スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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これから英雄になる少年と一緒に歩くお話。


Chapter13『アルゴノゥトとの歩き方』

 カヌゥ達の生活は最悪だった。

 

 魔石を売ろうにもギルドの施設が使用できない為、他の冒険者に魔石を買い取ってもらわなければならず、冒険者の店ではどこでも門前払いされ裏ルートで武器の整備やアイテムを買わなければならなかった。

 

 商店街も既にカヌゥ達の顔が知れ渡っており、見つかるとどこからともなく冒険者が駆けつけてきては理不尽な暴力を振るい叩き出される。

 食料の仕入れすら他の者に頼らなければならず高値で買わされる羽目になった。

 それどころか寝床もダイダロス通り程度しか比較的安全なところはなく、カヌゥ達ならストレス発散の道具にしていいと考えついた倫理無き冒険者達は目聡くカヌゥ達を見つけては理不尽な暴力と搾取を繰り返してくる。

 

 少し前のカヌゥ達は搾取する側の人間だったのに今では搾取される側の人種になっていた。

 

 都市外に逃げようと考えたがギルドの検問が冒険者であるカヌゥ達を外に逃がしてはくれない。

 経験値を持ち逃げされ外の派閥に付かれないよう警戒されている。

 派閥につかれなくても野盗にでもなられて商業用の馬車を襲い始めたら迷宮都市(オラリオ)の信用も落ちて交易に障害が出てしまう。

 問題を起こす可能性がある冒険者を外に出す訳にはいかないのだ。

 

 夜な夜なこっそりと逃げ出そうとしたこともあるが、その時間帯は倫理無き冒険者達がカヌゥというカモがやってこないか目を光らせている。

 どこを寝床に選んでも必ず場所を突き止められて張り込まれてしまうのだ。

 カヌゥ達が今一番安全な場所はダンジョンの一階層隅であり、今は交代制で見張りを立てながら小さなキャンプで寝泊まりしていた。

 

 一人ではこの状況を打破できないのを知っているから連れも我慢しているが、そろそろこの生活の原因を作る『リリルカ・アーデを使った稼ぎ』を思いついたカヌゥへの不満は溜まりに溜まってしまっている。

 態度も最近悪くなり、カヌゥはいつ仲間に寝こみを襲われてもおかしくない状況にまで陥っていた。

 

 

 だからカヌゥは提案した。

 どうせ底辺に落とされたなら落ちるところまで落ちて復讐しようと。

 

 

 どうせ追われているのならいっそ原因を作った『白猫』に恨みを全てぶつけて復讐した後、ギルドの検問や逃走の障害となる者を殺害して強行突破する。

 幸いダンジョン暮らしを始めたおかげでカヌゥ達の居場所は特定されておらず、冒険者達の立ち話を盗み聞きすることで外の情勢はある程度わかっている。

 

 地道に魔石を集め、足元を見られながらも準備を整えて、搾取されながらも『白猫』に死んだ方がマシな目に合わせてやるという復讐心だけを生き甲斐に今日まで生きて来た。

 

 そして決行当日。

 9階層で『白猫』を待ち伏せしていると上層にふさわしくない冒険者同士の抗争を目撃することになった。

 最初はこんな日に限ってついていないと思っていたが、抗争しているのが迷宮都市(オラリオ)最強のオッタルとアマゾネスの集団であり、そのオッタルが大型カーゴを守るように戦っているせいで手間取っていることが見て取れた。

 

 第一級冒険者、それもかの有名な冒険者がソロで潜る時に持ち運んでいる物資。

 食料もそうだがスペアの武器や防具。

 それに加えてダンジョン内で手に入れたドロップアイテムや魔石がたくさん詰まっていることだろう。

 

 外に逃げ出しても先立つものは必要だし、強い武器や強力なマジックアイテムでも入っていれば『白猫』への復讐にも役立つ。

 

 カヌゥ達はオッタルの隙をついてカーゴを奪い去った。

 アマゾネスの集団を相手にして思うように動けないオッタルの叫びを無視してすぐさま離脱。

 すぐさまカーゴを開けて使えそうな物だけを持っていこうとカーゴを開けるとそれが現れた。

 

 

 

『ヴォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォォ゛ォオ゛ォォオ゛ォォ゛ォオ゛ォオ゛ォ゛ォォォオ゛ォ゛ォ゛ッ!!』

 

 

 

 その巨体と『咆哮(ハウル)』でカヌゥ達の思考は完全停止した。

 

 カーゴの中に入っていたのはミノタウロスだった。

 片角を失ったミノタウロスが大剣を振り降ろしカヌゥの仲間のうちの一人を一刀両断し、続いて薙ぎ払いで残りのメンバーもまとめて切断されてしまった。

 

 上半身と下半身が両断された仲間達の悲痛な叫びが遅れてダンジョンに響いた。

 まだ生きているが助からない。

 すぐに死ぬだろう。

 むしろショック死出来た方が楽だっただろうに運のない奴らだ。

 

 カヌゥは冷めた思考でそんなことを思いながらもリリから奪った魔剣を取り出した。

 こんなものが効くとは思わない。

 だからカヌゥは最後の悪あがきをした。

 ただの自己満足でミノタウロスがそれを実行する訳がないと頭で理解しながらも、何もせずに死ぬのはごめんだったのだ。

 

 

「俺を食えや。俺がてめぇの血肉になってやるから、てめぇは俺の復讐を果たせ。てめぇらミノタウロスは伝承だと女が好きなんだろ。『白猫』を滅茶苦茶にしてくれよ。最後は生きたままゆっくり食らってくれよ。俺をお前の一部にして共感させてくれよっ! あのクソ生意気でいい子ちゃんぶってる『白猫』に地獄の苦しみを味あわせてくれよッ!!」

 

 

 カヌゥは魔剣をミノタウロスの手前に投げ渡して両手を広げ狂気の笑みを浮かべる。

 ミノタウロスは魔剣と無抵抗なまま笑うカヌゥを交互に見た。ちょうど食事をしていなかったミノタウロスの腹の虫が鳴いた。

 大剣を地面に突き刺しカヌゥに手を伸ばしてそのままカヌゥの望み通り頭から被りつく。

 カヌゥは最後の断末魔を上げるまで狂ったように笑っていた。

 

 

 

 

 ――――――――俺の願いを聞き届けてくれてありがとよ。どこの誰だか知らねぇ神様よ。

 

 

 

 

 食事を終えたミノタウロスは大剣と魔剣を拾い上げ、何かに導かれるよう真っ直ぐに上の階層を目指して歩き始めるのだった。

 

 

§

 

 

 【ロキ・ファミリア】が遠征に出る特訓最終日。

 アイズとレフィーヤ、そして途中から参加してくれたリューにお礼を言った。

 

 痛い思いは沢山したけれど、その分沢山のことを学ぶことが出来た。

 【基本ステイタス】の限界突破も間違いなくアイズとリューのおかげだろう。

 

 レフィーヤというストッパーがいなければ命を落としていたかもしれない個所も度々あった気がするので一番感謝しなければならないのはレフィーヤだったりもする訳だが。

 レフィーヤのおかげでベルもスズも五体満足な姿で特訓を終えることが出来た。

 そんな無茶苦茶な特訓だったけど、こうやって集まって特訓するのは充実した時間でとても楽しかったと言える。

 

 最後にアイズから「楽しかったよ」「頑張ってね」と言われたのがものすごく嬉しかった。

 

 まだまだ全く届かないところにアイズはいる。

 それでも頑張って『追い越すんだ』と気持ちが高めるには十分すぎるほどの言葉だった。

 

 リリのしがらみもなくなり、何の気兼ねもなく今日もダンジョンで頑張ろうと張り切りながら三人でダンジョンの11階層を目指していた時だった。

 

 ベル達が9階層に足を踏み入れた時、また妙な視線を感じた。

 商店街に居る時や風呂屋に行ってる時もたまに感じる謎の視線がまさかダンジョンでも視線を感じるとは思わなかった。

 

 この視線は一体何なんだろう。

 

 視線や気配に敏感なスズが気にしている素振りを見せていないし、リリも無反応なので気のせいだと思うのだが、こうも何度も感じる視線を気のせいで済ませていいものか迷う。

 

「……ベル、りっちゃん。すぐに引き返そう。多分また異常事態(イレギュラー)だよ」

 そんな中、スズがそう進言した。視線を気にしすぎていて気づかなかったが、ここしばらく全く怪物(モンスター)と出会っていない。

 

 すれ違った冒険者もものすごい勢いで何かを探して走っていたガタイのいい男一人だけだ。

 ミノタウロスや漆黒の獣に襲われた時と同じくダンジョンは静まり返っていた。

 

「確かにこれは不自然ですね。スズ様の怪物(モンスター)察知能力はリリも信頼しております。今日はここで引き返し――――――」

 

「【雷よ。邪気を払う盾となれ。第四の唄アスピダ・ソルガ】ッ!」

 

 リリが言葉を言い終える前に上から視線と気配を感じて慌ててベルがその正体を確認すると、ダンジョンの壁に大剣と大盾を突き刺してミノタウロスが壁に張り付いていた。

 

 ミノタウロスが壁を蹴った勢いで壁は砕け、真っ直ぐ放たれた矢のようにリリに向かって直進して行く。

 ベルよりも先に気付き詠唱を終わらせたスズはリリの体を抱えて横に跳びながら、半径5Mほどの黄金に光り輝く円形障壁を展開していた。

 

 ベルも考えるよりも先に回避行動に移る。

 アイズとリューとの特訓のおかげで攻撃には敏感になった。

 あれは間違いなく『当たったら即死する』攻撃だ。

 

 リリのいた地面に振り降ろされた大剣が地面を砕き勢いよく飛び散るが、それもベルはかわし展開していた障壁がスズとリリを守る。

 しかしすぐさまミノタウロスは大剣を構え直しスズとリリの方に駆け出していた。

 ベルは慌てて二人を助けに向かうが間に合わない。

 

 ミノタウロスの大剣による薙ぎ払いが障壁にぶつかり、障壁ごと勢いよくスズは吹き飛ばされた。

 一緒に吹き飛ばされてしまったリリを抱きしめて庇いスズは背中から壁に激突する。

 壁はそのあまりの衝撃に砕け散っていた。

 かすかにスズのうめき声が聞こえる。

 

「このおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 スズならあのくらいならまだ大丈夫だ。10秒もあれば体勢を立て直してくれる。

 だがその10秒の間にまたミノタウロスに追撃されたら間違いなくスズもリリも殺されてしまう。

 

 明らかに前回戦ったミノタウロスよりも素早く力強く、そして冒険者が持つような大剣と大盾を装備している想定外の相手。

 何よりも不意打ちをする知能を持つミノタウロスにベルは迷うことなく向かって行きながら『ワイヤーフック』を撃ち込むが、ミノタウロスは大盾でそれを弾き大剣でベルを迎え撃つ。

 

 そうだ。

 それでいい。

 自分に構っている間にスズが体勢を立て直せば、一人では無理でも二人ならぎりぎり勝てる。

 

 驚異的な速度で大剣は連撃を繰り出すがアイズやリューの攻撃よりは遅い。

 威力はあるがヘスティア・ナイフの耐久力ならうまく受け流すことが出来るし、避けられない攻撃でも見きれない攻撃でもない。

 このミノタウロスは大剣を振り回すのではなく使う技量を持っているが、まだ『相手の方が強い』だけだ。

 

 技量の方はベルの方が高いし、小柄な分避けるだけならどうにでもなる。

 一瞬でも気を抜けば攻撃を食らい即死する可能性はあるが時間くらいなら稼げる。

 ベルはそう思っていると突然ミノタウロスが大盾をスズとリリが吹き飛ばされた方に向けた。

 

 投擲をするには明らかにおかしな行動に疑問を抱くと同時にミノタウロスの大盾がつけられた左手に短剣が握られているのが見えた。

 

 

 次の瞬間、短剣が文字通り火を噴いた。

 

 

 短剣から激しい炎が乱射された後、短剣が砕け散る。

 おそらくあの短剣はエイナが前に言っていた使うだけで【魔法】と同じ効果を発揮できる使い捨ての武器『魔剣』だったのだろう。

 

 ミノタウロスはベルと対峙したまま、大剣でベルを牽制しながら先にこちらの頭数を減らしに掛かって来たのだ。

 

 スズとリリの安否が気になり爆炎に目が行ってしまったのが致命的だった。

 大剣は避けることが出来たが魔剣を使い終わり自由になった左手の大盾が勢いよく振るわれベルの体を吹き飛ばす。

 

 咄嗟に後ろには跳べたものの、1バウンド、2バウンド、3バウンド。

 ベルの体が地面を跳ね、攻撃を受けた胸のプレートは一撃で粉々に砕け散ってしまい、インナーも地面にこすれてボロボロに引き裂かれてしまう。

 

 防具が無ければ即死だった。

 だがあまりの衝撃に息が詰まって瞬時に動けない。

 今追撃されたら間違いなく殺される。

 

 スズとリリが先ほどの炎を何とか乗り切っていてもここで自分が死んだら、二人も殺される。

 きっとスズはあのくらい何とかしてくれている。

 だから絶対に生きて二人を守らなければいけない。

 何一つ大切な者を守れずに死ぬなんて絶対にごめんだ。

 

 ミノタウロスがベルに飛びかかり大剣を振り降ろしてくるが、技術も減ったくれもなく死に物狂いに無我夢中でただ横に転がると運よく攻撃を回避することが出来た。

 まだ呼吸は出来ていないが体の感覚をすぐさま確かめる。

 

 ヘスティア・ナイフはあの攻撃を受けていながらまだ手放していない。

 骨や体の中は異常なし。

 痛いだけでまだ動けるとはっきりと認識したベルはすぐさま歯を食いしばり立ち上がるが、既にミノタウロスの追撃が来ていた。

 

 避けられない。

 だけどスズが無事なら十分な時間は稼いだ。

 

 ベルとミノタウロスの間に再び【アスピダ・ソルガ】の障壁が出現して今度はしっかりと大剣を受け止めた。

 徐々に黄金障壁に大剣が食い込んでいるが離脱するには十分すぎるほど時間を稼いでくれている。

 

 ベルはすぐさまその場を離脱して体勢を整える為にスズとリリが吹き飛ばされた場所まで走った。

 そのすぐ後に障壁は切断されミノタウロスはベルの後を追ってくるがもう遅い。

 スズが【ヴィング・ソルガ】による金色の輝きをまといながらベルと入れ違うようにミノタウロスと対峙する。

 

 

「りっちゃんが怪我してる! お願いベルッ!」

 

 

 すれ違い際でスズがそう呟いた。

 スズの負傷はコートの修復速度を超えているのかところどころ血がにじんでおり額からも血を流している。

 火傷を負っているかどうかはここからではわからない。

 リリの容体は魔剣で砕かれた壁や天井の破片で怪我を負ってしまったようだ。

 

 そうなるとリリを庇っていたスズはもっと酷い怪我を負っていると見た方がいいだろう。

 

 しかしリリのバックパックは衝撃で破け、回復薬(ポーション)類は割れて全滅していた。

 ベルは自分のレッグホルスターから回復薬(ポーション)を取り出そうとしたが、レッグホルスターの回復薬(ポーション)も割れてしまっている。

 

「……ベル様……。リリのことよりも…スズ様を……。残り……43秒……です……」

 

 その言葉が【ヴィング・ソルガ】のタイムリミットだということは慣れた報告なのですぐにわかった。

 スズは【ヴィング・ソルガ】の身体能力強化と【速攻魔法】化を駆使してミノタウロスと互角にやりあっているが、【ソルガ】も【ミョルニル・ソルガ】も大盾で防がれている。

 

 大盾に雷属性の耐性でもあるのだろうか。

 大盾に電撃が当たった瞬間に電撃が四散してしまっている。

 そのせいでミノタウロスに決定打を与えられずにいた。

 

 そんな状況で身体能力が元に戻り【魔法】を18秒間使うことが出来なくなってしまったら致命的だ。

 今は【魔法】を必死に大盾で防ぎながら反撃しているミノタウロスが攻撃に転じたらいくらスズでも耐えられない。

 前衛と後衛を入れ替えてもあの大盾がある限りスズの【魔法】が通用しないから決定打がない。

 

 【英雄願望(アルゴノゥト)】の蓄力(チャージ)時間さえ稼げれば倒せるが、【ヴィング・ソルガ】のタイムリミットが残り30秒を切った今、それは叶わない。

 少なくとももう一度スズが【ヴィング・ソルガ】を唱えられるようになるまでベルが前で粘らなければならないのだ。

 

 格上相手にこんな持久戦をしていたら先にこっちがスタミナ切れを起こしてやられてしまう。

 逃げようにも怪我をしたリリの足では逃げきれないし、リリを抱えたまま逃げられるほど安い相手ではない。今は一瞬の隙が死に繋がる状況なのだ。

 

「リリ、怪我をしてるのにごめん! 逃げられるようなら逃げて! 今日は【ロキ・ファミリア】の遠征日だから、もしかしたらアイズさんがもうダンジョン内にいるかもしれない! 何とか僕達が時間を稼ぐから助けを呼んでっ!」

 

 情けなくてもいい。

 今は生き残る為なら何にでもすがる。

 それを伝えてすぐさまベルはスズと再び交代する為に走った。

 

 それと同時にリリも自分のやるべきことを実行しようと苦痛に顔をゆがませながらも立ち上がり階段の方へと向かって行く。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 牽制にベルは【ファイアボルト】をミノタウロスに撃ち込むが、ミノタウロスはそれには見向きもせずに背中で【ファイアボルト】を受ける。

 少し皮膚に焦げ目がついただけで効果があるようには見えない。

 詠唱のない【速攻魔法】の威力不足を痛感した。

 

 しかしヘスティア・ナイフを構えるとミノタウロスがベルの方を向く。

 本能的に自分への有効打を感じ取っているのだろうか。

 スズと二人で攻めるが決定打になりえる攻撃だけにミノタウロスは集中している。

 

 せめて大盾がなければ二人掛かりなら倒せそうなのに、ミノタウロスのくせに高価な装備と知性を持っているなんて反則だ。

 

 ようやく【ソルガ】が一発ミノタウロスに直撃するがダメージは与えられたがひるむ様子はない。

 ヘスティア・ナイフがミノタウロスの肌を裂くが浅い。

 圧倒的にリーチが足りない。

 攻めきれずに残りタイムリミット10秒を切る。

 

「ベル!」

 

 スズの目がミノタウロスの大剣に向けられたのを確認してベルは頷いた。

 リーチも決定打も足りないなら増やせばいい。

 ベルは左手に『ワイヤーフック』を手に右手のヘスティア・ナイフを構えてミノタウロスの喉元に飛び込む。

 

 それに反応してミノタウロスは大剣でベルを薙ぎ払おうとするが最初から攻撃する気なんてない。

 『ワイヤーフック』を天井に撃ち込み無理やり上昇して薙ぎ払いをかわす。

 

「【雷よ。粉砕せよ。解き放て雷。第三の唄ミョルニル・ソルガ】ッ!!」

 

 特大の雷光をミノタウロスは盾で防ごうとするが威力が増大された【ミョルニル・ソルガ】を大剣を振るった後の無理な体勢では支えきれず体勢を崩して転倒した。

 

 盾には亀裂が入り四散した【ミョルニル・ソルガ】の閃光は地面や壁を砕き、ミノタウロスの残った角も焼き切る。

 

 体勢が崩れた今を逃したら勝機はない。

 

 ミノタウロスが立ち上がればスズの命はおそらくない。

 ベルは天井を蹴りミノタウロスに突撃する。

 ミノタウロスもこの一撃さえ防げば勝機があると思っているのだろう。

 

 大盾で急所を守るが狙いはそこではない。

 

 ベルはスズに向かって『ワイヤ―フック』を投げ、大盾の範囲外だったミノタウロスの大剣を持つ右腕をヘスティア・ナイフで切断した。

 勢いのある突撃によりミノタウロスの右腕は大剣を握りしめたまま宙を舞う。

 

 それをスズが飛び上がり『ワイヤーフック』ですかさず手繰り寄せ、腕がついた大剣を勢いよく振り降ろし車輪のように縦に大回転しながらミノタウロスに降下した。

 

 筋力の【基本アビリティ】に頼らない単純な武器の破壊力がヒビ割れた大盾に叩きつけられ、酷使され続けた大盾は砕け大剣も折れる。

 

 

§

 

 

 ミノタウロスは攻撃を防ぎ切った。

 すかさず左腕を今だ地面に下りれていないスズに伸ばし、スズ自身を鈍器代わりにしてベルを迎撃しようとした。

 

 例え喉を斬られようとも『道連れ』に出来るなら本望だと誰かの意志に突き動かされるようにミノタウロスは唸り声を上げる。

 

 ミノタウロスがスズの足を掴むのとベルがミノタウロスの胸にヘスティア・ナイフを突き刺すのは同時だった。

 急所である魔石を破壊されれば怪物(モンスター)は灰になって消える。

 

 しかしミノタウロスの肉厚はヘスティア・ナイフの刃渡りよりも厚い。

 いくら肉を裂けても魔石まで刃が届かなければ意味はない。

 この瞬間ミノタウロスは勝ちを確信した。

 

 憎ったらしい『白猫』に死ぬよりも辛い地獄を味わわせることが出来なかったのは心残りだと『何か』がつぶやく中、リンと鈴の音が聞こえた。

 

 それは腕が切り落とされた時から鳴っていた音だった。

 生きるのに必死すぎてミノタウロスは気を配る余裕はなかった。

 ミノタウロスの中に住み着いた『何か』は復讐心だけとなっていたので気にも留めなかった。僅か3秒の鈴の音。

 

「【ファイアボルトォォォォォォォォォッ】!!」

 

 ミノタウロスの体は爆発し、体内の『黒い魔石』は姿を見せることなく砕け散った。

 

 

§

 

 

 『大剣と大盾を持ったミノタウロスが魔石を食らっていた』との目撃情報を逃げて来た冒険者から聞いたアイズは、ちょうど目撃された位置がベル達が冒険している付近だったので血相を抱えて飛び出していた。

 

 緊急事態だと同行したのはリヴェリア、フィン、ティオナ、ティオネ、ベート。

 それに加えてベルとスズと面識があるレフィーヤもいてもたってもいられずにアイズを追い掛けた。

 

 途中で血まみれのパルゥムの少女がふらついた足取りで歩いているのをアイズは見つけて、それも放ってはおけずに慌てて駆け寄る。

 

「……ベル様と……スズ様を助けてください……。スズ様は……リリを庇って大怪我をしてるんです……。お願いします……。お願いします……」

 

 自分も大怪我をしているのに必死で助けを求めに階段を登り、仲間の為に座標もしっかりと伝えるパルゥムの少女にフィンは感銘を受けているようにも見えるが、今は1秒の猶予もない。

 

 ベルとスズが以前ミノタウロス相手に粘っていたのも、ベルが特訓で格段と強くなったのも知っているが『魔石を食らったミノタウロス』なんてそんなバカげた相手と戦えるほど強くはない。

 

 その言葉に急いだアイズはその光景に目を奪われてしまった。

 アイズだけではなくその場に駆けつけた全員がその光景を目にして愕然としてしまう。

 

 まるでダンスを踊っているかのように華麗に舞い、斬撃と【魔法】を繰り出しミノタウロスを押しているベルとスズの姿がそこにはあった。

 

 魔石を食らい大剣と大盾を持っていない普通のミノタウロスだったなら決着はついていただろう。

 LV.1の冒険者がLV.2のミノタウロスと二対一で戦えている。

 それも【魔法】を織り交ぜながらインファイトをしている。

 

 これが『レスクヴァの里』出身の戦い。

 人の身で強者である怪物(モンスター)と戦う術を身につけた者達の力。

 決して冒険者になって一ヶ月で行なえない戦闘がそこでは繰り広げられていた。

 

「アルゴノゥト。あたし、あの童話好きだったなぁ」

 

 ティオナがふとそんなことを呟いた。

 ベルが守りたい筈の傷ついたスズと共にミノタウロスと戦う姿が、英雄を夢見る少年が自分が騙されたことにも気づかずに最後までお人好しであり続け、最後は助けるはずだったお姫様にまで助けられながらも牛人を打倒して王女を救うおとぎ話と重なる。

 

 【ロキ・ファミリア】の面々が助けに入る間もなく、スズが放つ巨大な閃光でミノタウロスが体勢を崩し、ベルがミノタウロスの右腕を切断し、スズがミノタウロスの大剣で盾を砕き、ベルが最後にとどめを刺す。

 

 一歩間違えれば即死な状況の中、互いに互いのことを信じ合い流れるようにミノタウロスを倒してしまったのだ。

 

 ミノタウロスを体内から爆発させた最後の一撃に全ての精神力(マインド)を注ぎ込んだのだろう。

 ベルはナイフを握りしめたまま精神疲労(マインド・ダウン)で座った状態で気絶し、ミノタウロスに足を掴まれていたスズもまた体力が尽きたのか、ミノタウロスが灰となって消えて地面に落下してから動かない。

 

 慌ててリヴェリアはパルゥムの少女の治療をレフィーヤに任せてスズの治療に取り掛かる。

 

「あいつら……本当に倒しちまいやがった。しかも後衛だったあの兄貴の方まで前に出てやがったぞ。そんなに俺の言葉を気にしてたのかよ、くそが。この短期間でどれだけ強くなってんだ。おい、リヴェリア。あいつの【ステイタス】を教えろ」

「……私に盗み見をしろというのか、お前は。それに見ての通り私は忙しい」

「終わってからでいいに決まってんだろ! だからさっさとそいつを治して読み上げろって言ってんだよ! あれをこのまま放置しておけば、お前が見なくったって他の奴等が目にするだろうぜ!」

 

 ベルのインナーはボロボロで【スキル】や【魔法】は見えないが【基本アビリティ】の部分は丸見えになってしまっている。

 ベートの言う通りリヴェリアが見なくても誰かが目にするだろう。

 

 アイズはベルの傷が浅いことを確認してほっと安堵の息をついて「頑張ったね」と精神疲労(マインド・ダウン)で意識のないベルの頭を優しく撫で、自分もベルの【ステイタス】が気になっていたので「ごめんね」と眉を顰めながら小声で謝ってからベルの後ろに回ってその背中の【ステイタス】を見てみる。

 

 ベルの【ステイタス】はロックすら掛けられておらず丸見えだった。

 【基本アビリティ】は魔力がSS、その他がSSSとありえないランクに到達しているのを目撃したアイズは思わず目を見開いてしまった。

 

 ギルドではS999が最大値と発表されていた。

 自分もそれを目指してたどり着けずにいたのに、ベルはその常識を塗り替えてしまっている。

 

 アイズは新たな可能性に、スズが言っていた人類の限界突破を実際に目のあたりにして自分もそこに到達したいと思った。 

 

 

「おいアイズ! お前も【神聖文字(ヒエログリフ)】読めるんだったら俺にも――――――」

「あー、もうベートうるさい! 首輪付なんだから大人しくお座りしててよっ! ねぇねぇアイズ。『白猫ちゃん』のお兄ちゃん、アルゴノゥト君の【基本アビリティ】ってやっぱりすごかったの?」

 ベートの言葉を遮るように心配そうにスズを見ていたティオナがやって来て、興味津々に読めもしないベルの背中をじっと見つめていた。

 

「S」

 

「ん? アルゴノゥト君のどのアビリティがSなの?」

「全アビリティ。オールS」

 

 アイズはベルとスズが厄介ごとに巻き込まれないよう、限界突破のことは心の奥底にしまってそう些細な嘘をつくのだった。

 

 




予想通りわりとあっさりミノタウロス戦は終わりました。
対スズ用に雷耐性の大盾を持ってもらいました。火力を上げず、なおかつベルを引き立てて成長できるようオッタルさんは頑張って使い方を教え込みましたが、カヌゥさんに盗られたミノタウロスを完全に見失ってしまったようです。

『黒い魔石』については少しずつ触れながら、『少女の物語』編から判明していきますので長らくお待ちください。

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