかないうちに、私は寝ている状態から上半身を起こして、震えていた。
「はぁ……はぁ……は!」
息が、荒い。
まるで、部活で全力疾走した後のように、身体が一方的に息を吐きださせる。
そして、手のひらをパジャマの裾でごしごしとこすり……そこで初めて、全身汗だくになっていることに気づいた。
手のひらも、肩も、背中も――気持ちの悪い汗でじっとりと濡れている。
この感覚には、覚えがある。
これは、そう――
――悪夢を見たときの、反応だ。
「……夢。そうだ、さっきの……」
飛び起きる前まで、見ていたはずの夢を、思い出そうとする。
怖い夢だったことは、覚えている。そこに父と、母の姿があったことも。
けれど……
最後にどうなったのか、はっきりと思い出せない……。
「……一体……何なの……?」
私は、ひとりごちながら、窓の外の景色を眺める。
六月二十二日、木曜日。雛見沢の朝は、今日も穏やかだった――。
ひぐらしのなく刻に 解
~神の脚本、人の戦い~
「はぁ!? 明日の部活には参加できない!?」
「どういうことですの!?
午後5時。夕暮れ時。
私たちの部活の終わる時刻。
雛見沢分校の教室に、抗議の声が響きわたった。
村を統括する名家・園崎家の跡継ぎのお嬢様である
その従妹にして魁月ちゃんとそっくりの顔を持つ
二人にずいずいと詰め寄られた宗二くんは、困り顔でしばらく沈黙したが、やがて少し気まずそうに話し出した。
「いや、その……明日から東京でしなきゃいけない用事があってさ。そのために行かなきゃいけないんだ。学校の方も、休ませてもらうよ。」
「何だよそれぇ……土日とかじゃいけないのか?」
「うん……金曜からじゃないといけなくて……。」
「まったく……水臭いですねぇ、宗ちゃんは。」
会話に割りこんだのは
ぴっ、と指を一本立てて、それを宗二くんに突きつける。
「そんな曖昧な理由で私たちが納得するとお思いですかぁ? ……もしそれが許されているならですけど、語ってほしいものですねぇ。何をしに東京へ行くのかを。」
「……え」
「そうだそうだ! もし東京に残したガールフレンドとデートなんてふざけた用事だったら承知しないぞー!」
「な、何ですってぇ!! 何てハレンチなー!!」
「ちょ、ちょっと! 違うよ! そんなんじゃないよ!!」
「じゃあ一体何なのかな、かな」
気がつくと、私自身もしっかり会話に混ざっていた。
……しかも、意図したよりキツい言い方になってしまっていた。
皆の剣幕にたじろぐ宗二くんだったが……意を決したように、話し出す。
「……父さんと母さんに、会いに行くんだ。東京にいる、本当の父さんと母さんに」
「本当の? 父さんと母さん?」
「こらこら魁っちゃん、忘れたのですかぁ? ……宗ちゃんが今暮らしているお家は、宗ちゃんの親戚のお家。宗ちゃんの実のお父様お母様は、東京暮らしなんですよぉ」
「あー……そういやそんな話もしてたっけなぁ」
「お父様が自衛隊の方なんですわよねぇ?」
「そう……で、母さんには持病があってね。今も入院してるんだ。」
「そうなの? それは初めて聞いたんだよ! だよ!」
「ごめんね、話し忘れてて。……今回は、母さんの容態が良くなったから、そのお祝いを家族三人でするんだ。でも病気が治ったわけじゃないからね。病院の外に出られる日は限られてる。だから明日でなきゃダメなんだよ……。」
「むむぅ。そうなると仕方ありませんねぇ……。」
優乃ちゃんはあっさりと納得したが……私は何も言えなかった。
仕方ない事情であることはわかっている。それでも、何か引っかかるものが心にあるのを、私は感じていた。
そして魁月ちゃんも、悟月ちゃんも、それぞれの表情で沈黙している。
だが、さすがにそんな状況に置かれて、宗二くんは死ぬほど気まずそうだった。
こうなってはしょうがない。この部活のリーダーとして、ふさわしい態度をとる必要がある。
「仕方、ないよね。明日の部活は、残りのみんなでやろう?」
「……そう、ですわね。」
「ああ。ま、そうなるだろうな。」
悟月ちゃんと魁月ちゃんも、了承はした。だが、気まずい雰囲気はまだ残り続けている。
そんな雰囲気を吹き飛ばすように、優乃ちゃんが宗二くんの肩を叩きながら明るく言う。
「さ! 後片付けは終わってるんですから、さっさと帰りましょう! ぐずぐず残っていると、知恵先生に怒られますよぅ!」
「……そうだね! 魁月ちゃん、悟月ちゃん、準備オッケー?」
「おう!」
「大丈夫ですわ!」
みんなで連れ立って、教室を出る。無駄話に花を咲かせながら。
その輪の中に、ちゃんと宗二くんもいる。いつものように。
ただ。
みんな何となく、部活終わりの嫌な空気を引きずっているような気がした。
「ふーん……それで、さっきからそんなに、浮かない顔をしていましたの。」
「ええ……まあ、そんなところです。」
我が家に帰り、夕食を終えて。
私は食卓を挟んで、同居人の沙都子さんと話をしていた。
同じく同居人である悟月ちゃんは、夕食を終えて早々に眠りに就いてしまっている。なので今この場には、私たち2人だけだ。
沙都子さんは私と違って、今日は上機嫌で、鼻歌を歌いながら家計簿をつけている。
職場で何かいいことでもあったのだろうか?
「佳奈さんは宗二くんのことが、随分お気に入りのようですわね?」
「え、ええっ!? い……いやその……別にそういうわけじゃ……。」
「別に恥ずかしがることなんてありませんわよ! あなたぐらいの年で、近くにいる男の子のことが気になる、なんてのはよくあることですわ。」
「そ、そうなのかな……かな。」
「私の知る限りではね。……私は宗二さんをあまりよく知りませんけど、大丈夫じゃありませんかしら? 宗二さんは部活にすごくよく馴染んでいますし、特に佳奈さんへの信頼の強さは傍から見ている私にもわかるくらいでしてよ。一度部活を休むぐらいでは、その信頼に揺らぎは生じないと、私、思いますわ。」
「うーん……まあ私も、そうだとは思うんですけど。」
歯切れの悪い返事をして、もやもやした頭で考える。
沙都子さんと話をして、何となくわかった気がする。自分がなぜこんなたわいもないことでもやもやしているのか。
それは多分……宗二くんが時折見せる、東京に対する愛着のせいだ。
前からたまに感じることがあったが、今回は特に顕著だった。東京に帰ることを話すときの、あのホッとしたような表情。
その表情を見ると、何だか、私たちより東京での暮らしの方が大事だと宗二くんが思っているような気がして、あまりいい気がしないのだ。
……でも、それは果たして宗二くんのせいなんだろうか?
反対の例で考えてみよう。もし私が雛見沢を出て、東京に行って、そこでかけがえのない友達に出会えたとして、その友達の前で雛見沢を懐かしまないでいられるだろうか?
答えは、ノーだ。そんなの、人間の自然な感情だ。
相手がそれを見せるからって、変な気持ちになる方がおかしいじゃないか。
「……うん、そうですよね。月曜日にはまた一緒に部活ができるわけだし。」
「ええ。月曜の部活で、宗二さんに見せつけてやるといいですわ。部活で1日ブランクを置くということが、どれほど恐ろしいかということを!」
「あはは! そうですね! 月曜はがんばっちゃおうかな!」
部活と宗二くんに関する話は、そこでお開きになった。
沙都子さんの上機嫌のせいもあって、今日は何だか会話が弾む。
――話題は最近のテレビ番組のことになっていた。
「あら! じゃあこの前、心霊特番を録画したのは悟月さんでしたの?」
「ええ。恐怖を学ぶことはトラップの研究にも役立つからって言って。」
「怖くないのかしら。……まあ詩音さんの娘ですから、耐性があるのかもしれませんけど。」
「そうかもですね……沙都子さんは好きですか? 心霊特番」
「まさか! 私はああいうのは嫌いでしてよ、タカノさんじゃあるまいし。」
どきり、とした。
一瞬だが、朝に見た夢がフラッシュバックする。
黒い服を着たタカノという女。
その女が、まだ若いお父さんや、お母さん、沙都子さんたちを殺害していく光景……!
「……どうしましたの、佳奈さん」
「な、何でもないです、何でも……その“タカノさん”って誰ですか? お知り合い?」
「へ? ……あ、ああ! そう言えば、佳奈さんたちはまだ会ったことがないんでしたわね。タカノさんと言うのはですね……わぁ! も、もうこんな時間ですの!?」
沙都子さんが話をさえぎり、すっとんきょうな声を上げる。
時刻は既に午前零時を回っていた。いつもなら寝ている時刻だ。
「うーん……大変心苦しいのですけれど、佳奈さん、タカノさんの話はまた今度でよろしいかしら?
ちょっといろいろと深い事情のある方でして、一口では語りきれないところがありますの……」
「そうなんですかー……じゃあ今度、ヒマな時でいいから、教えてくださいね。」
「もちろんですわ!」
沙都子さんはそう言って、家計簿をしまい、慌ただしく部屋を出ていく。
彼女に悪気はないのだろうが、うまくはぐらかされた感が拭えなかった。
“タカノさん”という、沙都子さんの知り合い。
それはあの夢に出たタカノ・ミヨと同じ人なのだろうか?
タカノ・ミヨは沙都子さんと面識のある様子だったから、同一人物でもおかしくはない。
けれど、ならあの夢の意味することは一体――。
「……寝ようかな。」
今夜も妙な悪夢を見るというのは、ありえない話ではない。
けれどさすがに今夜寝ないで過ごすというのも、非現実的な解決策に思える。
私はどこか割りきれないような気持ちを抱えたまま、食卓を後にした。
雛見沢は、昔に比べれば交通の便がいいらしいが、それでも田舎の村だ。
雛見沢から東京に出るためには、まずバスで興宮へ出て、興宮からローカル線の名古屋行きに乗る。それに長い時間揺られた後、名古屋で新幹線に乗り換える必要がある。ちょっとした小旅行だ。
そんな小旅行に際して、
金曜、つまり平日の昼ゆえに人がほとんどいないローカル線の車内。その席の1つに腰かけて、リラックスはしているものの、気持ちよくのびのびと過ごす、という気にはまったくなれなかった。昼間とは言え、ゆっくりゴトゴト列車に揺られていると眠くなってくる。それで寝過ごして、名古屋できちんと降りられないなんてことがないだろうか、という不安があった。
以前雛見沢に来た時は義理の父が付いていたから、いざとなれば起こしてもらえばよかったのだが、今回は1人で東京まで向かうのだ。不安はずっと強かった。
(……不安と言えば。昨日、佳奈たち、ちょっと怒ってたよな……。
もっと早く話すべきだったのかな……。)
引っ越してきた場所で作った大切な友人たち。佳奈。優乃。魁月。悟月。
優乃はともかく、その他の3人は宗二の今回の行動に関していろいろと思うところがあるようだった。
日曜日には雛見沢に帰って、月曜からはいつも通り分校に登校する予定になっているが……そこでちゃんと、仲直りできるだろうか。
それほどひどいことをしたわけでもないから、仲直りはさほど難しくないだろうとは思うが。ただ、あの3人と仲違いをしたことなどほとんどないだけに、どうすればいいのかよくわからない、というところはあった。
佳奈と仲違いしかけたことはあったが、あの時は宗二以前に魁月と佳奈の間に深刻な亀裂が入っていた。それを皆で修復したというのが大きいので、あまり参考にならないかもしれない。
(……せっかく父さんと母さんに久々に会えるってのに、何でこんなに憂鬱な気分にならなきゃいけないんだろ。)
そう心の中でぼやきつつ、宗二はカバンの中からパスケースを取り出した。
東京にいた頃、よく使っていたパスケース。
それを開くと、宗二の実の両親の写真が現れた。
宗二が中学に入学した頃、母の病気が良くなるタイミングを見計らって、3人で撮ったものだった。
東京の中学の制服を着た宗二を真ん中に、似合わないスーツを着た父が右、意外によく似合うスーツを着た母が左に立つ。
(……やっぱり、父さんにスーツは似合わないな。)
宗二はそうひとりごちた。
父は自衛隊員であり……アマチュアのカメラマンだ。
だから頭の中に父を思い浮かべるとき、浮かぶのはスーツ姿の父ではない。
幼い頃、一緒に山に出かけた時の記憶。
その時のタンクトップ姿の父が、強く、記憶の中に焼き付いている――。
「……じゃあ佳奈さん! また月曜に!」
「うん! じゃあね、優乃ちゃん!」
いつもの帰り道で、いつものように、優乃ちゃんと別れた。
学校のない土日以外は、毎日のように繰り返している光景。
……それでも。
何か違和感のようなものを、覚えてしまう。
それは多分……宗二くんが不参加だったことと、関係があるのだろう。
例えば。
いつも集まっているメンバーのうち、1人が欠席だったとして、その1人がいないせいで場が盛り上がらなかったというならば、それは“いつもとは違う”けれども“不自然”ではない。違和感を覚えるほどのことではない。
……けれど。
もしその1人が欠けているのに、いつもと大差ない様子で物事が運んだなら?
それは、違和感を覚えるべきことではないだろうか?
(……何だろう、おかしいな……。
どうして魁月ちゃんも、悟月ちゃんも、優乃ちゃんも、あんなに普段通りに部活ができるんだろう……?)
眉をひそめざるを得ない。
あの3人は、宗二くんが欠けているのに、まるで何事もなかったかのように部活を進行していった。
明らかに、昨日の反応との間に差異がある。
魁月ちゃんも悟月ちゃんも、宗二くんが一日抜けることに関して全然納得していないような様子だった。優乃ちゃんは比較的あっさりとそのことを許したとはいえ、その後気まずい様子の宗二くんをフォローする様子を見せていた。皆、程度は違えど宗二くんのことは大切に思っているはずだ。彼はもう立派に、部活の一員なのだし。
それだけに、今日の3人の態度が、腑に落ちない。
(私が、気にしすぎているだけ……?)
昨日の沙都子さんとの会話を思い出す。
確かに、現行の部活メンバーの中で宗二くんと一番仲が良いのは、私だ。それは間違いない。
それゆえ、私は他のみんなより強く、宗二くんのことを気にかけてしまっているのかもしれない。
それが、今回のこの態度の差、感じ方の違いに繋がっているのだろうか。
(うーん……よく、わかんないな。)
理屈としてはそれで通るのに、何だか割りきれない。
……何だか、知らず知らずのうちに、誰かの都合のいいように流されている。そんな気分だ。
でも……“誰か”って誰?
そんな陰謀論めいた話に、信憑性なんて……
「どうしたんだよ、佳奈姉ぇ。浮かない顔してさ。」
突然、背後から声をかけられた。
知っている声だから、それほどびっくりはしなかったが。
それでも勢いよく振り向いた。
そこにいたのは――魁月ちゃんだった。
さっき、優乃ちゃんより前に、別れた時の姿のまま。
その姿で、私に微笑みかけている。
「……か、魁月ちゃん! 驚かさないでよ!」
「そう? ただ後ろから声かけただけじゃん? それで驚くってのもオーバーだなぁ。」
「本当に普通に声かけたの? 気配消してなかった? ていうかそれより……何でこっちへ来たの? 園崎のお家へ帰ったんじゃ……」
「ちょっと、佳奈姉ぇと2人で話したいことがあったからね。優乃と別れるのを待ってたのさ。」
「2人で? 話したいこと? ……電話じゃだめなの?」
「うん。電話は、盗聴される危険性もあるしね。」
「盗聴? ……何それ。魁月ちゃん、今度はスパイ映画にでもハマってるの?」
いつものような冗談かと思った。
魁月ちゃんは一旦ある作品にハマると、その作品のキャラクターみたいな言動になることがよくあったから。
けれど、
「冗談じゃないよ、佳奈姉ぇ。……他人には聞かれたくない話だから、電話じゃなくてこうやって、直接話しに来たのさ。」
「…………え?」
魁月ちゃんがとる態度は、彼女の言うそれが、冗談では決してないということを告げていた。
一瞬、彼女の正気を疑った。
……どういうことだ、と。魁月ちゃんの言葉を真に受けるなら、彼女は本気で盗聴される危険を感じて、私に直接話しに来たことになるが……。
そんなこと……あるわけが、
「あるんだなぁ、それが。」
「……え?」
「今疑ってただろ、佳奈姉ぇ? 盗聴なんてあるわけない、ボクがおかしくなったんじゃないかって。それは間違いだよ。
……雛見沢は、この村は狙われている。この村を狙う奴らの情報網に引っかからないためには、こういうアナログな方法も必要なのさ。」
「……魁月ちゃん? 何を言って……」
「ああそうそう、佳奈姉ぇに話しておかなきゃいけないことがあるんだった。ごめん、ちょっと脇道に逸れちゃったね。」
「ねえ魁月ちゃん、本当に大丈夫? 雛見沢が狙われてるなんて、そんなバカな話……」
「バカな話じゃないのさ。裏はちゃんと取れている。ボクらの住むこの村は狙われていて……村を狙う奴らが、ボクらの近くにも入りこんでいる。すぐ、近くにね。……誰のことだか、わかるかい?」
「魁月ちゃん!」
「わからないようだから、教えてあげるよ。耳をかっぽじってよく聞くことだね。
そいつの名は、仲瀬宗二。宗二こそが“奴ら”の仲間であり……
……ボクたちの“敵”だ。」
そう言って、魁月ちゃんはパチン! と指を鳴らす。
――その瞬間。風がものすごい勢いで吹き荒れた。
空気がごうごうと吹きつけてきて、目を開けていられず、私は反射的に目を閉じて、両手で顔を覆った。
しばらくすると、風は止んだ。目を開ける。
目に飛びこんできたのは――さっきと同じ風景。
魁月ちゃんがいて、周りはいつもの、家への帰り道。変わったところは何もない。
なのに――何だか、異様な空気が、私たち2人を包んでいた。
空気がいつもより重いというか、緊張している。
いつもと同じ、ひぐらしの鳴き声が、しかしいつもの倍ぐらいの音量で耳を打つ。
そんな……いつもと同じ、けれど何かが違う不気味な空間の真ん中で、
魁月ちゃんは顔を歪ませ、にやり、と笑った。
(……一体、何が起こってるの……?)