スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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意地をぶつけるお話。


Chapter08『意地のぶつけ方』

 ヘスティアがスズの【ステイタス】を更新している間ベルは暇を持て余していた。

 スクハには休んでいるように言われているが、皆が何かしらのことをやっている中自分だけ休むのは気が引けてならない。

 せめていざという時すぐに動けるように自分の道具くらいは準備しておこうと回復薬(ポーション)を分けてもらいに行くと、リリに「休むのも仕事の内なのを理解してください」と呆れられてしまった。

 

 続いて整備してもらっている武具を受け取りに行くと、ヴェルフに「俺の作品を好きでいてくれるのは嬉しいが、今から鎧を着込んでも仕方ないだろ」と笑われてしまう。

 確かに戦闘をする予定もないのに鎧を着込むのは窮屈なだけだろう。

 なので護身用にとヴェルフの腕と『砥石』の効果により切れ味を回復した『ヘスティア・ナイフ』と『牛若丸』だけを受け取っておく。

 

 いよいよもって朝食ができるまでやることがなくなってしまったベルは他に何かやれることはないかと辺りを見回してみると、【ロキ・ファミリア】の第一陣がそろそろ出立するするようで隊列を組んでいた。

 

「あ、アルゴノゥト君発見! これからアイズ達が出るみたいだから一緒に見送りに行こう!」

 

 元気よくティオナが駆け寄って来てベルの手を取り隊列のところまで引っ張って行く。

 元々見送りはしたかったのだが、可愛い女の子が積極的に引っ張り回してくれたことなんて今までなかったので、ティオナの露出度の高い衣装も相まってベルは恥ずかしさに頬を赤らめた。

 

 そうでなくても憧れである第一級冒険者達の視線がこちらの方に集中しているのだ。

 緊張と恥ずかしさでどうにかなってしまいそうである。

 

 そんなおっかなびっくりの子兎を見かねて配慮してくれたのか、隊列から挨拶しに来てくれたのは顔なじみであるアイズとレフィーヤだけだった。

 これはこれで真っ直ぐ見つめるのも恥ずかしい美少女な訳だが、もう何度も話して特訓をつけてもらった仲であるので次第に緊張もほぐれていく。

「アイズ~、アルゴノゥト君つれてきたよ!」

「……うん。ありがとう、ティオナ。先に出るパーティーに組み込まれたから……もう出ないといけないんだ。その前に君に……挨拶したかったから」

 疲れているのにごめんねと謝るアイズにベルは首を横に振る。

 

「謝ることなんて何もないですよ! むしろティオナさんが教えてくれなければ僕はアイズさんとレフィーヤさんの見送りに間に合わなかったかもしれませんし……。その、僕も二人の見送りをしっかりしたかったですから」

 真っ直ぐいうのは少し照れくさかったが、そう言うと「よかった」とアイズは口元を緩ませてくれた。

 

「白猫ちゃん……大丈夫?」

「熱は落ち着いて来たんですけど、まだ辛そうでした。今は神様が見てくれてます」

「そっか……早く良くなるといいね」

 アイズは緩んでいた口元を閉まらせ眉を落としながらスズの心配をしてくれている。

「すみません、ベルさん。私が付いていながら……スズさんにものすごく無理をさせてしまって」

「レフィーヤさんも謝らないでください。レフィーヤさんがスク……スズのことを見つけてくれていなければもっと酷い事態になっていたかもしれないですし。僕の方こそレフィーヤさんとアイズさんに助けられっぱなしで……。昨日は本当にありがとうございました!」

「ですが……」

 レフィーヤは昨日のことをずいぶんと気にしているようだった。

 

「はいはいレフィーヤはいつも気にし過ぎだよ!! アイズとアルゴノゥト君もしんみりしない! 見送りができなかった白猫ちゃんの分までアルゴノゥト君が見送りしないとダメだよ?」

 

 それでも、いつも元気いっぱいなティオナのおかげでまた場の空気が軽く温かいものに戻った。

 スズと同じくみんなに元気をくれるような笑顔に三人は頬を緩ませて頷く。

 

 

 誰かを笑わせてあげるにはまずは自分が笑わなければならない。

 騙されても馬鹿にされても笑われても、自分が笑わないと精霊も女神も笑ってはくれない。

 そんな童話の主人公アルゴノゥトの生き方をティオナの笑顔を見てベルは思い出した。

 昔は英雄ではなく英雄に憧れているだけの青年なんて弱くてカッコ悪い主人公だと思っていたけど、今ならその綺麗で真っ直ぐな生き方をカッコいいと思える。

 

 

「アイズさん、レフィーヤさん。帰り道も気を付けて」

「……君も、気を付けて」

「スズさんと一緒に元気な姿でまた会いましょう。ティオナさん、ベルさんとスズさんのことをよろしくお願いします」

「えへへ、いっぱいお話して、いっぱいお土産話持って帰るから楽しみにしててね!!」

 ティオナのおかげで皆で頬を綻ばせて「またね」と言うことができた。

 別れを終えた二人はベルとティオナに背を向けて、アイズは第一陣に、レフィーヤは後続の部隊の方へと歩いていく。

 二人を顔で見送りその姿が見えなくなるまで手を振り続けるティオナの笑顔は太陽のように眩しかった。

 

 

§

 

 

「神様、スズ。朝ごはんできましたよ。今入っても大丈夫かな?」

 【タケミカヅチ・ファミリア】達により朝食の準備が整ったので、ベルはテントの外から二人に声を掛ける。

 返事は返ってこない。話し声も聞こえない。まだ声を掛けて1秒も経っていないというのにベルは妙な胸騒ぎがした。

「ごめん、スズ。入るよ!!」

 

 

 テントの入口をくぐった先には誰もいなかった。

 

 

 スズの武具は残されたまま、ヘスティアが持っていたポーチと、その中身である二属性回復薬(デュアル・ポーション)等の回復薬(ポーション)類が入った試験管が無造作に床に転がっている。

 かすかに感じる悪臭に床に染みついた謎の紫色の染みから、この場で二人の身に何かあったことは容易に想像できた。

 焦る気持ちの中何か二人の手掛かりになるものはないかざっと部屋を見渡してみると、まるで読んでくださいと言わんばかりに部屋の中心に巻物が転がっているのを見つけたのでベルは息を飲んでその巻物を開いて読んでみる。

 

 

『『インチキ・ルーキー』。女神と巫女は預かった。用があるのは二人ではなく『インチキ・ルーキー』お前だけだ。無事に返してほしかったら一人で中央樹の真東、一本水晶まで来い。一人で来ればお前含めた三人の命は保証しよう。俺は巫女に寄生するお前を、ベル・クラネルを許さない』

 

 

 もしも『レスクヴァの巫女』を目当てにしている『闇派閥(イヴィルス)』の残党による犯行ならばわざわざこんな書置きを残す必要はない筈だ。

 ベルにとって身に覚えのない言われだが、この文章を真に受けるなら自分が『レスクヴァの巫女』であるスズと一緒に居ることが許せない者の犯行だと思われる。 

 その犯人が気に入らない『ベル・クラネル』をおびき出す為に、ベルにとって掛け替えのない家族であるヘスティアとスズを巻き込まれた。

 ベルはまた自分では守れなかった口惜しさと、直接自分に言わずに二人にまで手を出した犯人への怒りに歯を噛みしめる。

 

 リリに相談すればきっと自分一人で行くよりもいい案を出してくれることは理解できていた。

 この巻物がなければ、あるいは自分への要求でなければベルはリリに相談していただろう。

 

 だが相手は明確に自分を名指ししてきた。

 自分に対して『インチキ・ルーキー』と恨み言をぶつけて来た。

 それなのにここで誰かを頼るのは、自分に用事があるのに二人を巻き込んだ犯人とあまり変わらない気がしてならない。

 なぜ憎まれているのか、なぜスズと一緒にいてはいけないのか、そんな相手の都合を無視して、怒りに任せて仲間と共に報復するのは何かが違うと思った。

 相手が怒っていることも、自分が怒っていることも、言葉に出さなければきっと伝わらない。

 陽動や嘘をついているという発想が浮かばず、巻物の内容を完全に鵜呑みにしたベルは書かれた悪意を真っ直ぐと受け止めたのだ。

 

 何よりも犯人の指示に応じれば二人がこれ以上酷い目に合わないと信じたかった。

 指示に従わなかったせいで大切な二人が酷い目に合わされるのが怖かった。

 怖くてたまらなかった。

 

 

 

 もしも理不尽な悪意で大切な人を傷つけられたら自分はどうするのか。

 その答えを出せないまま、ベルはヴェルフから防具を受け取ることもなく飛び出して行く。

 

 

 

 森を全力で駆け抜け、立ちふさがる怪物(モンスター)は『ヘスティア・ナイフ』と『牛若丸』の二刀流で正面からねじ伏せて強行突破する。

 後ろから追ってくる怪物(モンスター)には構わずその足で振り切り、遠距離からヘルハウンドの炎が来れば【ファイアボルト】で相殺した。

 一度も立ち止まることなく真っ直ぐと指定された場所を目指す。

 地図を持っている訳ではないが、目立つ中央樹とその付近にある柱のようにそびえ立つ一本水晶の元に向かうだけなら直進するだけでいい。

 邪魔な地形があれば強引に飛び越えればいい。馬鹿な自分では野営地の方向を忘れてしまうかもしれないが目的地に辿り着けさえすればいいのだ。

 

 木々の割れ目の間に空に伸びる高い青水晶が見えたところでベルは木々を蹴って直進しながらも徐々に高度を上げていき、最後の一足で一本水晶が木々の開けた広場まで一気に飛び込む。

 足場に使った木は衝撃に耐えきれず圧し折れ、矢のように放たれたベルの体は木々の間を突っ切り砂煙を上げて一本水晶の目の前に着地した。

 広場を取り囲む木々に隠れていた冒険者達がその予想外の登場の仕方に唖然とする中、一人の男が真っ直ぐとベルの元に歩いて行き、それに続いて冒険者達も息を飲み一人、また一人と前へ進んで行く。

 

「早かったな、『インチキ・ルーキー』。てめぇが俺のことなんて覚えてるかしらんが一応昨日ぶりって言っておこうか。俺がガキの女神様と巫女を攫ったモルドだ」

 一番最初に出て来た男は、『豊饒の女主人』でベル達に絡みスクハに黒焦げにされ、リヴィラの街ですれ違ったことのある男だった。

「神様とスズはッ!?」

 堂々と名乗り出て自分が犯人だと告げるモルドにベルは一瞬うろたえそうになるが、すぐにヘスティアとスズの安否を問いただす。

「何もしちゃいねぇよ。神を傷つけるなんて禁忌(ばちあたり)、しでかした後が怖え。まあ、こうやって名乗り出ている時点で俺はもう詰んでいるが、意地は通させてもらうぜ。『インチキ・ルーキー』さんよ」

「僕に用があるなら僕を直接呼び出せばいいだろ!? 僕は神様とスズの居場所を聞いてるんだ!!」

「それができないからこんな手ぇ使わなくちゃならねぇんだろうが!! たった一つの偶然から街中からちやほやされやがって……。堂々とてめぇに文句言ってたら言い合える土俵にすら立てなかっただろうぜっ!!」

 

 

「てめぇが『レスクヴァの巫女』と血が繋がってやがらねぇことだけじゃねぇ。『レスクヴァの里』の住人ですらねぇことはもうバレてんだよ、『インチキ・ルーキー』がっ!!」

 

 

 モルドの叫びにベルは驚愕した。

 スズと血が繋がっていないことをバレたことではなく、たったそれだけのことでモルドがここまで怒っているのが理解できなかった。

「僕とスズが本当の血が繋がってないからって何だっていうんだ!! 僕はスズのことを本当の家族だと、大切な妹だと思って――――――――」

「そりゃ大切だろうよ!! 『レスクヴァの里』の神秘でインチキして強くなった口だもんなぁ!! 『レスクヴァの巫女』の兄貴ってだけで何もかもが許され、周りにチヤホヤされ、反感を持った奴は周りが勝手に潰してくれる……さぞかしいい環境だっただろうよっ!! その反感が爆発した結果がこれだ!! ガイル、巫女を見せてやれっ!!」

 モルドの言葉に突然何もないところから男が現れ、無造作にスズを地面に転がした。

 

「スズっ!!」

 ベルは慌ててスズのところに駆け寄るが誰も邪魔はしない。

 そもそもスズはピクリとも動かなかった。

 白いコートのボタンは留められておらず、その下はショーツだけしか身につけていない。

 腕を背中に回され手錠を掛けられている手首には酷い火傷痕があった。

 ベルの血の気が一気に引いた。

 

 

「モルドッ!! スズに何をしたッ!?」

 

 

 そして一気に血の気が上がり動かないスズを強く抱きしめて怒りの限りに叫ぶ。

「てめぇが想像していることは何もしてねぇよ。ただ捕える際に毒を使った。苦しい思いをさせちまった。しばらく指一本も動かせねぇと思うが命に別状はねぇ。火傷も毒も後で治してやる。先に言っておくがあくまで『レスクヴァの巫女』をここまで傷つけたのはこの俺だ。【ファミリア】も関係ねぇ。ここにいる奴等だって単なるギャラリーだ。俺が、やった。俺が憎いか、『インチキ・ルーキー』?」

 モルドは大剣を抜いてベルに向ける。

 ベルはそれに答えることができなかった。

 どうすればいいのかわからなくて、何を間違えたのかわからなくて、何でスズがこんな目に遭わなければならないかも理解できなくて、スズの体を強く抱きしめる。

 

「俺はてめぇが憎い。俺にここまでさせたんだ、冒険者の上下関係だけでもてめぇに叩きつけさせてもらうぜ。ここからは俺とてめぇの一騎打ちだ。てめぇが勝てば解毒薬をくれてやる」

「解毒、薬?」

「ああ、そいつを飲めばその毒は一発で完治するらしいぜ。それに加えて別の場所に居るてめぇの女神様と巫女は返してやる。俺が勝ってもそれは同じだ。ただし、俺が勝ったらてめぇ自身で『レスクヴァの巫女』と血が繋がってねぇことを迷宮都市(オラリオ)中に宣言しな。それだけで周りがてめぇを見る眼はかなり変わるだろうよ。どちらにしろ俺が冒険者として生きていけるかどうかは微妙だがな」

 

 そうモルドは自虐的に笑う。

 

「僕を恨むのはいいっ!! だけど神様とスズは関係ないだろ!?」

「『レスクヴァの巫女』の影響力がなけりゃこんな真似しなかったって何度言わせるつもりだ!? 『インチキ・ルーキー』なてめぇに俺達の気持ちはわからねぇみたいだなっ!! 俺達がLV.2になるのにどれだけ苦労したかなんてわからねぇよな!? 無自覚だろうがなんだろうが、てめぇは俺達のプライドを傷つけた!! そして迷宮都市(オラリオ)の在り方を別物に変えようとした!! 俺はそいつが許せなくて当たり散らしてるだけの馬鹿野郎だ!! それだけの単純なことだろうが!? 『白猫ちゃんブーム』なんてクソくらえ!! 来いよ『インチキ・ルーキー』ッ!! ただの冒険者の意地を見せてやるよッ!!」

 

 解毒薬を手に入れるにはモルドを倒せばいい。

 モルドの言う通りそこだけは単純なことだった。

 

 ベルは優しくスズを地面に下ろしモルドに近づき拳を構える。

「はっ、冒険者同士のいざこざは確かにそういうもんだ!! いいぜ、『インキチ・ルーキー』!! それでこそ同じ舞台に引きずり下ろした甲斐があったってもんだ!!」

 モルドもそんなベルに合わせて大剣を捨てて拳を構える。

「モルド!? 兜も使わない気なのか!?」

「こいつは俺の意地だっ!! てめぇら俺と一緒にダンジョン出禁食らいたくなかったら絶対に手を出すんじゃねぇぞっ!!」

 ガイルと呼ばれた男がモルドに何かを差し出そうとするが、モルドはそれを受け取らずに真っ直ぐベルへと突撃していく。

 

「やっちまえモルド!!」

「所詮LV.2になりたてだ!! 俺達の分まで頼んだぞ!!」

「『インキチ・ルーキー』に冒険者の意地を見せてやれ!!」

 

 

 周りに仲間が一人もいない中。

 四方八方からの罵声と悪意を一点に向けられる中。

 ベルが静かに動いた。

 

 

 モルドが繰り出す右拳を真っ直ぐ低い姿勢で掻い潜り肘鉄をカウンターで腹に食い込ませ、よろめいたところに回し蹴りを後頭部に直撃させてモルドを地に沈める。

 

 

 その一瞬の出来事に周りの冒険者達の開いた口は塞がらなかった。

 今のやり取りだけでベルがモルドより【ステイタス】が高く、また技量まで持ち合わせていることを嫌でも理解させられてしまう。

 

 だが、それを何よりも痛感させられたはずのモルドは立ち上がった。

 立ち上がり、また構えを取り、再びベルに向かって行く。

 結果は攻撃手段と反撃手段が変わるだけだった。

 それが何度も何度も繰り返されていく。

 モルドは倒れては立ち上がり、倒れては立ち上がりを繰り返し続けている。

 何が彼をここまで突き動かしているのかベルは理解できなかった。

 理解してあげることができなかった。

 

「モルド! 兜を使え!!」

回復薬(ポーション)回復薬(ポーション)!! アイテムを使ったらダメなんてルールないだろ!?」

「お前大剣使いだろ!! 『インチキ・ルーキー』に合わせる必要なんてねぇ!! やっちまえモルド!!」

 

 何度も何度も繰り返していく内に周りがベルへの罵声ではなくモルドへの声援に変わっていた。

「……る……せぇ!! 俺の意地だっ……っつってん、だろっがぁっ!! 言い出しっぺのっ……俺がっ……意地とおすのがっ……筋だろぉっ!?」

 それでもモルドが周りの仲間達のことを気遣い自分だけの罪にして、それでいて自分の意地を本気でぶつけようとしていることだけはわかった。

 周りの冒険者達もモルドの身を案じていることが十分過ぎる程伝わってくる。

 

 

 

 モルドの拳がベルの顔面に当った。

 正確に言えばベルが一方的にやられ続けて足元のおぼつかないモルドの拳を避けずに顔面で受け止めただけだ。

 ベルは痛みを堪え、倒れ込まないように足に力を入れて踏みとどまる。

 

「モルドだって、こんなにも心配してくれる仲間達と出会ってるだろ!?」

 そして殴り返す。

 

「がっ!? それとこれと何のっ……関係がっ……ありやがるっ!!」

「そこまでして守り通す意地がなんなのかは僕には理解できないよっ!! 確かに僕は運が良かった!! スズに出会えて、神様に出会えて、皆に出会えた!! それは他人に嫉まれるくらい幸せだったのかもしれないっ!!」

 

 防御せずにモルドの拳を受けて拳を返す、そんな無意味で乱暴な言葉のキャッチボール。

 技量も【ステイタス】も捨てたただの殴り合いが言葉と共に放ち返されていく。

 それは同じところに立たないと言葉は通らないと思ったベルが初めてする喧嘩だった。

 

「そうさっ!! てめぇはっ……俺のっ……ないものをっ……何でももってやがるっ!! 微温湯に浸かりながら守られながら、その力と技をインキチで手に入れやがってっ!!」

「モルドだって持ってるだろっ!! 周りに居るだろっ!? ここに居る人達との出会いがあって今のモルドが居るんでしょっ!? この人達と、仲間と笑い合ってるんでしょ!?」

「だからっ……なんだってんだっ……!!」

「【ステイタス】の違いなんかで、大切な仲間との出会いと他人の出会いを比べるな!! 僕の出会いを否定するな!! 僕を否定しろモルドっ!!」

「してるっ……だろうがっ!! 偶然の出会いだけでっ……何もかも手に入れたお前をっ……!!」

 

()()()()()()()なんて言うなよっ!! 僕は馬鹿だからはっきり言わないとわからないよ!? 僕はスズと神様を巻き込んだこと!! スズに苦しい思いをさせたこと!! 大切な人達との出会いを否定しているような言い方をされてることに対して怒ってる!! モルドは僕の何に怒ってるのっ!?」

「そんのぉっ……鈍すぎるっ……ところだっ!! 俺達の方がっ……先輩なんだからっ……!! 空気を……読みやがれっ!!」

「ならそう言って()()()()()()!! 僕は田舎から迷宮都市(オラリオ)に来たばかりで何もわからないんですよ!?」

「そもそもっ……てめぇは何で迷宮都市(オラリオ)なんかにきやがったぁっ!? 田舎にすっこんでろよっ!!」

「ハーレム作りに……なんて言ったら怒ります!?」

「ダンジョンなめんなクソガキがっ!! なんだそのアホらしい理由は!? 馬鹿か!? それでいて実際ハーレム作ってるとか人生ナメてんのか!?」

「つ、作ってないですよ!? なんでそう見えるんですか!?」

「美少女はべらせながら言う台詞かっ!! 本当に頭にくるクソガキだなッ!!」

 

 

 殴る。殴る。殴る。

 ただ言葉を交えながら互いに殴り続ける。

 そうしている内に一方的な罵倒だったものが、いつの間にか会話として成立していた。

 そんな二人のやり取りを、外野の冒険者達は見守っている。

 中にはあまりの馬鹿さ加減に腹を抱えて笑っている者もいるが、ただの殴り合いのモルドの愚痴の数々で徐々にわだかまりが消えつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――カエセ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中、不意に冷たい音がした。

 突如大きな揺れが階層全体を襲い、太陽の代わりを果たしていた水晶の光に陰りが混ざる。

 ベルとモルドは、冒険者達は、いや、この階層に滞在している者達が何事かと中央部の白水晶を見上げると、水晶の中でナニかが蠢いていた。

 

 

 間違いなく何かが起こる。

 異常事態(イレギュラー)が発生すると誰もが感じ取っていた。

 

 

 さらに大きな振動が階層を揺らし白水晶に亀裂が走る。

 まるでダンジョンから怪物(モンスター)が生まれ出るように亀裂は広がっていき、砕けた水晶の破片が地面に降り注ぐ。

「モルド、何かヤベエぞ!! さっさと回復薬(ポーション)飲んでとんずらしようぜ!!」

「ちっ、クソガキっ……特効薬だっ!! てめぇはてめぇで何とかしやがれ!! 死なず出禁食らわなかったら、今度こそ焼き入れてやるからなッ!! ちくしょうが!!」

 モルドが仲間から渡された回復薬(ポーション)を飲み、ベルに向かって見慣れない液体の入った試験管を投げ渡す。

 言葉通りそれは毒を直す特効薬なのだろう。

 さらに立っていられないほどの大きな揺れが階層全体を襲うが、ベルは足をよろめかせて体勢を崩しながらも特効薬を受け取り、試験管が地面に倒れた拍子に壊れないように抱きしめて庇う。

 

 

 砕け散る水晶から初めに出たのは頭だった。

 ()()()()が天井からぶら下がり、獲物を探すかのようにぎょろりと巨大な眼球を動かして地上を見回していた。

 すぐに肩、腕も亀裂からずるりと出て、その黒い上半身を露わにする。

 ベルは見たことはないが、エイナから受けた英才教育の知識から判断するに、途方もない大きさの人型巨人という特徴からか階層主ゴライアスと当たりはつけることはできた。

 

 

 しかし、17階層にしか生まれ出ない筈の階層主ゴライアスが、怪物(モンスター)の生まれ落ちない18階層に生れ落ちるなんて本来ありえないことだ。

 

 

 そんなゴライアスの体は黒一色でできていた。

 黒いコボルトや黒いミノタウロスと同じく黒い変異体。

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッ!!』

 

 そんな異常事態(イレギュラー)の塊が雄叫びを上げながら生れ落ちるのだった。

 




モルドさんでやりたいことが上手くやり切れなくて自分の中で少し消化不良気味です。
モルドさんあれでいて義理堅く良い人なので、もう少し動かしてあげたかったところですね。
なんというかモルドさん達は冒険者って感じがします。

そしてヘスティア様の神威解放場面なしで黒いゴライアスが登場しました。
そんなこんなで次回はリリ達によるヘスティア様救出と、ベル君のところに合流予定です。
ごゆるりとお待ちいただけると幸いですよ。

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