スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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キャンプでにぎわうお話。


Chapter08『キャンプの仕方』

 スクハがテントに戻ってくるまでの間、ベルはスズとスクハが心配でならなかった。

 漆黒のミノタウロス戦での無茶に加え、『怪物の宴(モンスター・パーティー)』による天井の崩落後の怪物(モンスター)との連戦でベルが意識を手放しても全員無事でいられたのはスズかスクハが相当な無茶をしてくれたおかげな筈だ。大きすぎる負担でスズの生涯に関わるような後遺症を残してしまったかもしれない。無茶のし過ぎでスクハが消えてしまうかもしれない。そんな不安が頭の中をぐるぐると回っていた。

 そんな中、入口の方で人の気配がした。

「スクハ、大丈夫!?」

『大丈夫も何も『スズ・クラネル』が無茶しすぎていないか体調の確認をしただけよ。無駄な心配を掛けたわね』

 ベルが相手が誰かも確認せずに立ち上がり声を掛けてしまったのがいけなかったのか、スクハにそう軽く溜息をつかれてしまった。

『でも私は仮眠くらいとりなさいと言った筈なのだけれど。そんなに私からマッサージをされたかったのかしら?』

「す、スクハが早く戻り過ぎただけだからっ!!」

『そう。安全階層(セーフティポイント)とはいえ休むのも冒険者の仕事の内よ。また数日私は休むけれど、そのことを『スズ・クラネル』に伝えておいてくれないかしら。何回か呼びかけてくれれば起きられると思うけれど、精神力(マインド)不足で正直眠いわ。ゆっくり休ませて頂戴』

もう少しからかってくるかと思って身構えていたのだが顔に出していないものの相当疲れているのだろう。スクハは繋いでいたヘスティアの手を放して真っ直ぐとスズが横になっていた毛布に向かって行く。

「スクハ、本当に大丈夫?」

『疲れているだけだから問題ないわ。私が眠っている間『スズ・クラネル』のことはしっかりと貴方が面倒を見るのよ。緊急時には起きるように努力はするつもりではいるけれど、深い眠りについた場合また出て来るのに時間が掛かると思うから、これからしっかり休む私のことよりも『スズ・クラネル』のことを優先的に考えなさい。こうやって普通に話せる時は余裕があるのだから、そんなこの世の終わりみたいな顔しないでもらえないかしら。私も『スズ・クラネル』もどこにも行かないわよ。ベル、貴方は貴方にやれることをやってしっかり仲間を守ったわ。全員無事だという今をしっかり喜びなさい』

 確かにスクハの言う通り全員無事で異常事態(イレギュラー)を何とか乗り切った今を喜ぶべきだろう。弱り切っていた時とは違いいつも通りに話しているし、何よりも照れ屋なスクハがベルを気遣ってくれているのだ。暗い顔なんてするのは間違っている。

 

『それとそこの駄女神、どさくさに紛れて何人の毛布に入ってきているのかしら。私の隣を許しているのはリリルカだけなのだけれど』

「サポーター君が良くてなんでボクはダメなんだい!?」

『そうね、理由は色々あるのだけれど……しいて言えば暑苦しいからかしら。リリルカは抱き枕にしてあげたい愛らしさがあるのだけれど、駄女神を愛でたり駄女神に甘えたりする趣味は私にはないわ。留守番が出来る様になってから出直してきなさい』

「次からしっかり大人しく留守番するから一緒に寝ておくれよ! ベル君と一緒に三人でさ!」

『だから冗談はその胸だけにしておきなさいと何度も言っているのがわからないのかしら。いいから自分のテントに戻りなさい』

 スクハが毛布に入って来たヘスティアにそう言っているが実力行使で追い出そうとはしていない。横になるスクハをヘスティアは背中から抱きしめて決して大きくはない毛布一枚に二人でくるまっている。しばらくするとスクハの雰囲気は完全に消え、スズの静かな寝息が聞こえてきた。ヘスティアも安らかに眠るスズの頭を優しく撫でてから目を閉じてすぐに眠りにつく。

 そんな二人を微笑ましく見守りながらベルはリリとヴェルフの看病の続きに入った。

 

 途中でアイズが心配して様子を見に来てくれて、それに続いてレフィーヤが顔を出してくれた。今日話したばかりのティオナまでやって来たのは驚きだった。寝ているスズとヘスティアを覗き込んで「親子みたいだねー」と頬を緩ませながらぷにぷにとスズのほっぺたを軽く突いて「もう無茶なことしたらダメだよ、白猫ちゃん」と小声で言うと今度はベルの方にニコニコしながらやってくる。

 

 興味津々にティオナがベルに「どうやったら【基本アビリティ】オールSにできるの」と聞きに来て「皆寝ているんですから静かにしないとダメですよ」とレフィーヤに連れ出された。しばらくするとまたティオナが来て今度はアイズに「静かにしないと……ダメ、だよ」と注意されて一緒に出て行く。なんでこんなに興味を持たれてるんだろうと首を傾げていると、またまたティオナが来て最終的には姉のティオネに「いいから食材確保しに行くわよ、このすかぽんたん」と強制連行されていった。

 

 そんなやり取りはベルが迷宮都市(オラリオ)に来る前に想像していた理想の【ファミリア】といった感じがしてとても温かく感じる。はたから見たらリリやヴェルフ達とのやり取りもきっとこんな温かいやり取りに見えるのかなと思いながら、ベルは効果があるかもわからないままタオルを水で濡らしてリリとヴェルフの頭に乗せる。少し汗を掻いているようなので拭ってあげたいところではあるのだが、流石に顔だけならともかくとして女の子であるリリの体を勝手に拭く訳にはいかないし、ヴェルフも男同士だとはいえそこまでやる勇気はベルにはない。緊急事態という訳でもないのでそんなことをする必要性がないのだ。やはり基本ただ見守ってあげることしか出来ていない自分にベルは軽く苦笑した。

 

「んっ……ぐ……」

「ベ……ル……様……スズ……様……」

 濡れタオルを乗せたことで起こしてしまったのか二人が身じろぎをしてうっすらと目を開ける。

「僕もスズも無事だよ。リリ、ヴェルフ、大丈夫? 僕のこと、わかる?」

「……リリが、ベル様とスズ様のお顔をわからないだなんてこと、死んでもありえません」

「……リリスケの減らず口が聞こえてくるようなら、俺も問題ないな。よっ、ベル」

 まだ辛いだろうにベルを安心させようと微笑むリリに、同じく痛みを我慢してまで上半身を起こして片手を上げていつもの調子で頬を緩ませて返事を返してくれるヴェルフ。命に別状はないことはわかっていたが、二人が目を覚まして意識と記憶がはっきりしていることにベルはようやく安心しきることが出来た。

 

 二人の体調が少し落ち着くまで飲み水を飲ませてあげたりと思いつく限りの世話を焼きつつ待ってから現在の18階層で【ロキ・ファミリア】の世話になっていること。ヘスティアとヘルメスの二柱とベル達が助けた【タケミカヅチ・ファミリア】の団員達が心配して追いかけてきてくれたこと。弱り切った素振りは見せなかったもののスクハが精神力(マインド)の使い過ぎてしばらく深く眠る必要があり、何度も呼び掛けなければ起きれないと言っていたことを順を追って説明した。

「神がダンジョンって、ギルドにバレたら罰則ものだろ。大丈夫なのか、それ」

「スズ様をお抱きになって眠られているヘスティア様と後できっちりとお話する必要がありそうですね。心配して下さるのは嬉しいのですが、ダンジョンまで足を運ばれるのは後先考えなさ過ぎです!」

「ははは、スクハもすごく怒ってたよ。それと凄く心配してた。神様含めて皆無事で本当によかったよ」

 一歩間違えれば大切な人をなくしてしまっていた。もし誰か一人でも失っていたら体の傷が癒えても立ち上がれなかったかもしれない。ベルはもう失うのは嫌なのだ。祖父を失った時に味わったあの喪失感を味わうのは嫌なのだ。大切な人にあんな思いをさせるなんて嫌なのだ。だから失わない為にも自分で守りたい。守ってあげたい。天寿を全うするならそれは幸せなことだろう。でも目の前にいながら助けてあげられないなんて絶対に嫌なのだ。子供じみた我儘だとはベル自身理解は出来ている。大切な人を守りたいから英雄になりたいだなんて子供の夢だとわかっている。

 

 それでも、大切な人を守りたいというこの想いは間違いなんかじゃない。

 

「ですが、リリ達も……ヘスティア様のことを言えませんね。申し訳ありません、ベル様。『漆黒のコボルト』は『剣姫』が倒したとギルドの公式発表であったので、強化種や変異種の情報は公式発表のもののみしか目を通していませんでした。もう少し広範囲で情報を集めていれば、あの黒いミノタウロスの情報も噂程度に耳に出来ていたかもしれないと思うと……パーティーを危険な目に遭わせてしまったのはリリの落ち度です」

「いや、リリスケのせいじゃないだろ。なんなんだあの怪物は。強さや行動だけじゃなくすぐに復活するとか訳がわからなすぎだ。やられても復活するんじゃ『漆黒のコボルト』と同じで、討伐された情報しか出回らないだろ。倒せなかったら殺されてそれまでだしな。むしろ今回は俺が足を引っ張り過ぎた……悪い」

 リリとヴェルフが申し訳なさそうにそう謝って来た。

「そんなことないよ!? そんなこと言ったら僕だってあのミノタウロスを倒せなかったし、結局スクハとスズに無理させちゃったし……。ヴェルフがいなかったらヘルハウンドに燃やされていたかもしれないし、リリがサポートしてくれたから皆頑張れたんじゃないかっ!!」

 いつも穏やかなベルが声を荒げたことにリリとヴェルフは目を白黒させた。怒鳴るように声を荒げているが心優しいベルらしい優しい言葉に二人は『これは自分達が付いてないと寂しくて死んじゃいそうな兎だな』と思い苦笑してしまう。

「……だな。変なこと言っちまって悪い。これこそ謝らないといけねぇな」

「誰か一人欠けてても駄目だった、ですね。これからもベル様とスズ様の為に全身全霊を尽くしてリリはお二人のことをサポートさせて頂きますよ。ヴェルフ様もついでにサポートいたしますのでご安心を」

「お前は本当にブレないなリリスケ」

 曇っていた二人の顔はすっかり晴れて、三人で皆無事であることを喜び笑い合った。

 

 しばらくスズとヘスティアを起こさないように小さな声でお互いの体調の確認と今後のこと、さしあたっては地上に戻った後の冒険をどうするかを三人で話し合った。本来なら今回は完全に赤字なので改めて中層で稼ぎたいところなのだが、倒せばそれで終わりな強化種と違いあの変異種は倒してもすぐにまた同じ個体だと思われる変異種が襲い掛かって来た。『漆黒のコボルト』も復活していたことから同じ黒い変異種が『知能』を持って復活していると見ていいだろう。ギルドが緊急任務(ミッション)を発令しても同じ個体が復活してしまうのでは意味がない。

 さらに漆黒のミノタウロスを危惧して中層へ第一級冒険者以外出入り禁止にしてしまうと迷宮都市(オラリオ)の経済も【ファミリア】の生計も破綻してしまう。ただ幸いなことに目の前で魔石を大量に食べていたにもかかわらず、漆黒のミノタウロスの能力はベルの体感だが上がってはいなかった。むしろ若干低下していたようにすら感じた。もしかしたら知恵を持ち『記憶』を引き継ぐものの能力は普通のミノタウロスか、もしくはそれよりも少し強い程度で生れ落ちるのかもしれない。

 それでも記憶を引き継ぐミノタウロスは脅威だ。勝てない相手とは戦わずひたすら怪物(モンスター)を狩り魔石を食らい続ければ際限なく強くなってしまう。倒したとしても向こうはただやり直せばいいだけなので、冒険者達の精神的疲労は大きい。冒険できる範囲も漆黒のミノタウロスのせいで狭まるので冒険者も育たなくなる。この事態は間違いなく迷宮都市(オラリオ)の危機だ。

 

「だけど、しつこかった割には怪物同士の争いの後は現れなかったよな」

「ヴェルフ様、油断は禁物です。今のところはリリ達を見失っただけと考えるのが妥当でしょう。地上に戻りスクハ様が完全回復したら広域探知をしてもらいましょう。数階層先まで完全周知出来るそうなので、ミノタウロス変異種が中層にいるかどうかは時間を掛ければわかる筈です。それでギルドに緊急任務(ミッション)の発令や探索制限が必要かどうかを判断していただきましょう。スクハ様の広域探知は負担が大きいそうなのでなるべくなら使って欲しくありませんでしたが、この緊急事態ではやむを得ないです。これであの変異種が居なくなっていれば安心して探索に乗り出せるのですが……」

 復活する怪物の話でまた空気が重くなっていくのを感じた。

「幸いアイズさん達がいるし地上までは安心して帰れるから大丈夫だよ。また出くわしても今度は皆と一緒ならいくらでも返り討ちに出来る様に僕は頑張るから。一人だとまだまだ全然ダメダメだけど、皆が居れば頑張れるから。居なかったらそれでよし、居たら居たで今度は余裕を持って倒せるように皆で頑張ろうよ」

 そんな中でも真っ直ぐに前を向いていられるベルは本当に頼もしく思えて、その笑顔と生き方がとても綺麗に見えて、そんなベルのおかげでリリとヴェルフの不安は完全になくなっていた。

 

 今度は前向きに帰った後に揃えるべき道具や武具を相談し合っていると、【タケミカヅチ・ファミリア】の団員達が様子を見にやってきてくれた。リリとヴェルフが起きていることで改めてお礼を言い、リリとヴェルフもまたわざわざ心配してこんな深いところまで来てくれたことに感謝の言葉を送った。

 団員が今だに二人しかいない【ヘスティア・ファミリア】にとって【ファミリア】間での友好的な繋がりはプラスになると判断し、リリもどこか棘のある言い方ではなく友好的に接してくれている。

 

「今後【ファミリア】共同で探索することもあると思いますので、今後も【ヘスティア・ファミリア】と友好的な関係を続けて下さるとリリはとても嬉しいです。ベル様とスズ様は【タケミカヅチ・ファミリア】全団員の命の恩人であり、皆様はヘスティア様のお供をして下さった仲ですから。迷宮都市(オラリオ)で大人気なスズ様にお手を煩わせた対等な関係ですから、ええ。決してリリはこの恩を忘れませんよ?」

 

 訂正。にこやかに笑みを浮かべるリリは平常運転だ。律儀にも真面目に恩を返そうと誓う【タケミカヅチ・ファミリア】の団員達にヴェルフは「まあその、なんだ。犬に噛まれたと思って諦めて頑張れ」と苦笑し、ベルは慌てて「そんな気負わなくていいからっ!!」とフォローを入てあげる。

 余談であるが、ヴェルフは自分の言った言葉でようやく【シンダー・エラ】が解けているリリに耳と尻尾がないことに気付き本当の種族がパルゥムだと知るのだった。

 

§

 

「みんな、聞いてくれ。もう全員が知っているとは思うが今夜は客人を迎えている。毒に苦しむ仲間達の治療だけではなく、食材採取や調理まで手を貸してくれた素晴らしき冒険者達だ。知っての通り彼等は仲間(おたがい)の為に身命をなげうち、この18階層まで辿り着いた勇気ある冒険者達だ。彼等は恩を恩で返してくれた。無用の心配だと思うが、僕は恩を仇で返すような冒険者が【ロキ・ファミリア】には居ないと信じている。ここまで来た冒険者に、恩人に、ほんの欠片でも敬意を持って接してくれ」

 天井に生えた水晶の灯りが薄暗くなり、焚き火を囲って【ロキ・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】合同の食事の席にベル達は参加することになった。昼過ぎに起きてきたスズがただ貰ってばかりでは悪いと言い、18階層に実る果実や泉の水汲みを手伝いたいとフィンにお願いした。フィンは「客人なんだからゆっくりしていてくれ。もう充分に恩は返してもらっている」と一度は断ったのだが、スズ自身がやりたいということもありガレスやリヴェリアが「やらせてやれ」と先に折れてしまったので許可を出してくれた経緯がある。

 スズはリリのバックパックに入れてもらっていた非常食の干肉や調味料を提供し、【ロキ・ファミリア】の女性団員と話しながら料理を作るのを手伝ったらしい。ベル達はというと採取してきた果実を持って戻って来たアイズに護衛されながら食材集めに行くことになったのだが、「お前、あの『剣姫』と知り合いなのか?」とヴェルフが驚きの表情をしていた。

 

 一日一切れ一週間分換算で28枚の干肉を用意していたとはいえ、団員全員にいきわたる訳もなく干し肉は食べやすいサイズにきざまれてスープのダシとなっている。その他の食材として木の根や野草も食べられるものとそうでないものをしっかりと分けて野菜代わりに使っており、欠片とはいえ肉の入ったスープに長い間ダンジョンに居続けた団員達は大いに喜んでいた。

「スズ、ダンジョンの植物と地上の植物って違うよね。これ食べても大丈夫なの?」

「お母様がダンジョンに探求者と潜っていた時は色々と食べてたみたいで、その時の手帳から作られた図鑑が里にはあってね。その図鑑で見覚えのある植物を選んだから大丈夫だよ、多分」

 少し食中毒が気になったベルが尋ねるとスズはそう教えてくれた。多分というところが気になるが『耐異常』を持っている団員達は美味い美味いと普通に食べている。冒険者とは逞しいものだとベルはしみじみ思いながらスープに口をつけた。ベルは木の根なんて食べる発想はなかったのでとても斬新な味に思えたが普通に美味しい。根野菜だと思えばいいのだろうか。【タケミカヅチ・ファミリア】の団員達は『ゴボウに似ている』と言っていた。

 

「図鑑で残す、ということはレスクヴァ様はやはりダンジョンにお戻りになられるおつもりだったんですか?」

 ひょっこりとレフィーヤがベル達の会話に混ざってくれた。

「はい。お母様は『黒竜』を倒した後に自慢しに戻ってくるつもりだったみたいですよ。もっと奥に生えている植物で『ダンジョン飯』を作るんだって張り切ってました」

「『黒竜』を倒した後の目標がそれなんですか!?」

怪物(モンスター)をお肉として扱おうとして探求者達に止められてしまったことも悔しかったみたいで」

「当り前です!! スズさんはそんなこと考えたらダメですからねっ!!」

「魔石を取り除いたら灰になる怪物(モンスター)を食べても栄養になるかわからないですし、流石に食べようだなんて思わないですよ」

「栄養になっても絶対にダメですっ!!」

 スズは「食べようとは思わないですよ」と言ってるにもかかわらず、レフィーヤは人類の敵である怪物(モンスター)を食べるだなんて汚らわしいことだと必死で説得を始めてしまってる。ベルはもしかしたらレフィーヤは思い込みが激しいのかもしれないと思いながら、18階層で取れた綿を蜂蜜に浸したような果実『雲菓子(ハニークラウド)』に手を伸ばして一口食べてみた。

 吐き気をもよおす様な濃厚な甘い果汁が口いっぱいに広がり思わずむせかえってしまう。スズのミードも相当甘かったが甘いものが実は苦手なベルでも一口は飲めたし美味しいと思えた。しかし『雲菓子(ハニークラウド)』はそういうレベルの問題ではない。あまりの糖分に涙目を浮かべながら周りの様子を窺ってみると【ロキ・ファミリア】の女性団員達は美味しそうに『雲菓子(ハニークラウド)』を食べていた。その様子にこういう甘い物を一緒に食べられないと女の子とお付き合いするのは難しいのだろうかとベルは少しばかり不安になってきてしまう。

 

「ベル様、ベル様? もしお口に合わないのでしたら、リリがそれを食べ――――――」

「スズ君の蜂蜜酒(ミード)はいけるけどこれはダメだったか。よし、ボクが食べて――――――」

 

 リリとヘスティアがベルを挟んで言葉を止めた。

「そうか、君が二号だったんだね。ボクとしたことが油断をしていたよ……」

「へ、ヘスティア様。何をおっしゃっているのかリリには全くわからないのですが――――――」

「噓はついていないけど怪しい臭いがプンプンするから間違いない! 君は黒だっ! ベル君を任せることは出来ても渡さないぞ!」

「神様! そんな大人げないですよ! 今切り分けますから食い意地なんて張らずにリリと半分こして下さいっ!」

 ベルは異常なまでに『雲菓子(ハニークラウド)』を求めているヘスティアをなだめようと一口かじりついた果実を半分に割ってヘスティアとリリに渡す。するとなぜか二人はじっとベルのことを見つめた後、リリがくすくすと笑いヘスティアが固まったまま動かなくなってしまった。

「は、半分だと足りませんでしたか!? でしたら僕のまだ手をつけてないパンも差し上げますから! ほら、あそこの人みたいにパンにはさんでサンドイッチにすればすごく美味しいですしお腹もいっぱいになりますって!」

「い、いや、ベル君。違うんだ。そういう意味で牽制してた訳じゃなくてだね」

「ベル、お前だって腹すかせてるだろうが。俺の食べ掛けだが半分やるよ。沢山食わないと大きくなれないぞ?」

「そ、そうかな。それじゃあ遠慮なく……。ありがとうヴェルフ。それじゃあ頂きます」

 ヴェルフがそれをみかねてパンを分けてくれたのでそれにかぶりつき、スズ達が作ってくれたスープも口に含む。少量の硬いパンも美味しいスープと合わさればご馳走だ。甘すぎる物よりもこういう物の方がベルの好みである。ベルがヴェルフに貰ったパンを美味しく食べていると、リリとヘスティアが呆然とベルのことを見つめた後、鋭い目つきでヴェルフを睨みつけて背中を蹴り始めた。

「俺は何も悪くないだろ!? 別に悪ふざけで茶化したりしてないぞ!?」

「女神であるボクを差し置いて男である君が一番ベル君といちゃいちゃしてるんじゃないっ!!」

「リリに出来ないことを平然としないでください!! かじった方がヘスティア様の方に行ってもベル様の反応で満足したリリが虚しくなってくるじゃないですかっ!!」

 いったい何がどうなってそうなったのか理解出来ずにおろおろとするしかないベル。レフィーヤの隣で食事をとっていたアイズもその光景を見て不思議そうに首を傾げている。周りの団員達はその様子を見て笑っていることから、きっと喧嘩とかではなくじゃれ合いなんだろうなとベルは納得しておくことにした。

 少しスズの様子が気になって目線を移してみると、スズもそう思ったのか軽く苦笑した後に止めに行く訳でもなく、レフィーヤとアイズと話しながらも愛おしそうに地面に置いた家宝の剣と鞘を撫で続けている。

 

 

 スズが仮眠から目覚めた後にヘルメスが剣と鞘を届けてくれたのだ。何度も何度もお礼を言いながらもう二度と放さないとばかりにそれらを抱きしめるスズの姿が中々脳裏から離れなかった。

 辛いことはぐっと我慢して、嬉しいことだけをそのまま表に出す。そんなスズとスクハの痛みをいつか共有してあげることはできるだろうか。一緒に幸せを共有することはできるのに、痛みを和らげてあげることが出来ないのがベルは悔しかった。

 

 

「んぐっ……アル……んぐぐっ……ゴノゥト君! アルゴノゥ……んぐっんぐっ……ト君! お話しよー!! んぐっ……」

「食べながら行くな!? このちゃらんぽらんがっ!!」

 ティオナが両手に果実を抱えてパンを頬張りながらベルに駆け寄って来て、それを止めるように姉のティオネが追いかけて来る。ティオネの言葉を聞かずパンを飲み込んだティオナはベルの正面にニコニコと笑顔で胡坐をかいてどっさりと果実を目の前に降ろす。

「えへへ~、お話しよ! 普段どんな特訓してたらあんな綺麗な動きが出来るの? 冒険者になって半月で『咆哮(ハウル)』に耐えたって本当? あ、先に果物一緒に食べる?」

 ティオナはあぐらをかいて楽しそうに体を揺らしている。ベルはなぜ初対面なのに自分がこんなにもティオナに気に入られているのかがわからなかった。ティオナは可愛いので肌の露出が多い衣装で目のやり場に困る。初心なベルにとって胸の大きさうんぬん関係なしに異性の肌という物は刺激が強すぎるのだ。みるみる内に顔が真っ赤になるベルに「本当にアルゴノゥト君は照れ屋さんだね」とくすくすと笑われてしまう。そんな元気いっぱいなティオナに気に入られる理由はやはり彼女が好きだった童話『アルゴノゥト』だろう。

「えっと、もしかしてティオナさんは童話や英雄譚が好きなんですか?」

「うん! そういうアルゴノゥト君はどうかな?」

「その……子供の頃はよく読んでました」

 恐る恐るそう答えた瞬間にティオナの目がさらに輝きを増した。

「じゃあ、騎士ガラードが助けようとするお姫様の名前とか覚えてる? 結構有名どころだよ!」

「お、王女アルティス様……」

「じゃあじゃあ、竜殺しのジェルジオが倒した怪物の住処は?」

「シレイナの湖畔……」

「じゃあじゃあじゃあ、その時に竜を倒した武器は?」

「槍と見紛う聖剣……と、乙女の(リボン)

「すごい! 本当に英雄譚が大好きなんだね、アルゴノゥト君はっ!! 『ガラードの冒険』だけでなく『ジェルジオ聖伝説』まで読破してる人ってあんましいないからあたしは嬉しいな!!」

 まさかいい年をして、しかも可愛い女の子と英雄譚の話題で盛り上がるとは思いもしなかった。同じ趣味の話題で本当に嬉しそうに笑ってくれるティオナにベルの緊張が少しずつだが薄れ始める。

 

「こらああああああっ!! ボクのベル君をたぶらかすなって言っただろう!?」

「ヘスティア様、落ち着いて下さい!! ただベル様は英雄譚の話題で盛り上がっているだけなのに問題を起こされては困りますっ!! 泥遊びをしている子供に嫉妬しているようなものですよ!?」

「放せ、放すんだサポーター君! アマゾネスは不味いんだっ!! 情熱的で一直線過ぎるっ!! うわああああああああああ、スズ君、ベル君をたのんだぞおおおおおおおおおおおっ!!」

 騒ぎ出したヘスティアをリリが「大変お見苦しいところをお見せしました」と礼儀正しく頭を下げてからテントまで引きずっていく。ベルが主神の失態に頭を抱える中、幼女が自分よりも小さな幼女に引きずられていく様を不快に思う者は幸いにもいなかった。周りは可笑しくて笑いを堪える者や声を出して笑う者ばかりである。

 憧れのアイズのいる【ロキ・ファミリア】も本当に温かい【ファミリア】で、大人数になっても皆で笑い合えるというのは本当にいいものだなとベルは実感した。

 いつか【ヘスティア・ファミリア】も大きな【ファミリア】になって、大家族で笑い合えたらいいなとベルは思うのだった。

 




久しぶりの更新です。
歴史の修正力により『リリがベルと間接キス出来ない』こと、『ベルとヴェルフが間接キスする』こと、『ヴェルフが蹴られる』の三点が発生した気がします。
シュタインズ・ゲートを目指すしかありませんね。

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