スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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おかえりを言ってもらうお話。


Chapter01『おかえりの言われ方』

 夜を迎えた『迷宮都市(オラリオ)』の繁華街は賑やかである。

 酒場などの店から流れる陽気な歌声に加えて、魔石がとれるダンジョンがある『迷宮都市(オラリオ)』には『魔石街灯』が多く、迷宮帰りの冒険者を歓迎するかのように色とりどりの光が大通りを照らしている。

 

 貴族が利用するような高級酒場や賭博所(カジノ)大劇場(シアター)などベルが今まで目にしたことのない娯楽施設から、小汚いが料理は一流の飲食店など様々な建物が立ち並ぶ中、路地裏の一角に真っ赤な蜂の看板を構える『焰蜂亭(ひばちてい)』でヴェルフの祝いをすることになった。

 

 この『焰蜂亭(ひばちてい)』はヴェルフの行きつけの店であり、一部の冒険者や『鍛冶師(スミス)』にはとても人気らしく、少し小汚い内装だが紅玉(ルビー)を煮詰めたかのような真っ赤な蜂蜜酒の虜となり足を運ぶ客も少なくない。

 

 

 蜂蜜酒と聞くと故郷で蜂蜜酒を作っており、最近では【ヘスティア・ファミリア】のホームで自家製の蜂蜜酒を作っているスズも興味を持ち、ヴェルフが華やかな女の子がお出迎えするような店が苦手なことから『豊饒の女主人』ではなく『焰蜂亭(ひばちてい)』で祝いを開くことになったのだ。

 

 

 乾杯と馴染みとなった四人でジョッキとグラスを笑顔で掲げ合わせ、改めてヴェルフが念願の『上級鍛冶師(ハイ・スミス)』になれたことへ祝いの言葉を各々述べていく。

 

「ところでですが、あれだけの異常事態(イレギュラー)に正面から立ち向かったベル様とスズ様を差し置いて【ランクアップ】なされたヴェルフ様。お二人の専属『鍛冶師(スミス)』であられるヴェルフ様が【ランクアップ】し『上級鍛冶師(ハイ・スミス)』になられたことは装備の質も上がり大変嬉しく思うのですが、これからは『鍛冶師(スミス)』の仕事の方に専念なされるのしょうか?」

 リリは少しニコニコと笑顔のままだが、少しトゲのある言い方でそうヴェルフに尋ねた。

 

 元々ヴェルフは『鍛冶』のアビリティを手に入れる為にベル達とパーティーを組んだのだ。

 

 【ヘファイストス・ファミリア】は『上級鍛冶師(ハイ・スミス)』になると、有名ブランドである【ヘファイストス・ファミリア】のロゴを作品に刻む許可が下りる。

 有名ブランドの名はそれだけで大きいので、これからヴェルフの作品は飛ぶように売れるようになるので素材はヴァリスで直接買えばいいし、必要な能力『鍛冶』アビリティは鍛冶に撃ち込み続けることで【経験値(エクセリア)】を得られるのだからヴェルフがダンジョンに潜る意味は皆無である。

 

 

 せっかくできた仲間ともっと冒険したかったという気持ちは大きいが、ベルは『これは祝ってあげないといけないことなんだ』と寂しさをぐっと我慢する。

 祝いの言葉も、仲間が【ランクアップ】した嬉しさも嘘ではないのだ。

 

 

「相変わらずだなリリスケ。ベルもそんな捨てられた兎みたいな顔するな。用が済んで、じゃあサヨナラ、なんて男が廃るだろ? 俺は『鍛冶師(スミス)』だ。それと同時にもうお前らの仲間だ。違うか?」

 それなのにヴェルフはそう快活に笑って見せた。

 つられてベルは笑い、リリも目を細め、スズが「よかったね、ベル」と微笑み、もう一度互いに笑い合って四つの杯を交わす。

 

「るーさん、本当にありがとう。それとごめんね、また防具壊しちゃって」

「『雷甲鈴(らこりん)Mk-Ⅲ』のことは気にするな。むしろ俺の力量不足だ。だけど『鍛冶』を手に入れたからには今度こそスズの力に耐えられるよう何とかしてやる」

 職人の意地を見せてやると意気込むヴェルフに改めてスズは「ありがとう、るーさん」とはにかむように笑った。

 

 

 

 何となく、本当に何となくだが、いつもならスクハが一言だけフォローもしくはからかいの一言を入れてもいいタイミングだったんじゃないかなとベルは思ってしまった。

 

 

 

「そういえばりっちゃんは【ランクアップ】しなかったのかな? いつも頑張っているけど、今回はすごくすごくすっごく頑張ったから沢山の【経験値(エクセリア)】を稼げていると思うんだけど」

「リリの伸びはいつも通り、というしかありませんね。【基本アビリティ】の伸びもほとんどありませんし、リリのランクアップはあまり期待しない方がよろしいかと」

 そんなベルが疑問を抱いた話題を逸らすかの様なスズの言葉にリリは申し訳なさそうに眉を細める。

 

 今回の異常事態(イレギュラー)はリリがいなければ突破できなかったとベルも思っていたので、そんな大活躍のリリが全く成長していないだなんて予想外である。

 

「りっちゃんはペース配分上手だもんね。だったらベルがLV.3になる前にりっちゃんの特訓メニューも考えておいた方がいいかな。りっちゃんがLV.2になれば出来る戦略の幅も広がるし」

「スズ様やベル様のように短期間で【ランクアップ】できれば今頃『迷宮都市(オラリオ)』は上級冒険者だらけです」

「『恩恵』の効果は絶大だからしっかり冒険すればすぐに上がると思うんだけど……」

「毎回命懸けの冒険なんて命がいくつあっても足りませんよ。【ファミリア】の仲間だけでなく、ギルドだって自殺行為だと止めになられると思いますよ?」

「そっか。遥か先の高みを目指し続けるんじゃなくて、生活する為に皆ダンジョンに潜ってるんだもんね。価値観の違いってやっぱり大きいのかな」

 

 うーん、とスズは頬に掌を当てながら「どう説明したらいいのかな」と首をひねり悩んでいる。

 その様子を見てリリは観念したかのように大きなため息をついてから「仕方ないですね、スズ様は」と微笑む。

 

「お手柔らかにお願いいたしますよ、スズ様。リリはベル様のように頑丈ではないんですから。サンドバッグにされたのではひとたまりもありません」

「大丈夫だよ。ちゃんとりっちゃんに合ったメニューを考えるから。一緒に頑張ろうね、りっちゃん」

 

 はにかむように笑うスズの姿は愛らしかったが、エイナの影響か元々『レスクヴァの里』が過激だった影響か、スズの特訓はスパルタであることをベルは身に染みて知っている。

 

 あまりのスパルタにリリが泣きごとを言いつつも、スズの期待に応えたくて頑張ってしまう姿が容易に想像できてしまった。

 そんな仲睦まじい特訓や冒険で、皆と一緒に強くなって、皆と一緒に冒険し続けることができたらどれだけ楽しいことだろう。

 まだ見ないこれからはきっと今まで以上に輝かしい思い出になるに違いないとベルは胸を躍らせ頬を緩ませる。

 

 

 それと同時に不安もある。

 先ほどから祝いの席で一度もスクハが出てきてくれていないのだ。

 ヘスティアはスクハに会っているようだが、ベルはまだ帰って来てから一度もスクハに会っていない。

 

 スズのことを第一に想っているスクハがスズの時間を奪わないようにするのはいつものことなのに、ここ最近自然と皆との会話にもスクハが混ざっていたこともあり違和感を感じてしまっているのだ。

 

 きっと話しかければいつも通り応えてくれるだろう。

 だけどもし、話し掛けても応えてくれなかったら、もしもスクハが出てきてくれなかったら、そう思うとただ声を掛けるだけの行為がたまらなく怖く感じてしまう。

 

 

「リリスケがもう言ってたけどよ、ベルとスズが【ランクアップ】してないってのが一番の驚きだ。あの黒い奴との戦い、お前らは最前線であれだけ派手に暴れ回ったんだぞ? 俺はてっきり二人そろって【ランクアップ】して、また最速記録を塗り替えたと思ってたんだが。流石にそこまで上手くはいかなかったか」

 

 ヴェルフが「何度も心配掛けさせやがって、もっと俺達を頼れっての」と笑いながらベルの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でまわす。

 きっとスクハのことを少し気にし過ぎて落ち込み気味なベルを励まそうとした言動だろう。

 

 こういったヴェルフの職人気質でありながら気さくな兄貴分なところが、とても心を落ち着かせてくれて、やっぱり仲間っていいなとしみじみと感じさせてくれるのだ。

 

 

「ベルは私のサポートが大きかった分、ほんの少し【ランクアップ】まで至らなかったみたいだね。神様の話だと何かちょっとしたことでももう【ランクアップ】してもおかしくないくらいには高位の【経験値(エクセリア)】が溜まっているみたいだけど、もう少し【基本アビリティ】を上げてから【ランクアップ】しないとちょっと勿体ないかな。私に関しては、ちょっと『ズル』をしちゃったからその分あまり稼げなかったのかもしれないね」

 

 

 ヴェルフの疑問にスズが『ズル』をしたという回答にベルもリリもヴェルフも驚きに目を見開くが、いつもの『あの里』だから仕方ないと乾いた笑いを漏らした。

 これまたいつものことだが、ベルも一緒に驚いたことすら「何でベル様までおどろかれてるんですか」と冗談の一端としてリリがくすくすと笑っている。

 白髪に赤目という独特な特徴で、同じ姓で名乗り兄と妹としての振る舞いがすっかり定着しているのだ。

 抜けたところがあるベルが思わず一緒に驚いたところでもう誰も不自然だとは思わないのだろう。

 

「それでスズ様。その『ズル』というものの詳しい内容までは『レスクヴァの神秘』としてあまり深く追及しませんが、せめてどれほどの負荷が掛かり、どんな時に発動できるかくらいは教えてください。あの黒いゴライアスが出る前も散々な目に遭ったにも関わらずお使いにならなかったということは、大きなリスクと発動条件があるのではないですか?」

「えっと……りっちゃん怒らない?」

「もちろんスズ様が正直に答えても答えなくても黙っていても怒ります。リリが側にいる限りはあのような無茶もう二度とさせませんからね」

 

 にこやかに笑いながらもリリは本気でスズのことを心配してくれている。

 大好きだからと崇拝するのではなく大好きだからこそ危ない道を渡らせないために怒ってくれるのだ。

 スズもそのことをしっかり理解できているので、「たはは」と苦笑して肩を軽く落としながらもゆっくりと口を開く。

 

 

「すーちゃんに無茶した術式を書き直された上に鍵まで掛けられちゃったから同じことはできないかな。でも蜂蜜のような甘い香りがしだしたら私が『私』……あ、これだとわかりにくいか。『精霊の血』が色濃く出てきたら無茶し出す前兆だと思っていいかな。理屈ではなく感情の問題で、どうしようもなくなった時、多分これからの私は、『私』からいくらでも力を吸い上げて無茶なことをしちゃうと思うから。それで無茶した分だけ私の命は燃えて消えていくの。今回は大丈夫だったけど、次も大丈夫な保証はどこにもない。私が私で居続けられる保証はどこにもない。そんな禁じ手。今の私が―――――――――――――」

 

 

 口を挟む隙も無く、たんたんと語り続けるスズの口が不意に止まった。

 

 

『そんな長話なんてしなくても、リリルカと『私』が無茶をしようとする『スズ・クラネル』を止める。ヴェルフが負担を少なくする為に小手を完成させる。ベルが『スズ・クラネル』に降りかかる火の粉を振り払う。それで万事解決だと思うのだけれど。それとも何、貴方達は祝いの席でこのまましみったれた話を続けるつもりなのかしら? だとしたら蜜酒が美味しいと聞いて期待していた『私』の気持ちのやり場が困ってしまうのだけれど』

 

 

 スズの雰囲気がスクハ特有なものへと変わり、解決策を挙げつつも重くなり始めた空気をざっくりと切ってくれたのだ。

 スクハの言う通り皆で出来ることをすれば自然とスズの負担が減り無理をする必要はなくなる。

 無理をさせない為に皆で分担して頑張ればいいだけの話なのだ。

 

 

「ですがスクハ様」

『ですがもなにもないわ。無茶な冒険をすれば命を落とすのは皆同じよ。だけどそうね、『スズ・クラネル』のことをしっかり怒ってくれるリリルカの気持ちはとても嬉しかったわ。これからも面倒を掛けると思うけれど、よろしくしてあげてくれないかしら』

「断られてもよろしくいたしますよ。もちろんスクハ様も含めてそれはもうリリは末永くお付き合いするつもりです。詳しく説明できないということは理解しましたし、無茶をさせないよう今まで以上にフォローするスクハ様の意見に賛同いたしますが、出てこられるならもっと早くに顔を出してください。リリがどれだけ心配していたかスクハ様ならわかっておられた筈です」

 

 リリもベルと同じくヘスティアから「スクハ君と話ができたよ」と聞かされた程度で実際にこうして顔を合わせたことはない。

 もっと早くに顔を合わせるタイミングがあった筈だとリリの頬が少しむくれているのは心配の表れだろう。

 

『それについては申し訳ないと思っているのだけれど、こう見えて『私』も後処理で忙しいのよ。腰を据えて話せるのは当分先になりそうだわ』

「後始末……スズ様の術式や体調管理のことでしょうか?」

『そう思ってもらって構わないわ』

「はぁ……これ以上困らせたくはありませんので、そう言うことにしておきます。スクハ様もお体、というのはおかしな話ですが、自分の身を大切にして下さいね?」

 

 スクハが『そう思ってもらって構わないわ』と言う時は嘘をつきたくないけど言いたくない部分に振れられた時だ。

 リリはそれをしっかりと理解してあげ、大きなため息をつきつつも受け入れて身を案じてくれている。

 そんな心遣いが嬉しかったのか、『善処するわ』と返すスクハの頬は僅かに綻んでいた。

 

 そんなやり取りを見てベルの不安はすっかりと取り除かれていた。

 スクハ合わせて4人のパーティーのままなことがしっかりと理解出来て、それがたまらなく嬉しい。

 

 

 

 

「スクハ、おかえり」

 

 

 

 

 だから自然とそんな言葉をスクハに言ってあげられた。

 ただいま、とは返してはくれなかった。

 

『……心配してくれてありがとう。感謝はしているわ』

 それでもそんな目を逸らしながらも応えてくれたいじらしい恥ずかしがり屋の言葉にリリとヴェルフからも笑みが零れ落ちる。

 自分で言っていて恥ずかしかったのか直ぐにスクハの雰囲気からスズのものへと戻ってしまう。

 

 こんな愛おしい日常が、冒険生活が、いつまでも続けばいいなとベルもまたはにかむように笑うのだった。

 

 




少し落ち着いて来たのでゆったりではありますが更新再開いたします。
変化しつつも変わらない仲間と、スクハがしっかり皆の前に顔を出すだけのお話でした。
切りが良かったので今回はいつもより短め。
次回、ルアンの運命は如何にっ

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