強烈な悪臭の範囲外から炎で攻撃してきそうなヘルハウンドはスズを背負ったままヴェルフが【ウィル・オ・ウィスプ】で戦闘不能にし、強引に近づこうとする
ただただ縦穴を探してさ迷った。
心身ともに疲れ果て皆息が上がっている。命の危機の連続で時間の感覚がマヒしてしまっているが、もう既に日は沈んでいる時間の筈だ。ヘスティアもきっと心配しているだろう。無事に帰ってヘスティアを安心させなければいけない。仲間みんなで帰らないといけない。皆だって疲れていて辛いんだとベルは重たい足を動かし続ける。
「……っぁ」
そんな中、ヴェルフに背負われていたスズが痛そうに呻いた。
「スズ大丈夫!?」「スズ様大丈夫ですか!?」「スズ大丈夫か!?」
三人の心配する声が重なってスズはきょとんとした後、「大丈夫だよ」と痛みを我慢してやせ我慢して笑って見せた。
「状態は……。右足の骨が少しずれてるから後ではめ直さないと。左腕は肩の脱臼と、複雑骨折かな。ヒビは入ってないから
「……黒いミノタウロスと遭遇して逃走に失敗。スクハ様が無茶をして一度倒すも15階層にて二匹目と遭遇。16階層にて『漆黒のコボルト』と思わしき
淡々と自分の状況を語るスズにリリも事務的にそう答える。
「後2階層……か。すーちゃんは起きてる?」
「反応がないのでおそらく無茶のし過ぎで休んでいると思われます。【解放詠唱式】込みとはいえ【ミョルニル・ソルガ】で2階層撃ち抜いていましたから。それを三発連続で撃っていたので消耗しきっているのでしょう」
「三発連続……ということはジェムを二つも割ったのかな。すーちゃんしか壁抜き【魔法】の詠唱しらないし、困ったな」
「そんな状態で撃たれては困るのでスクハ様もスズ様に詠唱文を教えないようにしてると思いますよ。怪我人のスズ様は大人しくしててください」
スズのことだからもしも詠唱文を知っていたら、今すぐにでもスクハがリリを助ける為に階層を貫いた【ミョルニル・チャリオット】を放っていただろう。もしかしたら撃ったら
「『
「すみません、スズ様。スクハ様が落した際に回収出来ず13階層に放置されたままです……」
「そっか。りっちゃんのせいじゃないから気にしたらダメだよ?」
申し訳なさそうにそう答えるリリにスズは「何で拾ってくれなかったの」と駄々をこねることはなかった。ショックを受けていても口には出さない。心配を掛けないように顔にも出さない。良く言えば聡い子なのだが、悪く言えば『我慢し過ぎて』しまうのだ。自分をないがしろにして他の人を優先してしまう。緊急事態にそんな駄々をこねられては困るのだが、スズの場合もう少し自分を大切にしてもらいたいところだった。
「りっちゃん、この酷い臭いは?」
「ナァーザ様から頂いた
「魔除けの加護もあるし、ベルの『幸運』もあるから何とかなるかな。
「気にすんな。戦闘で役に立てなかった分これくらいはさせてくれ」
「スズの【魔法】は強力だから今の内にしっかり休んでて。もしも
「そうですよスズ様。リリ達の為にも今はしっかり休んでください」
「うん。ありがとう……。もう少しだけ……寝るね……」
そこでスズの意識は魔石道具の魔石が切れたかのように途切れた。スズが安心して休めるようにも早く
それでもダンジョンは弱り切っている冒険者を見逃してくれるほど甘くはなかった。
ドスン、ドスンと地響きが近づいてくる。その重量感あふれる足音にベル達は冷や汗を垂らした。また漆黒のミノタウロスがやって来たのではないかと緊張が走る。そんな中現れたには一匹のミノタウロスだった。黒くはない通常のミノタウロスが巨大な両手斧型の
「黒い奴じゃないだけマシだがよ、いくらなんでもミノタウロスに好かれすぎだろ、ベル」
「ミノタウロスに好かれても嬉しくないんだけど。まあスズが怪物に好かれるよりは僕が好かれてると思った方がマシだけどさ」
「どうやら悪臭が相当気に入らなかったみたいですね。嫌なら他所に行ってもらいたいところです」
ミノタウロスはリリの持っている
ヴェルフとリリにはとらえきれない連撃はミノタウロスの体を吹き飛ばして壁に叩きつけた。ミノタウロスはしばらく痙攣した後にその活動を停止させるがベルもまた疲労困憊の状態からの体の酷使により膝をついてしまっていた。
それを待っていたかのように通路の壁と天井に一斉に亀裂が走った。
狭い通路での『
そんな中リリは動けないベルの頭を庇うように抱きしめ無我夢中に走った。ヴェルフも背中のスズを走りながらも自分の胸に抱き寄せて降り注ぐ落石から何とか庇おうと努力はした。それでもこのおびただしい量の落石と
諦めてはいない。それでも否応なしに『全滅』という言葉がリリとヴェルフの脳裏に浮かんだ。ベルは少しでも落石や
ヴェルフも自分達の無事をリリとベルに伝える為にベルとリリの名前を叫び続ける。
満身創痍、体中ボロボロながらもなんとか誰一人掛けることなく『運よく』狭い通路から抜け出すことの出来たベル達を待っていたものは三匹のミノタウロスだった。
通路から生れ落ちた
全滅が目前に迫る中、最後まで誰一人諦めない中、スズの体がピクリと動く。
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それは【魔法】を撃ち、蓄積して、【魔法】を撃つ単純作業だった。
足りない分は外から補給する。後は繰り返す。ただ繰り返す。失いたくない一心で繰り返す。自分がナニをしているかもわからないまま繰り返す。
帰らないといけない。―――どこに―――
生きなければいけない。―――どうして―――
諦めてはいけない。――失うから―――
模索する。―――生きる為―――
自分の命を粗末。――― ―――
私は『私』から情報を引き出して大切な者を守る為に『力』を振るった。
そんな私を『私』は許してくれない。
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【ロキ・ファミリア】を遠征先59階層で待ち受けていたものは穢れた精霊『
【長詠唱魔法】まで駆使する『
行きの9階層で『ベル・クラネル』と『スズ・クラネル』のLV1兄妹が格上相手のLV2ミノタウロスに挑み勝利を納めてみせた『冒険』を目撃していなければ先に心が折れて負けていたかもしれなかった。様々な思いを胸に50階層の
突如大量発生した『
武具の整備の為に遠征について来てくれた【ヘファイストス・ファミリア】の
昨夜に足の速いベートが特効薬を買いに地上まで走ってくれているが、ポイズン・ウェルミスの毒はポイズン・ウェルミスの素材からしか作れない高級品で
ポイズン・ウェルミスの猛毒を【魔法】で解毒が出来る者は【ディアンケヒト・ファミリア】の『
【ロキ・ファミリア】は危険なダンジョン内にある街だからと冒険者の足元を見るリヴィラの街には滞在せず、下層の
自然豊かで天井の結晶の輝きが昼夜と共に明るさを変える幻想的な空間で張りつめた気を紛らわす者は多い。
そんな中、天井が突然粉砕された。
お気楽気分になっていた団員達含めて全ての者達が臨戦体制に入る。ここに来てまた
瓦礫や水晶が落ちることもなく綺麗に空いた天井の空洞を
動けない者がいる中で近くの森への飛来物に気を張り巡らせ、武器を構え【ロキ・ファミリア】幹部である第一級冒険者の面々が疾走する。森の中をゆっくりとそれは何かを引きずりながら真っ直ぐ、ゆっくりとこちらに向かってくる。対話をするべきか先手必勝をするべきか悩む状況の中、先に向こうから語り掛けて来る。
「……すみません……荒々しい入り方で驚かせて……しまって……。仲間が……ケガをしてるんです……。仲間だけでも……助けて……いただけな……いでしょうか……?」
それは、かすれるような少女の声だった。
「白猫ちゃんッ」
「噓、だってあれからまだ二週間だよ!?」
アイズとティオナが警戒を解いて人影に駆け寄って行く。その人影は59階層でフィンが折れそうだった仲間達を焚き付ける為に出した名前である二人の内『スズ・クラネル』の方だった。スズはパルゥムの少女を背負い、ベル・クラネルと赤髪の青年を右手に引きずりながらおぼつかない足取りで歩いてきている。全員ボロボロの状態だ。おそらく何らかのアクシデントに襲われて仲間を助ける為に正規ルートではなく床を貫くというありえない方法で18階層までやって来たのだろう。
「もう18階層まで足を延ばすとはベートの奴が断ったのは本当に惜しいのぅ。こやつらの成長を直に見てみたかったわい」
ドワーフのガレスが残念そうに軽く溜息をつくのに対してフィンもリヴェリアもその意見に同意する。『レスクヴァの里』が送り出し、初めて【
アイズとティオナの姿を見て安心したのかそのまま意識を手放すスズをアイズが慌てて抱き止める中、警戒態勢に入っている団員達になんて説明すればいいだろうとフィンが少し頭を悩ませたのはまた別の話である。
ダンジョンは油断ならないという当たり前のことと、【スキル】としての【
原作では朝にベル君がアイズさんに拾われましたが、この『物語』では夕食中と早めに辿り着きました。
スズが【
そんな『少女』の物語をこれからも見守って下さると幸いです。