スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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迷宮都市(オラリオ)の事情を語るお話。


Chapter04『迷宮都市の事情』

「中層に滞在する異端児(ゼノス)からの報告なのだが、『現巫女』が遭難したらしい」

 秘密口からギルドの長であり最初に迷宮都市(オラリオ)に降り立った神であるウラノスに現状報告をしに行っていったヘルメスを待ち受けていたのは、そんな報告を冷や汗を大量に流しながらするウラノスだった。その隣に偶然賢者の石を制作するもそれを神に壊された賢者であり不老不死に固執するあまり生きる屍となってしまった愚者でもあるフェルズが鞘に収納された『精霊の剣』を持って立っている。

 何度かウラノスや『初代巫女』の用事で『レスクヴァの里』に訪れたことがあるヘルメスは、その鞘が物干し竿として使われているところを見たことがある。間違いなく世界に一つしかないレスクヴァによって『兵器』になってしまった『生きる玩具』だ。

「それは不味くないか?」

「ああ、非常に不味い。迷宮都市(オラリオ)を混乱に落としかねない緊急事態だ」

「ここからは直接報告を受けた私が説明しよう、ヘルメス」

 せっぱつまった状況に顔を覆うウラノスの代わりに、地上の人間と同じ意志を持ち人類に対して友好的な怪物(モンスター)である異端児(ゼノス)を知り、かくまっている同士であるフェルズが前に出た。

 

「どうやら『現巫女』達は推定LV4ほどはあるミノタウロスの黒い変異種に追われながら安全階層(セーフティポイント)目指して逃走を図ったようだ。報告に来た異端児(ゼノス)によるとミノタウロスは撃破し、15階層の時点では『現巫女』含むベル・クラネルのメンバーに欠員はいないが、主力であるクラネル兄妹は戦闘不能。怪物(モンスター)に有毒な臭いで凌ぎながら安全階層(セーフティポイント)を目指して進行中とのことだ。異端児(ゼノス)であるが故間接的にしか助けられず『精霊の剣』を回収して報告にやって来た」

 

「なるほど。LV4に追い掛け回されても生き延び安全階層(セーフティポイント)を目指すか。しかし中層に滞在して地上に報告しに来られる異端児(ゼノス)なんていたか?」

「『初代巫女』が連れて来た里生まれの異端児(ゼノス)達だ。中にはダンジョン内で新たに生まれた者もいるらしいが、擬態に優れ動かせる者が限られた私にとって彼等の存在は非常に助かっている」

 ヘルメスの疑問にウラノスがそう補足をつけてくれた。 

「そう言えば『蠱毒の壷』なんてダンジョンモドキを作っていたね。それの副産物といったところかな。異端児(ゼノス)まで創るなんて本当に『レスクヴァの里』はオレ達を楽しませてくれる」

 緊急事態だというのについつい笑いが出てしまうのはヘルメスがこの事態をあまり危険視していないこともある。いざとなれば『初代巫女』を動かせば済む話だ。

 

「ヘルメスが期待しているであろう『初代巫女』は異端児(ゼノス)達に仕事を任せて里帰りをしている」

 

 しかしフェルズのその一言は予想外だった。

「やばいだろそれは」

「だからウラノスは頭を抱えているのだ。闇派遣(イヴィルス)の残党も中層付近で怪しい動きをしている。下手に多くの【ファミリア】が動けば食人花を使い迷宮都市(オラリオ)の戦力を一気に削りに掛かる可能性があるので冒険者依頼(クエスト)は出せない。かといって『現巫女』を見捨てれば里の異端児(ゼノス)や『初代巫女』、そして何よりも精霊レスクヴァが飛んでくるだろう。行方不明だと直感で感じ取っただけでも飛んできて迷宮都市(オラリオ)を直下掘りする可能性だってある」

「あのお転婆精霊ならやりかねないな。特にウラノスへの仕返しの意味も込めて今度は摩天楼施設(バベル)が倒壊するかもしれないな」

「あれは事故だ。本当に事故なのだ。決して故意ではない」

 ウラノスがまた顔を覆ってしまった。『古代』の時代に降臨した際、誤ってダンジョンに蓋をするよう築き上げた拠点に降下してしまい拠点を粉砕してしまったことでレスクヴァに『大嫌い』と言われたことが今だ堪えているのだろう。今はそっとしておいてあげた方がいいかなと神威がだだ漏れしてしまっているウラノスに苦笑しつつもヘルメスはフェルズと真面目な話を続ける。

 

「となると少数精鋭、もしくは気づかれてもスルーされる程度の戦力か。それも大人気絶賛中の『白猫ちゃん』が行方不明だと迷宮都市(オラリオ)で広がる前に手を打たなければならないとなると中々難しいな。闇派遣(イヴェルズ)以外にも『白猫ちゃん』人気をよく思っていない【ファミリア】もいるし、下手したらダンジョン内で大規模な覇権争いになりかねない。【フレイヤ・ファミリア】に動いてもらえば力押しで何とかなるが、最近【イシュタル・ファミリア】の動きも怪しいからあまり動いてもらいたくないな」

「【ロキ・ファミリア】が遠征中でなければ『現巫女』と面識のあるアイズ・ヴァレンシュタインにまた依頼を出すのだが、なかなかどうしてタイミングが悪い。ヘルメス、神ヘスティアに冒険者依頼(クエスト)の発注をさせないよう言いくるめるのと、動かしても大丈夫な者達による救出部隊編成を何とか頼めないだろうか?」

「無茶をいうな、と言いたいところだけど。少し趣味が入っていいのなら引き受けよう。なに、『クラネル兄妹』が評価通りの人物であれば無事安全階層(セーフティポイント)に辿り着いてるさ。『現巫女』も一年前に見た感じだと『中層くらい瀕死でも問題なく』突破できる実力はあったからね。オレのすべきことはヘスティアを丸め込んで、アスフィ達に中層に下りてもらって無事を確認させてから報告に戻ってきてもらう。ただそれだけのことだろう?」

 なに簡単なことさ、とヘルメスはおどけて笑ってみせた。

「必要なのは無事だと言える証人であって護衛じゃない。里の異端児(ゼノス)の姿がこの場に見当たらないということは陰ながら守りに戻ったんだろう? 確かに迷宮都市(オラリオ)に知れ渡れば大騒ぎになるけど、知られなければ異端児(ゼノス)達と同じで問題ないさ。そう、知られなければ」

 ダンジョンに気付かれなければ神が興味本位でダンジョンに潜ってもいいよね、と流石に本音は言わない。『現巫女』の力が大きいと思うのだが、LV4相当のミノタウロスからもメンバーの欠員なく15階層まで逃げ延びたベルの力をぜひともヘルメスは自分の目で確かめたいのだ。危険な行為であるのはわかっているが、神の好奇心というものは時にリスクを恐れない。娯楽こそが神の醍醐味なのだ。

 本気で悩んでいるウラノスには少し悪いが、少しばかり宣言通り趣味を交えた任務として引き受けさせてもらうよとヘルメスは内心笑みを浮かべるのだった。

 

§

 

 夜の9時。今日は昼間にベル達は冒険に出掛けたのに加えて初めての中層進出ということもあり帰りが遅いのはわかっていたが、スズの就寝時間を過ぎても帰って来ないのは心配になってくる。

 ヘスティアがベルとスズに与えた『恩恵』は生きているので命に別状はないのだが、若干予言じみた直感を持つ神が唐突に不安に思ってしまったことを無視することはできなかった。ヘスティアはベルとスズが何事もなく帰って来ても大丈夫なように『神友と飲んでくるよ』と書置きをしてから、大慌てで雑務に追われてるヘファイストスにヴェルフへの『恩恵』が消えていないか確認を取りに行った。

 心配性ねと呆れながらもヘファイストスもヘスティアの直感を信じて、まずは最後の目撃情報を探すことを提案してくれた。夜遅くで聞き込みできる場所がもう限られてしまっていること、ヘスティアの勘違いだった場合絶賛『白猫ちゃん』人気な迷宮都市(オラリオ)を無駄に騒がせることになるのでまずは神友のみを集めて情報交換することにした。

 ヘファイストスには先に集まりやすい【ミアハ・ファミリア】の拠点である『青の薬舗』に事情を説明しに行ってもらい、リリの生存の確認の為にソーマを、そして伝家の宝刀土下座を教えてくれた貧乏弱小バイト同盟であるタケミカヅチのところにも顔を出す。彼のことは『タケ』とニックネームで呼ぶ気の置けない仲だ。今日もヘルメスがベルに興味を持っているというあまり心配しなくてもいいどうでもいいことを教えにわざわざバイト先であるジャガ丸くんの露店まで足を運んでくれたのだ。きっと相談に乗ってくれるはずだ。

 夜分遅くということもあり出迎えてくれた団員が戸を開けた時は何事かと眉を顰めていたが、相手がタケミカヅチの神友であるヘスティアだと知ると快く出迎えてくれた。

 

「おお、ヘスティアではないか。ベル達から聞いて千草の見舞いに来てくれたのか? 明日にでも礼を言おうと思っていたのだが、これは俺の方から出向くべきだったな。ヘスティアの子供達も本当に良い子だな。本当に助かった! 立ち話もなんだ、美味い物は用意できないが茶請けくらい俺の【ファミリア】でも用意できるから遠慮せずに上がってくれ!」

 

 タケミカヅチが頭を下げて礼を言いご機嫌そうにそう言った。それに続いて団員達も感謝の言葉を嘘偽りもなく言って行く。探してたベルの手がかりがそこにはあった。そのベル達がまだ帰っていないことを告げ、説明を二度する時間は惜しいから『青の薬舗』でダンジョンで何があったのかを説明してくれるようにお願いすると団員達の顔は青ざめていた。

 『青の薬舗』にタケミカヅチ達と入ると、ちょうどソーマがリリの作った現在の【ソーマ・ファミリア】構成員リストと照らし合わせてリリの生存確認を終わらせたところだった。情報交換もすでに終わっておりソーマもミアハとナァーザもダンジョンに行ったっきりベルを見ていないそうだ。「リリがいないと俺はダメなんだ」とぐったりしながら何度もリリの名前を呟くソーマと同じくヘスティアはショックで目を伏せてしまう。

「タケ、説明してくれ」

「すまん、ヘスティア。お前の子が帰って来ないのは俺達のせいかもしれん」

 タケミカヅチが言うには、なんでも13階層でアルミラージの連携に後れを取りLV1である千草が石斧の投擲により重傷を負い、怪物(モンスター)に追いかけられながら撤退戦を余儀なくされていたらしい。追ってくる怪物(モンスター)の数がありえないほど増え絶体絶命の中、逃げている先である奥のルームから『負傷者がいるなら怪物進呈(パス・パレード)を自ら引き受ける』というまさしく天の助けの声が響いて来たそうだ。それに乗っかる為に無我夢中で後先考えずにルームまで駆け込み、そこにいたのが最近迷宮都市(オラリオ)で有名人である『白猫ちゃん』ことヘスティアの眷族兄妹のパーティーだった。通路を埋め尽くすほどいた怪物(モンスター)は追ってくることもなく直後【魔法】と思われる激しい轟音の連続から怪物(モンスター)をそれで殲滅してくれたと思い安心して感謝の気持ちを抱いていた。

 しかし助けてくれたベル達が戻って来ていないことを知って、【タケミカヅチ・ファミリア】の団員達は説明するタケミカヅチの後ろで懺悔するように俯いていた。

 

「ベル君とスズ君が助けた君達を恨むのはお門違いだ。タケも君達も顔を上げておくれ。ベル君とスズ君はまだ生きてる。きっとその後何らかのアクシデントに遭って帰れずにいるんだ。だけどボクは無力だ。地上では何もできない駄女神だ。だからどうか、今度は君達の手でボクの掛け替えのない家族を助けてくれないかい?」

 

 神の力が禁じられた無力な小さい体でバイト疲れが残る中、大切な家族の為に夜道を駆け回ったヘスティアのことを誰が駄女神とバカにできよう。そこまで子供達のことを心配しながら原因の一端を担っているかもしれない【タケミカヅチ・ファミリア】に恨み言ひとつ言わずに許すそれはまさに女神だった。ポニーテールのヒューマンの少女、命含めた団員達は初めて主神であるタケミカヅチ以外の神に心を打たれた。

「「「「「「仰せのままに」」」」」」」

 一切乱れのない動きで【タケミカヅチ・ファミリア】の六人が敬意を持って跪き頭を下げる。まさにその時だった、『青の薬舗』のドアが勢いよく開かれのは。

 

「この件はオレに任せてくれないか、ヘスティア」

 

 声を掛けた覚えのないヘルメスがやって来たのだ。その手にはヘスティアとヘファイストスは見間違うことがないスズの剣が鞘に収納された状態で握られており二人の目は見開く。

「ヘルメス、それをどこで!?」

「落ち着いてくれヘスティア。これは神友の子が13階層で見つけてきてね。どうやらミノタウロスの強化種に襲われて床に穴を開けて逃走を図ったらしいんだ。強化種は何とかその子が16階層で倒してくれたみたいなんだけど、肝心の『白猫ちゃん』達を見失ってしまったみたいだ。ほら『白猫ちゃん』迷宮都市(オラリオ)で大人気だろ? 騒ぎになると不味いから中立であるオレに依頼が回ってきた訳さ。『白猫ちゃん』を見捨てたなんて噂が流れたら神友が迷宮都市(オラリオ)で生き難くなるから、神友の名前は伏せさせてくれよ?」

「そんなこと言って、お前が何か企てたのではないのか!? 今朝お前は俺のところにベル達のことを聞きに来ただろう!?」

「ご挨拶だな、タケミカヅチ。これでもオレは『レスクヴァの里』とも交流があるんだ。そんなお転婆精霊に迷宮都市(オラリオ)を直下掘りされるような真似する訳がないだろ。迷宮都市(オラリオ)の平和と神友を助けたいという想いで駆けつけて来たに決まってるじゃないか」

 タケミカヅチを笑いながら軽くあしらい、ヘルメスは全員の視線の中心である店の中央に向かい立ち止まる。その後ろには彼の団員であるアスフィもついて来ていた。

「正規ルートを通らず逃げたから広い迷宮の中帰り道がわからないんだろうね。おそらく16階層に迷い込んでしまった『白猫ちゃん』達が向かう先は18階層安全階層(セーフティポイント)だろう。タケミカヅチのところの子だと少し荷が重すぎるんじゃないのか?」

「そうだとしても、お前の所の子達だけでは信用できん。俺の子達も同行させてもらうぞっ!!」

 タケミカヅチはヘルメスのことを嫌っている。しかしヘルメスはタケミカヅチのことを嫌っている訳ではない。世渡り上手なヘルメスは色々な神と友好的に接する中立的な神で、いつもへらへら笑いのらりくらりと敵意はかわしてあいさつ回りも欠かさない食えない神だ。そんなヘルメスだがタケミカヅチのことが気に入っているのかいつも一方的にタケミカヅチをいじっては遊んでいる関係なのである。

「おいおいタケミカヅチ、オレはヘルメスだぜ!? 心友(まぶだち)のヘスティアが困ることをする訳ないだろう!」

「貴方下界に来てからは碌にヘスティアと関わりを持っていなかったじゃない」

「ずいぶんといい加減な友であるな」

「ははっ、こいつは手厳しいな。ヘファイストス、ミアハ」

 呆れ果てているヘファイストスとミアハに対してヘルメスは芝居がかったように振る舞う。そんな中ソーマは変わらずリリの名前を呼びながらぐったりしているだけだった。

 

§

 

 タケミカヅチの所からLV2の桜花と命、サポーター枠としてLV1の千草の三人。ヘファイストスの所は【ロキ・ファミリア】との遠征で主力が皆出払っており出せず、ミアハの所は怪物(モンスター)恐怖症のナァーザはダンジョンに潜ることはできない。ソーマは放心していて動かないので話にならない。今下手に刺激するとLV1の団員含めて全員で探索するんだと駄々をこね始めるかもしれないので店の片隅で丸くならせておくことにした。そんな中ヘルメスは他の団員は忙しいからアスフィだけを送ることにした。実際に別件で動いてもらっているのだから噓は言っていない。ただアスフィにはヘルメスの私情に付き合ってもらいたいので、18階層にある冒険者の拠点となっているリヴィラの街に現在『お使い』中の団員ルルネにさっとギルド宛の伝文を届けてもらおうという腹である。

 ヘスティア達が出発時間や必要な物を相談している中、ヘルメスの悪だくみをしている笑顔に気づいたのかアスフィが側に近づいて小声で話しかけて来る。

「ヘルメス様……。まさかとは思いますが……」

「ああ、オレも同行する」

 嫌な予感が当たったことでアスフィが渋い顔をするがヘルメスは一切気にしない。むしろタケミカヅチと同じでいじめて遊んでいるのではないかと思えるほどに毎度ヘルメスの行動によるしわ寄せがアスフィに一点集中されるのだ。【ファミリア】の運営と団員達の面倒に加えて主神の面倒まで見なければならないアスフィの気苦労は計り知れない。

「神がダンジョンに潜るのは禁止事項じゃないですかっ」

「迂闊な真似をするのが不味い、っていうだけさ。なぁに、ギルドにバレない内に行って、さっさと帰ってくればいい」

「最初からそのつもりで私を探索隊にねじ込みましたねっ」

「ははは、オレの護衛(おもり)は頼んだぞ、アスフィ?」

 眉を吊り上げて頬を引きつらせるアスフィに対してあくまでヘルメスはニヤニヤと笑いながら『おもり』と言うのだ。断れないのをいいことにやりたい放題である。しかしアスフィいじりに夢中に成り過ぎたのが運の尽きだった。不意にポンとヘルメスの肩に小さな手が置かれ、振り向くとそこにはヘスティアが笑顔で立っている。

「ボクも連れて行け、ヘルメス」

 有無を言わさぬ迫力のあるヘスティアにアスフィが勘弁してくれと言わんばかりに人前であるにも関わらず涙目になってくる。主神の神友とはいえ面倒を見る対象にヘスティアまで入れるのは明らかに彼女のキャパシティーオーバーだ。アスフィはもういっぱいいっぱいなのだ。本気で思っている訳ではないが「国に帰りたい」と誰かに愚痴くらい吐き出したかった。

 

「ま、待ってくれヘスティア! 落ち着け! ダンジョンは危険だ。『力』が使えないオレ達なんて、怪物(モンスター)に襲われたら一溜りもない。何よりもバレたら不味い」

「わかっているさ。それでもヘルメスが行くなら、あと神の一柱(ひとり)二柱(ふたり)増えたって問題ないだろう?」

 ヘルメスの説得をヘスティアはそうねじ伏せ、それをアスフィは無理無理と首を振るうがヘスティアはヘルメスの顔を見上げたまま目線を動かしてくれないので気づいてくれない。そんなアスフィを見てナァーザがポンとアスフィの肩に手を置いた。ナァーザは男神を主神に持つ女性なんてそんなものだ、と言わんばかりに軽く首を横に振り「頑張ればきっといつか良いことある。そう思わないとやっていけない」と応援されてしまった。

 ヘスティアの無茶を呆れながらも神友達は止めることなく、心配する神友達に対して「大丈夫!」と根拠のない自信をヘスティアは発揮している。とんとん拍子にヘスティアもダンジョンに向かうことになった。ナァーザの回復薬(ポーション)の入ったポーチを受け取ったりヘファイストスにヴェルフへの伝言や荷物を受け取ったりと、初めてのお買い物に行く子供のように扱われるヘスティアを尻目にヘルメスは当初と違う予定に「不味いなぁ」と呟いていた。

 

「アスフィ、オレとヘスティア、両方とも守れそうか?」

「無理です。出来ません。実家に帰らせていただきます」

「実家に帰るのは勘弁してくれ。オレにはアスフィが必要なんだ。戦力は増強するから頼むよ、な?」

 らしくなく全力ですねているアスフィに対してヘルメスがそう頼み込むとしぶしぶながらアスフィは折れた。気苦労を負わされながらも主神の頼みを断れない損な性格の自分自身にアスフィは溜息をついてしまうが、相変わらずヘルメスは「ありがとう、アスフィ!」と芝居掛かった喜び方をするだけであった。

 

§

 

「すまない、邪魔するよ」

 閉店時間間際にヘルメスはアスフィを連れたまま『豊饒の女主人』に足を運んでいた。最初にヘルメスが気を付けたのはその場にいる客だった。閉店間際にも関わらずラストオーダーした品でまだ騒いでいる客は多いがヘルメスを気にしている客の姿は見えない。念のためにアスフィに目線を配ると「大丈夫です」と頷いてくれた。後は言葉と反応に気を使って如何に他の客に注目されずに仕事をやり終えるかだ。

「すいませーん、ヘルメス様。もうお店は閉店時間間際でオーダーを受け付けてないんですよ」

「ごめんね、ルノアちゃん。用があるのはリューちゃんとシルちゃんなんだ。まだ二人はいるかな?」

 ヒューマンの店員ルノアにそう言うとルノアは「今お呼びしますね」と営業スマイルを向けてからシルとリューを呼びに行ってくれた。その間に睨みつけて来るミアに軽く挨拶してから「今回はシルちゃんにとっても緊急事態だから勘弁してくれよ」とウィンクをして、ミアの溜息を確認してから客から離れた席に腰を掛けた。

 

「ヘルメス様、またこりずにベルさんのことを聞きに来たんですか?」

 本日二度目の来店とあって少しシルは不機嫌そうだった。

「いやいやいやいや、誤解しないでくれシルちゃん。ちょっと緊急事態があってさ。公にしたくなくてなおかつ迅速に解決したい問題ができたんだよ。シルちゃんもリューちゃんも、この剣に見覚えあるだろ?」

 テーブルの上に『精霊の剣』を置くとシルとリューは目を見開くが騒ぎはしなかった。事の深刻さは理解してくれているのはありがたいが、リューはものすごく殺気立っている。事情次第では容赦しないぞと言わんばかりの気迫だ。

「13階層で神友の関係者が見つけた。ミノタウロスの強化種に追いかけられているところを助けたものの見失ってしまったらしい。だけど二人はまだ【ファミリア】に帰っていないんだ。主神が『恩恵』は感じるって言っているから生きていると思う。おそらく無我夢中で縦穴まで利用して逃げた結果現在位置を見失って迷っている最中か、リヴェラの街で一夜休んでから帰ろうとしているんだろう。事が事だから無用な混乱を招かない為に生存確認をしてギルドに状況を報告しておきたい」

 名前を出さずに必要最低限の情報を提供するとリューから殺気が消えてようやくヘルメスは安堵の息をつくことができた。

 

「続けてください」

 

 それでも決して穏やかではないリューの冷たい声に、これはまだ下手なことは言えないなとヘルメスは内心苦笑してしまう。

「向こうの主神が探索について行くと聞かなくて、心配でオレも行くことになった。だから信頼できるフリーの冒険者、もしくは口の堅くて信用できる【ファミリア】の協力が必要だ。残念ながら『彼女』のことなら手を貸してくれるだろう【ロキ・ファミリア】は遠征中。『無敵のオッタルさん』になんとかしてもらいたいところなんだけど、今【イシュタル・ファミリア】に動かれると事態がややこしく成り過ぎて困る。他のファン達はイマイチ信用できない。だからリューちゃんに白羽の矢が立った訳さ。アスフィとLV4であるリューちゃんの手に掛かればお荷物が二柱(ふたり)いてもリヴィラの街まで下りていけるからさ」

 リューのレベルという個人情報を知っていることで店員達が全員僅かだが反応した。この店は訳有の女性が集まっているのでその仲間意識は強い。他の客がいても話の順序によっては一斉に殺気立たれていただろう。

「『無敵のオッタルさん』に何とかしてもらいたいけど、それが出来ないから仕方がないんだ。『無敵のオッタルさん』が動けたらリューちゃんに不快な思いをさせずにすんだんだけど、『無敵のオッタルさん』が動くと『また』アマゾネス達が襲い掛かって来て大変なことになっちゃうから。『無敵のオッタルさん』が大丈夫でも、二人の主神とか大変だから。ものすごく大変だから。二人が目をつけられたらもっと大変だから」

 フレイヤはいつもお気に入りの子が出来ると直接『魅了』で落しに掛かっていたので、『白猫ちゃん』ブームに乗っかっているだけと思っている分にはイシュタルもそこまで気に留めていないだろう。『白猫』ちゃんの話題だけでベルを庇ったと『神会(デナトゥス)』で気づけた神なんて皆無だ。あの流れでベルが大本命だなんて気づける訳がない。それでもヘルメスはあのやり取りで気づけた。気づいてしまった。今までのやり口と全く違うがフレイヤはベルの方が大本命なのだと。

 今はイシュタルは『白猫ちゃん』を気にも留めていないが、最近襲われたばかりのオッタルを使ってダンジョンに二人を助けに向かわせるとなると話は違ってくる。街中でオッタルを使って冒険者や神々を跳ね飛ばして笑っているのとは訳が違うのだ。そんなことをすれば面白半分ではなく本気で興味を持った存在だとイシュタルも感付くだろう。そうなると二人にまで嫌がらせだけの為にちょっかいを掛けて来る可能性が高い。

 だからヘルメスはこの後フレイヤに直接会って、自分は『見守る』スタンスですよアピールをするつもりでいる。この迷宮都市(オラリオ)でフレイヤの逆鱗に触れることは【ファミリア】ごと消滅を意味する。並大抵なことは笑って受け流してくれるフレイヤだが、自分の愛するものに手を出されるのだけは許さないのだ。勘違いされたら不味いどころの騒ぎではない。

 

 ヘルメスはリューに集合場所と時間だけを告げて、返事は待たずにフレイヤに挨拶しに向かう。スズの周りだけでもレスクヴァ、ロキ、フレイヤと怒らせてはいけない世界トップ3が並んでいるのだから流石のヘルメスも今回ばかりは少し胃が痛んだ。

 ほんの少しだけ、いつも負担を掛けてしまっているアスフィに優しくしてあげた方がいいかもしれないなとヘルメスは思ってしまうのだった。

 

 




色々と変わってしまっている迷宮都市(オラリオ)の事情でした。
ウラノス様達も里の現状は『初代巫女』に任せているのでまだ知らないようです。

愛すべきバカ、だけど優しく真っ直ぐなレスクヴァ様は色々な意味で人気が高いようです。同時に恐怖の対象でもありますが(笑)


もう少し話の内容をコンパクトにまとめたかったのですが、中々上手くいかないものですね。
そんないつも通りの私ですがこれからも自分のペースで頑張っていこうと思います。

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