草が生い茂り濃い霧が発生していた11階層12階層とは違い、13階層はまるで天然の洞窟のようで壁や床、天井が岩盤のような物で構成されており至る所に灰色の岩石が転がっていた。
「ここが中層か……」
「話には聞いていましたが、今までの階層よりも光源が乏しいですね」
ダンジョン特有の光源も乏しく薄暗いのと岩石が陰になっていることも相まって霧よりも
下りて来た入口から先はルームが見えないほど長い一本道。道の脇にぽっかりと空いて底が見えない縦穴が見えた。エイナとリリ曰くこの穴はダンジョンが自動修復されるのと同じように、瞬間的にではないものの勝手に空いては勝手に閉じての繰り返しで地図に書き記しても意味のない日々ランダムで構築される穴だ。こんな狭い通路で縦穴を気にしながら
『魔物の気配は……ないわ。壁や地面に『ダンジョンワーム』が潜んでる気配も感じられないから進むなら今の内ではないかしら』
「ありがとうございます、スクハ様。では
「わかった」
スクハが少し出て安全確認をするとリリはそれを信じ切ってヴェルフを先頭に隊列を組んで進むことを選んだ。既に13階層の地図を頭の中に入れているリリはいつもながら頼もしい。ヴェルフの後ろにベルとスズが付いて行き、その後ろにリリがついて行く。
「ところでリリスケ。その位置で前見えてるのか?」
「身長が低くてもしっかり見えているのでご安心を。着いていくのがサポーターの役目なので隙間から見えるようにしっかり位置調整していますので。リリはもっと大世帯のパーティーに雇われたこともありますのでこのくらい問題ありません」
「ほんとすごいな、リリスケは」
ヴェルフも頼もしいリリに感心してくれているようだ。
「褒めてもサラマンダー・ウール代は後でしっかり請求させていただきますよ」
「それと容赦ないな」
「ヴェルフ様のお財布が寂しいのは自業自得です。タダで防具を提供するだなんて何を考えているんですか?」
「元々タダで新調してやるって約束だったからな。それに試作品を売るなんて真似できるか。売るなら完成品だ!」
未完成の『
「リリにまでこんな立派な護布をくださりありがとうございます、ベル様、スズ様。後できちんとお支払いしますね」
「りっちゃんとるーさんに着て貰わないとエイナさんが許可してくれなかったから。それにいつも二人に助けてもらってるから私とベルからのプレゼントだと思って受け取って欲しいんだけど……」
「お気持ちは嬉しいのですが、精霊の加護のついたお高い護布を二着も余分にご購入されては【ヘスティア・ファミリア】の負担が大きくてリリは心配でなりません。自業自得のヴェルフ様はどうでもいいとして」
「ヴェルフのおかげでお金には余裕があるから、僕もサラマンダー・ウールはプレゼントとして貰ってもらいたいかな。いつもリリにはお世話になりっぱなしだし、ダメかな?」
ベルがそう笑い掛けるとリリはなぜか俯きながら「大切にしますね」とサラマンダー・ウールをプレゼントとして受け入れてくれた。俯いたのは面と向かってお礼を言うのが気恥ずかしかったのだろうか。ベルが首を傾げているとヴェルフがこらえたような笑いを漏らして、リリがヴェルフを睨みつけている。
「しかし、こんなヒラヒラした服が
『あら、ご不満そうね。サラマンダー・ウールは耐熱耐性しかない布きれなのだから物は考えようよ。素材として加工すれば防御力も上がって
「まあドロップアイテムも素材だから
『これ単体では全力に耐えきれないから貴方の腕と発想に期待してるのよ。うだうだしている暇があったら素材に負けない完成品を作る為に精進しなさい』
「だな。自分の腕を棚に上げて精霊に嫉妬するなんてみっともなかったな。目指すはもっと上だ。その為に俺は
スクハに活を入れられたことで少しだけ落ち気味になりつつあったヴェルフのやる気は十分。大刀を掲げて「じゃんじゃん稼ぐぞ」と口元を緩ませていた。
そこから歩くこと数分、会話も足もピタリと止まる。
獣が駆ける音が奥の方からこちらに向かってくる。炎を吐く犬型の怪物ヘルハウンド。多くの冒険者を全滅させてきた獣が三匹駆け抜けてきていた。
「炎を吐かれる前にやります。距離を詰めて一気に叩いて下さい! いざという時はリリも援護します!」
リリの指示にヴェルフを先頭に全員が動く。先頭にいるヴェルフ目掛けて飛びかかるヘルハウンドの頭をスズが前に飛び出し盾で横殴りにし壁に叩きつけ、続いて来た二匹目を『魔導』で魔力を流し込み切れ味を向上させた精霊の剣で薙ぎ払った。その間にヴェルフはスズが壁に叩きつけてダウンしている一匹目のヘルハウンドに大刀を振り降ろしてヘルハウンドの体を一刀両断にする。
そして炎を吐こうとしているのか屈む三匹目のヘルハウンドにベルは疾走して、その首をヘスティアナイフで刈り取ってから元のポジションであるヴェルフの後ろに戻りいつ次が来てもいい様に備えた。
次が来ないか通路の奥に意識を向けるが、どうやら今回はこの三匹だけのようだ。
ヴェルフの役目は前衛と言っても
「流石ベル様とスズ様。リリが援護する必要もありませんでしたね。魔石も回収し終えたのでこの調子でペースを崩さずに連携していきましょう。もたもたしていると狭い通路で挟み撃ちに合って上手く連携が取れずにジリ貧になってしまいます。ヴェルフ様、前進してください」
「ああ。いきなりヘルハウンド三匹で少しヒヤッとしたが、どうにかなるもんだな」
「ですが油断だけはしないでくださいね。取り囲まれでもしたらスズ様の負担がものすごいことになってしまいますから」
「取り囲まれても何とかなる自信があるって本当にすごいよな、お前ら」
ヴェルフが苦笑しているが、スズの【魔法】があればルームいっぱいの
「っと、また来たぞ」
ヴェルフの声にベルは身構えると奥からぴょこぴょこと愛らしい白兎の
「あれは……ベル様!?」
「違うよっ!?」
「ベルが相手か……冗談きついぜ」
「いや完璧に冗談だから!?」
見た目のせいか仲間にからかわれて半ばベルは涙目だった。そんなやり取りの隙をつくかのようにアルミラージ達は地面の岩を砕き中から石斧の
「【雷よ。敵を貫け。第二の唄ソルガ】」
が、その隙をついて一切の容赦なく放たれた雷光がアルミラージ一匹の頭を蒸発させた。
「ベル様あああああああああああああああああっ!!」
「だから僕じゃないから!?」
「りっちゃん、ベルには角生えてないよ?」
「判断基準そこなの!?」
「え?」
「え?」
スズが首を傾げてベルが固まる。
「角の生えたベル相手に二対二か。不味いな」
「スズ様、角のないベル様、そろそろ持ち場に戻ってください!」
この後戦闘は何の問題もなく終わったが、皆にとって自分はあんなもふもふの愛らしい兎なのだろうかとベルは不安になってきた。これが皆の冗談だとはわかっている。しかしスズの反応が予想外すぎた。あれが珍しくも冗談に乗っかって悪乗りしただけなのか、それとも冗談のやり取りそのものの意味を理解していなかったのかが全くわからない。スズが首を傾げていたことを思い出してはそんなことを本気で悩むベルであった。
§
順調に通路を進み、ルームでは大量にはびこる
「贅沢を言えば6人パーティーくらいで挑みたい、かな」
「スズ様の負担を考えますと同意見です、よ!」
それでもベルとヴェルフが余裕を持って戦えるのはスズの立ち回りが上手いのと、リリの指示とサポートとしての力量が優れているからだ。おびただしい量の死体に足を取られず、敵の位置の自分達の位置を把握して囲まれないよう戦えるのは大きい。ヘルハウンドの炎やバット・バットの怪音波はスズが【ソルガ】で倒して止めなくてもリリがリトル・バリスタの精密射撃で目などの柔らかい部位を的確に射抜いて阻害してくれ、リリが宣言するリトル・バリスタの残段数からスズが【ソルガ】で対応した方がいいかどうかを瞬時に判断してくれる。スズがヴェルフのサポートに集中していて遠距離攻撃に気づけず、なおかつリリの手が回らない場合は、リリが「スズ様!」と名前を呼びかけるだけでスズは意識を周りに向けてリリが狙って欲しいと思う場所に【ソルガ】を的確に撃ち込んでくれるのだ。
わかっていたが、やはりスズとリリはものすごい。【基本アビリティ】なんかでは計れない独自の強さを持っている。そんな頑張っている二人の負担を少しでも減らす為にベルは孤立しないよう気をつけながら
ヴェルフは自分を囮にやってきた
「るーさん、アルミラージまた一匹通すよ。後は任せて!」
「ベル様、アルミラージはスズ様に任せて突撃してきそうなハード・アーマーを処理してください!」
スズがアルミラージを六匹押さえている中、宣言通り一匹だけスズの脇をすり抜けて後衛のリリに飛びかかろうとしているのをヴェルフが切り伏せた。続いてスズが攻撃をさばく過程で蹴り飛ばされたアルミラージがちょうどヴェルフの目の前に転がってくるのでそれにもトドメを刺してからスズの加勢に向かおうとしたのだが、ハード・アーマー三匹を処理して戻って来たベルが既に加勢に戻っており、その時には三匹になっていたアルミラージがベルの手によって一瞬の内に解体されてしまった。アルミラージ達にとってベルはあまりに理不尽な強さである。
「うちの角なしベルは強くて助かるぜ。だけど中層ってのは何でこう
ヴェルフの冗談にベルが反応する前にルームの壁が一斉にひび割れた。『
「血の匂い……。こちら側は『
そんな中、不意にスズがそんなことを奥の通路に向かって叫んだ。声の先に意識を向けると真っ直ぐと六人パーティーが向かってきているのが見える。その内の一人は負傷していた。痛々しく肩に石斧が深く突き刺さってしまっている少女を半ば引きずる形で肩を貸しており他の団員達も疲れの色が強く出ているまさに満身創痍な状態。誰がどう見ても緊急事態だ。おそらくこのパーティーは生き残る最後の手段として
「っ、すまない。恩に着る!」
「すみません、助かりますっ!!」
リーダーらしい逞しい体つきの男が申し訳なさそうに顔をしかめながら謝り、ポニーテールの少女が涙を振り払いお礼を言ってそのまま駆け抜けていく。
そんな撤退していくパーティーを『
「ここは僕達が絶対に通しません! 早く安全なところに行ってその人の手当てをっ!」
女の子がケガをしていて見過ごせる訳がない。女の子でなくても誰かが目の前で苦しんでいるのに見てみぬフリなんてできない。ベルが憧れる『英雄』はそんなことしない。パーティーから離れすぎて孤立することになるが構わず、ベルは通路に向かおうとする
「スズ様とベル様はお人好し過ぎです!」
「くっはははははっ! まるで物語の主人公みたいに二人して迷いなく飛び出してくんだもんな。カッコいいじゃねえか。嫌いじゃないぜ、そういうの」
「ヴェルフ様、笑いごとではありません! 『
ベルがいなくてもヴェルフにスズとリリの三人でも自衛は出来るがそれは一つのルームで生れ落ちる
普通にやっていたら間違いなく押し切られてしまうだろう。
「りっちゃん、一度【ヴィング・ソルガ】でルームをリセットするよ!
「自分達の命の方が大事です! スズ様が暴れまわりますのでヴェルフ様は前に出ないでください! 危ないですので!」
「リリスケ、俺がやることは?」
「一応リリのことを守っていてください。スズ様が
リリが大きく溜息をついて今だ
「【雷よ。吹き荒れろ。我は武器を振るう者なり。第八の唄ヴィング・ソルガ】」
そしてスズの体が金色に輝いた瞬間、ルーム全体を覆う巨大なマジックサークルがスズの足元を中心として一気に広がった。
「【テンペスタス・アナリミトス・ソルガ】」
宙に金色に輝く球体が一つ、また一つと浮かび上がり計九つの球体がルームを金色の光で照らした。そして球体からは一斉に【ソルガ】と同じ雷光が発射され
「【エナ】【ズィオ】【トゥリア】」
スズが数字を詠う度に球体から九つの雷攻が放たれ、連続かつ精密に魔石を撃ち抜きルームの
スズの【テンペスタス・ソルガ】の五連射によりベルの近くにいた
「スズ、大丈夫!?」
「大丈夫だよ……。あの人達が無事に安全なところまで退避できてればいいんだけど……」
心配して近づくベルを安心させる為にスズは笑顔を作った後に先ほどの冒険者の安否を心配して眉を顰めていた。
「お疲れ様です、スズ様。一応は人助けとはいえ無茶し過ぎですよ。一気に消耗してしまったので今日の探索はここで切り上げて、先ほどの冒険者様達と合流して差し上げましょう。あれだけの量の
「ごめんね……りっちゃん。ありがとう」
スズはリリに
「文句くらい言わないとなんて言いながら、しっかり最後まで面倒を見ることを前提に話してるリリスケも相当なお人好しだと俺は思うぞ?」
「……ベル様とスズ様に染められてしまっただけです。それにリリはしっかり貰う物は貰うつもりではいますしね」
「ほんとそう言うところは現金だな、リリスケは。しかしなんだったんだ、あの異常な数は。スズがいなかったら間違いなく俺達お陀仏してたぞ」
ヴェルフが冒険者達のやってきた通路に目をやって大きく溜息をついた。
そしてベルとヴェルフが周囲を警戒するが結局スズが休み切るまでダンジョンは静まり返っていた。
通路から
そう思った次の瞬間、来た道の縦穴が弾け飛んだ。
縦穴の出口以上の大きさをした何かが無理やり勢いよく飛び出したことで縦穴の岩盤が砕かれ弾け飛び小さな欠片が通路入り口の方まで転がってくる。
『リリルカ緊急撤退! 12階層でなくてもいいから袋小路でない逃げ道に逃げなさいっ!!』
明らかに焦りの感情がこもったスクハの叫び声とベルが逃げなければダメだと思うのは同時だった。スクハが呆然とするリリを担いだのを見て、ベルも何が起こったのかわからず困惑するヴェルフを抱え『ソレ』とは真逆の方向に走る。その行為でリリが正気を取り戻し大慌てでスクハに道のナビゲートを始めた。
ベルは背後にいる『ソレ』に勝てる気が全くしなかった。追いつかれれば待ってるのは死だと直感が告げている。逃げられる気も全くしないが諦めるなんて何があってもしてたまるかとぐっと唇を噛みしめる。
『ク゛ゥ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛ラ゛ァ゛ア゛ア゛ネ゛エ゛ェ゛エ゛ェ゛ル゛ゥ゛ゥ゛ウ゛ゥ゛ウゥッ!!』
縦穴から出て来た黒い怪物。漆黒のミノタウロス変異種の雄叫びがダンジョンに木霊するのだった。
原作第一巻のマラソンが助けなしでやってまいりました。
皆大好きダンまちヒロインことミノタウロスさん再登場。
胸をときめかせて主人公をお迎えに来たようです。
原作の黒いミノタウロスの目撃情報はベル君のランクアップした頃とのことですが、武者修行しているであろう原作の黒いミノタウロスさんとは別物となっておりますのでご注意ください。
どうでもいい話になりますが個人的に、ターミネーター、タイラント(追跡者込み)、ヤンデレには追われたくないものですよね。