スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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ただ笑ってもらいたかっただけのお話、中編。


Chapter10『笑顔の在り方 中編』

 ヘルメスは途中まで十分満足していた。

 スズとヘスティアを攫われながらも綺麗なまま強く真っ直ぐな姿勢を変えないベルに、そんなベルを心配する仲間思いのパーティー。

 自分が仕組んだこととはいえ綺麗な物語だ。

 元々『ハデスヘッド』が『レスクヴァの巫女』に鍛えられたベルに通用するとは思っていなかったし、英雄の素質があるところを十分見ることができてそろそろ事後処理に移ろうと考えた矢先だった。

 

 

 突如、ダンジョンから『呪い』が溢れたのは。

 

 

「これはレスクヴァがとちったのか? そうか……それで『初代巫女』を里に呼び戻し、『現巫女』にダンジョンを調査させてたんだな。くそ、こんな話は聞いていないぞ」

「一人で納得してないで状況を説明してください!! 今何が起こっているんですか!?」

 頭を抱えるヘルメスにアスフィが問いただすと、珍しくヘルメスがいつもアスフィがしているような疲れたような笑みを浮かべた。

 

「『蠱毒の洞窟』がダンジョンと繋がった、のかな。ダンジョンの活性化が激しい。おかげで今までにないほど神経質になって、神威を抑えているのにも関わらずオレ達に感付いた。これは長く滞在しすぎたかもな」

 ヘルメスは「もしかしたらオレもしくじったのかもな」と悪態をつく。 

 

神々(オレたち)を恨んでいるダンジョンがハードモードを飛び越えてエクストラモードになるなんて『テヘペロ』じゃすまないぞ、レスクヴァ。アスフィ、リヴィラの街へ行って救援を呼んでこい」

「応援? まさか、アレと戦うんですか? この階層から避難するのではなく?」

「逃がしてはくれないだろうな。それにしても、お転婆娘の玩具がここまでダンジョンに影響を与えるなんて……ああ、ウラノス。『祈祷』はどうした」

 ヘルメスの予想通り上下階層の入口がダンジョンの意図で崩れて塞がる。

 

 

 そして生れ落ちるは階層主『ゴライアス』の変異種。

 おそらく『蠱毒の洞窟』の影響か、黒い『ゴライアス』の肉体は通常個体よりも細く()()であり髪も地面につくほどの長さだった。

 姿の変異よりも一番問題視するべきところは神を殺す為に送り込まれたであろうこの刺客が、一体どれほどダンジョンの『恩恵』を受けているかであろう。

 LV.5級程度の強化ならまだいいが、もしもダンジョンが『祈祷』のない頃に戻っていたら今の戦力ではどうしようもない。

 

 ヘルメスはティオナ、アスフィ、リューを主力とした戦力で何とか事態を収拾できることを信じることしかできなかった。

 

 

§

 

 

 元はゴライアスだと思われる女型(めがた)の黒巨人が生れ落ちた白水晶には底が見えない暗い穴がぽっかりと口を開けていた。

 見ているだけで暗闇に引きずり込まれそうな錯覚を起こす暗い穴。

 ただたたずむだけで威圧感を放つ女型のゴライアス。

 その二つの存在が18階層に居た冒険者達を釘付けにし、それらを見た冒険者達はその異常事態(イレギュラー)に理解が追い付かず呆然と立ち尽くしてしまっていた。

 

 

 LV.5であるティオナでさえ戸惑ってしまう状況の中、危機を感じて逃げ出したモルド達も唖然と立ち止まってしまう中、最初に動けたのはベルだった。

 

 

「スズ! ねぇ、スズ大丈夫!? 意識ある!? 今薬を飲ませてあげるからっ!!」

 ベルは戸惑いも不安も全て後回しにしてぐったりと動く気配を見せないスズに駆け寄りその体を抱き起して軽く揺する。

 

 

 返事もなければ動きもない。

 スズはまるで死んでしまっているかのように瞬きすらしてくれない。

 そんなスズの姿にベルは心臓が止まる思いをした。

 

 

 あまりのショックに思考が停止する寸前、はだけてしまっているコート越しから微かにだが胸は動いてくれていることに気付く。

 それでもベルは不安がぬぐいきれなくて、慌てて手をスズの口元に近づけてみると呼吸を感じることができて、早とちりで本当によかったとほっと胸を撫で下ろす。

 

 

「大丈夫か、ベルっ!?」

「ベル殿、ご無事ですか!?」

 森の奥の方からヴェルフと、おそらく【タケミカヅチ・ファミリア】の団員である命の声が聞こえて来た。

 その直後に声のした方向からリューがものすごい速さで飛び出してくる。

 フード越しから僅かに覗く表情は鬼気迫るものであり、見るものが見ればあまりの気迫に恐怖してしまうかもしれないがベルは『すごく心配を掛けてしまった』と申し訳ない気持ちになっていた。

 

 リューに続いてヴェルフに加えて【タケミカヅチ・ファミリア】と【ヘルメス・ファミリア】の団員達の姿が見える。

「……少しやりすぎたと思いましたが、逆だったようですね。確か道中に居た輩がモルド、と口走っていましたか。クラネルさんを傷つけ、スズを辱めた下種共に遠慮は不要ですね」

 

「こ、こ、こ、こ、これって大問題じゃないか!? 流石にこんなことにうちのヘルメス様関与してないよな!? あ゛あ゛あ゛あ゛ああああぁぁぁぁっ男共はタンマ!! 入るなっ!! そこエルフ荒れるなっ!! 誰でもいいから綺麗な布と水!! 後は服っ!! ああもう! アスフィどこだよぉっ!! 早く来てよ!? この前トラブル起こしたのは本当に悪かったからさぁっ!! このままじゃ私の胃()()穴があいちまうよ!?」

 

 酷い目に遭ったことには変わらないが、鎖で縛られた腕の後ろから肩にコートを被せられているだけのスズの姿からものすごい勘違いが生まれている気がしてならない。

 リューは殺気立ち、ルルネを含む【ヘルメス・ファミリア】は半ばパニック状態に陥ってしまっている。

 

 未だ女型のゴライアスは動いていないが、もしもこんな指揮が乱れた状態で襲われでもしたらひとたまりもないだろう。

 異常事態(イレギュラー)が起きているのだから何とか誤解を解いて落ち着いてもらい、スズに特効薬を飲ませてこの場から離れるべきだ。

 だけど、ベル自身スズがモルドに何をされたのかを理解できていない為、なんて説明してこの場を沈めればいいかが思いつかなかった。

 それでも一番状況を理解できているのは当人であるベルなのだから、自分がしっかりしなければと言葉が浮かばないままベルは口を開く。

 

「皆さん落ち着いて下さい!!」

「ベル様のおっしゃる通り一度落ち着いて下さいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 ベルが叫ぶのと同時に真上からリリの大きなが聞こえた。

 突然の叫び声に視線が集中したことで一瞬だがその場が静まる。

 

 宙からリリとヘスティアを抱えたティオナが降って来るや、リリはティオナの肩から飛び降りてバックパックに臨時で取り付けた『ウルガ』を渡してスズの元に駆け寄った。

 着地したばかりで今だティオナの肩に担ぎ上げられているヘスティアはスズとベルの状態を確認するやその表情は固っている。

 大切な眷族が片や半裸のまま一切の動きを見せず、片や殴り合いの末に顔に多くの打撲痕を残しているのだからそれは当然の反応だろう。

 

「リリがベル様から事情をお聞きして診断します!! 女性の『回復役(ヒーラー)』の方は前へ、他の冒険者様達は周囲の警戒をっ!! 上から見回したところ、あのゴライアス()()()の影響か怪物(モンスター)達が集まって来ているので注意してくださいっ!!」

「パルゥムちゃん、あたしは何すればいい!?」

「大変だとは思いますが、ゴライアス()()()に警戒しつつ手当たり次第に近くの怪物(モンスター)を倒していてください!! ゴライアス()()()が動き次第そちらの相手をお願いいたしますっ!!」

「わかった!! 白猫ちゃんとアルゴノゥト君のことお願いね!!」

「さ、サポーター君!! ボクに手伝えることは!?」

「ただスズ様のお傍に居てあげてください!! それだけで十分です!!」

 

 てきぱきと指示を飛ばすリリに戸惑いながらも冷静さを取り戻していき団員達が指示に従って行く。

 

「リュー様はベル様とスズ様の護衛の為にもお残り下さい。お気持ちはわかりますが、リリは今お二人のこと以外を考える余裕がありません。異常事態(イレギュラー)が立て続けに起きている今、ベル様とスズ様が信頼なされているリュー様がリリにとって一番信用できる戦力なのです。ですから、どうかお残り下さい」

 

 そしてリリはそう言って森に行こうとするリューを引き止めてくれた。

 もしも引き止めるのが少しでも遅れていればリューは森へ駆け出し、怪物(モンスター)の討伐ではなくモルド達を探していたかもしれない。

 当然そんな報復行為をベルは望んではいない。

 この短期間でリリはベルが望んでいた理想的な場を作ってくれたのだ。

 

 

 リリはスズのコートを一度取り、手を縛っている鎖を器用に解いて身体検査を始める。

 流石にスズの裸を見る訳にはいかないのでベルはスズの体を案じて落ち着かない状態のまま他所を向く。

 リューと【ヘルメス・ファミリア】の『回復役(ヒーラー)』もスズの身を案じて落ち着かない様子だが、リリの判断を待っている間にベルの治療に取り掛かっている。

 ヘスティアはリリが身体検査している間、スズの手を握りしめながら名前を呼び続けていた。

 

 

 

 

「スズ君、ベル君、ごめんよ……。ボクのせいで本当にごめんよっ」

 ヘスティアの言葉にベルの胸がズキリと痛んだ。

「神様のせいじゃ、ないです。神様は悪くない。僕も、スズだって、神様が無事でよかったって心の底から思えます。それに約束通り神様に手出ししなかったじゃないですか。スズに手出ししないって約束も、きっと守ってくれてるはずです。毒で動けなくしただけで命に別状はないって言ってました。言ってたんです。スズは絶対に大丈夫です。絶対に、大丈夫です。だから謝ったりなんかしないでください。もしも何かあったとしても、こんなにスズの為に人が動いてくれているんです。だから大丈夫に決まってます」

 なによりもベルは自分にそう言い聞かせた。

 周りの人達も、それが主神と自分自身に言い聞かせたい言葉だと、精一杯の強がりだと嫌でも理解できてしまうくらいにベルの声は震えていた。

 

 

 

 

「外傷は……手の火傷だけ……。この鎖はミスリルでしょうか。よくもどこにでもいるような冒険者が高価な純度の高いミスリル製の鎖を用意できたものですね。まあ、それは置いておくとしましょう。スズ様に暴行の痕はありません!! 繰り返します!! スズ様に暴行の痕はありません!! ですが薬物……おそらくですが毒物だと思われる残り香があります!!」

「そうだ!! リリ!! 解毒薬がある!! その毒はこれで治るってっ!!」

「ベル様、それはどなたが?」

「モルド、さん……。えっと、スズにその毒を使った人だよ! だから治す薬も持ってたんだと思う!!」

 ベルが渡した試験管をリリはまじまじと見つめた後、少し考えてから試験管の栓を抜いて中の液体の臭いを嗅ぎほんの数滴の量を自分の口に入れる。

 

「毒では……なさそうですね。少なくとも即効性の毒ではありません。ただの水や回復薬(ポーション)という訳でもありませんし一か八か信じるとしましょう」

 

 せっかくの特効薬をなぜ自分で飲むのかベルとヘスティアはつい思ってしまったがどうやら毒見だったようだ。

 周りはその毒見を当然のように見守っているのに、そこまで気がまわらない程ベルとヘスティアの心は切羽詰まっていたらしい。

 真っ先にリリに解毒剤のことを言わなければならなかったのに、それすらも気が動転して言うタイミングを完全に逃してしまっていたことが恥ずかしく思える。

 もしもリリがいなかったら、ここまでとんとん拍子に事態を改善することはできなかっただろう。

 リリには感謝してもしきれなかった。

 

 

「スズ様、意識はございますか? 少し辛いとは思いますが意識がおありでしたら呼吸のテンポをお変えになるか、ヘスティア様がおにぎりになられている手にほんの僅かでも力をお入れください。はい、もう結構です。意識はあるようですね。お辛いのにご協力ありがとうございます。今から解毒薬だと思われる薬物をスズ様の口にお移しますね。後で文句も罰も受けますから少しだけ我慢してください。それでは、失礼いたします」

 

「ま、待ってくれサポーター君!! いや、それはボクがっ。あああああああああああああああああああああっ!! 確かに緊急事態だけど、スズ君にまでそんなっ!!」

 

 もうベルはスズの体を見ないようにリリからも顔を背けているので、リリがどうやってスズに薬を飲ませているかは見ていない。

 それでも体を一切動かせないスズに無理にでも薬を飲ませようとするなら、薬が口から零れ落ちないように口移しで飲ませてあげているのだろうとヘスティアの反応からも想像できる。

 ベルの思考はまだ非常時のものだった為、それを特に意識することなく救命処置として受け入れることができた。

 

「んっ……ふぅ……。血行は良くなっているようですね。この即時性を考えるに『呪詛(カース)』の解呪薬と言ったところでしょうか。それとも高等な万能薬か……。どちらにせよ、ヘスティア様も騒ぐ元気がお戻りになったようで何よりです」

「本当かい!? よかったっ!! よかったよぅっ!!」

「ですがスズ様に抱きつくのは後になされてくださいっ!! スズ様、体のご加減はどうですか? 無言で頷かれても困りますが……お体は動くようですね。お立ちになれますか? そうですか……。無理はなさらずリリ達に頼ってください。スズ様はいつも頑張り過ぎなのでこんな時くらいリリ達に頼りきりになってもバチは当たりませんよ? 怖いことはもう何もないです。ベル様もヘスティア様もご無事ですから、今はゆっくりとお休みになってください」

 スズの声が一切聞こえない中、リリはそう優しく語り掛けてくれている。

 

 

「ヘスティア様はスズ様の着付けをお願いいたします。鎧は後でリリが着付けいたしますのでそのままで構いません。リリはベル様に鎧をお届けに参らなければならないのでスズ様のことをよろしくお願いします。『回復役(ヒーラー)』の皆様お待たせいたしました。スズ様の体力を回復して差し上げてください。ただし、スズ様は怖い目に遭ったばかりで酷く怯えておられます。着付けはヘスティア様にお任せして、くれぐれも肌に直接おさわりにならないようお願いいたします。リュー様はこのまま周囲の警戒を。怪しい真似をしでかす不届き者がいないか目を光らせてください」

 

 一通り指示をし終えたリリはバックパックを下ろしてスズの衣服と武具一式をヘスティアに渡した後、今度はベルの防具を取り出して真っ直ぐベルの方へ向かって行く。

「リリ、スズの様子は……」

「毒らしき効果は治りました。消耗した体力と手首の傷は今治療中ですね。手首に傷跡が残ることはないでしょう。一先ずは安心して良いかと」

「よかった……」

 ベルは安心した拍子に力が抜けてしまいその場にへたり込んでしまった。

 

「本来なら防具もお付けにならずに一人でここまで出向いたことについてお説教しなければならないのですが、あの黒いゴライアス()()()が居る中でそんな悠長なことをしている時間はありません。アレとぶつかるつもりはありませんが、今森の中は怪物(モンスター)が活発的に動き回っていて危険な状態だとリリは判断しております。スズ様の治療をしている間にベル様は防具を身につけてください」

「何から何までありがとう、リリ。リリがいてくれて本当によかった」

「リリはベル様とスズ様の専属サポーターなのでこのくらい当然です。なんなら着付けもお手伝いして差し上げますよ?」

「い、いいよ! じ、自分で着られるからっ!! 僕の怪我は全然大丈夫だからっ!!」

「ふふふ、それは残念です。ではベル様。防具をお付けになられたらヴェルフ様と一緒にお待ちになっててください。ヴェルフ様も心配なさっている筈ですから」

 リリが冗談を混ぜつつも終始気遣いをしてくれていたのは鈍いベルでもわかる。

 おかげでベルの気持ちはずいぶんと楽になれた。

 

「リリ、ありがとう」

 

 だからスズのところに戻ろうとするリリにもう一度だけお礼を言うと、リリは振り向いて「先ほどもお聞きましたよ、ベル様」と嬉しそうに微笑んでくれた。

 

 

§

 

 

「俺は防具は直せても人は治せないんだぞ。たく、防具を身につけずに出てくなんて無茶し過ぎだベル」

 防具を着込んでヴェルフの共に向かうとむっとした表情のヴェルフが出迎えてくれた。

「ごめんヴェルフ。せっかく作ってくれた防具なのに……」

「まったくお前らは本当に鍛冶師(スミス)泣かせだな。今回は無事だからよかったものの次からは気をつけろよ? それよりもスズは大丈夫なのか?」

「うん。リリや皆のおかげで大丈夫そうだよ」

「そいつは何よりだ。リリスケ様々だな」

 スズも無事だということを伝えると「心配掛けさせやがって」とヴェルフは笑いながらベルの背中を何度も軽く叩く。

 どうやら職人として防具を着て行かなかったことについて怒っていた訳ではなく純粋に仲間を心配してくれていたようだ。

 スズが回復し始めて心の余裕ができてきたベルは、こんなにも自分達のことを心配してくれる仲間がいることを嬉しく思えた。

 

「すまない。救ってくれた恩を返しにここまで来た筈なのに、結局今回も俺達はただついて来ただけだった」

 【タケミカヅチ・ファミリア】の団長である桜花の話によると道中で遭遇した怪物(モンスター)は【ヘルメス・ファミリア】の団員達が払いのけ、進行を邪魔するように現れたならず者の冒険者達は騒ぎに駆けつけて来たリューが疾風のごとく片付けて何もすることがなかったと言う。

 危険を承知でここまで来てくれただけでも嬉しいのに律儀にもそのことを伝えて頭を下げる【タケミカヅチ・ファミリア】の団員達はベルが思うのもなんだが真面目すぎであった。

 極東人は義理堅いと聞くが、他の極津人も桜花達みたいなのだろうか。

 次こそは必ず恩に報いますと頭を下げられては土下座でなくてもこちらの方が恐縮してしまう。

 

 

「それにして何なんだ、あのデカブツは。さっきから周りを見回してるだけで動こうとしないぞ」

 

 そんな空気に耐えきれなかったのか、ヴェルフが何度も謝られている最中にも関わらず話題をそらそうと遠くにいる女型のゴライアスに目を向けてそう呟く。

 女型のゴライアスは今だ生れ落ちた場所から動かず、何かを探しているかのように首と目だけを動かして辺りを見回している。

 

「普通じゃないのは確かだが……戦力が分散している今襲われないのは正直ありがたい」

「桜花殿の言う通り、スズ殿が治療中で動けない今を狙われていたら危うかったですね。おそらくまだ獲物を探しているのでしょう。ゴライアスは本来なら広間(ルーム)である『嘆きの大壁』にしか生れ落ちないので、この広い森の中では冒険者を見つけられないのかもしれません」

「このまま私達に気付かないでいてくれるといいんだけど……」

 桜花、命、千草の他にも【ヘルメス・ファミリア】の冒険者達がいるとはいえ、スズの治療を怪物(モンスター)に邪魔をされないよう広範囲に散らばってしまっている。

 一致団結すればLV.4級のゴライアスにならティオナ抜きでも勝てるかもしれないが、隊列を組んでいない今襲撃されては弱いものから順に蹂躙されてしまうことだろう。

 ゴライアスに動きがあった場合はLV.5のティオナが止めに入る手筈とはいえ、とても楽観視できる状況ではないことはこの場に居る誰もが嫌でも理解できてしまっていた。

 

 

 そしていくら願ったところで、生れ落ちた異常事態(イレギュラー)が何事もせずただ立っているだけで終わる筈もないこともわかっている。

 女型のゴライアスが17階層の入口付近、野営地にしている広間に目を向けたところで首の動きを止めた。

 誰かが「やばい」と呟くとほぼ同時に森全体を揺らす激しい『咆哮(ハウル)』が轟く。

 

 

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!』

 

 

 

 この世のものとは思えない身の毛がよだつ叫び声。

 それと共に女型のゴリアスは大地を揺らし、衝撃で立っていた地面を吹き飛ばし、()()()()()()()

 まさか7Mもの巨体が飛び上がるとは思わなかった者達が唖然とその姿を見上げる。

 あんな巨体が一足で飛び野営地に着地すれば、野営地に残っている【ヘルメス・ファミリア】は野営地ごと壊滅してしまうだろう。

 

 

 だが、そうはさせまいとティオナが『ウルガ』を構え、ベル達にも聞こえるほど大きな声を上げながら女型のゴライアスを遥かに超える速度でその横顔に突撃して行った。

 放たれる矢よりも早い閃光の一撃が女型のゴライアスの頬を裂くが、ティオナの力とアダマンタイトをふんだんに注ぎ込んだ『ウルガ』の刃でも肉を裂くだけで貫き切ることはできなかった。

 ティオナは頭部を貫くつもりで全力の突撃をしたのに、『ウルガ』の刃が頬を半分貫いただけで留まってしまったことに驚きを隠せずにいた。

 

 攻撃は通るが思った以上に硬い。

 

 それでもティオナの突撃の衝撃により女型のゴライアスの進行方向は野営地から大きくずれて森に爆音にも似た地響きを立てながら墜落する。

 女型のゴライアスが墜落した地面は大きく抉れ、木々や結晶が吹き飛び、辺り一面にそれらが降り注いでいた。

 その衝撃にティオナが巻き込まれてしまったのではないか心配だったが、どうやら女型のゴライアスが地面と激突する寸前に『ウルガ』を引き抜き離脱をしていたようだ。

 一瞬だが宙にティオナらしき小さな影が吹き飛ぶ木々を足場に地面を下り立つ姿が確認できたのでベルは一先ず安堵の息をつく。

 

 

 

 しかしこの場で安堵の息をつけたのはベルだけだった。

 移動するだけでこちらを壊滅させられる力を持った女型のゴライアスをティオナ一人で被害を出さずに討伐するのは不可能だ。

 先ほどの一撃で仕留められなかった以上、長引くであろう戦闘の余波だけで多くの犠牲が出てしまうだろう。

 この階層で自分達が生き残れるという保証は全くないのだ。

 

 

 

「皆様惚けていないで撤退です!! ティオナ様という明確な目標物を目視できている内はあの大移動はしてこない筈です!!」

 それでもリリは折れ掛けていた冒険者達の心に道を示してくれた。

 リリは元々戦えないからこそ、沢山の冒険者達を騙してきたからこそ、こんな絶望的な状況の中で冒険者達が何を思っているのか何を求めているのかが手に取るようにわかるのだ。

 

 ティオナを目標にしている内は大丈夫などと何の根拠もない情報だが、砂漠で水がある場所を提示すれば誰だって飛びつきたくなるものである。

 

「私達を逃がさないつもりか……怪物(モンスター)が入口に向けて移動を開始し始めています。囲まれる前に突破口を開くのが賢明かと」

 最初からリリと打ち合わせをしていたのか、ただありのままのことを伝えただけなのか、追撃するようにリューが他に選択肢はないことを提示した。

 女型のゴライアスが動こうが動くまいが結局のところ自分達が動かなければ待っているのは死だけである。

「ベル様を中心に隊列を組んでください。野営地に残った冒険者様達と合流して、そのまま17階層に避難しますよ!! 見当たらないヘルメス様に関しましては……アスフィ様が付いておられるので大丈夫でしょう」

「いや、まあ……確かにヘルメス様なら死ぬかと思ったとか笑いながら無事そうだけどさ。今やりあってくれてる『大切断(アマゾン)』はどうするんだ?」

 ルルネが既に女型のゴライアスの方に目を向けた。

 リリが根拠もなく言った通り女型のゴライアスはティオナを目標として拳を振り下ろしては地響きを立てている。

 

「17階層に撤退した後、足の速いリュー様に撤退指示をお伝えしに行ってもらいます。女型は素早く突進力があるようですが、遠目から見ている限り小回りはそこまで効かないように見えるので、リュー様とティオナ様なら逃げ出すことは容易でしょう。全員が撤退できるなら女型をこの場で倒す必要はありません」

 逆に言うと全員が撤退できる状況でなければもう戦うしかなくなる訳だが、それを言うと士気が下がりそうなのでリリはそのことには触れないでおく。

 

「ベル様は戦闘に参加なさらずにスズ様とついでにヘスティア様をお願いします」

「サポーター君、今ボクのことついでって言わなかったかい!?」

「この場においてリリと同じくお荷物であることを自覚なさってください」

 リリはいつものようにニコニコと愛想のいい笑みを浮かべる。

 それは周りを不安にさせないように、本当は怖がっている自分を偽る為の仮初の笑顔。

 

 人を騙す為に得た偽物の笑顔だけど、そんな偽りの自分なんかが少しでも大切な人の役に立つのならいくらだって強がってみせよう。

 リリは恐怖や不安を覆い隠し、大切な人の笑顔を守るに強がりな笑顔を貫き通すのだった。

 




相変わらず伸びに伸びて、ようやく女型ゴライアスさんが一歩動きました。
リリ無双はもう少し続きます。

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