「ナァーザさん、こんにちは」
「すみません、こんにちはー」
【ヘスティア・ファミリア】と同じく西のメインストリートの路地裏にひっそり建つ
【ミアハ・ファミリア】のホーム『青の薬舗』にスズが元気よく挨拶をして入るのに続きベルも挨拶をして入る。
「スズ、ベル……こんにちは。もしかして、もう
カウンターのナァーザがまだ
「はい。ナァーザ様がベル様とスズ様に頼まれた
「……はじめまして。ナァーザ・エリスイスだよ。私の方もスズが
「それはここの
リリはそう言って店の商品を物色しだす。
「ベルだけならともかく……スズ相手にぼったくりはしない。スズが離れたら家計は火の車。ミアハ様が誰彼構わずいい顔をして
「主神様がお人好し過ぎても苦労するものなんですね。ナァーザ様は『調合』をお持ちですか?」
「うん。昔は先輩達が沢山いたから…その手伝いで運よく。だから『調合』はIから上がってない」
「ナァーザ様が正直な方でリリは嬉しいです。失礼ながらスズ様がお持ちになっている
リリのその評価にナァーザはどこかホッとしていた。
おそらく商品が認められて購入客が増えて嬉しいのだろう。
「さて、本題に入りますがこちらが
「新品の
「いえいえ、しっかり貰える物を貰えているので問題ありません。あまり意地悪をするとスズ様に怒られてしまうので消費期限が近いものから吟味させて頂きます。ベル様とスズ様もそれでよろしいですか?」
「うん。捨てるのもったいないし僕はそれでいいかな」
「元々ナァーザさんのお手伝いがしたくて
スクハが使った
これだけで32500ヴァリスと大赤字であるが、本来ならそんな失費をすることもなく
リリは
それに加えて廃棄予定だった山積みの
こういったアイテムの吟味はスズの専門外なので完全にリリ任せだった。
「ありがとう、スズ……ベル……。二人のこと信じてたけど、こんなに早く達成するなんてすごいよ」
廃棄予定の
ここまで喜んでくれたのなら
「ナァーザさんのお役に立てたようでなによりです。出来る範囲の
「……気持ちは嬉しいけど、ダンジョンを探索する時は気を付けた方がいいよ……。どんなに強くなっても、失う時は一瞬で失っちゃうから……」
ナァーザが顔を伏せて長い袖で隠れた右腕をぎゅっと握りしめた。
少しの沈黙の後、話をそらすように「少し紅茶を入れて来るよ。リリも飲むよね」と雑に紅茶を入れ始める。
「ナァーザ、戻ったぞ」
「ミアハ様……おかえりなさい」
ミアハが帰ってくると、そんな紅茶をそのままに尻尾をぶんぶん振って飼い主が帰って来た家犬のようにミアハの前まで小走りで走って行った。
スズは5人分のカップをお湯で軽く温めてから、紅茶が渋くなり過ぎないように均等に順々とカップに紅茶を注いでいく。
「ん、ベルとスズではないか! それと向こうにいるのは……リリルカだな。ヘスティアから話は聞いておるぞ!」
「ミアハ様、おじゃましてます」
「お邪魔していますミアハ様」
「初めましてミアハ様。リリのことはリリで構いません。今ナァーザ様から頂いた
「はっはっは、気にするなリリよ。それに
「お心遣いはありがたいのですが、もう既に『ブルー・パピリオの翅』8枚分の
さすがリリは口が上手い。
明らかにミアハに好意を抱いているナァーザの評価を上げるようにミアハを言いくるめてしまった。
「なるほど、そういうことだったか。この下界は信用と信頼で回っている。ナァーザよ、お前もようやくそのことを深く理解してくれたのだな。私は嬉しいぞ!」
ミアハはナァーザが立派になってくれたと喜びに口元を緩ませてナァーザの頭をわしゃわしゃと撫でている。
撫でられているナァーザはとても幸せそうだ。
「ふふふ……これで貸しが出来ましたね。これからも色々とおまけしてもらうとしましょう」
「リリ、黒いよ!?」
「ベル様、信頼と信用です。商売とはそういうものなのです。そうですよね、ミアハ様?」
「その通りだ、リリよ。そなたも心得ているようだな。これからもぜひ『青の薬舗』をひいきしてくれ。人の出入りが少ない寂しい店だ。スズ同様にナァーザの話し相手にもなってくれると助かる」
「はい、喜んでご利用させていただきますよ」
前半部分が耳に入っていなかったミアハにリリは好印象のようだ。
搾りに搾り取って【ミアハ・ファミリア】破産なんて酷いことをリリがするとは思えないが、ミアハにもナァーザにも世話になっているので念の為に後で確認だけは取っておかないととベルは思った。
「せっかくですし、今日は【ミアハ・ファミリア】で交流会を開きませんか? 神様を呼んでくるついでに材料を家から持ってきますので」
「食も節約せねばならぬ貧乏【ファミリア】の身としては、その心遣いはありがたいのだが……。食材を全部【ヘスティア・ファミリア】持ちにさせる訳にはいかん」
「私がナァーザさんとミアハ様に食べてもらいたいんです。それに好意を断るのは礼儀に反しますよ?」
スズがそう言って少し悪戯っぽく笑った。
それに対してミアハは少しきょとんとした後に口元を緩ませる。
「はっはっは、これは一本取られた。まさにその通りだ。うむ、こういったことも下界の醍醐味だな。ヘスティアからそなたの料理は絶品だと聞いているから楽しみにしていよう。ナァーザよ、我々は場所の準備だ。調合室を少し片付ければ6人で食事をするスペースは十分にあるだろう」
「わかりました。…スズ、ありがとう。楽しみにしてるよ」
「はい! 今日はお腹いっぱい美味しい物を食べさせてあげますね」
こうして【ミアハ・ファミリア】のホーム『青の薬舗』で【ヘスティア・ファミリア】と【ミアハ・ファミリア】によるスズ主催お食事パーティーが開かれるのだった。
§
「ふはははははっ! 邪魔するぞおおおおおおおおおおおおー!!」
スズが夕食の準備をし、出来る範囲のことはみんなで手伝っている中、突然そんな鼓膜に響く大きな笑い声と共に店の扉が蹴破られた。
「今月分の借金を取り立てに来てやったぞおぉ、ミィ~アァ~ハァ~」
パーティーの雰囲気をぶち壊す嫌らしい声にミアハとナァーザが入口に慌てて駆けだして、何事かとベル達もそれを追う。
「いつまで経っても現れんから、儂自ら足を運んでやったわ。感謝しろよ貧乏人どもぉ、ふはははははははっ!?」
「ディアン……よりにもよってこのような時にっ……!!」
扉を蹴破りニヤニヤと笑う初老の男神、治療と製薬の大手【ディアンケヒト・ファミリア】の主神『ディアンケヒト』をミアハは睨みつけて悔しそうに歯を食いしばる。
「相変わらず埃っぽい店だ! この場に留まっていれば体調も損なう。さっさと用件を済ませてやろう! いつにもなく貧乏人の数も……」
ヘスティアの姿を見てイヤミったらしく笑うが、その後ろにいるスズの姿を見た途端ディアンケヒトの言葉が止まった。
「『白猫』だとぉぉぉぉっ!? ミアハ貴様! それで儂を脅せると思っているのかっ!? 借金は返すものであって、慈悲深い儂は何度も大目に見てやったんだぞっ!! 儂は悪くない!! 絶対に悪くない!! そもそも『白猫』を薬の宣伝にするのは卑怯ではないかっ!! 男なら技術で勝負せいッ!! 『白猫』の泣き声を聞きつけて、あのアレスよりも脳筋な精霊が飛んで来たらどうするつもりだ!? 『オゾンの上でも大丈夫』なんて抜かしながら輝いてどこからでも飛んでくるぞぉぉぉぉっ!!」
ものすごい取り乱しようだった。
ディアンケヒトは『レスクヴァの里』を恐れているような反応だ。
『オゾン』が何なのかはわからないがとにかくどこからでも飛んでくるらしい。
スズに添い寝してもらったなんてレスクヴァに知られたら自分はどうなるのだろう。
ベルはそこで考えるのをやめた。
「とにかく借金ごときで
「はい」
その場から逃げるように出ていくディアンケヒトとは違い、今まで一切喋らずにディアンケヒトの後ろに立っていたアミッドと呼ばれた少女はベル達にぺこりと頭を下げてから店を出て行った。
嵐のようにやって来て嵐のように去って行くディアンケヒトにベルの抱いていた『高級ブランドは優雅である』という田舎物の価値感が壊されてしまったのに加え、人工温泉を作れるほどの【魔法】を持った古代精霊がどこからでも飛んでくる可能性がある衝撃の事実にベルは頭の整理が追い付けずにいた。
§
「すまぬ、ヘスティア。せっかくおぬしの子が食事を用意してくれているというのに……食事が不味くなるようなことに巻き込んでしまって」
ミアハがディアンケヒトとは天界にいた頃から折り合いが悪かったことと、同じ医療品を取り扱う都合上商売敵として何度も衝突した仲らしい。
おそらく先ほどのようにディアンケヒトが一方的にやって来ては張り合っていたのだろう。
昔の【ミアハ・ファミリア】は人情と独特の発想で大手【ディアンケヒト・ファミリア】が張り合えるほどの中堅【ファミリア】だったらしい。
「私がそれをぶち壊しにした」
語っていくにつれて歯切れが悪くなっていくミアハの代わりに、ナァーザが左右非対称右だけが異様に長い袖をめくって銀の義手を見せつけた。
「私も昔は冒険者だったけど、やらかした。
「ナァーザッ、もう―――――――」
自分のことを責め続けるナァーザに、「もういい。止めよ」とミアハが止めようとする前に、スズがその小さな体でナァーザの頭を胸に抱き寄せて優しく包んだ。
『辛かったの、わかるよ。生きたまま食べられるの怖いし痛いもん。怖くなっても仕方ないよ』
スクハのように無表情のまま、スズのように優しく語り掛けて、ナァーザを抱きしめながら頭を撫でている。
今のスズは人形のような表情なのにどこか神秘的に感じられた。
上手く言葉に言い表せないが無表情なのに冷たさが一切感じられない。
見ているだけなのに、声を聞いているだけなのに、ベルは何かに抱きしめられているような温かさに包まれるような錯覚と、スズから貰った
『みんながいなくなるの悲しいもんね。それが自分のせいだったら、食べられるよりずっとずっと辛いもんね。何も出来ないの悔しいもんね。でもね、ナァーザのそれは罪じゃない。だから泣いてもいいんだよ。他の人に頼ってもいいんだよ。ほんの些細なミスで取り返しのつかないことになってしまったけれど、ナァーザは悪くない。ミアハの優しさも悪くない。去って行った団員達も悪くない。誰も悪くないから誰も恨まないんでいいんだよ。自分自身をそんなに恨まなくてもいいんだよ。ナァーザは泣いてもいいし、誰かを頼ってもいい』
――――――だから、『貴女も』幸せになっていいんだよ――――――
理屈何てない、ただ一方的な許しの言葉。
それでもナァーザに向けられたその唄は聞いているだけでなぜか心が温まった気がした。
まるで魂に染みわたるように言葉が頭の中に残る。
そんな唄にナァーザは声を出して泣き出してしまう。
謝る訳でもお礼を言う訳でもなく、ただただ溜まりに溜まった感情を涙と言葉にすらなっていない泣き声で吐き出していった。
「ヘスティア…そなたの子がナァーザを救ってくれて感謝している。だがこれは……。いや、『あの里の巫女』だったとしても……今はそなたの大切な眷族だったな。今の言葉は忘れてくれ」
「ああ。このことは内密に頼むよ。ボク自身『何』が起こったのか理解が追い付いていないんだ。スクハ君、ミアハは信用してもいい。今の
今のスズに思うところがあったのか、真剣な顔つきでヘスティアがスズの方を見た。
「……スクハ?」
それに対してスズの表情が元に戻りナァーザを撫でたまま首を傾げる。
しばらく「んー」と何かを思い出すそぶりをした後、突然はっとなり「すーちゃん!」とまるで今思い出したかのような反応をした。
「えっと、神様。すーちゃん出てきました?」
「い、いや……。多分今の出来事を話したくなくて出て来てくれてないと思うんだけど……。スズ君はさっきのことを覚えているかい?」
「さっき……? ナァーザさんのことですか?」
スズが今だ優しく撫でていることからしっかりと覚えているのだろう。
「そうだよ。その時スズ君は何か特別なことをしたかい?」
「特に何かした覚えは……あれ、私はナァーザさんに何て言ってあげたんだっけ?」
またスズが首を傾げ始め、泣くことで気持ちが少し楽になったナァーザもこれはおかしいとスズに「ありがとう。もう大丈夫だから」とお礼を言って少し離れて心配そうに見守っている。
「ごめんなさい神様。ちょっと思い出せそうにありません……」
「いいんだ、スズ君。多分スクハ君なら何か知っているだろう。今はすぐ目の前にある問題……ミアハの借金をどうするか話し合おう」
「そうですね。明日の対策を練らないとナァーザさんとミアハ様のお家がなくなっちゃいます!」
スズのことやスクハのことが心配だが目の前にある問題も大問題だ。
ベルはリリに目を向けるとリリも頷いてくれる。
「……手伝ってくれたら何とかなりそうな案はあるけど……。いいの……? 私にはよくわからなかったけど……スズのこと、後回しにして……」
「私の方は急ぎの用事ではないと思うんで大丈夫です。だから、その案を遠慮なく話してください。私に出来ることなら何でもお手伝いしますから」
「スズは……何でそんなに優しくしてくれるの……? 出会った時から……ずっと」
「友達が……仲間が困ってたら手を貸してあげるの当たり前じゃないですか」
そう言ってスズはいつもの笑顔を浮かべて、ナァーザがきょとんとした後「そうだね」と下をうつむく。
「ごめん……ありがとう」
そして最後は嬉しそうに尻尾を振り、涙を浮かべたまま不器用な笑顔を返した。
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【
・
・内容:
・期限:明日の夕刻。
・報酬:新薬の完成品
・備考:『一緒に頑張ろう。よろしく』。
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§
ナァーザが考えたのは画期的な新薬開発をしてそれを今月分の借金代わりとして【ディアンケヒト・ファミリア】に納品する案だった。
新薬自体は前々から考えられていたのだが、ナァーザが戦闘できない為ずっと完成されることはなかった
一つの動作で二つの効果を発揮して、
明日の予定は早朝に商業用の馬車を借りて、その素材である外の
そして今、打ち合わせの時以上に緊張したヘスティアがスズの【ステイタス】更新作業に入るところである。
「スクハ君。無事なら返事をしてくれ。流石に返事をしてくれないとボクだけでなく、ベル君とスズ君も心配で眠れなくなる」
『……女々しいこと言わないでもらえないかしら……。色々と重なって疲れているのよ……。『悪夢』から『スズ・クラネル』を守るだけで精一杯だっただけで、記憶の混同や漏れ出した『魅了』については故意ではないわ。疲れて日記どころでないことを『スズ・クラネル』に謝っておいてくれないかしら……』
「スクハ君が無事だとわかっただけで安心したよ。その他については話したくなったら話しておくれ」
『……そうさせてもらうわ……』
ベルが一人でダンジョンに潜り、それをスズが追って無理をした時と同じくらいスクハは消耗しきっている。
その時のことは現場に居合わせていないからわからなかったが、今回の一件は本来あってはいけない現象が起きていた。
地上の人間が
スクハは『魅了』と言っていたのでおそらく心当たりはあるのだろう。
最初ヘスティアがスクハの声を聞いた時、どこかの神がスズに何かしているのではないかと疑ったことがあるが、本人が
あの感覚に近いのは戦場に赴くような古代の大精霊だろうか。
最近スズの噂で『あの里』や『レスクヴァの里』という言葉をよく耳にする。
まだ地上に来て日の浅いヘスティアは『レスクヴァの里』について知らないが、有名どころなら聞いたり本で調べればすぐにわかるだろう。
いざとなれば知っている素振りを見せたヘファイストスやミアハに聞くのもありだ。
確かヘファイストスが言うには『とことん地味な精霊を慕って集まった集落』だったか。
大精霊ほどの『恩恵』があるとはとても思えないフレーズだが、少なくとも調べれば『なんだそうだったのか』で済む話かもしれない。
「神様……。すーちゃんどうでした?」
「ちょっと疲れてるみたいだったよ。疲れてて日記を書けないことを謝っておいてだってさ」
「ブルー・パピリオを見つけてからダンジョンの外までずっとすーちゃんだったからね……。ベルとりっちゃんが言うには大暴れしてたみたいだから、ちょっと心配かな」
「前もスクハ君が疲れ切ってた時があったけど、その時も大丈夫だったから今回も大丈夫さ」
スズかスクハが話してくれるまで待つつもりだったが、噂が広まっている以上自分だけ知らないままでいる訳にはいかない。
スクハの言う『悪夢』に引っかかるかもしれないのでスズに直接は聞けないが、自分で調べられる範囲のことはバイトの合間を使って調べて行こう。
地上の人間が
スズの身を守る為には気を使ってのんびり待つなんて悠長なことを言っていられないのだ。
ヘスティアが『あの里なら仕方ない』と悟り、無駄な気苦労をしたことをスクハに愚痴るのはそれから数日後のことだった。
古代の評価:とことん地味な精霊を慕って集まった集落。
現在の評価:人外魔境だから仕方ない。
本気になったバカほど恐ろしいものはありません(笑)
ネタを挟みつつもちらほらとトラウマと『中身』が見え隠れしてきました。
神威や『魅了』、『レスクヴァの里』が選んだ『神の恩恵』に頼らずに人類を強化したセウト方法などなどゆっくりとオープンしていくので、蓋を開ければあっさりしているのはいつものことですが、小出しの情報をぼんやりと見て妄想しながら楽しんでいただけると幸いです。