スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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冒険者依頼(クエスト)を達成するお話。


Chapter08『依頼の受け方 後篇』

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 スズ・クラネル

力:g203⇒206    耐久:f308⇒314 器用:g255⇒258

敏捷:h196⇒g200  魔力:a806⇒829

 

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 【ファミリア】の事情ということで特訓を少し早めに切り上げさせてもらい、ミアハとナァーザの手伝いをしていると少し遅れてヘスティアとリリも合流した。

 

 迷宮都市(オラリオ)は外から冒険者志望の人や交易商人が訪れるのは容易いが、迷宮都市(オラリオ)の冒険者や神が迷宮都市(オラリオ)の外に出るのは難しい。

 ここは世界に唯一ダンジョンがある場所なので【経験値(エクセリア)】が稼ぎやすく、また唯一魔石が取れるので世界各国と比べて圧倒的に経済利益も高い。

 

 戦争好きなアレスが率いる『大国ラキア』のように迷宮都市(オラリオ)を手に入れたいと思っている国は沢山あるだろう。

 しかし迷宮都市(オラリオ)の外は【経験値(エクセリア)】が稼ぎにくく、『神の恩恵』を授かってもレベル2に上がれることはほとんどない。

 

 それどころか【基本アビリティ】がDに届かない者がほとんどである。

 そんな戦力で迷宮都市(オラリオ)に戦争を仕掛けるのは脳筋アレスくらいなものだが、迷宮都市(オラリオ)で【経験値(エクセリア)】を稼ぐだけ稼いで外に持ち逃げされては、外の『神の恩恵』を受けた者の質が上がり魔石の持ち帰りから経済も著しく低下してしまう為、迷宮都市(オラリオ)の外に出る時は面倒な手続きが必要なのだ。

 

 弱小【ファミリア】でも手続きが面倒なのだから、もしも大手【ファミリア】が外に出ようと思ったらギルド本部の会議を通さなければ許可は下りないかもしれない。

 ただダンジョンに潜っていたベルは【ファミリア】を運営するには色々と気を使わないといけないことをここで初めて知った。

 

 日の出と共に荷台に6人を乗せた馬車が『セオロの密林』を目指して出発した。

 馬車の御者は当然監視も務めてギルドの職員と、護衛としてギルドが雇った【ガネーシャ・ファミリア】のLV.2冒険者だ。

 

 外の怪物(モンスター)や野盗、そして荷台に乗せているベル達からギルド職員を守るのが仕事らしいが、ベル達が問題を起こすとは思っていないのか二人の男はかなりリラックスしきっている。

 出発前にスズが「今日は一日よろしくお願いします」と笑顔で挨拶をして頭を下げると、「こちらこそよろしく」と笑顔を返してくれ、スズの何でもない雑談から、セオロの密林に行くことになった経緯などフレンドリーに話しを振ってくれている。

 

 借金返済の為の新薬素材を取りに行くことを話すと苦笑しながらも「なら頑張らないとな」と【ガネーシャ・ファミリア】の冒険者は激励してくれた。

 セオロの密林まで4時間ほど掛かるので張りつめた空気にならないのはありがたかった。

 

 

「昔は『白猫ちゃん』みたいに可愛くて良い子が居た【アストレア・ファミリア】があったんだけどな……。あれは嫌な事件だったよ。人助けをすることは良いことだけど、迷宮都市(オラリオ)の治安や秩序は俺達【ガネーシャ・ファミリア】とギルド職員に任せてくれよ。例えそれが正しいことだとしても、大きなことに首を突っ込むと必ずどこかで恨みが生まれる。【ソーマ・ファミリア】の一件がいい例だな」

 

 しかし、セオロの密林に辿り着く直前に【ガネーシャ・ファミリア】の冒険者はそう湿っぽい話を持ち出した。

 

「『白猫ちゃん』や『白兎君』がやったことは人として正しいことだ。困っている人に手を差し伸べるのは素晴らしいことだが、世の中には功績を嫉んだりそう言った正義感を邪魔だと思う違法すれすれの【ファミリア】だって存在する。不干渉の内は何も起こらないが、一度何かの邪魔をされれば抗争だって起こり得る。迷宮都市(オラリオ)の秩序を守る【アストレア・ファミリア】も支持してくれる人達や【ファミリア】も多かったが、敵対する【ファミリア】も多かった。実にあっけなくダンジョン内で敵対【ファミリア】の罠にはまり一人を残して構成員は全滅したよ。そこからはただただ復讐による恨みの連鎖さ。酷いもんだった。幸せそうだったエルフの少女が一変して無関係な者も巻き込む復讐者。要注意人物一覧(ブラックリスト)の賞金首だ。特に『白猫ちゃん』は人気者だし、『レスクヴァの里』の住人だ。恨みの連鎖は【ヘスティア・ファミリア】の外で勝手に起こって収拾がつかなくなるだろうさ。俺はそんなとこは見たくねぇ。虚し過ぎるし悲し過ぎる。あんたらとは無関係な【ガネーシャ・ファミリア】の俺が言うのもなんだが、差し伸べる手は手の届く範囲にしてくれよ。自分勝手な理由だが…もう良い子達がきっかけで皆が不幸になるのを見るのはごめんだ」

 

 そう【ガネーシャ・ファミリア】の冒険者は空を見上げて悲しげに言った。

 すっかり【ヘスティア・ファミリア】に助けられているリリとナァーザ、そしてミアハがばつの悪そうな顔をしてしまう。

 

「忠告感謝するよ、冒険者君。確かにそれはボクも心配していることだけど、ボクは二人のことを信じてるんだ。ベル君とスズ君ならきっとどんな困難も乗り越えてくれるって。だから二人には自由に生きて幸せになってもらうよ。寿命が来るその瞬間までやりたいことをやらせてあげて、それでいて幸せになってもらいたいんだ。勿論いけないことをしたら叱るし止める。落ち込んでたら励ましてあげるし、迷っていたら背中を押してあげる。喜んでいたら一緒に笑ってあげる。神ってのはそんなもんさ。子供を愛しているけど強制する権利なんてどこにもない。子供達の限りある時間に付き合ってあげることしか出来ないんだ。だから親切にしろ、ギルド職員に言うように言われていたにしろ…ボクはこの方針を変えるつもりはないよ。ボクはボクのやり方で二人に幸せになってもらう。それだけの単純なことなんだ」

 

 でもヘスティアははっきりとそう答えてくれた。

 ベルとスズを信じ切ってくれている。

 やりたいことをやっていいと後押ししてくれている。

 幸せになってもらいたいと願ってくれている。

 それがたまらなくベルとスズは嬉しかった。

 

「それにサポーター君が目を光らせてくれているからね。滅多なことは起こらなと思うから冒険者君もギルド職員君も安心しておくれよ。それにうちのベル君とスズ君はこうみえて頑固ものだからね。守ろうって一度決めたものはどんなことがあっても見捨てられない子達さ。ボクは下界に降りたばかりだから【アストレア・ファミリア】のことは知らないけど、うちはうちよそはよそさ。不幸になんてこのボクが絶対にさせないよ」

 

「差し出がましい真似を申し訳ない、ヘスティア様。さて、違法もしてないし、ただの【ファミリア】の方針だからギルドの権限で縛ることなんて出来ないよな?」

「そうですね。騒いでいるのは周りですし、そこが困ったところな訳ですが。私もファンの一人として応援はしていますがギルド職員の仕事をあまり増やさないでくださいよ。あまりの仕事量でチュール氏に逃げられでもしたらギルド本部は人手不足に悩まされることになってしまうんですから」

 

 先ほどまでとは打って変わって、またカラカラと冒険者とギルド職員は笑い出す。

 おそらく釘を刺す仕事を任されていたもののあまり乗り気でなかったか、最初から無駄だとわかっていながら意識確認の為に言っただけなのだろう。

 彼等は彼らの仕事をしつつも心遣いをしてくれたらしい。

 

「エイナさんに迷惑掛けないように気をつけないとね」

「そ、そうだね……」

 スズが少し苦笑する中、ベルは実際に口から魂が出てきそうなくらい疲れ切っていたエイナを見たことがあるので申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、それでもヘスティアの言う通りベルは気持ちを変えない。

 

 ベルの中でもスズの中でもエイナは大切な存在なので、どうやったら迷惑を掛けずに大切なもの全部取りこぼさずに済むだろうと考えてみるが、いい方法が思いつかず『レベルを上げて物理的に解決すればいいよね』といつもの結論に至った。

 知恵比べをする英雄譚が嫌いな訳ではないのだがどちらかというとカッコよく女の子を助けたり怪物を倒したりする英雄譚の方がベルは好きだ。

 

 何よりも毎度のことながら頭を使うのはスズとリリの仕事なのだから、そんな二人の知恵を超えて理不尽に降りかかる火の粉を払いのけるのが自分の仕事だとベルは信じて疑わない。

 

 世界は複雑でも、ベルの『守りたい』という純粋な気持ちはどこまでも単純で綺麗なままだった。

 

 

§

 

 

 迷宮都市(オラリオ)から真っ直ぐ東に進んだ先『セオロの密林』に到着すると、ギルドの職員と護衛の冒険者は密林の手前に簡易キャンプを張りそこでベル達の帰りを待ってくれるようだ。

 

 応援しながら見送りをしてくれる二人にスズは大きく手を振り、皆で軽く頭を下げた後に目的である怪物(モンスター)の卵を求めて密林を進んでいく。

 

「ナァーザ様。最終確認ですが、目的は『ブラッド・ザウルス』の『卵』の採取。相手の能力は『古代』からの度重なる繁殖による体内の魔石がほぼ無くなり、30階層級ではなく12階層に出現する大型級の怪物(モンスター)程度まで能力が低下している。これに間違いはありませんか?」

 

「……私がまだ怪物(モンスター)と戦えた時の事前調査ではそうだった……」

「スズ様はどう思われますか? 外の怪物(モンスター)については『あの里』出身であるスズ様が一番詳しいと思うので、スズ様の意見も聞きたいのですが」

 リリが依頼主であるナァーザに最終確認を取った後、念のためにスズの方に顔を向ける。

 

異常事態(イレギュラー)がない限りはそのくらいかな。ただ繁殖で魔石が薄れていても共食いで強化種になるのは変わらないから動きが違うのが混ざってたら『卵』は諦めて撤退した方がいいかな。お母様が実戦練習の為に『蠱毒の壺』で『イル・ワイヴァーン』を共食いで育てて、原種に近いほど強化したことあるけど……あんなの子供の私達じゃまず勝てないって思ったもの」

 

「その言い方からすると、50階層より下の怪物(モンスター)を大人なら『神の恩恵』なしで倒してしまうんですね。意地を張らず素直に『神の恩恵』を『あの里』の住人全員に与えたら『黒竜』を倒せてしまうんじゃないんですか?」

 

「……どうだろう。『恩恵』を授かれば確かに能力は上がるけど……大人はランクアップするのが大変そうかな。LV.1でもすごい【ステイタス】になれると思うけど、LV.2やLV.3になれなければ『恩恵』に頼っても頼らなくても『黒竜』相手だとあまり変わらないと思うよ。『レスクヴァの里』の戦士が『偉業を成し遂げる』のはちょっと難しいと私は思うかな」

 

 つまり既に強いから、LV.1でも半端な怪物(モンスター)からでは【経験値(エクセリア)】を稼げないということだろうか。

 『レスクヴァの里』が人外魔境と言われるのが納得出来る凄さだ。

 『古代』の戦士達もそうだが生身の体でどうやったらそこまで強くなれるのだろうか。

 ベルは不思議でならなかった。

 

「でも、階層主との戦闘みたいに連携で一匹を倒すのが基本だったから……それが一人で倒せるようになるだけでもずいぶんと違うのは確かだね」

「……LV.1で第一級冒険者級……何それ怖い……。スズやベルもそんなに強いの?」

「私はそんなに強くないですよ。弱くなった低級怪物(モンスター)程度なら倒せましたけど、『恩恵』を授かってやっとダンジョンの上層に挑めるくらいですね」

「……じゃあベルは……」

「僕もそんな出鱈目な強さじゃないですから! 普通ですからっ!」

「スズ様とベル様の弱いや普通は当てになりません。普通は冒険者になって一ヶ月で10階層に到達なんてありえませんから」

 リリに呆れられながらそう言われてしまった。

 

 ベルは『レスクヴァの里』出身ではないのに相変わらず人外魔境の仲間扱いである。

 スズの兄ということになっているので仕方ないし、自分でもやたら最近【基本アビリティ】の伸びが良くて不思議に思っているが、ミノタウロスに勝てない自分を人外魔境扱いするのは大げさすぎるんじゃないかとベルは思ってしまった。

 

 

 もっとも、その考え方自体が既に世間からずれてしまっているから人外魔境の仲間入りをしている訳なのだが、世間にうとく他の冒険者の基準を知らないベルはそのことに気づけていない。

 

 

「それじゃあ、囮はスズとベルに任せた。大型相手にゼロ距離で戦うのは危ないから……ベルはこれを使って。バックパックの中身は血肉だから、私達が退避してから開けて欲しい」

 ベルはナァーザから大剣とバックパックを渡される。

 大剣なんて使ったことがないので渡されても困るのだが、事前に相手が5Mの肉食恐竜というとんでもないことを聞いているので素直に使わせてもらう。

 

 さすがにそんな巨大な相手に切れ味がものすごいとはいえ刀身が短いヘスティア・ナイフで切り裂いても大きな傷を残せないし、近づき過ぎると攻撃をもろに受けてしまうかもしれないのでリーチが長いのは正直ありがたい。

 

「えっと、集まったブラッド・ザウルスは殲滅しても大丈夫なんですか? 絶滅させてしまったらもうここでは卵を取れなくなってしまいますけど」

「巣は他のところにあるし……弱くなった代わりに怪物(モンスター)の繁殖力は高い。全部仕留めても問題ない」

「わかりました。それではナァーザさん。りっちゃんと神様をお願いしますね」

「任せて」

 スズの笑顔にナァーザも口元を緩ませてしっかりと頷く。

 ミアハはそのやり取りを嬉しそうに見守っていた。

 

 ナァーザ達がかなり距離をとり緑の迷彩が施された布を被って、リリの小さな手が布の隙間から親指を立てるのを確認してからベルはバックパックを開けて血肉の鼻につく強烈な臭いを密林に漂わせる。

 その臭いに釣られて巣から一匹、また一匹と5Mの巨体を持つブラッド・ザウルスがその姿を現していく。

 

 合計3匹のブラッド・ザウルスの攻撃を『ワイヤーフック』で大樹と大樹を移動して周囲を時計回りしながらやり過ごしているが、ブラッド・ザウルスの追加が来る様子はない。

 巨大な恐竜に追われるのに少し恐怖は感じるものの予想よりもずっと数が少ない。

 下で待機しているスズに目を向けると頷いてくれたので、少し巣から遠ざかるとナァーザ達が卵を採取しに動いた。

 遠ざかっていく巣の周りに意識を向けるが怪物(モンスター)の気配は感じない。

 スズとナァーザも大丈夫だと判断しているのでナァーザ達の方はもう安全だろう。

 

「【雷よ。粉砕せよ。第三の唄ミョルニル・ソルガ】!」

 

 地上からついて来てくれていたスズが巨大な雷を振り降ろして、その雷がブラド・ザウルスの巨体を飲み込んだ。

 それを合図にベルは体を反転させ、雷で黒焦げになって怯んだブラッド・ザウルスに『ワイヤーフック』を撃ち込み残りに2体の間をすり抜けて大剣で黒焦げになったブラッド・ザウルスの首を一刀両断した。

 

 しかし初めて使う大剣の重量を見誤ってベルはコマのように遠心力でぐるぐると回転してしまい、目を回してふらついた足取りで着地することになってしまった。

 一匹がそんなベルの方へ、もう一匹がスズの方へ向かう中、ナァーザが隙が出来てしまったベルに向かって行くブラド・ザウルスの目を長弓(ロングボウ)による精密射撃で正確に射抜いてくれる。

 ブラッド・ザウルスが叫びをあげてその場でもがき苦しむ。

 

 その間にベルは体勢を立て直して勢いよく地を蹴り再び一閃。

 ブラド・ザウルスの上半身と下半身を分断させる。

 本当はミノタウロスから助けてくれたアイズの真似事をして追撃で上半身を細切れにしようと思っていたのだが、不慣れな大剣とベルの【基本アビリティ】で真似することは叶わずに遠心力で一回転してから大剣を振り降ろすのがやっとでブラッド・ザウルスを十字に斬ることしか出来なかった。

 

 やはり道のりはまだまだ遠いが、コマのように回ってしまった先ほどの自分よりは進歩したかなとベルの頬が少し緩む。

 

 スズの方に向かって行ったブラオ・ザウルスはどうなったかなとふと目を向けてみると、二発の【ミョルニル・ソルガ】により頭が原型を留めなていないほどに叩き潰されて地面に赤い花を咲かせていた。

 見なかったことにしておこう。

 

 

§

 

 

 こうして何事もなく無事に卵の採取は終わった。

 馬車で往復8時間も掛かってしまうので、一番の問題だったのはディアンケヒトが取り立てに来るまでに新薬『二属性回復薬(デュアル・ポーション)』の数を揃えることだったが、それも何とか間に合い後はディアンケヒトが買い取ってくれるかどうかだった。

 

「儂はレスクヴァを恐れている訳ではないぞ! 断じて儂は武力に屈した訳ではないっ!! アミッドも認めた新薬が【ディアンケヒト・ファミリア】の利益になることと、慈悲深い儂の心が貧乏臭いミアハを憐れんでやっただけだっ!! だから絶対にもう『白猫』を盾にするでないぞっ!? そんなことをしても無駄だからなっ!? いいな、絶対だぞっ!? 心の広い儂に感謝しろよこの貧乏人どもぉっ!! さあ、用が済んだなら早く出て行ってくれっ!! わ、儂は忙しいんだっ!!」

 

 新薬を【ディアンケヒト・ファミリア】に持っていき、鑑定してもらうと無事二十本で今月までの支払い分として受け取ってくれた。

 デイアンケヒトの目の下にクマが出来ていたのが印象的で、ナァーザが「ざまぁーみろ」と細く笑みをこぼしていた。

 

 時間が足りなくて報酬で貰える二属性回復薬(デュアル・ポーション)は一本だけだったが、ナァーザとミアハの力にしっかりなってあげられたことがベルもスズも嬉しかった。

 

「スズ……ベル……。今日はありがとう。本当に……本当に、ありがとう」

 このナァーザの言葉だけでも依頼を受けた甲斐があったというものだ。

 そう言うとリリに「本当にお二人はお人好し過ぎです」と呆れられながらも嬉しそうに笑われて、ナァーザも笑ってくれて、間違いなく今回の物語は何の後腐れもないハッピーエンドである。

 

 ベルとスズの初めての冒険者依頼(クエスト)はこうして完了されたのだった。

 

 

§

 

 

 

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 スズ・クラネル

力:g206⇒208   耐久:f314⇒320 器用:g258⇒261

敏捷:g200⇒201  魔力:a829⇒c625

 

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「え?」

 間違いなく冒険者依頼(クエスト)はハッピーエンドで終わり、スズにとって嫌なことや不安を抱くことなんて何一つなかったはずなのに、いつも通り【ステイタス】の更新をしてみると魔力が204も下がっていた。

 

「スズ君、何かあったのかい!? まさかヴァレンなにがしが何かやらかしたのかい!?」

 慌ててスズと向き合ってみると、スズが「え?」と何のことを言われているのかわからないのか不思議そうに首を傾げている。

 

「……普通にアイズさんと特訓していただけですけど……もしかして、魔力下がってたんですか?」

「何も心当たりはないのかい?」

「は、はい……。すーちゃんが心配なことくらいしか……」

 嘘は言っていない。

 

 今日は一度もスクハが出てきていないせいで、もう二度と会えないんじゃないかと過剰に心配してしまっているのだろうか。

 

「スクハ君は大丈夫だから、そんなに不安にならないでおくれ」

「心配ですけど……少し空白の時間があったのでその時すーちゃん出てたんですよね。だから下がるほど不安には思ってないんですけど……。そんなに下がったんですか?」

 反応を見る限り本当に自覚していないようだ。

 

「ショックだと思うけど落ち着いて聞いておくれよ。204下がったんだ。原因に心当たりはあるかい?」

「2ランクも……。ナァーザさんが笑えるようになってくれて嬉しかったですし、上がることはあっても下がることなんて―――――――――」

 そこで突然スズが震えだし、口元を押さえてトイレに駆け込んだ。

 

 何事かと後を追うと、苦しそうに嘔吐してしまっていたので慌てて少しでも楽になってほしいと背中をさすって「大丈夫かい!?」と声を掛けてあげるが、苦しそうに涙を浮かべながらゲホゲホと咳き込み嘔吐し続けている。

 5分くらいその症状が続いてようやく少し落ち着いてくれた。

 いや、落ち着かされたと言うべきだろうか。

 

 

『……この話題には……触れないで貰えるかしら……。幸せにして上げることだけを……ケホ……考えてあげて……』

 

 

「す、スクハ君!? 何が――――――」

『……ごめんなさい……今は『スズ・クラネル』の体にも……話題にも触れな……ケホ……いであげて…』

 

 スクハの体に触れようとすると、スクハに手を払いのけられてしまった。

 そのままスクハはよたよたとふらついた足取りで洗面所に向かい、水で口をゆすぎうがいをしては、ケホケホと咳き込んでいる。

 

 そんな姿を見ていることしか出来ないのがヘスティアは悔しかった。

『最初から『スズ・クラネル』の魔力はCだった……。何も……なかった。このくらいなら……すぐに巻き……ケホ……返せるわ。……いいわね……?』

 

 いいわけがないが、間違いなくこの問題はスズが抱える『悪夢』の問題だ。

 下手に刺激すると『悪夢』を押さえているらしいスクハの消耗が激しくなるだけだ。

 

「わかったよ。スクハ君も無理しないでおくれよ?」

『……悪いわね……。貴女のこと…傷つけてごめんなさい……。嫌いに……ケホ……なったわけじゃ……ないから……』

「わかってるからっ! せめてベッドで横になっておくれよっ!」

『……そうさせて……もらうわ……。もう体には……触れても……大丈夫だから……』

 その言葉を聞いたヘスティアは言葉を聞き終える前にスクハに肩を貸してベッドまで連れて行って寝かしつけてあげると、スズと共にそのまま眠りについた。

 

 一体何が『悪夢』に引っかかってしまったのだろう。

 ヘスティアは今日一日の行動を一つ残さず思い出して考えるが答えは出なかった。

 

 

 




冒険者が外に出る時の管理はこのくらい徹底しているんじゃないかなと、借りた商業用の馬車の御者はギルドの局員にし、その護衛として信用ある冒険者を雇う形としました。
流石に馬や行商人などを魔物や野盗が出るかもしれない中ほったらかしにしている訳にはいきませんし、これは独自の解釈ですね。

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