スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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急ぐ理由はないのにはりきって早朝から冒険に行ったお話。


Chapter05『早起きは三文の徳』

 畑仕事をしていたベルの朝は早い。

 畑仕事で早起きが習慣として身についてしまっている為、ベルは体内時計が五時ごろになると目を覚ましてしまうのだ。

 

 時計に目をやると五時ちょうどなことに今日も絶好調だと、そんななんでもないことに喜びを感じて頬を緩ませてから寝床であるソファーから体を起こして「んー」と背伸びをする。

 

 【ヘスティア・ファミリア】に入ってから三回目の朝。

 昨日一昨日のスズの起床時間はだいたい六時から七時の間だったのでまだヘスティアと一緒にベッドで寝ている時間だろうとベッドの方に目を向けるとそこにはヘスティアの姿しかない。

 

「あれ?」

 地下の隠し部屋を見回してみるとスズが既に水で顔を洗っていた。

「おはようベル。今日もいい天気になりそうだよ」

「おはよう。今日は早いねスズ。昨日は寝るの遅かったけど大丈夫なの?」

「うん。心配してくれてありがとう。昨日もベルはこの時間に起きてたみたいだから私もこの時間に起きようかなって」 

「そんな無理しないでもいいのに」

「これでも私、里では早起きしてみんなのお手伝いしてたんだよ? 最近はちょっと疲れててお寝坊さんだっただけなんだよ?」

 

 失礼しちゃうなと言いたげに「むぅ」とスズの頬を膨らまさせてしまった。

 失礼だと思うのだが少しすねているスズの姿は斬新で愛らしくも思えてしまう。

 

 でもすぐにスズは気分屋の猫みたいにころっと気持ちを切り替えて「ベルはもうごはん食べるの?」と笑顔で聞いてきた。

 そんな表情豊かなスズの愛らしい笑顔に相変わらずドキっとしてしまい「た、食べようかな」とぎこちない笑顔で返事を返してしまった自分が我ながら情けなく思う。

 

「それじゃあ昨日のシチュー暖めるね」

 スズがぱたぱたぱたと小走りで冷蔵庫から昨日の残りのシチューの鍋を取り出していっているのを見て、ベルは自分も何か手伝わないととシチュー用の食器を三つテーブルに並べる。

 

「にゃむぅー。なんだい二人とも今日はやけに早起きじゃないかぁ……」

 もそり、とヘスティアも眠たそうに眼をこすりながらベッドから体を起こした。

「あ、神様おはようございます。すみませんどたばたしちゃって」

「あー、スズ君。怒ってはいないから気にしないでおくれぇ~。二人とも精が出てるって関心しただけさ。でも無理したらダメだぜ?」

 そう注意しながらヘスティアはよろよろとおぼつかない足取りで水場に行き顔を洗って身だしなみを整え始める。

 

 早起きは相当苦手なのだろう。

 次の日からは起こさないように気を付けないといけないねとベルはスズと顔を見合わせて互いに笑みをこぼす。

 

「神様も今からスズのシチュー食べますか?」

「起きたから食べるよ。自分で用意しなくても朝起きたら大好き子供達がごはん作ってくれてるなんてボクは幸せものだなー。愛してるぜベル君~スズ君~」

 顔を洗って髪をまとめていつものツインテール姿になってもまだ眠たいのかテーブルに顔をうずくめてぐったりしている。

 

 そんなだらけきった神様の世話をしながら二人でやる作業は家族と一緒に暮らしていることが実感できて、ただ朝食の準備をしているだけなのにベルはこの時間をとても幸福に感じることができた。

 きっとスズもヘスティアもそう感じてくれているだろうと思うとさらに嬉しさは増してくる。

 

「それで、こんな早起きしてもうダンジョンへ行くのかい?」

「そうですね。最初はお散歩でもしようかなって思っていたんですけど、オーブンもほしいですし、借り金もありますし……ダンジョンで稼ぎたいところではありますね。ベルはどうしようと思ってるの?」

「僕はスズが大丈夫ならダンジョンに行きたいかな。神様に【ステイタス】を更新してもらってどのくらい強くなったか試してみたいし」

「期待してるところ悪いけどベル君。【基本アビリティ】が10くらい伸びただけだと劇的な伸びはないからくれぐれも無理だけはしないでおくれよ?」

「ですよねー」

 

 能力を数値化してあらわしてくれている【基本アビリティ】はiの0が最低値でS999が最大値。

 iの次のhに行くのだって100必要で100単位でランクが上がっていくのだ。

 さらに最初の内は伸びが良くてもランクが上がるにつれて【基本アビリティ】の伸びしろはどんどん悪くなっていくらしい。

 

 だから10程度上がったところであまり能力は変わらないとは予想はしていたのだが、こうもはっきり言われるとさすがにショックが大きくベルはがっくりと肩を落としてしまう。

 

「うむむむむぅ、やっぱりまだねむぃ~」

 朝食が終わる頃にはまたヘスティアが眠そうに目をこすっていた。

「次からは神様を起こさないように気をつけますね」

「あーうー、眠いは眠いんだけどさ、「いってきます」だけは起こしてもいいから言ってくれるとボクは嬉しいかなぁ。朝食はボクにもバイトがあるし、こんな朝早くから起きてられる自信ないから明日からこの時間に出るなら二人で食べおくれよ。ボクは適当に何か食べるからさ」

「でしたら出かける前に神様が起きた時すぐ食べられそうなものを僕が用意しておきますよ」

「おおー! ベル君も本当にいい子だなぁ。それじゃあ明日からお言葉に甘えさせてもらうよぅ~」

 ふらふらとヘスティアがベッドに戻っていく。

 

「「いってきます神様!」」

「いってらっしゃい。何度も言うけど無理したらダメだぞー。君達が帰ってこなかったらボクはがらにもなく泣いちゃうんだぞー」

 完全にそこから沈黙してしまったヘスティアに「おやすみなさい。今日も頑張ってきますね」と小声でスズと一緒に挨拶をしてから、ゆっくりと音をたてないように気を付けながらベルはダンジョンに行く準備を済ませてそっと地下室から出た。

 

 ベルがいた為寝巻から着替えられなかったスズが冒険用の衣服と装備を着込んでいつもの白いコートを羽織り、帰りに武具を入れていく用の大きな手持ち鞄を持って後を追ってくる。

 

 この大きな鞄は積載量が多い為、魔石の欠片やドロップアイテムが沢山入り昨日はダンジョン内でも充穂していたのだが、バックパックと違って持ったままだと戦闘に支障をきたしてしまう。

 そのため戦闘が始まると無造作に地面に置くしかなく、前衛よりの『魔法剣士』であるスズが剣と盾を構える時間が遅れてしまう欠点もある。

 

 そのことから担当アドバイザーであるエイナは、魔石やドロップアイテムの回収にスペアの装備やアイテムを持ち運び管理してくれるサポーターを雇うように薦めていたが、無名の【ファミリア】についてきてくれる無所属のサポーターの当てもなければ雇うお金すらままならない状態である。

 なのでしばらくは金銭的な問題から雇うことはないだろう。

 

「やっぱり街は田舎とは違うね」

 スズのそのつぶやきに周りに目を配ると早朝のメインストリートには人気がほとんどなく、いろどりみどりの店もすべて閉まっている。

 ちらほら見える人影はベル達と同じく早朝からダンジョンに潜ろうと摩天楼施設を目指す武装した冒険者が少しと、開店準備をしている店員が少し見える程度で昼間の賑やかな街の雰囲気とは全く違っていた。

 

「スズが住んでいたところはこんな時間でも賑やかだったの?」

「うん。道を歩くとね、この時間でも「おはよう」ってみんな挨拶してくれてね、「ありがとう」って言われるのが嬉しくてお手伝いして周ってたんだよ。鍛冶屋のドワーフさんには危ないから他行きなさいって何度も怒られちゃったけど……。ベルはおじいさんと畑仕事してたんだよね?」

「そうだよ。早朝から畑仕事してたからこの時間に起きるのが体に染みついちゃってて。だからもう少しゆっくりしててもよかったんだよ?」

「お散歩するのもダンジョンに行くのも同じかなって。それに教会も直したいし……オーブン欲しいし……。その為にもまずは借り金を返済しないとッ」

 朝食の時も言っていたからよほどオーブンが恋しいのだろう。

 「その為にも頑張らないとッ」とスズはぎゅっと拳を握りしめて気合を入れていた。

 

 

§

 

 

 螺旋階段を降りた先、ダンジョン一階層での狩は順調だった。

 昨日の戦闘でだいぶ慣れたのもあるが、やはりわずかな【基本アビリティ】の上昇でもスズは昨日よりもいい動きをしている。

 

 昨日は怪物(モンスター)の攻撃を弾く度に緊張と体力の消耗から肩で息を切らせていたが、今日は余裕を持って攻撃を剣や盾で反らし剣で反撃する余裕も出てきていた。

 まだまだ単純な剣での攻撃ではゴブリンも一撃で倒せる力はないが、盾でゴブリンの打撃をそらして体勢を崩し、そこからズブリと体重を掛けた剣の一撃がゴブリンの胸を貫通した時は「あれ僕って必要なのかな」と真剣に思えてしまった。

 

 何よりもスズが新しく【創作魔法】で作り出した【ソルガ】の威力はすさまじく、怪物(モンスター)を引きつけきれずに撃ち漏らしてベルに向かっていったのはまだ二回だけだが、その二回とも凝縮された貫通電撃魔法【ソルガ】で一撃必殺されている。

 

 それに比べて先ほどからヒットアンドウェイを繰り返しているだけのベルはイマイチ自分が強くなった実感がわかずにいた。

 英雄の必殺技と言ったらやっぱりこうでなければならないなと英雄願望のあるベルは目に見えて強くなる【魔法】という力がうらやましく思えた。

 というよりもカッコよく思えた。

 自分はいつ【魔法】が発現するんだろうと思いながらもスズが体勢を崩した本日十五匹目の怪物(モンスター)、コボルトの喉を切り裂く。

 

 周りの安全を確認した後に二人で魔石の回収をして、地面に無造作に転がしていたスズのバックに魔石の欠片を入れていく。

 でも、こんなに順調なのにスズはどこか不安げな表情をしていた。

 やはり昨日コボルトに頭をかぶりつかれそうになった恐怖がまだ尾を引いているのだろうか。

 

「スズ。無理しなくてもいいんだよ?」

「うん。ちょっと【ソルガ】の燃費が悪いみたいだから抑えるね。すごく強力だけど、二発でこれだとちょっと辛いかな」

「え?」

「だいたい【ソル】の七倍くらい【精神力】を消費してるのに三倍程度の威力なんだもの。威力を押さえるように調整すればもう少し使いやすくなるかなぁ。今のままだと四発くらい撃ったら【精神疲労】しそうで怖いし、ベルは何か良い魔法の案ないかな?」

 スズは予想を斜め上を行く悩みをしていたようだ。

 自分より小さなスズが自分よりもよほど肝が据わった冒険者をしていることをベルは思い知らされてしまう。

 

「ベル?」

「あ、うん。雷魔法ならやっぱり上から降るイメージがあるかな。こうズガーンって怪物(モンスター)の大群を薙ぎ払うような感じの!」

 英雄の必殺話技といったら大群を薙ぎ払いドラゴンも倒せる大魔法だ。

 正しい答えかは分からないが、ベルはありのまま自分の中にある雷魔法のイメージをスズに伝えてあげる。

 

「座標指定に広範囲かぁ。燃費はもっと悪くなりそうだけど強力な範囲魔法はそのうち必要になってくるし、座標指定もベルの援護に必要だから少しずつ組んでみるね。【ソルガ】一発分の【精神力】を残して、後はちょっとお試しに使って大丈夫かな。完全に前衛になるから漏れた怪物(モンスター)にいざって時以外援護射撃できなくてベルに負担掛けちゃうかもしれないけど……」

「全然大丈夫だよ。むしろスズは一人で背負いすぎなんじゃないかって見ててハラハラしてたし。全部の怪物(モンスター)を一人で引き受けるなんて無理なんだからもっと僕に頼っていいんだよ?」

「私、すごくベルに頼り切った戦い方してるんだけど……。走りまわってる分ベルの方が負担大きかったと思うよ?」

「そうかな。スズが引きつけてくれてる敵をただ倒してただけなんだけど」

 怪物(モンスター)を攻撃してるだけなので一番楽してるのではないかと思っていたのに違ったのだろうかとベルは首をかしげる。

 

「ベルは毎日畑仕事してたから足腰が強いんだね。それじゃあ、帰り道はちょっとお願いね。バックにまだ余裕はあるけど、昨日の今日で無理したらまたエイナさんに怒られちゃうし」

「これから徹底的にダンジョンの怖さを教え込んであげるんだからって張り切ってたしね」

 昨日、危なげな戦闘の報告をして怒られた後、今日もエイナが特別講義の時間を設けてくれることになった。

 

 美しいハーフエルフであるエイナにドキっとする間すら与えてもらえない徹底的なスパルタ講義は初日からベルの頭をパンク寸前まで追い込んだが、それだけ自分達のことを心配して真剣に取り組んでいることは理解できたし、スパルタながらも丁寧に教えてくれる世話焼きなエイナの好意は正直なところ嬉しい。

 

美人なエイナに世話を焼かれるのは男として喜ばしいことだとも思う。

思うけど、あのスパルタ講義が毎日続く光景を想像したら引きつった笑いしか出てこなかった。

 

 一方スズの方は「今日は何をおしえてくれるんだろう」とエイナのスパルタ講義を楽しみにしているようだ。

 『魔法剣士』の時や防具の時もそうだが、スズは農民であるベルではよく分からない、冒険譚には載っていないような細かいことも知っている様子だった。

 

 祖父に読んでもらった英雄譚以外にこれといった本を読んだことがあまりないベルとは違い、スズは沢山のことを学びながら生活していたのだろう。

今朝「ありがとう」と言われるのが好きで里のみんなのお手伝いをしていたと言っていたので、もしかしたら「ありがとう」と言ってもらいたくて沢山勉強して、その知識を誰かの為に使いたくて学ぶのが好きになったのかもしれない。

自分の為に知識を蓄えるインテリというよりも、そちらの方が優しいスズにしっくりくるイメージだ。

 

 そんなことをベルが考えていると唐突にスズが足を止めるのを見てベルも足を止めた。

昨日エイナから前衛に歩幅を合わせるようにと言われたので今日実際にそれをやっているのだが、さすがに初日ということもあって止まるのが少し遅れてスズより数歩先に進んでしまう。

でも、だんだん意識しなくても合わせられるようになってきた気もしないでもない。

 

「また三匹……かな。多分ゴブリン。帰り道なのに多いね」

 どうやらスズが遠くの足音を聞きつけたようだ。

 スズは地面にバックを置いて剣と盾を構え、ベルも手に持ったままの短刀を構えた。

 

 油断していた訳でもないし、ベルも不意打ちされないように気も配っているのだが、いつもスズの方が先に怪物(モンスター)を発見する。

 どうやって察知しているのか気になって少し前に聞いたら、「足音と息遣いでなんとなく判断してるだけだからあまり当てにしない方がいいよ」と技術として説明ができないことを申し訳なさそうに謝られてしまった。

 それでいてだいたい怪物(モンスター)の数と種類が的中しているのだからすごいと思う。

 

「二匹までなら何とか魔法なしでも引きつけられるから、一匹倒したら援護をお願いね。どうしてもダメそうだったら【魔法】を使うから気を付けて」

「わかった。スズもケガしないようにね」

 スズがようやく姿が確認できるところまで近づいてきたゴブリン三匹に向かって勢いよく駆け出し、ベルはその後ろを追い越さないように速度を落としながらついて走る。

 

 ゴブリン達もベル達に気づき唸り声を上げて地を駆ける。

 それは速度も合わせていなければ隊列も何もないただの本能に赴くままの猪突猛進な突撃だった。

 

 一番足が速いせいで先頭に立つことになったゴブリンに向かってスズは速度を落とさないまま盾を突き出して突進し、一匹目を盾で跳ね飛ばして転倒させてから、次に近いゴブリンに向かって速度を落としながら軽く地を蹴り、体を右にひねらせその遠心力に任せた剣による薙ぎ払いを二匹目のゴブリンの体に叩き込み、二匹目のゴブリンは勢いよく吹き飛ばされて二回三回と地面をバウンドしていく。

 

 三匹目のゴブリンが隙だらけになったスズに狙いを定め襲い掛かろうとしたところでベルは一気に加速。三匹目の横腹に膝蹴りを食らわせて怯ませた後、すぐさま逆手に持った短刀の柄に左手も添えて体重を掛けた振り降ろしで脳天一撃惨殺。

 一匹目が起き上がろうとしていたので反撃を受けないよう腹を思いっきり踏みつけてから同じく体重を掛けた一撃で心臓一突き惨殺。

 最後の一匹は衝撃で骨が粉々になっているのか起き上がることも出来ないようだが怪物(モンスター)に慈悲はない。

 おまけとばかりに惨殺。

 昨日エイナのスパルタで学んだとおり一匹ずつ確実に仕留めていき今回も何事もなく戦闘は終わった。

 

 スズがバックを取りに戻っている間にベルがゴブリン達から魔石の欠片を取り出し終わらせ、この作業にもだんだん慣れてきたものだと『怪物(モンスター)をスムーズに倒せた』ことよりも『魔石の欠片を早く回収できた』ことに満足していた。

 

「やっぱりベルが一番負担掛かってると思うんだけどなぁ」

「そうかな?」

 初動はスズの方が多く敵を受け持って【魔法】も使えるものだからベルは自分があまり活躍していないと思い込んでいるだけで、このペアの攻撃の要は間違いなくベルだった。

 

 一対一の状況を作り出す為にスズは多数戦になると今回のように怪物(モンスター)を転倒させたり吹き飛ばしたりしている訳だが、それに対してもしっかりトドメを刺して周っているベルの運動量は本人が気づいていないだけでスズの倍くらいにはなっている。

 

「エイナさんじゃないけど、ベルのことちょっと心配になってくるよ。無理したらやだよ?」

「どちらかというとスズの方が心配だったけど。さっきも無防備で危なかったし……」

「それはベルが一匹なら確実に止めてくれるってわかってたから。でもそうだね、今のはおあいこかな」

 そうスズは自分の非も認めた後「ケガしないようこれからも頑張ろうね」と笑顔を作り魔石の欠片を回収したバックを担ぐ。

 

「そういえばスズ。術式の創作はやらなくていいの?」

「移動中にちょこちょこ調整中かな」

「そうなの?」

「うん。まだ試してないから結果は分からないけど、ちょっと目の前の壁……出っ張ってるところを見てて」

 スズが指さす先のT字路の壁に一目でわかるくらいの出っ張りがある。

 おそらくアレのことだろう。

 

「【雷よ】」

 スズが【創作魔法】である【ソル】の基本詠唱を唱えると、壁の出っ張りからかなり左上にずれたところでバチンと小さな火花が飛び散った。

「出っ張りに座標を設定したつもりなんだけどやっぱり難しいね」

 

 【雷よ】の詠唱でバチンと今度は地面に火花が飛び散り、詠唱をする度にバチン、バチンと徐々に火花が近づいてくる。

 近づくにつれてブレが無くなっていき、スズの一M手前くらいになると壁の出っ張りから見て一直線の位置で火花が散った。

 確かめるように【雷よ】ともう一度唱えると同じところでまた火花が散る。

 

「もうできたってこと?」

「そうとも言えるし、そうとも言えないかな。今の術式だとこの距離までしか正確な座標設定ができないみたいで。【雷よ】」

 バチンと再び壁に火花を散らすが今度は右下にずれてしまっていた。

 

「ただの火花でこれだから、もっと複雑な術式になる広範囲に雷を落とせるようになるのは先になりそうだよ」

「【魔法】ってやっぱり難しいんだね」

「普通は『神の恩恵』の力で【経験値】から【魔法】の術式をそのまま詠唱文として作り出すと思うから、頭の中でいちいち術式なんて組まないと思うよ?」

 暴走しないように制御は必要だと思うけどね、とスズが苦笑している姿を見て、そんな苦労も知らずに無責任に英雄譚に出てくるような【大魔法】のイメージを言ってしまったことをベルは申し訳なく思えてきた。

 

「でもベルのアイディアのおかげで座標指定の術式感覚は何となく掴めたかな。ありがとう、ベル」

 それでもスズは笑顔でお礼を言ってくれる。

 どんなことでも純粋な好意として受け入れて純粋な好意で返してくれる。

 ベルはそれが嬉しい反面、ずっと助けられてばかりで恥ずかしくも思えた。

 これで突然隠された力が目覚めて【スキル】や【魔法】なんかが発現してくれれば「これからは僕が守るよ」と格好がつくのだが、まだ冒険は二日目。

 

 そんな都合のいいことが起こる訳もなく、今は少しでもスズに負担が掛からないようエイナの講義を真面目に聞かないとな、と帰る途中にまた遭遇したコボルト二匹にトドメを刺しながら思ったのであった。

 

 




『神の恩恵』を受ければ誰でもゴブリンなどの低級な魔物は倒せるので、しっかり立ち回りを覚えれば駆け出しの冒険者でもこんなものかなと自分はイメージしております。

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