スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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初めて中層を歩くお話。


Chapter01『中層の歩き方』

 草が生い茂り濃い霧が発生していた11階層12階層とは違い、13階層はまるで天然の洞窟のようで壁や床、天井が岩盤のような物で構成されており至る所に灰色の岩石が転がっていた。

「ここが中層か……」

「話には聞いていましたが、今までの階層よりも光源が乏しいですね」

 ダンジョン特有の光源も乏しく薄暗いのと岩石が陰になっていることも相まって霧よりも怪物(モンスター)を察知しにくい。空気もどこか湿っており居心地の悪さが集中力もすり減らしてきそうだ。ヴェルフはいつでも戦闘が出来る様に既に大刀を構え、リリは周りを警戒しながら地形特性を観察している。

 

 下りて来た入口から先はルームが見えないほど長い一本道。道の脇にぽっかりと空いて底が見えない縦穴が見えた。エイナとリリ曰くこの穴はダンジョンが自動修復されるのと同じように、瞬間的にではないものの勝手に空いては勝手に閉じての繰り返しで地図に書き記しても意味のない日々ランダムで構築される穴だ。こんな狭い通路で縦穴を気にしながら怪物(モンスター)と戦い続けるのは困難である。

『魔物の気配は……ないわ。壁や地面に『ダンジョンワーム』が潜んでる気配も感じられないから進むなら今の内ではないかしら』

「ありがとうございます、スクハ様。では怪物(モンスター)と出くわさない内に少しでも前進しましょう。安全に戦闘を行う為にも、リリ達はまず最初のルームに到達しなければなりません。ヴェルフ様、この通路は道なりに真っ直ぐなので、がんがん進んじゃってください。当然怪物(モンスター)の出現には注意してくださいよ?」

「わかった」

 スクハが少し出て安全確認をするとリリはそれを信じ切ってヴェルフを先頭に隊列を組んで進むことを選んだ。既に13階層の地図を頭の中に入れているリリはいつもながら頼もしい。ヴェルフの後ろにベルとスズが付いて行き、その後ろにリリがついて行く。

 

「ところでリリスケ。その位置で前見えてるのか?」

「身長が低くてもしっかり見えているのでご安心を。着いていくのがサポーターの役目なので隙間から見えるようにしっかり位置調整していますので。リリはもっと大世帯のパーティーに雇われたこともありますのでこのくらい問題ありません」

「ほんとすごいな、リリスケは」

 ヴェルフも頼もしいリリに感心してくれているようだ。

「褒めてもサラマンダー・ウール代は後でしっかり請求させていただきますよ」

「それと容赦ないな」

「ヴェルフ様のお財布が寂しいのは自業自得です。タダで防具を提供するだなんて何を考えているんですか?」

「元々タダで新調してやるって約束だったからな。それに試作品を売るなんて真似できるか。売るなら完成品だ!」

 未完成の『雷甲鈴(らこりん)』のことを気にしているのだろう。ベルはその職人の意地をカッコいいと思うのだが、明らかに損で不器用な生き方をしているヴェルフにリリは呆れて溜息をついていた。

「リリにまでこんな立派な護布をくださりありがとうございます、ベル様、スズ様。後できちんとお支払いしますね」

「りっちゃんとるーさんに着て貰わないとエイナさんが許可してくれなかったから。それにいつも二人に助けてもらってるから私とベルからのプレゼントだと思って受け取って欲しいんだけど……」

「お気持ちは嬉しいのですが、精霊の加護のついたお高い護布を二着も余分にご購入されては【ヘスティア・ファミリア】の負担が大きくてリリは心配でなりません。自業自得のヴェルフ様はどうでもいいとして」

「ヴェルフのおかげでお金には余裕があるから、僕もサラマンダー・ウールはプレゼントとして貰ってもらいたいかな。いつもリリにはお世話になりっぱなしだし、ダメかな?」

 ベルがそう笑い掛けるとリリはなぜか俯きながら「大切にしますね」とサラマンダー・ウールをプレゼントとして受け入れてくれた。俯いたのは面と向かってお礼を言うのが気恥ずかしかったのだろうか。ベルが首を傾げているとヴェルフがこらえたような笑いを漏らして、リリがヴェルフを睨みつけている。

 

「しかし、こんなヒラヒラした服が上級鍛冶師(ハイ・スミス)の作品も顔負けする耐熱装備か……。俺の立つ瀬がないな。ったく」

『あら、ご不満そうね。サラマンダー・ウールは耐熱耐性しかない布きれなのだから物は考えようよ。素材として加工すれば防御力も上がって鍛冶師(スミス)の顔も立つと思うのだけれど。少なくとも『レスクヴァの里』ではそうやってお母様が素材を提供して鍛冶師(スミス)がそれを打ち高みを目指して行っていたわよ。素材は素材ではなかったのかしら?』

「まあドロップアイテムも素材だからサラマンダー・ウール(こいつ)も素材と言えば素材だが、耐熱問題がクリアできずに行き詰ってる身としては複雑なんだよ」

『これ単体では全力に耐えきれないから貴方の腕と発想に期待してるのよ。うだうだしている暇があったら素材に負けない完成品を作る為に精進しなさい』

「だな。自分の腕を棚に上げて精霊に嫉妬するなんてみっともなかったな。目指すはもっと上だ。その為に俺は中層(ここ)に来たんだからな!」

 スクハに活を入れられたことで少しだけ落ち気味になりつつあったヴェルフのやる気は十分。大刀を掲げて「じゃんじゃん稼ぐぞ」と口元を緩ませていた。

 

 そこから歩くこと数分、会話も足もピタリと止まる。

 

 獣が駆ける音が奥の方からこちらに向かってくる。炎を吐く犬型の怪物ヘルハウンド。多くの冒険者を全滅させてきた獣が三匹駆け抜けてきていた。

「炎を吐かれる前にやります。距離を詰めて一気に叩いて下さい! いざという時はリリも援護します!」

 リリの指示にヴェルフを先頭に全員が動く。先頭にいるヴェルフ目掛けて飛びかかるヘルハウンドの頭をスズが前に飛び出し盾で横殴りにし壁に叩きつけ、続いて来た二匹目を『魔導』で魔力を流し込み切れ味を向上させた精霊の剣で薙ぎ払った。その間にヴェルフはスズが壁に叩きつけてダウンしている一匹目のヘルハウンドに大刀を振り降ろしてヘルハウンドの体を一刀両断にする。

 そして炎を吐こうとしているのか屈む三匹目のヘルハウンドにベルは疾走して、その首をヘスティアナイフで刈り取ってから元のポジションであるヴェルフの後ろに戻りいつ次が来てもいい様に備えた。

 

 次が来ないか通路の奥に意識を向けるが、どうやら今回はこの三匹だけのようだ。

 

 ヴェルフの役目は前衛と言っても怪物(モンスター)の注目を集める囮とスズが体勢を崩した怪物(モンスター)への攻撃。そしてリリの護衛だ。実際にやったことは転んだ相手に一太刀入れただけだが、最初に怪物(モンスター)の目標にされることで攻伐特化(スコアラー)であるベルと、ヴェルフとリリをサポートし守る中衛のスズが格段と動きやすくなっている。今後怪物(モンスター)の数が増えても先ほどのような立ち回りを心がけて堅実に中層を攻略することになるだろう。

 

「流石ベル様とスズ様。リリが援護する必要もありませんでしたね。魔石も回収し終えたのでこの調子でペースを崩さずに連携していきましょう。もたもたしていると狭い通路で挟み撃ちに合って上手く連携が取れずにジリ貧になってしまいます。ヴェルフ様、前進してください」

「ああ。いきなりヘルハウンド三匹で少しヒヤッとしたが、どうにかなるもんだな」

「ですが油断だけはしないでくださいね。取り囲まれでもしたらスズ様の負担がものすごいことになってしまいますから」

「取り囲まれても何とかなる自信があるって本当にすごいよな、お前ら」

 ヴェルフが苦笑しているが、スズの【魔法】があればルームいっぱいの怪物(モンスター)に囲まれてもおそらく【ヴィング・ソルガ】で消耗は激しいもののどうにでもなってしまうだろう。ただし連戦になると精神力(マインド)や体力の消耗に加えて【ヴィング・ソルガ】のクールタイムもあるので一気に窮地に陥ってしまうことも忘れてはいけない。なるべくそんな緊急事態にならないよう立ち回り、消耗しないよう連携して戦うのが一番なのだ。

 

「っと、また来たぞ」

 ヴェルフの声にベルは身構えると奥からぴょこぴょこと愛らしい白兎の怪物(モンスター)が三匹やって来た。身長はリリと同じくらいの額に一本角が生えたマスコットのように愛らしい見た目のもふもふした二足歩行の兎型怪物(モンスター)はアルミラージ。見た目によらず能力はLV1冒険者の【基本アビリティ】Dほどもあり敏捷はシルバーバック以上という厄介な怪物(モンスター)だ。インプと同じく連携がとにかく得意で、天然武器(ネイチャーウェポン)を駆使した素早い動きによる連携攻撃はLV2冒険者といえど可愛い見た目に油断すれば痛い目をみることになるだろう。

 

「あれは……ベル様!?」

「違うよっ!?」

「ベルが相手か……冗談きついぜ」

「いや完璧に冗談だから!?」

 見た目のせいか仲間にからかわれて半ばベルは涙目だった。そんなやり取りの隙をつくかのようにアルミラージ達は地面の岩を砕き中から石斧の天然武器(ネイチャーウェポン)を取り出す。

 

「【雷よ。敵を貫け。第二の唄ソルガ】」

 

 が、その隙をついて一切の容赦なく放たれた雷光がアルミラージ一匹の頭を蒸発させた。

「ベル様あああああああああああああああああっ!!」

「だから僕じゃないから!?」

「りっちゃん、ベルには角生えてないよ?」

「判断基準そこなの!?」

 

「え?」

「え?」

 スズが首を傾げてベルが固まる。

 

「角の生えたベル相手に二対二か。不味いな」

「スズ様、角のないベル様、そろそろ持ち場に戻ってください!」

 この後戦闘は何の問題もなく終わったが、皆にとって自分はあんなもふもふの愛らしい兎なのだろうかとベルは不安になってきた。これが皆の冗談だとはわかっている。しかしスズの反応が予想外すぎた。あれが珍しくも冗談に乗っかって悪乗りしただけなのか、それとも冗談のやり取りそのものの意味を理解していなかったのかが全くわからない。スズが首を傾げていたことを思い出してはそんなことを本気で悩むベルであった。

 

§

 

 順調に通路を進み、ルームでは大量にはびこる怪物(モンスター)を倒して制圧してはまた通路を進んでいく。言葉にしてみれば上層と変わりはないが、怪物(モンスター)の数が倍近く増えたのではないかと思うほど連続。初のヘルハウンドによる炎やアルミラージによる武器投擲による当たると致命傷になりかねない遠距離攻撃。怪音波で動きを阻害してくるバット・バットや強固な甲羅と重量がありつつも高速回転しながら突進してくるハード・アーマーも続投しており、薄暗い事や落ちたら立て直しの効かない縦穴、物陰に隠れる怪物(モンスター)、長すぎる狭い通路などの要素が複雑に絡み合い難易度が激的に上がっている。上層と同じ感覚で中層に下りた冒険者は間違いなく全滅してしまうだろう。まさに最初の死線(ファーストライン)。LV2に上がってから挑むべきである難易度だ。

 

「贅沢を言えば6人パーティーくらいで挑みたい、かな」

「スズ様の負担を考えますと同意見です、よ!」

 それでもベルとヴェルフが余裕を持って戦えるのはスズの立ち回りが上手いのと、リリの指示とサポートとしての力量が優れているからだ。おびただしい量の死体に足を取られず、敵の位置の自分達の位置を把握して囲まれないよう戦えるのは大きい。ヘルハウンドの炎やバット・バットの怪音波はスズが【ソルガ】で倒して止めなくてもリリがリトル・バリスタの精密射撃で目などの柔らかい部位を的確に射抜いて阻害してくれ、リリが宣言するリトル・バリスタの残段数からスズが【ソルガ】で対応した方がいいかどうかを瞬時に判断してくれる。スズがヴェルフのサポートに集中していて遠距離攻撃に気づけず、なおかつリリの手が回らない場合は、リリが「スズ様!」と名前を呼びかけるだけでスズは意識を周りに向けてリリが狙って欲しいと思う場所に【ソルガ】を的確に撃ち込んでくれるのだ。

 

 わかっていたが、やはりスズとリリはものすごい。【基本アビリティ】なんかでは計れない独自の強さを持っている。そんな頑張っている二人の負担を少しでも減らす為にベルは孤立しないよう気をつけながら怪物(モンスター)を次々に仕留め、時にリリが指示してくれる場所に特攻を仕掛ける。

 ヴェルフは自分を囮にやってきた怪物(モンスター)をスズに体勢を崩してもらいながら、それにトドメを刺して回り、時には自分一人でアルミラージやヘルハウンドを処理していた。全てが隙をついての奇襲という形だが囮となりトドメを刺して回るヴェルフのパーティーへの貢献度も高いだろう。

 

「るーさん、アルミラージまた一匹通すよ。後は任せて!」

「ベル様、アルミラージはスズ様に任せて突撃してきそうなハード・アーマーを処理してください!」

 スズがアルミラージを六匹押さえている中、宣言通り一匹だけスズの脇をすり抜けて後衛のリリに飛びかかろうとしているのをヴェルフが切り伏せた。続いてスズが攻撃をさばく過程で蹴り飛ばされたアルミラージがちょうどヴェルフの目の前に転がってくるのでそれにもトドメを刺してからスズの加勢に向かおうとしたのだが、ハード・アーマー三匹を処理して戻って来たベルが既に加勢に戻っており、その時には三匹になっていたアルミラージがベルの手によって一瞬の内に解体されてしまった。アルミラージ達にとってベルはあまりに理不尽な強さである。

「うちの角なしベルは強くて助かるぜ。だけど中層ってのは何でこう怪物(モンスター)がわんさか出て来るんだ?」

 ヴェルフの冗談にベルが反応する前にルームの壁が一斉にひび割れた。『怪物の宴(モンスター・パーティー)』による連戦。素早く倒したにも関わらず休む暇はなかった。安定して倒せているとはいえ連戦に連戦を重ねれば疲れが溜まっていく。スズの負担も考えるとそろそろ休憩したいところだ。

 

「血の匂い……。こちら側は『怪物の宴(モンスター・パーティー)』中ですが今ならまだ安全です! 負傷者がいるのでしたらそのまま駆け抜けてください! 追っている怪物(モンスター)は私達が行き受けますっ!!」

 

 そんな中、不意にスズがそんなことを奥の通路に向かって叫んだ。声の先に意識を向けると真っ直ぐと六人パーティーが向かってきているのが見える。その内の一人は負傷していた。痛々しく肩に石斧が深く突き刺さってしまっている少女を半ば引きずる形で肩を貸しており他の団員達も疲れの色が強く出ているまさに満身創痍な状態。誰がどう見ても緊急事態だ。おそらくこのパーティーは生き残る最後の手段として怪物進呈(パス・パレード)をする為に真っ直ぐ向かってきたであろう。スズはそれを了承したのだ。

「っ、すまない。恩に着る!」

「すみません、助かりますっ!!」

 リーダーらしい逞しい体つきの男が申し訳なさそうに顔をしかめながら謝り、ポニーテールの少女が涙を振り払いお礼を言ってそのまま駆け抜けていく。

 そんな撤退していくパーティーを『怪物の宴(モンスター・パーティー)』で生れ落ちたアルミラージ達が追おうとするがベルはそれを阻止する為に走る。放たれた矢のように高速で直進するベルは、アルミラージ達を追い越しながらもすれ違いざまにヘスティアナイフと牛若丸の二刀流で三匹惨殺して、冒険者達を庇うよう通路の前に立ちふさがった。

 

「ここは僕達が絶対に通しません! 早く安全なところに行ってその人の手当てをっ!」

 

 女の子がケガをしていて見過ごせる訳がない。女の子でなくても誰かが目の前で苦しんでいるのに見てみぬフリなんてできない。ベルが憧れる『英雄』はそんなことしない。パーティーから離れすぎて孤立することになるが構わず、ベルは通路に向かおうとする怪物(モンスター)達と対峙する。

「スズ様とベル様はお人好し過ぎです!」

「くっはははははっ! まるで物語の主人公みたいに二人して迷いなく飛び出してくんだもんな。カッコいいじゃねえか。嫌いじゃないぜ、そういうの」

「ヴェルフ様、笑いごとではありません! 『怪物の宴(モンスター・パーティー)』に加えて怪物進呈(パス・パレード)。あのパーティーを追っていた怪物(モンスター)の量はわかりませんが、間違いなくこのルームは埋まりますよ!?」

 ベルがいなくてもヴェルフにスズとリリの三人でも自衛は出来るがそれは一つのルームで生れ落ちる怪物(モンスター)の数までだ。他のルームや通路から生まれた怪物(モンスター)達まで合流されては消耗戦を強いられて、いつかは物量に飲み込まれてしまう。ダンジョンで生れ落ちる怪物(モンスター)は無限でも冒険者の体力や集中力、そして道具には限度があるのだ。

 普通にやっていたら間違いなく押し切られてしまうだろう。

「りっちゃん、一度【ヴィング・ソルガ】でルームをリセットするよ! 精神回復薬(マジックポーション)と水の準備を今の内にお願い! 勿体ないけど緊急事態だから魔石ごと焼き払っちゃうねっ!」

「自分達の命の方が大事です! スズ様が暴れまわりますのでヴェルフ様は前に出ないでください! 危ないですので!」

「リリスケ、俺がやることは?」

「一応リリのことを守っていてください。スズ様が精神回復薬(マジックポーション)を求められるほど派手に暴れるのであれば必要はないと思いますけど」

 リリが大きく溜息をついて今だ怪物(モンスター)が生まれ出る中バックパックから精神回復薬(マジックポーション)二本と水の入ったボトルやタオルを取り出し始める。

 

「【雷よ。吹き荒れろ。我は武器を振るう者なり。第八の唄ヴィング・ソルガ】」

 

 そしてスズの体が金色に輝いた瞬間、ルーム全体を覆う巨大なマジックサークルがスズの足元を中心として一気に広がった。

「【テンペスタス・アナリミトス・ソルガ】」

 宙に金色に輝く球体が一つ、また一つと浮かび上がり計九つの球体がルームを金色の光で照らした。そして球体からは一斉に【ソルガ】と同じ雷光が発射され怪物(モンスター)の魔石部位を正確に射抜く。

 

「【エナ】【ズィオ】【トゥリア】」

 

 スズが数字を詠う度に球体から九つの雷攻が放たれ、連続かつ精密に魔石を撃ち抜きルームの怪物(モンスター)を次から次へと灰に変えていく。範囲魔法の無慈悲な魔法制御による精密射撃が続いて行くが、一発一発の負担が大きいのかスズが額から汗を滴らせ辛そうに顔を顰めている。周囲の怪物(モンスター)は【テッセラ】の追加第四射目で殲滅が完了した。もしも全段命中していたのだとしたら計45匹もの怪物(モンスター)がスズだけの手によって灰に消えたことになるが、死体が残っていないのでカウントしようがなかった。

 スズの【テンペスタス・ソルガ】の五連射によりベルの近くにいた怪物(モンスター)も殲滅されており、通路から追加で怪物(モンスター)がやってくる様子はない。しばらくの静寂の後、【ヴィング・ソルガ】の光が消えると同時に範囲魔法の精密射撃と連射は消耗が激しかったのか、スズは大きく息を切らしながらその場で膝をついてしまう。

「スズ、大丈夫!?」

「大丈夫だよ……。あの人達が無事に安全なところまで退避できてればいいんだけど……」

 心配して近づくベルを安心させる為にスズは笑顔を作った後に先ほどの冒険者の安否を心配して眉を顰めていた。

「お疲れ様です、スズ様。一応は人助けとはいえ無茶し過ぎですよ。一気に消耗してしまったので今日の探索はここで切り上げて、先ほどの冒険者様達と合流して差し上げましょう。あれだけの量の怪物(モンスター)を押し付けるなんて常識外もいいところです。文句くらい言わないとリリは気がすみません!」

「ごめんね……りっちゃん。ありがとう」

 スズはリリに精神回復薬(マジックポーション)を飲まされ、水で体を少し冷やしてもらいながらいつものように濡れタオルで顔を拭ってもらっている。

「文句くらい言わないとなんて言いながら、しっかり最後まで面倒を見ることを前提に話してるリリスケも相当なお人好しだと俺は思うぞ?」

「……ベル様とスズ様に染められてしまっただけです。それにリリはしっかり貰う物は貰うつもりではいますしね」

「ほんとそう言うところは現金だな、リリスケは。しかしなんだったんだ、あの異常な数は。スズがいなかったら間違いなく俺達お陀仏してたぞ」

 ヴェルフが冒険者達のやってきた通路に目をやって大きく溜息をついた。

 

 そしてベルとヴェルフが周囲を警戒するが結局スズが休み切るまでダンジョンは静まり返っていた。

 通路から怪物(モンスター)がやってくることもなければ怪物(モンスター)が新しく生れ落ちることもない。気持ち悪いほどの静寂。ベルは嫌な予感がした。一度あることは二度ある。二度あることは三度あるとよく言うが、もしもあの怪物(モンスター)の群れが何かから逃げる為にまとまって移動しているだけだったら。ミノタウロスに二度襲われた時の静けさと今の静けさは同じような気がしてならなかった。

 

 そう思った次の瞬間、来た道の縦穴が弾け飛んだ。

 

 縦穴の出口以上の大きさをした何かが無理やり勢いよく飛び出したことで縦穴の岩盤が砕かれ弾け飛び小さな欠片が通路入り口の方まで転がってくる。

『リリルカ緊急撤退! 12階層でなくてもいいから袋小路でない逃げ道に逃げなさいっ!!』

 明らかに焦りの感情がこもったスクハの叫び声とベルが逃げなければダメだと思うのは同時だった。スクハが呆然とするリリを担いだのを見て、ベルも何が起こったのかわからず困惑するヴェルフを抱え『ソレ』とは真逆の方向に走る。その行為でリリが正気を取り戻し大慌てでスクハに道のナビゲートを始めた。

 ベルは背後にいる『ソレ』に勝てる気が全くしなかった。追いつかれれば待ってるのは死だと直感が告げている。逃げられる気も全くしないが諦めるなんて何があってもしてたまるかとぐっと唇を噛みしめる。

 

 

『ク゛ゥ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛ラ゛ァ゛ア゛ア゛ネ゛エ゛ェ゛エ゛ェ゛ル゛ゥ゛ゥ゛ウ゛ゥ゛ウゥッ!!』

 

 

 縦穴から出て来た黒い怪物。漆黒のミノタウロス変異種の雄叫びがダンジョンに木霊するのだった。

 




原作第一巻のマラソンが助けなしでやってまいりました。
皆大好きダンまちヒロインことミノタウロスさん再登場。
胸をときめかせて主人公をお迎えに来たようです。

原作の黒いミノタウロスの目撃情報はベル君のランクアップした頃とのことですが、武者修行しているであろう原作の黒いミノタウロスさんとは別物となっておりますのでご注意ください。


どうでもいい話になりますが個人的に、ターミネーター、タイラント(追跡者込み)、ヤンデレには追われたくないものですよね。

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