スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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特訓をするお話。


Chapter02『特訓の仕方』

「おはようございます、アイズさん。今日はお誘いいただきありがとうございました!」

「そ、その、おはようございます! 今日はご教授をよろしくお願いします!」

「アイズさんおはようございます! お二人の鍛錬につきあってあげるなんてやっぱりアイズさんは優しいですね! 毎日朝早くから剣を振られていますし……優しくて強いアイズさんを私も見習わなきゃっ」

「……ん。おはよう。レフィーヤも起きてくれてよか――――――」

 

 無理をして精神疲労(マインドダウン)して寝たきりだったレフィーヤは起きてくれたのは嬉しい気持ちで自然と三人に挨拶を交わしてしまったが、こっそり出て来た筈なのにその場にレフィーヤがいることの異常性に気付きアイズの表情が固まってしまう。

 

「レ、レフィーヤ……どうして、ここに……?」

「アイズさんがホームを抜け出す姿を見て心配になってしまって……。追いかけている最中にばったりスズさんとベルさんから事情はお聞きしました。スズさんは私の恩人ですし、『レスクヴァの里』から冒険者になりに来てくれたお二人なら、そんなこそこそとしなくても大丈夫だと思いますけど。ロキが嬉しそうに話してましたし」

 

「リヴェリアやフィンに……怒られるから。幹部の自覚を持てって……。レフィーヤは二人の故郷を知っているの?」

「あ、アイズさんは知らなかったんですね。私もそこまで詳しくはないんですけど、エルフの里に伝わる知識程度でしたらお話しできます。えっと、話しても大丈夫な話なんですよね?」

「大丈夫ですよ。どういう風に伝わっているのか私も気になりますし。レフィーヤさんの話を聞く限り、もう私の噂も広まっちゃっているみたいですから」

 スズが笑顔でそう答えてくれた。

 それを見てベルも軽く頷く。

 

「『レスクヴァの里』の発端は、『古代』にここを拠点としてダンジョンからあふれ出る怪物(モンスター)の討伐や、ダンジョンの探索をしていた冒険者達だったんですが、せっかく建てた要塞を天から降り注ぐ神々に壊されてしまったせいでレスクヴァ様が激怒してしまったらしいです。『降りて来るならもっと早く降りて来い』と与えられる『神の恩恵』を突っぱねて出て行かれたレスクヴァ様と、それを慕っていた者達が集まって作った集落が『レスクヴァの里』だと私の故郷では伝わっています。えっと、それで合っていますか?」

 

 レフィーヤがベルとスズに確認をとると、スズがこくりと頷いてから補足を入れる。

 

「神様が嫌いだとか迷宮都市(オラリオ)が嫌いとかそういうんじゃないんですけど、お母様は自分達の頑張りを無駄にされたのが悔しかったみたいで。交易や交流はしているんですが、『恩恵』を受けないかとスカウトされても全部お断りしてきました。『古代』からずっとそうして『恩恵』の力を借りずに『黒竜』の討伐を目指してきたんです。なので『神の恩恵』を授かったのは私が最初になりますね。散々お断りしてきたのに、今更ずうずうしいとは思いますけど……」

 

 アイズは『黒竜』という単語に反応しそうになるが、『神の恩恵』なしで『黒竜』に挑もうとする気が起きるほどの秘訣が何か『レスクヴァの里』にはあったのだと話を聞いて確信した。

 少なくとも『古代』の最前線で戦って来た者達の『恩恵』に頼らない古き知恵が里にはずっと伝わり続け、悲願達成のために己を高め続けているのだろう。

 その術がベルとスズの成長速度の秘密だとアイズは睨んだ。

 

 それをストレートに聞くべきか悩んだ。

 聞けば答えてくれるかもしれないが、『神の恩恵』を授かったことに後ろめたさでもあるのか、どこかスズの表情が曇っているように見えて、聞いたら傷つけてしまうのではないかととたんに怖くなってくる。

 

「『古代』のレスクヴァ様は目立った活躍はなされていなかったようですが、一度は怪物(モンスター)に蹂躙され危機に瀕していた人族をまとめ上げ、ダンジョンまで進軍して蓋と壁を作ってくださった精霊様のお一人です。出来ることならレスクヴァ様の恩義に報いるためにも、このまま『神の恩恵』への偏見を取り除いて、また里の人達と一緒に迷宮都市(オラリオ)の冒険者として戻って来てもらいたいと思っている種族は多いと思います。つい先ほどまで人外魔境という偏見を持ってしまっていた私が言うのもなんですけど…」

 そうレフィーヤは苦笑してしまう。

 

「レフィーヤさん、すごく詳しいじゃないですか」

「私が知っているのはその、古い言い伝えというだけで現状どうなっているかまでは知らなかったんです! なのでレスクヴァ様の行動や小耳にはさむ噂から人外魔境だという認識の方が強くてその……ベルさん、里の由来を知っているのに怖い人達だと思ってごめんなさい……」

 

「あ、責めてるんじゃないんです! そんな謝らないでください! ただ『古代』のことなのにしっかり伝わってるなんてすごいなって感心しちゃっただけで! 僕なんて何も……」

「そうですよ、レフィーヤさん。それにお母様も『神の恩恵』に偏見を持っている訳じゃなくて、ただ意地になっているだけですから。もうみんな大切な家族なんだから渡すものかって」

 

「なんだか精霊様というよりも神様みたいな方なんですね、レスクヴァ様は。スズさんやベルさんが来られたということは、もう意地を張るのはおやめになって様子見として送り出されたんですよね?」

 

 

 

『ええ、そんなところよ』

 

 

 

 一瞬だけスズの様子が激変したのを感じた。

 全く感情のこもっていない、人形と言われることのあるアイズ以上に表情の変化が一切ない完全なる無。

 レフィーヤも当然それに気付いて何事かと心配そうにスズのことを見つめると、まるでその一瞬が丸々なかったかのようにスズは不思議そうに首をかしげていた。

 

「え、えっと、アイズさん! 今日の訓練……僕は何をすれば!!」

 スズにとって今の質問はタブーだったのか、ベルが慌てて話題を切り替えていた。

 

 これ以上この話題をすれば理由はわからないが確実にスズを傷つけてしまう。

 アイズはレフィーヤに目線を送るとレフィーヤも同意してくれた。

 里を追放されてしまったのか、里を勝手に出てきてしまったのか。

 それとも里自体に何かあったのか。

 とにかく聞かれたくなかった質問だということはスズとベルの反応を見れば十分すぎるほどわかった。

 

「……素振りを、してみようか」

 特訓内容を特に思いつかないまま二人を誘ってしまったが、何かをさせないことに話が進まないので、ベルとスズに自分達の武器を素振りさせてみた。

 

 ベルは後衛職だったせいもあり無駄な動きがまだ多いが、スズの素振りは綺麗だった。

 レベル差があるため早くは感じないのは当たり前なのだが無駄がない。

 試しに自由に剣舞してみてと頼んでみると、まるでアイズに剣を教えてくれた父のように洗練された剣舞を10歳という年で見せてくれた。

 剣については教えることろが思いつかない。

 レフィーヤもついつい見とれてしまっているようだ。

 

 『恩恵』に頼らず『古代』の戦闘技術を伝えているだけあってスズに関しては、模擬戦で格上相手との戦いに慣れてもらうしかないかもしれない。

 なので、まだ教えることが下手なアイズでも指摘できるベルから教えてあげることにする。

 

「君は【魔法】を使わない時、ナイフだけしか使わないの?」

「え、あ……、この『ワイヤーフック』で壁や怪物(モンスター)を使って三次元で斬りつけたりはしますけど……」

「……そう。壁蹴りや敵を足場にはしてるんだ。蹴りや、体術は?」

「う、受け流す方法しかスズに習ってないです……」

 攻めの手段や攻撃の繋ぎに体術を使っていないようだ。

 

 これなら教えることが出来るかもしれないとアイズは張り切り、ベルからナイフを貸してもらって仲間の見様見真似を始める。

 中々動きがしっくりこないが体を動かしていくにつれて何となく感覚がつかめて来た。

 これなら教えてあげられるとアイズは頬を緩ませて、ベルに教えてあげたい一心で何の悪気もなく掴んだ感覚が正しいかその場で回し蹴りをしてみた。

 

「アイズさんダメです!」

 そんなレフィーヤの叫びと共にベルの胸にアイズの回し蹴りが食い込み、ベルの体が遥か彼方に吹っ飛び大の字になって動かなくなってしまった。

 

 アイズの顔もレフィーヤの顔も青ざめた。

 

 全く本気を出していなかったとはいえ第一級冒険者の攻撃をもろに受けて動かなくなった冒険歴一ヶ月の下級冒険者。

 完全にやらかしてしまった。

 

「ベル!」

 スズが遥か彼方にボロ雑巾のように転がるベルに駆け寄るところでようやく正気に戻り、慌ててアイズとレフィーヤもベルの安否を確認しに全力で走った。

 気絶してしまっているが息はある。

 レフィーヤは【エルフ・リング】でリヴェリアの【ヴェール・ブレス】を行使して、本来この【魔法】は物理防御と魔法防御を上げる衣を身にまとわせる【補助魔法】であるが、効果時間中わずかながら傷を徐々に癒してくれるのでその効果を利用してベルを回復してくれる。

 

 そのおかげもあってすぐにベルは目を覚ましてくれたが、もしも勢い余って壁上の外まで飛ぶような威力で蹴飛ばしてしまっていたら落下死を通り越して即死であった。

 

 

「ごめん……」

「ごめんなさい! アイズさんに悪気はないんです! ちょっと天然なところがあるだけなんです! 許してあげてください!」

「あ、頭を上げてください! 目の前にいた僕が悪いんですからっ!」

「心臓が止まるかと思ったけど、訓練ではよくあることですし気にしてないですよ」

 申し訳なさ過ぎて深く謝るアイズとレフィーヤにベルはそんなことを言い、スズはそう軽く苦笑するだけで特に気にした様子は見られなかった。

 

 スズの言葉から察するに、どうやら『レスクヴァの里』の訓練では人が飛んで行くのは日常茶飯事らしい。

 それが急成長の秘密なのだろうか。

 無茶な特訓でひたすらに己を高めているのだろうか。

 『神の恩恵』なしではただ体を壊すだけだと思うのだが、ただアイズの解釈が間違っているだけで人をぽんぽん飛ばすような特訓が急成長の秘密ではないのだろうか。

 

 もしかしたら魔力と体を鍛えるために自分に向かって【魔法】を放っているのかもしれない。

 天然なアイズの中で『レスクヴァの里』の特訓風景がどんどん迷走しだす。

 

 その後も体術を教えようと四苦八苦してみたものの、なかなか上手く教えることが出来ず、結局模擬戦をして鍛えてあげることしかアイズは思いつかなかった。

 

 

§

 

 

 模擬戦はベルとスズのペアとアイズ一人。

 ベルとスズは自前の武器である短刀と剣を使うのに対してアイズは鞘だけで戦う。

 下級冒険者の攻撃を直撃したところで第一級冒険者のアイズに致命傷を与えることは不可能なので刃を潰した武器なんて用意する必要はなかった。

 

「……壁を壊さなければ、【魔法】も使っていい。まずは二人の全力を見せてほしい」

 アイズのこの提案もレフィーヤは納得できた。

 まずは二人の力量を見ないと先ほどのような事故で顔を青ざめさせられることになる。

 

 アイズ自身が二人の力量に合わせるために必要なことだし、下級冒険者から【魔法】を使われたからといってレフィーヤの尊敬するアイズは傷を負ったりしない。

 それにまだ子供とはいえ『レスクヴァの里』の者が『神の恩恵』を受けたらどうなるかという好奇心もあり、結果はアイズが軽くあしらうことはわかっているのだが、二人がどんな戦い方をするのかレフィーヤ自身も楽しみだった。

 

 結果はもちろんスズとベルが軽くあしらわれているだけなのだが、その光景は異様だった。

 

「【雷よ。第一の唄ソル】」

 

 開幕前進しながら平行詠唱で【電魔法】を放つのに対してアイズはまったく動じずに鞘で電撃を弾いたところで、ベルがスズの後ろから飛び上がり体を捻って空中からアイズの背中に手のひらを向けて狙いを定め『【ファイアボルト】』と詠唱なしで雷炎を放つ。

 

 無詠唱の【魔法】にレフィーヤもアイズも驚くが、それでもアイズは研ぎ澄まされた五感と第六感で一歩足の軸を動かすだけで雷炎をかわした。

 いつもながらカッコいいアイズにレフィーヤが見惚れる暇も与えず、スズがアイズの間合いまで踏み込み剣を横に薙ぎ払うが、アイズはそれを軽く鞘で受け流しそのまま頭に鞘を振り下ろす。

 

 しかし、スズはしっかりそれに反応して盾で鞘の横っ腹を弾いてきた。

 

 重心をずらされほんの少しだけ体制を崩してしまったことで反射的にアイズは【ステイタス】にものをいわせた過激な離脱をしていた。

 アイズが先ほどまでいた場所に空中にから落下中のベルが『ワイヤーフック』を撃ち込み引き寄せて落下よりも早く地上に降り立つ。

 仕切り直しになったかと思いきや、スズが遠くにいるアイズに剣を向け、ベルが真っ直ぐとアイズに向かって走っていく。

 

「【雷よ。獲物を追い立てろ。第七の唄キニイェティコ・スキリ・ソルガ】!」

 

 スズの剣から放たれた閃光が駆け抜けるベルを追い越し、アイズはベルの迎撃に鞘を残そうとまた足の軸をずらして閃光を避けようとするが、それに合わせて閃光の軌道が変わったことに気付いて閃光を鞘で斬り払った。

 それと同時にベルがナイフを振るってくるがそれでもアイズは揺るがない。

 薙ぎ払いの勢いを利用した蹴りがベルの胸に食い込んでまたベルが遠くに吹き飛ばす。

 

 下級冒険者としては常識外れな戦い方をする二人につい力加減を見誤ってしまったのだろう。

 アイズの口から「あ」と声が漏れて、またもや三人でベルに駆け寄って一回目の模擬戦は終わった。

 

 

 二人同時だと力加減を見誤ってしまうので、まずはベルの白兵戦技術を重点的に見てあげて欲しいとスズがアイズにお願いをした。

 そのおかげで先ほどの下級冒険者なのに【魔法並行処理】をしていたり、ベルが無詠唱で【魔法】を唱えたり、スズが一度見せただけのレフィーヤの【アルクス・レイ】と全く同じ【自動追尾魔法】を使った怪奇現象とは打って変わって、今は平和にベルがアイズに隙だらけであることを指摘されながら鞘で叩かれては起き上がり斬りかかるの繰り返しをしている。

 そんな様子をレフィーヤはスズと一緒に腰を下ろして眺めていた。

 

「えっと、スズさん。さっきの【魔法】って、やっぱり私の【アルクス・レイ】だったりするんですか?」

「すみません、術式をほとんど丸写しして見様見真似な真似をしてしまって……」

「い、いえ! 気にしないで大丈夫です。私もその、リヴェリア様の【魔法】を使わせていただいている訳ですし。やっぱり昔ながらの術式から【魔法】を構築しているんですか?」

 

「はい。私が『レスクヴァの里』出身だと広がっている時点でもう隠しようがありませんが、出来れば秘密にしてくださると嬉しいです。その、ロキ様以外にどれだけの神が私のことに気付いているのかわからないので……一応」

「スズさんは命の恩人です。そんな秘密をばらすような真似する訳ないじゃないですか」

 レフィーヤは安心させるように笑顔を作って、スズの頭を撫でてあげる。

 

 なんというか撫で心地がいい。

 「ありがとうございます」と眩しい笑顔をしてくれたのがたまらなく嬉しい。

 尊敬しているアイズとはまた違った感覚が、なんだかとても愛らしくて後輩として欲しい欲求が、もしもスズが自分の後輩だったらという妄想が溢れ出てくる。

 一緒にお風呂に入ったり、ご飯を食べさせてあげたり、口の回りを拭いてあげたり、抱きしめたりしたりと妄想は絶えることはないが、命の恩人になんて失礼なことをとぶんぶんとレフィーヤは自分の妄想を振り払った。

 

 しかし、せっかく妄想を振り払ったのに、こつんとスズの頭がレフィーヤの肩に触れた。

 無理をして早起きしすぎたせいか静かな寝息を立ててスズは眠ってしまっている。

 これは膝枕をしてあげなければいけないシチュエーションだ。

 それが優しさというものだ。

 そう自分に言い訳をしてスズに膝枕をしてあげた。

 ついでに頭を撫でてしまう。「ん」と身動ぎするが起きる気配はない。

 髪がサラサラしていて撫で心地がよく手が止まらなくなる。

 

 こんな可愛い後輩が切実に欲しくなってきた。勿論スズのことを奪うとかそんな物騒なことを考えた訳ではない。

 居てくれたらいいなと思っただけだ。

 こんなにも可愛くて優しくて、それでいて無防備すぎるのだから守ってあげたくもなる。

 

 少しだけ『白猫ちゃんを見守る会』を作った神達の気持ちがわかった。

 文字通り見守っているのだ。この愛らしい少女が自由に生きて笑っている姿を。

 レフィーヤはスズの頭を撫でながら、憧れのアイズが一方的にベルを鞘で殴っている様子を眺めるのだった。

 

 




特訓回というよりは少し里の説明回でした。
次回から少し更新速度が遅れると思いますが、気長にお待ちくださいませ。

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