倒れては起き上がる度に決して折れることなく輝きを増すベルに興奮を覚えつつも、アイズに膝枕をされているベルを見て小さな嫉妬をしてしまう。
ベルの実力を測るついでにアイズへの嫌がらせと牽制もかねて団員に軽い襲撃でもしてもらおうかとも考えたが、自由に生きさせるのが一番輝く『レスクヴァの里』の住人、それも『巫女だった』スズに悪影響を及ぼすのではないかと心配になってそれは思いとどまった。
スズの魂は『宝石のように輝く蜂蜜』のような色と香りがする。
これは『レスクヴァの里』がせっせと血と汗を流しながら積み上げて来た努力の結晶だ。
レスクヴァと人が作り上げた『神の恩恵』に頼らずに『器を向上』させる方法が仕込まれた『壊れかけた蜜壺』をつついて壊してしまうのはもったいない。
錆びた鎖に巻かれながらも輝いた魂を持ち、『人』としても『巫女』としても輝きを失っていない奇跡的なバランスを崩したくないのだ。
何よりもフレイヤにとってスズは愛らしい野良猫だ。
優しく人懐っこく無邪気な白猫があまりに可愛くて妄想の中でちょっと意地悪なことをしたりもしているが、実際にいじめるのは可哀想だとフレイヤですら思ってしまう。
『巫女』に手を出したらレスクヴァ自身が飛んでくることも考えると『無関係』もしくは『付き人』程度の隠れ蓑、フレイヤにとっての大本命であるベル・クラネルを愛した方がいい。
『義理』の兄を盗ってもスズは悲しんでしまうけどこればかりは譲れない。
ヘスティアやスズには悪いとは思うのだがベルだけはどうしても欲しいのだ。
それに急遽『蜜』を与えて『神の目』をごまかしている程度の関係なら、同じファミリアでなくても会いに行ける距離ならそこまで問題にはならないだろう。
ロキが気づいているかどうかはわからないが、魂の色をはっきり見れるフレイヤには『後付けされた『蜜』』が際立って見えたのですぐにベルが『レスクヴァの里』の住人でないことがわかった。
ベルに手を出してもレスクヴァはやってこない確信がある。
それにフレイヤだって鬼ではない。
本人達が望めば面会だって食事だって許そう。
ダンジョンにだって好きに行けばいい。
フレイヤはただ『自分のものにして愛したい』だけであって縛り付けるつもりはないのだ。
「それにしても……『白猫ちゃん』の特訓方法はあまり良くないわね。『レスクヴァの里』流の特訓方法をした方がまだ【
『レスクヴァの里』の住人にしては魔力以外の潜在値が低いのは『巫女』だからで済ませられるが、『恩恵』を授かったのだから【基本アビリティ】くらいいくらでも稼ぐ方法はあるはずだ。
それこそ先日アイズが行ったレベルの枠を超えた連撃を命懸けで防御するのを繰り返しているだけで耐久と器用の伸びはいいと思うのだが、見た限り魔力以外の平均がまだG程度である。
冒険者になって一ヶ月だということを考えると高い方であるがスズの魂はこんなものではないはずだ。
今行っている特訓は相手が格上とはいえ動きが単調すぎて『連撃』ではなく『単発』をさばいているだけだ。
いくら能力差があってもこれではただの反復練習であり、『レスクヴァの里』の自主練の方がずっとハードで【
気にせず動ける場所がダンジョン内しかないので出来ないのはわかるが、お遊戯でもあるまいしもう少しスズの特訓メニューを考えてあげてもいい筈だ。
むしろ『巫女』の知識で自主練メニューを考えたらランクアップはともかくとして【基本アビリティ】の上りはもっと大きいと思うのだが、おそらく人目があることと自由に遊べる環境が無いことがスズの成長の妨げになっているのだろう。
この
「LV.2をけしかけてもいいけど……ロキのところの子が邪魔ね。かといって『剣姫』に見てもらうと本命がおろそかになるし……オッタルは仕込み中だし、どうしたものかしら」
オッタルのやり方でベルを強くしてもらう為に、今オッタルはミノタウロスをベルにけしかける準備をしてくれている。
『白猫ちゃんは死なせたらダメよ』と言った時珍しく少し困ったような顔をしたのがツボに入ってついつい笑ってしまったが、あの真面目なオッタルのことだ。
今頃『これはあの御方の愛を受けている私が果たさなければならない試練だ。あの御方の為ならば超えてみせる』とバカ真面目な顔で四苦八苦しているに違いない。
オッタルには本当に悪いと思うのだがなんだか滑稽に思えてしまいまた笑いが込み上げてきてしまう。
無事ことを成し遂げた時はいつも以上に愛でてあげようと愛しのオッタルへのご褒美も考えてあげる。
「『白猫ちゃん』を傷つけず、かつ悪意なく容赦なく鍛えてあげられる子は……。あの子がいいかしら。ちょうど『白猫ちゃん』も頻繁に顔を出してくれるようになってくれたことだし、シルに任せましょう」
シルの友人に『やり過ぎてしまう』心優しいエルフがいる。
スズとは触れ合えるくらい仲が良いし丁度いいだろう。
彼女ならばスズにとって中層よりも効率的な耐久と器用の【
やり過ぎてしまってもあの場には回復役もいるし、何よりも体を痛めつけるような特訓は『レスクヴァの里』の十八番だ。
『巫女』であるスズは善意として受け取るだろう。
この二つの【基本アビリティ】を上げれば少なくともミノタウロス相手に事故死することはない。
むしろレスクヴァ仕込の【雷魔戦鎚】で巨砲でも撃たれた日には詠唱が終わった途端にミノタウロスが蒸発してしまう。
それではベルの成長に繋がらないので何とかまた分断させなければいけないのだがダンジョン内だと難しい問題だ。
ミノタウロスを複数用意するのも手ではあるが、それでは輝く前に事故死してしまうのは目に見えている。
実に難しい問題である。
しかし、考えるのが面倒になってオッタルに丸投げしたなんてことはない。
オッタルを信頼して任せたのだ。
愛しのオッタルならこの問題も頑張って解決してくれると信じている。
§
「ジャガ丸くんの小豆クリーム味、四つください」
ついにこの日がやって来たかとヘスティアの営業スマイルがアイズの襲来によって固まった。
憩いの場に突如現れた『剣姫』に動揺している冒険者はいるものの、商店街の人達はたくましくもいつも通りスズと会話を初めている。
商店街の人達にとってLV.1だろうがLV.5だろうが冒険者は冒険者だ。
『恩恵』を授かっていない身や『恩恵』を授かっているものの商売のみに身を転じている者達にとってどのみち格が違う相手なのだから今更怖気づく理由は一つもないのだろう。
実に逞しい限りだ。
しかしヘスティアにとっては違う。
アイズはベルの想い人だ。
愛しの眷族を誑かす悪い虫だ。
しかし同時にスズの憧れている人物でもある。
実に複雑な気分だ。
アイズが悪い人間だったら無理にでも引き離すのだが間違いなく善人に分類される人族だということが神であるヘスティアには向き合うだけでわかってしまう。
言いがかりをつけたいところだが、スズの魔力が200も下がったのに目の前で嫌な空気を作る訳にはいかない。
「君がヴァレン何某君か。話はベル君とスズ君から聞いているよ。
とにかくスズが不安がらない程度の牽制攻撃をしようとベルを右腕にスズを左腕で抱き寄せて自分の者だと威嚇をする。
苦笑しているのは特に関係もないスズの知り合いである【ロキ・ファミリア】のレフィーヤだけで、アイズいたって普通に「二人を預けてくれて、ありがとうございます」と挨拶を返してくる。
好意は抱いていても異性としては見ていないと見るべきだろう。
少なくとも相思相愛ではないことにほんの少しだけ安心する。
「神様っ!! 何やってるんですかっ!?」
「このくらいただのスキンシップだろ? まったく、本当に初心だなベル君は」
抱き寄せられたのがよほど恥ずかしかったのかベルは顔を真っ赤にさせて腕から抜け出した。
ベルもこの通り初心だしスズや【ロキ・ファミリア】のレフィーヤも一緒にいるので進展があったとは思えない。
一緒にいられるのがたまらなく悔しいがここはぐっと我慢しようとヘスティアは引きつった笑顔のままジャガ丸くんをアイズに手渡し代金160ヴァリスちょうど受け取る。
このことを愚痴りたいしものすごく心配だから早くスクハには元気になってもらいたいところだ。
そしてやはりと言うべきか、どちらかというとアイズはスズにご執心のようなようで、ヘスティアの腕から解放されたスズを目で追っている。
スズがジャガ丸くんを食べている姿にどこかほっこりして、色々な人達と楽しそうに会話をしたり、嬉しそうに頭を撫でられている姿を口元を緩ませて見守っていた。
「白猫ちゃんは……いつもあんな感じ、ですか?」
「ああ。スズ君は人懐っこいからここでは人気者だよ。でも繊細な子でもあるから、預かるんだったらしっかり面倒を見ておくれよ。二人に変な真似をしたらその時点で縁を切らせてもらうぞ。わかってるね?」
「はい」
「誘惑なんてもっての他だからなぁ……!」
「はい……?」
何のことだか理解していないのかアイズは首を傾げながらも答えてくれた。
噓はないがスズと同じくどこかずれている感じがするので無意識にベルを誘惑しているんじゃないか不安になってきてジロリと第三者であるレフィーヤに目を向けるとビクリと反応した。
怪しい。
実に怪しい反応だ。
何かやましい気持ちがある臭いがプンプンする。
「まさか既にベル君かスズ君にやましいことはしてないだろうね。どうなんだい、エルフ君?」
「え、え、えっと、わ、私ですか!?」
ベルと同じくらいわかりやすい動揺をしてくれる。
「スズ君が無邪気なのをいいことに変なことを強制しているんじゃないのかい?」
「あ、あの、その、ですね……特にそう言うことは……すみません」
アイズの顔色を何度も伺って申し訳なさそうな顔で嘘をついた。
おそらくアイズには聞かれたくないということだろう。
「すまないヴァレン何某君。少し人前では言いにくいことをエルフ君が相談したいみたいだから、少しだけ借りてくよ」
アイズに許可を貰って少し露店から離れた場所にレフィーヤを連れて正面から向き合う。
「さあ、ここならいいだろう。洗いざらい吐いてもらおうか」
「ひ、ひ、膝枕を………その、し、してあげました! やましい気持ちはないんです! こんな可愛い妹や後輩が居たらいいなとは思いましたけど……決して引き抜こうとか、そういうのではなくてですね! あの、そのっ! 私は勝手について行っただけなのでアイズさんは関係ないんです! 最近落ち込んでたアイズさん、お二人のおかげで元気になってくれて……。だからその、私は接触禁止になっても構いませんから、どうかアイズさんにお二人の特訓をさせてあげてください! お願いします!」
「ああ、そのくらいなら問題ないよ。子供を可愛がる程度のことなら許可する。仲間思いの君の言葉を信じているけど、口では言いにくいようなやましいことをしないようにしておくれよ」
「し、しませんっ! そんなことする訳ないじゃないですかっ!! ロキみたいな変な嗜好は……あ、ありませんっ!」
後半が少し怪しかったがレフィーヤも良い子そうなのでヘスティアは安心した。
この分なら任せていてもスズとベルが傷つくことはないだろう。
これで【ロキ・ファミリア】でなければここまで複雑な思いをしないですんだのだろうが、おそらくロキもこのことを知れば同じ思いをすると思うので痛み分けとしておこう。
今のところアイズとレフィーヤはベルを異性として見ていないのはわかった。
よくて可愛い小動物くらいの認識だろう。
独占欲が強いヘスティアはその程度でもおさわりされたら気に入らないのだが、それを注意してしまったらスズと商店街の人達との触れ合いも否定してしまうことになるので強く言えないのがもどかしい。
本当にスクハには早く元気になってもらいたいものだとヘスティアは思うのだった。
§
スズがシルに料理を教えるのと、レフィーヤは友達から魔法の並列詠唱を習う予定があるのでついに特訓はアイズと二人きりになった。
二人きりになったからと言って特にラブロマンスがある訳もなく、相変わらず一方的に殴られるだけの特訓が淡々と続いた。
途中でバイトが終わったヘスティアも見に来てくれたので、カッコ悪いところは見せられないなと気合を入れたおかげか気絶することはなくなった。
アイズも少し気を使ってくれたのかベルの反撃をカウンターで迎撃せずに「今のよかった」と褒めてくれた。
ただしそれで浮かれたせいか気絶しなかったものの木の葉のようにまた宙を舞うことになってしまったのが実に情けないところだった。
特訓は夕方まで続き、『豊饒の女主人』からスズが戻って来たところで終了した。
当初の予定ではそのままアイズが日が沈みきるまでスズを特訓してあげる予定だったのだが、とても疲れた顔をしているスズに特訓なんてさせられないとアイズ含めた三人で特訓の準備を始めるスズを止めたのだ。
アイズが何でそんな疲れたのかを聞いたところ「リューさんまでとは思わなかったよ」とのこと。
事情を知らないアイズは首を傾げていたが、どうやら『物体X』を生み出すのはシルだけではないらしい。
「どうやってレシピ通りに作らせてあげればいいんだろう」とスズが本気で悩んでいる辺り二人の壊滅的な料理の腕が伺える。
でも明日も頑張ると張り切っている辺りスズもなんだかんだで楽しんでいるように見えて、ベルはほっとした。
アイズとまた明日と別れて、商店街で三人で買い物をして、ホームでいつものようにスズの作った夕食を楽しく会話をしながら食べた後に風呂屋で疲れを癒す。
そしてベッドでスズにまたがられた。
「それじゃあベル。いくよ?」
スズの手がゆっくりとベルの素肌を撫でる。
当然いやらしい目的ではなく前にやってもらった電気マッサージで疲れを取ってくれているのだ。
術式にしてから一度も使ったことがないので一日中アイズの特訓でくたくたになったベルの体を癒してあげると悪気が一切ない善意の塊な天使の笑みを浮かべたのだ。
天国と地獄再びである。
「す……スズ……神様も見てるし……その……」
「神様も最近疲れてるから後でして欲しいって言ってくれたよ?」
いつも通り無垢すぎてまったく通じていない。
ヘスティアもあの気持ち良過ぎる殺人マッサージを知らないし、異性でないからこの天国と地獄のマッサージを事前に察知することなんて出来ない。
「神様。スズを止め――――――――」
「【雷よ。想いを届け給え。第五の唄カルディア・フィリ・ソルガ】」
止めてもらう前にスズは術式を発動させてベルの口からあまりの気持ち良さに声が漏れててしまう。
術式になったせいか効果が前の時よりも凄まじい。
体が軽くなっていくのは実感できているがその分気持ちが良過ぎる。
たった5分間だがベルの心も体も完全にとろけさせてしまった。
体感してみてわかったが、完成されてから一番変化したところは素肌と素肌が触れ合っているだけで『全身』に効果があるところだ。
効果発動中は電流が流れるかのように体の隅々までスズの温もりを感じられた。
優しく撫でまわされ、優しく抱きしめてられ、強く体のツボを刺激され、それらを同時に感じ取るような謎の感覚が全身を駆け巡っている。
おかげでベルは必死に声を含めて色々我慢することになり、まさにこの5分間は初回以上の天国と地獄だった。
体は軽くなった筈なのにしばらくの間は動ける気が全くしない。
何かを『発散』してしまった感じがあってベルは自分のズボンに恐る恐る意識を向けてみるが、【
おそらく【カルディア・フィリ・ソルガ】は心も気持ちよくして癒してくれるのだろう。
その感覚が『発散』した感覚に近くて脱力してしまっているのだ。
実に危険な【魔法】である。
「手を握ってるだけでも範囲【接触】として認められるかな。これならダンジョンでも使えそうかも。ベル、すぐに動けそう?」
「む、無理……。気持ち良過ぎてこれ、途中で魔物と遭遇したら抵抗出来る気力が湧く気がしない……」
「んー、筋肉ほぐすだけなのに5分も使うし……ダンジョン内では無理かぁ。でも疲れを明日に残したくない時とかはいいかもしれないね」
スズはあくまで回復呪文として考えているようだ。
こんなものを毎日ダンジョンから帰った後にやられていたら、いつか絶対に我慢が出来なくなって体の方も『発散』してズボンが酷いことになってしまう。
「それじゃあボクもお願いしようかな。バイトの掛け持ちで最近疲れが溜まっちゃってさ」
「神様……その、気持ち良過ぎるんで止めといた方がいですよ!?」
「ベル君は大げさだなぁ。ただの電気マッサージだろう? ボク的に親子らしく普通のマッサージをしてもらいたいところだけど、せっかくだからボクも術式化された【魔法】を味わってみようかな」
ベルの忠告を無視してヘスティアが立ったままスズの手を握りしめた。
「それでは行きますね。【雷よ。想いを届け給え。第五の唄カルディア・フィリ・ソルガ】」
「くっ……。ほうほう、これは中々っ。あぁぁあぁぁあぁぁあぁぁ、ほぉ~ぐぅ~れぇ~るぅ~」
ヘスティアは普通にリラックスしていた。
ベルが過剰に反応していただけだろうか。
そうなってくるとなんだかものすごく恥ずかしくなってくる。
「すーちゃんが書いてくれてたんだけど疲れているほど気持ちいいんだって。疲れや痛みを気持ちいいと錯覚させながら筋肉をほぐして、ある程度の傷も体を強引に活性化させることで治してくれるらしいんだけど……。これは私の魔力と相手の耐久が高いほど効果が見込めるらしいよ。今のところ時間を掛ければ自然治癒可能な傷までなら治せるみたい。多分だけど……ベルは耐久が高いのに加えて疲れがすごく溜まってたから、筋肉がほぐれにほぐれて脱力しちゃったんじゃないかな」
やはり恐ろしい【魔法】だった。
おそらくスズの心遣いにスクハが手を加えてしまったのだろう。
痛みや疲れを気持ちいいと『錯覚』させるだなんてドM製造機もいいところである。
そのくせ自然治癒可能な傷なら回復出来るのでおそらくまた使う機会が来るだろう。
しかも使う時は傷ついて倒れた仲間にスズが涙を流しながら必死に【カルディア・フィリ・ソルガ】を掛ける王道な展開なのに、掛けられている相手は快楽にビクンビクンと震えながら声を必死に押し殺しているという最悪な絵面だ。
股関節中心部の『得物』に蓄積される【
指摘した方がいいだろうか。
でも仲間が傷つけば確実にスズは【カルディア・フィリ・ソルガ】を使うだろう。
しかもそれを相手が嫌がってると知れば心を痛めながら何度も謝り必死で治療を試みるだろう。
そんな中治療を受けている相手は気持ちよくなってしまっている。
さっきよりも最悪の絵面だ。
スズが心を痛めている分受ける側の背徳感が半端ないことになってしまう。
これはリリと相談した方がいいかもしれない。
とてもベル一人で抱えられる問題ではないのでスズがいない時に誰かと相談したいのだが、いつもスズはベルかリリと一緒にいるので二人で相談するのは難しそうなのが問題だ。
もしもリリと二人きりになった時にそれとなく相談しようとベルは思った。
§
ベルの【ステイタス】更新結果を目にしてヘスティアは自分の目を疑った。
「SS……」
「え?」
「ベル君の耐久・敏捷・器用がS999を超えてSSになった」
「えええええええええええええええっ!? 本当ですか神様! 【基本アビリティ】ってSが最大じゃなかったんですか!?」
「ほわぁぁぁぁっ!?」
ベルが立ち上がろうとした勢いで背中に乗っていたヘスティアが飛ばされてしまうが、ソファーの上で『ゴブリンでもわかる料理の教え方 その1』という本を読んでいたスズがフローリングの床に激突しないようにしっかりとヘスティアを抱き止めてくれた。
「かっ、神様ぁ!? ご、ごめんなさい、大丈夫ですか!?」
「スズ君のおかげで大丈夫だよ。ありがとうスズ君。まさかこんな形で報復されるなんて……驚く気持ちはわかるけど気を付けておくれよ、ベル君。ボクは君とは違って痛いのを喜ぶ趣味はないんだ」
「僕もそんな趣味ありませんからっ!? 神様までそんな勘違いをしないでください!!」
「冗談だよ、ベル君。さっきのお返しだぜ」
「本当にごめんなさいっ!」
ベルはヘスティアが教えた土下座をしている。
「そこまで謝ることじゃないだろ。本当に君は真面目というか信仰深いというか……。ボクとしてはもう少し軽く見てもらいたいんだけどさ。ささ、今【ステイタス】を書き写してあげるからベッドに戻ろうぜ」
ヘスティアはそんなベルに大きく溜息をつき、ベルの手を引いて起こしてあげてそのままベッドまで誘導する。
当然『SS』なんて数値に興味があるようでスズも覗き込んでいる。
幸福に限界なんてないことを教える為にスズの魔力を1000以上にしてあげたかったのだが、まさか先にベルが『アイズへの想い』で1000を超えるとは思いもしなかった。
一応証明にはなったもののヘスティアは実に複雑な気分である。
「凄い。ベル凄いよ! SSだよ! ギルドの公式発表の最大値を超えてるよッ!」
「ほ、ほ、ほ、ほ、本当だぁっ!? え、何で!? アイズさんのおかげ!? もしかして第一級冒険者に本気で挑んでるからかな!?」
「同格や格上を相手にすると上位の【
「やっぱりアイズさんって凄いっ! あれ……でも、スズもレフィーヤさんと特訓してるよね?」
ベルがそう聞くとスズは軽く苦笑してしまう。
「特訓は全力でやってるけど……レフィーヤさんとの特訓であまり危機感とかそう言うのは感じなかったから。格上相手でも上位の【
「それじゃあ、今度はスズがアイズさんに特訓してもらおうよ。スズは才能あるからもっと伸びると思うんだけど――――――――」
「このままベルがどこまで行けるか私も見て見たいから、今回はベルがアイズさんと特訓して。私は私に合ったやり方を探してみるから。あらためて公式限界の突破おめでとう、ベル。私もすごく嬉しいよ」
スズは嬉しそうに笑った。
嘘偽りのない喜びの気持ちにあふれた言葉だ。
一気に常識という壁を越えてたベルに対して嫉妬したり劣等感を抱いたりなんかしない。
こんなに綺麗で優しい心の持ち主なのに、限界値999を超えるどころか、200以上も魔力を下げてしまった原因すら理解してあげられないヘスティアは内心自分の無力さをまた噛みしめていた。
スクハに『すぐに巻き返せるから最初からCだったと思いなさい』と気遣いまでされてしまっているのだから、くよくよ何てしていられない。
下がったものは取り戻せないのだからまた新しい幸せを与えてあげてスズの魔力を999以上にしてあげることを考えてあげればいい。
一足先にベルが『想い』で限界を突破したのだから、スズだって同じく『想い』で限界を突破してくれるはずだ。
何度だって溜め直せばいいと言ったのはヘスティア自身ではないか。
そう言い出した自分が不安がっていてはスズとスクハに心配を掛けるだけだ。
ヘスティアもベルに祝いの言葉を送り、今度はスズの【ステイタス】更新作業に取り掛かる為にいつも通りベルに地下室の外で待機してもらう。
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スズ・クラネル
力:g206⇒208 耐久:f314⇒316 器用:g258⇒261
敏捷:g201⇒202 魔力:c625⇒b709
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今日もスクハは出てこなかった。
「その、今日はすごく頑張って甘えに甘えてみたんですけど……。どれだけ
その言葉からやはりスズ自身が魔力が下がったことをしっかり覚えているのが伺える。
スクハによる記憶の保管と書き換えが完璧ならスクハの存在がばれることはなかったし、ここまで魔力が低下することは無かった筈だから、最初からスクハの掛けた言葉がヘスティアへの気遣いだということは気づいていた。
しかし魔力が大量に下がったことをスズに知られているという事実をこうして突きつけられるとヘスティアの胸が痛む。それでももっと辛いのはスズなのだからそのショックを悟られないようにヘスティアは自分の心を何とか落ち着ける。
「サポーター君の一件からまとめて精算した116よりは流石に劣るけど、84と一日の更新では過去最大値だよ。いつもそのくらい甘えてもいいんだぜ?」
ベッドの上で【ステイタス】の更新結果を写した紙を挟んでヘスティアとスズはお互いに向き合う。
「ちょ、ちょっと……それはその……私が恥ずかしくて無理です……」
頭を撫でられたり手を繋いだりは純粋に喜ぶスズが顔を真っ赤にさせていた。
一体何をしたのだろう。
一応落ちた魔力を取り戻す為に恥ずかしがっているスズの頭と体を銭湯で洗ってあげたりと、いつも以上のスキンシップをしてみたがそれのことだろうか。
それともスズまで誰かに恋をしてしまったのだろうか。
それでヘスティアの知らないところでいちゃいちゃとしていたのだろうか。
あんなことやこんなことをしていたのだろうか。
ベルなら許せるが他の男だったら許せない。
絶対に許さない。
大切なスズを傷ものにした男がいたのだとしたらベルと共に制裁を加えに行かなければならない。
相手の派遣が大きければ癪だがアイズに助っ人してもらおう。
「もしかしてスズ君っ! 恋人が出来たとかじゃないだろうね!?」
「恋人……? ち、違いますよっ!! その、ベルにもたくさん甘えて、神様にも……その……色々してもらって……。ものすごく恥ずかしかったですけど嬉しかったから、その……」
「よし、今日から毎日三人で寝て、ボクがスズ君のお風呂から歯磨きまで面倒を見てあげるよっ! うん、そうしよう!」
「私そんなに子供じゃないですから身の回りのお世話は体調が悪い時だけにしてください。毎日そんなことされたらまるで私がダメ人間みたいじゃないですかッ」
嫌ではないし甘えたいとは思っているがやはり恥ずかしいらしい。
しっかり家族としてのスキンシップとしているあたり本当にどこまでも純粋な子だ。
自分でスズの体の隅から隅まで洗ってあげといてなんだが、世の中には同性愛を抱く者もいるので、純情過ぎるスズに過激なスキンシップをする女性にも気を付けた方がいいかもしれない。
『無知シチュ…キタコレ!!』『キマシタワー』とほくほくする男神女神だって中にはいる筈だ。
そういえばリリはものすごくスズと仲が良いが彼女はどういうつもりなのだろう。
呼び方や敬語を変える気はないようだが親友ですよというオーラを出している。
彼女の境遇を考えると、その親友という枠をさらに飛び越えたよこしまな感情を抱いてもおかしくないのではないだろうかとヘスティアの考えが暴走し出す。
そう考え出すとキリが無い。
今まで考えていなかったがリリがベルを狙っている可能性だってある。
そうすればスズはリリの義妹だ。
リリからベルに向かっての好意は感じていたからリリにとってまさに一口で二度美味しい状況ではないだろうか。
そしてヘスティアに母を求めているのだとしたら、まさに【ヘスティア・ファミリア】の全てが狙われていることになる。
ヘスティアの頭の中でリリが『計画通り』と謎の笑みを浮かべた。
今度リリに直接問いただしてみよう。
ヘスティアはリリのことは嫌いではないし信頼もしているのだが、これはこれそれはそれだ。
大事な子供達をやましい目で見ているようなら軽い威嚇は必要だろう。
「えっと、神様?」
沈黙するヘスティアにスズが心配そうに眉を顰めているので、ヘスティアは気持ちを切り替えて笑顔で色々考えた最善の結論を出してあげることにした。
「やっぱりスズ君はベル君と結婚してもらうのが一番幸せだとボクは思うんだ」
「え」
スズが完全停止した。
そしてしばらくするとボンと顔を真っ赤にさせる。
ストレートに言うと意識してくれるということは多少なりともベルを異性としても意識してくれているのだろう。
この案は行けるとヘスティアは思った。
ベルなら一番安心できるし、何よりも大切な子供達同士が結ばれてその幸せの中に自分もいるのだから一番のハッピーエンドである。
しかし、すぐにスズから恥じらいの色が消えていつもの笑顔を作った。
「ベルは私の兄です。それで私は幸せなんです。私は十分幸せですから、無理に色々考えずいつも通りの日常を私にください。だから神様はベルのこと異性として好きなままでいいんですよ?」
結局のところスズの意識はまだ変えられていなかった。
半ば暴走気味で言ってしまったことだが、自分よりも他人を優先してしまうこの順位を変えてあげることが出来ない。
恥ずかしがった本心が一瞬で消え去るほど【スキル】としての【
スクハの表情が豊かになってもそれは変わらない。
『心が壊れている』『行動起源となっているその心は決して折れることなく曲がることもない』この項目がどこまでもスズの幸せになろうとする気持ちを押さえつけて、与えた『愛情』の全てを受け取ってくれない。
必ずどこかで遠慮してしまう。
他者を優先してしまう。【
一番辛いのは間違いなく『悪夢』を一人で抱え込み、自分のせいで何もかもが上手くいっていないことを見せつけられているスクハだろう。
今更ながらヘスティアはそのことを再確認させられるのだった。
ベル君の成長が加速した結果、特訓期間中で既に3つの【基本アビリティ】がSSに到達しています。
【
そして久々のフレイヤ様に加えてリューさん特訓参加フラグと色々詰め込みすぎて文量が多くなり過ぎてしまったことを少し反省中だったりします。
そのくせ少し削ったせいで内容が薄い(ゴフ)
それでもこのまま自由気ままに最後まで書いていけたらいいなと思っております。