スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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花を手向けるお話。


【WARNING】【WARNING】【WARNING】【WARNING】

 【注意】
光りません。

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Chapter11『花の供え方』

 リューがスズの体を洗ってあげているのか、ベルの後ろの方からちゃぷりちゃぷりと水の音が響いていた。

「その……スズの様子は?」

「体温からおそらく【ヴィング・ソルガ】の多用による疲労。精神疲労(マインド・ダウン)と同じでしばらくすれば目を覚ますはずです。足の傷は……ただの予想でしかないのですが【ヴィング・ソルガ】の効果が切れた後も【ステイタス】以上の動きを続けたせいでしょう。『恩恵』を授かった体……特に【ヴィング・ソルガ】で強化された体は素足で走った程度で怪我を負うほど柔ではない」

 ここ最近毎日のようにスズと特訓していたリューは『スズの耐久力なら全力疾走した程度で足の皮がはがれることはない』と断言した。スズの全力を見続けているリューが言うのだからきっと間違いないだろう。

 

「それよりもスズは防具どころか衣服すら身につけていないようですが」

「あ、えっと……」

 

 ヘルメスの覗きを止めようとしたら逆に水浴びを覗いてしまう形となり羞恥のあまり逃げ出したベルをスズは無茶をして追いかけて来た。そんな情けない話を言ってもいいだろうかと一瞬だけ迷ったが、自分のせいでスズが辛い目に合ったのだから自分でケジメをつけなければならないとベルは嘘偽りなくリューに説明した。

 

「そんなどうしようもない理由で、スズに無茶させてしまったんです。結局、その、えっと、リューさんの裸まで見てしまいましたし……最低ですよね、僕……」

「クラネルさん。謙虚なのは美徳でもあるのでしょうが、自分を貶めるような真似は止めなさい。貴方達兄妹の悪い癖だ。クラネルさんは水浴びをしていた私を怪物(モンスター)だと思い、ほんのわずか(、、、、、)な敵意を向け、私が過剰な対処をした為にクラネルさんを傷つけてしまった。謝るべきなのはクラネルさんではなく私だ。それに貴方が謝らなければならないのは私ではなく、事故とはいえ水浴びを覗いてしまった女性達だ。それを理解し、謝罪の気持ちを持っているクラネルさんを私が責めるのはお門違いです」

 少し怒ったようにリューがそう言った後、最後に「貴方達はもっと自分を大切にするべきだ」と心配までされてしまった。

 確かにスズに無茶をさせてしまったこともあり少し卑屈になり過ぎていたかもしれない。ベルはそう思い返して「ごめんなさい」と素直に『自分を貶めた』ことについて謝り、そして改めて自分とスズを心配してここまで来てくれたことへのお礼を言った。

 

 再び水の音だけが鳴り響く静寂が続く。

 会話が一切ないのはリューの口数が元々多い方でないこともある。しかし何よりも水の音だけが聞こえ、すぐ後ろでリューとスズが一糸まとわぬ姿でいるという現状にベルが耐えきれず赤面し、頭が真っ白になって話題を出すことすら出来ないのが主な原因だ。かといって羞恥のあまり逃げ出したら本末転倒である。心配を掛けてしまうのに加え、少しだけでもと離れようとしたらリューに「私が守れる範囲内に居てください。私が付いていながらクラネルさんに怪我をされてはシルとスズに合わせる顔がない」と言われてしまったのだ。

 余計な心配を掛けさせる訳にはいかないので、ベルはリューが投擲して木に刺さったままの小太刀を回収して元の位置に戻る。

「えっと、リューさん。小太刀回収しておきました。それと上着もここに置いておきますね」

「上着?」

「あ、僕が着ている黒いシャツです。その、スズに着せてあげてください。コートだけというのも、その、恥ずかしいと思いますし……」

裸コートだなんてスズが恥ずかしいのはもちろんのこと、初心なベルは否応なしに意識させられてしまう。兎鎧(ピョンキチ)を外して黒のアウターウェアを脱いで、軽くたたんでから泉の方を見ないようビクビクと震えながらも茂みに伏せって前進し、取りやすそうな位置に自分のシャツとその上にそっと乗せた小太刀を差し出しておく。

「クラネルさんは本当に優しい心の持ち主ですね。もっと自信を持っていい」

 リューはどこか優しい口調でそう言ってくれた。ここで謙遜してしまえばリューがしてくれた気遣いも信頼も裏切ってしまうことになるだろう。だからベルは照れ臭く恥ずかしくてもその言葉をしっかりと受け止めて「僕はスズのお兄さんですから」としっかりと返事を返す。

 

「……んっ……」

 

 不意にスズの口から声が漏れた。

「起こしてしまいましたか。私が誰だかわかりますか?」

「……え……あ、リューさん……。その、ベルはっ?」

「すぐ側で待ってくれています。意識ははっきりしているようですね。どこか痛むところ、体に異常を感じていたら言ってください」

「……えっと、大丈夫です。少し疲れが溜まっていたみたいで……」

「そうですか。クラネルさんを心配する気持ちはわかりますが、あのような格好で駆け回るのはよくない。スズはもっと自分を大切にするべきです」

「ごめんなさい……。その、ベルは早いから、なんだか置いて行かれそうで怖くて……」

「次からは気をつけてください。クラネルさんが上着を用意してくれているので体を拭いたらそれを着るように」

 たんたんと続いていた会話がなぜかそこで一瞬だけ止まる。

 

「えっと、その、ベルの着るものは?」

「僕は下に後1枚着てたから大丈夫だよ」

「そう、なんだ……。なら、ベルのシャツを少しの間だけ、借りるね?」

 どこか嬉しそうにスズがそう言った後、しばらくして体を拭き終わったリューとスズが戻って来た。精霊の加護がついたリボンのおかげなのかスズの髪は手櫛にも関わらずしっかりと整えられ、魔除けの髪飾りもいつもの場所につけられている。剣と盾は背中に背負い、魔除けの首飾りを首から下げ、コートも乱れていない。素足であることを除けば外見はおおよそいつも通りの格好である。コートの下にあるたった一枚の衣服がとても頼もしくベルは感じた。これならあまり意識せずに済むはずである。

「お待たせしました、クラネルさん」

「お待たせ、ベル。すごく心配掛けちゃってごめんね。上着を貸してくれてありがとう」

 

 それなのにスズの満面の笑みを見ただけで、つい胸が高鳴りそうになってしまった。

 

「クラネルさん?」

「な、なんでもないですっ!」

「そうですか。では、キャンプまで私が案内しましょう。いつまでもスズにこのような格好をさせる訳にはいかない。仲間も、貴方達の帰りを待っているはずです」

 ちらりとリューがスズの素足に目をやる。衣服のこともあるが素足で森の中を歩かせるのは忍びないということだろう。その気持ちはベルも同じだ。

 

「すみません。スズのこと何から何まで」

「いえ、さほどは。私の野暮用は急ぐものではありませんから」

 どうやらリューは何か用事があって森の中に滞在していたようだ。一体森の中で何の用事があるのだろうかと疑問に思いリューの少ない荷物に目をやると、一本の酒瓶に加えてここで摘まれたであろう綺麗な白い花がいくつも見られる。スズもベルの視線に釣られてその荷物に目をやると、ほんの一瞬だけ悲しげな表情をしていた。その表情を見逃さなかったリューもほんのわずかに眉を曇らしてしまっている。

 それは一瞬の出来事だったがベルはこの空気を知っていた。この痛みを知っていた。祖父を亡くした時と同じ心から大切な物が抜け落ちがらんどうになった時と同じ空気が、祖父が死んでしまったことを伝えられたあの瞬間の空気が二人からは感じ取れた。ベルの壮大な勘違いでなければ、おそらく花は地上に持ち帰るのではなくどこかに添える為に摘んだのだろう。少なくとも『豊饒の女主人』でリューが摘んだ花を見たことはないし、酒をダンジョンに持ち込む理由、もしくは物価の高いリヴィラでわざわざ酒を買う理由はよほどの酒好きや酔狂者、ドワーフでもなければない。リューは祝いの席でも水を飲んでいたのだから、わざわざ危険なダンジョン内でこっそり酒を飲むなんてありえない。となるとこれらの品は誰かへの贈り物で、それも危険なダンジョンの中で一人で行動しつつ『急ぎの用事ではない』用事といえば、ダンジョンで亡くなった者への弔いしか思い当たらなかった。

 

「神ヘルメスから、もう私のことは聞きましたか?」

 

 リューはいつもと同じ淡々と話しているのに、表情ももういつも通りの凛とした顔つきなのに、ベルにはその表情はどこか悲しげに見えた。

「いえ、僕は何も……。スズは?」

「私も聞いてません。ですがその花は……その、贈り物ですよね……?」

「……スズは相手をよく見てますね。最初に貴女が私に抱いた恐れも、今しがた予想したであろう私の野暮用もスズが感じ取った通り。私は仲間達に花を手向ける為、時折ミア母さんから暇を貰っています」

 リューから出たのは肯定の言葉だった。ダンジョンは危険な場所だ。いつも回復薬(ポーション)でお世話になっているナァーザは手を失って怪物(モンスター)恐怖症になってしまった。多くの冒険者が毎年命を落としている死と隣り合わせな場所。だからエイナは口を酸っぱくして『冒険者は冒険をしてはいけない』と注意をしてくれていることもわかっているし、ベル達も漆黒のミノタウロスと遭遇して命の危機に瀕したばかりだ。

 

「彼女達はこの場所が好きだった。遺品しか、埋めてあげることができませんでしたが……」

 それでも迷宮都市(オラリオ)に来てから身近な人から『死』の知らせを聞くのはこれが初めてで、ベルはその胸にズキリと痛みを感じた。リューは今ベルが感じた痛みの何倍も、何十倍も、何百倍もの痛みを感じていると思うと、もしも自分がダンジョンで仲間を亡くしたらなんて思うと、胸が張り裂けそうなくらい痛くなる。

 

「私のことで心を痛めないでください。私の【ファミリア】は迷宮都市(オラリオ)の秩序を守る為に活動していた【ファミリア】です。善良なるクラネルさん達の心を害したとあれば私はシルだけでなく、仲間達にも顔向けできなくなってしまう。花の手向けはいつでもできますが、今を生きるクラネルさん達を安全に送り届ける使命は今しか果たすことはできない」

 ベルは失う痛みを知っている分、なんて声を掛けてあげればいいのかがわからなかった。気の利いた言葉が思いつかない。自分の安易な言葉でリューの心をさらに抉ってしまうのでないかと怖くて声を出せない。こんな時自分ならなんて声を掛けてもらえれば嬉しいのかが思いつかなかった。

 

「その……私もリューさんのお友達としてご挨拶に行ったらダメ、でしょうか?」

 迷っている内にスズが不安げな表情でリューに尋ねていた。

「気持ちは嬉しいのですが、素足で森を歩き回らせる訳にはいきません。次の機会でしたら喜んで仲間達にスズとクラネルさんをご紹介いたします。それにスズを心配している方も多いでしょう。このようなことで時間を取らせる訳には――――――」

「このようなこと、なんかじゃないです。ここからでもりっちゃんには無事だと伝える手段はありますし、べ、ベルがおんぶしてくれるので、その、素足でも大丈夫です! そうだよね、ベルっ!?」

「え、あ、うん。スズは軽いし全然大丈夫だよ。リューさんには今日だけでなくいつもお世話になってますし、僕もお礼と挨拶をしたいんですけど……」

 相変わらずスズに後押ししてもらう形になってしまったが、ベルができることは大切な人と想いを共有することくらいだ。少しでも自分がリューの心に開いた溝を埋めてあげられたらいいなという想いを胸にリューを真っ直ぐ見つめると、リューは少し困ったように眉を顰めた後軽く溜息をついた。

 

「今でなくてもいい、と言っても聞かないのでしょうね」

「すみません、我儘を言ってしまって……」

「いえ、心遣い感謝します。その優しさは仲間達も歓迎してくれることでしょう。それに、自らの口で話せなかったことを後悔するよりは……ここで全てを打ち明けたい。その為にもまずは貴方達の仲間に無事であることを伝えてください」

「はい。どんな話をされても私とベルは今のリューさんのこと嫌いになったりしませんから。少しだけ、離れててくださいね?」

 スズはリューに笑顔を向けると足元にマジックサークルを展開して両手を前に突き出した。

 

 

「【天と地にあまねく精霊(どうほう)達よ。我が声を聞きたまえ。我が声に応えたまえ。我はレスクヴァの血族なり】」

 

 

 それは初めて聞く詠唱文だった。【雷よ】から始まる詠唱文でないので【ソル】系列の【魔法】ではない。スクハがリリを助ける為に階層を撃ち抜いた【ミョルニル・チャリオット】とも全く異なる詠唱文。漆黒のミノタウロスとの戦いで三スロット目の【魔法】が発現したのだろうか。

 

 

「【(いかずち)よ鳴り響け。詠え。詠え。詠え。我が言霊(ことば)よ鳴り響け。戦神の代行者たる我が名はレスクヴァ。(いかずち)の化身、(いかずち)の巫女。ヴォルヴァ・レクス】」

 

 

 スズが【魔法】を発動させるとマジックサークルがまるでガラスが割れたかのように砕け散り(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)光となって消えた。その他に起きた現象はない。魔力暴発(イグニス・ファトゥス)した様子もない。スズが不思議そうに首を傾げていることから【魔法】が上手く発動しなかったことだけは確かだろう。

「あ……えっと、野営地はあっちの方角だから……【(いかずち)よ】!」

 そしてどうしても上手くいかなかったのか、いつものやり方で一から術式を構築して宙に金色に輝く球体を撃ち出した。球体は天井のクリスタル付近で止まり、ゆるやかに、それでいて規則的に収縮と拡大を繰り返し点滅している。迷宮都市(オラリオ)の外や遮蔽物で姿が見えない時に自分達の状態を知らせる合図として、ゆっくり点灯していれば無事、点滅が速ければ速いほど非常事態であることを

取り決めていた。スズと違って【魔法】で点灯させられないベル達は魔石灯で返事を返すしかないので、ここまで広い森の中で魔石灯の返事を受け取ることはできないがキャンプの真上で点灯させていれば、直接目撃するにせよ【ロキ・ファミリア】や【ヘファイストス・ファミリア】団員達からの口伝えにしろ合図はリリかヴェルフに伝わるだろう。スズがベルの安全を確認していない状態で『無事』だという信号を送ることはまずありえないとリリとヴェルフは思ってくれるはずなので、ベル達が無事だということを他の人達にも伝えてくれるだろう。

 

「これで私達が無事なことは伝わったはずです。本当は直接りっちゃんに言葉を届けようとお母様の【魔法】を使いたかったんですけど……私にはまだ早かったみたいです。すみません、時間を取らせてしまって」

「いえ、先ほども言った通り私は急いでいる訳ではありませんので。それではクラネルさん、スズを背負ってあげてください。彼女達の元へ案内します」

 リューは【魔法】の不発については追及することなくベルとスズが動くのを待っていてくれる。【魔法】が不発したことにスズ自身が困惑していたように見えたので、あまりこのことには触れないでスズが話してくれるのを待っていた方がいいだろう。聞いてもきっともっと困惑させてしまうだけだ。今もじっと開いた右手を見つめている。

 

「それじゃあ行こうか、スズ」

「あ……うん。またおんぶ、お願いね?」

 漆黒のミノタウロスに襲われたこと。ベルに追いていかれることを恐れたこと。リューの仲間がダンジョンで亡くなっていたこと。試してみた【魔法】が不発だったこと。様々なことが立て続けに起きて不安だったんだろう。スズはほんの一瞬だけぎこちない笑顔を浮かべてた後、不安を覆い隠すようにいつもの笑顔を作って(、、、)みせた。

「スズ」

「リューさん待たせたら悪いよ。お母様の【魔法】をそろそろ使えるかなって試してみただけだから」

 それをごまかそうとしたのか、スズはベルの背中に回りぴょんと首元に抱き着いて来たので、ベルはスズを落とさないようにしっかりと太腿を抱えておんぶをしてあげる。

「スズ、不安なことがあったら何でも言ってよ? 僕は馬鹿だからさ、言ってくれないとわからないんだ」

「うん、知ってる。でも大丈夫だよ。ベルの背中……すごく温かいから。おんぶしてくれるだけで、すっごく落ち着けた」

 スズは穏やかにそう言いながらベルの肩に頬をもたれ掛からせる。

 

「もうすこしだけ、ベルの背中に甘えさせてね」

 

 スズのさらさらした髪の毛がベルの頬をくすぐり、汗とは違う何だか心地よい甘い香りが鼻すらもくすぐってくる。蜂蜜酒のような甘い香りがしたのはほんの一瞬だけだったが、スズとの顔の距離があまりにも近いせいで、妹としてではなくやはり女の子として見てしまう胸が高鳴ってしまう。気落ちしているスズにやましい気持ちを抱くなんて最低なのはわかっていても、ベルの初心な心はどうしようもなく女の子として見てしまったスズを意識してしまう。コート越しにスズの体温を感じた時も危うかったが、頬と頬が触れ合っているこの状況にベルの頭は完全にゆだってしまっていた。下半身の【英雄願望(アルゴノゥト)】の制御だけでいっぱいいっぱいである。なぜこうもこの【スキル】は光りたがるのだろう。そんな勇気と後押しはいらないし、人前で光るのは英雄ではなくただの不審者だ。迷宮都市(オラリオ)神話(わらいばなし)には残りそうだが、そんな伝説を残したい訳がない。『ダンジョンで妹を求めるのは間違っているだろうか?』と聞かれればベルは間違いなく『間違っている』と断言するのに、下半身の【英雄願望(アルゴノゥト)】は『ヤンデレ以外は攻略対象じゃ』と高笑いをしながら仁王立ちしようとしている。

 ベルの意志とは関係なく祖父による英才教育はベルの中で生き続けているのだ。

 

 それでも、これから亡くなってしまったリューの仲間達に挨拶をしに行くという目的と、スズを安心させてあげる為にもいつも通り接してあげなければという想い。『大切な者を守りたい』という強固な土台はブレず崩れることなく、しっかりしないといけない深呼吸をすると自然とまた頭を切り替えることができた。

 ベルはスズと何でもない会話をしながら、時折リューにも話題を軽く振りながらリューの案内に着いていった。

 

§

 

 木々と水晶に囲まれた幻想的な開けた空間に木を紐で縛って作られた十字架の墓がいくつも並んでいた。

「スズ、僕の靴下か靴使う?」

「ううん。やわらかそうな草地だから大丈夫だよ」

 ベルが尋ねるとスズはゆっくりとベルの背から降りる。

「今日は、新しく出来た友人を連れてきました」

 おそらく普段から口数が少ないリューのことだからいつもなら無言で、それでいて想い想いにお参りをして回っていると思われるが、ベルとスズが一緒なこともあり軽く紹介をしてから「添えてあげてください」と白い花を二人にも渡して三人で墓に花を添えて回った。

 リューは特定の十字架に酒を流し、スズは『リューさんと友達になれたこと』『料理を教えてあげたこと』『特訓をつけてもらったこと』『すごく真面目なリューさんがお仕事を休んでまで助けに来てくれたこと』などを静かに語り聞かせている。そんな中ベルは「スズ共々リューさんにはとてもお世話になってます」とだけありったけの感謝の気持ちを込めて軽く頭を下げた。

 

「スズ、口下手な私に代わり彼女達に語り掛けてくださりありがとうございます」

「いえ、私の方こそ【ファミリア】とは関係ないのに長々とすみません。でも、リューさんが笑えていることを……しっかりとリューさんのお友達に伝えたくて」

 スズの言葉にリューは少しの間だけ目を伏せて、何か決意を決めたような眼差しでベルに目を移した後、またスズに視線を戻す。

 

 

「罪人でも、笑うことは許されるのでしょうか?」

 

 

 不意に投げかけられた言葉は罪の告白だった。

 五年前。今とは比べ物にならないほど治安が悪く『悪』が蔓延っていた迷宮都市(オラリオ)の治安を維持を務め、『秩序』と『平和』を守っていた【アストレア・ファミリア】所属。リュー・リオン。LV4冒険者。本名を名乗らずケープによる覆面で顔を隠していたが、二つ名『疾風』、もしくは『疾風(リオン)』として有名な『正義』の名の元に戦う冒険者だった(、、、)

 しかし、ある日を境に『疾風』はギルドの要注意人物(ブラックリスト)に載った。闇派遣(イヴェルス)と呼ばれる『悪』にダンジョンで罠に嵌められリュー以外の団員達は全滅。リューは私怨から仇討をしようとしている醜い自分を見られたくなくて、主神であるアストレアに迷宮都市(オラリオ)から出ていってもらったらしい。

 結論から言えばその仇討は成功した。いや、復讐心からやり過ぎてしまった。闇討ち、奇襲、罠、毒、手段を問わない襲撃に主犯【ファミリア】はリューただ一人の手によって壊滅した。しかしそこでリューは止まれなかった。その【ファミリア】に与する者、関係を持った者、ただ疑わしいだけの者まで全てがリューの復讐対象だった。中には何も知らずに道具を売っただけの商売人だっていただろう。行き過ぎた復讐行為は冒険者商人問わず多くの者から恨みを買った。ギルドの者も手を掛けたらしい。今は消息不明として取り下げられているが多額の賞金が懸けられた賞金首にもなったらしい。

 復讐を終え、力尽きる寸前だったところでシルに助けられ、シルがミアに頼み込んでくれたおかげで『豊饒の女主人』で面倒を見てもらえることになった。リューという名で通っていなかったことと常に覆面をつけて活動していたことが幸いして、強引に髪を染められただけで道行く人々はリューが『疾風(リオン)』だと気づけなかった。

 そんな罪人が穏やかな生活を送り笑っていてもいいのか、リューの問いとはそういうものだった。

 

「詰まるところ、私は恥知らずで、横暴なエルフということです……。クラネルさん達の信用を裏切ってしまうほどの。初対面時スズが怯えてしまうほどの」

「リューさんッ。自分を貶めるような真似は止めてください。僕も怒ります」 

 とっさに言葉が思いつかなくて、それでも何か言わないといけないと思って、咄嗟にベルの口から出たのは自分がリューに言われた言葉だった。

 リューの綺麗な空色の目が見開かれ唖然とされてしまう。

「それでも私は、きっとまた繰り返してしまう。私は、賞金稼ぎかと勘違いをして、自分の平穏を守ろうと危うくクラネルさん達に怪我を負わせるところだった。そんな私だ。シルやミア母さん……『豊饒の女主人』の仲間達。クラネルさんやスズ……誰か一人でも大切な者を奪われたら、きっとまたやり過ぎてしまう。だから――――――――」

 

「だったら僕が守りますからッ! まだ頼りない僕ですけど、守れるように頑張りますからッ! 『豊饒の女主人』の皆さんは僕にとってももう顔見知りで、掛け替えのない大切な人達なんです! その大切の中にいるリューさんが、そんな悲しい顔をしていたら僕も悲しいから……。自分はこんな酷い人間だから関わるなとか、笑ったらいけないんだとか、そんな悲しいこと考えないでくださいッ!!」

 

 考えて言葉を選ぶわけでもなく、ベルは自分がどんな言葉を発しているのかもわからないまま感情を吐き出して行く。場合によってはプロポーズと取られても仕方のない噓偽りのない言葉はリューの中に染み込んでいく。その言葉がただただ温かい言葉だとリューは思えた。愛の告白などではなく、大切な友人を想っての言葉だともしっかりと理解出来た。

 シルと同様に自分の手を取ってくれる人が、手を取れる人が、真実を告げてもなお友で居続けてくれることに喜びを感じ、やっぱり自分は恥知らずなエルフなんだなと思いつつも口元は緩んでしまう。『笑ってもいい』ただそれだけを(ゆる)されただけで、こんなにも幸福に感じられるなんてリューは知らなかった。

 

『自分の罪に苦しんでいるのに……大切な友達のところに顔を見せてあげられるリューさんは優しい人ですよ。優しすぎる分、怒った時にやり過ぎてしまうだけです。だからと言って罪や罰が消えるなんてことはないですけど、それが幸せになってはいけない理由にはなりません。笑ってはいけない理由にはなりません。私もリューさんとずっとお友達でいたいですし、リューさんには笑っていてもらいたいです』

 

 スズも罪を知った上で、ありのままのリュー・リオンを受け入れてくれた。リューでもなく『疾風(リオン)』でもなく、ありのままの自分でも笑って欲しいと願ってくれた。

 クリスタルの光が徐々に茜色に染まる中、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にクラネルさんとスズは優しい、尊敬に値するヒューマンだ」

 

 リューはこの日、自分が笑っていると自覚しながら笑うことが出来た。

 元々感情を表情で表すのは得意ではなかった。【アストレア・ファミリア】の仲間を失ってから、その手を血で染めてからは笑顔なんて二度と出来ないと思っていた。

 迷宮都市(オラリオ)に行ったものの誰の手も取れなかった自分を【アストレア・ファミリア】に誘ってくれた今は亡き友人に、空っぽになって死を待つだけだった自分に手を差し伸べてくれたシルに、受け入れてくれたミアや『豊饒の女主人』の仲間達に、笑うことを赦してくれたベルとスズにリューは心の中で感謝の言葉を贈る。

 

 この全ての出会いにありがとう、と。

 

 いつも辛い記憶が蘇えってばかりいた友の遺品が眠る思い出の地。

 その開けた広場を照らすクリスタルの光をリューは久々に温かく感じるのだった。

 




予想以上に伸びてしまったリューさんのお話でした。
後半は意図的に『許す』ではなく『赦す』を使っております。
少し雲行きが怪しいものの次回はようやくツンデレさんが帰ってくる予定です。

それにしても、まだゴライアスさんも出てないのにChapter11……。
元々分量のある巻に加えて黒いミノさんや外伝要素も追加した為に分量が伸びに伸びてしまっている私ですが、これからも追って下さると幸いですよ。

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