スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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気持ちを届けるお話。


Chapter11『気持ちの届け方』

 リリルカ・アーデは浮かれていた。

 

 【ソーマ・ファミリア】集会の前日はいつも通り理不尽に他の団員に搾取され、当日の集会は団員達が殺気立ち『神酒(ソーマ)』を求める居心地の悪い最悪な日々だったが、今日はスズとベルと冒険が出来ると思うとそんな嫌な日々も忘れられる。過激に搾取されないよう目立たず、少額のノルマも達成できない振りをして貯めに貯めている金額はかなりのもので、このままスズ達と真っ当な暮らしと稼ぎをしていても、多少時間は掛かるが【ソーマ・ファミリア】から脱退でき、【ヘスティア・ファミリア】にコンバージョンすることが出来る。

 

 親らしいことを一切せずに『神酒(ソーマ)』の虜となって勝手に死んでいった両親達とは違い、あそこには血は繋がってなくても家族という絆がある。

 もう辛い思いをするだけの生活はせずに済み、友達に頼られる幸せな生活と、リリが求めていた『幸せ』が全てそこにはある。

 

 リリは約束の時間よりも一時間も早く集合場所に訪れて、二人をただ待っているだけなのに、幸福を感じていた。

 

 

 

 

「こんなところで何をやってるんだぁアーデ」

 

 

 

 

 そんな幸福を踏みにじるように、同じ【ソーマ・ファミリア】の冒険者、いつもリリを脅迫して搾取をするリリが大嫌いな冒険者の一人、中年の獣人カヌゥがニヤニヤと嫌悪感しか感じない笑みを浮かべて、その後ろにも同じように吐き気をもよおす笑みを浮かべた構成員を引き連れている。

 いつもカヌゥがダンジョンに行く時に多少なりとも甘い汁を吸おう着いて行く取り巻き達だ。

 

 幸せな気持ちが一気に消え去り、リリの顔は青ざめた。

 一昨日は一ヶ月に一度ある【ソーマ・ファミリア】のノルマ達成報告、ご褒美である【神酒(ソーマ)】が定められた稼ぎのノルマを超えた者達にお猪口一杯分だけ飲ませてもらえる日だった。

 いくらなんでも搾取をしに来るには早すぎる。

 昨日はいつも盗んだ品を売り払っているノームの店に、少し前に冒険者から盗んだ品を落ち着いたころ合いを見計らって売り飛ばし、目立たないように宝石として代えてもらったのだが、その店に出入りしているところを見られてしまったのだろうか。

 

「今暇だろ? 暇だよなぁアーデ。ちょっと向こうで話をしようや」

「カ、カヌゥさん。リリはこれから冒険者様のサポーターとして働かなくてはいけないんです。カヌゥさんも知っての通りリリは貧乏で、今お金は――――――」

 

「いつも『白猫』と待ち合わせしてる時間よりずっと早いよなぁ、アーデ。ずいぶんと友達ごっこに酔いしれてるじゃねぇか。待ってる時間暇だから、同じ【ファミリア】の仲間であるこの俺達が、親切にも時間つぶしに付き合ってやろうってんだ。人の親切は素直に受け取るもんだぜ。なぁアーデ。楽しい時間を壊されたくはねぇだろ?」

 

 スズと楽しく話しているところを見られた。

 いや、知られたのだろう。

 『白猫ちゃん』に犬人(シアンスロープ)の友達が出来たことは有名だ。

 慌てて回りに助けを求められそうな人がいないかを見回すが、早く来過ぎたせいで、まだ『白猫ちゃん』目当ての冒険者の姿が見当たらない。

 

 リリを気にも留めずに少数の冒険者がバベルを目指している程度だ。

 助けを求めても厄介ごとだと思われるだけだし、同じ【ソーマ・ファミリア】同士なのだから彼らは言い訳なんていくらでも出来てしまう。

 

 さらに、スズのことを脅しの材料に使ってきた。

 何か行動を起こしたら、確実に大好きなスズとベルにちょっかいを出してくる。

 リリが震えているのもお構いなしに、カヌゥはリリの手を強引に引いて、人通りの全くない広葉樹が植えられた木陰に、噴水のある広場から見えないようにリリの体を木に押し付けて、気持ち悪い顔をリリの面前まで近づける。

 

「騒ぐなよ。騒いでもいいが、その時はお前が酔いしれている『白猫』がどうなっちまうかわかってるよな?」

「カヌゥさん、スズ様に……『白猫』に手を出すのはおやめください。『白猫を見守る会』がございますし、スズ様やベル様自身も10階層くらいはソロで攻略できるほどお強い冒険者様です。ですから」

 

「ああ、強いのは知らなかったが、大人気なのは知ってるぜ、アーデ。だがな、奴らは『白猫』自身が求めていることは容認するんだよ。お前みたいなのにも、『白猫』が友達だと思っているだけで優しくするくらいな。だから俺は『白猫』になにもしたりしねぇ。そんなことをしたら俺は簀巻きにされて、最悪沈められちまうからなぁ。クックックック」

 

 カヌゥが何が可笑しいのか理解出来なかった。

 

「最初はアーデ、お前を人質にすれば、兎の方が【ヘファイストス・ファミリア】製の武器を差し出してくれるんじゃないかって期待してたんだがな、それはあまりにリスクが高すぎる。高級ブランドだから売っぱらってもすぐ足がついて、ギルドにしょっ引かれる恐れがあるし、何よりも『白猫』を悲しませるなんて自殺行為だ。あのしょんべんくせえガキの何がいいのか俺には理解できねぇが、奴らにとっても、お前にとっても『白猫』は『神酒(ソーマ)』と同じだ。バレた時のリスクが高すぎる。だから安心してたんだろ。でもな、アーデ」

 

 

「『白猫』自らが望んで【ソーマ・ファミリア】に手を貸してくれるなら問題ないんじゃねぇかって思ってよ。『白猫』を『神酒(ソーマ)』で餌付けして、『神酒(ソーマ)』と快楽におぼれさせ、身売りさせれば莫大な資金が手に入るんじゃねぇかって団長に持ちかけたら許可が下りてよ。大小問わず【ファミリア】に大人気な『白猫様』を抱けるんだ。公にはできねぇが、それでも実際にて抱きたいって変態野郎や、添い寝してもらうだけでも金払う馬鹿な連中が沢山いるだろうよ。それに『白猫』が望んで、美味いもん飲むために頑張ってるだけなんだ。連中も文句はねえんじゃねぇのか?」

 

 

 『神酒(ソーマ)』に一度は酔いしれたことのあるリリは顔面蒼白になった。

 『神酒(ソーマ)』を定期的に飲ませれば、あの心優しく無邪気なスズの行動だってきっと操作できてしまうだろう。

 

 『神酒(ソーマ)』と共に女としての快楽も覚えさせて、どちらにも溺れさせて、自ら体を売らせる。

 それ自体は可能かもしれない。

 『白猫を見守る会』が拡大し、関係のない冒険者のファンもなぜか増え続けているのだから、『ただ見守りたい』のではなく、『出来ることなら手にしたい』と思ってしまっている輩も少なからず出てきている筈だ。

 

 カヌゥはそういった男性男神のみを対象として、あまり『過保護な者達』に目立たないように、もしも見つかっても『白猫が勝手にやっていることですよ』と言い逃れ出来るように、莫大な富を集められると団長に提案し、こともあろうことか団長はそれを許可してしまった。

 

 おそらくカヌゥへの報酬はお猪口一杯分の『神酒(ソーマ)』を毎月飲ませてもらえる保障。

 ただそれだけ。

 失敗してもカヌゥ達が独断でやったことにしてギルドのペナルティや、他の【ファミリア】からの報復をカヌゥに集中させるつもりだろう。

 

 実に汚い手口だ。

 そんな言い逃れしても激怒する【ファミリア】が抗争を仕掛けてくると言ったとしても、団長やカヌゥは聞く耳を持ってくれない。

 本来止めるべき主神のソーマが酒造り以外に興味を持っておらず、ストッパーが存在しない【ソーマ・ファミリア】とはそういう【ファミリア】だ。

 

 

「お願いします……リリは何でもしますから! スズ様には手を出さないでください! お願いします! お願いしますっ!!」

 通じるとは思わないが、リリは必死に悲願した。

 【ファミリア】総出で実行されれば防ぐ手段はないし、ギルドや【ファミリア】に報告しても証拠はない。

 【ファミリア】の方は助けを求めて事情を話せば、ギルドからのペナルティに構わず【ソーマ・ファミリア】に抗争をしかける【ファミリア】も実のところ存在するのだが、人に頼ることが出来ないまま育ち、頼れる人がスズとベル、そしてヘスティアしか頭の中にないリリは、そんな答えを出せなかった。

 

 

 何よりもあの優しい笑顔を浮かべるスズが、男共の欲望に汚されて、最後には虚ろな瞳で廃人になり、ただ【神酒(ソーマ)】と快楽を求めるだけの存在になってしまう光景が頭を過り、冷静な判断なんてとても出来ずにいた。スズに与えてもらった幸せに酔ったリリは、『神酒(ソーマ)』に酔いしれる【ソーマ・ファミリア】の構成員同様に、『幸せ』を求めるまり冷静さを失っていたのだ。

 

 

 だから誰も助けてくれないと思い込んで、無力な自分には懇願することしか出来ないと思い込んで、リリは、リリの武器である考えることを放棄してしまっていた。

 それを確認できたカヌゥは、ニヤリと今日一番の悪意に満ちた笑みを浮かべる。

 

「冗談だアーデ。俺はお前の大事な大事な『白猫』に手を出したりなんてしねぇ。プランはあるものの、団長だってリスクは承知だ。だから、これからする俺と団長のお願いさえ聞いてくれれば、【ソーマ・ファミリア】から出してやるわけにはいかねぇが、これからもあの兄妹と仲良く冒険できるんだぜ」

 

「え……本当、ですか? 本当にリリだけでいいんですか!? リリが言うことを聞くだけで、お二人に手を出さないでくれるんですか!? お二人と一緒に居続けていいんですか!?」

 

「ああ、いいとも。幸いにもお前には【変身魔法】がある。しかもそいつは身長は変わらねぇときた。それで『白猫』に化けて、『白猫』似のパルゥムなり獣人なりに変身し夜働いてくれるだけで、安全に大金を稼ぐことが出来る。種族が違うし身長も違うから、相手も別人だとわかり切ってるんだ。誰からも恨みを買わず、誰もが幸せになれる。ただお前の仕事が盗みから身売りに代わるだけだ。たったそれだけで誰も不幸にならず、男共が貢いでくれる。【イシュタル・ファミリア】がいちゃもんつけてくるかもしれねぇから、【ソーマ・ファミリア】の名前は出すんじゃねぇぞ。夜この周辺で冒険者や男神に声を掛けるんだ。簡単な仕事だろう?」

 

 発想は最低で、吐きそうになるほどカヌゥのニヤついた顔に嫌悪感を抱くが、今までだって盗みで手を汚してきたし、理不尽な暴言や暴力を振るわれてきたのだ。

 今更体を売るだけで、リリがほんの少し嫌な思いをするだけで、スズの身を守れるなら、これからも大好きな二人のサポーターとして居続けられるなら、安いものだ。リリは唇を噛みしめながらゆっくりと頷く。

 

「良い子だアーデ。稼ぎに稼げばお前の待遇も良くなるだろうよ。『神酒(ソーマ)』も分けてもらえるかもな。はっはっはっはっは!!」

 何が可笑しいとつい反抗的な目でカヌゥを睨んでしまうが、今のリリがカヌゥの提案を断れないことを理解しているのか、まったく気にも留めていない。

 

「ただな、アーデ。団長にこのプランを承諾してもらうのに金が要るんだ。1000万ヴァリスくらいな。【イシュタル・ファミリア】に目を付けられるかもしれねぇリスクがあるんだ。当然の対価だと思うんだが、こいつもお前に用意してもらいてぇんだ。騙し取った金をたんまりと溜め込んでるんだろ、アーデ。ネタは上がってるんだぜ?」

「そ、そんな大金持っていません!! 確かにリリは大金を隠し持っていますが、せいぜい100万がいいところです!」

 

「なら盗って来い。いるだろ、堂々と【ヘファイストス・ファミリア】製の武器をぶら下げた兎が。期限は今日中だ。今日中に用意できなかったら団長が【ファミリア】総出で最初のプランに踏み込むかもしれねぇな。『白猫』本人が身売りしたら、一人1万むしり取るだけでファンの人数が人数だからな。黙ってても大金が手に入る。俺みたいな下っ端が口出しても止められねぇだろうよ。そうは思わねぇか、アーデ?」

 

 二人と冒険し続けてもいいと言っておきながら、カヌゥはそんなことを言ってきた。

 ベルがヘスティア・ナイフを大切にしていることはリリも知っている。

 それを盗むなんてとんでもないことだ。

 

 気付かれたら関係が悪くなって一緒に冒険なんて出来ないし、気付かれなくてもリリ自身が気まずくて、とても二人に顔を合わせることが出来ない。

 二人にこのことを知らせても、構成員たった二人の【ヘスティア・ファミリア】がどうやって【ソーマ・ファミリア】総出の計画を阻止できる。

 

 【ソーマ・ファミリア】はスズに無理やりでも騙してでも『神酒(ソーマ)』の味を覚えさせればいいだけなのだ。いくら説得しても、押さえつけても、そうなればスズは酔いが醒めるまで『神酒(ソーマ)』の虜になって、自ら【ソーマ・ファミリア】に訪れてしまうだろう。

 

 ダンジョンに潜っている間に襲撃されれば、邪魔なベルは殺され、ショックを受けたスズを『神酒(ソーマ)』と快楽で溺れさせ、ベルが死んでしまったショックと寂しさで、兄の温もりを求めて男性の体を求めているなんて馬鹿げた設定をでっち上げるかもしれない。

 

 ベルが殺されたトラウマで怪物(モンスター)が怖くなって、それでヘスティアを養うためにお金も取っているという設定を演じさせるように調教するかもしれない。

 ベルとスズにこのことを話したら、あの優しい兄妹は絶対に何とかしようとしてくれるが、数の暴力により結果は変わらないだろう。

 

 悪い方向ばかりが頭に浮かんでいき、詰んだとリリは勝手に悟ってしまった。

 

 それならば、傷つけてしまうが、リリ一人が悪役になって、二人の命と今後の安全だけでも守ってあげた方がいい。

 今までのは全部演技で、リリは最初から最後まで二人を騙していた悪いパルゥムとして憎まれるだけで、二人は助かるのだ。

 

 リリのせいで心優しい兄妹の人生を台無しにされることはないのだ。

 優しい二人の人生が台無しにされるなんて、そんなことあっていい訳がない。

 だから、ベルからヘスティア・ナイフを盗むのが最善で、二人から憎まれることがリリが背負わなければならない罰だ。

 

 あの二人なら傷ついてショックを受けても、真っ直ぐ前を向いて真っ当な人生を歩んでくれるだろう。

 支え合って生きてくれるだろう。

 そんな心が綺麗で真っ直ぐな二人とリリは元々釣り合わなかったのだ。

 そう思い、リリがボロボロと涙を流す様子を見て、カヌゥがまたニヤリと笑う。

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――神様、どうしてリリを、こんなリリにしたんですか?

 

 

 

 

 

 

 辛くても、ただ友達と笑っている時間さえあれば、あの兄妹と一緒に居られる時間さえあれば、どんな辛いことも耐えられると思ったのに、それすらも許してくれなかった。

 

 自分は疫病神だ。

 『幸せ』に酔って、潮時を見間違えてはいけなかったのだ。

 リリは小さな体では支えきれないほどの罪悪感に押しつぶされそうだった。

 

 

§

 

 

 リリの提案でベルとスズは10階層の攻略に挑んでいた。

 ベルが【ファイア・ボルト】を習得した理由がシルが貸してくれた『冒険者の忘れ物』である『ゴブリンでもわかる現代魔法その一』、『魔導書(グリモア)』と呼ばれる【発展アビリティ】である『神秘』と『魔導』を極めた者、最低でもLV.3冒険者しか作れない『使い捨て』の書物だった。

 

 それを読めば誰でも【魔法】を習得できるが、その希少さからお値段は察しの通り【ヘファイストス・ファミリア】の一級品装備より高いらしい。

 そのことを今朝ヘスティアから聞いて、効果がなくなり白紙になった分厚い本にヘスティアとスズは顔面蒼白。

 ヘスティアはなかったことにしようとしたが、そんなことしても持ち主が現れたら即ばれるので、素直にシルに謝りに行った。女将であるミアが『こんなものを、どうか読んでくださいと言わんばかりに店へ置いて行く奴が悪い』とベルとスズに気にするだけ無駄だとフォローされるだけではなく、シルにまた昼食用にとお弁当を用意してしまった。

 

 何から何まで申し訳なく感じてしまう。

 

 白紙になった『魔導書(グリモア)』はかさばるから、一度ホームに戻って置いて来たので、時間が押してしまったが、なんとかリリとの待ち合わせ時間には間に合った。

 

 ベルとスズの姿を見たリリは、【ファミリア】の問題で今日どうしてもお金が必要になり、9階層を飛ばして10階層に挑んではくれないだろうかと、本当に申し訳なさそうに、自分を責めるように頭を何度も下げてきた。

 

 そこまで頼まなくても、大丈夫だよと言ってあげると、リリが作り笑いもしきれず、眉を顰めながら「ありがとうございます」と礼を言ってくる。

 

 何があったのかを聞いても、少し【ファミリア】間でトラブルに巻き込まれてしまったと言うだけだし、お金なら少ないけど貸せることを言っても、そこまでしてもらうのは悪いと断られてしまった。

 

 そんな中、「言いたくなったらでいいから、無理に言わないでいいよ」と笑顔を作るスズに、リリは唇を噛みしめてしまう。

 

 絶対に何かあったことはわかる。

 リリが隠し事をしているのもわかる。それでも、こんなにも悲しそうな顔をして、無理にいつも通りに振る舞おうとしているのにしきれないほど取り乱してしまっているリリに手を差し伸べてあげたかった。

 

 だから、何があってもリリを守ってあげようと思った。

 きっとそれはスズも同じ気持ちだろう。

 ダンジョンに潜ってからはリリのことを気遣ってそのことについての話題は意図的に触れないようにして、いつ誰に奇襲されてもいいように心構えをしておく。

 

 

 そして10階層。

 8階層から9階層と同じような作りの地形だが、霧が視界を遮っている。

 それに加えて大型級の怪物(モンスター)『オーク』や地面から生える怪物(モンスター)の武器『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』がこの階層以降出現する為、一気に攻略難易度は跳ね上がっている。

 

 視界が悪いせいでいつの間にか武装した怪物(モンスター)の群れに囲まれていたなんて事例がよくあり、平均冒険者達の攻略階層が9階層止まりなのもそのせいである。

 

 しかし、【基本アビリティ】が攻略基準値を大きく上回り、スズの技術指導、『ワイヤーフック』による三次元戦闘、【ファイアボルト】による遠距離手段を得たベルにとって動きがとろい力だけのオークが武器を持って複数攻めてきた程度では問題にすらならなかった。

 

 オークの攻撃が空振りした隙に3Mを超えるオークの首元まで飛び込んで両刃短剣(バゼラード)で首を跳ね、首を失って倒れるオークの肩を足場にさらに高く飛び上がり、次のオークの体に『ワイヤーフック』を撃ち込み自分の体をオークに引き寄せ、それを迎撃しようと武器を振りかぶる右腕を切断。

 それに続いてスズがそのオークの喉元をディフェンダーで切り裂き、オークは喉元から血しぶきを上げながら倒れもがいているところを、ベルが両刃短剣(バゼラード)で心臓を突き刺し、トドメを刺してから強引に『ワイヤーフック』の刃をオークから引き抜く。

 

 立て続けにオークがもう一匹来ているが、しっかり昨日の分、ゴブリン4匹と漆黒の獣に使った【魔法】の【経験値(エクセリア)】を今朝ヘスティアに精算してもらっているので、それなりの威力はあるはずだと【ファイアボルト】をオークに放つと流石に一撃でとはなかったが、二発で無事仕留めることが出来た。

 

「詠唱なしで大型種も二発か。ベルはどんどん強くなっていくね。【雷よ。第一の唄ソル】!」

「確かに【ステイタス】は高いけど、まだまだスズの方がずっと戦い方上手いよ。【ファイアボルト】!」

 インプが雷に焼かれ、バット・バットが雷炎に焼かれる。

 

 10階層でも危なげなく戦えている。

 ミノタウロスや漆黒の獣のイメージで大型級が少し怖かったが、実際に戦ってみると何ということはなくてベルは一安心した。

 

「りっちゃん? ちょっと離れすぎだよ、りっちゃん! ここ10階層だから危ないよ!?」

 スズの叫びにベルはここでようやくリリの姿が霧で見えなくなっているところまで自分達が先行、いや、リリが姿を消していたことに気付いた。

 

 回りを見回してみるが完全にリリの姿を見失ってしまっている。

 スズも位置を把握できていないのか必死に辺りを見回してリリの名前を呼んでいた。

 

「リリ!? どこなのリリ!! 返事をして!!」

 スズとベルの声にリリからの返事は返って来ない。

 トラブルがあったと言っていたが、【ソーマ・ファミリア】の構成員に襲われたのだろうか。

 だとしたらリリも悲鳴なり抵抗なりしてくれて知らせてくれるはずだ。

 

 リリは【ステイタス】は低くても、スズと同じく頭の良い子だ。

 そんな簡単に後れをとったりしない。

 なら怪物(モンスター)に襲われてしまったのだろうか。この霧をものともしない怪物(モンスター)だ。

 

 バット・バットやインプだっているのだからその可能性の方が高い。

 不意打ちを受けてしまい、声を出せないほどの怪我を負ってしまったのかもしれない。

 何かあると思って警戒している筈なのに、察知してあげることが出来なかった。

 ベルとスズの焦りが増していく。

 

 

 

 

 不意に鼻にツンとくる異臭がした。

 

 

 

 

怪物(モンスター)寄せのお肉の臭い? ベルは向こうを探して! 私はこっちを探すから! 10階層の怪物(モンスター)に囲まれたらりっちゃんが死んじゃうッ!!」

「わかっ」

 言葉を言い切る前に武装したオーク四匹に囲まれていることに気付いた。

 

 リーチのある武器を装備したオークに数で攻められると流石に不味い。

 三次元戦闘をすれば安全に戦えるが、それでは時間が掛かり過ぎる。

 スズに狙いが集中すれば守り切れないし、こうしている間にもリリが危険にさらされているかもしれない。

 

 やるなら速攻だと左手に両刃短剣(バゼラード)を持ち替え、腰につけたヘスティア・ナイフを抜こうとすると、パシンと何かがベルトを射抜き、ベルトと共に落ちるヘスティア・ナイフを収めたままの鞘が、霧の先から突如伸びて来る先端に重しのついたロープに絡み取られ、そのままロープに引っ張られて霧の中に吸い込まれていく。

 

 

「ベル様もスズ様も……お……お人……良し……過ぎです……。そんなんだ……から……。そんなんだからリリなんかに騙されるんです! リリは悪い奴なんです! こんな悪いリリのことなんて、スズ様とベル様のご好意を裏切って、ヘスティア様との約束を破ったリリのことなんて、世界で一番悪いリリのことなんて、忘れ……恨んでください! 生きて帰ることだけを考えてくださいっ! ざ、ざぁ……ざまあみやがれですッ!!」

 

 

 霧の奥から、そんな、リリの泣き声が聞こえてきた。

 最初はえぐえぐと涙を涙に声を漏らしながら、最後は強がって自分だけを責めて走り去っていく音と、耐えきれなくて大泣きしてしまっているリリの声が遠ざかっていく。

 

 そんなことがなくても心配で追いかけるのに、あんなにも辛そうに泣き叫ぶリリを放っておくことなんて出来る訳がない。

 

「邪魔だあああああああああああああああああああっ!!」

 

 ベルは両刃短剣(バゼラード)を右手にまた持ち替えて、オークが振り回す武器を掻い潜り、一匹、二匹とオークを仕留めていく。

 スズも【ソルガ】でオークを一撃で仕留めていくが、次から次へときりがない。

 オークが次から次へとやってくる。

 

 とてもでないけど捌き切れない。

 捌き切れたとしても30分は時間を使ってしまいそうで、そんな時間を掛けてしまったらもう二度とリリと会えない。

 リリがリリ自身を許せなくて、きっと会ってくれない。

 

 そう確信できるほど、リリは自分のことを責めていた。

 追い込んでいた。

 きっと【ソーマ・ファミリア】の誰かが、リリにあんなことをさせたのだ。

 

 【ファミリア】の問題はどうにもできないけど、今リリに追いついてしっかり話を聞いてあげれば、リリを抱きしめて側に居てもらいたいと説得できる。

 難しいかもしれないけど、リリの笑顔を守ってあげられる。

 こんなところで時間を掛けている余裕なんてないのに、怪物(モンスター)の群れを瞬時に押し返して、リリを追い掛けるだけの力は今のベルにはなかった。

 

 そんな中、スズが突然足を止めた。

 まさかこの数を一人で押し止めてベルにリリを追い掛けさせるつもりなのだろうか。

 無謀すぎる。

 とてもではないが、魔力以外攻略水準値に達していないスズがやっていい行為ではない。

 

 持っても【ヴィング・ソルガ】の効果時間3分だろう。

 命を捨ててベルを向かわせるようなものだ。

 そんなこと認められるわけがない。

 

 スズとリリ、どちらか片方なんて選べない。

 どちらもベルにとって大切な人だ。

 でもスズから飛び出した言葉は、ベルの予想外のものだった。

 

 

 

 

 

 

 

「私はどうなってもいいから、二度と動けなくなってもいいから、お願いだからりっちゃんを助けて【心理破棄(スクラップ・ハート)】!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ベルには聞き覚えのない単語だった。

 でもその声は確かに彼女に届いた。

 スクハに届いた。

 

『【限界解除(リミット・オフ)】』

 

 一言そう呟いた。

 スズの雰囲気がスクハのものへと変わり、邪魔だと言わんばかりにディフェンダーを腰に、盾を背中にしまう。

 

『【雷よ。吹き荒れろ。我は武器を振るう者なり】』

 

 詠唱されるのは3分間劇的に身体能力を向上させる【付着魔法(エンチャント)】。

 この状況を3分を何とかするつもりなのだろうか。

 もしも相手を全滅しきれなかったら18秒間スズ……スクハは【魔法】を使うことが出来ない。

 

 魔法特化の【基本アビリティ】なのに、このフロアを埋め尽くす程集まり始めた怪物(モンスター)の群れ相手に、それだけの時間【魔法】が使えないのは自殺行為でしかない。

 

 しかも身体能力を上昇させる【付着魔法(エンチャント)】で武器をしまうなんて何を考えているのか、ベルには全く見当がつかなかった。

 

『【第八の唄ヴィング・メギストス・ヒリャ・ソルガ】』

 

 通常のものより長い名前と共にスクハの体から金色の光が溢れ出し、右手を迫りくるオークに向ける。

 

『【ソルガ】』

 

 ベルの【ファイアボルト】と同じく詠唱なしで【ソルガ】が発動し、オークの体を貫通する。

 続けて【ソルガ】を放ち続け、【ソルガ】を放つ度にスクハから溢れ出す金色の光と、弾けるスパークが激しくなっていく。

 まるで蓄力(チャージ)しているかのように、どんどんと膨れ上がり、既に3分を経過しているにも関わらず【付着魔法(エンチャント)】効果は切れていない。

 

 【速攻魔法】と化した【ソルガ】の殲滅力はすさまじく、既に回りに動いているオークの姿はない。

 しかし相当無理をしているのか、スクハは肩で息を切らし、額から流れ落ちる汗が地面に落ちた瞬間ジュっと音を立てて蒸発している。

 霧のせいでよくわからないが、おそらく今のスクハは熱気で湯気を出しているかもしれない。

 

『残り14分。障害は全て消し飛ばすから走りなさい』

 

 その言葉にベルは我に返り、慌ててリリを追って全速力で走り、スクハもそれにぴったりとついてくる。

 通路に立ちはだかる怪物(モンスター)は立ち止まらず【ソルガ】で魔石も残さず蒸発させていき、真っ直ぐと上へと目指していく。

 

 湯上りなんてものではない、まるで沸騰した水のようにスクハの体からは湯気が立ち上り、【ソルガ】を放つ度に金色の光と弾けるスパークの量も輝きも増していっていた。

 

 放った【魔法】の分だけ光の量が増しているようだ。

 

『ショートカットをするわ。こっちに来なさい』

 8階層に上がるとスクハに手を取られ、上へ上がる道ではなく脇道に連れて行かれる。

 スクハの側に居るとまるでサウナの扉を開けた時のような熱気が感じられて、さすがにここまで来ると心配するなと言う方が無理がある。

 

「スクハそれ大丈夫なの!?」

 

『大丈夫だったら最初からやってるわ。残り時間も体力もないから喋らせないでちょうだい。三人仲良くダンジョンから出たいんでしょ。リリルカは今、人族に襲われてるみたいだから、『スズ・クラネル』に手を出したらどうなるか、その身をもって味わってもらうわ。届かないとは思うけれど、三階層までの安全は確認済みよ。これから最高の一撃を見せてあげる』

 

 スクハが何でもない通路で立ち止まり、上を見上げる。

「ショートカットってまさか……嘘だよね?」

 

 

『【雷よ。天空を貫く雷よ。偉大なる戦神の運び手よ。我の声に応え給え。雷よ。天空に轟く雷よ。偉大なる雷神の運び手よ。我の唄に応え給え。我はレスクヴァ。我は偉大なる戦神の従者なり。我は偉大なる雷神の従者なり。稲妻のごとく天空を駆け抜ける戦車よ。我が戦鎚となりて障害を粉砕せよ。第六の唄。疾風迅雷。解き放て雷】』

 

 

 詠唱と共に金色の光がスクハの真上で球体状に広がっていき、球体が大きくなるにつれてスクハの体をから発せられる光が次第に弱くなっていく。

 

 そこでベルは【ヴィング・ソルガ】の本質が身体強化でないことを知った。

 【魔法】の【速攻魔法化】に加え、【付着魔法(エンチャント)】時間内に放出した電撃を体に蓄力(チャージ)していき、他の【魔法】の詠唱文に【解き放て雷】を加えることで、蓄力(チャージ)した電撃を最後の一撃に加えることが出来る【付着魔法(エンチャント)】。

 

 スズが複雑すぎてわからないと言っていたことから他にも効果があるかもしれないが、今起こっている現象はそういうことだろう。

 

『【ミョルニル・チャリオット】』

 

 最終的には巨大な球体から、荷台を引く二匹のヤギを模る金色の塊が生まれ、金色の光を過剰なほどスパークさせながらヤギの引く戦車が閃光となって天井に撃ち込まれた。

 

 

§

 

 

 ベルからヘスティア・ナイフを盗んだリリを待っていたのは最悪の状況だった。

 

 前にリリが盗みの対象にして剣を盗み、偶然【シンダー・エラ】を目撃されて追いかけられ、スズとベルに出会うきっかけを作った男、ゲドが7階層で待ち構えていた。

 

「魔石に、金時計にぃ……おいおい、お前、魔剣なんか持ってやがったのか!? ひゃはははははははっ!! これも盗み取った訳かよ!! で、あのクソガキから盗っていた【ヘファイストス・ファミリア】製の武器はどこ隠してんだ。ん? 俺を黒焦げにしやがったクソガキの兄貴から盗ってきたんだろ!?」

 

 リリの腹をボールを蹴るように何度も蹴飛ばした後、ローブを剥ぎ取り、バックパックと身につけていた物を物色し、それでも飽き足らず、リリの頬をぐりぎりと靴で踏みつけてゲドは狂ったように笑う。

 

 リリの知っている冒険者達はこういう奴らだ。

 だからリリは仕返しに冒険者を騙して物を盗むようにしたのだ。

 そしてその仕返しをリリは今されている。

 これだけならまだベルとスズを傷つけた天罰が下ったと諦めがついた。

 

「派手にやってんな、ゲドの旦那」

 だが、カヌゥがグルだった。

 最初からベルとスズに手を出すつもりなんてなくて、他から恨みを買う可能性がある危険な真似は考えておらず、リリが貯め込んでいる資金目当てだったのだ。

 

 カヌゥは瀕死になると仲間を呼ぶフェロモンを出す瀕死のキラーアントを三体も床に放り投げ、早く逃げないとキラーアントの餌食になるぞとゲドを脅し、リリから盗ったもの全部自分によこせと要求している。

 いつも見ている醜い【ソーマ・ファミリア】らしい行動だ。

 慌てて逃げていくゲドの断末魔が遠くから聞こえてきた。

 

「……全部……嘘だったんですか……カヌゥさん……」

「ああ、そうだな。団長の野郎に掛け合ったところまでは本当だが、リスクが高いと許可は下りなかったな。だがよ、お前の【変身魔法】で『白猫』の真似事をするのは賛成してくれたぜ? だからよ、お前が抱えてる資産と、兎から盗んだ【ヘファイストス・ファミリア】製の武器をよこしてくれるんなら、助けてやってもいいぜ。なんせ【ファミリア】の仲間だからな! はっはっはっはっは!」

 

 こんな考えればすぐわかるようなことに騙されて、ベルとスズを傷つけてしまった。

 ゲドに散々痛めつけられた体よりも、何倍、何十倍も心が痛んで、口惜しさと自分のあまりの間抜けさに、リリは唇を噛み切って血が出てしまう。

 

 

「死んでもごめんです」

 

 

「そうか。残念だアーデ。100万は惜しいが、【ヘファイストス・ファミリア】製の武器だけで十分過ぎるほど釣りがくる。どうせインナーの中にでも隠してんだろ。全部ひん剥けばいいだけだ。後は俺達が逃げる時間を稼ぐ餌になってくれや」

「おい早くしろ! 本当にやべえ!」

「こんなションベンくせえパルゥムに欲情なんてしねぇよ!」

 ベルのヘスティア・ナイフだけでも何とか返さないと、その一心で自らカヌゥが取りに行けないであろうキラーアントの群れに向かって這って行くが、首を掴まれ持ち上げられ、必死に胸の谷間に隠しているヘスティア・ナイフをを落とさないようにしっかりと抱きしめる。

 

「そこか。じゃあ遠慮なくいただ――――――――――」

 

 

 

 不意にダンジョンが揺れ、轟音がした。

 

 

 

 眩い金色の光にカヌゥが目を眩ませ、次に目を開けた時、リリが向かおうとしていたキラーアントの群れが丸々地面ごと消滅していた。

 

 その光景が信じられなくて、カヌゥの手から力が緩み、リリは無防備に地面に落下した。

 リリはケホケホと苦しそうに咳をして、肺に空気を送り込む。

 

 そしてリリはいつもは一番会いたいのに、今は一番会いたくない、ベルとスズが巨大な穴の前に立っていた。

 

 

「リリィィィィィィィィ!!」

 

 

 ベルが両刃短剣(バゼラード)を構えて向かってくるのに反応してカヌゥが慌てて後ろの方、入口方面でキラーアントを支えてくれている【ソーマ・ファミリア】の仲間達の方に引いて行く。

 そんなカヌゥのことは無視してベルはリリを助け起こした。

 

「リリ!! 大丈夫!? 今、回復薬(ポーション)を飲ませてあげるから!!」

「……ベル様……なんで……」

 

 申し訳なくて、それでいて助けに来てくれたのが嬉しくて、涙がぼろぼろと零れ落ちてしまう。

 二人がヘスティア・ナイフを取り戻しに来たのではなく、リリを心配して来てくれたのは、この反応をみれば十分にわかった。

 そもそもこんな反応をしなくても、心優しくてどこまでもお人好しな二人なら、盗んだことを叱るよりも先に心配してくれるのは初めからわかっていた。

 

 

 わかっていたからこそ、そんな二人を裏切るような真似をして心が張り裂けそうになったのだ。

 

 

『こんにちは、【ソーマ・ファミリア】のみなさん。できることならば、このままさよならなんて言いたくないから、立ち去ってくれると嬉しいのだけれど。今なら出口の方のキラーアントの数も少ないし貴方達でも逃げられるでしょう?』

 

 そして、『最初にリリを助けてくれた方のスズ』が、瀕死の状態のまま放置されていたキラーアントにトドメを刺した後、カヌゥ達に冷たい目線を送る。

 

『これ以上、『私達』の友達を傷つけるなら、貴方達の拠点にさっきのを撃ち込まなければいけなくなるわ。それはお互いのためにはならないと思うのだけれど、この提案は受け入れてもらえるのかしら。貴方たちのような害虫でも出来れば殺人はしたくないのよ。私の我慢の限界が来る前に立ち去ってくれないと、証拠隠滅のために灰すら残さず消すことになってしまうわ』

 

 身の凍るような冷たい声にカヌゥ達は震えあがり、出口付近のキラーアントを片付けようとするが、数が多くて手間取っている。

 

『100秒経過。こんな奴らを助けるのは癪だけど、『白猫』の回りに手を出したらどうなるかの生き証人は欲しいところね。【雷よ。敵を貫け。第二の唄ソルガ】』

 

 いつもよりも数段と巨大な【ソルガ】の電撃が並んでいるキラーアントを蒸発させ、カヌゥは悲鳴を上げながらその道を通って逃げていく。

 

 一方ベルは、リリに回復薬(ポーション)を飲ませ、ヘスティア・ナイフを受け取ると、「いつもみたいに待ってて」とリリに優しく微笑んで、四方八方から迫り来るキラーアントの群れを、ヘスティア・ナイフと【ファイアボルト】でリリとスズに一切近づけずに、三十を超える大群と一人でやりあっている。

 

「スズ様……なんで……」

『私はガス欠よ。今の【ソルガ】で体力も精神力もからっけつなの。それと、いつもの優しい『スズ・クラネル』でなくて悪かったわね。あの子は無理のし過ぎでしばらく起きれないわ』

「そうでなくて! 何でリリを助けるんですか!? リリが悪戯でベル様のナイフを持っていったなんて思っているんですか!?」

 

『そんな訳ないじゃない。あんな辛そうな声出して、泣き喚いていたのはどこの誰かしら?』

「リリは泣いてません! リリは悪い子なんです!! リリは優しいお二人を利用して裏切った悪いパルゥムなんです!! そうでなくてはいけないんです!! だから嫌われないとダメなんですっ!!」

 涙をぼろぼろ流しながら、リリはひたすら自分が悪い事を訴えかけた。

 

 そうでもしないと自分の罪に押しつぶされて耐えられない。

 罰を与えてもらえないと耐えられない。

 このまま優しい二人に受け入れられて幸せに暮らすなんてあってはならない。

 

 

「リリは醜い【ソーマ・ファミリア】のパルゥムなんです!! それを何でわかってくれないんですか!?」

 

 

『私は別に、リリルカを助けに来たわけじゃないわ。助けに来たいと思ったのはベルと『スズ・クラネル』だけ。私はただ、みすぼらしい貴女に『幸せ』というドレスと馬車を与えて、あざ笑う悪い悪い魔女よ。『友達』という壊れやすいガラスの靴を届けてくれたのは、あそこで頑張っているベルと、『私』に呼びかけた『スズ・クラネル』よ。もうガラスの靴を落としたらダメよ、小さな灰姫(シンデレラ)さん』

 

 そう、別のスズは優しくリリの頭を撫でてくれた。

 

 

 

 止めることはあっても嫌いになることなんてありえないよ。スズはそう言ってくれていた。

 

 

 

 それはきっと、最初にリリを助けてくれた『今のスズ』も同じなのだろう。

 性格も言葉使いも違うのに、どこまでもお人好しで、優しいところは一緒だった。

 

 銭湯でスズが、どんなリリでも、スズにとっては大好きな友達のリリだと言ってくれたように、リリにとっても、どんなスズでも大好きなスズに変わりはない。

 今のスズも普段のスズも、どっちもリリにとって大事なスズだ。

 

 『ここに居ていい』『困ったことがあったら相談に乗るよ』と、答えは最初からはっきりと言ってくれていたのに、こうやって違うスズでも大好きだって実感できているのに、それすら気づかずに、ただ『幸せ』に酔うだけで、誰にも頼らなかった自分は本当に馬鹿だった。

 

「リリっ!!」

 

 

 ちゃんと助けるから。ベルははっきりとそう言ってくれていた。

 

 

 その言葉通り、ベルはすべてのキラーアントを倒して、リリに駆け寄ってくる。

 二人は本当に言葉通り、リリを嫌いにならず、リリを助けてくれた。

 それでもリリは不安だった。

 人の温もりを教えてくれたのは、良くしてくれた花屋の老夫婦と、このお人好しな兄妹だけだから、いくら頭でわかっていても、答えなんてわかっていても、リリは悪いパルゥムだから、その口からちゃんと告げてもらいたかった。

 

「……ベル様は……なんでリリのこと……こんなリリのことを……助けてくれたんですか……」

「リリだから、かな。ごめん、他に上手く理由なんて思いつかないよ。僕はリリにいなくなってもらいたくなかった。これからもリリと一緒に冒険したいんだ。リリのこと大切だから。リリが泣いてたら僕も悲しいし、リリが笑ってくれたら僕も嬉しい。本当にただそれだけなんだよ」

 

 リリを必要としてくれる人が欲しかった。

 ベルとスズは最初から最後まで、頼ってくれていたのに、頼らせてくれていたのに、わかった振りをして、リリは独りよがりで『幸せ』に酔っていただけだった。

 

 今までは誰も認めてくれなくて、誰にも頼れなくて、ずっと、ずっと寂しかった。

 だから自分を認めてくれる人が出来て、『幸せ』に酔いしれた。

 

 そんな独りよがりに酔いしれる『幸せ』ではなく、頼り頼られ、共に笑い、共に泣く。

 そんな簡単な共感を持つだけでよかったのだ。

 

 嬉しくて、情けなくて、申し訳なくて、様々な感情がリリの中で渦巻いて、リリはベルの胸の中で声を出して泣き続ける。

 

 最近泣いてばかりで、自分はこんなにも泣き虫で、寂しがり屋だったんだなと、リリは初めて弱い本当の自分を真っ直ぐ見つめることが出来た。

 

 0時の鐘が鳴って魔法が解けても、友達という本来なら簡単に壊れてしまうガラスの靴は、いつまでも輝きを失わずに光り続けるのだった。

 

 




ゲス度と文字数アップ。
初回必殺技の相手がまさかの天井ですよ、ええ。

日にちがが早まったことで、まだエイナさんが【ロキ・ファミリア】に訪問しているところだったりします。なのでアイズさんがやってきませんでした。
どうなるベル君の特訓!
そんな特訓&ミノさんな三巻の前に、いつも通りエピローグが挟まりますので、三巻開始はもうしばらくお待ちください。
『少女』が関わっていることで徐々にずれが生じております。

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