スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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人に頼るお話。


Chapter11『人の頼り方』

 この日の特訓は『豊饒の女主人』で働くエルフのリューがやって来た。

 

 どうやら昨日料理を教わっている時にスズから秘密特訓をしていることを聞いて、店の手伝いに加えて料理まで教えてくれているお礼をしてあげて欲しいとシルから頼まれたらしい。

 

 秘密とはなんだったのだろうかという疑問は初日から無い様なものだったのでアイズもレフィーヤも、口元以外を覆い隠すような大きなフード付きのケープとショートパンツという上下の露出差が激しい怪しさ抜群な格好をしたリューを受け入れてくれた。

 

 リューは営業準備もあるので早朝には戻るらしいく、時間がもったいないと軽く挨拶を交わすとさっそくスズの特訓に取り掛かる。

 

「それではリューさん。『予定通り』お願いします」

「わかりました。私はいつもやり過ぎてしまう。だから辛くなったらすぐに言ってください。私は貴女に嫌われるようなことはしたくない」

「リューさんを嫌いになることなんてないですよ。内容については私が言い出したことですし」

 

 初めはなぜかスクハのセンサーに引っ掛かって無意識にリューを避けてしまっていたスズだが、怪物祭(モンスターフィリア)の一件からすっかり仲良しだ。

 

 リューは不愛想なので一見するとスズが一方的に懐いているだけのように見てとれてしまうが、そんなリューがスズと話す時も気を許しているらしいシルと同様に少し表情が緩んでいるのでかなり仲良くなっているのだろう。

 

 そんな二人のやり取りが気になるのか、それとも特訓内容が気になるのかアイズはじっとスズとリューのことを見つめており、その目線に気付いたレフィーヤがスズに声援を送る。

 

 軽く互いに礼をして木刀を互いに向けるのが訓練の合図だったのか最初に動いたのはリューだった。

 

 まさに疾風のごとく。

 ベルの目にもとまらぬ速さでリューは突撃して木刀を横薙ぎするのにしっかりとスズは反応して一撃目を模擬刀でさばき、二撃目の蹴りも盾で防ぐが衝撃を全く殺しきれずにそのまま上に蹴り上げられてしまう。

 

 リューは勢いよく地を蹴り飛翔して蹴り上げたスズを追い越し、しっかり体を捻り遠心力を加えた木刀による一撃をスズに叩き込んだ。

 大きな音とともに石畳の破片が宙を舞いスズの体が市壁の床にめり込んでしまっている。

 明らかにやり過ぎな威力にベルとレフィーヤの顔が青ざめた。

 

「なるほど……目が良いですね。技術も良い。この【ステイタス】差で、しっかり最後の一撃も盾で防ぎましたか。ですが、受け身は間に合わなかったようですね。なるほど、もどかしく感じる訳だ」

 しかもやった本人はやり過ぎたとまだ思っていないのか、リューは冷静にスズの評価を述べていた。

 

「な、な、な、な、な、何をやってるんですかリューさん!? いつもやり過ぎてしまうって……いくらなんでも今のは無いでしょう!?」

「スズさん! 大丈夫ですか!?」

 ベルがリューに抗議しに行き、レフィーヤが慌ててスズに駆け寄って行く。

 

「……なん……ケホ……ッ……と……か……」

 受け身を取れなかったスズは呼吸も上手く出来ていなかった。

 盾のへこみや砕けた石畳からリューの攻撃がLV.1の枠を遥かに超えた枠で行なわれていたことが伺える。

 

「妹さんを傷つけてしまい申し訳ありません、クラネルさん。ですが、あらかじめ『死なない程度』に全力でやってほしいと提案したのは妹さんの方です。それをクラネルさんはご存知ないと?」

「え……」

「……クラネルさんはご存知ないのですね。困りますスズ。これでは私がただ貴女をいじめているようにしか見えない。いくら貴女の頼みでも、クラネルさんの同意がないのであれば特訓は続けられません」

 

 フードの隙間から少し眉が顰めるのが見えた。

 加減をしていなかった訳ではなく最初からそういう予定だったのだろう。

 レフィーヤの【エルフ・リング】で行使される【ヴェール・ブレス】と一緒に【ノア・ヒール】でスズの傷を癒し始める。

 

 二人掛かりで行なう【回復魔法】の効果は絶大でスズは辛そうに顔をしかめながらももう体を起こして申し訳なさそうに「ごめんなさい……」と謝った。

 

「自分からって……そんな無茶な特訓は体を壊すだけじゃないですか!?」

「心配掛けてすみません、レフィーヤさん……。実戦に近い形でやった方が【経験値(エクセリア)】が溜まると思って。里でもこういう形式は日常茶飯事でしたし……。その、ダメ……かな?」

 『レスクヴァの里』では人が空高く打ち上げられて叩きつけられるのが日常茶飯事らしい。

 スズは不安そうな顔をして胸元で右手を強く握りしめてベルの顔を見つめている。

 

「差し出がましいことを言いますが、貴女の強くなりたいという意志自体は尊重します。『レスクヴァの里』のやり方が間違っているとも思えません。ですが、クラネルさんに相談せず心配を掛けるのは感心しかねる。そのせいでクラネルさんだけではなく、ウィリディスさんとヴァレンシュタインさんにも心配を掛けた。私は貴方達を傷つける為に特訓をする訳ではありません。何をそんなに焦っているのは知りませんが、しっかりクラネルさんと特訓をしてくれている二人と相談しなさい。相談もせず向こう見ずに走るのは貴女らしくない」

 

 リューはベルとの間に割り込みスズに視線を合わせてそう言った。

 ベルもアイズに殴られっぱなしで強くなっておきながら身勝手な話ではあると思うのだが、大切な妹を自分よりも痛い目に合わせたくない。

 

 でも強くなりたい気持ちもわかる。

 特訓なのだからスズのやらせてあげたいようにやらせるのが一番なのはわかっているが先ほどの光景が何度も繰り広げられては心臓に悪すぎる。

 

「……私は、やらせてあげたい。強くなりたい気持ち……すごくわかるから。私は二人いないから、どちらか一人しか見てあげられない。レフィーヤは後衛としてはすごいけど、前衛技術を教えてあげられないから」

「ははははは……。そうですよね……私はLV.3なのにスズさんにあしらわれてますからね…。…これでもミノタウロスなら何とか杖で倒せるのに……」

 アイズはスズの意志を尊重してそんな無茶な特訓を同意していた。

 

 しかしその言葉は地味にレフィーヤに大ダメージを与えていることに気付いて、慌ててレフィーヤを自分がどれだけ頼りにしているとか前衛と後衛ではやることが違うから仕方がないことだとフォローを入れてあげている。

 

「クラネルさんは、どうですか。この中で一番スズのことを大事に思っているのはクラネルさんだ。私はクラネルさんの判断に任せたい」

「正直なところ……さっきみたいな特訓は僕がやるならともかく、スズにはやってもらいたくないです。スズが苦しそうにしてるところはその…命の危険がなかったとしても見てられないから。だからもっとソフトな特訓を――――――――」

 

「なるほど、わかりました。では私がクラネルさんを担当しますので、ヴァレンシュタインさんはスズをお願いします」

「……うん。それでいいと思う」

「え」

 

 急激に話が変な方向にそれていた。

 ベルはもう少し…せめて自分とアイズくらいの特訓まで落としてもらいたかっただけなのだが、いつの間にかリューの特訓をベルが受けることになっている。

 

 しかもアイズがそれに即同意してしまった。

 あまりにトントン拍子に物事が決まっていったせいで頭が追い付いて行けずにベルの表情が固まる。

 

「クラネルさんの武器は短刀でしたね。シルが模擬刀として小太刀を二つ用意してくれたので、こちらを使いましょう。動きの参考にはなる筈です」

「えっと、口頭説明は……」

「私は口で語るのは下手だ。体で覚えてください」

「ですよねっ!?」

 

 止める暇もなく疾風のごとく一撃を叩き込まれて吹き飛ばされた。

 絶妙な力加減はしてくれてはいるが全く反応が出来なかった。

 それなのに、すぐさま「立ちなさい」と言われて立ち上がると、すぐさま次の攻撃が来る。

 

 恋い焦がれるアイズと大切な妹の前でただやられているだけでは格好がつかないので必死に右の小太刀を受け流すが、左の小太刀で打ち上げられて空中で右の小太刀を頭に振り降ろされ、左の小太刀で腹に横薙ぎ、二本の小太刀で両肩をX字に叩かれおまけとばかりに蹴りで市壁の石畳に叩きつけられた。

 

 加減をされていなかったら死んでいた。

 むしろ力加減をされているとはいえよく生きていたと自分を褒めてあげたい。

 体が全く動かない中、リューはベルの体を【ノア・ヒール】で治してまた「立ちなさい」と言ってくる。

 

 スズとのやりとりでわかってはいたがリューはすごく容赦がない。

 なおかつ絶妙な力加減で気絶させることもなく動けなくなると【ノア・ヒール】で回復してきて、「次」と即座にベルをサンドバックにしてくる。

 

 意地で必死に避けたりかわしたりしていくが防げて三発が限度だ。

 二刀流と体術を織り交ぜた連撃もパターンが多すぎて全く読めない。

 気絶させられることなく連撃で動けなくさせられてから回復されるの繰り返しだった。

 

 だんだんとベルの【ステイタス】や技量を把握してきた頃には【ノア・ヒール】の詠唱をしながら連撃をしてくるのだからやる気満々である。

 

「リューさんストップですっ! アイズさんも対抗意識燃やして速度をあげないでください! ベルさんもスズさんもLV.1なんですよっ!?」

 

 レフィーヤがストップをかけてくれたおかげで「では、休憩にしましょう」とリューが攻撃の手を止めてようやく少しの休憩を貰うことが出来た。

 スズも汗だくなのに加えて模擬刀は完全に破損しており、手にはいつものダンジョンで使っている剣が握られていた。

 

 力加減を間違えたらしいアイズが申し訳なさそうな顔をしているが、力加減を間違えることなく容赦のない攻撃をしているリューの表情に変化はない。

 こんな特訓の仕方は間違っていると言い切れるスパルタっぷりだ。

 むしろ今のは特訓なのだろうかと振り返ってみると、なんだかんだで攻撃の始動や追撃の仕方は参考になった気がしないでもない。

 

 それに加えて何が起こるかわからないダンジョンで必要な緊急事態。例えば複数の怪物(モンスター)に襲われた時を想定してみると、どのように行われるか全くわからない連撃に慣れておくのはいいのかもしれない。

 

 

 余談だが、このことを後でリリに報告したら「ベル様はやっぱりドMなんですね」と呆れられてしまった。

 

 

 ボロボロになったスズがアイズに膝枕をされて、回復される前にストップが入りボロボロで動けないベルはレフィーヤに膝枕をしてもらっている。

 

 LV差があるので仕方がないことだが、スズがまともに攻撃を受けることなんて珍しい。

 ベルが知っている限りだと不意打ちから庇われた時くらいか。

 

 ベルが自暴自棄になって一人ダンジョンに潜った時に無理して追いかけてきてくれた時とスクハがミノタウロス相手に時間稼ぎしていた時は怪我を負ったものの直撃はしていなかった。

 

 攻撃が見えて技量があっても体が追い付かずに、しっかりダメージを最小限に抑える戦い方が出来るのはLV.2相当の相手までなのだろう。

 自分より強い相手の攻撃をしっかり見えているスズはやはりすごい。

 自分も頑張らないとなとベルは地獄のような特訓も自分の力になっていると信じて気を引き締め直す。

 

 意識を失っている時は不可抗力だがいつまでも膝枕をされているのは恥ずかしい。

 ベルは痛む体に鞭を打ちながらもレフィーヤの太腿から抜け出してその場に力なく座り込んだ。

 

 心なしかレフィーヤが残念そうな顔をしている。

 どうしたのだろうか。

 ベルには全く心当たりがないので困惑してしまう。

 

「失礼ですが、ウィリディスさんはクラネルさんとはどのようなご関係で?」

「え?」

 そんなリューの不意な質問にレフィーヤは首を傾げた。

 しかしすぐに顔を真っ赤にさせて取り乱し始める。

 

「あ……ち、違います! 特別な関係とかそういうのではなくてですね! スズさんが私の恩人で、そのスズさんの兄なだけで! 習慣なんかで同胞のイメージを悪くしたくありませんし、とにかく私の特別な人とかそういう訳ではないですっ!!」

 

「なるほど。いい心掛けです。私はエルフの習慣が嫌で里を離れたにも関わらず、すぐに気を許せたのはたった四人しかいない。その内、初対面で触れ合えたのは三人だけです。そんな私とは違い、ウィリディスさんの考えは立派だと思います。誇ってもいい。私には出来なかったことだ」

 

「リューさんにだって出来ますよ! えっと、ほら、ベルさんは兎みたいですし、人ではなく兎だと思って接していれば恥ずかしくありませんし!」

「なるほど、そうやって意識を変えていくのですか。参考にさせて頂きます」

 

 憧れのエルフに人間扱いされていなかった。

 観客はカボチャだと思えという意味合いだとは思うのだがそれでも名指しをされるとショックは地味に大きい。

 

 エイナもそうだが、エルフとは見た目とは裏腹に清純というよりはキツイ性格なのかもしれないとこのやり取りを聞いたベルは思ってしまうのだった。

 

 

§

 

 

 朝はいつも通りリリと合わせた三人でダンジョンに潜ったのだが、昼にダンジョン内で食べた『物体X』でリリが吐き気をもよおしてしまったのでいったん撤退することになった。

 

「昨日の今日で今度はリリが看病されるところでした。スズ様が教えた後にこれを作り出すことが出来るシル様とは何者なんですか……」

「私も悪化するとは思わなかったよ……。昨日教えたので変な自信でもついちゃったのかな……。どうしてレシピ通りに作ってくれないんだろう……」

 

 リリとスズが大きな溜息をつきながらいつものジャガ丸くんの屋台で口直しをしている。

 ヘスティアは【ヘファイストス・ファミリア】のバイトで今日はいないが、二日連続で昼にスズが姿を現してくれたことを商店街の人達は喜んでくれていた。

 

 こうなってくると毎日昼に顔出した方がいいのかもしれないとベルは思ってしまったが、商店街の人達は冒険者として成長してくれることも喜んでいるらしく「冒険者が冒険しないでどうする」と笑い飛ばされてしまった。

 

 八百屋のおじさんに「無事に帰って元気な姿さえ見せてくれりゃいいんだ。変なきをまわすんじゃねぇよ」と言われベルは頭をわしゃわしゃと撫でられる。

 

 なんのしがらみもなく、ただ純粋に心配してくれて応援してくれる商店街の人達がとても温かい。

 人懐っこいスズが築き上げた関係は『レスクヴァの里』という知名度関係なしに続いてくれていた。

 

 スズが『レスクヴァの里』出身だということを隠していたのは、おそらく今のギルドやディアンケヒトのように『レスクヴァの里』として接されるが嫌だったのだろう。

 そう考えるとベルが想像しているよりもはるかにスズの心の支えとなってくれていたのだと思う。

 

 だからこうして『レスクヴァの里』関係なしにスズを温かく見守ってくれる人達がいてくれることにベルは改めて感謝した。

 

「せっかくお昼に時間があるしエイナさんのところに行きたいな。りっちゃんのことをまだ直接紹介してないし、もう体の違和感もなくなってきたから完治報告をしにいかないとエイナさんすごく心配してくれてると思うんだ」

 

 スズのその言葉でアイズとの特訓や【ミアハ・ファミリア】からの冒険者依頼(クエスト)で忙しくて最近エイナに会っていないことを今更ながら気づかされてしまった。

 エイナもベルとスズがとてもお世話になっている人なのにスズが言い出さないと気が回らなかった自分が恥ずかしくなってくる。

 

「確かスズ様とベル様のアドバイザーでしたよね。【ソーマ・ファミリア】のリリが今ギルドに足を運んでいいものでしょうか……」

「そこは気にしないんでいいんじゃないかな。神様が言っていたけど、世間ではリリも被害者扱いになってるみたいだし」

「それはリリも知っていますが……。なんといいますか、リリは今とても複雑な心境です」

「りっちゃんは気にしすぎだよ。しっかり今までの被害者に賠償金を支払ってるし、そこまで気にしないでも大丈夫だと私は思うよ?」

 ベルとスズがそう言ってあげると半ばあきらめたかのようにリリが溜息をついてしまった。

 

「アドバイザーの方から見ても一度リリを見定めておきたいと思っていると思いますし、確かに挨拶をするのなら早い方がいいですね。わかりました。リリも同行させていただきますよ」

「よかった。りっちゃんとエイナさんが一緒ならダンジョンの知識や作戦考案とか色々思いつきそうだよ」

 スズが嬉しそうに手を合わせてそう言った。

 

 頭の理解が中々追いつかないエイナとスズの会話にリリまで加わるとなるとベルは完全に置いてきぼりだ。

 必死に理解しようとする努力はもちろんするのだが、今からすでに覚えきれるか不安である。

 そのうち一人だけ覚えきれずに三人による徹底的なスパルタ講座が始まりそうで少し怖かった。

 

 さすがに考えるのは大体スズとリリに任せているものの作戦や怪物(モンスター)の弱点と特性を理解出来ていないのは不味い。

 せっかく考えてくれたことを台無しにしたくないので、そうなる前にしっかり三人の会話を理解できるように心掛けようとベルは思った。

 

 

 ギルド本部に辿り着く冒険者の少ないいつもの昼頃の雰囲気に戻っていたが、相変わらずギルドの職員達は忙しそうである。「もうすぐ『神会(デナトゥス)』なのに資料が間に合わないよっ! 助けてエイナ!」と泣いている女性職員の声が奥の方から聞こえて来た。日を改めた方がいいだろうか。

 

 しかし受付嬢がベル達の姿を見ると「エイナ。担当の子達来たわよ」と立ち去る前に声を掛けていた。

 すると小走りで奥の方からエイナがやってきてくれる。

 

「ベル君にスズちゃん、こんにちは。スズちゃんが元気になってくれて本当によかった。もう無理なんかしたらダメよ?」

「こんにちはエイナさん。心配掛けてすみませんでした。色々あって報告するのが遅れましたけど、この通りすっかり元気になりました」

「こんにちはエイナさん。忙しそうですけど今時間は大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ。私の方からも報告しないといけないことがあるし……。忙しいのや厄介ごとが舞い込んでくるのはベル君やスズちゃんのせいじゃないから気にしちゃダメよ?」

 

 あれからもきっとベルやスズの知らないところで問題でもあったのだろう。

 エイナはそう苦笑していた。

 

「それと……挨拶が遅れましたがアーデ氏もようこそいらっしゃいました」

「リリのことはリリでいいですよ。ベル様とスズ様のように扱っていただけるとリリは嬉しいです」

 

「ありがとう。私もそっちの方が話しやすいし良い関係を築けそうだから助かるわ。あらためて自己紹介をするけど、私はベル君とスズちゃんのアドバイザーをしているエイナ・チュールよ。よろしくね、リリちゃん」

「こちらこそ、よろしくお願いします。エイナさん」

 

 エイナとリリが笑顔で挨拶を交わしてくれた。

 リリが相手を『さん付け』で呼ぶ機会はそうそうないので、なんだかそのやり取りをベルは斬新に感じてしまう。

 

 スズもそう思っているんだろうなとちらりと表情を窺ってみると、スズがなぜか少しむっとしていた。

 リリの『さん付け』よりもよほど珍しいことだ。

 

 一体どうしたのだろう。

 ベルが感じた限りでは今のやり取りにスズが不機嫌になる要素なんて無かった筈だ。

 そもそもスズが不機嫌になる時日常風景なんて想像がつかない。

 

 

 

 

 

 

「りっちゃん、私のことはまだ様付けなの?」

 

 

 

 

 

 

 どうやらご不満な理由はそこらしい。

 『様付け』されていないエイナを見て子供らしい嫉妬をしてしまったようだ。

 

 眉を顰めて「あだ名つけて欲しいな」と言いたげな顔でリリのことを見つめるスズの姿が微笑ましく感じる。

 エイナもそう感じたようでクスクスと笑っていた。

 そんなスズにリリはきょとんとした後、嬉しそうに頬を緩ませる。 

 

「ええ。これがあだ名だと思ってスズ様は諦めてください。これがリリですから」

「そっか。それがあだ名なら仕方ないかなぁ。りっちゃんはりっちゃんだもんね」

「はい。敬語を使っても『様付け』でお呼びしても、リリもスズ様のことを大切な『友達』だと思っていますので安心してください」

 

 いつも我慢して他人を優先してしまうスズが自分の感情を前面に出したのだ。

 昨日からただ甘えるだけではなくしっかり人に頼ってくれている。

 ベルはそれがたまらなく嬉しく感じた。

 

 立ち話をさせるのは悪いのエイナに個室に案内してもらい軽い雑談と近況報告をする。

 流石にアイズ達との特訓はエイナにまた余計な心配をさせてしまうかもしれないので言わなかったが、今の状態なら『希少種(レアモンスター)』である『インファイトドラゴン』と戦闘しなければ12層までの攻略は可能らしい。

 

 しかし、不意に行った小テストの採点はスズとリリは満点なのに対してベルは合格ラインぎりぎりだ。

 戦っている怪物(モンスター)のことは覚えてくれているのだが11層の怪物(モンスター)を把握しきれていなかったのが痛かった。

 

 少し忙しい時期なので相談は乗れてもしばらく講義は出来ないらしいが、落ち着いたらまた講義を始めてくれるらしい。

 スズは楽しみにしているがエイナは本当に厳しいのでベルに楽しむ余裕はなかった。

 それでも自分達のことを思って世話を焼いてくれているのだから頑張らなければ失礼だ。

 覚悟を決めるしかないだろう。

 

 決めた側からエイナが自習用にと事典のように分厚い資料と、今まで来れなかった分の溜まり溜まった課題の山を笑顔でベルに手渡してくる。

 

 

 

「明日までに全部覚えてくること。いいわね?」

 

 

 

 エルフは基本スパルタであることをこの日ベルははっきりと理解するのだった。

 

 




スズが自分から人に頼ったり、リリに子供らしいワガママを言ってみたりするお話でした。
積極的なのは【愛情欲求(ラヴ・ファミリア)】で愛情を体感しようと頑張っています。空回りになるか効果が出るか次回の【ステイタス】更新までお待ちください


一応生存しております。
本当は『お酒を飲むお話』だったのですが、駆け足でやっても前話だけで話が伸びてしまったので再び分割しました。
これだったら最初から話を濃く書いた方が良かったかもしれないと迷いつつも、だらだら迷うよりもとりあえずは書きたいなと思い切ってそのまま投稿しております。
こんないつも通りの私ですが今後も追って下さると嬉しいです。
次回は『お酒を飲むお話』の予定です。

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