「【
「はっきり言って最悪です。ヴェルフ様のネーミングセンスにリリはついていけません」
「りっちゃん、私はるーさんが付ける名前は可愛いくて良いと思うよ?」
「……リリがいない間にずいぶんと仲良しになられたようで。可愛らしいスズ様はそういった不用心さが誤解を招いたりするので、ベル様が一緒におられない時は工房であろうとホームであろうと二人っきりになったらいけませんよ?」
リリがまるでヴェルフから庇うようにスズの体をその小さな体で抱き寄せてヴェルフをジト目で見上げている。
「リリスケの大切な友達を取ったりしねえよ。俺にとってお前も含めて全員客であり仲間だ。そうやって警戒しながらも楽しくやって行こうぜ、な?」
そんなリリを子供が我儘を言うのを見守る様に笑うヴェルフに、リリは頬を膨らませて「スズ様に変なことしたらただじゃおきませんからね」とヴェルフからそっぽを向いた。スズ曰くリリはヴェルフのことを本気で嫌っている訳ではなく、ある程度距離を置いて人柄を見極めようと頑張ってくれているらしい。そんなことする必要ないのにと思ってしまうベルとスズが注意力不足で事件に巻き込まれないよう気を張り巡らせてくれているというのがスクハの意見だ。ヴェルフもそんなリリを嫌っておらず楽しくからかっている節があるので、仲良しこよしとは少し違うがすぐに仲間として打解けてくれるだろう。こういう関係も
「素材は前に倒したインファント・ドラゴンのドロップアイテムですか?」
「ああ。結構な重量になっちまったが動きに支障はないか?」
スズはさっそく鎧式の籠手部位を外して五本指全てを覆う琥珀色のガンドレット『
「今のところ問題ありません。装甲板も丈夫なのでこれならしっかり盾替わりにもなりますね。ありがとうございます、ヴェルフさん」
「気に入ってもらえたようで何よりだ。特性の耐熱グローブの上から熱耐性のあるインファント・ドラゴンの装甲が二層で覆っているから滅多なことでは熱を通さないと思うが、できることなら『鍛冶』で炎耐性属性も追加してやりたかったところだな。まだ試作品だから今日で使い潰すつもりで色々試してくれ。初めての試みだから改良点は多い筈なんだ」
「売らずに素材提供したレアドロップアイテムを一日で使い潰すつもりでだなんて、ヴェルフ様はずいぶんと経済的によろしくないお方なんですね。スズ様には絶対に必要な物なので試行錯誤をしてくださるのは嬉しいのですが、気づいたら素材代で借金まみれになんてならないでくださいよ?」
「取り分がかなり減ってるのは自覚してるんだ。パーティーに迷惑になる様なことはしないから安心しろリリスケ」
嬉しそうに笑うスズに、少し呆れたような顔をするリリに、からからと笑うヴェルフ。いつの間にか個性豊かなパーティーになったものだと、約束通りヴェルフが作って来てくれた鞘に牛若丸を収めながらベルの気持ちは嬉しさに高揚する。今まさに祖父の言っていた『
「それで今日は武具とスズ様のランクアップした能力のお試しとして引き続き11階層での稼ぎでよろしいでしょうか?」
「そうだね。僕も大剣に慣れておきたいし、それがいいと思うよ」
「中層はエイナさんからまだ許可を貰ってないから行くとしてもそこまでかな。るーさんもそれでいいかな?」
「俺としてもお前らの装備を新調してから気持ちよく中層に挑みたいからな。何よりも前衛予定の俺がリリスケの指示を理解出来なかったら話にならないだろ」
ランクアップしたスズが向上した【ステイタス】に馴染ませる必要がある他、『
10階層まではヴェルフでも戦っていけるレベルの魔物しかいないので、極力ヴェルフを前衛にベルとスズは軽いサポートをする程度にとどめることにした。これはヴェルフの【
「なんだか接待されてる気分だな」
「ヴェルフ様、気分なのではなくされているのです。LV1のベル様お一人でもこのくらいの魔物は軽く殲滅しておりましたよ?」
「そいつはまた、肩を並べて戦えるようになるのは骨が折れそうだなっと!」
魔物を倒しながらそう呟くヴェルフにリリは魔物の死体を運びながらそう答えると、ヴェルフはより気合を入れて魔物に挑んでいく。
「ところでリリ。ダンジョンはパーティープレイが基本だけど、こんなに楽をして【
「ベル様、これが普通なんです。死に物狂いな戦い方を全力で行なえば同じ魔物と同じ数戦っても入る【
「あの時は本当に心配掛けてごめんね、りっちゃん。なるべく無茶しないよう頑張るよ」
「無茶しないのは頑張ることではなく常識ですっ!」
現在位置は9階層。仲間が増えたこともあり心の余裕もずいぶんとできて会話をしながらの戦闘が続いて行く。油断している訳でも気を緩めている訳でもないのだが、ベルとスズがLV2に加えてヴェルフが10階層までなら適正能力だということも大きいだろう。戦闘がかなり楽になっているのだ。
今回は見通しのいい入口で狩るのではなく隊列を組んでの探索練習。霧で周りが見えない中仲間を見失わずに戦おうとすると自然に仲間と密集するのに加え、今後色々な地形に隠れている魔物の奇襲も『見えにくい状況』である霧の深い階層なら疑似的に練習できるので、11階層12階層は中層に向けての【
ヴェルフの近くに生れ落ちた魔物とリリの近くに生れ落ちた魔物両方をカバーしなければならないスズの負担は大きくなるのではないかと心配だったが、なんだかんだでスズがやっていることはヴェルフが一対一の状況に慣れるよう魔物をひきつけ、パーティーが危なくなる前に【ソル】や【ソルガ】で魔物を射抜くいつもと変わらない戦い方だった。
「りっちゃん、ベルとるーさんだけでも余裕ありそうだから『
「そうですね。では次のルームでベル様とスズ様のポジションチェンジをしましょう。くれぐれも無茶をしたらいけませんよ?」
「耐久テストだから一回だけ追加解放術式したいんだけど……」
「ちゃんとした理由があればリリは怒ったりしませんよ。ただし【ヴィング・ソルガ】の連続使用はしないでくださいね。再度使用するとしても緊急事態以外は一段落して小休憩を挟んでからにしてください」
いいですね、とリリが念を押すのに対してスズは笑顔で「大丈夫だよ」と答えた。この大丈夫が『心配しなくてもそんなことしないから大丈夫だよ』ならいいのだが、スズの場合は『少しくらい無理しても大丈夫だよ』という意味の大丈夫の可能性は大いにある。リリもそれが心配なのか魔石の採取する手を一瞬だけ止めて眉を顰めてしまう。
「本当に大丈夫だよ、りっちゃん。泣いて心配してくれたりっちゃんの気持ちを無下にしないから。どうしようもなくなった時しかもう無茶なことしないよ」
スズはリリを安心させるようにもう一度そう笑った。
「ならリリはスズ様が無茶なさらないよう、安全な橋をご用意いたしますのでしっかりそこを渡ってくださいね?」
「いつも頼りにしてるよ。ありがとう、りっちゃん」
笑顔でそんなやり取りをする二人をベルとヴェルフは温かい目で見守っていると、ピキリと壁に亀裂が入り魔物が生れ落ちる音がした。立て続けにピキリ、ピキリと魔物が生れ落ちていく。『
「スズ様、試すには絶好の数ですが、視界が悪いので離れすぎないよう気をつけてくださいね」
「うん。それじゃあ色々試してくるね。ベル、るーさん。りっちゃんのことよろしくね?」
「任せて!」
「おう、任せろ!」
スズの足元に金色の魔法陣が展開され、「【雷よ。第一の唄ソル】装填完了」の掛け声と共に剣が金色の光に包まれる。まずは試しにといわんばかりに一足で正面のオークまで接近して一閃。オークの胴体を剣で一刀両断した。ベルよりは遅い動きだが【ヴィング・ソルガ】を使った時のように素早く攻撃力も高い。LV2になったことで【ヴィング・ソルガ】なしでもこの階層の魔物を単純な【ステイタス】差でねじ伏せられるようになったことが伺える。それに加えてスズの【魔法】を吸収した剣の切れ味はすさまじいものがあった。さきほどの一撃で自分の【ステイタス】を把握できたのか、スズは【ヴィング・ソルガ】を唱えて鞘のベルトを外して剣と鞘で二刀流の構えを取りながらインプの群れに突撃して行く。
「『
鞘と剣が熔けて形を変え、波形の刀身をした剣二刀へとその姿を再構築する。二刀による剣舞がインプを流れるように一匹また一匹と倒していく中、スズを無視して後衛を狙おうと走るインプに対してスズは波形の刀身を伸ばしてそのインプの体を絡めとった。波形の刃は一個一個が線で連結した刃であり刃を崩すことで鞭のような絡み武器として使用できる『連接剣』だったようだ。スズが手を引くと刃で絡まれたインプの体が刃に締め付けられバラバラの肉片へと切り刻まれる。【
近くにいるインプとバッド・バットなどの小型の魔物を二刀の『
「『
二刀の剣が熔けて形を変え、今度は一本の槍へとその姿を再構築する。前回はすぐさま投げた為によく形状を確認できずにいたが、今回は近接武器として使用している為その形がランスであることがはっきりと確認できた。鍔から金色の光を噴射させ加速し一気にオークの腹を貫き、先端から金色の光を逆噴射させ離脱と共にオークの体を内部から吹き飛ばす。スズは空中でもう一度金色の光を噴射して離脱時の勢いを殺し、リリ側に近い敵から次々に突撃しては吹き飛ばしていった。
高速で飛び回り魔物を貫く金色の光はまさに圧倒的だ。パーティーの近くにいる魔物から順に次から次へと仕留めていくのでベルとヴェルフのやることは文字通りなかった。「
「ごめん、ちょっと予想より辛いかもっ……。オーク3、インプ2そっちに漏れるよっ」
「問題ありません! 残り56秒なのでスズ様もキリのいいところで合流してください!」
スズの宣言通り正面からオーク三匹とインプ二匹が向かってくる。ベルはリリのバックパックから大剣を受け取りオーク一匹を力任せに横薙ぎで胴体を切断して、続いてその薙ぎの遠心力で一回転しながら縦に振り降ろし二匹目のオークを縦に両断。大剣は勢い余って地面に突き刺さってしまった。慌てて抜こうとするが勢いよく振り降ろし過ぎたせいか地面深くに刃が突き刺さりすぐには抜けそうにない。ヴェルフが最後のオークに一太刀入れている間にインプ二匹がヴェルフの隙をついて飛びかかっていた。
慌ててベルは大剣から手を離してカバーに入ろうとするがほんの一瞬だけ間に合いそうにないと焦る矢先に、ベルの脇を抜けるようにリリのリトル・バリスタの矢が二本通り抜けてそれぞれインプの目と肩に突き刺さりヴェルフへの飛びかかり攻撃を阻害してくれた。空中で勢いよく発射された矢を受けてのけぞったインプが地面につく前にベルはヘスティア・ナイフと牛若丸の二刀で二匹のインプの首を刈り取り返り血がヴェルフにつかないように回し蹴りでいっぺんにインプの体を蹴り飛ばす。
「ベル様、新しい武器を試すのは構いませんが武器に振り回されないでください」
「ご、ごめんリリ! ありがとう!」
「助かったぜリリスケ。なんだよリリスケも戦えるじゃねえか」
「非力なリリを戦力として見ると痛い目をみますよ! スズ様、残り20秒切りましたからそろそろお戻りください!」
リリの言葉に再びスズの方に意識を向けると、スズはまた一匹ハード・アーマーの装甲を『
「『
ランスが崩れ剣と鞘に戻り、剣と盾が合わさり刀身130Cとスズの身の丈よりも長い広刃の十字大剣にその形を変えた。鞘をその場に転がし両手でしっかりと『
「『
鞘を左手で拾い上げ『
【ヴィング・ソルガ】の制限時間が残り僅かなこともあり、スズが『
ジャストカウントダウン0秒。スズがベルの後ろに着地すると同時に【ヴィング・ソルガ】の光が四散して消えていった。
スズが暴れに暴れまわり、最後に【ソル】を連射したおかげで目視できる魔物の姿はもうない。リリは遠くに転がる魔物の死骸からの魔石回収は後回しにしていつも通りスズに水を掛けて体温を冷やしてあげ、汗を濡れタオルで拭ってあげている。その間魔物の姿がまだ見えないがまた近くに生れ落ちる可能性もあるのでベルとヴェルフは周囲の警戒に気を張りつめた。
§
「スズ様、予想よりも辛いとおっしゃっていましたが体に何か異常はありませんか?」
「少しまた体が傷む程度かな。『
「そこで無茶をなされるよりもよほどいいです。もう少し早くにリリ達を頼ってくださればもっとリリは嬉しかったですね。他に何かお体に異常は?」
「えっと、他の形状変化には『
スズは苦笑しながら手のひらを見せた。左手の『
「一回の戦闘にも耐えられなかったか。すまん、完全に俺の腕不足だ。だけどこの失敗を次に生かしたい。ランスタイプの時も右手だけで扱っていたが、その時の破損具合はわかるか?」
「熔けた手のひらではなく、魔力の推進で焼けた手甲部分を目安にすれば大丈夫だと思います。熱量は多分同じだと思いますから」
「そうか。表面だけ焦げているのか、奥の方まで焼かれているのか調べる為に少し表面を削りたいんだが――――――――――」
「はいはいストップです! そういう職人な話は帰ってからゆっくりやってください。少し時間が経っているのでいつまた魔物が出て来るかわかりません。もうすぐ回収作業も終わりますのでそういう長い作業は人の多い11階層入口で休憩する時にするかダンジョンの外に出てからにしてくださいっ!」
リリに注意されてヴェルフが慌てて「悪い」と謝った。職人としてスズの全力に耐えられるものを提供してあげたくて早く色々と模索したいのだろう。
それでもダンジョン内ということもありヴェルフは頭を切り替えて、思い悩むこともなく前衛としてしっかりと立ち回り、スズは右手の『
武具を作るにも素材とお金は必要なので、良い物を作る為にもヴェルフにとってダンジョン探索は必要不可欠なのだ。
ナァーザもそうだったが、駆け出しの職人職というのはお金のやりくりが大変である。それなのにタダで自分達の装備を新調してくれようとしているのだからヴェルフの財布事情が心配になってきてしまう。ベル達は素直に武具の代金を貰った方がいいと言ってあげるのだが「職人に二言はない」とそこはヴェルフは意地になって譲ってくれない。
そんな意地になるヴェルフを見て、いつかヴェルフが食費すらも出し惜しんで武具の制作に没頭するのではないかと心配になってくるベル達であった。
【追加詠唱式】なしでいきなり破損する『
どうなるるーさんのサイフ事情。
大盾『
【ヴィング・ソルガ】とセットで発動している為、上層相手にはベル君と同様に無双することができますが、負荷が大きく乱発できないのが今のところの欠点ですね。
【ヴィング・ソルガ】なしでも『魔導』で可変と装填できたりしますが、今回は耐久テストということもあり【ヴィング・ソルガ】で使えるかどうかを試したようです。
各種【追加詠唱式】による必殺技は長らくお待ちください。