スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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安全階層(セーフティポイント)に辿り着くお話。


Chapter05『安全階層への行き方』

 強臭袋(モルブル)の効果は絶大で怪物(モンスター)は全くと言っていいほど近づいてこなかった。

 強烈な悪臭の範囲外から炎で攻撃してきそうなヘルハウンドはスズを背負ったままヴェルフが【ウィル・オ・ウィスプ】で戦闘不能にし、強引に近づこうとする怪物(モンスター)はベルが重い体に鞭を打って【ファイアボルト】で追い払う。背後の警戒はリリに任せっきりになってしまって申し訳なさを感じてしまう。

 

 ただただ縦穴を探してさ迷った。

 

 心身ともに疲れ果て皆息が上がっている。命の危機の連続で時間の感覚がマヒしてしまっているが、もう既に日は沈んでいる時間の筈だ。ヘスティアもきっと心配しているだろう。無事に帰ってヘスティアを安心させなければいけない。仲間みんなで帰らないといけない。皆だって疲れていて辛いんだとベルは重たい足を動かし続ける。

「……っぁ」

 そんな中、ヴェルフに背負われていたスズが痛そうに呻いた。

「スズ大丈夫!?」「スズ様大丈夫ですか!?」「スズ大丈夫か!?」

 三人の心配する声が重なってスズはきょとんとした後、「大丈夫だよ」と痛みを我慢してやせ我慢して笑って見せた。

 

「状態は……。右足の骨が少しずれてるから後ではめ直さないと。左腕は肩の脱臼と、複雑骨折かな。ヒビは入ってないから高等回復薬(ハイ・ポーション)を使ってくれたのかな。体中が痛いのは少し酷使しすぎたみたいだね。こっちの方はそのうち治るからいいとして、りっちゃん状況は?」

「……黒いミノタウロスと遭遇して逃走に失敗。スクハ様が無茶をして一度倒すも15階層にて二匹目と遭遇。16階層にて『漆黒のコボルト』と思わしき怪物(モンスター)が黒いミノタウロスと争っている間にリリ達は安全階層(セーフティポイント)のある18階層を目指して移動している最中です。回復薬(ポーション)は既に尽きています」

 淡々と自分の状況を語るスズにリリも事務的にそう答える。

 

「後2階層……か。すーちゃんは起きてる?」

「反応がないのでおそらく無茶のし過ぎで休んでいると思われます。【解放詠唱式】込みとはいえ【ミョルニル・ソルガ】で2階層撃ち抜いていましたから。それを三発連続で撃っていたので消耗しきっているのでしょう」

「三発連続……ということはジェムを二つも割ったのかな。すーちゃんしか壁抜き【魔法】の詠唱しらないし、困ったな」

「そんな状態で撃たれては困るのでスクハ様もスズ様に詠唱文を教えないようにしてると思いますよ。怪我人のスズ様は大人しくしててください」

 スズのことだからもしも詠唱文を知っていたら、今すぐにでもスクハがリリを助ける為に階層を貫いた【ミョルニル・チャリオット】を放っていただろう。もしかしたら撃ったら精神疲労(マインド・ダウン)を飛び越えて衰弱死するほど消耗しきっていてもスズなら仲間の為に撃つかもしれない。それを危惧してスクハとヘスティアはスズに詠唱文を教えていないんだとリリは当たりをつけていた。

 

「『偽粉砕の雷戦鎚(ミョルニル)』なら階層も粉砕できるかな……。りっちゃん、私の剣は?」

「すみません、スズ様。スクハ様が落した際に回収出来ず13階層に放置されたままです……」

「そっか。りっちゃんのせいじゃないから気にしたらダメだよ?」

 申し訳なさそうにそう答えるリリにスズは「何で拾ってくれなかったの」と駄々をこねることはなかった。ショックを受けていても口には出さない。心配を掛けないように顔にも出さない。良く言えば聡い子なのだが、悪く言えば『我慢し過ぎて』しまうのだ。自分をないがしろにして他の人を優先してしまう。緊急事態にそんな駄々をこねられては困るのだが、スズの場合もう少し自分を大切にしてもらいたいところだった。

 

「りっちゃん、この酷い臭いは?」

「ナァーザ様から頂いた強臭袋(モルブル)です。辛いとは思いますが怪物(モンスター)避けなので我慢してください」

「魔除けの加護もあるし、ベルの『幸運』もあるから何とかなるかな。精神力(マインド)はまだ余裕があるから戦闘になったら起こしてね。るーさん、ずっと背負わせちゃってごめんね……」

「気にすんな。戦闘で役に立てなかった分これくらいはさせてくれ」

 異常事態(イレギュラー)に一切対応できなかったことをヴェルフは悔いているのだろう。背負っているスズに優しく声を掛けているがその表情は悔しさに満ちていた。

「スズの【魔法】は強力だから今の内にしっかり休んでて。もしも強臭袋(モルブル)の効果が切れたらきっと頼りっきりになっちゃうから」

「そうですよスズ様。リリ達の為にも今はしっかり休んでください」

「うん。ありがとう……。もう少しだけ……寝るね……」

 そこでスズの意識は魔石道具の魔石が切れたかのように途切れた。スズが安心して休めるようにも早く安全階層(セーフティポイント)に行かないといけない。その気持ちは皆同じなようで疲れていても自然と顔を合わせて笑い合い前に進むことが出来た。

 

 

 

 それでもダンジョンは弱り切っている冒険者を見逃してくれるほど甘くはなかった。

 

 

 

 ドスン、ドスンと地響きが近づいてくる。その重量感あふれる足音にベル達は冷や汗を垂らした。また漆黒のミノタウロスがやって来たのではないかと緊張が走る。そんな中現れたには一匹のミノタウロスだった。黒くはない通常のミノタウロスが巨大な両手斧型の天然武器(ネイチャーウェポン)を両手で握りしめ真っ直ぐとこちらに向かってきている。

 

「黒い奴じゃないだけマシだがよ、いくらなんでもミノタウロスに好かれすぎだろ、ベル」

「ミノタウロスに好かれても嬉しくないんだけど。まあスズが怪物に好かれるよりは僕が好かれてると思った方がマシだけどさ」

「どうやら悪臭が相当気に入らなかったみたいですね。嫌なら他所に行ってもらいたいところです」

 ミノタウロスはリリの持っている強臭袋(モルブル)を睨みつけていた。今の体力でミノタウロスから全員無傷で逃げ切るのは不可能だ。スズを起こすかベルが無理をしてでも倒すか。どちらにしても消耗しきった体に鞭を打つのは変わりない。ベルはミノタウロスが『咆哮(ハウル)』で威嚇してくる前にヘスティアナイフと牛若丸の二刀流でミノタウロスに突貫していく。体中が悲鳴を上げるが構わない。姿勢を低くして突撃したベルはまずミノタウロスの両足の筋を断ち、体勢を崩しながらも無様に振り下ろされる天然武器(ネイチャーウェポン)をかわして今度は両手の筋を断って完全に無力化した後、膝をついたミノタウロスの膝を足場に回転しながら首筋に二つの刃を走らせ最後に後頭部にそのまま回し蹴りを叩き込む。

 ヴェルフとリリにはとらえきれない連撃はミノタウロスの体を吹き飛ばして壁に叩きつけた。ミノタウロスはしばらく痙攣した後にその活動を停止させるがベルもまた疲労困憊の状態からの体の酷使により膝をついてしまっていた。

 

 

 それを待っていたかのように通路の壁と天井に一斉に亀裂が走った。

 

 

 狭い通路での『怪物の宴(モンスター・パーティー)』。広いルームならともかく狭い通路で同時に怪物(モンスター)が生れ落ちるなんて万全な状態でも辛い。特に狭い通路で天井は不味い。広範囲に渡る天井の崩落と共に『ダンジョン・ワーム』が降り注ぎ、壁からはヘルハウンドやミノタウロスが生れ落ち逃げ場を占拠していく。

 そんな中リリは動けないベルの頭を庇うように抱きしめ無我夢中に走った。ヴェルフも背中のスズを走りながらも自分の胸に抱き寄せて降り注ぐ落石から何とか庇おうと努力はした。それでもこのおびただしい量の落石と怪物(モンスター)からは逃れられる訳がない。

 諦めてはいない。それでも否応なしに『全滅』という言葉がリリとヴェルフの脳裏に浮かんだ。ベルは少しでも落石や怪物(モンスター)からの攻撃をしのごうとリリの脇から手を伸ばして【ファイアボルト】を無我夢中で乱射する。視界なんて塞がっているに等しい中、リリはせめてはぐれないようにと落石が体のところどころに当たり激痛に襲われる中ヴェルフとスズの名前を呼び続けた。

 ヴェルフも自分達の無事をリリとベルに伝える為にベルとリリの名前を叫び続ける。

 

 満身創痍、体中ボロボロながらもなんとか誰一人掛けることなく『運よく』狭い通路から抜け出すことの出来たベル達を待っていたものは三匹のミノタウロスだった。

 通路から生れ落ちた怪物(モンスター)がなだれ込む中、ベルは体中が悲鳴を上げるのを無視して怪物(モンスター)の群れを迎え撃ち、ヴェルフもまたリリの方にスズを投げ渡してベルから両刃短剣(バゼラード)を受け取って果敢にも戦う。

 

 全滅が目前に迫る中、最後まで誰一人諦めない中、スズの体がピクリと動く。

 

§

 

 

 

 

 

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              §心理破棄(スクラップ・ハート) 制限解除(リミッター・オフ)§

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 それは【魔法】を撃ち、蓄積して、【魔法】を撃つ単純作業だった。

 足りない分は外から補給する。後は繰り返す。ただ繰り返す。失いたくない一心で繰り返す。自分がナニをしているかもわからないまま繰り返す。

 

 帰らないといけない。―――どこに―――

 

 生きなければいけない。―――どうして―――

 

 諦めてはいけない。――失うから―――

 

 模索する。―――生きる為―――

 

 自分の命を粗末。―――   ―――

 

 私は『私』から情報を引き出して大切な者を守る為に『力』を振るった。

 そんな私を『私』は許してくれない。怪物(モンスター)の亡骸の中、私は『私』が起きる前にその拳を地面に叩きつけた。

 

 

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              §心理破棄(スクラップ・ハート) 制限設定(リミッター・オン)§

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§

 

 【ロキ・ファミリア】を遠征先59階層で待ち受けていたものは穢れた精霊『精霊の分身(デミ・スピリット)』と名付けられた精霊と怪物の異種混成(ハイブリット)だった。

 【長詠唱魔法】まで駆使する『精霊の分身(デミ・スピリット)』との決戦は辛くも【ロキ・ファミリア】が勝利をおさめた。『精霊の分身(デミ・スピリット)』自体のことや『精霊の分身(デミ・スピリット)』がアイズのことを『精霊アリア』扱いしたことなど多くの謎を残したが戦死者は0に抑えることが出来たので遠征は成功したと言える。【ロキ・ファミリア】にとって久々の未知へ挑む『冒険』だった。

 行きの9階層で『ベル・クラネル』と『スズ・クラネル』のLV1兄妹が格上相手のLV2ミノタウロスに挑み勝利を納めてみせた『冒険』を目撃していなければ先に心が折れて負けていたかもしれなかった。様々な思いを胸に50階層の安全階層(セーフティポイント)で休憩を取った後、地上に戻ろうと階層を上る最中の出来事だった。

 突如大量発生した『毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)』に襲われ、『耐異常』のアビリティG以下の団員は特効薬がなければ回復出来ない猛毒に蝕まれてしまったのだ。ポイズン・ウェルミスが階層全体に大量発生してしまったかもしれない事態を危惧して、動けなくなった者を強引に引きずる形で18階層にある安全階層(セーフティポイント)まで急遽駆け上がった。

 

 武具の整備の為に遠征について来てくれた【ヘファイストス・ファミリア】の上級鍛冶師(ハイ・スミス)は団長の椿以外はほぼ行動不能。【ロキ・ファミリア】の団員の被害も大きく遠征隊の三分の一以上が毒に侵され進行不可能状態になっている。

 昨夜に足の速いベートが特効薬を買いに地上まで走ってくれているが、ポイズン・ウェルミスの毒はポイズン・ウェルミスの素材からしか作れない高級品で迷宮都市(オラリオ)中を駆け回らないと毒を受けた者全員分の特効薬は入手出来ないだろう。資金はあるが一つの店で取り扱っている数は少ないのでベートが戻るまで二日か三日、特効薬は手に入らないと考えるべきである。

 ポイズン・ウェルミスの猛毒を【魔法】で解毒が出来る者は【ディアンケヒト・ファミリア】の『戦場の聖女(デア・セイント)』アミッド・テアサナーレによる【高位治癒魔法】しか公認されていない。重症な者から順に【治癒魔法】で死なないよう看病してあげることしか出来ないのが現状だった。

 

 【ロキ・ファミリア】は危険なダンジョン内にある街だからと冒険者の足元を見るリヴィラの街には滞在せず、下層の安全階層(セーフティポイント)と同じく野営地を作っていた。18階層の木々に実る果物や泉の水、そして値段を吹っかけられたものの少量のパンをリヴィラの街で購入し、焚き火を囲んでの夕食。緊急事態に陥り毒で苦しむ仲間は多いが、誰一人死人を出すことなく未到達の59階層に辿り着き目的を果たすことが出来たのは大きかった。怪物(モンスター)が生れ落ちない安全階層(セーフティポイント)だからと言って上下の階層からは怪物(モンスター)がやってくるし、他の冒険者の出入りの多い階層なので当然見張り役は常に付けているが心の余裕はずいぶんとある。

 自然豊かで天井の結晶の輝きが昼夜と共に明るさを変える幻想的な空間で張りつめた気を紛らわす者は多い。

 

 そんな中、天井が突然粉砕された。

 

 お気楽気分になっていた団員達含めて全ての者達が臨戦体制に入る。ここに来てまた異常事態(イレギュラー)かと遠征で消耗しきっている【ロキ・ファミリア】の幹部達から嫌な汗が流れ落ちる。なにが起こっても動けない人や仲間を守ってみせるとアイズはデスペレートを力強く握りしめた。

 瓦礫や水晶が落ちることもなく綺麗に空いた天井の空洞を迷宮都市(オラリオ)最上位の実力を持つ【ロキ・ファミリア】団員達が睨みつける中、暗闇の中何かが落ちていくのがLV5以上の冒険者達の視力は捕えた。それが何かまではわからないが、天井に穴を開け金色の光を真下に放射しながら減速して近くの森に降下するそれを警戒しない理由はない。【ロキ・ファミリア】の団長であるフィンはレベルの低い者に野営地の防衛を任せ幹部の面々のみでこの緊急事態を対処しようと行動に移した。

 

 動けない者がいる中で近くの森への飛来物に気を張り巡らせ、武器を構え【ロキ・ファミリア】幹部である第一級冒険者の面々が疾走する。森の中をゆっくりとそれは何かを引きずりながら真っ直ぐ、ゆっくりとこちらに向かってくる。対話をするべきか先手必勝をするべきか悩む状況の中、先に向こうから語り掛けて来る。

 

「……すみません……荒々しい入り方で驚かせて……しまって……。仲間が……ケガをしてるんです……。仲間だけでも……助けて……いただけな……いでしょうか……?」

 

 それは、かすれるような少女の声だった。

「白猫ちゃんッ」

「噓、だってあれからまだ二週間だよ!?」

 アイズとティオナが警戒を解いて人影に駆け寄って行く。その人影は59階層でフィンが折れそうだった仲間達を焚き付ける為に出した名前である二人の内『スズ・クラネル』の方だった。スズはパルゥムの少女を背負い、ベル・クラネルと赤髪の青年を右手に引きずりながらおぼつかない足取りで歩いてきている。全員ボロボロの状態だ。おそらく何らかのアクシデントに襲われて仲間を助ける為に正規ルートではなく床を貫くというありえない方法で18階層までやって来たのだろう。

「もう18階層まで足を延ばすとはベートの奴が断ったのは本当に惜しいのぅ。こやつらの成長を直に見てみたかったわい」

 ドワーフのガレスが残念そうに軽く溜息をつくのに対してフィンもリヴェリアもその意見に同意する。『レスクヴァの里』が送り出し、初めて【神の恩恵(ファルナ)】を授かった冒険者がどこまで高みに上がっていくのかを直に見守ってあげたい気持ちは大きい。何よりもアイズにいい影響を与えている二人が同じ【ファミリア】ならもっとアイズが笑ってくれていただろうことを思うと残念でならない。

 

 アイズとティオナの姿を見て安心したのかそのまま意識を手放すスズをアイズが慌てて抱き止める中、警戒態勢に入っている団員達になんて説明すればいいだろうとフィンが少し頭を悩ませたのはまた別の話である。

 

 




ダンジョンは油断ならないという当たり前のことと、【スキル】としての【心理破棄(スクラップ・ハート)】のお話でした。【ロキ・ファミリア】の遠征の方は外伝とほぼ変わりなくことが運んだようです。

原作では朝にベル君がアイズさんに拾われましたが、この『物語』では夕食中と早めに辿り着きました。

スズが【心理破棄(スクラップ・ハート)】で何をして状況を切り抜けてしまったのか、気づいてしまう方はこの段階で気づいてしまう程度のことだったりします。
そんな『少女』の物語をこれからも見守って下さると幸いです。

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