スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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エイナとヘスティアにゴブリン退治を報告するお話。
少し更新抑えようと思っていましたが挿絵が反映されたのでテストもかねて投稿しました。
後書きに雑なラフ画ですがズズのデザインイメージを載せております。


Chapter02『はじめての報告』

 無事に戻ってきたベルとスズからゴブリンの撃破と戦闘報告を聞いたエイナは、一層の探索なら二人で行っても油断しなければ問題ないとハンコを押してあげた。

 

「一層は許可するけど戦闘に慣れるまで二層に降りるのはダメよ? 貴方達はまだ『神の恩恵』の力に慣れていない状態なの。探索に夢中になりすぎて体力配分を間違えないようにそこは絶対厳守! いいわね?」

「「はい!」」

「元気のいい返事で安心した。それで初戦闘で何か気づいたり疑問に思ったことはあるかな?」

 ただ一度だけの戦闘だからこそその一戦が印象に残って気になることや気づいたことも多いはずだ。「些細なことでもいいから何でも聞いてね」と付け加えたエイナにベルとスズは互いに顔を見合わせた後、ベルが恐る恐る手を上げてくれる。

 

「えっと、スズが相談したいことがあるみたいなんですけど」

「何かな?」

 エイナが笑顔でスズの返答を待ってくれているが、スズは珍しく何かを迷っているように困ったような顔をしていた。

 だけどスズはすぐにぎゅっと自分の胸で拳を握りしめて勇気を振り絞るかのように真っ直ぐとエイナと向き合う。

「えっと、エイナさん。私は【スキル】のおかげで既に魔法の並列処理や、たぶん魔法制御の方も暴走することなくできちゃうんですけど……これってやっぱり『異常』でしょうか?」

 その言葉にエイナの表情が固まる。そして深くため息をついた後、怖がらせないように優しく語り掛けてあげる。

 

「スズちゃん。レベル以外の冒険者の情報はその冒険者にとって生命線なの。確かに私の方から『なんでも聞いてね』とは言ったけど、次からは【スキル】や【魔法】に関しては極力他人に知られないようにしてね」

「僕がスズに相談してみたらって言ったんです! だから怒られるべきなのは僕であって……その」

「ベル君。私は別にスズちゃんを怒っている訳じゃないの。あまりの不用心さに心配しているだけ。ベル君もスズちゃんもよく聞いて? 優秀な【スキル】ほど他の神様や冒険者達の目を引いてしまうの。さらに言うと、いくら優秀な【スキル】や【魔法】でも詳細情報がバレてしまうと対策も立てやすいし、その情報を元に脅迫されて他の【ファミリア】に引き抜かれたり、自分の驚異になる前に排除しようとする悪い冒険者だって世の中にはいるわ。特に【魔法並行処理】なんて高等技術を無条件で習得できてしまう【レアスキル】のことは同じ【ファミリア】の人にしか話してはダメよ?」

 

 そうエイナはめっと子供を優しく叱るようにスズの額を人差し指で軽くつつく。

「それは神様にも注意していただきました。でもベルとの戦い方の相談に私の【魔法並列処理】と【魔法】の効果は大雑把でもエイナさんに知ってもらわないと相談のしようがありませんし…それに信じてくれるかとか注意してくれるかとか、エイナさんのアドバイザーとしての人柄を知りたくて。その、ごめんなさいエイナさん」

 

 本当に申し訳なさそうに頭を下げるスズにエイナは驚きを隠せないでいた。スズは正直すぎる優しい子だけど、考えなしに行動している訳ではないようだ。

 エイナが自分の為に真剣に物事を考えて的確にアドバイスをくれるかどうかを今のやり取りで計りに掛けたのだろう。

 そういった意味ではベルよりもよほどしっかりしている。

 でも、信じ切れていなかったことを申し訳なさそうに謝る姿はやはり冒険者になるには優しすぎる性格だ。

 

 しっかりアドバイザーとしてエイナが支えてあげなければ、その優しさはいつか取り返しのつかない事態に巻き込まれてしまう可能性が高いだろう。

 

「私を試したのは別に構わないわ。相談には乗るけど、自分の情報を混ぜての相談は今回みたいに個室にいる時だけにすること。ロビーみたいに人が多いところでは絶対に口にしないこと。後、私は絶対に口にするつもりはないけど、情報提示も詳細ではなくさっきみたいに曖昧にぼかすこと。いい?」

「はい。初日からご迷惑をおかけします」

「それがアドバイザーの仕事だから気にしないで。でも個人情報については本当に気を付けてよ? スズちゃんやベル君はことのはずみでうっかりポロっと口から情報が飛び出しそうで心配でならないわ。特にベル君!」

「は、はぃぃっ!」

「スズちゃんを色々なことからしっかり守ってあげられるようにこれからビシバシ冒険者のノウハウを教えてあげるから覚悟してね」

「お、お手柔らかにお願いします」

「だーめ。ベル君はお兄ちゃんなんだからスズちゃんを守れるようにならないとダメじゃない。でも、とっさにスズちゃんを庇おうとしたところはお兄ちゃんしてたぞ」

 自分が美人であることを一応自覚しているハーフエルフであるエイナは、不意に褒められて恥ずかしさのあまり赤くなるベルの様子が初々しく、少し可愛く感じてしまいついついクスクスと笑みをこぼしてしまう。

 

 

「それでスズちゃん。本題の私に相談したいことって何かな?」

「はい。えっと……私の魔法は短詠唱の小範囲直線魔法みたいなんですけど、ベルの武器は短剣で主にヒットアンドウェイが主流になっていくと思うんです。ベルが敵の注意を引きつけて私の詠唱が終わったらベルに射線から引いてもらって魔法を放つ。これが魔法使いとして見た私の理想的な戦法だと思います」

 

「そうね。前衛が壁ではなく避けに徹するのに不安はあるけど、今のベル君とスズちゃんにとってそれが最も理想的であることを私も同意するわ」

「でも、一層ならまだしも次第に狭い通路や敵も増えていくので………エイナさんが先ほど言った壁役の不在からベルが引きつけきれなかった魔物が私のところに来る可能性がありますし、ベルが正面にいると狭い通路ではベルまで魔法に巻き込んでしまいます。それを避ける為には前衛で魔物を引きつけているベルが私の背後に回りこむしかありません」

 スズが何を言いたいかエイナはすぐに察することができた。前衛で敵を引きつけているベルが自分の後ろに回り込んだら必然的にスズが最前衛となりベルを追いかけてきた魔物と正面からぶつかることになる。それは固定砲台としての役割である魔法使いにとって死活問題だ。

 

「スズちゃん。本当に初心者?」

「はい。あの……やっぱり見当違いのこと考えてましたか?」

「うんん。その逆。まだ少ししか教えていないのにしっかりそのことに気づけたスズちゃんにちょっと驚いただけよ。スズちゃんが優等生で私は嬉しいわ」

 エイナは偉い偉いとスズの頭を撫でてあげると人なれした飼い猫のようにおとなしく、嬉しそうにエイナの手に身をゆだねてくれるスズを愛らしく感じてしまう。

 

 それと同時にスズが『危なっかしいほど優しく正直で人懐っこい子』で、それでいて『物事をしっかり考えられる聡い子』だということを理解させられた。

 魔法使いは魔法で戦うから前に出ないようにと簡単に説明したし、魔法は強力だから絶対に誤射しないようにともエイナは既に教えている。

 

 だけど【パーティー】の役割分担などの細かい部分はまだ早いかなと教えていない。それなのに【前衛】【中衛】【後衛】などの概念を少しの説明から自分で想像して、今のままの編成ではいずれ手詰まりになることを理解できている。

 

「それでスズちゃんは私に『解決策』を聞きたいのかな?」

「それもありますけど、魔物がまだ弱い一層のうちから前衛よりで経験を積んでおくのはどうかなって。私が魔物を引きつけてベルがヒットアンドウェイで牽制。隙を見つけたら【魔法】を撃ち込む感じです。これなら私が器用貧乏になってしまいますが、【魔法】による先制攻撃で魔物が生き残っても地形問わずに魔法を撃ち込めると思うんですよ。それに私が接近戦で魔物を引きつけていればベルの負担も減るし、いざという時に必要な私の精神力も節約できるかなって。エイナさんから見てどう思います?」

 

 スズが目指しているものはどこでも立ち回れる移動砲台。第三級冒険者以上が目指してどの【パーティー】も求めている『魔法剣士』そのものだ。

 もしも本当に【魔法並列処理】と【魔力暴走】が【レアスキル】によって起こらないのだとしたら、早めに『魔法剣士』としての経験を積ませておいた方がいい。

 

 その一方で本来【ファミリア】で【魔法並列処理】などの高等魔法技術を教えてくれる魔法の指導者が【ヘスティア・ファミリア】にはいない不安もある。

 積み重ねていく過程を飛ばし【レアスキル】で解決してしまっていいものだろうか。

 

「それだとスズの負担がすごくなっちゃうんじゃない!?」

「【魔法】は精神力を使うから無限に撃てないし、接近も早いうちに出来るように調整しておいた方が今後の為になるんじゃないかなって思っただけだよ。接近攻撃自体はベルが主力で、私はベルに当たらない位置から魔法を撃てるように移動したり、ベルが魔法の射程外に退避するまでの時間魔物の注意を引きつけるだけだから大丈夫だと思うんだけど……やっぱりダメでしょうか?」

 

 ちらりとスズがエイナを横目で見て返答を待っている。

 

「ベル君の言う通りスズちゃんの負担は大きくなるけど、ペアとして見ると中衛と後衛よりも中衛と前衛もこなせる『魔法剣士』の方が安定度だけなら増すわ。だけど正直な話スズちゃんの【スキル】の詳細を知らない私からはなんとも言えないわね。本来『魔法剣士』は技術を身につけてから目指していくものだから。私よりも【スキル】の詳細を知っておられる神ヘスティアにお伺いするのはどうかしら? それで許可が下りたらしっかり防具を着こんで、ベル君にサポートしてもらいながらゴブリンやコボルトが一匹の時に練習してみるといいかもしれないわね」

 

 スズが装備しているものは精霊の加護がついているがただの汚れず破けてもそのうち直るエプロンである。

 珍しい【アンティーク】だが【アンティーク】の中で『無駄な家庭シリーズ』は割と有名だ。主に神々の中で有名で「こんなのなんのために作ったんだよ」「さすが古代の変態技術! そこにしびれる憧れるッ!」と【アンティーク】の話題になると真っ先に飛び出してくるのが今スズの身につけている【家庭アンティークセット】だ。

 

 一応新米冒険者が装備してくるかもしれない【アンティーク】として資料に載っていたが、神々が「そんな装備で大丈夫か?」「大丈夫じゃない。問題だ」とバカ笑いするほどの無駄装備を着込んでくる冒険者がいるとは思いもしなかった。

 思い出の品でスズ自身が後衛ということもあり鎧を着込まなかったことを許可したが前衛もやる気なら話は変わってくる。

 

 攻撃を受けることが前提である前衛が、それも駆け出しの冒険者が防具一つ着込まずに魔物に挑むのは自殺行為でしかない。

 面倒見のいいエイナはスズにエプロンの下に支給品の鎧くらいは着てもらわなければ心配で気が気でならなくなってしまう。

 

「魔法剣士の装備って、避けるよりも受ける前提の重量鎧や大盾の方が安定しますか?」

「普通は動きまわりながら魔法を唱える移動砲台だから軽装の魔法剣士の方が多いかな。受けるよりも避ける方が精神の乱れも少ないと思うし。でも重装が悪いという訳ではないわ。【パーティー】について行ける最低限の機動力さえ確保できていれば避けるよりも硬さで耐える方が確実性があるし不意の事態に強いのは確かよ。ただスズちゃんの場合体が小さいし駆け出しということもあって無理して背伸びしてまで重装装備をする必要はないと私は思うな」

 

「なら間を取って中装ですかね。動き回るよりも弾く方がたぶん性に合っていると思いますし。そういえば【精神疲労】の感覚も知りたいのでダンジョンの入口で限界まで【魔法】を撃ってみたいんですけど――――」

 

 スズは積極的に気になったことを尋ねてきてくれてエイナも教え甲斐のある子だと嬉しくも思うが、そろそろ止めておかないと駆け出しの冒険者であるベルの頭があまりの情報量にパンクしそうだ。そのことにスズも気が付いたのかそこで言葉をいったん止めている。

 

 

「この話はまた後にして、神様に相談に行ってきますね。神様に許可をいただけなければ『魔法剣士』を目指すのはしばらく先になりそうですし」

「そうね。ベル君もスズちゃんと神ヘスティアと一緒に今後の方針をしっかり考えてあげてね」

「僕なんかが上手く相談に乗れるかはわかりませんが……スズの為に一生懸命考えます!」

「よろしい。さすがお兄ちゃん。偉いぞ」

 

 ベルも恥ずかしがり屋で頼りないところが目立つものの、妹思いで人のことを考えてあげられる優しい男の子だ。

 スズが固定砲台としての魔法使いの道を選んだとしても魔法剣士の道を選んだとしてもしっかりアドバイスが出来るように、主神の元に向かう二人を笑顔で見送りながらも二通りの立ち回りとコンビネーションをエイナは今のうちに考え始める。

 他の冒険者達ももちろんそうだが、こんな良い子達を死なせるわけにはいかない。

 幸なことにベルは妹想いだしスズは聡い子だ。しっかり知識を与えればスズがベルが無理をしないようにフォローしてベルは妹を無理させたくないからその言葉を聞いてくれるだろう。

 二人が生きてダンジョンから帰って来てくれるよう今まで受け持った冒険者以上にスパルタに行こうと「よし!」と拳を握りしめて頑張ろうとエイナは気合を入れた。

 エイナのスパルタっぷりを知っている者達がその気合を入れている様子を見て、小さなあの兄妹達もお気の毒にと苦笑していたのはまた別の話である。

 

 

§

 

 

「やりました神様! 僕達、ゴブリンを倒しました!」

 ヘスティアが教会の隠し部屋でごろごろと読書にふけっていた昼下がり。勢いよくベルがドアを開けて飛び込んできた。その後ろにはどこかご機嫌そうなスズの姿もある。

 

 ゴブリンはダンジョンの中でも最弱のモンスターだ。

 それの撃破報告を誇らしげに語るベルの姿に若干の不安を覚えてしまうが、愛しの眷族達が何事もなく帰ってきてくれたのは何よりも嬉しいことだ。

 ヘスティアは読んでいた本を閉じて笑顔で二人を出迎えてあげる。

 

「おかえりベル君。スズ君」

「「ただいま神様!」」

 生活費を稼ぐことはもちろん大切であるが、今のヘスティアは愛しの眷族達との暮らしが楽しくてしかたないのだ。

 

 日常会話はもちろんのこと、例えゴブリン一匹を倒しただけの話でもこんなにも嬉しそうに話す二人の顔を見れるだけで幸福を感じられる。

 なんでもベルは幼い頃ゴブリンに殺されかけたところを祖父に助けられたらしく、その恐怖の対象をスズと一緒に倒せたのがベルは嬉しかったらしい。

 これも『恩恵』をくれた神様やスズのおかげですと頬を上気させて目を輝かせながら語るベルの姿は何と微笑ましいことだろう。

 

「それで今日はこのままゆっくりするのかい?」

「えっと、もうちょっと頑張って今日は神様に美味しいもの食べてもらおうと思ってるんですけど……。その前に実は神様に相談があって」

 ベルのその短い言葉だけで『自分の為に頑張ろうとしている』ことと『自分を頼ってくれている』こと。その二重の嬉しさでヘスティアのテンションが一気に向上する。

 

「ベル君は本当に神様孝行だね。ボクはとても嬉しいよ! さぁさぁなんでも言っておくれよ!」

「えっと………スズ。なんだっけ?」

「魔物が弱い一層の内から『魔法剣士』を目指したいんですけど、私の【スキル】でそれは可能かどうか、目指しても大丈夫かどうかを聞きたくて」

 

 しかしあまり相談されたくない相談だった。

 ベルとスズはペアでダンジョンに潜っている為、いつかは相談されることとは思っていたがまさか初日、それもたかがゴブリン一匹との戦闘で『魔法剣士』という発想にたどり着くとはヘスティアは思いもしなかった。

 

 これも【心理破棄】を上書きしている【五つの約束の二】『最後の最後まで自分の生存方法を模索すること』の影響なのだろうか。

 思った以上の【心理破棄】の強制力の強さに、問題ないと思って浮かれていた【五つの約束】がスズに悪影響を与えてしまうかもしれないという不安が再び襲ってくる。

 

「神様?」

 気が付くと事情を知らないベルが心配そうに見つめていた。

 ベルにまでこんな重いことを背負わせるわけにはいかない。

 ひとまず【心理破棄】については二人が出かけた後にまた対策を考えて今は相談ごとに集中することにした。

 

「そうだね。スズ君の【スキル】なら問題なく『魔法剣士』として動けるはずだ。でもボクはあまりスズ君に目立ってほしくはないかな。【レアスキル】ってだけでも娯楽に飢えた他の神が興味本位で飛びついてくるってのに、『魔法剣士』自体が冒険者達にひっぱりだこだ。下手に目立つと引き抜こうとちょっかいをかけてくる輩が出てくるだろうね。忌々しいかぎりだよ、まったく。スズ君とベル君はボクの大切な家族だっていうのにさ!」

 

 それがまぎれもなくヘスティアの本音だ。

 スズはそれに加えて幼く可愛いので、ただでさえ『幼女はぁはぁ』とか『やっぱり小学生は最高だぜ!』とか叫びながら変な神が近寄ってきそうなのにこれ以上神達の興味を引くようなことを表立たせたくはなかった。

 

 でも過保護にスズを他の神から守った結果、力及ばずにダンジョンで命を落としてしまっては本末転倒だ。

 『魔法剣士』としての経験を積むならLV.2になる前から【基本アビリティの貯金(隠しステイタス)】を上げておくに越したことはない。

 

「だからスズ君とベル君。その【スキル】のことは何が何でも伏せておくこと。今後【ファミリア】に入ってきてくれた子達含めてだ。それと信用できる人物の前以外では『魔法剣士』としてではなく魔法使いとして振る舞うこと。知らない人にお菓子とかもらってもついていかないこと。いいね?」

「神様。さすがに人懐っこいスズでもお菓子にはつられないと思いますよ? 【パーティー】の誘いも断ってましたし……」

 

「もうかい!? もうなのかい!? 初日からボクのスズ君を奪いに来た不届き者が現れたってのかい!? うわああああスズ君! ボクの元からいなくならないでおくれええええ!!」

「お、おちついて下さい神様! 私は他の【ファミリア】や【パーティー】には入りませんし、変な人についていったりはしませんからッ」

「そうですよ! スズは絶対に僕が守りますから。だから安心して下さい神様!」

 

 ベルのその言葉にヘスティアは涙目になったままベルの方に目を向ける。

 頼りなさそうな兎にも見えてしまうベルがはたして他の【ファミリア】の魔の手からスズを守り切れるだろうか。

 失礼ながらものすごく不安だと思ってしまう。

 

 先ほどだって、ほめてほめてと自分より小さな獲物を狩ってきた小動物のように部屋に駆け込んできてゴブリンを仕留めたことを伝えに来た少年だ。

 不安である。

 

 それでも優しい少年だということは知っている。

 ダンジョンに出会いを求めてやってきたと不純極まりない理由で冒険者になったので女の子のお尻ばかりを追いかけるんじゃないかと心配していたが、ゴブリン一匹の撃破報告をあそこまで喜びながら語り、嘘偽りなく真っ直ぐ「スズは絶対に僕が守りますから」と宣言する姿は頼りなくも純粋で優しい兄そのものだ。

 

 神が自分の子供達を信じなくてどうすると思いつつも、それでも念のために不純な動機のベルに確認を取っておくことは忘れない。

 

「そう言っておいてスズ君を放ったらかしに女の子のお尻なんかを追いかけまわしたりしたら、さすがのボクも怒るぞ?」

「し、しませんよっ! そんなこと!?」

 ベルは顔を真っ赤にして否定をする。うん、嘘は言っていない。

 

「君は女の子との出会いを求めているんだろう? 可愛い冒険者の娘なんか見つけたら、それこそモンスターなんて放ったらかしにして口説きにいくんじゃないのかい?」

「口説くっ……! ち、違いますっ! 僕は下心で女の人と仲良くなりたいんじゃなくてっ……いえ少しはありますけど…僕がしたいことはそういうんじゃなくて、運命の出会いがしたいんです! 英雄譚に出てくるような!」

「ハーレムがどうたらなんて口にもしてたじゃないか」

「ハ、ハーレムは男の浪漫なんです。男に生まれたら目指さなきゃいけないもので、昔の英雄達だって―――――」

 

 頬を赤くしたまま祖父から教わったらしい『男の浪漫』をベルは語りだす。

 酷い奥手なくせに女好きという言うことなすこと噛み合っていない純情な少年。

 奥手でなければ幼いとはいえどこかの令嬢を思わせる美しさと可愛さを持つスズを妹としてではなく異性として見るだろうからこんなことだろうとは思ってはいたが、『だいたいお前のせい』なベルの祖父が戦犯なのは十分に分かった。

 

「じゃあ私もベルのハーレムなんだ」

 そんなやり取りをしていると、スズが不意にそんなことを聞いてきてヘスティアもベルも言葉を失って凍り付いてしまう。

 

 スズの話をしていたはずなのにすっかり幼いスズがすぐ隣にいるのを忘れて教育に悪い話をしてしまったと二人の額から嫌な汗が出てくる。

 

「いや、その、スズは妹だから! そう妹だからっ!」

「でも、助けたお姫様とか身分の違う人もハーレムに入るし。エルフやドワーフとか種族も関係なくて年上や年下もハーレムに入るから年齢も関係ないんだよね。ハーレムって守りたい女性のことだと思ったんだけど……えっと、違った?」

 今までのちぐはぐなベルの言動と解説で、どうやらスズは『女の子をはべらす』のではなく『女の子を守る』方をハーレムの本質だと解釈してしまったようだ。

 嫌な汗が止まらない。

 

「おとうさ……んも言ってたよ。男なら守りたいものを命がけで守るものだって。一度守ったものは最後まで守り通すんだって。そういった誓が『ハーレム』だと思ったんだけど……えっと、その、もしかしなくても見当違い?」

 

 眩しすぎた。汚れを知らなすぎる少女が眩しすぎて思わず二人は目をそらしてしまった。

 

 間違った知識を正さなければいつか勘違いが勘違いを呼んでスズが『薄い本』な目にあってしまうかもしれない。

 それは絶対にあってはならないことだ。

 ヘスティアにとっても『薄い本』という単語を知らないベルにとっても耐えがたい『事案』だ。

 でも純粋な少女に汚れた欲望の真実を教えてもよいものかとヘスティアは非常に悩んだ。

 

 ベルに目を向けるとベルがヘスティアに助けを求めるように情けない顔をしている。

 そんな二人の様子を見てスズがあたふたしだしている。

 早く決めなければ余計な混乱を招くだけだ。

 ヘスティアは覚悟を決めてゆっくりと深呼吸をしてから真っ直ぐベルを見つめる。

 

「ベル君。教えてあげよう。君の手で、汚れを知らない純粋無垢な少女に自分の欲望をありのまま! たとえそれで君がスズ君に嫌われたとしても君も大事なボクの家族だ! 最後までボクは君を見捨てないから安心してくれたまえ!」

「見捨ててますよね!? もう見捨ててますよね絶対!? これ見捨てられてますよね!?」

「ボクにはスズ君に『サンタクロース』の正体を教えることは出来ない。君はボクの手で愛しくてやまないスズ君の夢を壊せと言うのかい!?」

「サンタクロースってなんですか!?」

「勘違いしてるのは私だよ? それを教えてもらっただけで私がベルを嫌いになるわけないよッ」

 

 眩しすぎてもうスズの顔を直視できない。

 この話題を先に出したのはヘスティアだし、それに対して熱く語ってしまったのはベルだ。

 本来なら何でもない会話でどちらが悪い訳でもないし、どちらのせいという訳ではない。

 だからこそ男なら責任をとらなければならない。

 

「えっと……スズ。ハーレムっていうのは―――――」

 ベルはありったけの勇気を振り絞って顔を真っ青にしながらも、何も知らない少女に一から説明する羞恥心で真っ赤になるという器用な変色をしながら説明を始めた。

 

 

§

 

 

「なんだ。一夫多妻のことだったんだね。それならそうと言ってくれればいいのに」

 解釈の仕方がどこかずれていたが、スズは恥ずかしさに頬を赤めているもののベルを嫌悪している節は一切見られなかった。

「えっと……嫌じゃないの? その、こんなやましいこと思ってる男の人が近くにいて」

「ベルはロマンを語っただけで、ベルの語るハーレムはどちらかというと英雄譚への憧れだと思うんだ。ベルは優しいし恥ずかしがり屋だから女の子を手籠めにすることはまずないし、沢山の子に好かれることがハーレムの本質なら、沢山の人に好かれるほど魅力的でいい人ってことだよね。嫌いになる要素なんてやっぱり思い浮かばないよ」

 

 天使がいた。

 『スズちゃんマジ天使』な純粋な笑顔とフォローに「スズ君はやっぱりいい子だなぁ!」とヘスティアは抱き着いて頭を撫で回す。

 スズに嫌われることなく無事やり過ごせてたことでようやくベルの張りつめていた緊張はほぐれ、強張らせていた体から力が抜けていくのを感じて大きく安堵の息をついた。

 

 これでもしもスズに汚物でも見るかのような目で見られていたらベルは再起不能になっていただろう。

 

 自業自得とはいえベルはまたスズの優しさに救われた。

 何度も何度も助けられているからこそ、何があってもスズを守ってあげたい。

 まだ弱い自分だけど、情けない自分だけど、今度こそ大切な家族を守れるようになろう。

 

 ベルはヘスティアとスズのじゃれ合いに頬を緩ませてから、強くなろうと真っ直ぐな瞳で自分自身に誓った。

 




 スズのデザインイメージラフ画

【挿絵表示】

装飾品や剣と盾のデザインはさらに雑でとても見れるものではない状態なので現在保留中です。
文章も見にくく誤字脱字などによる編集が多い雑な私ですが、今後ともよろしくしてくださると嬉しいです。

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