焦げ付いた『
右の手甲も軽く削るだけで焦げは取れたので完全ではないが、整備を欠かさなければそれなりの日数使い続けることができそうな程度の損傷具合だ。耐えられなかったのは『
だが力を抑えて戦ってもらわなければすぐに壊れてしまう物で妥協することなんてできない。武器は使い手の半身だ。武器が使い手を裏切ってはいけない。互いの力を抑えつけてはいけない。防具もまた同じだ。使用者に合ったものを提供しなくてどうする。妥協していい訳がない。しかし単純に二倍の装甲にしても徐々に熔け落ちていくのがオチだ。なによりも練度が足りないし素材も足りない。
「表面装甲を耐熱コーティングしようにも俺の腕だとどうしても大きさがな……。さて、どうしたものか」
指先なども複雑な特殊コーティングを施そうと思うとどうしても物が大きく成り過ぎてしまう。カラクリ仕掛けで指を動かすとなるとスズの半身以上の大きさにもなる特大ガントレットになってしまう。そんな使いにくい物を作っても仕方がない。神々がその発想を聞けば『ハンマーコネクトキタコレ』と大はしゃぎするだろうが、そんなことヴェルフは知らないし知ったことではない。ヴェルフは客に合った武具を意地でも自分の手で提供してあげたいのだ。
「【
『精霊の加護を受けた作品よ。まあ一級
「要は『鍛冶アビリティ』の『属性付加』を精霊がやってくれてたんだろ。形状変化で行なう各形態の完成度高すぎだろ、くそ。形状変化の形はレスクヴァの想像力か?」
『そこの部分は精霊たちが命を吹き込んでからの
その言葉を聞いてヴェルフは「武器としての完成度は
ダンジョンから戻った夕暮れ時、スズに付き添いベルはヴェルフの工房に訪れていた。あらためてヴェルフはスズから『
「熱から体を守ってるコートとリボンは加護だけか?」
『このふんわりしたリボンとコートが実は金属だと言われたら貴方はどうするのかしら?』
「そこも
『安心しなさい。精霊達が過保護にお母様をごっこ遊びから守ろうとした産物だから
流石に金属を中に仕込むことは出来ても金属を衣服にする方法なんてヴェルフは思いつく気がしない。スクハのその言葉にヴェルフは胸を撫で下ろした。
『逆に言うと精霊や『恩恵』の力に頼らず耐性を持つのは難しいのではないかしら。特に『粉砕』属性が【
「そんな高価なもん手を出せるか」
『低ランクでよければおそらく作れるわ。体が精霊になりきってはいないし『神秘』もまだ持ち合わせていないから、本当にあればマシ程度だからあまり期待はしないで頂戴』
「そいつはありがたいんだが、ジェムなんてそう簡単に作れるもんなのか?」
『ジェムと言っても私の血を魔力で加工して結晶にするだけよ。言っておくけれどこれから作るものは私の一部なのだから、売ったり舐めたりしたら『スズ・クラネル』が許しても私が許さないから覚悟しなさい』
「そんなことするか。物は試しにそいつも素材に使ってみる。素材自体に使うのとコーティング用に使いたいんだがどれだけ用意出来そうだ?」
ヴェルフがそう聞くとスクハは少し面を食らったような顔をしていた。
「どうした?」
『いえ、精霊のジェムを使うのを拒むと思っていたから少し驚いただけよ。貴方は精霊の力に頼るのを良しとしない人だと思っていたわ』
「素材は素材だ。それに自分だけの力で打つんだったらランクアップで『鍛冶アビリティ』なんて目指さないだろ。俺は別に魔剣や精霊の力を否定してる訳じゃねぇ。なんの努力もせず人を腐らせる『クロッゾの魔剣』が嫌いなんだよ。それに冒険者が素材を取って来て
ヴェルフが「そうだろ?」と笑い掛けるとスクハが「そうね」と頬を緩ませる。会話は仕事の話しかしていないがヴェルフとスクハはもう打解けてくれているように見えてベルはなんだか嬉しくなってきた。
「そういえばヴェルフ、ジェムって宝石だよね。やっぱり飾りとかに使うの?」
「ん。ああ、普通の宝石はただの装飾に使うが精霊が作った宝石はまた別だ。飾りや杖に使っても効果があるが、精霊の力が宿った宝石は溶かして金属に混ぜても使える。そうすれば『鍛冶アビリティ』と同じように『属性』を武具につけられるから本当ならかなり高価な素材だな」
『私からしてみれば自分の下着を高値で取引されているようで非情に不愉快な話でならないわ。まあそれも赤の他人に私の一部を触られると思うと不快になるだけであって、知人や自分の武具に使ってくれるというのならまた別の話なのだけれど。精霊にとって生み出すジェムは友好の証みたいなものよ』
スクハはそう言ってから右手を伸ばし手のひらを広げ足元にマジックサークルを展開した。すると手のひらに金色の光が集まっていきそれが結晶となっていく。結晶からはほんのりと甘い香りが感じられ工房に染みついた鉄の香りを和らげていく。
「なんだこの甘い香りは?」
『蜂蜜の香りよ。ジェムは三つ作っておくけれど、このジェムではとても『
「使い捨て前提で頼まないでくれ。地味に傷つくぞ。それと巨大手甲案はもう俺の中でボツになってるからな」
『そう、残念ね。なら耐えられるものをいつか作ってみなさい。資金に技術と足りないものだらけだから気長に待ってあげるわ。とりあえず今はそれを使って中層向けの『
「今用意できる最高のもんは作るつもりだ。無茶なオーダーだが期待に応えられるよう全力は尽くすさ。今日はこいつを使って『
「僕のは急ぎでないし大丈夫だよ。無理せずに頑張ってもらえれば僕はそれで嬉しいから。完成楽しみに待ってるよ」
「そう言ってもらえると助かる」
ベルの防具も作らなければならないので、資金的に『
制作資金も制作技術も足りない今、『
妥協はしたくないのだが全力を注ぎこんでもどうにもならない現状を何とかするには完成を目指してただひたすら前進するしかない。作れないのなら作れるように頑張るしかない。ヴェルフの最終的な目標はヘファイストスが打った剣だが、その道の途中に『
§
「リリルカ、【スキル】が発現した。こういう時はおめでとうと言えばいいのだろうか?」
「それが本当でしたらおめでとうと言うのであっていますが、リリは【スキル】が発現するような特別な行動をとった覚えはないですよ?」
「そう言われても出てしまったから仕方がないだろう。これは使える【スキル】なのか?」
ダンジョン探索が中心の【ソーマ・ファミリア】なのにソーマ自身がダンジョン探索や【ステイタス】の知識に乏しいせいで何かとソーマはリリに相談を持ち掛けてくるようになったのだが、まさか自分の新しい【スキル】を質問されるとは夢にも思わなかった。新しい【スキル】は嬉しいのだが、相変わらず頼りなさそうな主神のソーマにはまだ少しばかり不安を覚えてしまう。
------------------------------------------------------------------------------------
【
・範囲内の仲間に全アビリティ能力小補正。
・自身の貢献による功績向上。
・想いが続く限り効果持続。
------------------------------------------------------------------------------------
ソーマの言う通り【スキル】が発現していた。聞いたことのない【スキル】なのでおそらくは【レアスキル】。効果範囲がどれほどのものかはわからないが、おそらくは無条件で仲間の【全基本アビリティ】を向上させるシンプルかつ強力な【スキル】がソーマの書き写した【ステイタス】には書かれていた。
自身の貢献による功績向上とは、戦闘の【
「内助功績……。内助の功?」
縁の下の力持ちということわざがある。リリの持っている【
ベルへの想いとサポーターとしての努力が【スキル】化したのだろうか。背中に『好きな人がいますよ』『好きな人の為に頑張っていますよ』と刻まれてしまったのだろうか。そう思うと羞恥にリリの顔はみるみる内に真っ赤に染まっていく。
「リリルカ、おめでとう」
「このタイミングで言うのはやめてください! ものすごく恥ずかしいですからっ!」
「な、なぜ俺は怒られたのだ……」
部屋の隅で丸くなるソーマに構わずリリは【スキル】についての考察を続ける。
もしも意中の異性がいてサポーターとしての頑張りが【スキル】化したのであれば、もっと早くに【スキル】化してもよかった筈である。【ステイタス】の伸びの悪いリリは毎日更新をしてもらっている訳ではない。前回の更新はソーマ改心後に半年ぶりの更新をしてもらってあまりの伸びの悪さに肩を落とした時だ。ミノタウロスと遭遇する前である。その時にはもうベルのことが異性として好きだったし、サポーターとしてやっていることは今までと何も変わらなかった。特別なことと言えばミノタウロスと遭遇したことくらいだが、これはこの【スキル】の効果とは無関係である。
ならば主神であるソーマを導いて【ソーマ・ファミリア】を良い方向に持っていった功績だろうか。功績として見れば大きいが【ソーマ・ファミリア】に対してそれほど大きな感情を抱いている訳ではない。ベルとスズの頑張りを無駄にしない為に、だらしがないソーマの面倒を見て、無事立ちなおしたら【ヘスティア・ファミリア】にコンバージョンするつもりでいるのだから功績は認められても想っている部分はやはりベルだと見た方がいいだろう。
でも、ベルよりもスズの面倒を見ている気がする。異性として好きとかではないがここ最近スズのことを心配してよく想っているしベル以上に心配な存在だ。ベルとスズどちらが大切だと聞かれると正直選べない。どちらもリリにとって掛け替えのない存在だ。いざとなったら【シンダー・エラ】で男になって、なんて馬鹿なことを考えてしまったことだってある。
ミノタウロス戦以降スズのことばかり考えてサポートしていたので、もしかしたらスズへの過激な世話焼きと想いが【スキル】化してしまったのだろうか。女の子同士なのにそれは、ないと思いたい。リリは「自分はノーマルなのだ」と自分自身に言い聞かせて取り乱し始めている心を一旦落ち着かせる。
今まで考えた全ての要素が複雑に絡み合って【スキル】化した。【レアスキル】なのだからそれくらい発現しにくい条件だと思った方がいいだろう。『想い人(男女問わず?)の為に陰ながらサポートする【スキル】』だと考えると、『想い人』以外の『仲間』を支援することも結果的に『想い人』の為になるのであながち間違っていないかもしれない。夫の為に近所付き合いや同僚や上司にお茶を出すようなものだ。
リリがベルとスズのことを想わなくなることなんて、リリ自身想像がつかないので今のところ【
これでもっとベルとスズの役に立てて、二人の負担が少しでも減ってくれると思うとリリは嬉しくて仕方なかった。後はヴェルフが装備を制作したら中層に挑むことになると思うのでそろそろ中層に向けて道具を色々と揃えていこう。リリは膝を抱えているソーマに「いつまでもいじけてないでしゃきっとしてください」と軽く活を入れてから、ご機嫌そうに【ソーマ・ファミリア】構成員の為に開くサポーター講座の準備を行うのだった。
§
一日一回五分程度だけダンジョン一階層の脇道で行なわれる特訓の光景を見てベルは唖然としていた。
右の手のひらが破損して耐熱手袋程度の効果しか発揮していない『
「【キニイェティコ・スキリ・オクト・ソルガ】」
攻防の合間一瞬だけ距離をとれたスズはマジックサークルを展開して追尾する閃光を八発同時に繰り出すが、リューはその閃光の合間を突進したまますり抜けスズの後頭部目掛けて回し蹴りをする。スズはそれを盾で防ぐも勢いを殺しきれずに吹き飛び、リューを追ってUターンする閃光に向かって弾き飛ばされてしまった。
「つァッ……。【アスピダ・ソルガ】ッ!」
剣を握りしめる右手を突き出して金色に輝く障壁を展開して八発の【キニイェティコ・スキリ・オクト・ソルガ】を防いだ時にはリューは既にスズの真後ろまで来ていた。スズの体は木刀で打ち上げられ、ベルにとっては毎度おなじみの空中連撃が始まるが、スズがまともに食らったのは初動の打ち上げと高速で繰り出される六連撃の内一発だけだった。他の攻撃は剣と盾で何とかさばき必死にリューの動きに食らいついている。途中で【ソルガ】で反撃を試みるも体を軽く捻るだけでかわされ、盾越しに地面まで蹴り飛ばされるが苦痛に顔をゆがめながらも地面に叩きつけられないよう受け身を取ってしっかりとリューのいる場所を見据え再び向かって行くが【ヴィング・ソルガ】の効果が切れた途端、反撃が一切できず防戦一方になり一発直撃を貰ってスズがダウンしたところで特訓は終わりとなった。
「毎日こんな特訓を?」
「妹さんのランクアップ前は【
「い、いえ! スズが提案したことだって聞いてますのでそんな謝らないでください! むしろスズの面倒を見てもらっている訳ですし!」
何度も心配で心臓が止まりそうになった特訓だったがスズは致命傷を負っていないしリューなんて一撃も攻撃をかすっていない。街や壁の被害を気にせずに足場も存分に使えるせいか市壁の特訓時よりもずいぶん過激な特訓になっていたが、互いに互いの力量をしっかり把握してぎりぎりの特訓をしているのだろう。よくもそんな器用なことができるものだと感心してしまう。
「リューさん、今日もありがとうございました。いつも無理言ってすみません」
「中層に備えるのは大切なので問題ありません。私の方こそあまり目立ちたくないのでこのような時間しか付き合えず申し訳ありません。眠らなければ体力も
「りっちゃんにも無茶しないように言われているのでしっかり休みますよ。それでは今日もお弁当頂きに行きますね」
「はい。シルも喜びますのでぜひ。クラネルさんもまた後でお会いしましょう」
リューはぺこりと頭を下げて先にダンジョンから出ていく。いつもはスズが回復しきってから一緒に出るらしいのだが、今日はベルが見学しに来ていることもあって安心してスズをベルに任せているのだろう。リューは人気のない時間を特訓時間に選んでいることからスズの為にダンジョン内で特訓に付き合ってくれてはいるがあまり長居はしたくないのだろう。
「ベル……無茶な特訓していたこと、怒ってる?」
「すごく見てて心配したけど、怒ってはないかな。前にも言ったけど強くなりたいって気持ちはわかるから。でも女の子が一人で真夜中に歩くなんて危ないと思うよ?」
「あはははは、心配するのそっちなんだ。でもそういう心配も、すごく嬉しいかな。いつも心配してくれてありがとう、ベル」
5分間全力で動いたスズは大の字に倒れたまま嬉しそうに笑った。
「ベルは【
「全然。スクハに【ファイアボルト】の平行処理からするように言われてるんだけど、いまいちイメージがわかなくて。中層に行くまでには出来るようになっておきたかったんだけど……」
「んー。今【ファイアボルト】と言って発動しなかったように、意識を向けてるか向けてないかで色々試してみればいいんじゃないかな。歩きながら【ファイアボルト】を撃つ気で『ファイア』でいったん言葉を止めながら3歩歩いて『ボルト』で発射。魔法の砲身を作り上げる術式と引き金が一緒の【速攻魔法】はそうやって練習すればいいと私は思うかな」
スズはそう言って体を起こすと「せっかくだから少し試してから帰ろっか」と笑いかける。
とりあえず試してみた一回目は何も起きなかった。しっかりと【ファイアボルト】を発射するイメージをしながらとアドバイスを貰いもう一度やってみると『ファイア』のところから違和感を感じて動けなくなってしまった。ただ数歩歩くだけなのにそれができない。しようとすると【ファイアボルト】を放とうとしていた右手がなぜか爆発してしまうような気がしてベルの額から冷や汗が流れ落ちる。
「大丈夫、そこで立ち止まれるベルは良いセンスを持ってるよ。普通はそこで無理をして
土壇場とはいえ一度【
「
「うん。手で標準をつけるのは……。なんとか。でもいつも狙ってから発動させてるからこれも少し危ういかも」
今まで発動させながら狙いを定めている訳ではなく、狙いを定めてから【ファイアボルト】を放っていたのでわからなかったが、発動させながら狙いをつけるのは中々に集中力がいる。それでも【
「それじゃあそのまま【ファイアボルト】の術式を保ちながらジャンケンをしてみよっか」
「ジャンケン?」
「うん。
そんな簡単なことでいいのだろうかと思ったが、歩くのも大変なのだから簡単な動作からやった方がいいのだろう。そんな軽い気持ちで一回やってみると、まさか後出ししながらジャンケンに負ける日がくるとは思いもしなかった。【ファイアボルト】の制御に集中しすぎているせいでスズの手と自分が出す手まで意識が回り切っていない。狙ってから発射するだけでいい【ファイアボルト】の【速攻魔法】という特性に今までずいぶんと助けられていたんだと実感させられてしまった。
「後出しで負ける度に罰ゲームを何か用意した方がいいかな」
ベルが「あれ?」と自分が出した手を見つめる中、スズは珍しくもくすくすと悪戯っぽく笑った。罰ゲームの内容は決まっていないが結局ホームに帰るまでに計五回も後出しして負けてしまった自分が情けなくなってくる。スズのことだから人が嫌がる様な罰ゲームは提案してこないと思うのだが、不意にスクハが『なにをやらせようかしら』と口元を緩ませながら呟くものだから少しだけ不安になってくる。
スクハに変なからかい方をされない為にも頑張って平行処理が出来る様にならないといけないなとベルは思うのだった。
リリに小さくも効果絶大な【スキル】が発現しました。
ヴェルフは装備を整え、リリは道具と知識を蓄え、ベルは並列処理の練習をしながらその日に備えるようです。
ダンジョン内でリューさんと派手に特訓してもらっているスズ。
全力で挑んで返り討ちにあっているだけですが、そこそこの【