「最近スズ君が無茶をしている?」
『ええ、ものすごくね。貴女が最初に施した条件付けが少し甘かったようね。『生きて帰る』ことには専念してくれるし『物事を考える』こともしてくれるけれど、『死なず』『倫理観に背く行為』以外なら大切な人の為に行動の最適化を【
今日は珍しくスクハがリリのところに遊びに行くので風呂屋へ行く前に【ステイタス】の更新を行なっていると最近スズが無茶をしていることをスクハが教えてくれた。
『【
「何か当てはあるのかい?」
『『巫女』としての【
「精霊はボク達神と一緒で本来子をなせないからね。ボクも君の子供が見られないのは避けたいかな。早く君達の子供の顔をボクは見たいよ」
『そんな孫の顔が見たい母親のような軽いノリで軽々しく言わないでもらえないかしら。それと『私』の子ではなく『スズ・クラネル』の子だから、そこのところ勘違いしないでもらいたいのだけれど』
スクハがボフっと枕に顔を埋めた。
流石に何度もからかうのは可哀そうだと思いヘスティアは何を誰で想像したのかは聞かないでおいてあげる。
「スズ君の子は君の子でもあるだろう。まったく強情だな。そう言えば子供ができるならスズ君は『巫女』だけどまだヒューマンということでいいのかい?」
『貴女、そんなこともわからないだなんて、いつか魔物を眷族にしてしまうんじゃないかと心配になってくるわ』
「いくらなんでも魔物なんかが目の前にいたら一発でわかるさ。スズ君はヒューマンなのにスクハ君が精霊っぽいのが気になってるだけで、ボクにだってしっかり人を見る目はあるんだぜ?」
『そう、なら安心ね。少しだけ『巫女』について補足をしてあげると、そうね。精霊になると体の成長が止まってしまうから『巫女』がある程度成長するまでは調整期間として完全な精霊にはせずに育てるのよ。精霊の血が濃いせいで見ての通り成長は遅いけれど、神がヒューマンと認識するのなら『スズ・クラネル』はまだヒューマンなのでしょうね。ただ【
「するわけないだろ、そんなこと。君の今までの話から察するにスクハ君はスズ君の精霊部分も受け持ってるんだろう? ボクにスクハ君を切り刻んでスズ君に移植するような真似をしろってのかい?」
ヘスティアが呆れたようにそう言うとスクハはほんの少しだけ黙ってしまった。
おそらく図星だろう。
それを悟られたくはなかったのかスクハは軽く溜め息をつく。
『神の直感というのも馬鹿にならないわね。当たらずとも遠からず、『私』という存在から【
「いっそのこと準備が整い次第スズ君のランクアップを待たず中層に挑むのもありなんじゃないのかい? ベル君の成長は残念なことに絶好調だし、新しい子……えっと、ヘファイストスが気にしていた
『身体能力的には遥かに格上相手と戦闘して、その【
「ホームでくらい楽観的に物事を考えようぜ」
ヘスティアはのんびりとやっていた【ステイタス】更新作業をテキパキと終わらせる。
「あ、ランクが上がった」
『冗談はその大きな胸だけにしときなさい』
「いや、ほんとだって! 見ておくれよ、ほら!」
疑って茶化すスクハに必要な【ステイタス】を書き写して見せた。
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スズ・クラネル LV1⇒更新可能
力:f300⇒e422 耐久:e402⇒d506 器用:e420⇒d521
敏捷:g283⇒f368 魔力:ss1020⇒sss1144
【発展アビリティ】候補
『神秘』『魔導』『精癒』
『狩人』『調合』
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『小竜とはいえ竜殺しに貢献したからかしら。それとも『私』の知識を引き出したから……。【基本アビリティ】と上位の【
「いや、【スキル】の方は相変わらず君が触れるなって言った奴しかなさそうだったから引き上げてないよ。それよりも【基本アビリティ】の伸びと【発展アビリティ】の数がおかしなことになってるんだけど、こっちの方に心当たりはあるかい?」
『【基本アビリティ】は適正以上の相手と接近戦をしたことと、リューに特訓をつけてもらっているせいかしらね』
「まだ特訓を続けてたのかい?」
『ええ。リューの仕事に差支えのない程度に昨日今日と特訓をつけてもらっていたわ。日も昇っていない時間にこっそり抜け出してね。魔力は昨日の分と今日リリが本気で心配してくれたのが嬉しかったのかもしれないわね』
「あー、昨日のスクハ君は更新どころじゃなかったからね」
昨日は更新をしようとしたらスクハが放っておいてと枕を離さなかった。
どうしたのかを聞くと『『スズ・クラネル』が無茶をして強制的に私を引っ張り出して来たわ。二人で買い物をする破目になったのは貴女のせいよ』とスクハが答えたものだから、つい「デートができてよかったじゃないか」と茶化してしまった結果枕が飛んできて結局【ステイタス】を更新させてもらえなかったのだ。
『その話は今はどうでもいいでしょう。とにかく【発展アビリティ】についてだけれど、神の十八番『神秘』は『巫女』だからこの先も多分出続けるでしょうね。『調合』は里の『
スクハの説明になるほどとヘスティアは納得する。
おそらくこれらの知識はスズがエイナに【発展アビリティ】の発現条件を聞いて学んだことなのだろう。
「どれを発現するのかはスズ君とベル君を踏まえて話し合うとして、【
『『私』にはあまり必要ないけれど、対象や効果時間などを増やすのは中々に大変なのよ。使う度に術式を高速で書き換えていたら脳がその内耐えられなくなるわ。【発展アビリティ】は【スキル】と重複してくれるからずいぶんと負担が減ってくれるはずよ。だから『私』は『精癒』よりも『魔導』が欲しいところね。単純に威力の水増しにもなるし』
「スズ君の負担を減らせるならボクも『魔導』の方をスズ君にオススメしたいけど、スズ君にランクアップのことを伝えたいから変わってもらっていいかな?」
『ええ。これで少しは無茶を止めてくれると嬉しいのだけれどね』
スクハはそう言い残してスズに変わる。
「あ、えっと……。更新の結果は……」
「無茶したのはよくないけど、まずはおめでとうスズ君。念願のLV2になれたよ」
ヘスティアが「ベル君とおそろいだよ」と頭を撫でてあげるとスズは明るい笑顔で喜びベルの呼びに飛び出して行った。
スクハがやけにランクアップをしたことについて気にしていたのが少し気になるが、これでスズはランクアップをする為に無茶をすることはなくなるだろう。
無茶したことは注意しなければならないがまずは祝ってあげないとなとヘスティアの頬は緩むのだった。
§
「スズ様、嬉しいのはわかりますが、リリがどれだけそのランクアップする為の無茶で心配したかをお忘れないようお願いします。LV.3になる時もあのような無茶をするようでしたら首輪をつけてでもスズ様の行動を全部監視させていただきますからね。いいですね!」
「ご、ごめんね、りっちゃん。もうあんな無茶な【
「ランクアップおめでとうございます、スズ様。ランクアップしたこと自体はリリも自分のことのように嬉しいですから安心してください」
「ありがとうりっちゃん!」
風呂屋の湯船に浸かりながらさらりとランクアップ報告を受けるとはリリは思いもしなかったが、年相応に喜んで抱きついてくるスズの姿は微笑ましく感じで「もう無茶したら嫌ですよ?」と念を押しながらもリリはスズの頭を撫でてあげる。
「サポーター君、スズ君が心配掛けたね。スズ君のことを思って泣きながら叱ってくれたんだって?」
「それはもう心配しましたよ、あんな無茶をされては。ヘスティア様もベル様もスズ様が可愛いあまりちゃんとお叱りになったことないんじゃないんですか。甘やかせすぎもよくはありませんよ?」
「うっ……。それはわかってるんだけど、ほら、スズ君は良い子過ぎて叱るタイミングがないんだよ」
「今日叱るタイミングがあったばかりじゃないですか。みんながみんなして優しすぎるのも問題ですね」
目をそらすヘスティアにリリはジト目で睨みながらそう言い、今後もスズを叱る役目は自分に回ってくるのだろうなと深くため息をついた。
「それでスズ様。【発展アビリティ】は何が選択できるんですか?」
「えっと、沢山あるけど欲しいのは『魔導』か『精癒』かな。『精癒』があれば
「そうですね。【ヴィング・ソルガ】の負担が減るのでしたら『魔導』でしょうか。熱量もそうですが、体にずいぶんと負荷が掛かっていることをスクハ様からお聞きしたばかりですし」
「満場一致同じ理由で『魔導』みたいだね。皆これだけスズ君のことを心配してくれてるんだから、もう自分の体をいじめるような真似はやめておくれよ?」
ヘスティアはリリに抱き着いているスズを自分の方に抱き寄せてぷにぷにと頬を人差し指でつつく。
経済的には『精癒』が恋しいところであるがそんなものよりもスズの体の方が大切だ。
スズのことだから誰かの為に『魔導』で負荷を増やして効果を底上げする可能性も大いにあり得るが、そういう時は誰かが本当に危ない時なので心配だが目を瞑るしかない。
しっかり言えば今日のような【
ミノタウロスとの戦いのような緊急事態に陥らない限り、堅実にいけばベルとスズなら問題なく中層で戦っていけるだろう。それに加えてリリスケとからかってくるがお人好しそうな前衛
後はもう少しヴェルフを含めたパーティープレイに慣れてスズの為に耐熱グローブを用意すれば中層攻略に入れる。
まだリリが踏み入ったことのない領域なので不安はあるが、ベルとスズの為に自分ができることを精一杯頑張ろうとリリは少し早めの覚悟を決める。
さし当たってはいつ挑むことになっても大丈夫なように中層から安全地帯である18階層までの地図を頭に叩き込んでおかないといけないだろう。
今週はさらに忙しくなりそうだと内心苦笑しつつも大切な人の側で頑張れるのは『楽しいこと』だと思えた。
「そういえばヘスティア様。いつも思っていたんですが、リリ達以外に人が滅多に来ないとはいえ鍵は掛けておいた方がいいと思いますよ。【ファミリア】の方針でも流石に不用心かと。『レスクヴァの里』の住人だから背中の【ステイタス】なんて飾りだと思っているのでしたら考えを改めてくださるとリリはとても安心できるのですが」
「ん?」
風呂屋で背中の【ステイタス】を丸出しにしているのはよくないと進言するとなぜかヘスティアは不思議そうに首を傾げていた。
「背中の【ステイタス】隠蔽の話です!」
「え? 【ステイタス】って隠す方法があるのかい!?」
「リリ達に興味がお持ちでなかったソーマ様ですら【ステイタス】の隠蔽を施してくださいましたよ。今度ご神友のミアハ様にやり方をお聞きになってください」
まさか【ファミリア】の方針『無害な仲良し家族』アピールでワザと隠さないのではなく、【ステイタス】の隠し方を知らなかったとは思いもよらなかった。
主神含めて本当に常識はずれな人達で心配になってくる。
リリは大きく溜息をついてからヘスティアに無抵抗で愛でられているスズを手招きすると、スズはヘスティアの手から抜け出してやってきてくれる。
「どうしたの、りっちゃん?」
「いえ、スズ様があまりに無防備だったもので。こうして見ると本当に猫みたいですよね。スクハ様がついているとはいえ異性の方には本当に気をつけてくださいよ」
「そこはボクもものすごく心配してる場所だね。サポーター君から見て新しく入って来たヘファイストスのところの子、ヴェルフ君はどうだい?」
「そうですね。スクハ様が警戒されなかっただけあって職人気質な方でしょうか。少なくともスズ様やリリのことを異性として見ている様子はありませんでしたね。ぱっと見ただけですが前衛としての腕も
「サポーター君が妥協点を出してくれるなら問題ないかな。ヘファイストスが気に掛けている子だから仲良くやっておくれよ」
もちろんパーティーを組むからにはベルとスズの為にも全力でサポートする気ではいるのだが、リリは『リリスケ』とからかってくるヴェルフのことが少し苦手だ。
スズも初回から愛称をつけて呼んで来たがヴェルフはよりにもよってパルゥムである自分が気にしている身長のことでからかって来たのだ。いつも
「それにしてもヴェルフ様は家名を気にしていましたが、魔剣を打てなくなった凋落した鍛冶貴族として他の
「いや、その逆で『魔剣を打てる』のに『魔剣を打たない』から誹謗中傷されているみたいなんだ。『宝の持ち腐れ』『出来損ないのクロッゾ』ってね」
ヘスティアの口から思っても見ない言葉が飛び出して来てリリは驚きに目を見開いてしまった。
「魔剣を打てるって……あの『クロッゾの魔剣』をですか!? 『海を焼き払った』と謳われるあの!?」
「そう。正真正銘の『クロッゾの魔剣』を作れるんだ。贋作ではなく、作れば富と名誉が約束されるような一級品の魔剣を作れるにも関わらず、彼は魔剣を作らないんだ。
もったいない、そうリリは思った。
それと同時にヴェルフはクロッゾを名乗りたくない理由を何となくだがリリは理解できた。
ヴェルフは自分を見て欲しいのだ、『クロッゾ』ではなく『ヴェルフ』としての作品を見てもらいたいにも関わらず、『クロッゾの魔剣』を打てるばかりに否応なしに『クロッゾ』として見られてしまう。
職人気質のヴェルフはそれが嫌だったのだろう。
才能のないリリとは真逆の理由でヴェルフは自分を見てもらえなかった。
人は生まれる場所を選べない不幸をリリはよく知っている。
それと同時に自分自身を認めてもらえた時の嬉しさもよく知っている。
ヴェルフはようやく『クロッゾの魔剣』ではなく自分の作品を認めてもらえて、ヴェルフという一人の
魔剣があればダンジョン探索も楽になるし才能のない自分でも戦えるようになる。
リリが戦えるようになればベルとスズの負担が減る。
しかし富や名声よりも自分を見て欲しいと『クロッゾの魔剣』を打たないヴェルフに魔剣作成の依頼をしても間違いなく断られるだろう。
最悪失望されてヴェルフはパーティーから抜けてしまう恐れがある。
ベルとスズが求めているのが『クロッゾの魔剣』ではなく
「海を焼き払うなんて力を皆が振るったら住むところがなくなっちゃいますからね」
スズの言う通り『クロッゾの魔剣』を市場に流すのは倫理的にも不味い。
大国ラキアの振るう『クロッゾの魔剣』に森を焼かれ住む場所を失ったエルフや精霊は多いのだ。
そんな悲劇を繰り返さない為にも『クロッゾの魔剣』をむやみやたらに作るべきではない。
そういった意味で今後もヴェルフは『クロッゾの魔剣』を市場に流すことはないだろう。
しかし『クロッゾの魔剣』のネームバリューは大きい。
利用しようとよからぬことを企む輩や、先代の恨みを持つ者も多いことだろう。
本当にベルとスズは厄介ごとを持ってきたものだとリリは溜め息をついてしまうのだった。
スクハが疑問を抱いているものの無事スズもランクアップできたようです。
次回スクハとリリのお泊り会は長らくお待ちください。