『少女』の介入でプレゼントを買おうと思った日もプレゼントを渡す日も繰り上がっております。
ダンジョンから出てからスズに異常がないかバベルの医療施設で見てもらおうとしたら「痣になってるだけだから大丈夫だよ」と断られてしまった。
逆にお金が掛かるからベルだけ見てもらおうと提案されたがここで折れる訳には行かないので、ベルは少し卑怯かなと思ったが『二人一緒』に診察を受けようと提案すると、予想通り「私は大丈夫なのにな」とつぶやきながらもすんなり診察を受けてくれた。
ベルのことを心配する『優しい』性格と『家族と物事を共有』したい寂しがり屋な性格からこう言えばきっと診察を受けてくれると確信があった。
だんだんスズのことがわかってきたのは嬉しいのだが、それを利用するみたいなことはいけないことなのに、でもスズのことは心配だし、とベルのもやもやとした気持ちは止まらない。
診察結果は二人して少し痣になっている程度で中身は問題はないと診断された。
ただスズは少し疲れがたまっているらしいのであまり無理はしないようにと注意されている。
『神の恩恵』を受けた冒険者の体は丈夫でこの程度なら『ポーション』や【回復魔法】に頼らなくてもその内自然治癒するらしいが、「診察料込みで『ポーション』を相場である五〇〇ヴァリスでお譲りいたします。それを二人で分け合ってみてはいかがでしょうか?」とバベルの女性医務官にオススメされた。
市販のポーション半分でもこの程度の痣なら消えてくれるらしい。
今日ダンジョンで稼いだ金額は早朝と昼合わせて三九〇〇と、軽く潜っただけの昨日と比べてかなりの金額を稼げている。
最後の最後でゴブリン相手に痛い目を見なければもう少し稼げていたと思うと診察料込で五〇〇という金額で痛みがすぐに引いてくれるのは魅力的な話だった。
「ポーションはまだ飲んだことないし、私は賛成かな。ベルはどう?」
「僕も賛成だよ。それでお願いします」
五〇〇ヴァリスを女性医務官に渡すとポーションの入った試験管を棚から出して物欲しげにそれを見つめていたスズに「はい」と笑顔で手渡ししてくれた。
「少々お待ちくださいね。今カップをご用意いたしますので」
「このままでも大丈夫ですよ。診察料おまけしてくれてありがとうございます」
「そう? ……そうね、それじゃあケガしないようこれからも冒険頑張ってね可愛い冒険者さん」
女性医務官はなぜかほっこりした笑顔で優しくスズの頭を撫でるのを相変わらずスズは嬉しそうに受け入れていた。
「ベルが先に飲む?」
「スズからでいいよ。試してみたくて買ったんでしょ?」
「うん。どんな味なのかちょっと楽しみ」
スズはポーションが入った試験管の栓を外して香りをくんくんと嗅いだ後、ちびちびと試験管に口を付けてしっかり半分になるようにポーションを口に含みごくんと液体を飲み込んだ。
「香りも味は甘くて、即効性があるみたいだね。里のポーションと全然違うけど原料はなんなんだろう。半分でもってことは量や質でどれだけの損傷を治せるか変わるのかな。痛みも腫れももう引いてるし、戦闘中でも十分効果は期待できそうだけど、試験管のままだと割れそうで怖いかな。容器を移し替えたら香りや味が飛んでやっぱり質がおちちゃうのかなぁ」
んーと顎に手を当てて少し考えてから「ごめんねベル!! ベルもケガしてるのに私が持ったままだったッ!! 早く飲んでッ!!」と慌ててポーションをベルに押し付けるように渡してきた。
「そんなに痛まないから大丈夫だよ」
スズから受け取ったポーションを一気に飲み干して試験管を女性医務官に返すと「あらあら」となぜか少し残念そうな顔をされてしまったが、医務室を出る時は頑張って下さいねと笑顔で見送られた。
「ベル、腫れてるところ治った?」
「あ、それでじっと僕の顔見てたんだ。ポーションの効き目はスズが体験済みの通りばっちしだよ。次からはポーションも買わないとね」
「そうだね。それと試験管を割らずに戦闘する方法とかないかエイナさんに相談しないとね。今日のことふくめて相談ごと山積みでもうエイナさんに足向けて寝られないよ」
「一階層なら大丈夫って言ってくれた翌日にするのは怖いんだけど、やっぱり相談しないとダメだよね」
「怒られちゃうけど、正直に相談しないと誰のためにもならないよ。エイナさんすごく心配してくれてるんだよ? 私がエイナさんだったら、ベルの相談に乗って力になりたいな。ベルは違うの?」
「僕もそう思うけど……一緒にあやまるしかないかぁ」
明日もスパルタ講義が始まりそうだなと、情報量の多さに頭を沸騰させる自分の姿が明確に頭の中に浮かび上がってベルは思わず苦笑してしまう。
そんなやり取りをしながら歩いているといつの間にかバベルの外に出ていた。
日は既に落ちて夕暮れ時。帰るには程よい時間帯で同じようにダンジョンから帰ってきた冒険者や客引きをしている酒場で『冒険者通り』の方からにぎわった声が聞こえてくる。
「昨日おまけで貰ったのと調味料なら……パンのミルク炒めくらいつくれるかな。神様が帰りに何か買ってるかもしれないし、今日はこのまま真っ直ぐ帰ろっか」
「そうだね。早朝からダンジョンに行ったから疲れたし。スズは平気? さっきっからぼーと僕のこと見てるけど気分悪いの?」
「そ、そんなことないよ。うん、そんなことない」
「顔赤いよ?」
「本当に大丈夫だよ。ただ、ベルがちゃんとピンチになったら助けてくれたのが嬉しかっただけだよ」
とてとてとベルの少し先まで小走りで走ったと思うと立ち止まり、くるっと振り向いてスズはそう嬉しそうに笑った。
ゴブリンに体当たりすることしかできなかったベルを、痛い思いをさせて、怖い思いをさせてしまった原因を作ったベルを、そういう風にスズはとらえていた。
「ごめんね、危なかったのに不謹慎なこと言っちゃって。でもあの時……」
―――またダメかと思ったから。だから嬉しかった。ありがとう―――
静かな声でそう言い切ると、そこで会話は途切れてしまう。
『冒険者通り』はにぎわっているはずなのにその瞬間だけ音が消えてしまったような、茜色に染まる空が哀愁を漂わせているせいなのか、それともスズのピンチと祖父の死を重なって見てしまったせいなのか、音が戻ったら今目の前にいるスズが消えてしまいそうな気がして、手を伸ばしてあげても届かない気がして、伸ばした手すら取ってもらえない気がして、スズは奈落の底に沈んでいってしまう気がして、なんでこんなことを思ってしまったのかも分からないままベルはこの一秒にも満たない一瞬の間がとてつもなく怖かった。
「スズ?」
「今晩のミルク炒めも頑張って美味しく作るよ。神様また喜んでくれるかな」
また、いつものスズがいた。隣に戻ってきて昨日と同じようにご機嫌そうに鼻歌を歌っている。
しばらくそのまま歩いていると、突然足を止めて「あ」と何かを見つけたのか目を輝かせてた。
「ごめんね。ちょっと寄り道させてッ」
そう店の陳列窓の前までベルの手を引っ張って行く。
「わ、すごい武器ッ。オラリオってやっぱりすごいんだね」
陳列窓の奥の奥には沢山の武器が並べられており、見るからに強そうな立派な見た目の武器から機能美を追求したのかシンプルな見た目の武器まであるがどれも一級品だというのは素人のベルが見ても分かるほど、何か人をひきつけるようなオーラのようなものをまとっていそうな物しか置いていない立派な武器屋だった。
「ほんとだ。あ、短剣も……って、八百万ヴァリスゥッ!?」
「お話に出てくる英雄が使ってそうなすごいのばかりだもの。しかたないよ。むしろ伝説の剣がおいてるお店って思うと値段では語れないものがあると思うよ。いいな、本当にこういうの作れちゃうんだ。あ、あの短槍についてる赤布なんだろう。きっと私じゃ想像できないすごい効果持ってるんだろうね」
エイナが取り寄せてくれた防具の時もそうだったがスズは目をキラキラさせて物を見ている。
「武器や防具が好きなの?」
「うん。特にね、作る姿が好きなんだ。誰かのために一生懸命鉄に命を吹き込むの。あの瞬間が一番大好き。料理もね、誰かのために食材に一生懸命命を吹き込むから大好きなんだ。作るのも食べてもらうのも食べるのも。鍛冶と家事を一緒に考えるのって、その、やっぱり変かな?」
「そんな難しく考えずに好きなものは好きでいいんじゃないかな」
「そっか。そうだね。えへへ、ありがとうベル」
本当に武器と料理が好きなのだろう。
認めてもらったのが嬉しかったのかその笑顔は今までで一番輝いて見えた。
「そろそろ日が沈んじゃうね。神様も待ってるだろうし帰ろっか」
「うん。ミルク炒めっていうの楽しみにしてるよ」
「うん、少ない食材だけど頑張るよッ!!」
ぎゅっと拳を胸のあたりで握りしめて気合を入た。
今夜もご馳走になるだろうなと歩き出してしばらくすると賑やかな声の中に混じってヘスティアの声が聞こえた気がして、耳のいいスズもそれに気づいたのか同時に立ち止って顔を見合わせてから後ろを振り向いてみる。
流れゆく人ごみの中ヘ背の低いヘスティアを探すのは大変なことだ。
もっと小さなスズとはぐれたら合流するのも難しいから手をつないで二人できょろきょろと主神の姿を探していると、何やら陳列窓の前で自分の髪、いや髪止めを気にしているヘスティアの姿があった。
そして邪念を振り払うかのように首をぶんぶんと横に振ってため息をついた後、人波のせいで見ていた二人に気付かずそのままホームの方に歩いて行った。
二人でもう一度顔を見合わせて頷く。
間違いなく今見ていたのは髪止めだ。
にぶいベルにでもそれが分かるからスズも気づいているはずだ。
大好きな神様のために言葉を交わさずとも意思疎通して、ヘスティアが見ていた陳列窓の中からそれらしいものを二人で探し出す。
「あったよベル。多分これだよ!」
「どれ?」
スズが指さした商品を着飾っている観賞人形のツインテールに蒼い花に小さな鐘が付いている髪飾りがつけられていた。
飾られているツインテールの人形はこれだけなので間違いないだろう。
「保護の髪飾り五〇〇〇ヴァリス。このお値段だから効果はおまじない程度かな。ここ冒険者の装飾品店なんだ」
「スズ。普通の髪飾りの相場っていくらくらいなの?」
「まちまちだけど、三〇ヴァリスで普通の、二〇〇ヴァリスもあればオシャレなの、九五〇ヴァリスもあれば貴族様やお姫様がつけてるようなのが買えるかな。ダンジョンに行かない神様なら冒険者用よりも立派なリボンプレゼントした方がいいと思うけど、でも――――」
「すごく欲しそうにしてたよね、神様」
ヘスティアはベルとスズに手を差し伸べてくれた大切な、大好きな家族だ。
恩返しにヘスティアが欲しがったこの髪飾りを買ってあげたい気持ちは一緒だった。
「今日くらいの稼ぎでも、明日ダンジョンに行けば買えるね」
「エイナさんに怒られるような無理しなくても、僕達で買えちゃうね」
「買っちゃっていいよね!」
「買っちゃうしかないよね!」
まだ買ってもいないのに神様が喜んでいる姿を想像して思わずパチンとハイタッチを交わした。
「私、ちょっとキープしてくるね!」
「あ、僕もいくよ!」
今日だけで三九〇〇ヴァリス。
ポーションで消費した分を差っ引いても三四〇〇ヴァリス。
ヘスティアに一〇〇〇貯蓄として渡しても二四〇〇ヴァリスも手元に残るので、探索でなく魔物を倒す気で一層だけで稼ぎまわってもなんとか明日、少なくとも明後日には買えるはずである。
「すみません店員さん。明日か明後日ごろ……長くても一週間後に買いたい商品があるんですけど、ここって商品の予約はできるでしょうか?」
「はい。発注やご予約共に取り扱っておりますよ。どちらの商品をご予約でしょうか?」
「外に飾られているドールについていた『加護の髪飾り』蒼い花形に鐘の飾りがついた五〇〇〇ヴァリスのやつですッ」
「かしこまりました。ただいま用意しますので少々お待ちください」
相変わらずスズは子供なのに社交性が高くて、田舎暮らしをしていたベルには何んとなくしか今のやり取りが理解できなかった。
物の相場にも詳しいし他の知識も豊富で飲み込みも早い。
本をあまり読まないベルとは知識量が段違いで、男なのに、兄なのにスズをエスコートするどころかされている自分が情けなく感じてしまうが、それでも今の自分でもできるスズが喜んでもらえることがあるんじゃないかと少ない知識を振り絞って必死に考えている。
「それで、お兄さんにプレゼントしてもらうのかな?」
「いえ、主神様にいつもお世話になっているお返しをしたいなって思いまして。だから二人でプレゼントしたいなって」
「神様思いの兄妹で貴女の主神様は幸せものね。プレゼント用の箱をご用意いたしますか?」
「はい。可愛いのお願いしますッ!」
「ふふふ。いい記念日にしてあげるから任せておいて」
そんないつの間にかもう仲良くなっているスズと店員のやり取りを聞いて『これだ!』とベルの頭の中に電撃が走った。
§
少し寄り道をしていたのかベルとスズはヘスティアよりも遅く帰ってきた。
「「ただいま神様!」」
「おかえり二人とも。やけにご機嫌そうだけど何かいいことでもあったのかい?」
「えへへ、まだ秘密です。楽しみにしててくださいね?」
「お、スズ君言うねぇ。何をたくらんでるのか知らないけど楽しみにしておくよ。昨日よりも早く帰ってきたけど朝早かったし疲れただろう? ささ、スズ君もベル君そんなところ突っ立ってないで座った座った!」
ヘスティアはソファーの真ん中に座ってぱんぱんと軽く叩いて二人を両サイドに座らせるように誘導する。
二人が帰り道に『冒険者通り』で武器屋の武器を欲しそうに見ていたのを目撃したヘスティアは、へそくりを使ってでも武器を二人にプレゼントしたかったのだが、よりにもよって二人が見ていたのは神友の【ファミリア】が経営している高級ブランド【ヘファイストス・ファミリア】の店だった。
とてもではないが露店爆破で自給三〇ヴァリスになってしまったバイト代で手が届く品物ではなく、こうして愛情を注いであげることしか可愛い子供達に出来ることがなかった。
「今日は簡単にパンのミルク煮にしますね。すぐに作るからベルと待っていてください」
「神様。今日は沢山稼げましたよ!」
なのにスズは洗い場に向かい、ベルはまずジャラリとなる小袋を手渡してきた。
隣に座って甘えてもらいたかったのに、これでは完全に養われているだけではないか。
自分を想って神として慕ってくれているのは嬉しいのだが、自分も何かしたいのにとヘスティアは複雑な心境である。
「って、一〇〇〇ヴァリスも入ってるじゃないか!? ちゃんと次の冒険用のお金や自分用のお金は抜いているのかい!?」
「はい。そこはばっちし。明日はポーションも買ってからダンジョンに挑めると思うので安心して下さい神様!」
二日目でこれとは恐れ入った。
ポーションも買えるということは最低でも手持ちに一〇〇〇ヴァリス以上は残しているだろう。
自給三〇ヴァリスの仕事をしている自分はいったい何なんだと思えてきてしまうほど二人はダンジョンで頑張ってくれているようだ。
でも、早朝から夕方まで休み休みとはいえダンジョンに潜りっぱなしなのだから、慣れた冒険者二人なら三〇〇〇から四〇〇〇ヴァリスなら楽に稼げる範囲だ。
「スズ。僕も手伝うよ」
「さっと作れるものだから大丈夫だよ。神様に今日の報告と、まだ時間が余ってたら先に【ステイタス】の更新をしてもらってて」
そんな二人の家族らしいやり取りに癒される反面、たった二日で冒険に慣れてしまったのか、それとも無理して稼いでいるのか。どちらだとしてもスズの【心理破棄】や二人とも優しいのに自分を蔑ろにしている節があって心配になってくる。
「頑張ってくる嬉しいけど、ちょっと無理しすぎじゃないのかい?」
「えっと、アドバイザーのエイナさんの教えやスズのおかげで余裕はまだありそうなんですけど……」
「けど?」
「ちょっと今日、僕の不注意でゴブリンに二人して一発いただいちゃいました」
あちゃーとヘスティアは少し調子に乗ってしまったのだと思われるベルに頭を抱えてしまう。
「ケガはしなかったかい? ゴブリンに一発もらった程度で致命傷になるほど『神の恩恵』は軟じゃないけど、ベル君もスズ君も大丈夫かい?」
「はい。念のためにバベルの施設で見てもらってみましたけど痣になっていただけでした。ポーションも試しに使ってみたのでその痣ももう治ってます」
「それならいいけど、ベル君も自分のせいだってあまり自分を追い込んだりしたらダメだぞ? 君達はまだ冒険をして二日目の駆け出しなんだ。失敗だってするし間違いだってする。その失敗を次にどう生かすかが大切だとボクは思うな。だからほら、そんな暗い顔なんてしてたらダメだぜベル君!」
相当気にしていたのか暗い顔をしていたベルの背中をポンと叩いて励ましてあげる。
「そうだよベル。それに攻撃を食らったおかげでベルの耐久も上がってると思うし。エイナさんの言う通り一層で学べたことをプラスに思わないと。何事も経験してみないと分からないよ?」
野菜を刻む音と一緒にスズの声が聞こえてくる。
地下室が狭いので部屋内だと声が丸聞こえなのでこうやって調理しながらも会話に参加できるのだ。
広くないからこその利点だろう。
「うん。いつかスズを守れるように頑張るよ」
「もう充分守ってもらってるよ。ベルが魔物を倒してくれるから私は安定して魔物を引きつけていられること忘れちゃダメだよ?」
「そうだぜベル君。決まった時間しか生きられない人間に出来ることなんて限られているんだ。だからこそ必死に出来ることを伸ばして努力する姿が綺麗なんじゃないか。なんでもかんでも一人で背負い込まず自分に出来ることを頑張って、自分に出来ないことを相手に手伝ってもらって、そうやって互いに支え合って、不自由な世界を幸せに生きていくのが家族ってもんだとボクは思うなぁ」
隣に座っているベルの体を引き寄せてよしよしと撫でてあげる。
「か、か、か、か、神様! なにやってるんですか!?」
「いいじゃないか家族なんだから。もう、ハーレムなんて言っておきながら顔真っ赤にしてー。ベル君も可愛いなぁ。このん。泣きたい時は思いっきりボクの胸で泣いていいんだぜ?」
「む、む、むむねぇ!? ボクだって男なんですよ!! そ、そ、そ、そんな神様にめっそうなことできませんっ!!」
ベルが顔を真っ赤にして追いかけられる兎のようにヘスティアの手から逃げていく。
「本当に初心なんだからベル君は。スズ君と一緒の時もこうなのかい?」
「私と一緒の時は落ち着いてますよ。私、貧相ですし……」
「ち、違うよ!! スズだって魅力的で可愛いよ!! 可愛いし綺麗だよ!! 可愛いけど、その、妹だしっ!!」
「ボクは神様、つまりこの家のお母さんなんだぞ?」
「か、神様は神様です!!」
ベルはダンジョンに女の子との出会いを求めてやってきたというのに初心で既に近くに可愛い子がいるというのに変なところで強情になる。
必死に『妹』だから『神様』だからと自制心を働かして、羞恥心と煩悩と理性が脳内でものすごい大決戦をしているに違いない。
「はっはっは、本当にベル君は面白いなぁ。からかってごめんよベル君。ほら、もうちょっかい出さないからベッドに横になっておくれ。スズ君の料理が出来上がる前に君の【ステイタス】を更新させてあげるからさ。ほらいつまでも顔真っ赤にさせてないで上着を脱いだ脱いだ。それともベル君、君はボクに脱がしてもらいたいのかい?」
「じ、自分で脱ぎますから!」
顔を真っ赤にさせながらも素直に上着を脱いでベッドに横になってくれたので、これ以上からかうのはさすがに可愛そうだなと真面目に【ステイタス】更新に取り掛かる。
当然ながら【スキル】や【魔法】は発現していないが、【基本アビリティ】の伸びは中々にいい。ヒットアンドウェイの戦法から力は37、敏捷に至っては87ともうすぐ『I』から『H』になりそうだ。耐久も今日で0だったのが5まで上がっており、しっかりダンジョンで経験したことが身になっている。
今日一日でよほどたくさんのことを経験して頑張ったのだろう。
「神様、【スキル】や【魔法】は発現してます?」
「いや、相変わらず空欄のままだよ」
「ですよね……」
「でも【基本アビリティ】の伸びは昨日よりずっといいよ。同じことをしても人それぞれ頑張りの度合【経験値】は違ってくる。これはベル君が頑張った証なんだからもっと誇るべきことさ」
「あ、敏捷が87も行ってる!?」
書き写した【ステイタス】を食い入るように見てベルは「よし」とガッツポーズをした。
「ベルすごく頑張ったもの。もうすぐご飯出来るから服を着て食器を用意してて」
スズがつくった物は固いパンを一口サイズに細切れにしてミルクに浸し、それを炒めたタマネギとベーコンと合わせてさらにミルクと調味料を足して水気が少なくなるまで炒めた食べ物だった。
熱々のパンのミルク煮の上には薄くスライスされたチーズが乗せてられており、それが熱でいい具合に溶けだして、その上からさらに塩コショウを軽く振りかけられているそれは香りからも見た目からも食欲をわかせるものだった。
「パセリとかも振りかけたかったけど、今できる精一杯のを作ってみたよ。どうかな?」
「すごく美味しそうだよ!」
「うんうん。スズ君は本当に料理が上手いね。いいお嫁さんになれるよ。家庭生活の守護神であるボクが保障するんだから間違いない!! でも、変な男について行ったりしたらダメだぞ!! いいね!」
「私だっていい人と悪い人の区別くらいつきますよ。それに神様を置いて勝手に嫁いだりなんてしませんから安心して下さいね」
いつもの家族団欒な賑やかで美味しい夕食。
そんな中、途中からスズがぼーとベルの方を見つめていた。
「これは……ははん。ベル君とならボクは安心だよ。ベル君、君は既に運命の人との出会いを果たしてるみたいじゃないか!!」
「え? それって……いやいやいやいやそれはあるわけないじゃないですか!! だって僕ですよ!? 可愛いスズがこんな僕みたいな―――」
「ほらスズ君。遠慮せずに―――」
ヘスティアとベルがその異変に気付くのは同時だった。
スズが会話に参加せずにずっと顔を火照らせて、虚ろな瞳をしていることに気付いて二人同時に慌ててスズの元に駆け寄る。
「スズ! 熱あるんじゃないの!?」
「スズ君!! 何でこんなになるまで黙ってたんだい!?」
ヘスティアがスズの額に自分の額を当てると明らかに高い体温を感じとって慌ててスズを抱き運ぼうとするが、軽いスズの体でもヘスティアの筋力が足りなくって引きずる形になってしまう。
持った時点でそのことに気付いたヘスティアはベルに目を向けると、ベルは無言のまま頷いてスズを抱き上げてベッドまで運び、ヘスティアは桶に水を汲んでタオルと一緒に持ってきた。
「大丈夫ですから……心配しすぎですよ……」
力弱く無理して作られた笑顔。
「大丈夫なもんか!! ベル君。これからスズ君の汗を拭いて寝巻に着替えさせてあげるから少しの間出て行ってもらうけど……このことはボクも全く気付かなかったし、ギルドの医務官だって気づかなかったんだ。気負いしないでおくれよ。これはベル君のせいでも、きっとスズ君のせいでもないんだ。誰のせいでもない。だから君もボク達の大切な家族だってこと忘れないようにしてくれ。スズ君が辛そうな姿を見てボクとベル君がショックを受けたように、ベル君が辛そうにしたらボクもスズ君もショックなんだ」
「わかってますけどっ……神様、スズのことよろしくお願いします」
ベルは悔やんでいる。
でも、【心理破棄】の効果を知っているヘスティアはもっと後悔した。
たかがゴブリンの一撃。
けれどベルが攻撃されたことには変わりない。
おそらくその戦闘で『大切なもの』ベルを守るためにスズの【心理破棄】が発動して一時的に【
どこまで【ステイタス】が変化したのかは分からないが、本来『神の恩恵』で【経験値】を引き上げることで変化させる【ステイタス】を【スキル】の効果とはいえ人の身のみで急激に変化させてしまったのだ。
単純な疲れや負傷ではないその器を超えた反動にポーションなんかが効くわけがない。
【心理破棄】を知っているヘスティアはベルが攻撃を受けたことを聞いた時にこのことに気付かなければいけなかった。
スズのコートを脱がし、大量に汗を吸っているアンダーシャツも下着も何もかも脱がして汗を拭いてあげ、寝巻に着替えさせてあげる。
「本当にごめんよスズ君。体調不良を感じ始めたのはいつごろか言えるかい?」
「ちょっと……よくわかりません……。帰り道は多分、まだ元気……あれ、でも何かあったような……ごめんなさい。ちょっと曖昧です」
「そういう【スキル】なんだ。スズ君のせいじゃない。だから何か変だなって思ったら些細なことでもすぐに言っておくれ。その方がボクは嬉しいから」
「はい…次からは気を付けますね……」
そこで限界だったのか、スズの言葉が途切れた。
苦しそうな吐息だけが聞こえてくる。
ヘスティアはもう一度タオルを桶で濡らして、スズの顔の汗をぬぐってあげてからそのまま額に乗せる。
ベルもヘスティアと同じように、すごく自分のことを追い込んでいるはずだから早くフォローしてあげないといけない。
ヘスティアはベルを呼ぶために卸していた腰を上げる。
「……神様……心配しすぎ……ベルのこと……お願い……」
「わかってるよ。だからスズくんは心配させないよう今はゆっくり寝てるんだ。今ベル君呼びに行ってくるから」
―――ええ。【
慌てて声のした方を見るとスズが苦しそうに吐息を漏らしている状態が続いているだけで、他に何も変化はない。
「――――誰だ。私の眷族に手を出す輩は。『
ヘスティアはこの部屋から漏れない程度のほんのわずかだけ
返事もなければ
いや、そんな訳はない。
今のスズの口から飛び出した冷たい言葉を見過ごせるわけない。
ヘスティアはじっとスズの中にある『ソレ』を睨みつける。
『あなたが【スキル】にしたんでしょう。『私』と違って『この子』は人間なんだからわずかな
そう『ソレ』はスズの体でため息をついて、辛そうにタオルを右手で押さえたまま体を起こした。
『起きてると『この子』の体に負担が掛かるし、外にはベルもいる。『この子』は『私』のこと認識できてないけど、『私』は『この子』と五感を共通してるから、正直今とても辛いの。話があるなら早く済ませてもらいたいのだけど?』
苦しそうに吐息を漏らしながらも淡々と語るその姿は、敬語を使っていないものの『五つの約束』をする前の、質問に対して淡々と言いにくいことも語り続けたスズと同じ雰囲気だった。
だから認めたくはないなくても分かってしまう。
【スキル】が意志を持つなんてありえないことだがそれしか今の状況を説明しようがない。
「君は……【
『初めまして。いえ、お久しぶりかしら。あなたが大嫌いで【
ヘスティアがスズに刻み込んでしまった消したくてやまない【スキル】が吐息を漏らしながらも、よりにもよってスズの体で不敵に笑う。
これはとんだサプライズプレゼントだと、ヘスティアは愛しくてやまないスズの体を勝手に動かす【
今までもたまに出てきていた【
Chapter08からダンまち1巻に続く予定でしたが、話が長すぎたので毎度のことながら分割して話数が増えました。
次回【
次回で少し語られますが【