魔石灯が照らす薄暗い森の中、
レフィーヤは結局、アイズ達を呼ばずに探索を続けることを決断した。
もしも相手が『
スクハの探知は慣れしたんだ相手でないと人の探知は難しいらしく、見失う前に尾行を優先した方がいいと判断したのだ。
スズもといスクハとベルでは戦力不足であることは厳重に注意された。
もしも尾行に気づかれた場合などの緊急時にはレフィーヤかスクハが【砲撃魔法】を天井に放ち、仲間に自分達の現在位置と緊急事態であることを伝える手筈である。
『索敵範囲に『火炎石』を異常なほど抱えたモノを探知したわ。確か『火炎石』をドロップする『フレイムロック』は『深層』に生息していると聞いたのだけれど、『私』の知らない間にダンジョンの生態系が変わって値崩れでもしたのかしら?』
「……ッ。ほぼ間違いなく『
「じ、自決!? それって自分から命を絶つってことですよね!? なんでそんな……」
誰かが死ねば誰かが悲しむ。
それが当たり前だと思っていたベルからしてみれば、自決用の道具を大量に所持していることなんてとても信じられなかった。
『尋問に耐えられても背中を見られれば主神が判明してしまうから、かしらね。なんにせよ主神も信者もまともな精神をしていないことはわかったわ。ベル、念の為に明かりを消しなさい。
レフィーヤは方向を指示するから木の上から相手を戦力分析をしてもらえないかしら。『私』の目標物の反応と『火炎石』の反応が濃すぎて正確な人数を把握できないのよ』
「暗視距離は?」
『600Mほどよ。弓の射程外だけれど……【スキル】や【魔法】で強化された矢や投擲、【長距離魔法】の射程内な可能性はあるわ。少なくとも『私』は【魔法】で800M先の目標物を撃ち抜く自信はあるわね。今のところ動きに変化はないけれど油断しないようお願いするわ』
そんなベルの疑問をよそにスクハとレフィーヤは当然のように話を進めている。
きっとこんな自分の考え方は甘いのだろう。
「わかりました。ですが、もしも相手に気付かれた場合は私に何があろうと迷わずに逃げてください。尾行が失敗した時点で『相手の目的を探る』私達の目的は失敗しているんですから、私は意地でもアイズさん達を呼ぶ為に【魔法】を放ちます。だからスクハさんとベルさんは自分達の身の安全を最優先に行動する……いいですね?」
レフィーヤの指示にスクハは『わかったわ』と軽く相槌を打つ。
その返事を聞いて満足したレフィーヤは手ごろな木の枝まで一足で飛び乗り、軽々とした身のこなしで枝を蹴って見通しの疎さそうな高い木を登っていった。
「レフィーヤさんがピンチになったらスクハは……その……」
『助けるわよ。自分達という括りにレフィーヤも入っているから安心しなさい。さっきのやり取りは責任感が強そうなレフィーヤを納得させたかっただけよ。それとも何、『私』が『スズ・クラネル』と友好関係を築いている相手を見捨てるとでも思ったの? だとしたら、流石の私も少しショックを受けてしまうのだけれど』
「ご、ごめんっ!! そんなつもりで言った訳じゃあ―――――」
『冗談よ。ベルが人同士の争いに慣れていなくて不安なのはちゃんと理解しているつもりだから安心しなさい』
スクハが軽く溜息をついた後、そうベルの言葉を遮る。
『人の死に慣れる必要はないわ。貴方が感じている悩みや痛みは人として間違ってはいないし、人の死で何も感じなければ怪物と同じよ。躊躇ったせいで取り返しのつかない事態に陥った、なんてことにならないよう私やレフィーヤ。普段はリリルカが付いているのだから安心して悩みなさい』
そしてそう言ってくれた。
安心して悩みなさいだなんて少し矛盾した言い方だが、スクハが掛けてくれたその気遣いの言葉はベルの心を満たすには十分だ。
人を殺さないといけなくなるかもしれない。自分のせいで人が死んでしまいかもしれない。そういった迷いが消えた訳ではないが少なくともスクハのおかげで後ろめたい悩みではなくなった。
「ありがとう、スクハ。皆に無理をさせないように気をつけながら迷うことにするよ」
『どちらかといえば、そうね。貴方には普段からしている無茶を減らしてもらいたいところだけれど、それは無理難題かしら?』
「それはスクハやスズも同じだよ。スクハはもう体調は大丈夫なの?」
『体のない『私』が体調というのはおかしな話だけれど疲労は感じているわね。疲労を誤魔化す為に今は『スズ・クラネル』に負担を掛けないよう使っていない部分から魔力を供給して体を動かしているわ。しっかりと『スズ・クラネル』に悪影響を出さないようにしているから安心しなさい』
つまりスクハにとっては疲れた体に鞭を打って無理をしているということなのだろう。
スクハが800M先の目標に【魔法】を撃ち込める自信があると言っておきながら、相手の規模をレフィーヤに見てもらっているのは自分の力で木々を登るのも辛い状態だからだろうか。
ベルとレフィーヤが着いてこなければスクハは自分一人の力だけで何とかしようとしていたことも考慮すると、動くと辛いが辛いのを我慢すれば戦闘可能といったところか。
スズとスクハ両方大事なベルにとって安心出来る状態ではない。
「ここは僕とレフィーヤさんに任せてスクハがアイズさんを呼びに行った方がよくないかな? アイズさんが居ればどんな相手とだって勝てるし、スクハが無理をして辛い思いをする必要なんてないと思うんだけど……」
『妥協案としてはありね。ただそれだと『
かすかに木々が揺れる音が近づいてきている。
無事にレフィーヤが偵察を終えて戻って来たのだろう。
それにより話し中もレフィーヤに集中させていた意識をスクハは真っ直ぐとベルに向ける。
その時のスクハはベルの顔を見上げながら困ったように眉を落としていた。
詳しい事情を言えないことへの後ろめたさからか、はっきりと感情が表情に出てしまっている。
それが、なんだか今にも泣き出してしまいそうな表情にも見えて、まるで自分がスクハをいじめているのではないかと錯覚してしまう。
無茶なんてさせたくないが、スクハをか弱い少女としての一面を
これ以上この話を続けたら話がどう転んでもスクハを傷つけてしまう。きっと
これ以上聞かなければスクハを傷つけることはない。だけど聞かなければ相談に乗ってあげることもできない。痛みを共有することもできない。
「ベルさん、スクハさんお待たせしました」
ベルがスクハとスズのデリケートな部分に踏み込むべきか否かを迷っている間にレフィーヤが戻って来てしまった。
おそらくレフィーヤが帰って来てしまった今聞いてもスクハをただ困らせて傷つけてしまうだけだろう。
ベルは完全に踏み込むタイミングを逃してしまったが、一歩踏み込む覚悟がまだ足りていなかったこともあり逆にほっとしてしまっていた。
『レフィーヤ、お疲れさま。相手の規模は大体把握できたかしら?』
「スクハさんの探知内にいたのは男二人組でした。服装から見ても『
『そう。それなら合流される前に叩くのもありかもしれないわね。自決を阻止できれば少なくとも何らかの情報を得られるでしょうし、【ファミリア】が判明するだけでも大きいと思うのだけれど。だけどそうね……。『私』は『穢れたモノ』以外の事情は正直なところよく知らないのよ。どうするのか貴女の判断に任せるわ』
スクハのその言葉にレフィーヤは少しばかり考えた後、尾行の継続を決断した。
相手の戦力にはLV5の拳を受けきれる打撃耐性持ちの食人植物に加えて、確認できている活動中の最大戦力がLV6級の『
LV4級の漆黒のミノタウロス相手に全滅しかけたベル達にとって、LV6級の敵は出会ったら最後な相手だ。LV3のレフィーヤもそれは同じである。
だから捕捉した男二人をスクハの探索範囲ぎりぎりに捕えながら尾行し、長時間同じ場所に留まった時点でレフィーヤが【アルクス・レイ】を放ってアイズ達を呼ぶことにしたのだ。
『最悪の場合、この距離から『
おそらくスクハ一人だったら、迷いなく、誰にも知られることなく、罪の意識を一人で抱えながら、長距離から『穢れたモノ』を『
しかし、ベルとレフィーヤはスクハに人殺しなんてさせたくない。
それと同時にスクハ自身も人を殺す所を大切な人に見られたくないのだ。
―――――――人の死で何も感じなければ怪物と同じよ―――――――
スクハ自身が先ほど言った言葉からそれは十分すぎるほど理解できた。
狙撃するのが一番簡単な方法だが、人の感情とはそれほど単純なものではない。
どうにか人を殺さずに企みを阻止しようとなると気づかれず尾行して、自害させる間も与えない程の圧倒的な戦力で制圧するしかなかった。
§
一定距離を保ちながら『
木々や水晶の隙間から17階層の外壁である岩の巨壁が見えて来たことにより、この追跡劇も終わりが近づいてきていることが探知のないレフィーヤとベルも嫌でも理解できた。
友人の手を汚したくないあまり、とんでもないところまで足を運んでしまった。
ここに来て緊張と後悔からレフィーヤの額から嫌な汗が流れ始める。
レフィーヤは一度引き返してスクハにアイズ達第一級冒険者達を『
しかし、第一級冒険者の敏捷ならすぐに駆けつけられる距離でもLV3のレフィーヤやLV3級の敏捷を持ったベルの足では引き返すには既に時間が掛かる距離まであの時来ていた。
引き返している間に『
なによりも、スズやベル。そして今表に出ている精霊人格部分だと名乗るスクハに人殺しなんかで手を汚してもらいたくなかった。
二人にはいつまでも綺麗でいてもらいたかった。
引き返そうとしたら、やむを得ずスクハが『
自分でもやればできるというところを見せて先輩面をしたかったという理由もほんの少しはあるにはあったが、主な理由は大切な友人に手を汚してもらいたくなかったからだ。
もしそれを実行したからといってスクハを軽蔑したりなんてもちろんしない。
相手は
『緑の宝玉』1個地上に持ち込まれただけで危ういのだから仕方ないと割り切るしかない。
わかっていても、そんなことをさせる訳にはいかない。
重荷を背負うのは後輩の役目でなく先輩の役目なのだ。
だけど結局のところ自分勝手な我儘で二人を危険にさらしているのも理解してしまっている。
結晶の柱があるとはいえ森よりも開けたこの場所は身を隠すには不適切だ。終点である壁も見えて来たので今からでも【アルクス・レイ】を放ち森に身を隠してアイズ達が来るのを待った方が安全だ。
「スクハさん、ベルさん。ここまで位置が判明すれば十分です。今から【アルクス・レイ】を放ちますから、それを合図に森へ戻ってください。『緑の宝玉』は【ロキ・ファミリア】がここで必ず破壊しますから」
『……そう、ね。それっぽいものは全部破壊して、妙な
スクハが素直に折れてくれたことにベルとレフィーヤはほっと安堵の息をついた。
『『私』は『穢れたモノ』が消滅してくれればそれでいいのよ。好き好んで無茶をしたり人の殺生をしたりはしないわ。それとも何、私が作戦通りに物事が進んでいるにもかかわらず、自分の手で仕留めないと嫌だなんて子供のような駄々をこねるとでも思っていたのかしら。だとしたら少しばかり、いえ、とてもショックなのだけれど』
スクハも肩の荷が少し下りたのか進めていた足を止めてその場で振り返り、少し眉を八の字にしながらそう言った。
スクハなりのお茶目なからかいだったのだろう。
慌てて否定するベルに口元をほんの僅かながら緩めるスクハを見て、レフィーヤは張りつめていた空気が一気に軽くなったのを感じた。
そこで安心しきってしまったのがいけなかった。
ちょうどスクハとベルが居る位置が水晶の柱のない少し開けているところだったので、そこで【アルクス・レイ】を撃とうとレフィーヤは二人に近づいて行く。
その瞬間、全ての獲物がその場所に集まるまで待っていた
何の前触れもなく開く地面にベルとレフィーヤは反応できなかった。スクハも地上ばかりに意識が向いていたせいもあり地表より下の探知をおろそかにし過ぎていた。
その結果、高さ10M以上、直径7M程もある地面に息をひそめていた
地面だと思っていたその口が突如開き、三人は抵抗する間もなく
無理に
『穢れた精霊』や『緑の宝玉』という知らない単語からスクハはそういうものだと思ってくれるならそれでいいと妥協していたりします。
そしてなんとお初の頂き物を頂きましたッ!!
【挿絵表示】
スズを愛らしく掻いて下さり、載せてもいいと許可まで下さった『はたけやま様』に感謝感激です!!
色々抱えてる子ですが、これからも皆様『少女』を見守って下さると幸いですよ。