スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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誰かに明日を届けるお話、中編。


Chapter13『明日の届け方 中編』

 中央樹と17階層入口の間にリヴィラの冒険者達が簡易拠点を作り上げていた。

「武器はいくらでもあるからな、畜生! 得物が潰れたらさっさと交換に来い!」

 緊急事態に泣く泣くリヴィラの財産である物資をほぼ全て注ぎ込むことになり、リヴィラの取り仕切り役の男ボールスはヤケクソ気味に大声で叫ぶ。

 簡易拠点にしている小高い丘には冒険者達が使いやすいよう剣や槍など武器が地面に突き刺されており、盾を並べ、消耗品から装備品まで商品だった物を冒険者達が次から次へと持ち出していく。

 強力な【魔法】を扱える魔導士達はゴライアスを囲むよう離れたところを数箇所陣取り【魔法】の詠唱をはじめ、ゴライアスの攻撃を守る為に大盾を持った『前衛壁役(ウォール)』が並んでいる。

 

 前衛はその陣地を守る様に集まる様々な怪物(モンスター)達を討伐し、命知らずの勇猛果敢な冒険者は【経験値(エクセリア)】のおこぼれを貰おうと、女型巨人がティオナ達に気を取られている隙をついてはその足に攻撃しては離脱を繰り返していた。

 それにより女型巨人にダメージを与えられている様子はないが、ちくちくと突いてくる冒険者達に女型巨人の集中力は四散しているおかげで先ほどからティオナの攻撃が何度も胸の肉を裂いている。

 今だ攻撃が魔石に届いていないものの、1000人を超えるリヴィラの冒険者達が参戦したことにより戦況は大きく動き始めているのは確かだ。

 魔術師達の詠唱に気付いたようで、ティオナに致命傷を貰わないタイミングで女型巨人が『咆哮(ハウル)』を後衛に放つが『前衛壁役(ウォール)』がしっかりと盾で防げている。

 直接攻撃されればひとたまりもないが、強引に『咆哮(ハウル)』の魔力を放つ力技は所詮付け焼き刃だ。

 唯一一撃で致命傷を狙えるティオナに加え、リューとアスフィが囮役を果たしている以上女型巨人に接近されることはなく、LV.2とLV.3で構成された『前衛壁役(ウォール)』はその役目を見事はたしてた。

 

「これは行けるんじゃないか!?」

「す、すごい……」

 簡易拠点に退避させられているヘスティアと【タケミカヅチ・ファミリア】LV.1団員である千草はその大規模な階層主戦を目のあたりにして息を飲む。

 ランクが高い【ヘルメス・ファミリア】の団員達は女型巨人と怪物(モンスター)が合流しないよう討伐に出ているが、【ヴィング・ソルガ】により熱を持ったスズの体をリリが水で冷やし精神回復薬(マジックポーション)を飲ませてあげている間、【タケミカヅチ・ファミリア】は簡易拠点付近の怪物(モンスター)討伐に乗り出している。

 一人だけLV.1である千草は連戦で武器がダメになることも考え桜花と命の予備武器を見繕っている最中であった。

 

 

 

 このままベルとスズに無理をさせることなく戦いが終わって欲しいとヘスティアは願う。

 

 

 

 自分が足手まといになったせいでスクハとスズに大きな負担を掛けてしまった。

 だからヘスティアはスズが心配で今すぐにでも抱きしめてあげたいという気持ちを抑えながら、手馴れているリリにスズの世話を任せて、手の離せないリリの代わりにスペアの武器を集めている。

 このまま集めた武器を使うことなく戦闘が終わってくれることをヘスティアとリリは望んでいるが、異常事態(イレギュラー)が立て続けに起こっている以上もしもの時の準備は必要なのだ。

 

 

 

 その準備をしなければならない事態が訪れる嫌な予感なんて、神の直感なんて気のせいだと信じたかったが嫌な予感程よく当たるものである。

『―――――――■■■■■■■■■■■■■ッ!!』

 突如女型の巨人が叫び、文字にできない不気味な音が森を揺らし18階層に響き渡る。

 

 恐怖で冒険者達を『強制停止(リストレイト)』させる本来あるべき『咆哮(ハウル)』の使い方を女型の巨人は18階層全域に轟かせたのだ。

 轟音を間近で叩きつけられたティオナ、リュー、アスフィの三人は鼓膜に大きなダメージを負ってしまったが、苦痛と耳鳴りに顔をしかめながらも動きを鈍らせることなく戦い続けている。

 しかし18階層に居るほとんどの冒険者達が強烈な『咆哮(ハウル)』により『強制停止(リストレイト)』を起こしてしまっていた。

 残っている者はLV.3以上の冒険者と強固な意志を持つ冒険者だけで、その残った冒険者の大半も詠唱中に『強制停止(リストレイト)』した魔導師達が『魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』を起こしてしまい、連鎖する魔導師達の爆発に巻き込まれ負傷してしまっている。

 

 遠く離れた後衛どころか18階層全域を支配するなんて想定できる訳もなく、その『咆哮(ハウル)』の絶大な効果範囲に冒険者達は壊滅的な大打撃を受けてしまった。

 そこに息をする間もなくティオナの攻撃を避けながらも女型の巨人は地面から一本の木を引き抜き、それを動けなくなった魔術師達の方に投げつける。

 力強く投げられた大木の威力は口から放たれる『咆哮(ハウル)』よりも威力は高く、とてもLV.3の『前衛壁役(ウォール)』では防げるものではない。

 借りに防げたとしても、多くの冒険者が『強制停止(リストレイト)』して魔術師達の『魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』に巻き込まれたのだ。

 そんな中で冷静に物事を判断して行動を起こせる程練度の高い冒険者はそれこそ大手のダンジョン探索系【ファミリア】くらいなものだろう。

 

 だから冒険者達を守る為にティオナは女型の巨人との攻防を投げ捨て、投げられた大木に飛び込み『ウルガ』で切り裂いて後衛の守りに徹した。

 それを待っていたかのように空中で『ウルガ』を振り終えたティオナ目掛けて女型の巨人がその剛腕を勢いよく突き出す。

 既に空中に居るティオナにそれを避けきる術はなく、リューとアスフィでは火力が足りずに繰り出された攻撃を阻止する手段がない。

 それでもティオナは『ウルガ』を盾にして直撃だけは避けた。

 激しい衝撃が『ウルガ』越しから伝わりティオナの体が吹き飛び遠くの森の地面に突き刺さる。

 

 

 

 ここまで3秒にも満たない一瞬の出来事で、その一瞬で形勢が逆転されてしまったのだ。

 

 

 

§

 

 

 リューとアスフィが何とかティオナ復帰までの時間を稼ごうと身構えるが、そんな二人を無視して女型の巨人は真っ直ぐ討伐用簡易拠点目掛けて駆け出していた。

 まさか完全無視されるとは思わず二人の初動がほんの僅かに遅れる。

 ティオナを倒す為に後衛を狙ったことといい、女型の巨人の戦闘時における知能は計り知れない。

 

 

 そんな絶望的な状況の中、リリもまたLV.1でありながら『咆哮(ハウル)』による恐怖に振るえながらも、『強制停止(リストレイト)』を強い心で抑え込めた一人だった。

 

「べ、ベル様スズ様、ヘスティア様をお連れしてお逃げ――――――」

 

 震えて叫びながらもリリは何とか状況を打破できないかと思考を巡らせ状況把握の為戦場をざっと見渡す。

 

 ベルとスズは無事『咆哮(ハウル)』を防げており、神であるヘスティアも驚いているが『咆哮(ハウル)』の効果を受けていない。

 簡易拠点にいる他のサポート役に徹していた冒険者は全て『強制停止(リストレイト)』してしまっており、LV.3であるリヴィラの取締役のボールスは『強制停止(リストレイト)』していないものの突然の劣勢に呆然と立ち尽くしてしまっている。

 

 ヴェルフ達のいる場所までは把握できていないが、練度の高い【ヘルメス・ファミリア】の団員達と共に行動していたので心配は無用だろう。

 『魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』が各地点で起こっていたことを考えると、他の冒険者達の戦線復帰は絶望的だと考えておいた方がいい。

 死者が出ていなかったとしても、襲い掛かる怪物(モンスター)達から身を守るのが精一杯で女型の巨人に【魔法】を撃ち込めるだけの余裕はないと考えるのが妥当だ。

 

 そんな絶望的な状況の中、リリはティオナが叩きつけられた地面が再び大きな砂煙を上げるのを確認し、ベルとスズを心配する気持ちをいったん抑え込んで一番全員が生き残ることができる確率の高い博打を選ぶ。

 

 

 

「1分でよろしいので時間を稼いでください! 無茶なのは承知の上ですがティオナ様はまだご無事です!!」

 

 

 

 一瞬でも足止めができればリューとアスフィが足止めに参加することができ、ティオナがまた前衛として復帰できる。

 それなら逃げられない相手から逃げるよりは二人の戦闘センスを信じて時間を稼いでもらった方が生存率は高い。

 

 

 何よりも、もしもここで二人に逃げるように言っても、優しい二人は前に出てリリ達が逃げられるよう女型の巨人に立ち向かって行くだろう。

 二人の後押しをしてあげるしかできない自分の非力さにリリは唇をかみしめる。

 

 

「『リトル・ルーキー』! そんな装備より『剣姫』から踏んだくった……いや、こんな時の為に預かってるこいつを持ってけ! 加工したかったが、こいつならそこいらの武器よか十分だろっ!!」

 リリが動いたことでボールスが冷静さを取り戻し、包みに包まれた武器を女型の巨人に向かって走り出そうとしているベルに投げ渡した。

 

 詳細を聞く時間はないが、ベルが包みを剥ぎ取ると黒い特大剣がその姿を露わにする。

 リリの知る限りではこのようなドロップアイテムは見たことも聞いたこともないが、黒く鋭い巨大な骨にお粗末な柄がついただけのそれは、少なくとも『深層域』の『武器部位(ドロップアイテム)』であり、十分な切れ味と強度を持っているだろうとリリは考察する。

 特大武器である大剣なら『ヘスティア・ナイフ』と『牛若丸』よりも距離をとっての一撃離脱ができるはずだ。

 

 

 ベルは大剣を構え姿勢を低くして大地を駆け、スズは剣と剣の鞘に【ソルガ】を装填し槍に変え、『偽蛇殺しの雷槍(ミスティルテイン)』から噴き出す金色の光の推進力で女型の巨人に向かっていく。

 後一押し二人の生存率を上げる為にも周りの冒険者達を戦線復帰させたいところだが、見ず知らずのリリの言葉が冒険者達を奮い立たせられるとはとても思えない。

 せめて『回復薬(ポーション)』などを届けて治療し体勢を立て直してもらいたいところではあるが、リリ一人で女型の巨人を取り囲むよう散開した冒険者達を治療して周るのは不可能である。

 

 

 

 

「冒険者様! ここ簡易拠点にいるサポート役やリリのように戦力になれず待機を命じられた皆様! 仲間の危機に震えあがるだけだなんて悔しくはないのですか!?」

 だから、自分に一番近い者達から発破を掛けていく。

 『咆哮(ハウル)』で動けなくなっているが簡易拠点にいる冒険者達は無傷なのだ。

 猫の手も借りたい現状で動けるかもしれない冒険者達を腐らせる余裕なんてどこにもない。

「リリはとても悔しいです! 自分の無力さが悔しくて、いつも守られてばかりで何もできない無力な自分に嫌気がさします!」

 返事はないがリリの自暴自棄ともとれる言葉にピクリと反応する者達が僅かにいた。

 

 それは特別な力を持っていないパルゥムだったかもしれない。

 それは月光下で真の力を発揮する為ダンジョン探索に向かないとレッテルを張られてしまった狼人(ウェアウルフ)だったかもしれない。

 それはエルフでありながら【魔法】を扱えない者だったかもしれない。

 そんなジレンマを持ち、この場に残された者達がリリの言葉に各々の感情を抱く。

 

 

「そんな無力なリリでもサポーターとして傷ついた冒険者様達に『回復薬(ポーション)』を届けることくらいならできると思います。そのくらいしかできないリリが闘えだなんて口が裂けても言えません。リリの為に力を貸して下さいだなんて立派なことを言える立場でもございません。ですが、どうか勇気を出して、今まで共に歩んで来た仲間だけの為にどうか立ち上がってください。親しい人の顔を思い出して、昨日笑い合った仲間を思い出して、苦い自分の無力さを噛みしめて、自分にできることを考えてください」

 

 

 リリは自分に人の心を動かす力があるだなんてこれっぽっちも思っていない。

 今まで関わって来たならず者の冒険者達なら鼻で笑う程の甘い考えを口走っているのも自覚している。

 それでも、ベルとスズと出会って冒険者は汚いだけの人間でないことを教えられたから、冒険者の綺麗なところを信じて語る。

 

「フィアナ、様?」

 震えながらも一人のパルゥムが顔を上げた。

「『勇者(ブレイバー)』様の影響か最近フィアナ様の名前もたまに聞くようになりましたね。ですがリリはただのLV.1サポーターですよ」

 まさか一日に二度も架空の女神扱いを受けるとは思いもせず苦笑してしまうが、『LV.1のサポーター』が『咆哮(ハウル)』に耐えて発破を掛けている状況が周りに伝わり顔を上げる者が続々と増えだす。

 良くも悪くも冒険者はプライドが高く仲間思いなのだ。

 

「てめえら! 体制立て直すぞ! これだけの財産注ぎ込んで寝てる馬鹿共を叩き起こしてきやがれ!! 動かなかった奴はLV.1サポーター以下のレッテル張るぞ!!」

 ここぞとばかりにボールスが怒鳴り散らすとそれが最後の後押しとなり、『咆哮(ハウル)』から復帰した冒険者達が『回復薬(ポーション)』の類やスペアの武器防具をかき集め始めたのだった。

 

 

§

 

 

「くそ、リリスケの奴が『咆哮(ハウル)』に耐えてるってのになさけねえ!」

 【ヘルメス・ファミリア】の団員達に守られている中、微かに聞こえるリリの声にヴェルフは拳を地面に叩きつけ歯を食いしばり立ち上がる。

 まだ膝は恐怖で笑っているし、自分の【ステイタス】は中層の水準にまったく届いてすらいない。

 それでもLV.2でありながら女型の巨人の足止めに打って出るベルとスズ、そして二人を支える為に自分にできることを必死でやっているリリの様子にヴェルフは背中に背負う魔剣を強く握りしめる。

「すまん『火月(かづき)』……助けたい(やつ)がいるんだ。意地を捨ててでも助けたい仲間(やつら)がいるんだ! だから、お前を砕かせてくれ!」

 まだ使うタイミングではないが、ケジメとしてヴェルフは己が毛嫌いして作るのを止めた『魔剣』に気持ちを伝え、いつでも放てるように覚悟を決める。

 

 近づくベルとスズ、そしてリリとボールスに発破を掛けられ動き出す冒険者達を威嚇しようと女型の巨人が走りながらも『咆哮(ハウル)』を放とうと再び口を開く姿が目に映る。

「頼む効いてくれ!! 【燃えつきろ、外法の業。ウィル・オ・ウィスプ】!!」

 瞬間、女型の巨人の口に溜まった【魔力】が『魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』を起こし爆発した。

 あの『咆哮(ハウル)』が【魔力】を帯びていることがわかった今、放つ『咆哮(ハウル)』と通常の『咆哮(ハウル)』はタイミングさえ合えば『対魔力魔法(アンチ・マジック・ファイア)』で防ぐことができる。

 これでヴェルフが健在なら『咆哮(ハウル)』の脅威は減るだろう。

 

 

 女型の巨人が『魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』の爆発でわずかに怯んだところをベルが黒い大剣を足に叩きつけ離脱し、スズが『偽蛇殺しの雷槍(ミスティルテイン)』の推進で空から【ミョルニル・ソルガ】を口に叩き込むが、女型の巨人の防御力が高いのか自己回復能力が高いのか『魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』の煙が晴れると無傷でその場にたたずんでいた。

 それでも転倒を恐れて立ち止ったのか進行を止めることはできた。

 

 

 続いて【平行詠唱】をしながら追いついたリューが【ルミナス・ウィンド】を放ち無数の大光玉が女型の巨人に叩き込まれ黒い皮膚を砕いていく。

 女型の巨人の皮膚は砕かれては再生しを繰り返し、その再生能力頼りで高火力の【魔法】を無視し、復帰し始める冒険者達や『咆哮(ハウル)』を阻止するヴェルフに向けて木々の投擲を行なおうとするが、スズが【ヴィング・ソルガ】で自己強化しさらに推進速度を上げ無詠唱で【ミョルニル・ソルガ】を放ち、女型の巨人が手を伸ばす木々を先に吹き飛ばすことで投擲を阻止しに入る。

 

 合間に無数の【キニイェティコ・スキリ・ソルガ】を放ち周りの冒険者達を襲う怪物(モンスター)の魔石を射抜いては『二属性回復薬(デュアル・ポーション)』を一気に飲み込み試験管を投げ捨て、ペース配分を考えない短期決戦を持ち掛け、ベルもまた【ルミナス・ウィンド】の大光玉と女型の巨人の攻撃を掻い潜りながら、【英雄願望(アルゴノゥト)】の蓄力(チャージ)を蓄積させティオナが間に合わなかった時に備えていた。

 

 アスフィも『爆炸薬(バースト・オイル)』を目晦ましの為に顔目掛けて投擲し援護をし、一時的であるが女型の巨人の進行を抑えることができている。

 

 

 周りの冒険者達も治療を受け【魔法】の詠唱を再開し、勢いよく地を駆け抜けるティオナの叫び声が響く。

 今度こそ女型巨人を仕留められると希望を取り戻す者が多い。

 だがそれと同時にまた些細なことでこの戦線は崩れ去ってしまうことも理解できていた。

 

 

 ティオナを退ける為に放つ『咆哮(ハウル)』が必要不可欠なのか、女型の巨人は全ての攻撃を無視し放つ『咆哮(ハウル)』をヴェルフ目掛けて放とうと口を開く。

「【燃えつきろ、外法の業。ウィル・オ・ウィスプ】!!」

 それにしっかり反応し女型の巨人の口内で『魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』が起きるが、構わずに二射目を女型の巨人は放ってくる。

 短詠唱とはいえ【ウィル・オ・ウィスプ】には詠唱が必要であり連射には対応できない。

 その連射を事前に察知できたスズが射線上に飛び出し無詠唱で三重に【アスピダ・ソルガ】を張り、鞘と盾を大盾『偽絶対防御雷壁(スヴェル)』に変え、放つ『咆哮(ハウル)』に【アスピダ・ソルガ】を貫かれ衝撃に身を弾かれるも、軽傷で防ぎまた剣と鞘を『偽蛇殺しの雷槍(ミスティルテイン)』に変化させ推進で体勢を整え地面への落下を防ぐ。

 

 三射目に【ウィル・オ・ウィスプ】が間に合うが、それも無視して四射目がヴェルフに向けて放たれた。

 クロッゾの魔剣なら放つ『咆哮(ハウル)』を突き破ることができるが、強力な魔剣を今撃てば間違いなく射線上にいるベルとスズを巻き込んでしまう。

 かといってLV.1の身で放つ『咆哮(ハウル)』の直撃を受ければヴェルフは運が良くて重症、悪くなくても死んでしまうだろう。

 

 

 魔剣を使う覚悟をしたのに、その魔剣を結局使ってあげられなかったことを、ヴェルフは魔剣に対して申し訳なく思い、自分の無力さに苦笑してしまう。

 

 

 しかし覚悟していた痛みは襲ってはこない。

 桜花がヴェルフの前に飛び出し大盾を構え、苦痛に顔をゆがませながら大地を踏みしめ、放つ『咆哮(ハウル)』を必死に堪えていたのだ。

「桜花殿!」

「桜花っ……!」

「俺を恩を返さずただ見ているだけの情けない男にさせないでくれ!! 俺はタケミカヅチ様の『眷族(ファミリア)』だ!!」

 同じ【タケミカヅチ・ファミリア】の団員である命と、補給品を持ってきた千草の悲鳴に近い叫び声を遮るように桜花が叫び、無理な連射で威力が少し落ちているとはいえLV.2冒険者にとっては重い攻撃を支えきる。

 

 すぐさま入れ替わる様に【ヘルメス・ファミリア】の『前衛壁役(ウォール)』が割って入り放つ『咆哮(ハウル)』を防ぎ、崩れるように倒れる桜花に涙を流しながら千草が駆け寄り『回復薬(ポーション)』で慌てて治療を始める。

「命っ! ここならお前の【魔法】が使える! 一斉射撃に合わせろ!」

 大きなダメージを追いながらも団長として桜花は仲間に指示を飛ばし、命は桜花のことを千草に任せ指示に従い【長詠唱魔法】を唱え始める。

 

 

 ここにいる誰もが自分にやれることを仲間の為に必死でやっている。

 仲間と意地を秤にかけるなんて昔の自分は本当に馬鹿だったと昔の自分を鼻で笑い、両手でしっかりと『火月(かづき)』を握りしめ、女型の巨人に向けて構える。

 

 アスフィの合図と共にベルとスズ、そしてリューが女型の巨人から離脱し、四方八方から火氷風雷と様々な【長詠唱魔法】が女型の巨人目掛けて放たれた。

 爆音と爆炎が舞い上がり、その威力全てを命が唱えた【フツノミタマ】の光剣から発生する半径10Mに及ぶ重力の檻に閉じ込められ、生き場を無くした魔力が再度巨大な爆発を起こす。

 それでも女型の巨人は叫び声をあげ爆炎を吹き飛ばし、欠損した部位を再生しながら迫りくるティオナを迎え撃とうと構えを取ろうとしている。

 

 

 

「ありがとよ、火月(かづき)ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」

 

 

 最後の一押しに、正真正銘の怪物を怯ませる為に、『魔剣』の真名(まな)をヴェルフは叫ぶ。

 先ほどの【魔法】が混ざり合った爆発を超える威力を誇る巨砲が刀身から放たれると同時に『火月(かづき)』は砕け散った。

 巨大な炎流は女型の巨人の体を飲み込み、あの超再生能力を上回る程のダメージを与え黒い皮膚を溶かしていく。

 ただ一振り振るうだけで『LV.5以上の【魔法】を放つ』脅威の『クロッゾの魔剣』は女型の巨人に致命傷を与えたのだ。

 

 そのあまりの威力に冒険者達が目を奪われる中。

「いっくよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉっ――――――――――!!」

 炎流がわずかに残るのをお構いなしにティオナの元気のいい叫びが響いた。

 ダメージを追えば追う程【能力補正】の効果が高まる【大熱闘(インテンスヒート)】の効果で吹き飛ばされる前とは比べ物にならない威力と速度でティオナは突撃し、焼け焦げ身動きの取れない女型の巨人の胸にウルガが食い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はずだった。

 理不尽に突如女型の巨人の胸から生えた人と同サイズ程の黒い両手が、魔石に刃が届く前にティオナの腕をがっしりと掴んで刃の進行を阻止していた。

 女型巨人の胸から手だけではなく、ずぶり、ずるりと黒い触手が絡み合い目と鼻のない人型の上半身を露わにし、黒い触手で出来たからだとは対照的に後頭部からは腰まで届く綺麗な白髪が波打っている。

 

「黒い寄生型!?」

 ティオナは驚きに声を上げ、慌てて手を振りほどこうとするが間に合わなかった。

 

 

 

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 

 

 

 新たに生えた触手の体が甲高い音をたてると、黒焦げになり朽ち果てた女型の巨人の体が再び動き出し、ティオナの体を横殴りで遠く彼方まで吹き飛ばす。

 その際にウルガの刺さった胸は裂け、女型巨人の拳は反動でボロボロと崩れさり、傷ついた部位が再生する様子はない。

 

 ボロボロになってもなお怪物は止まることを知らず、甲高い音を上げるのだった。

 




長らくお待たせしました。
四苦八苦したものの予想通り収まり切らず、女型巨人戦は続きます。
英雄願望(アルゴノゥト)】と【ヴィング・ソルガ】によるチャージを残して引き継ぐ
次回、切り札一発が決まるかどうかほんの少しでもはらはらさせられるよう書けたらいいなと思います。

これに懲りず、これからもゆっくりと『少女』のことをお見守り下されば嬉しいです。

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