スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

82 / 105
ある神話が始まるお話。


七章『白猫と巨人』
Prologue『神話の始まり方』


 ヘスティアがスズのだぼだぼの裸アウターウェアというとてもマニアックな格好から着替えさせてあげた訳だが、スズの眠りはよほど深いのか起きる様子は一切なかった。

 【心理破棄(スクラップ・ハート)】の効果でまた無茶をしてしまったのだろう。無理に起こす必要はないのでそのまま毛布を掛けてあげる。

 スズが少しでも安心して眠れるようヘスティアは静かに「おやすみ」と呟き、優しくスズの頭を一回だけ撫でた。

 

「ベル君のシャツまで着て、スクハ君も満更でもなかったんだろ?」

『……ゆっくり休ませて頂戴と私は言った筈なのだけれど、貴女はなぜ私にちょっかいを掛けてくるのかしら。もしもそんなことすら覚えていないのだとしたら、『私』は貴女のことをフォローのしようがないくらいの大馬鹿者か、空気の読めないアホな子と認識を改めなければならないのだけれど』

「い、いや、スズ君が無茶した後はいつもスクハ君は弱り切っているから、すごく心配になったんだよっ!」

『なら普通に大丈夫かどうかを問いかけなさい。貴女の言い方だとまるで私が『ベルの温もりを感じた』だの、『ベルの匂いがシャツからする』だの、『ベルの鼓音が(ベル)の音みたい』だの、そんな『メルヘン女子』のような馬鹿丸出しの考えを持っていると思われているようで非常に不愉快だわ。それに貴女、『スズ・クラネル』をここまで運んでいる途中に『堪能しているところごめんよ』と言ったけれど、私が一体何を堪能していたというのかしら。年がら年中頭がお花畑な貴女と一緒にしてもらいたくないのだけれど』

 

「いや、その、ごめんスクハ君。『ベルの鼓動がまるで(ベル)の音みたい』なんて恥ずかしい台詞、流石のボクでもちょっと考えつかなかったよ……」

 

 スクハが毛布を頭からかぶって動かなくなった。スクハから限りなく精霊らしいものを感じるが言動ははっきりしているので、突然消えてしまうなんてことはないだろう。スクハが居なくなってしまうのではないかと不意に感じてしまい不安になったが、神の直感というものは馬鹿に出来ないが神と同じく気まぐれだ。外れる時もあるとヘスティアはひとまず安心出来た。

「それでスクハ君、話くらいは出来そうかい?」

『……ええ。『調整』したから問題ないはずよ。ただ消耗しきっている状態は変わらないのだから、あまり長話はしたくないわ。むしろ貴女の顔を見たくないのだけれど』

「そ、そんなに怒らないでおくれよ! 何度も言うけどボクにとっては四人で仲良く暮らせるのが一番……ああっ!? スクハ君ふて寝しないでおくれっ!! ボクが悪かったからっ!!」

 からかい過ぎたのかスクハの気配がスズに戻ってしまったので、慌ててヘスティアは謝るとまたスクハの気配が戻って来てくれた。

 

『まったく、貴女の言う幸せ家族の数に『私』を含めるのはやめてもらえないかしら。それに例えであって『私』自身がそんな恥ずかしいことを考えていた訳では決してないのだから、そこのところを勘違いしないでもらいたいわね』

「はいはい、そういうことにしておいてあげるから毛布から顔を出しておくれ」

 おそらく少しムッとしているだろうスクハは毛布から顔の半分を出して『いいから本題に入りなさい』と睨みつけて来る。

「えっと、スズ君が発現しようとしていた【スキル】の『凍結』とやらは上手くいったのかい? またスクハ君の精霊っぽさが上がっているみたいだけど」

『ええ。上手くいったと思ってもらって構わないわ。漏れ出している存在力についてだけれど、今回は『私』の回復速度を上げる為に意図的に影響力を強めているだけだから安心しなさい。ただそうね、それによって『スズ・クラネル』の『体』に悪影響を及ぼすことはないけれど、しばらく情緒不安定な時期が続くと思うわ。『スズ・クラネル』のことだから心配を掛けないよう隠そうとするだろうから、しっかりベルと一緒に『スズ・クラネル』のことを支えてあげなさい』

 つまりスクハは消耗した力をスズの精霊の血から補給しているということなのだろうか。スクハが出ている時は精霊のようなものとして認識できるが、相変わらずスクハと会話をしていても神としての感覚では、目の前に精霊っぽい何かが居るだけで会話をしている感覚は一切しない。これはスクハから精霊の力を感じているのではなく、スズの精霊としての部分がスクハが出ている時だけ強調されていると言った方が正しいのかもしれない。

 

 スクハは自称意志を持った【スキル】だ。少なくとも輪廻の輪から外れた存在で魂はない。人間らしい仕草が多くなってもその事実だけは変わってくれない。輪廻転生の出来ないスクハの人生はスズの一生と共に文字通り終わってしまう。魂が転生して次の人生を歩むことはないのだ。だからスクハが『スズに多少の負荷が掛かっても自分が消えないように努めてくれる』ことが嬉しかった。

 スズと同じで自分以外のことばかり優先して、何もかもを背負い込んでしまう、そんな心優しい少女の存在が幸せになることなく消え去ってしまうのは間違っている。

 スクハに照れながらでもいいから『幸せ』だと断言して笑ってもらいたい。ほんの僅かな幸せだけを感じて消えるなんて許さない。それがどんな形であれ、抱えている『悪夢』とやらを帳消しにするほど『幸せ』になってもらいたいのだ。

 

「当然さ。スズ君とスクハ君はボクの大切な眷族だからね。嫌がられたってベル君と二人で『幸せ』にしてみせるぜ、スクハ君」

『貴女は本当に人の話を聞かないのね。そのくらい強引な方が『スズ・クラネル』にとっていいとは思うのだけれど、その脳内家族設定だけはなんとかしてもらえないかしら、7号さん?』

「よかった、増えてな……じゃない! せめてスズ君とスクハ君を入れて3号にしておくれって言ってるだろうっ!?」

『強制しているのか妥協しておるのかはっきりしなさい』

 スクハに溜息をつかれてしまっているが構わない。

 ヘスティアはこれからも自分の我儘を貫き通しながら、眷族(こども)達の『幸せ』を願い続ける。

 

『まったく、少しはリリルカのことを見習いなさい。今頃本来貴女が言わなければならないことを全部先に言われてしまっているわよ』

「うぐっ……ぼ、ボクにはボクにしか出来ないことがあるんだからサポーター君と比べるのはやめておくれよっ!?」

『例えば?』

「えっと……その、ボクの方が包容力があるじゃないかっ!!」

『冗談はその胸だけにしろと何度言えばわかるのかしら、この駄女神』

 こんな何でもないふざけた会話もきっとスクハの『幸せ』に繋がってくれる。

 頬を少し緩ませながら駄女神と言ってくれるスクハが、いつか満面の笑みを浮かべることが出来る日をヘスティアを信じるのだった。

 

§

 

「くそがッ!!」

 リヴィラの街にある数少ない酒場の一つで冒険者モルドは荒れていた。

 『豊饒の女主人』ではLV1のスズに【魔法】で不意を突かれて意識を刈り取られ仲間内で笑い者にされたこともあるが、なによりも『レスクヴァの里』から『今更』ぽっと出てきて、迷宮都市(オラリオ)でもてはやされていることが何よりも気に入らなかった。

「あいつ等……『恩恵』を一度蹴っておきながら、今ではデカイ顔しやがって」

「なんだモルド、妬みか?」

 選ばれた上級冒険者しかたどり着けないリヴィラの街にはほぼ固定した顔ぶれしかいない。長期にわたり利用していれば顔見知りが増えて来る。違う【ファミリア】でも数少ない酒場に通い続ければ自然と飲み仲間として気の置けない仲間は増えていた。そんな仲間達もモルドのことを笑いのタネとして杯を交わしている。

 

「てめえ等も他人事じゃねえぞ!? あんなちっこいガキ共であれだ!! 『あの里』からどんどん人が流れ込んでみろっ!! 三流冒険者なんてあっという間に新人(ルーキー)扱いだ!! ン何年も掛けてここまで辿り着いた俺らがバカみたいじゃねぇかッ!? あぁッ!?」

 モルドのその言葉に周りの笑いがピタリと止まる。ここに居る者達は荒くれ者ばかりだが迷宮都市(オラリオ)で数少ない上級冒険者という小さくない自負がある。その威厳をぽっと出の田舎者が次から次へと奪い去っていくありさまを想像して唾を飲んだ。ダンジョン探索が活発となり冒険者ギルドは潤うだろう。しかしリヴィラの街が潤うかどうかはまた別の話だ。うまい具合にリヴィラの街付近で留まってくれればいいのだが、『レスクヴァの里』出身の冒険者加入によって冒険者の平均レベルが上がれば18階層がただの通過点になってしまう。

 物欲のない田舎者のことだ。リヴィラの街の物価が高くて使いにくいと新たに拠点を築いてしまうかもしれないし、もっと下層に拠点を作る可能性だって否定は出来ない。階層を貫いて物資や人材を直送なんてされた日にはリヴィラの街の価値は完全崩壊してしまう。

 

「強いのは構わねぇ。だがよ、あの影響力はダメだ。このままだと迷宮都市(オラリオ)が精霊レスクヴァに乗っ取られる気がしてならねぇ。今の内にリヴィラのルールを叩き込まねえと……」

「けど、モルド。あのガキ共【ロキ・ファミリア】とつるんでるぞ。『白猫ちゃんを見守る会』なんていうふざけた集まりもありやがる」

「ヘルメスのところと、タケミカヅチのところ……。後はソーマんところともつるんでやがる。手を出したらオレ達もカヌゥって野郎みたいに吊し上げられるのがオチだぞ」

「それが気に食わねえっていうんだっ!! ぽっと出の癖に色んなとこからヒイキされやがってッ!! おい、てめえ等!! 苦労も知らねえ田舎もん共に焼き入れる方法誰か思いつかねぇのかッ!? 思いつかねぇなら俺は一人でも焼き入れに行くぞッ!!」

 モルドが席を立ち酒場にいる全員に訴えかける。勝手に行けと言う者は誰もいなかった。大なり小なりここに居る者はモルドと似た気持ちを抱いている。だが誰だって己の身が可愛い。カヌゥという前例が居るだけに迂闊なことをして迷宮都市(オラリオ)で活動できなくなるのは嫌だ。

 

「効果があるかは知らねぇが、ベル・クラネルになら焼きを入れられるかもしれねぇ……。あいつは『あの里』の人間じゃないらしい」

 

 静まり返る中、そんな言葉を発した人物がいた。

「い、いや、小耳にした話なんだけどよ、『巫女』と偶然迷宮都市(オラリオ)で知り合っただけの赤の他人らしいんだ。白髪赤目と特徴が揃ってるからとてもそうには思えねぇんだが、『初代巫女』の荷馬車に乗って来たのは『巫女』だけって話は確かだ。里のミードを全然入ってこないことを文句言いに行ったら、馬車が『巫女』と来たっきり来ないと抜かしてやがった」

 酒場中の視線を浴びたことで最初はおずおずと話していたものの、最後に男ははっきりとそう述べた。その男が『レスクヴァの里』のミードをリヴィラの街にまで持ち込んで飲んでいることはこの場に居る全員が知っていた。『甘党』とからかわれても「お前らも飲んでみろよ」と勧めるほどこよなく里のミードを愛している男だ。少なくとも後半の情報は本物だろう。

 

 ベルが『レスクヴァの里』出身ではない。その衝撃の事実に冒険者達の押さえつけていた感情の導火線に火が付いた。

 

「待て。じゃあなにか、あの野郎は『あの里』出身でもないのに、偶然『巫女』に出会っただけで美味い汁を吸ってるってのかッ!?」

「とんだインキチルーキーじゃねぇかッ!?」

「あいつ、俺達の苦労を何だと思ってやがるッ!?」

 そして我が身大切さに押さえていた怒りが爆発した。『レスクヴァの里』の『巫女』には手を出せなくても、顔さえばれなければ、【ファミリア】さえ割れなければ、ベル・クラネルにならこの怒りをぶつけてもいい。理屈ではない感情という名の爆弾が爆発したのだ。

「モルド、俺も行くぜッ!!」

「俺もだッ!! インキチルーキーに一泡吹かせてやろうぜッ!!」

「俺だって例え地上に出られなくなっても、この怒りをぶつけなけりゃ気がすまねぇッ!!」

 次々と男達がベルに焼きを入れようとするモルドに加勢しようと立ち上がっていく。

 

「おー、わかりやすいくらい盛り上がってるなぁ。確かにベル・クラネルは里の者じゃないぜ。神のオレが保証しよう」

 

 そんな中、酒場の入口から声が聞こえて来た。酒場に居る者達がその声の先に目を向けるとベルと一緒に行動を共にしている神ヘルメスとその団員アスフィの姿があった。にこやかな顔をしているヘルメスとは違いアスフィは疲れ切った顔をしている。神に振り回されてとても苦労をしている者の顔なのでアスフィに文句はないのだが、迷宮都市(オラリオ)で公になってはいけない話を聞かれてしまった。誰かが合図する訳でもなく入口に一番近くにいた男が酒場の入口を体で塞ぐ。

「おっと、告げ口なんてするつもりはないから安心してくれ。むしろオレは君達みたいな無法者(こども)も好きだぜ。この下界は優等生ばかりじゃつまらない。オレに構わずその物騒な話を続けてくれ」

 ただ笑い続けるヘルメスにモルド達は気圧されてしまう。

 

「殺生をしない限り『巫女』を泣かせることになったとしてもレスクヴァは里の者達がなだめてくれるだろう。『巫女』もことを荒立てることを嫌って『レスクヴァ』ではなく『クラネル』と名乗っているんだ。焼きを入れられた程度でことを荒立ててるような真似はしないだろう。なんならオレ達の今後の予定を教えてもいいし、君達が迷宮都市(オラリオ)で暮らせなくならないようヘスティア達を丸め込むのを手伝ってもいい」

 そんな思わず手を取りたくなるような悪魔の囁き。怪物(モンスター)よりもよほど得体のしれない、下界の万物を『娯楽』として捉える『超越存在(デウスデア)』の片鱗を感じる。神の行動は理屈ではない。『神話』とはいつも真面目な下界の者が酷い目に遭い神々が馬鹿笑いする結末なのだ。今自分達はそんな神々の『神話』に巻き込まれた(、、、、、、)とモルド達は確信する。

 この『神話』において誰が笑う側で誰が笑われる側かになるかは、もはや神々でも予想できないだろう。でもどうせなら仲間達と杯を交わしながら『ざまあみやがれ』と自分達の笑いの種として馬鹿笑いをしたい。それを自分達の手で掴み取れる最後のチャンスだ。悲惨な目に合うリスクは承知の上で三流冒険者としての自負を保つ為にもモルドは覚悟を決める。

 

「信用してもいいんですか、神の旦那」

「おいおい、オレはヘルメスだぜ? 子供に嘘はつかないよ。どう転んでもオレは火消し作業をしなければならないだろうから間違っても協力できないけど……そうだな、化物を倒す勇気のお守りだったら、君達に貸してあげてもいい。これなら神らしいだろ?」

 ヘルメスはアスフィに支持して数々の『魔道具(マジックアイテム)』をテーブルの上に並べていく。それは【魔法】や【スキル】と並ぶ力を持つされるほど強力な『神秘』の道具。『万能者(ペルセウス)』の二つ名を持つ『魔道具作成者(アイテムメイカー)』アスフィが作った『魔道具(マジックアイテム)』の数々(、、)だった。

 第三級冒険者は一生掛かってもこれだけの『魔道具(マジックアイテム)』を手にすることはないだろう。モルド達はその希少なアイテムの数々に唾を飲む。

「本当に、これを?」

「ああ。ただし条件がある。オレを楽しませてくれる面白い見世物(ショー)にしてくれ」

 本当にろくでもない『神話』に巻き込まれたものだとモルドは思う。それでも、ろくでもないのは自分達も同じだ。ろくでもない自分だからこそ譲れないものがある。ただ一つの『出会い』で全てを手に入れたベル・クラネルに第三級冒険者の意地を見せなければならない。

 今まで築き上げて来た自分達の苦労を馬鹿にされない為にモルドはこのろくでもない『神話』に挑むのだった。

 




『神話』はいつも神々の気まぐれによって引き起こされるものです。
そんな理不尽な『神話』に挑む普通の冒険者モルドの運命は如何に。

次回、まだ夜の出来事が続きます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。