スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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ただ笑ってもらいたかっただけのお話、前編。


Chapter09『笑顔の在り方 前編』

 リリはヘスティアとスズを呼びに行った筈のベルが戻ってこないことに対して不安を抱き、その不安が気のせいだと信じてテントまで足を運んだ。

 しかしながら、嫌な予感は的中してしまったようでテントには誰の姿も見当たらない。

 

 残されたものは微かな異臭に床の染み。

 おそらくヘスティアがスズの【ステイタス】の更新中だったのか、コートの下に身につけている筈のインナーシャツが毛布の近くに転がっており、毛布の乱れようからは抵抗しようと試みた痕跡が窺える。

 

 下着もそうだがスズは武具どころか、大事にしている鈴が付いた髪飾りと首飾りもテントの隅に置かれたままなのでスズやヘスティアが自らの足で外に出た可能性は0だ。

 また【ステイタス】の更新中に兄妹であるとはいえベルがテント内に居たとは考えにくいので、何者かがスズとヘスティアを襲い無力化して連れ去った後にベルが同じ光景を見たと考えるのが妥当だろう。

 気が動転していたとは思うがベルが自分達に何も告げずに二人を探しに出たことも気がかりだが、【ロキ・ファミリア】が出立した直後、人数はお世辞にも多くないとはいえ【ヘルメス・ファミリア】が見張りをしている中誰にも気づかれることなく犯行を成功させられたことも気になる。

 

 もしかしたら【ヘルメス・ファミリア】の仕業、あるいは【ファミリア】間ではなく個人の内通者がいるかもしれない。

 それをするメリットが思い当たらない分【ヘルメス・ファミリア】だけでなく【タケミカヅチ・ファミリア】も怪しく思えて来る。

 表面的な善意で本音を覆い隠して冒険者を騙し窃盗を繰り返して来たリリにとって、見ず知らずな者達による『善意で助けた』『恩返しがしたい』などと感情論は信じるに値しないものだ。

 今のところこの階層で信じられると確信できている者はヴェルフとスズの口から度々名前を聞くリューくらいである。

 

 ティオナに関しては疑ってはいない。

 あまり物事を深く考えていない能天気な人柄もそうだが、何よりもLV.5という圧倒的な力はこんなまどろっこしい手を必要としない。

 その気になれば正面からこの場に居る者を全滅させてスズを攫うことが可能なのだ。

 

 

 

 とにかく『闇派閥(イヴィルス)』の残党がスズを狙っている以上、本当に信じられる者以外は警戒しておいた方がいいだろう。

 

 

 

 スズとヘスティアの安全を確保するには誰にこのことを伝えどう動くべきかを考えながらも、手掛かりが他にないかテントの中を見渡すと見慣れないスクロールが転がっているのを見つけた。

 スクロールは乱暴に地面に投げ捨てられたのかしわくちゃになっているが幸いなことに破れてもいなければ文字がつぶれてもいない。

 内容は『インキチ・ルーキー』とベルのことを貶し、スズとヘスティアのことを攫ったことと一人で来れば二人に手出しをしないこと、そして用があるのはベルただ一人だということが記されている。

 

 どうやら『闇派閥(イヴィルス)』の残党ではなく、冒険者によるよくある嫉妬のようだ。

 

 迷宮都市(オラリオ)で『レスクヴァの里』の住人である二人は過保護と言ってもいいほどに見守られているので、遅かれ早かれ不満が爆発することはあるかもしれないと危惧はしていた。

 それでも巫女を傷つけたりすれば『レスクヴァ』が出て来るし、『白猫ちゃんを見守る会』だって黙ってはいない。

 

 だから一番リスクの低いベルとの決闘で憂さ晴らしをしようとでも考えたのだろう。

 嫉んでいる者も下手なことをして迷宮都市(オラリオ)で冒険者生活を送れなくなるのは避けたいだろうから、ギルドや周りが口出しできない程度の喧嘩程度のいざこざに抑えようとはしているのだ。

 やけになられたらどうなるかはわからないが、嫉むような小物が禁忌である神殺しや精霊『レスクヴァ』を怒らせるような大それたことを行なう勇気はない筈である。

 これだからモラルのない冒険者は嫌いだとリリは溜息をついて証拠品のスクロールを回収した。

 

 今回の騒動は『レスクヴァの里』、対象はベルに絞っての憂さ晴らし行為程度と見て間違いないが、やはり気がかりなのは誰にも気づかれずにスズを誘拐できた点である。

 ヘスティアだけならともかく、心身ともに弱り切っているからといってそう易々とスズが捕まるとはとても思えない。

 物事への警戒度は下げてもいいかもしれないが、犯人と繋がりを持った者が紛れていると考えて動いた方がいいだろう。

 

 

 まず最優先はヘスティアの安全確保だ。

 ヘスティアが捕まったままではベルとスズは思うように動けないのに加え、嫉んだ冒険者が手を出さなくてもふとした事故で森に潜む怪物(モンスター)の手に掛かる可能性だってある。

 幸い【シンダー・エラ】で変身している犬人(シアンスロープ)の嗅覚はベルとスズの匂いはもちろんのこと、主神であるヘスティアの匂いもしっかりと覚えているので後を追うことができる。

 人を嫉み喧嘩を吹っかける程度の冒険者は『大殺斬(アマゾン)』の顔を見ただけで逃げ出すだろうから、ティオナを足に使いヘスティアの元にリリが道案内すればほぼ確実に救出できるだろう。

 その場にベルとスズも居れば万事解決なのだが、人質を全員奪還されないようにスズとヘスティアは別々の場所にいると考えた方がいい。

 現実的に考えるなら、戦闘力のあるスズをヘスティアを人質として言うことを聞かせ、ヘスティア自身は奪還されないように他の場所で見張りをつけていると考えるべきか。

 そしてスズはベルに対しての人質として使い、憂さ晴らしの意味合いを込めてスズの目の前でベルを痛めつけようとしていると見るべきである。

 

 18階層での犯行を考えると相手はLV.2の集団だと思われるので流石のベルも多勢に無勢だ。

 少しでも早めに助け出す為にも少し危険だがヴェルフには比較的信用できそうな【タケミカヅチ・ファミリア】と共にベルの救援に向かってもらい、ヘスティアを救出したティオナの足でそのままヴェルフと合流するのが一番だろう。

 現状一番怪しい【ヘルメス・ファミリア】に関しては仮に完全な黒だとしても、中立【ファミリア】を名乗っている以上は仲裁に入って来ることはあっても表立って邪魔をしてくることはない筈だ。

 

 

 

 例え仲裁がなかったとしても神がダンジョンに入ったことを公にする訳にはいかないので、このいざこざもなかったことにしなければならない。

 

 

 

 優しいベル達の心は今回の件で大いに傷つけられたことだろう。

 リリは一度深呼吸をする間に心の整理をし、恨むこと()()()後でいくらでもできると自分に言い聞かせて大切な者達を傷つけられた怒りを強引に抑えこんだ。

 

 

§

 

 

 リリがスズとヘスティアが攫われてベルがそれをダシに呼び出されてしまったことを野営地に居る者達に伝えると、【タケミカヅチ・ファミリア】は食事を作っている間に恩人が攫われたことの口惜しさと怒りに震え、【ヘルメス・ファミリア】は警護を任されていたのにも関わらず見張り役を易々と突破されてしまったことに動揺を隠せない様子だった。

 ティオナが「助けなきゃ!」と飛び出しそうだったが、何とか地を蹴られる前にヘスティアの救出に当たってもらいたいことを伝えることができたのでこの場に留まってくれている。

 

「おい、リリスケ! ベルとスズの防具は整備で預かったままだぞ!? ベルは防具も身につけずに森の中に行ったってのか!?」

「はい。ですからベル様とスズ様の防具はリリのバックパックの中にお願いします。『闇派閥(イヴィルス)』の残党がスズ様を狙っている以上、お二人の救出後も何が起こるかわかりませんからいざという時は現地で防具を装備していただきましょう。相手の戦力が未知数なのに加えて異常事態(イレギュラー)要素が多いので迅速な行動が求められます。必要最低限の物資だけを持ってすぐに出立しますよ。ヘスティア様の救出にはリリとティオナ様が当たります。他の冒険者様は一本水晶にお向かいください!」

 

 リリはベルとスズの防具を自分のバックパックに詰めながらLV.1(自分)よりも上の冒険者に対して臆することなく指示を出していた。

 人が良いのか緊急時だからか、それを誰一人として疑問に思うことなく嫌な顔一つせずに各々と慌てて出立の準備に取り掛かっている。

 

「ただし空き巣に入られても困るので、【ヘルメス・ファミリア】の冒険者様達の中で数人だけ野営地に残ってもらいたいです。それとルルネ様、ヘルメス様とアスフィ様のお姿がお見えになりませんが今お二人はどちらに?」

「ヘルメス様と団長(アスフィ)は昨日の跡地をもう一度調べて来るって出て行っちまったんだ。でも、緊急時は狼煙を上げて知らせる手筈になってるよ!」

「失礼と承知の上でお聞きしますが、今回の件はヘルメス様が干与している可能性はありませんか? もしもこれがヘルメス様のお戯れでしたら多少なりとも安心できるのですが」 

「流石のヘルメス様でもそれはない……かな? 家の団には精霊レスクヴァに恩を感じてるエルフ達もいるし、ヘルメス様自身が何度も里に顔を出してるんだ。精霊レスクヴァを怒らせるようなことをしないと思う。多分……」

 

 ルルネは少し自信なさげに耳を垂らしながらそう答えた。

 こちらがスズとヘスティアが攫われたことに気付いたことを狼煙を通して知ろうとしている可能性もあるが、それを『ヘルメスならやりかねない』と団員が不安がっているので、少なくともこの場にいる【ヘルメス・ファミリア】の団員達は何も知らされていないのだろう。

 

 

 これならヴェルフの身を案じる必要はなさそうだ。

 

 

 リリは実際に【タケミカヅチ・ファミリア】と【ヘルメス・ファミリア】の団員達の反応を見てそう判断することにした。

 これで団員達全員の仕草や表情が全て嘘偽りであるのならそれを見抜けなかったリリの落ち度だと割り切るしかない。

 リリは大切なベルとスズの為に、二人の心が一番傷つかないであろう選択を常に考え続けるのだった。

 

 

§

 

 

 ヘスティアの寝直したいという寝ぼけた気持ちは、意識を失う寸前に見たスクハの姿を思い出した瞬間に消え去った。

 頭が重く、今だ酷い眠気に襲われているが構わずに飛び起きようとするが体が動かない。

 周りに見える景色は木、木、木、木と深い森の中。

 ヘスティアはロープで木に縛りつけられた状態で身動き一つとれない状態だった。

 ロープは肌に食い込むほどきつく縛られてはいないものの、冒険者ならともかく非力な神では抜け出すことはできないだろう。

 

「狼煙が上がった。もう引き際だがモルドの奴上手くやってると思うか?」

「兜もあるんだ。大丈夫だろ」

「だけどよ、里の奴らは魔力で相手の状態を判断できるって噂だ。そんな奴相手に通用するのか?」

「バカか、お前。本物ならともかく相手は『インチキ・ルーキー』だぜ? 技術まで簡単に身につくかよ。お前は『あの里』って言葉を警戒しすぎなんだよ」

 

 少し離れたところで二人の男が会話をしていた。

 神威を解放して抑え込もうか一瞬迷うが、今神意を解放してロープをほどくよう命令しても怯えて逃げられるのがオチだろう。

 捕まる直前ならともかく不確かなことで下手にダンジョンを刺激するのは自殺行為である。

「おいこらっ、お前らっ! スズ君をどうした!? ボクの大切なスズ君にあんな酷いことをしてタダですむと思ってるのか!? ボクはこう見えても神だぞ!? 今すぐこの縄を解いてスズ君を返せっ!!」

 だから神威を抑えたまま冒険者達に向かって叫び散らす。

 効果なんて期待していないが、大切なスズに酷いことをした連中に対する怒りを少しでも吐き出さなければ、怒りに身を任せて神威を解放してしまいそうだった。

 

「おっと、女神様がお目覚めか。用があるのは女神様でも『巫女様』でもなく、『インチキ・ルーキー』だけだから安心してくだせえな。想定以上に『巫女様』を傷つけたことに関しては謝りやすが、命に別状はありやせんしこのくらいの小競り合いは冒険者にとって日常茶飯事ですぜ?」

 

 確かに冒険者達の喧嘩など日常茶飯事だが、それは互いに意見が食い違って起きるものであって一方的な暴力では断じてない。

 今回の一件は神を巻き込むなど明らかに度が過ぎているし、同じランクの【ファミリア】同士でやろうものなら間違いなく抗争に発展するレベルの問題だ。

 だが『白猫ちゃん』人気なだけである創設されたばかりの【ヘスティア・ファミリア】では相手の【ファミリア】を特定するだけの情報収集能力はない。

 冒険者が多いこの迷宮都市(オラリオ)で個人を特定するのは相手がよほどの知名度を持っていなければ不可能だ。

 

 目の前にいる冒険者達は『今後顔を合わせることはない』『出会ったところで喧嘩以上のことはできない』と高をくくっているのだろう。

 余裕そうに笑う冒険者達にヘスティアは悔しさに歯を噛みしめる。

 

 

 

 その突如だった。

 冒険者達が反応する間もなく、ヘスティアに至っては何が起きたのか理解する時間さえ与えず、森の奥から矢のように放たれたソレは冒険者の頭を鷲掴みにし、もう一人の冒険者目掛けて投げつける。

 冒険者達は口から「ぐげ」と品のない悲鳴が漏らしながら勢いよく吹き飛び、地面を跳ねながら転がり、木にぶつかることでようやく勢いが止まり、苦しそうに地面をのたうち回っていた。

 ヘスティアはそこでようやく冒険者達が何者かに攻撃を受けたことに気が付けた。

 誰かが自分のことを助けに来てくれたのだろう。

 愛しのベルやスズだったら嬉しさ100倍なのだが、そのあまりの速さから【ロキ・ファミリア】で野営地に残ることになったティオナだろうと想像は容易にできてしまう。

「うぐぐぐぐ、まさかロキのところのアマゾネス君に助けられるなんて……。いや、そんなことよりもスズ君とベル君は無事なのかい!?」

 ヘスティアは何の疑いもなく自分を助けに入ったソレに目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには黒い獣が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 あまりの予想外の展開にヘスティアの口から間の抜けた声を漏れてしまう。

 目の前にいるのは()()()()()()だった。

 怪物(モンスター)の中でも小型の部類に入る二足歩行の犬型怪物(モンスター)のその体はウォーシャドウのように黒かった。

 深いコボルトの形をした闇に浮かぶ真紅の瞳が真っ直ぐとヘスティアを見つめている。

 

「ゲハッ……!! あいつは……まさかっ……噂の『漆黒のコボルト』っ!?」

「ぐっ……!! 今の出現地点は深層じゃなかったのかよっ!?」

 

 冒険者達がよろけた足取りで立ち上がり慌てて逃げ出していく。

 冒険者達が『漆黒のコボルト』と呼んだソレは逃げる冒険者には目をくれず、ただヘスティアの顔を見つめていた。

 

 ダンジョンが神を抹殺する刺客を送り込んできたのかと冷や汗が出て来るが、冒険者達の反応からこの怪物(モンスター)はヘスティア達がダンジョンに潜る前から存在していたのだろう。

 

 だが刺客でなくても相手は怪物(モンスター)だ。

 ただでさえ下界の神は無力な存在なのに今は縛られていて逃げることもできないのだから絶体絶命であることに変わりはない。

「おおおおおおお!? ボ、ボクは食べても美味しくないぞッ!?」

 無駄な抵抗だとわかっていながらもこんなところで天界に返される訳にはいかない。

 必死に手足を動かしてロープを解こうとするが縄はびくともしなかった。

 そんなヘスティアの無駄な抵抗に怪物(モンスター)ですら呆れているのか『漆黒のコボルト』は軽く肩をすくめた後、これから爪で引き裂いてやるぞと言わんばかりに右手の鋭い爪をヘスティアに見せびらかし、ゆっくりとその手を振り上げる。

 

 

 

 

「パルゥムちゃん下りてっ!! おもいっきり飛ばすよっ!!」

 

 

 

 しかしその腕が振り下ろされる前に、今度こそティオナが勢いよく邪魔な木々をなぎ倒しながら突撃という大胆な登場の仕方をしてくれた。

 ティオナの愛用の武器である大双刃『ウルガ』による斬り上げ攻撃が『漆黒のコボルト』を()()()()()()()()()()

 

「アマゾネス君、助かっ―――――――――」

「えええええええええええ!? 今のを()()のっ!?」

「ティオナ様っ!! ヘスティア様はリリがお助けします!! ティオナ様はそのまま迎撃をっ!! リリ達が遭遇した『漆黒のコボルト』よりも小さい個体のようですが黒い変異種は常識外の化物だとお考えください!! 万が一にでも相手の方が強かった場合は時間稼ぎだけで構いませんっ!!」

「えぇぇ、あれよりも大きいのってコボルトじゃなくない? んー、まあいいや! 心配ありがとね、パルゥムちゃん!! それじゃあ行ってくる!!」

 

 ヘスティアがお礼を言いきるよりも早くにティオナが目にもとまらぬ速さで『漆黒のコボルト』を吹き飛ばした方向へと突撃して行き、リリが茂みから息を切らせながら飛び出して来た。

 そしてヘスティアの元に駆けつけるや魔石採取用のナイフで手際よくロープを切ってくれる。

 

「た、助かったよサポーター君。それでスズ君とベル君は!? 無事なのかい!?」

「ベル様とスズ様のところにはヴェルフ様含む他の冒険者様達が向かっておられます。ヘスティア様を救出した後にすぐさま合流する予定だったのですが……少し難しそうですね」

 そうリリが森の奥を見つめながら息を飲む。

 ヘスティアはもちろんのことリリにも早過ぎて戦闘の様子が見えないが、なぎ倒されていく木々から察するにまだティオナは『漆黒のコボルト』と戦っている。

 そう、ティオナはLV.5だというのに、『漆黒のコボルト』は()()()()()()()()()()のだ。

 

「おそらくアレが最初に発見された個体なのでしょう。そうでなければコボルトと呼べない大きさのものが『漆黒のコボルト』という名前で手配されたりはしないでしょうし。リリが見た大きな個体は最低でもLV.4級。ティオナ様と戦えてしまっているあの個体は最低でもLV.5級……。そんな怪物が深層から中層を行き来しているのなら既に『強制任務(ミッション)』が発令されている筈……」

「サポーター君はギルドを、ウラノスを疑ってるのかい? ボクがウラノスと最後に会ったのは千年前……天界でだけど、ウラノスが『下界の人間達(こどもたち)』を見捨てるなんて考えられないかな。ウラノスは口数は少ないけど『下界の人間達(こどもたち)』のことを本当に愛しているからね。でなければ『祈祷』なんて続けないさ。意図的に情報を隠すことなんてそれこそ『下界の人間達(こどもたち)』にとって不利益になることしかないと――――――――――」

 

 

 ふと何の前触れもなく妙な胸騒ぎがした。

 

 

「ヘスティア様のお言葉を信じるなら、処理はしているものの黒いミノタウロスと同様に倒しても復活し続けていると考えるべきですかね。こんなことが知られれば冒険者達はパニックになりますし、いつまで経っても手配書が取り下げられない理由にも納得できます。情報がないせいで被害に遭った身としてはとても複雑ですが……」

 その胸騒ぎが何なのかがわからないまま、本来ヘスティアでは見えるはずのないティオナが『漆黒のコボルト』にトドメを刺す瞬間が脳裏に浮かぶ。

 まるで助けを求めるようにヘスティアの方に手を伸ばそうとして、それなのにその手を伸ばしてはいけないんだと言わんばかりに途中でひっこめて、振り下ろされる『ウルガ』に一刀両断されていた。

 

 

 

 特に理由もなく不安になって、慌てて『恩恵』の繋がりを確かめる。

 しっかりとベルとスズとの繋がりは感じられるのに何かを失ってしまった気がしてならない。

 

 

 

「パルゥムちゃん、無事に終わったよー。次はアルゴノゥト君と白猫ちゃんのところに行けばいいんだよね?」

 ティオナが『ウルガ』についた赤い地を軽く振り払いながら戻って来る。

 どうやらティオナが『漆黒のコボルト』にトドメを刺したタイミングはヘスティアの『感』と一致していたようだ。

 

 ならば自分は一体何を失ったのか、答えがわからないまま突如急激な揺れが階層全体を襲う。

 

 立っていられないほどの揺れにヘスティアとリリは倒れそうになるが、ティオナはウルガを地面に突き刺す形で手放して二人が倒れないよう両肩に担ぎ上げた。

「な、な、な、なんですかこの揺れはっ!?」

「おっとっとっとっと、あたしにもわかんないよ!! とにかく、ちょっと動くから二人とも落ちないようにね!!」

 ティオナは揺れをものともせずに、ヘスティアとリリを担ぎ上げたまま崩れ落ちて来る天井に生えた水晶の欠片に当たらないようにステップで避け続ける。

 

「おおおおおおおおう!? 目と胃がまわるううううううううう!? アマゾネス君もっとゆっくり!! もっとゆっくり頼むよ!!」

「ティオナ様、ヘスティア様の髪が邪魔にならないようリリがしっかり持ってますね!!」

「いたたたたっ!! サポーター君そんなに引っ張らないでおくれよ!? 君達はボクに何か恨みでもあるのかい!?」

「緊急時なので我慢なさって下さい!! もとはと言えばヘスティア様がダンジョンなんかに潜るからこんなややこしい事態になってしまったんですよ!?」

「それを言わないでおくれよおおおおお!! これでもボクだってものすごく気にしてることなんだぞおおおおおおおおお!?」

「あはははは、ヘスティアは本当にロキと同じで楽しい神だねー。神がみんなこうならみんな笑顔になれるんじゃないかな、っと!!」

 激しい揺れが何度も続く中でもヘスティアとリリのやり取りにティオナは笑っていた。

 

 ティオナがどんな気持ちでそんなことを言ったのかはわからないが、その言葉は人を馬鹿にしているようなものではなく、心の底から純粋に『皆と笑いたい』という清々しいほど綺麗な想いが感じられる。

 アマゾネスだからベルに手を出すのではないかと警戒していたが、ティオナもまたアマゾネスらしからぬ真っ直ぐでいい子ではないかとヘスティアは思う。

 良い子ばかりで大世帯を作っているロキが少し羨ましく思えてしまうが、もう少しだけ家族水入らずの三人暮らしをしていたいというのも本音だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――カエセ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな温かい思考を遮るように揺れが止まり、強烈な『穢れ』が巻くのをヘスティアは感じた。

「パルゥムちゃん、なんかヤバイの上から来るよ!?」

「上……え、あ……怪物(モンスター)!? そんな、ありえません、ここは安全階層(セーフティポイント)なんですよ!? 異常事態(イレギュラー)は黒いのだけにして下さい!!」

 直感的にティオナが天井を見上げると丁度白水晶に亀裂が走っていた。

 釣られて上を見上げたリリが悲鳴を上げるように叫んだ。

 

「神威を解放してないのに、バレた? いや、それにしたってこれは……冗談だろ!?」

 

 白水晶から『怒り』『妬み』『恨み』『悲しみ』様々な『不の感情』が膨れ上がり『呪い』が『苦痛の叫び』を上げながら複雑に絡み合っていた。

 無限に続く螺旋のように果てが見えないその『呪い』を生み出す根源はまるで『タルタロス』のような奈落の闇だ。

 神威にも似た混沌が白水晶の中を渦巻いている。

 

 

 

 

 ―――――――――――ダンジョンを通じて、

 その『呪い』の欠片がほんの僅かに、

 雫のように、この階層へと零れ落ちるのだった――――――――――――

 

 




相変わらず長くなってしまったので別けました。
中々予定通りにはいきませんが、次回はヘルメス様視点と皆との合流。
モルドさんのところまで行けたらいいなと思います。


地図どころか慌てて飛び出すあまり、邪魔なスクロールすら置いて行っているあたり『少女の物語』のベル君はものすごく脳筋でございます。
そんなベル君と『少女』の答えと笑顔をゆったりとお待ちいただけたら幸いです。

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