スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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密会をする準備をするお話。


四章『白猫と牛人』
Prologue『密会の仕方』


 時刻は正午。

 冒険者がダンジョンにおもむきギルド本部の窓口が暇になる時刻。

 スズが意識を取り戻したことを心配してくれていたエイナに知らせるために、ベルはスズのことをリリに任せてギルド本部を訪れた。

 

 その日の窓口はやけに混み合っており、これでは受付までの順番待ちが長いだろうなとベルは軽く肩を落とすと、そんなベルの姿を見た冒険者達が突然ざわつきだし受付までの道を開けてくれた。なんでこんなに自分なんかに気を利かせてくれているんだろうと不思議がっていると、「エイナ! 担当の子来たよ!」とギルド職員の叫びに奥の方からエイナが飛び出してくる。

 

「ベル君! 他の冒険者を刺激しないように個室に来て!」

「冒険者のみなさん、個人情報なので詳細はお伝えできませんが『兎君』の様子から良い報告が聞けると思いますので、どうか『白猫ちゃん』の安否確認にいらした方は他の要件で来られた冒険者の邪魔にならないようお願いいたします!」

 

 エイナがベルの手を引っ張りいそいそと駆け出したことや他のギルド職員達がロビーに溢れ返る冒険者達をなだめているところを見て、ベルはようやくここに集まった冒険者達がスズを心配してギルドに無茶な問合せをしている人達だということを理解できた。

 

 冒険者達の中にまじって男神や女神の姿も見える。

 きっとスズが倒れた日からこんな調子でギルド本部に人が殺到したのだろう。

 ギルド職員は誰も彼も涙目だったり疲れ切った顔をしていた。

 

 ざわつくロビーから静かな個室に移り、エイナに有無を言わさずソファーに座らせられてテーブル越しに向き合う。

 

「すみません。なんだか大騒ぎになってしまったみたいで……」

 

「個人情報だからお伝えできませんと言ってもこれだもの。正直私もギルド本部もスズちゃんの人気を軽く見過ぎていたわ。【ソーマ・ファミリア】との無駄な抗争が起きないように詳細は伏せていたのに、冒険者カヌゥと【ソーマ・ファミリア】の噂が一瞬で広がって火消しが大変だったんだから。独房なんかにかくまうんじゃないなんて無茶苦茶なクレームが殺到するし……。結局生贄にする形でカヌゥにペナルティだけ与えて放置するしかなかったわ。ベル君とスズちゃんは完全に被害者だから何も悪くはないけど、さすがに気がめいりそうになっちゃったよ。それに二人が事件に巻き込まれないよう頑張ってる最中に事件に巻き込まれたって聞いて、私もベル君とスズちゃんのこと……すごく心配したんだよ?」

 

 どうやらエイナはベルの知らない間に世話を焼いていてくれたらしい。

 それなのにものすごく迷惑を掛けてしまい本当に申し訳なく感じてしまう。

 

「それで、ここに足を運んでくれたということはスズちゃんは元気になったの?」

「はい。まだ熱が少しありますけど一人で食事が出来るくらいには回復してくれました」

「一人で食事が出来ないほど弱り切ってたぁっ!?」

「え、あ、はい。なので神様とリリが付きっ切りで看病してくれて、ようやく歩けるようになってくれたので僕もようやく安心でき…エイナさん?」

 エイナが立ち眩むように頭を抱えていた。

 

「そのことは他の人……特に神ロキには言ってはダメよ。せっかく抗争が起こりそうなところを鎮めたのに、そんな火に油を注ぐようなことをしたら大問題になってしまうわ。あくまでギルドは中立でなくてはいけないのだから、抗争を未然に防ぐ努力をしなければいけない私達のためにも……お願いね、ベル君」

 いつもお世話になっているのに加え、ものすごく疲れ切った顔のエイナの頼みごとを断れるわけがない。

 なんだかいつかエイナが自分たちのせいで過労で倒れてしまわないか心配しながら、ぶんぶんとベルは大きく首を縦に振った。

 

「ありがとう。でも本当によかった。抗争うんぬんなしにしても、スズちゃんのことをすごく心配してたのは本当よ? そんなに弱り切るなんてスズちゃんは一体どんな無茶しちゃったの?」

 

「えっと、リリを助けるためにショートカットしようって…その…信じてもらえないかもしれないんですけど、スズが無理して【魔法】の火力を底上げしたら8階層の天井から5階層の床まで大穴をあけちゃいました。流石にその無理が体に堪えちゃったみたいで……」

 

 スクハのことはさすがに教えられないが、これくらいぼかして説明すれば大丈夫かなと説明するとエイナが倒れ込むような勢いでテーブルにうつ伏せになりゴンと頭をぶつけてしまった。

 

「エイナさん!?」

 

「あはははは…至急調査することになった謎の大穴の原因も……スズちゃんかぁ……。そうだよね、人工温泉作るために【長詠唱魔法】で危なく地図を書き換えるところだった『あの里』出身だもんね。犠牲者0だったのは幸いだよ……。報告……どうしよう……」

 

 もう怒る気力もないのか、テーブルにうつ伏せになったままエイナの口から魂の抜けたような声が洩れていく。

 

 人工温泉を作るために【魔法】で地図を書き換えるところだった。

 【神の恩恵】なしで人類ができることではないし、【神の恩恵】を授かってもそんなことが出来る冒険者が一体何人いるだろう。

 地図を書き換える『ところだった』ということは未遂に終わったと思うのだが、逆に言うと止めなければ出来てしまうと思えるほどの火力を持った者が『あの里』にはいたのだろう。

 

 話を聞く度に人外魔境の戦闘力がどんどん跳ね上がってくる。

 なんというか、手からエネルギーの塊を放ち平気で山くらい消し飛ばしてきそうでものすごく怖かった。

 

「いつも苦労させてすみません、エイナさん」

 

「いいのよ……。少し危なっかしいくらい世間にうといけど、ベル君とスズちゃんが優しい良い子達だって知ってるから……。でも本当に気を付けてね。この調子だと1日でも二人がダンジョンから戻らなかったら、強制任務(ミッション)を発動しろと下級冒険者が殺到して、上級冒険者達は血眼になってスズちゃんのこと探しそうなんだから。【ファミリア】が大きくなって上級冒険者になった後の話になるけど、遠征する時は必ず私に相談して決めた日数で帰って来てね。私も死ぬほど心配しちゃうし、何度もこんなことが起こって事態を収拾出来なければギルドの威厳が保てなくなっちゃう。そうなったら【ファミリア】を取り締まることなんて出来なくなってオラリオが無法地帯になっちゃうわ。何でスズちゃんこんな人気になっちゃったのかなぁ。今までだって可愛い冒険者は沢山いたっていうのに……」

 

 エイナが疲れ果てたような溜息をついてしまう。

 

「最近では『『白猫ちゃん』の方からやってきてくれたらその日はダンジョンでの稼ぎが激的に上がる』とか、『おさわりはセクハラと見なされないくらい無防備』だとか、『『白猫ちゃん』が抱きついてくれたら近い内にレベルが上がる』なんて変な噂が一人歩きしだしてるみたいだし……。本当にカヌゥみたいな悪い冒険者には気を付けてね?」

 

「スズやリリがしっかりしてるし、何が起きてもスズやリリのことは僕が守りますから。だから安心してください、エイナさん」

「起きたらギルドとしては火消しが大変で困るけど、ベル君もずいぶんとカッコいいこと言うようになったわね。その言葉信じてるぞ、お兄ちゃん」

 エイナがあまりにも嬉しそうに微笑むものだから、ついついベルは綺麗なエイナに見惚れてしまい頬を少し赤めてしまう。

 

 そんな自分のことを見つめ続けるベルに「そんなに見つめられるとちょっと照れちゃうんだけど」とエイナまで少し頬を赤めてしまった。

 なんというかものすごく気まずい。

 

「えっと、エイナさん! 他に何かスズについて変な噂とかってないですか?」

「そ、そうね。これはスズちゃんを守るために流された噂だと思うけど、『ストーキングしようとしたLV.3冒険者が大きな人影に跳ね飛ばされて気絶した』とか『夜一人で出歩いている『白猫ちゃん』は別人のように恐ろしいから近づいてはいけない』なんてのもあるかな。後は『金色に輝くと戦闘力が50倍になる』なんて訳のわからない噂もあるけど、この辺りは気まぐれな神々が遊んで言っているだけだからあまり気にしない方がいいよ?」

 

 前者はベルに心当たりはないが、後者の二つはスクハが原因かもしれない。

 漆黒の獣に襲われたベルを助けにスクハが飛び出したことがあるので、その時少しでも早くにダンジョンに辿り着くために【ヴィング・ソルガ】を使い屋根の上でも飛び回って真っ直ぐバベルを目指すところでも目撃されてしまったのだろう。

 

 それに【ヴィング・ソルガ】はやたらに目立つ。

 ダンジョン内で使っているところを他の冒険者に見られたらすぐに噂は広がりそうだ。

 

「あ、そうだ。ベル君にとって朗報があったんだ。そろそろ来るころだからロビーに行っておいで。きっとすごく驚くと思うから。それと、今度は逃げたりしたらダメよ?」

 

 そう言ってエイナは突然立ち上がり、ニコニコと笑いながらベルの手を引いて立ち上がらせてそのままロビーに向かって行く。

 

「朗報って、いきなりどうしたんですか?」

「いいからいいから。着いてからのお楽しみってことで」

 エイナが悪戯っぽく笑うところを見ると、ギルドのテナントに案内した時のように脅かそうとしているのだろう。

 

 普段キリっとしていて真面目で面倒見のいいエイナがたまに見せる子供ぽっさがたまらなく可愛く思えてしまい、ベルの頬の赤みが一歩進むごとに増していく。

 

 そしてロビーはベルが入った時と打って変わって人の数が減っていた。

 おそらくギルド職員がスズは元気であると必死に説得したのだろう。

 確かにこれは『食事も一人で出来ないほど消耗してました』なんて説明した日には、ギルドからのペナルティを顧みず【ソーマ・ファミリア】に殴り込む冒険者や抗争を仕掛ける【ファミリア】がいるかもしれない。

 

 予想以上にスズの影響力が強かったことにベルは驚きを隠せず、もしも兄という設定を捏造していなかったら自分はどんな目で見られていたんだろうと乾いた笑いしか出ていなかった。

 

 そんな中、不意に視線を感じたのでなんだろうなとベルは感じとった視線の方に目を向ける。

 

「……」

 ベルの恋い焦がれるアイズ・ヴァレンシュタインと目があった。

 自分の隣にいるエイナに用があるのかなと道を譲るように少し横に移動するとアイズの視線もベルの動きを追う。

 

 これは幻かなと目をこすってもう一度同じ場所を見て見るとアイズの姿は消えていなかった。

 自分のほっぺをつねってみるとしっかり痛かったので夢でもない。

 

「ヴァレンシュタイン氏もスズちゃんのことを心配して毎日顔を出してくれていたのよ。だから、スズちゃんのことを心配してくれたヴァレンシュタイン氏にちゃんとお礼を言ってきなさい。神ロキもスズちゃんのことを大変気に入られているみたいだから、もしかすると、ね」

 どうやらエイナはベルの想い人であるアイズと交流できる場を提供して後押ししてくれたようだ。

 アイズと顔を合わせるだけで顔を真っ赤にしてしまうベルの背中をエイナは物理的にも後押しして、アイズの目の前まで押されてしまう。前にアイズ後ろにエイナと逃げ場なんてなかった。

 

「……」

「……」

 目と目が合ったまま会話が進まないが、いつまでもこうしている訳にはいかない。

 

「えっと、その、こんにちは!」

「……ん。こんにちは……」

 挨拶を返してくれた。

 それだけで嬉しくて飛び上がりそうになるが、ただ挨拶だけをしてどうするんだ僕はもっと気の利いた言葉あるだろうと、自分の情けなさに悶えるベルにアイズは首を傾げ、エイナは大きくため息をついた。

 

「白猫ちゃんは?」

「だいぶ回復してきたのでもう大丈夫です。他の【ファミリア】なのに毎日心配して来てくれてありがとうございます、ヴァレンシュタインさん。スズもヴァレンシュタインさんのこと憧れているので知ったらすごく喜んでくれますよ」

「よかった」

 アイズはよほど心配していたのか安堵の息をついた。

 

 いつの間にスズはアイズと交流を持ったのだろう。

 それともアイズも『白猫ちゃん』のファンなのだろうか。アイズとスズの関係が気になってきた。

 

「えっと、ヴァレンシュタインさんは―――――」

「アイズで、いいよ」

 ベルの時が止まった。

 

 何度も記憶を思い出してようやく名前で呼んでもらいたいと言っているのだと頭が理解してベルの顔が恒例のトマト色に変化していく。

 

「みんな私のことそう呼ぶから。白猫ちゃんも。……それとも、嫌、だった?」

 動揺するベルの姿に少ししょんぼりとしてしまうアイズの頼みを断れるわけがない。

 むしろ名前で呼ばせてくれるチャンスなんてここを逃せば今後一切訪れないだろう。

 

 ごくりと息を呑んで勇気を振り絞る。もちろん【英雄願望(アルゴノゥト)】が発動しないように細心の注意を払ってだ。

 

「い、嫌じゃないです! その、アイズさんはスズと仲が良いんですか?」

「……色々と迷惑を掛けちゃったし……お世話にもなったから。仲は……どうなんだろう?」

 

 アイズがそう首を傾げている。

 もしかしたらアイズは天然なのかもしれないと思い始めてきた。

 しばらくまた沈黙が続いてしまう。

 

「……ダンジョンの穴は、君が?」

「あ、いえ。それはスズが仲間を助けるために開けちゃって。もしかして通行の邪魔になっちゃいましたか?」

「ううん。探索、頑張ってるんだね? もう、8階層に辿り着いたなんて……すごいね」

「色々な人に協力してもらったおかげで、10階層の怪物とも一人で戦えるようになりましたけど、結局スズに無理させちゃって……。僕は全然まだまだというか、目標にも全く手が届かなくて……」

 

 あの場でスズの手を引きながらオークを蹂躙できるほど強ければ、スズとスクハにあんな無茶をさせずにすんだかと思うともっと強くならないといけないと思った。

 目の前にいる目標のアイズに全く手が届かない。

 こんな調子では大切なもの全てを守れるくらい強くなるなんて夢のまた夢だからもっと頑張らないといけない。

 

 そんなことをベルが思っていると、アイズが突然何かを考え込むように顎を軽く引いた。

 

「……白猫ちゃんを守れるようになりたいの?」

「はい。スズのことだけじゃなくて、その……大切な人達みんな守るためにも強くなりたいって思ってるのに、スズに攻撃の避け方は教えてもらってるけど、攻撃方法なんかは我流で、全然スズみたいに上手く出来なくて……」

 

 スズと【基本アビリティ】の差はかなり開いているはずなのに、【魔法】なしで対人戦をしてもスズに勝つ自分の姿が思い浮かばない。

 速さも力も上回っているのに簡単にいなされてしまう自分の姿が容易に想像出来た。

 なんせスクハの状態だったが、あのミノタウロスとの圧倒的な【ステイタス】差の中で短期間とはいえ攻撃を受け流し続けていたのだ。

 

 今の自分にそれが出来るかと言われると無理だと断言出来る。

 【魔法】ありなら【速攻魔法】である【ファイアボルト】があるので一見有利に見えるが、スズは相手の術式発動が見える。

 

 放とうと手を差し出すだけでも射線から逃れるように動くだろうし、発射タイミングも完璧に見きられてしまうだろう。

 

 発動までの時間はベルの方が早いが、弾速は同じく雷速。

 【ソルガ】は冒険者としての第六感と敏捷でぎりぎり回避出来たとしても、怪物相手だと【ソル】や【ソルガ】で十分なせいで全く使われていない【自動追尾魔法】の【キニイェティコ・スキリ・ソルガ】がある。

 

 それを撃たれるだけでベルに防ぐ手段はない。

 せいぜい武器で受け止めるか体で受け止めるかだが、スズの【魔法】は【ソルガ】でキラーアントの体を易々と貫通する高火力だ。

 耐えられる自信はない。

 

 さらに言ってしまうと【ヴィング・ソルガ】を唱えられでもしたら【基本アビリティ】が追い付かれた挙句、制限時間までスズの放つ【魔法】が【速攻魔法】になってしまう。

 発動されたら【キニイェティコ・スキリ・ソルガ】を連射されるだけで負けである。

 連射されなくても接近戦で技量負けして圧勝されてしまうだろう。

 

 詠唱される前に速攻で倒すという基本が高度な受け流し技術により防がれてしまうせいで、実に情けないことに一対一で勝てる気が全くしないのだ。

 

 もっとも、数で攻めて来る怪物相手の場合はベルの方が圧倒的に強いので、この仲間同士の対人戦による比較は大切な者を守りたい気持ちとは全く関係がない。

 目標が果てしなく高いせいもあり、そのことにベルは気づいていないのだ。

 

 しかし、カヌゥのように悪い冒険者に襲われた時のことを考えると対人戦を気にすること自体は間違っていなかった。

 

 

 

「それじゃあ……私が教えてあげようか?」

 

 

 

 よほどベルがへこんでいるように見えたのかアイズがそんな提案をしてきた。

「アイズさんにご教授してもらえるなんて嬉しいんですけど、その、どうしてそんなことを!?」

「……強く、なりたそうだったから、かな。私もその気持ち、わかるから。君と白猫ちゃんに戦い方を教えてあげる」

 アイズはじっとベルの目を見つめてそう言った。

 

 憧れて追いつきたい人自身に、いつか追い越したい恋い焦がれるアイズ・ヴァレンシュタインに鍛えてもらえる。

 これほど嬉しいことはない。

 スズもアイズのことに憧れているので、安静にしていないといけない体なので特訓に参加出来るのは先の話になりそうだが、アイズに会えるだけでもきっと喜んでくれるだろう。

 そう思ったベルの返事は早かった。

 

「アイズさん、ありがとうございます!」

 ベルは迷わずに、恥ずかしいと思う間もなく、真っ直ぐとアイズを見つめ返して、深く頭を下げる。

 

 スズとスクハにもうあんな無理をさせたくないから、リリをいつか【ヘスティア・ファミリア】にコンバージョンさせてあげたいから、アイズ・ヴァレンシュタインすら守れるほど強くなりたいから、ベルの想いは加速するのを止めない。

 

 

§

 

 

「アイズさんは幹部という立場だから、早朝にこっそりと抜け出して特訓することになったんだけど、スズはこれそうかな? 見学でもいいからアイズさんが会いたいって言ってたんだけど……」

 ヘスティアはバイトを休みすぎだとヘファイストス本人に引きずられて強制出勤させられてしまったので、一先ずベルはスズとリリだけにアイズが特訓をしてくれることを話した。

 

「えっと、すーちゃん。行っても大丈夫かな?」

『大丈夫だって伝えておきなさい。軽い運動程度なら問題ないわ。それとヘスティアには私から伝えておくから知らせなくて結構よ。後、すーちゃんは出来れば人前では控えてもらいたいのだけれど』

 

 交互にスズとスクハが入れ替わるのはなんだか少し違和感があるが、二人とも仲が良さそうでベルは安心した。

 こんなことならもっと早くスズにスクハのことを教えてあげればよかったんじゃないかなと思うが、そんなことを言ったらスクハに怒られそうなので、今二人が共存出来ているこの状況だけをベルは素直に喜ぶことにしている。

 

「軽い運動くらいなら大丈夫だって。後、神様にはスクハが伝えてくれるらしいよ」

「そっか。ベル、教えてくれてありがとね。交換日記は寝る前のお楽しみにとっておきたくて」

「気にしないでいいよ。僕もスズとスクハが仲良くしてくれてるのすごく嬉しいから」

 気にするどころか隠し事をしなくてすむので一気に肩の荷が下りた気分だった。

 

『貴方、なんで、す、すーちゃんのこと伝えて――――――』

「スズ様はあの『剣姫』とお知り合いだったんですか?」

「うん。三階層でミノタウロスに襲われているところを助けもらったんだ。ロキ様に結婚してってお願いされた時はびっくりしちゃったけど」

 

 ベルはただ伝え忘れてしまっただけだったのだが、リリは意図的にスズに話題を振ることでスクハを強引に引っ込ませた。

 スクハが出ている間はスズの意識はないので、引っ込まなければスズが話の話題について行けないからだ。

 

 スクハが『すーちゃん』呼ばわりされて頬を赤めている姿をもっと見たいのか、リリがにっこりと笑っている。

 

 

 

『リリルカ、後で覚えてなさい』

 

 

 

「ミノタウロスは【ロキ・ファミリア】の不手際が招いた異常事態(イレギュラー)なのでなんとも言えませんが、『白猫』関連の仲なのは把握しました。仲良くするのは構いませんが、引き抜かれたりしないでくださいよ、スズ様?」

「私の家は【ヘスティア・ファミリア(ここ)】だからどこにもコンバージョンなんてしないよ。心配してくれてありがとう。そうだ、りっちゃんも一緒にアイズさんの特訓来る?」

「リリは遠慮させていただきます。リリは『白猫』の友達ではありますが、まだ【ソーマ・ファミリア】でもありますから。もしも誰かに見られた時に『剣姫』の印象を悪くする訳にはいきません」

 

 『白猫ちゃん』を思ってくれている人達の大半が、あの日護衛をしてくれていた冒険者達から広がった噂話でリリも被害者として見てくれているが、中には【ソーマ・ファミリア】自体に嫌悪感を抱く者達もいる。

 そういう者達にとってはリリも【ソーマ・ファミリア】として映っているが、スズの友達ということと、冒険者の権利を剥奪されたカヌゥ達という叩いてもペナルティ対象外になった絶好の的が存在するため、リリに危険が及ぶことはないが本音ではどう思っているかなんてわからない。

 

 幹部という立場を気にしてこっそりと抜け出しているなら、ロキのお気に入りである『白猫』ならともかく、ただの【ソーマ・ファミリア】が一緒にいるのは問題が出てくるかもしれないとリリは同行を拒否した。

 

 特訓をしてくれるアイズのことを考えると一緒にいたいからといってリリを連れて行く訳にはいかない。

 またもやままならない【ファミリア】の問題だった。

 

「それよりも、ダンジョン探索の方はいかがなさいますか? やはりしばらくは特訓に集中するおつもりですか?」

「僕達もリリもお金が必要だからダンジョンにも行こうかなって思ってるんだけど…スズの体調次第かな」

 

『8階層までなら許可するわ。体調不良を感じたらすぐに知らせるから安心なさい』

 

 我慢しがちなスズの体調を完全に把握しているスクハが表立てるのはやはり心強い。

 何よりも話そうと思えばいつでもスクハと話せるのがベルはたまらなく嬉しかった。

 

 




仲よしこよしすぎて【ヘスティア・ファミリア】内が既に密会雰囲気ではなかった密会の準備をする話でした。
スズがすんなりと受け入れたことで、人がいないところでは気軽にスクハと会話が出来るようになりました。ベル君の成長の加速と同時にスクハいじりが加速します。

そして現在のカヌゥさん達は、冒険者権利を剥奪されたのでギルド施設が使えず、趣味を制限されたソーマ様が放心状態のため【ソーマ・ファミリア】のまま一般人にもなれず、ヘイトを集中させたいので【ソーマ・ファミリア】のホームにも入れてもらえない状態だったりします。
独房の方がマシな、いつでも捕えられるのに捕えられることのないブラックリスト扱いのまま一部過激な冒険者に追われてはなぶられて放置される生き地獄の日々。
しかしそれでもめげずに恨みで這い上がり一発逆転を無駄に狙うのが真の小悪党。
カヌゥさん達の明日はどっちだ!

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