Prologue『物事の告げ方』
「リリルカ、【スキル】が発現した。こういう時におめでとうと言ったらまた怒られてしまうのだろうか?」
「それが本当でしたらおめでとうと言うのが正しいですが、なぜソーマ様はリリに怒られると思ったんですか?」
「いや、なんだ。前に突然怒られたから。その、あれは辛かった……。あの時俺は何を間違えたのだ……」
今だ頼りない主神ソーマの様子にリリは軽く溜息をついてしまう。
18階層で起きた『
スズは深刻な『
あの時ティオナも重症だった筈だが、流石は第一級冒険者といったところだろう。
こんなの全然平気だよ、と重症の身で笑って見せ、純粋にスズのことを思ってくれるティオナは実に頼もしかった。
ダンジョンの損傷が激しかったおかげで、自己修復中のダンジョンは新たに
詳しい事情はリリは聞かされていないが、その後スズは『
それに加え18階層での出来事を事情聴取をした後「このことは絶対に口外するな」と女型の巨人を目撃した冒険者達全員に箝口令を出した。
ギルドは今回の件は神がダンジョンに入ったことで起こった『神災』だとし【ヘスティア・ファミリア】と【ヘルメス・ファミリア】に『
誰もがそんなことを抱いていても、冒険者というものは現金なもので、口外したら重い『
身内の中で相談することはあったとは思うが、女型の巨人のことが『
ベルも女型の巨人を倒すのに力を使い果たし死人のような顔色をしていたが、翌日には自分の足で心配している人達にあいさつ回りをし、ここ三日間の休養ですっかり元気を取り戻してくれた。
『
リリは胸が張り裂けるような思いをしながら二人を心配していたのに、翌日にはその二人が自分の足で挨拶しに来たものだ。
当然ながら「安静にしててください」と叱りつけ、【ヘスティア・ファミリア】のホームまで送り返し、そのまま有無を言わせず安静にして貰う為に面倒を見ていたのは言うまでもない。
そんなこんなでリリとヘスティアがようやく安心し始めた頃合を見計らった様に、ヴェルフが自分の【ランクアップ】報告をしに【ヘスティア・ファミリア】のホームを朝早くに訪ねて来た。
今日もリリはベルとスズの世話をしようとその場に居合わせていたのでその報告を一緒に聞き祝いの言葉を送ると、ヴェルフははにかむように笑い、まるで子供のように喜んでいた。
その場で今夜【ランクアップ】祝いをどこかの店でやろうという話になるのはお人好ししかいないこの場では当然の流れである。
そんな中リリは【ランクアップ】して大切な人達に祝福の言葉を貰っているヴェルフが、とても羨ましく感じてしまった。
リリも仲間と認めているヴェルフが【ランクアップ】したことを心の底からしっかりと祝福してあげることができる。
仲間を祝ってあげられない程リリは薄情者ではない。
ただ自分もベルとスズに祝ってもらいたかった。
頑張ったね、おめでとう、と褒めてもらいたいのだ。
だが【ステイタス】の伸びが悪いリリは【ランクアップ】に必要な最低限の条件である【基本アビリティD】にすら到達していない。
今一番高い【魔力】がEの404で後96も伸ばさなければならないのに、半年前の魔力は402だ。
前回の更新での伸びも【器用】と【敏捷】が1上がっただけなのに加え、せっかく発現した【レアスキル】である【
居るだけでパーティーメンバーの【全基本アビリティ】に小補正が掛かると考えると上昇量も高が知れているだろうと思ってはいたのだが、サポートしかしてあげられない身としては戦闘にあまり貢献できない分、もう少し目に見えて強くなってくれてもいいのにと贅沢を言いたくもなる。
そんなこんなで今回の冒険は『
思えないのだが、それでもあれだけ必死に頑張ったのだから少しくらい偉業として認められ【
少なくとも上がっていなくて落ち込むのはリリ自身であり他人に迷惑を掛ける訳ではないし、もしも仮に有り得ないとしても一気に【ステイタス】が伸び【ランクアップ】までできてしまったら、それを祝いの場で「実はリリも【ランクアップ】したんですけど」と不意打ちで告げたら、きっと最初はすごく驚いて、自分のことのように喜んでくれて、大好きな二人が祝いの言葉をくれるに違いない。
何でもっと早く言ってくれなかったのと聞かれたら、驚かしたかっただけだと悪戯っぽく笑ってみせて、だけどきっとリリの胸の中は幸せが一杯で、ついつい口元が緩みきって破顔してしまうのだ。
そんな、現実にはあり得ない妄想をしながらリリは出かける準備もかねて【ソーマ・ファミリア】のホームに戻り、最初から諦めつつも、ついでだからとソーマに【ステイタス】の更新を頼んで今に至る。
「ソーマ様、そんなこの世が終わったような顔をなさっていないで、更新の結果をリリにお教えください。からかわれているようなタイミングで言われなければ祝いの言葉というものは嬉しいものなんですから」
「そうか。俺には違いが判らないが、おめでとうリリルカ」
ソーマはそうリリに祝福の言葉を言い渡し更新した【ステイタス】を写した紙を渡す。
予想通り【基本アビリティ】の伸びはほとんどないが確かに【スキル】欄に変化がある。
まず最初に目についたのは新たな【スキル】ではなく前回発現した【
------------------------------------------------------------------------------------
【
・範囲内の仲間に全アビリティ能力小補正。
・範囲内の仲間に発展アビリティ『精癒』の一時発現。補正効果はLV.に依存。
・自身の貢献による功績向上。
・想いが続く限り効果持続。
------------------------------------------------------------------------------------
魔導士達が喉から手が出る程欲しがる『精癒』を仲間に与えるなんてとんでもない一文が付け加えられている。
リリは【スキル】の内容が変化するなんて聞いたこともないし、ランクアップ時に条件を満たせれば1つだけ選択して発現できる『発展アビリティ』を手軽に仲間に与えられるなんてどう考えても強力過ぎる。
いったいどんな理由でこんな強力な【スキル】に変化してしまったのかは全く以てわからないが、『自身の貢献による功績向上』の一文から『自分のサポートの貢献結果によって仲間への効果が向上する【スキル】』ではないのかと憶測を立てるくらいならできる。
そう考えると『精癒』を与える効果は、『追い詰められた仲間を精神的に支え立て直した』『想い人の一人であるスズの心を支えようと行動した』貢献を【スキル】が功績と認めて向上した結果なのだろうか。
リリ自身のLV.依存なのか『精癒』を与えた仲間のLV.依存なのかはわからないが、最低ランクの『精癒I』でもあるのとないのとでは大きく違う。
特にスズの【ソル】やベルの【ファイアボルト】といった低燃費の【魔法】は『時間経過による
大切な二人の負担を減らせてあげられるのが嬉しくて、頑張って来た自分が報われた気がして、リリは嬉しさのあまり破顔する。
さらに贅沢にも新たな【スキル】が発現しているのだ。
ただのサポーターである自分がこんなにも【スキル】を手に入れてしまっていいのだろうかと思いつつも、嬉しさの方が遥かに上回りリリは頬を緩め切らせたまま新たな【スキル】に目を通す。
しかし【スキル】の名前を見た瞬間にその笑顔は凍り付いたように固まってしまった。
------------------------------------------------------------------------------------
【
・範囲内の仲間に精神汚染に対する補正。
・逆境時自身の全アビリティ能力補正。
・信仰人数に応じて効果向上。
------------------------------------------------------------------------------------
自分の背中にパルゥムが『古代』に信仰していた空想上の女神の名前が刻まれた。
なぜこんな【スキル】が発現したのかと頭が痛くなってくるが、何度かパルゥムにフィアナ扱いされた覚えはある。
あるのだが、たかがそんなことで、本気だとしても一部のパルゥムが言った言葉が『フィアナ信仰』なんて一切持っていない他人の【スキル】にまで影響するものだろうか。
そんな簡単に【スキル】が発現すれば冒険者は誰しも苦労はしない。
何よりも他人が勝手に祭り上げているものが自分の背中に浮かび上がるなんていい気分ではないし、その酔狂な信仰者とやらや娯楽が好きな神々にこの【スキル】が知られたらと思うとぞっとする。
神々には散々からかわれて遊ばれ、酔狂な信者達に人生をかき回されるなんてたまったものではない。
「リリルカおめでとう」
「だからこのタイミングで言うのはやめてください!」
「こ、今度は何がいけなかったのだ……」
この【スキル】は絶対に知られないようにし、今後は他人の背中にまで影響を及ぼす熱狂な信者にも気をつけなければならないだろう。
ソーマがまた部屋の隅で膝を抱えていじけているのには構わず、リリは大事な人に迷惑を掛けない為にもこの【スキル】は墓の下まで持って行こうと誓うのだった。
§
ギルド本部最深部『祈祷の間』、四炬の松明が唯一の光源である祭壇でウラノスは『祈祷』を行ない続けている為、彼と話そうと思った場合必然的に『祈祷の間』まで足を運ばなくてはいけなくなる。
しかし
そんな『祈祷の間』にウラノス以外の影が三つあった。
一つは『祈祷の間』から出られずギルドが中立であると示すために『眷族』を持たないウラノスの代わりに、手足となって働いてくれている黒いローブの人物フェルズ。
一つは中立を気取りつつもウラノスに同士として手を貸している神ヘルメス。
二人はギルド上層部も知らない抜け道を使って何度もウラノスと密会しているのだ。
『
そして最後の影、フェルズと同じく黒いローブで身を隠した『
「『
『まだ体調不良なのよ。そうね、どこかの娯楽神に毒なんて盛られなければ顔を出す元気くらいは残っていたと思うのだけれど。こうなったのは一体どこの何メス様のせいかしらね』
おどけたようにヘルメスは笑ってみせたものの、『
本来下界の者は神に嘘をつけない。
しかし今『
「繋がっている先はレスクヴァじゃないよな?」
『もしも繋がっている先がお母様だとしたら、こんなまどろっこしい牽制なんてせず、後先考えず『
「容易に想像できてしまったから、くれぐれも『
『身勝手な神の娯楽もシャレにならないとは思うのだけれど、下界に降りた神に倫理を説いても時間の無駄というものかしら。今回は本題があるから目を瞑るけれど
この【伝言魔法】で繋がっている相手が本当に『スズ・レスクヴァ』なのか、他の『巫女』なのか、はたまたレスクヴァなのかすらわからないが、反感を買ってしまったのは間違いない。
今口で丸め込もうとしても火に油を注ぐだけなのは目に見えているので、ヘルメスは「次は実害がないよう気を付けるさ」とこりない神を演出したままこの話は一先ず流させてもらうことにする。
「まったく、神がダンジョンに潜るだけでは飽き足らず、レスクヴァ達の火種になるようなことをするなどヘルメスは馬鹿な真似をしてくれたものだ。今回のことはすまなかった『巫女』よ。
『
『『私』の方からも家の駄女神がダンジョンに潜って迷惑を掛けたわね。手痛い失費になったけれど『
ウラノスのことは悪く思っていないようで、周りに示しをつける為の『
レスクヴァだとしたら塔を壊されたことと合わせてもっと怒っているだろうから、【伝言魔法】の繋がり先がレスクヴァという可能性はないとヘルメスは確信する。
感情のまま突っ走るお転婆精霊レスクヴァは本心を隠せるほど器用でないのだ。
それこそ言葉の前に【長距離粉砕砲撃魔法】を撃ち込んできた方が自然である。
『予定が押しているから『私』の方から自己申告させてもらおうかしら。ヘルメスから聞かされているとは思うのだけれど、まず『蠱毒』の『呪い』を受けた
『
「理屈はさておきレスクヴァがとちったのはわかった。人工ダンジョン『蠱毒の壷』が思った以上にダンジョンで、暴走すれば危険だということも汚染された18階層を見れば嫌でもわかる。その影響で『祈祷』が意味をなさなくなった、ということはないよな、ウラノス?」
「ヘルメスよ、『祈祷』は問題なく届いている。しかしダンジョンがどのように変質してしまったかは私にもわからぬ。フェルズよ、実際に見たダンジョンの様子はどうだ?」
「『
しかしそれは『穢れた精霊』と同じで発見が遅れて後手に回っているだけなことを、この場にいる誰もが理解していた。
『『アレ』に成長されれば、
「だけど事態は想像していたよりも深刻だった、だろ?」
『娯楽神に指摘されるのは癇に障るけれど、そうね。その通りよ。なんせ『
ヘルメスの指摘に『音声』はわざわざ不機嫌ですよとアピールするかのように溜息をつくものの、私情を優先せずしっかりと本題に入ってくれる。
やはり『巫女』は今回の一件を調べる為に『
ダンジョンの階層を『呪い』で汚染し変異させるほどの異変を漏らしてしまったと自覚があるのだから当然と言えば当然だろう。
『『アレ』は一年やそこらで運用できるほど制御できるような代物ではないの。これはあまり考えたくない話だけれど、里から『怨念』が漏れ出す前から似たような現象がどこかで起きて、倫理を度外視した馬鹿な連中が研究を進められていた可能性が高いわね。一度最悪の状況を仮定して、ダンジョン内で『蠱毒』の実験をされている事態も考えるべきよ。ここ100年の間に人と
丁度当てはまる事件が起こったことがあるが、おそらく『巫女』はただ最悪の事態を想定して確認をとっただけだろう。
「『27階層の悪夢』。6年前に『
そうフェルズが要点だけをまとめて説明する。
『
『そう、条件はそろっているのね。なら後は溜め込む媒体さえあれば『蠱毒』の原型は完成してしまうわ。お母様の運用法と違い本気で世界を恨んでいるモノが世界を壊す為だけに運用するというのなら、縛りつける術式も難しくはないかもしれないわね。一時的に抑え込み必要な時に再封印する必要もなく解放するだけでいいのだから、原型さえあれば楽なものよ』
「それが『敵』の手にあると見て間違いないか?」
『そう考えるのが妥当よ、ウラノス。生産ラインである『母体』を破壊すれば繋がっている個体も自壊するから、ダンジョンにあると思われる『母体』の早期発見を目指すべきね』
今『
『もしも里から漏れた『呪い』を研究され、ここの『母体』が完成でもしようものならダンジョンの逆転勝ちよ。そうならないよう『里の
専門知識も持つ『巫女』が本格的に事態の収拾にあたってくれるのは実に心強かった。
里から『呪い』が漏れていなくても、『未完成の母体』というモノがあったと考えると、レスクヴァは丁度いいタイミングで『巫女』を送り込んできてくれたなとヘルメスは感謝する。
『
ぜひここにベルも混ぜて大いに物語を盛り上げてもらいたいと、不謹慎ながらヘルメスは心の内でニヤリと笑ってしまうのは娯楽を求めてしまう神の性というものだろう。
『それと隠し通路の使用許可を貰いたいわ。『祈祷の間』への通路もそうだけれど、ダンジョン中層まで人工物を伸ばすだなんて思い切ったことをするのね』
だがそれと同時に『巫女』の言葉は別の
この日、なんの疑問も持たずに放たれた一言によって、『敵』が
『
ウラノス様としたい日常会話は沢山あったのですが、蛇足になり過ぎてしまうのとスクハ自身に余裕がない状況であることから必要最低限な情報交換をする話となりました。
2018/07/12情報更新
27階層の悪夢が6年前、ジャガーノートが5年前。
別々の事件なのでフェルズの台詞を区切らせました。
ただし原作でフェルズはジャガーノートの存在を知らなかった為、同じく大きな事件があったという認識しかまだないようです。