スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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悪夢の始まりのお話。

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 【注意】
表現を緩和させることと、ある程度話の内容をぼかす為に電波が飛んでおります。
閲覧の際はご注意ください。

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Epilogue『悪夢と夢の始まり』

「最近蜂蜜酒だけでなくジェムも作っているようだけど、そんなに無理をして大丈夫なのかい?」

『『スズ・クラネル』の精霊化を心配しているのだったら問題ないわ。『魔導』と【雷魔戦鎚(ミョルニル・マジック)】の応用でその日に余った精神力(マインド)をジェムにしてストックしているだけよ。まあ多少血液も使っているけれど、私が『スズ・クラネル』の体調管理を怠る訳じゃないじゃない』

 

「そうじゃなくてスクハ君が無理してないかって聞いてるんだよ。一人で何でも背負い込まずボクに話してくれてもいいんだぜ?」

『一人で多額の借金を抱えている貴女にだけは言われたくはないわ、借金王さん』

「そ、それはそれこれはこれさ! とにかくボクも何か中層に向かう準備の手伝いをさせておくれよぅ! せめて心の負担を軽くして上げる~とか、美味しい料理を作って待っててあげる~とか、そういう些細なことでいいから何か君達にしてあげたいんだよ! これじゃあバイトしてジャガ丸くん貪り食ってるだけのぐーたら女神みたいじゃないかっ!」

 ベルのランクアップから九日。明日アドバイザーであるエイナに中層進出許可を貰えたらそのまま中層に潜るらしいので、危ない階層に初めて足を運ぶ可愛い子供達の為にヘスティアは何かをしてあげたいのだ。

 

『あら、しっかりぐーたら女神なことを自覚していたのね。少し貴方のこと見直したわ』

「そんなことで見直さないでおくれよっ!?」

『これでもお気楽な貴女にとても感謝しているのよ。バイトで忙しい中ぐーたらしつつも『スズ・クラネル』とベルの話し相手になってくれているだけで十分助かっているのだから、貴方はジャガ丸くんをつまみながらだらだらしている駄女神をしてなさい。お望みなら今から夜食でジャガ丸くんを揚げてあげるわよ?』

「ぜひ揚げておくれよ! ベル君も呼んで久々のジャガ丸くんパーティーとしゃれこもうじゃないか!」

『そこまで食い意地が張っているなんて貴女には失望したわ』

「え、ぐーたらした方がいいんじゃなかったのかい!?」

『冗談よ。そうやって何でもないパーティーを開いてくれるのが私としては一番助かるわ。結局ヴェルフの制作が伸びに伸びて、ランクアップ祝いとヴェルフの加入祝いと中層進出祝いを同時にやった方が早いという結論に至ってしまったのだから、家族水入らずで無邪気にはしゃぐのは悪くないとは思うのだけれど。それともなに、貴女はそういう日常で私達を支えてくれている現状が不満なのかしら?』

 不満なんてある訳がない。ヘスティアはこの生活に幸福を感じているし、ベルとスズも幸せを感じてくれている。スクハだってこうやって馴染んでくれている。幸せを貰い幸せを与えているこの暮らしは最高の時間だ。

『ジャガ丸くんパーティーをするのでしょう。なら早く更新を終わらせなさい』

「うぐぬぬぬ、なんだか軽く言いくるめられた気がしてならないよ」

『言いくるめた、というよりもジャガ丸くんに釣られたと言った方が正しいのではないのかしら』

「そろそろボク=ジャガ丸くんという発想はやめておくれよ!」

『そうね、駄女神と一緒だなんてジャガ丸くんに失礼だったわ。ごめんなさい』

「謝るのそっちなのかい!?」

 

 

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 スズ・クラネル LV2

力:i68⇒80   耐久:h113⇒124 器用:h101⇒110

敏捷:i64⇒77   魔力:g287⇒f309

魔導:i

 

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『流石に毎日5分の特訓では【全アビリティH】には辿り着けないか。まあ13階層の安全基準がIからHの中、ベルが最低Gの最高Eなんて化け物じみた伸びをしているから問題は一切ないのだけれど、純情な童貞の想いってものすごく重いのね。流石にこうも『剣姫』への想いで経験値ブーストされると反応に困るわ』

「こうなったらスクハ君、君がベル君のハートを撃ち抜くんだ! うん、それしかない!」

『貴女のその頭と大きな胸はジャガ丸くんで出来ているのかしら。なぜ私がベルのハートを撃ち抜かなければならないのかまるで意味がわからないのだけれど』

「そういうことは枕から離れてから言おうぜ」

 枕に顔を埋めているスクハの頭を撫でようとしたらぺちんと手で払われてしまった。意地を張っているのか、スズの気持ちがわからなくて気を遣っているのか、わかりやすい反応をしてくれるのにスクハは『ベルのことが好き』だと認めようとしないのだ。ヘスティアとしては自分がベルとくっつくか、スズかスクハ、もしくは両方とベルがくっつけば未来永劫皆幸せになれると安心できるのだが、スクハは重い腰を上げようとしてはくれない。

 

『とにかく、『スズ・クラネル』とベルにこれだけ【ステイタス】があれば多少の異常事態(イレギュラー)ではどうということもないし、いざとなれば私もいる。明日は安心して見送れるということでこの話はおしまいよ。ジャガ丸くんを食べたかったらそこをどきなさい。早くどきなさい。今すぐどきなさい。『剣姫』のことが大好きなベルでも呼んできなさい』

 スクハが暴れ出す前に背中からどくと、スクハは頬を赤く染めたまま調理場に入り無言のままジャガ丸くんを作る準備に取り掛かっている。

「ベル君もういいよ。スクハ君がベル君の為にジャガ丸くんパーティーを開いてくれるそうだぜ!」

「え、本当!? スクハの料理は初めてだから楽しみだな!」

 ヘスティアがドアを開けてそう叫ぶと上からベルの声と足音が響いてきた。

『話を脚色しないでもらえないかしら』

「いいじゃないかこれくらい。なんたってパーティーなんだからさ!」

 そんなヘスティアの言葉にスクハは小さく溜息をついた後、『そのくらいお気楽でいなさい』と頬を緩ませてそう言ってくれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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              §肉が蠢く音が聞こえた§

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 誰が悪かったかと聞かれれば間違いなく私が悪かったと私は自虐的に答えるだろう。

 結論から言ってしまうと、あの日、あの時、あの瞬間、あの夜に、平穏で温かい日々を送り続けられるはずだった私の故郷は滅んでしまったのだから。その原因の一端に自分が絡んでいるとなれば間違いなく自分が悪いと思ってしまうのは当然のことだ。自分の罪に沈みながら、悲鳴を聞きながら、罵倒を浴びせられながら、ぼんやりと色のない瞳で蠢く『ソレ』を見つめる。

 

 悪夢。

 

 夢だったらいつかは覚めてくれるのだが、あいにく実際に起こってしまったことを取り消すことはできない。時間旅行ができれば話はまた変わってくるのだが、時間旅行で歴史を変えたとしてもそれはこの『物語』が起きてしまったBという世界線とは全く違うCという世界線の『物語』であって、『スズ・クラネルという少女の物語』が存在しない別世界の話になってしまう。だから例え過去に戻れたとしてもこのBという世界線『スズ・クラネルという少女の物語』で犯してしまった『私』の罪は消えることはない。傷は消えることはない。何よりも赦されることを『私』が良しとしていない。

 

 話が脱線してきたので話を戻そう。

 

 あの日、怪物の養殖場であり放牧場だった『蠱毒の壷』の結界が外から破られた。お母様は久々の外部からのちょっかいだとノリノリで部隊を編成して『蠱毒の壷』を解き放った部外者と『蠱毒の壷』から解き放たれたであろう怪物の討伐に向かった。いざとなったら『蠱毒の壺』ごと魔法で蒸発させればいいとお母様は楽観視していたし、そんないつも通り調子に乗ってハイテンションかつ毎日を楽しんでいるお母様を守る為にお父様含めた精鋭隊は何の慢心もせず警戒していた。当然里にも警備を残し、いざという時の為非戦闘員は避難。お母様が消滅した時の保険である私は厳重に警護されていた。

 なのに里は滅んだ。精鋭隊が『最初』に討伐していた怪物のLVは3。数は多いが前線は一切問題なかった。しかし何の前触れもなく防衛をすり抜けて避難所が襲撃されたのだ。文字通り突然地面から生えた黒い肉塊に食われ、食われた数だけ肉塊は増え、食われた人の数だけ全ての怪物が力をつけ、倒された魔物もまるで体を回復するように復活を果たす。『ソレ』は個にして群だった。森の怪物全てを食らい、『蠱毒の壷』の怪物も食らい、結界のせいでダンジョンに還ることができない怪物達の怨念もその身に宿して『ソレ』は昇格したのだ。全く新しい新種の怪物に。正体不明神出鬼没無限に増え続ける悪夢。文字通り正真正銘の怪物。

 

 眼の前で護衛をしてくれていた人が食べられた。パン屋のお姉さんを奥さんに持つ気のいいお兄さんだった。パン屋のお姉さんも食べられた。里のみんなが家族で顔見知りだった。それが目の前で食べられ変貌していく。同じ形のナニかに変わっていく。放心している私をえっちゃんが手を引っ張って外に連れ出してくれた。イーちゃんとぶっくんの姿が見えない。何も聞いていないのにえっちゃんが首を横に振っていた。地面が、建物が、人が、肉塊に呑まれていく。浸食され変色していく。肉塊から黒い肉塊が生まれ出る。人の形をしたもの、怪物の形をしたもの、動物の形をしたもの、おそらく今まで『ソレ』が食らったであろう全てが侵食する肉塊から生まれ出て来る。逃げ場所は既になかった。それでもえっちゃんは私の手を引いて走ってくれた。それなのに私はえっちゃんに何もしてあげられなかった。黒い肉塊の群れに生きたまま食べられながらも「逃げて」と最後まで私の心配をしてくれたえっちゃんの言葉を無視して、ただ闇雲にもう手遅れだとわかっているえっちゃんを助けようと剣を振るうことしか出来なかった。

 

 里から人がいなくなり、黒い肉塊は私の目の前に集まっていく。肉塊だったそれが一つの怪物になっていく。獣や怪物、家族だった人達の体が絡み合った体は巨大な竜となり私を見下ろしていた。その体の中には先ほど食べられたえっちゃんだったモノも含まれていて、『蠱毒の壷』に向かったはずのお父様達もいて、黒い竜の形に絡み合ったみんなの瞳が私を見下ろしている。

 何でこんなことをするのか理解できなかった。何で私からみんなを奪うのか理解できなかった。なんで私だけ無傷で残すのか理解できなかった。なんで怪物の一部になったみんなが声を出して笑っているのか理解できなかった。無数の黒く変貌した手が頭や頬を撫で、何かを待つように私を見下ろしているのが理解できない。

 黒い肉塊の巨竜は私を愛おしそうに、傷つかないように優しく抱きかかえて飛翔する。向かう先は『蠱毒の壺』。『蠱毒の壷』から肉塊は広がっておりそこがこの怪物の住処なのだろう。お母様の【魔法】で地形が変化した肉塊の森を飛び越え、『蠱毒の壷』は外壁が三分の二ほど消し飛び底が見えないほどの大穴が空いている。黒い肉塊の竜が大穴に降下する中、大穴の手前で力尽き黒い肉塊に手足を食い千切られているお母様と目が合った。

 

 早く楽にしてもらいたかった。

 

 黒い肉塊の竜が私を地面にゆっくりと降ろす。お母様が強すぎて生け捕りにできなかったからダンジョンの核として私を使う気なのだろうか。自分だけ生き延びておいて贅沢な望みだが、何をされるとしても、出来ることなら痛くないよう終わらせてもらいたかった。そんなことをぼんやり考えていると黒い肉塊の竜が鳴き声を上げた。イヌ科の動物の鳴き声だった。

 

 

   ――――――――――――――仲直り しよ―――――――――――――――

 

 

 それは私が意味を持たせた鳴き方だった。

 それだけで事の顛末が何となくだが見えてしまった。要するに私が狼に意味を教え間違えたのだ。怪物を食べることは良いことだと教えてしまった。きっと狼はあれから怪物を食べ続けたのだろう。元々狼自身が怪物だったのか怪物に変貌してしまったのかはわからないが、最終的に狼は『蠱毒の壷』の結界を破れる力を蓄えて、『蠱毒の壷』そのものを取り込み昇格して変貌した。

 そして私は喧嘩は悪いこと、喧嘩の後に行う仲直りは良いこと、と教えてしまった。おそらく良いことである仲直りがしたくて狼は私が嫌がることをしたのだろう。何の悪意もないただそれだけのこと。私が喜ぶと思ってやったこと。そんな些細な意思疎通のすれ違いで私の大切なモノはすべて壊れた。私が壊してしまった。私の教え方が悪かったせいで、私の友達である狼に私の大切なものを全て奪わせてしまった。

 そんな天文学的な確率で起こり得る奇跡的な絶望が目の前にある神格化しつつある黒い肉塊だ。どんな霊的エネルギーや魔力が化学反応を起こしてこのような変異したかまではわからないが、目の前の黒い肉塊の竜の核が狼である事実だけは理解させられてしまった。だから黒い肉塊の竜は私を丁重に扱ったのだ。私を喜ばせたかっただけなのだからその行為は当然のことだった。

 いつものように私の頬を舐めようとしたのか竜の顔の部分を私に近づける。肉片の目達が私を見下ろしてくる。仲直りしようと訴えかけてくる。一緒に遊ぼうと訴えかけてくる。

 今やったことはダメなことなんだよ、そう教えてあげられる気力は私には残っていなかった。何の気力もわかなかった。皆と一緒に死ねたならどれだけ楽だっただろう。心の中で皆に何度も謝り続ける。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、と。だけど眼の前で蠢く皆だったモノに謝ってもそれはただの自己満足に過ぎない。私が犯した罪は許されていいものなんかではない。だから私は一切口を開かず、これは自分への罰なんだと何が起きてもそれを受け入れることにした。

 

 

「私の娘に手を出すなぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁッ!!」

 

 

 両足と右手を失ったお母様が黒い肉塊の竜の顔面を残った左手で殴り飛ばし、即座に左手からの魔力放出による推進で追撃しに飛びかかる。獣の咆哮に加えて、里の人達だったモノの悲鳴。それに続いて罵声を飛ばす。なぜ攻撃するのか、なぜ守ってくれなかったのか、なぜ見捨てたのか、彼ら彼女らが絶対にお母様に言わない言葉の数々にお母様は魔力で強引に両手両足を金色の光で再構築し、黒い肉塊の竜の胸の部分に乗りただひたすらに魔石が埋まっているであろう個所に拳を振り降ろして掘り進んでいく。

 

「子供達の声で鳴くな! 私の子供達を貶めるな! 私の思い出を壊すな! 私のォッ!!」

 

 お父様だった黒い肉塊が飛び出し剣でお母様の左胸を貫いた。一瞬の静寂。それでもお母様は止まらなかった。拳を振り降ろしてお父様だったモノを粉砕し、その衝撃で地面や壁が抉れ黒い肉塊の竜の肉塊を吹き飛ばした。私もその衝撃で壁に叩きつけられ息が詰まるが、その目をお母様からそらすことはしなかった。目を瞑ることもしなかった。それが限界を超えて命を燃やす最後の煌めきだとわかっていたから、わかってしまったから、私は自分の犯した罪と向き合うようにしっかりとお母様の姿をこの目に焼き付ける。

 

 

 

           ――――――――私の娘を返せ――――――――

 

 

 

 最後の一撃を放つと同時にお母様の体は金色の光になって消えていった。黒い肉塊の竜の魔石に亀裂が走り、黒い肉塊が塵と化し、森を覆っていた肉塊が収縮していく。

 その場に残ったのは私と、亀裂の走った巨大な魔石を腹に抱えるように一体化しているボロボロな体になった狼だけだった。狼はまだ生きている。トドメを刺すなら今しかないだろう。これが回復してまた肉塊を広げたら世界は破滅する。お母様の頑張りを無駄にしない為にもここで滅ぼすべきだということは頭ではわかっていた。わかっているのに、私にはそれが出来なかった。その行為を私は罰として受け入れられなかった。私だけが助かってまた新しく里を再建するなんて私自身が耐えられなかった。誰かに罰を与えてもらいたかった。

 

 ごめんなさい。

 

 私は狼と一緒に穴の底にいたまま『蠱毒の壷』だった大穴にそっと蓋を閉じるかのように結界を張り直した。えっちゃんの願いもお母様の願いも無駄して私は自分に身勝手な罰を降したのだ。

 これが私の犯した罪と悪夢の『始まり』だった。

 

 

 

 

 

 

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        §それでもお母様は私を外に連れ出してくれたのだ§

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 記憶が悪夢から飛ぶ。

 

 

 

「あそこ以上の地獄なんて世界のどこにもありはしないんだから、人の為に頑張って天国を目指した方がよっぽどいい。せっかくこうして助かったんだ。めんどくさい後処理なんて全部私に任せて、人助けしながら生きてった方がよっぽどいいだろ。今の自分見て天国で転生待ちしてる連中に胸張れるか?」

 姉さんがそう聞いてきた。罪だらけの私が誇れるわけがない。

「なら良いことしないとな。どうしても何も思いつかなかったら迷宮都市(オラリオ)へ行け。ロキかフレイヤ……。そうだな、ウラノスの奴辺りを頼るのもありか。今の迷宮都市(オラリオ)はな、地下の怪物倒して生計立ててるんだ。その、なんだ。罪滅ぼしが欲しいならちょうどいいだろ。そこで強くなってお母様の代わりに『黒竜』もぶっ飛ばして、こんなにも私は幸せになれましたって笑ってやれ。嫌なこと思い出しても笑い飛ばせるくらい強くなったら里に花の一つや二つ添えてやれ。そうなるまでは全部私と、お前のお母様が引き受けてやるから。お前の幸せは里の皆の総意だ。大好きだぞ、私の可愛い妹分」

 姉さんが私の体を強く抱きしめた。そしてお母様と何かを話している。

 

 ――――――――――――――――でもお母様は―――――――――――――――――――

 

 

 

 雑音とノイズと共に記憶がまた飛ぶ。

 

 

 

 馬車に揺らされる旅は初めてだったから不安も大きいが、皆の為に頑張らないといけないと思った。いなくなった、みんなの―――――――――

 

 ノイズが酷い。罵声が聞こえた。謝った。間違えた?

 良い子でいないといけない。なんで、なんで?

 怖い、何が、一人が、違う。ナニガ。

 

 私は一人【ファミリア】を探した。――――どうして――――

 

 どこにも家族はいなかった。失ったものは帰って来ないから当然だ。当然の報いだ。

 私が悪いんだ。―――ナニガ――――

 

 人の目が、声が、世界が、何もかもが怖い。私だけが違う。―――チガウ―――

 

 きっと私はどこにも受け入れられてもらえない。―――ドウシテ―――

 

 だって私は里を滅ぼした怪物と。―――カイブツ ト――――

 

 

 

 

 

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               §鐘の音色が聞こえた気がした§

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「大丈夫!?」

 倒れそうな私を支えてくれた人がいた。自分と同じ白髪赤目が特徴的な年上の少年。

 赤の他人である自分のことを心配してくれて、事情を聞いてくれて、それでいて深くは追及してこなくて、頼りなく見えるのにとても優しい人だった。

 私はきっと、この時から『スズ・クラネル』だったのだと思う。例えこの先何があっても『私』はこの出会いを忘れず、この出会いを誇れるだろう。そしてダンジョンに出会いを求めてやって来た彼にこう言ってあげるのだ。

 

 

 

 

 ダンジョンに出会いを求めるのは間違いじゃないことを証明してくれたのは貴方なんだよ、と。

 

 

 

 

 いつか私が悪戯っぽくそう言えるほど強くなったら沢山の花束を買って故郷へ行こう。作った蜂蜜酒も添えて迷宮都市(オラリオ)で作った沢山の思い出話を聞かせてあげよう。

 だから―――――――――――――――――――

 

§

 

 悪夢の中、そんな幸せな夢を『私』は鈴の音を頼りに追い求めているのだった。

 

 




今回は悪夢の始まり部分を少しだけ触れました。
まだ悪夢は続いておりますが事件当日の事象は大雑把ながらこれにて終了です。

こんな『スズ・クラネルという少女の物語』ですがこれからも見守っていただけると幸いです。

次章からいよいよ中層ダンジョンアタック。
万全で挑むベル達の運命は如何に。




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