スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン

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前回に引き続き魔法を使うお話。


Chapter10『魔法の使い方 後篇』

 37階層からリヴェリアと共に戻って来たアイズは、食人花などと同じように今まで確認されたことのない怪物(モンスター)、漆黒の獣が人影にまたがる姿を見て、即座に風を身にまとい加速した。

 

 漆黒の獣を直視していると、なぜかアイズは嫌悪感と共に激しい吐き気が込み上げてくるが、あの『胎児』に比べたらこんなもの大したことないと構わずに突撃していく。

 

 漆黒の獣に跨られる人影が極大の【魔法】を放ち天井を大きくえぐり抜くも、その【魔法】は寸前のところでかわされて、漆黒の獣は左腕を失うだけですんだ。

 そして獣は腕を失ったことに動じることなく、接近してくるアイズに『咆哮(ハウル)』で威嚇してくる。

 

 構わず一閃。

 一撃で魔石を射抜かれたその体は灰になって消えていく。

 

 慌てて襲われていた人物の安否を確認すると、そこにはまた白髪の少年、ベルが倒れていて、ピクリとも動かないベルにアイズの表情は真っ青になった。

 

 

「落ち着けアイズ。外傷は無し、治療および解毒の必要性も皆無。おそらく先ほどの馬鹿げた威力の【魔法】に全てを注ぎ込んで精神疲労(マインド・ダウン)したのだろう」

「……あの子がいない……」

「あの子?」

「白猫ちゃん……兄妹で一緒にいるはずなのに」

 その言葉で、リヴェリアも倒れている少年ベルが、ベートが言っていたミノタウロスに挑んだ冒険歴半月の兄妹の片割れ、【魔法】を使う兄の方だということを察した。

 

 『咆哮(ハウル)』を使う怪物(モンスター)が上層に生息している訳もなく、後衛が自分よりランクの高い怪物(モンスター)に襲われて【魔法】が放てるとしたら、前衛が時間を稼いでくれるしかない。

 

 それなのに前衛の妹の姿がないということは、なんとか【魔法】を放つ時間は稼げたものの、妹は既に漆黒の獣の血肉になっている可能性が高かった。

 

「アイズ。お前のせいでは――――――」

「……リヴェリア……お願い、一人で謝らせて……償いを……させて……」

 ここまで上って来る途中も、アイズは一人で深層の階層主に挑むなんて無茶をしでかすほど精神が安定していなかったのに、今にも泣きだしそうなアイズを、実質母親代わりをしているリヴェリアが放っておける訳がなかった。

 なんて声を掛けてあげればいいか言葉を迷っていると、不意に、チリン、と鈴の音が鳴る。

 

 その音にはっとなり、アイズとリヴェリアは音の先に目を向けると、ロキのお気に入りである『白猫ちゃん』ことスズが不思議そうに首を傾げていた。

 

「アイズさんに、エルフ様? ベル!?」

 

 今までベルが危険な目に合っていたことを知らなかったのか、スズの姿は可愛らしい寝巻の上から、ボタンも閉めずに前開きになったままの白いコートを羽織っているだけで、防具どころか武器すら装備していない。

 

 ベルはしっかりダンジョンに潜る装備をしているのに対して、あまりにも不釣り合いな格好だ。

 その格好だけで一緒に行動していなかったことが伺える。

 

 アイズは頭の整理がついていないのか呆然とスズを見つめた後、「生きててくれた」とつぶやき、安心して気が抜けてしまったようで、ペタンとその場で崩れるように座り込んでしまう。

 

「あ、アイズさん!? えっと、えっと……エルフ様、ベルとアイズさんは大丈夫ですか!?」

 ベルとアイズに駆け寄り、どちらのことも優劣なく心配しているのか、スズは交互に二人のことを見て少し戸惑った後、冷静に物事を見ているリヴェリアに確認をしてきた。

 

「スズ……だったか。お前の兄は精神疲労(マインド・ダウン)を起こしているだけだ。先ほどまで未確認の黒き獣に襲われていたようだが、アイズがぎりぎり間に合ってな。お前の兄に怪我はない。お前の兄を助けたアイズは、お前の姿が見当たらなかったものだから、既に獣の餌食になってしまったのかと勘違いしていたところに、丁度お前が現れてくれて安心しただけだ。お前が無事でいてくれて本当に良かった」

 

 リヴェリアがスズに目線を合わせて、口調は硬いままなものの出来るだけ優しく語り掛けてあげると、スズはほっと安心してくれる。

 

「よかった。アイズさん、ベルを二度も助けてくれてありがとうございますっ!」

 ぺこりと頭を下げるスズに、アイズはまだ頭の整理がついていないのか戸惑っていた。

「エルフ様も心配してくださり、ありがとうございます!」

「私は何もしていない。それとリヴェリアでいい。お前こそ、私の仲間レフィーヤを助けてくれたそうだな。ロキとアイズから聞いた。酒場の一件といい、私の方こそ礼を言わねばならぬ立場だ。だがレフィーヤの時もそうだが、その格好でダンジョンに潜るのは自殺行為だぞ。どうしてそんなことした?」

 

「えっと、ベルが発現した【魔法】を一人で試しにいくってダンジョンに潜ったんですけど、試し撃ちだけするにしてはあまりに時間が掛かり過ぎてて、心配になって、気づいたらここに……」

 

 そうスズが苦笑していることから、おそらくベルを心配するあまり、居ても立ってもいられなくて飛び出してしまったのだろう。

 アイズと同じく、優しくも無茶をする面倒な子だなとリヴェリアは思ってしまう。

 ロキが求めていたようにスズがもしも【ロキ・ファミリア】に入っていたら、きっと昔の幼いアイズ以上に手間の掛かる子に頭を悩ませることになったんだろうなと、どうせ自分が面倒をみることになるだろう光景を思い浮かべてしまい、ほんの少しだけリヴェリアの口元が緩んでしまう。

 

「2階層の入口だが、先ほどの黒き獣のような異常事態(イレギュラー)があるかもしれん。兄にはアイズが付いている。私がスズを地上まで送ろう」

「リヴェリア?」

「謝るようなことではないが、アイズは謝りたいのだろう。起きるまで膝枕でもして面倒を見てやれ。お前のなら喜ばない男はいないさ。けじめをつけたいなら二人でおこなえ」

「……ありがとう、リヴェリア」

 そんなリヴェリアとアイズのやり取りにスズが首をかしげる。

 

「酒場の一件や、アイズが着いていながら二度もお前に怪我を負わせてしまったことを、お前の兄に謝りたいそうだ」

「リヴェリアさん、どれもアイズさん悪くないですよね?」

「ああ。だがアイズ自身が気にしているから、これはただのけじめだ。アイズにお前の兄のことを任せてはくれないか?」

「ベルもアイズさんにお礼を言いたいと言っていたので、ちょうどいいかもしれませんね。アイズさん、ベルのことお願いします。それと、何度も私達のこと守ってくれてありがとうございます!」

 スズが笑顔でアイズに手を振ると、アイズの緊張や悩みが少し和らいでくれたようで、少し口元を緩ませて、胸元で軽く手を振り返した。

 

 最近アイズは強くなることに鬼気迫る勢いで躍起になっていたので、これはいい傾向だとリヴェリアは思った。

 この兄妹と正面から関われば、少なくとも悪い方向には転がらないだろう。

 スズの笑顔はどこか人を安心させる、そんな優しさと温かさが感じられた。

 『古代』に【魔法】が使えない種族ヒューマンが『本当の笑顔は人を笑顔にする立派な【魔法】だ』とエルフ達に言ったらしいが、実際にその光景を目のあたりにしてしまうと、実に的を射ているとスズの笑顔を見たリヴェリアは思った。

 

 

§

 

 

「お母さん?」

「ごめんね、私は君のお母さんじゃない……」

 

 ベルの目覚めは天国と地獄だった。

 

 恋い焦がれているアイズ・ヴァレンシュタインになぜか膝枕してもらっていて、優しく頭を撫でてくれていて、ついでに少し破れてしまっているアイズの衣服から下乳がもろに見えてしまっていて、幸せすぎて恥ずかしすぎて顔も頭も沸騰してしまうが、何よりも恥ずかしいのは『お母さん』と顔も覚えていない母親のことを口にしてしまい、その『お母さん』呼ばわりしてしまったのが恋い焦がれているアイズであり、『先生をついついお母さん』と呼んでしまうよりも恥ずかしくて死にたくなるような状況下にベルはおかれていた。

 

「……起きたかな?」

 いっそ夢であってほしかったが、目をこすってもアイズの姿は消えないし、『お母さん』と呼んでしまった事実もなくなってくれない。後半だけ綺麗さっぱりと消してもらいたかった。

 

 次会ったらお礼を言おうと思っていたし、きっと漆黒の獣からもアイズが助けてくれたんだから感謝の気持ちをしっかり伝えないといけないのに、『お母さん』という自分の言葉が何度も脳内で繰り返される。

 片思いの女性によりによって『お母さん』だ。

 過去の自分にトドメを刺してでもそんな言葉口にしてほしくなかった。

 

 ベルは脊髄反射のように逃げようとしてしまうが、アイズにがっしりと後ろから抱きしめられてしまい、逃がしてはくれなかった。

 

 自分とアイズのブレストアーマーが邪魔……ってそうじゃないだろうと、まさか逃走を阻止されるとは思いもよらずベルの頭がますますパニックになっていく。

 

「……怖がらないで……。謝りたいだけだから……。怖がらせて、ごめんね」

 

 寂しそうにつぶやくその言葉で、まるでスイッチが切り替わるかのようにベルの頭の中から『恥ずかしいから逃げる』という選択肢が消え去った。

 

「私が倒し損ねたミノタウロスのせいで、君達兄妹に迷惑を掛けて、妹さんに痛い思いさせちゃったから…ずっと謝りたかった。ごめんなさい」

 

「こ、怖がってないです! むしろ謝らないといけないのは何度も助けられてるのにお礼も言わず逃げようとした僕の方で! ヴァレンシュタインさんは、貴女は全然悪くないです!! 僕の方こそ恥ずかしくて、その、逃げたりしてごめんなさい! 僕とスズを助けてくれて、今回も僕のこと助けてくれてありがとうございます! 怖くないです! むしろ大好きです!! ヴァレンシュタインさんは僕達の命の恩人で、感謝してもしきれませんっ!!」

 

 自分で何を言ったかもわからないが、きっと自分はアイズを傷つけてしまったのだと思い、ベルは勢いに任せて正直に謝ってお礼も言いきった。

 

 するとアイズの手の拘束が緩まったので、その隙をついて腕から抜け出し、少しだけ距離をとってアイズと向き合って、もう一度深く頭を下げて謝罪とお礼をする。

 長い間頭を下げっぱなしにしているのにアイズからの反応は帰って来ず、不安になって顔を上げてみると、アイズは安心したかのように、小さく微笑んでくれていた。

 

「怖がられて、嫌われているかと思った」

 

 その言葉に、嬉しそうな表情に、またベルの頭のスイッチが切り替わる。

 自分は何を口走ったのだろう。

 謝罪とお礼しか言っていないはずだ。

 だが思い返してみると『大好きです!!』と宣言してしまった記憶があった。

 

 幸い異性として好きとは悟られていないようだが、勢いに任せたせいで片思いのアイズに『大好きです!!』と宣言してしまった恥ずかしさにベルは耐えきれなかった。

 ベルの頭の中にはもう『逃げる』一択しかない。

 これ以上アイズと顔を合わせていたら恥ずかしさのあまり心臓が体を突き破って死んでしまいそうだ。

 今のベルの顔はリンゴのように赤く、目の焦点も合っていないことだろう。

 

「だあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 兎のごとく全力疾走。寂しそうに伸ばすアイズの手にも「何でにげちゃうの?」という声もベルにはもう届かず、結局ベルは全力でアイズから逃げ出してしまうのだった。

 

 

§

 

 

 教会で二人の無事を祈りながら一人待つことしかできないヘスティアは、二人のことが心配で気が気でならなかった。

 

 1時間ほど前だが、突然スクハが『ベルが危ない。詳細は後で話すわ』と武器防具も持たずに、コートだけを羽織って地下室を飛び出してしまったことから、どう危機を察知したのかはわからないが事態の深刻さだけは十分に伝わった。

 

 決まりで『神の力』も使えず、神はダンジョンに潜ることも禁止されているので、ただ祈って待つことしかできないことが歯がゆかった。

 

 ガチャリ、と地下室のドアノブが開く音に慌てて顔を上げる。

 

「えっと、ただいま……神様」

「スクハ君! ベル君は!?」

 ヘスティアは緊急事態に冷静ではいられず、ついスズの状態にも関わらずスクハに問いただしてしまった。

 

 だが、それを先読みしていたのかヘスティアが叫ぶ前にスクハの雰囲気に変わってくれている。

 

『本当に迂闊過ぎよ。そんな貴女を安心させるために結論から言うとベルは無事だから安心しなさい。運よくまた『剣姫』に助けられたみたいね。一人で粘っていたのか精神疲労(マインドダウン)していたものの怪我もなく、最終的には『剣姫』に膝枕をしてもらっていたわ。『スズ・クラネル』に疑問を持たれるのを覚悟で飛び出したというのに、時間と体力を無駄に消耗しただけで、本当に嫌になってくるわね。壁に八つ当たりをしたい気分だわ。私とヘスティアの気苦労を返してもらいたいのだけれど』

 

 スクハが溜息をつきながらそう説明してくれた。

 ベルが無事なのは嬉しいが、その後に続くベルがさらにアイズに惚れ込むような状況、それも膝枕なんてされていることを知らされたのだ。

 心配のあまり気が気でならなかったところに、ベルが無事なことを告げられて安心しきってしまったことも重なり、いつも以上にヘスティアの怒りのボルテージは溜まりに溜まって、ついには大噴火してしまった。

 

「ヴァレンなにがしに膝枕!? それなのに君はすごすごと引き返して来たっていうのかい!? 怪物(モンスター)よりもよっぽど一大事じゃないかっ!!」

 

 本気でそんなことを思っている訳ではないが、ここまで心配していたのにその結末はあまりにあんまりではないかと、ヘスティアはソファーの上で地団太を踏んでしまう。

 

『無事だからそういう冗談言えるけど、今回は素直に感謝しなさい。『剣姫』がその場にいてくれたことは本当に幸運なことなのだから。正直、ベルに【付着魔法(エンチャント)】していた【探知魔法(ソナー)】がLV.3級の怪物(モンスター)を補足するなんて思いもしなかったわ』

 

 おそらく【限界解除(リミット・オフ)】して駆けつけたのだろう。

 コートをクローゼットにしまうスクハの表情には明らかに疲れの色が見えていた。

 

 まさかそこまで危険な目に一階層で遭っているとは思いもしなくて、ヘスティアはしばらく唖然としてしまった。ミノタウロスと3階層で遭遇したことといい、ベルは異常事態(イレギュラー)を引きつける体質でもあるのではないだろうかと心配になってくる。

 

「ところでスクハ君。その言いようだと、ベル君にその【付着魔法(エンチャント)】を付けたおかげで危険を感知出来たのはわかるけど、【探知魔法(ソナー)】とやらは相手のランクまでわかるのかい?」

 

『ええ。正確には、【付着魔法(エンチャント)】範囲にある魔石が発しているエネルギーを感知して、それを『私』に受信しているだけなのだけれど、怪物(モンスター)の索敵には最適ね。一応他の電気信号の受信も可能だけれど、欠点を挙げるとするならば、そうね……。あまりの情報量に人間の脳では耐えきれなくて『スズ・クラネル』に使わせてあげられないことかしら。あの子が使えないものなんて残すだけ無駄だから、唄として保存することはないでしょうね』

 

「ぶううううううううううううううううっ!! そんなもの使って君は大丈夫なのかい!?」

 相変わらず規格外なことをさらりと言ってのけるスクハにヘスティアは吹き出してしまい、慌ててスクハ…スズの体に異常がないかをペタペタと触りながら確かめる。

 

『……今の私は【スキル】であって、人ではないわ。『スズ・クラネル』の脳は一切使っていないから安心しなさい。でもそうね、さすがにここまでの高速情報処理は『私』でも疲れるみたいね。長時間の展開は負担が掛かり過ぎるから、ソロで行かすような真似は『スズ・クラネル』が賛成したとしても、最後まで反対しなさい。毎度毎度使ったらそれこそまた『私』が弱り切ってしまうわ』

 

 心配されたことや、べたべたと触られたのが恥ずかしかったのか、それとももう立っているのも辛いほど疲れているのかはわからないが、スクハは真っ直ぐ布団に向かって、ぼふっと倒れ込むように枕に顔を埋めてベッドに俯せになった。

 

「おいおい、大丈夫かい?」

『これで大丈夫に見えるなら目の治療をお勧めするわ。それともなに、ただ疲れている私を煽っているだけなのかしら。だとしたらさすがに、貴女のことを軽蔑してしまうのだけれど』

「そんなことある訳ないだろう。ボクはスクハ君のことも大好きなんだぜ!」

『私はお人好しな貴女のこと、苦手よ』

 

 もう一度ぼふっと枕に顔を埋めた後、スクハが動かなくなり、耳を澄ますと静かな寝息が聞こえてきたので、スズを仰向けの体勢にして寝かしつけてあげる。

 

 ものすごく不本意であるが、『剣姫』と一緒ならベルの身は安全だろう。それでも危ない目に合ったことに変わりないのだから、スクハの【探索魔法(サーチ)】の話込みでベルに注意する必要がある。そうすればスクハに無理をさせないために、ベルはさらに慎重になってくれるはずだ。

 

 ヘスティアは仕事の疲れからくる眠気に耐えながら、ベルが帰ってくるのを待ち続けた。

 

 

§

 

 

 しばらく待っていると、ベルが帰って来た。

 なんだかすごく落ち込んでいるので、アイズに振られたか、恥ずかしさのあまり逃げ出してしまったのだろう。

 

 少なくともアイズとの仲が進展したなんて事態になっていないし、スクハの言う通り怪我をしていないようだが、これは言う時に言っておかなければならないことなので容赦はしない。

 

「ベル君。スクハ君が【魔法】を使って君の危機を知らせてくれたよ」

「スクハが!? 全部見られていたんですか!?」

「いや、襲われているのを察知して、寝巻のまま飛び出してまで駆けつけてくれただけでさすがに詳細まではわかっていないさ」

 その言葉に少しほっとしているベルの様子を見て、見られてはいけないことをしていたのではないかと不安になってくる。

 

「ボクもスクハ君も死ぬほど君のことを心配していたのに、スクハ君が駆けつけた時には、君はヴァレンなにがしに膝枕をしてもらっていたそうじゃないか」

 ビクリとベルが反応して顔を真っ赤にさせ、まるでスクハのようにソファーに顔を埋めてしまった。

 

「一階層でLV.3級の怪物(モンスター)に襲われるなんて異常事態(イレギュラー)が起こるなんて本来ありえないことだし、今回もヴァレンなにがしが居てくれたからよかったものの、スクハ君は君のことを心配して、無理して【探知魔法(ソナー)】という【魔法】を君に【付着魔法(エンチャント)】して、常に君の周囲を警戒していたせいでずいぶんと疲れていたよ」

 

「スクハは大丈夫なんですか!?」

 さすがに大切な人が関わってくると切り替えは早い。

 ベルは真剣な顔つきでがばっと体を起こした。

 

「そこまで疲労困憊ではないから安心していいよ。でも、君が一人でダンジョンに行けばまたスクハ君は無理をして君に【付着魔法(エンチャント)】を掛けてしまうだろうね。スクハ君はスズ君と同じように優しい子だ。それはわかっているね?」

「……はい。今日も浮かれていた自分を殴ってでも止めたかったと思いました。心配を掛けてすみません……」

 

「よろしい。でも、一階層の異常事態(イレギュラー)なんて誰にも予想できないから、そこまで気負う必要はないぜ、ベル君。一階層に怯えていたらそれこそダンジョンに行けなくなってしまうからね。ベル君とスズ君が無事に帰って来てくれればそれだけでボクは嬉しいんだ。浮かれたり急いだり無理に背伸びをしなければそれでいい。今でなくてもいいから、いつか異常事態(イレギュラー)も跳ね除けられるくらい強くなって、ボクを安心させておくれよ?」

 

 少し申し訳なさに曇りを見せ始めていたベルの表情がぱぁっと明るくなった。

「はい! まだまだ頼りない僕ですけど、神様やスズ、スクハに心配掛けないように頑張ります!」

「急ぎすぎてまた心配を掛けないでおくれよ。さあ、もう遅いし疲れを残さないようにシャワーを浴びて早く寝るんだ。明日からまたサポーター君と冒険するんだろう? 冒険者は体が資本。休息も立派な仕事の内なんだぜ?」

「そうですね。こんな時間まで心配を掛けてしまってすみません」

「ボクは明日のシフトは午後からだから問題ないさ。でも、さすがに眠いから先に寝させてもらうよ」

 バイトの掛け持ちによる疲労や、張りつめた緊張感が緩んだこともあり、ヘスティアは大きな欠伸を漏らしてしまう。

 

「はい。おやすみなさい、神様」

「おやすみ、ベル君」

 シャワールームに入っていくベルを見送り、ヘスティアはスズの眠っている布団に潜り込んだ。

 スズの寝息が聞こえないのにも気付かずに、そのままヘスティアは眠りについてしまう。

 

 

 

 

 

 

「……スクハ……」

 

 

 

 

 

 

 そんな疑問に満ちた小さな呟きを耳にした者は、深い眠りについてしまったスクハも合わせて誰もいなかった。

 

 

 




ベル君が原作よりも早くに謝罪しましたが、やはり逃げられて、嫌われてないのに逃げられた理由はきっと膝枕に違いないと、原作同様リヴェリアに笑われてしまいます。

ベルは【ファイアボルト】を、スズは笑顔を、スクハは【探知魔法(ソナー)】を使う話として書きたかったので、タイトルを変えずに前編と後篇という形になりました。

『古代』何の特殊能力も持たないヒューマンにとって、笑顔や思い遣り、美味しい手料理は他の誰かを笑顔にする唯一の【魔法】だったのではないかなと、またまた捏造されております。

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